
まくりの状態で入手し、ボロボロに痛んでいた作品を表具して額装にした釧雲泉の本作品。ちょっと展示室の廊下に飾ってみました。
改装して額装にしていたのですが、布タトウを作りに、それに入れたまま題名も記さないまま放置?していました。これはまずいと早速、説明書を作りタトウにも題名を記しておきました。

蒐集する者には入手したら、仕舞い込んで終わりという方が多くいますが、これはよくありません。使えるものは使い、鑑賞するものは鑑賞する。つまらなくなったら売却するなりの処分をするのが基本のように思います。
秋渓蕭散 釧雲泉筆
水墨金紙本 まくり
画サイズ:縦220*横370*2枚

以前に詳細は記述している作品ですが、賛には「秋渓蕭(ものさびしい)散」とあり、癸亥(みずのとい)重陽写寫干波懐楼 雲泉樵人就 押印」とあり、享和3年(1803年)釧雲泉が43歳の時の作品と推察されます。

享和2年(1802年)には江戸に下向し湯島天神の裏門付近に居住しており、儒学者の亀田鵬斎、海保青陵や篆刻家の稲毛屋山、漢詩人の菊池五山、書家の巻菱湖など多くの文人墨客と交わり、この頃に結婚したと推測され、この当時の作品と思われます。欄間額か天袋の襖絵として描かれた釧雲泉には珍しい横長の作品です。当方では真作と判断しています。
本ブログに寄せられたコメントに「大正2年6月9日の売立目録「長井越作氏蔵幅第一回入札」に、扁額の作品として掲載されているものと恐らく同一作品のようです。目録に掲載されている作品のサイズは「27.6㎝×71.21㎝」とあります。これを剥がした作品がこちらの紹介作品のようです。」とあります。
さて本日はそろそろ蒐集して100作品になろうとしている源内焼の作品です。
下記の写真の棚に現在、蒐集されている源内焼の100近い数の作品がすべて収められていますが、そろそろ氾濫し始めていますので、向かい側の棚の一部を使い始めました。もう少し工夫すると収まりそうですが・・。
同じ系統の作品は同一の場所に収納するのが好ましいようです。あちこちに分散すると探すのにたいへんです。

源内焼ならなんでもという状況から、そろそろ厳選しての蒐集に入ろうとしてしていますが、その厳選する条件のひとつに状態のいいものというが挙げられます。
源内焼 その98 三彩桐鳳凰文(輪花)皿 その2
合箱入 口径258*高さ44

今後評価の上がる源内焼の作品ですが、その中でも「 大型の抜けのよいもの」、「多彩釉(3~4彩、出来れば黒・藍などの色があるもの)」、「擦れなどがなく、壊れていない完全なもの」に該当するのが本作品です。
実は本日のこの作品は「源内焼 その2」として本ブログで紹介しています。その作品はちょっと状態が悪かったので、本作品を入手することになったのですが、本作品を見た家内が「懐かしいわね~この図柄! 汚れを落とすのがたいへんだったのよ!」と、数年前の前の作品を覚えていたようで、相変わらずの記憶力の良さです。家内の記憶力の良さには時折、驚かされるのですが、反面小生の頼みごとは三回頼んでも忘れていますが・・
左側が「その2」、右側が「その98」となりますが。僅かに大きさが違います。

得意の記憶力だがどうも私の頼みごとには賞味を示さないらしい。別腹? もとい別脳・・。「〇〇を買っておいてね。」と頼んでも、三回言わないとだめらしい。しかも「冷蔵庫の扉にメモして貼っておいて!」だと。ひとつしか頼んでいないのに・・・・
「その2」は補修があるものの味わいがあります。

「別」というと最近の息子の覚えた言葉が「別腹」・・・。お菓子となるとお腹の脇を指差し「別腹!」だと・・、教えたのは甘いものが好きな「おじいちゃん!」らしい
最近もとうもろこしを四本も平らげたらしい。

裏側はかえって「その2」のほうが真新しいようです。

桐に鳳凰は吉祥文です。

このような陽刻の精密さや釉薬の虹彩が源内焼の特徴です。

口縁にも隙のない斬新なデザインもまた魅力となっています。

源内焼から派生した他の焼き物や再興された源内焼とは一線を画すものですね。

飾り専用の大きな作品も同一の型で作られた作品が数多くありますが、中皿程度の大きさで同じ型の作品が数多くあるのは、揃いで作られ売られた作品だからでしょう。

現在は大きな作品でも10万円を超えた作品は数少ない源内焼ですが、もっともっと評価されていいのでしょう。

飾り皿には皿立てにも凝ってみたいものです。

源内焼の蒐集当初の「その2」の作品、蒐集が習熟してきた段階での「その98」の作品。思い入れにそれぞれの当時において違いがあります。

思いは違えど同じ腹・・・・所謂「別腹?」
改装して額装にしていたのですが、布タトウを作りに、それに入れたまま題名も記さないまま放置?していました。これはまずいと早速、説明書を作りタトウにも題名を記しておきました。

蒐集する者には入手したら、仕舞い込んで終わりという方が多くいますが、これはよくありません。使えるものは使い、鑑賞するものは鑑賞する。つまらなくなったら売却するなりの処分をするのが基本のように思います。
秋渓蕭散 釧雲泉筆
水墨金紙本 まくり
画サイズ:縦220*横370*2枚

以前に詳細は記述している作品ですが、賛には「秋渓蕭(ものさびしい)散」とあり、癸亥(みずのとい)重陽写寫干波懐楼 雲泉樵人就 押印」とあり、享和3年(1803年)釧雲泉が43歳の時の作品と推察されます。

享和2年(1802年)には江戸に下向し湯島天神の裏門付近に居住しており、儒学者の亀田鵬斎、海保青陵や篆刻家の稲毛屋山、漢詩人の菊池五山、書家の巻菱湖など多くの文人墨客と交わり、この頃に結婚したと推測され、この当時の作品と思われます。欄間額か天袋の襖絵として描かれた釧雲泉には珍しい横長の作品です。当方では真作と判断しています。
本ブログに寄せられたコメントに「大正2年6月9日の売立目録「長井越作氏蔵幅第一回入札」に、扁額の作品として掲載されているものと恐らく同一作品のようです。目録に掲載されている作品のサイズは「27.6㎝×71.21㎝」とあります。これを剥がした作品がこちらの紹介作品のようです。」とあります。
さて本日はそろそろ蒐集して100作品になろうとしている源内焼の作品です。
下記の写真の棚に現在、蒐集されている源内焼の100近い数の作品がすべて収められていますが、そろそろ氾濫し始めていますので、向かい側の棚の一部を使い始めました。もう少し工夫すると収まりそうですが・・。
同じ系統の作品は同一の場所に収納するのが好ましいようです。あちこちに分散すると探すのにたいへんです。

源内焼ならなんでもという状況から、そろそろ厳選しての蒐集に入ろうとしてしていますが、その厳選する条件のひとつに状態のいいものというが挙げられます。
源内焼 その98 三彩桐鳳凰文(輪花)皿 その2
合箱入 口径258*高さ44

今後評価の上がる源内焼の作品ですが、その中でも「 大型の抜けのよいもの」、「多彩釉(3~4彩、出来れば黒・藍などの色があるもの)」、「擦れなどがなく、壊れていない完全なもの」に該当するのが本作品です。
実は本日のこの作品は「源内焼 その2」として本ブログで紹介しています。その作品はちょっと状態が悪かったので、本作品を入手することになったのですが、本作品を見た家内が「懐かしいわね~この図柄! 汚れを落とすのがたいへんだったのよ!」と、数年前の前の作品を覚えていたようで、相変わらずの記憶力の良さです。家内の記憶力の良さには時折、驚かされるのですが、反面小生の頼みごとは三回頼んでも忘れていますが・・

左側が「その2」、右側が「その98」となりますが。僅かに大きさが違います。

得意の記憶力だがどうも私の頼みごとには賞味を示さないらしい。別腹? もとい別脳・・。「〇〇を買っておいてね。」と頼んでも、三回言わないとだめらしい。しかも「冷蔵庫の扉にメモして貼っておいて!」だと。ひとつしか頼んでいないのに・・・・

「その2」は補修があるものの味わいがあります。

「別」というと最近の息子の覚えた言葉が「別腹」・・・。お菓子となるとお腹の脇を指差し「別腹!」だと・・、教えたのは甘いものが好きな「おじいちゃん!」らしい


裏側はかえって「その2」のほうが真新しいようです。

桐に鳳凰は吉祥文です。

このような陽刻の精密さや釉薬の虹彩が源内焼の特徴です。

口縁にも隙のない斬新なデザインもまた魅力となっています。

源内焼から派生した他の焼き物や再興された源内焼とは一線を画すものですね。

飾り専用の大きな作品も同一の型で作られた作品が数多くありますが、中皿程度の大きさで同じ型の作品が数多くあるのは、揃いで作られ売られた作品だからでしょう。

現在は大きな作品でも10万円を超えた作品は数少ない源内焼ですが、もっともっと評価されていいのでしょう。

飾り皿には皿立てにも凝ってみたいものです。

源内焼の蒐集当初の「その2」の作品、蒐集が習熟してきた段階での「その98」の作品。思い入れにそれぞれの当時において違いがあります。

思いは違えど同じ腹・・・・所謂「別腹?」

源内焼に興味を抱かれるか方が増えてくれることを切望している当方には嬉しいコメントです。まだまだのいたらない当方のコレクションですが、もっと充実したものにしたいと考えております。
今後ともよろしくお願いいたします。
当方もまだ源内焼を蒐集し始めて7年程度ですので、それほど詳しいとは言えませんが、源内焼の愛好家が増えるのは嬉しい限りです。