諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

55 「石を積み、水を汲む」

2019年11月30日 | エッセイ
貴重な通年営業の山小屋 標高2400。寒い!

ある開墾農家の歴史を讃えて司馬遼太郎さんは、拓かれた農地を望みながら、
「石を積み、水を汲む」
と紀行文の中に残した。

 仕事の実際は、派手なことは稀だ。
目立つことがあったとしても、厚みのある日々の地道な作業の上にある。結果何かが成就する。

 早朝の商店街はシャッターの向こう側でもう動いている。
パン屋は特に早いし、10時開店の惣菜店は仕込み最中だ。
 たまに顔を合わせると「おはよう!」と言って互いの勤勉を励ましあう。

 
 掲示物を整える、車いすを出す、教材を手直しする、特別教室の予約を確認する、会計の作業のつづきをする。
 本校でも多くの勤勉者たちが朝からそれぞれの地道を始める。
 

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54 生体としてのインクルージョン#04 教会(後半)

2019年11月24日 | インクルージョン
晩秋

 祈っているたくさんの横顔、後ろ姿…。
それを見ているうちに、さっきまでの自分で立てていた壁の隙間から光がさしてくる気がした。

 横顔や後ろ姿は「自然な人」そのものだった。
「フィリピン人」ではなく身近な誰かが静かに祈る場を求めてここに来ているようなことがスッと分かった。
特別なことでもなく、そういうことが分かってきた。だから教会に来るのだ!。

普段、街でフィリピンの人というのをそう見かけるものではない。こんなに多くの人が身近なところいたことに驚いた。
同じ空の下、それぞれに生活があり、生業をこなし、人生のありように迷いながら、実は近くで生きている人たち。
大統領もマッチョもおばちゃんもヒョウ柄の子も、それぞれの今があるに違いない。その実情は分からない。だが、わかる気がしている。

 聖体拝領で順番に神父さんからご聖体(パン)をいただくという段になると、順番に中央の通路に並び始める。
皆、胸の前で手を合わせて順に進む。
 となりにいたオレンジのアロハのお母さんから「行かないのか?」と目で促され、「ノー、クリスチャン」と応えると感じのいい笑顔で頷く。
それぞれが軽くお辞儀をして聖体を口に入れてもらっている。

 そして、神父さんが少し張った声で、(だぶん)「行きましょう。主の平和のうちに」とタガログ語で言ってる。ミサはフィナーレ?に向け、聖歌の合唱となった。
そもそもタガログ語の聖歌なんてはじめてだし、さっきまでの大きな違和感がよみがえってきかけた時だった。
「手をつなぐんだよ」
と友人。

 フィリピンの人達は互の手を肩の高さでつないで歌うのだという。仕方なく隣の友人を手をつなぐ。男同士でこれだけで違和感。
「いやー、参ったなー」
なんて思っていると、となりのお母さんが、さっさと私の手をとって持ち上げ、ゆっくりしたリズムを伝えながら朗らかに歌いはじまた。
まったく躊躇ながない。
もともと友達なんだから
と、当たり前のことを言われたいる気がした。緊張がほどけていく解放感。

 ゆったりとしたリズムに合わせて、しばらくメロディーだけ真似て歌っていると、しだいに、つないだ手からは、子どものころから知っている懐かしさのような感情がふわっと伝わってくる。

 




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53 弾み方

2019年11月17日 | エッセイ
富士山遠望

 作曲家の池辺晋一朗さんがモーツアルトの交響曲40番の解説だったか、

「音楽っていうのは、低い方へ下がっていくのが自然で、どうやって高い音へもっていくのかの工夫なんだ。」

と言って、例の第一楽章をピアノで弾いてモーツアルトの音符の弾み方?を説明していた。


 教育も長い間に人間のやりきれなさや悲しみみたいなものだけがひろがって鍵盤の左端まできてしまうことがある。

 文化祭の季節、教育の弾み方について先生達が発表しているようにも見える。

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52 生体としてのインクルージョン#03 教会(前半)

2019年11月10日 | インクルージョン
蓼科山と大きな雲

 大学生なったばかりのころ、クリスチャン作家の本を読むようになり、それを話題にできる友人は貴重だった。

 その彼が、ある時ある下町のカトリック教会のミサに参加しようという。彼は子どもころ洗礼を受けた信者である。こちらは本を読んだだけ。はじめから失礼な感じがしていたと思う。


 日曜日、教会は車の往来のある通りに面していながら目立たなかった。近づくと控えめながらも塔を備えていて、玄関の横にマリア像。周囲は一帯はいわゆる住宅密集地で、「教会」として威光を放ちそうでいて、なぜか地域との間に違和感がないように感じた。

 友人は我が家に帰ったように躊躇なく入っていく。彼もこの教会は初めてだというのに。
薄暗い聖堂は昔の木造校舎のような落ち着きがあった。その落ち着きの先に十字架がある。右のコーナーにマリア像がまたある。

 一列に10人ぐらい座れそうな長椅子の奥から詰めるように着席すると、前列の背もたれにつけられた狭いテーブルに気が付く。
ここに聖書をおくのだという。

 「abandon=諦める」から始まる英単語本ではないが、2000年前のアラブの人の家系の説明から始まる新訳聖書は開くたびにabandon状態であった。このことを内心恥じつつとにかく定位置に置いておく。

 友人は刺繍を施したような栞を指の間に挟みつつ「〇〇による福音、◇章、△節」を探している。

場違いではないのか…。

 さっきから前列の人が外国語らしき言葉で話しているのが気になっていた。少し肌が浅黒いし髪留めも年齢より派手な原色である。

 そして同じ言葉?をしゃべりながら女性が自分の隣にもきた。オレンジ色の服の裾が見えた。横目で観察するとオーバーサイズのアロハなようなワンピーズ姿。でもサンダルは日本製らしく、生活感が伺える。子どもを連れたお母さんらしい。子どもたちが早口でしゃべり続けている。

話しかけられたどうしよう。

その緊張を察したようで友人が、
「あ、今日はタガログ語のミサなんだよ」
と。
「?」
うすぐらい聖堂の中、席を埋めているのはたぶんフィリピン人だ。

 60年代の東南アジアの大統領のよう7-3分けの男性、白いタンクトップにタトゥーがのぞくマッチョ、一人で子どもを6人も連れている豊満なおばさんとそのおばあちゃん。腕とか首に民族的な?装飾品を下げている。
皆浅黒く、やや小柄だ。
そして、タガログ語の声で聖堂は充満してくる。エネルギッシュ。たぶんは彼らにとって、今日は”晴れの日”なのだ。

話しかけられたらどうしよう。(「abandon」の英語で頑張るのか!)

 場の圧倒的な空気に呑まれて、周囲との壁をめぐらせて防衛の体制?。
小さくなって越冬しようとする動物のような気持になりかけてくると、自分の中の「世間知らず」を責める気持ちまで起きてきた。

「早く終われー」
と念じた時、ミサがはじまった。


 その時、意外な光景が見えてきた。

 大統領もマッチョもおばさんも子ども達も祈っているのである。
あるがままに祈っているよう。その姿から人間的な感じが徐々に伝わってくる。

(つづく)


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51 「ねらい」と「ねがい」

2019年11月03日 | エッセイ
 

良い授業の条件は、「ねらい」が明確なことである。

 

「ねらい」が意識できた先生は個々の生徒がどのような考えや行動を経て新しいことを身につけていくのかがイメージできている。

 

しかし、ある場合、その筋道が見えにくいこともある。

 

そんな時、先生から生徒に向かう「ねらい」という配慮のベクトルは、「ねがい」となって先生自身の心に向かうことがあるように感じる。

 

たぶん、向きの異なる「ねらい」と「ねがい」の矢印が良い感じで交互にあるいは同時に働いて、その子の内面の核みたいなところに触れながら自然な形で子ども達は新たな世界を識っていくのだろう。

 

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