忙しいのと体調不良が重なり、
ブログの更新ができませんでした。ごめんなさい。
でもまあ、マイペースが長続きのコツってことでご勘弁を。
上記写真は1月14日の午前9時頃。
大磯町の北浜海岸で大磯中学校一年生が、
左義長のサイト作りを手伝っているところです。
今年は夫もお手伝いに行きましたが、
生徒たちは、手伝うと言っても何をどうしたらいいのかわからない、という感じだったそうで、
そうだよなあ、
一年生と限定せずに、夏祭りの太鼓と同じように毎年毎年参加できるようにするといいんじゃないかしら。もちろん強制はせずに。
そしてこの写真は午後7時。
火を入れるのは午後7時なのだが、だんごを焼くには火入れの瞬間か、
火の勢いが弱くなった頃にしたほうが良い。
とにかく熱くて近寄れない。
今年はあんまりよく焼けなかったけれど、あんこと砂糖醤油のふたつを現地に持って行ったので、あっという間に我が家の団子はなくなりました。
いつもほんとうに関係者の方のご苦労に頭が下がります。
ありがとうございました。
翌日、SFCの食堂で、「左義長って詐欺みたいで変な名前だね」という意見が出たので、ちょっと調べてみたけれど、正確ななまえの由来がわからなかった。
どなたかご存知のかた、おしえてください。
ブログの更新ができませんでした。ごめんなさい。
でもまあ、マイペースが長続きのコツってことでご勘弁を。
上記写真は1月14日の午前9時頃。
大磯町の北浜海岸で大磯中学校一年生が、
左義長のサイト作りを手伝っているところです。
今年は夫もお手伝いに行きましたが、
生徒たちは、手伝うと言っても何をどうしたらいいのかわからない、という感じだったそうで、
そうだよなあ、
一年生と限定せずに、夏祭りの太鼓と同じように毎年毎年参加できるようにするといいんじゃないかしら。もちろん強制はせずに。
そしてこの写真は午後7時。
火を入れるのは午後7時なのだが、だんごを焼くには火入れの瞬間か、
火の勢いが弱くなった頃にしたほうが良い。
とにかく熱くて近寄れない。
今年はあんまりよく焼けなかったけれど、あんこと砂糖醤油のふたつを現地に持って行ったので、あっという間に我が家の団子はなくなりました。
いつもほんとうに関係者の方のご苦労に頭が下がります。
ありがとうございました。
翌日、SFCの食堂で、「左義長って詐欺みたいで変な名前だね」という意見が出たので、ちょっと調べてみたけれど、正確ななまえの由来がわからなかった。
どなたかご存知のかた、おしえてください。
ルーツとしては、平安時代の宮中行事で、毬杖(ぎっちょう)3本を束ねて立てて、扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡い囃しながら焼いた"三毬杖(さぎちょう)"という行事なのだそうです。
なぜ"左義長"の文字があてられたかは、よくわからないそうなのですが、仏教のことを"唐土左義長"と呼ぶとかいう説をみかけたのですけれども"唐土"="とんど"="爆竹(どんと・・・左義長の時に竹が破裂する音を文字化したもの)"ってのが、入り混じって"左義長"の文字が当てられたのかなぁっと、勝手に想像しています^^;
左義長のことを"とんど(唐土)焼き"とも言いますしね~。
ただ、いかんせんネットだけの検索結果ですから・・・やっぱり文献にあたらないと駄目ですよね・・・う~ん・・・
三毬杖(さぎちょう)って言葉は知りませんでした。
そうなんです、私もネットでちょびっと調べてみたのですが、諸説あってわからなかったのです。
せっかく大磯町立図書館があるんですから(郷土資料館も)図書館の二階にでも調べに行ってみます。
聞かれて答えられなくて悔しかったので、次回大学に行ったときには答えられるようにしておきたくて(笑)。
解明できたらご披露いたします。