単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬チビ と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

2022晩秋(1/2) 盛岡へ

2022-10-29 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

雨を覚悟して雨具を着て出たのですが、外はもう降り始めていました。

南から移動してくる雨雲を鳥海山がくい止めていたので、県境あたりで天気が回復した。

細心の注意とゆとりを持って走りましょう、230キロ先の盛岡へ。

 


 

秋田県に入り、大内JCTから国道105号に下りて、まずは大曲へ。

出羽丘陵を越えて走る沿道の風景が、この道を初めて走った時から好きでした。

 


 

かつては大内町や南外村の集落内を通る区間も多かった。今はバイパス化が進みました。

昔の風情が懐かしくて、わざわざ旧道を探して走ることもあります。

 


 

出羽丘陵を越え大曲に入ってからは、風景も明るく開けてきました。

玉川を渡れば角館です。JR田沢湖線の斜張橋が目を引きます。

町の風情が様変わりしてしまった角館には、一瞥もくれずボクは素通り。

 


 

あれは和賀岳でしょうか、当てずっぽうですけど。

山の向こうは西和賀町の有名な産直ハウスのある辺りですかねえ。

たぶん、明日の帰りの道は、そこを通るつもりです。

 


 

せっかくなので、メジャーな観光地のひとつ田沢湖に寄り道をしました。

盛岡までのルート上にある行楽シーズンの渋滞スポットが、角館と田沢湖と小岩井農場。

通る時間帯を考えないと、とんでもないことになります。

 


 

ヤス君と一緒だったら、ここから乳頭温泉に寄ってひと風呂浴びたいところ。

9月も半ばを過ぎた頃、着の身着のままの格好でみんなで泳いだことがありました。

八幡平を周って玉川の露天風呂に入ったあとだったかな。みんな二十代だったからね。

 


 

国道46号に戻り、仙岩峠を越えます。

あと、もうひと山かあ・・・・、久しぶりにバイクで行く盛岡は遠いよ。

 


 

仙岩峠の山々の紅葉はもう終盤の彩りです。

砂防堰堤から滝のように流れ落ちる渓流がいいアクセントになっていますね。

 


 

渓谷に広がる紅葉を観るには、どうしても渓谷に架かる橋の上になってしまいます。

二輪とはいえ、路肩の狭い橋の上にバイクを止めることは大変危険です。自戒を込めて。

坑口前の空いた場所にバイクを置き、徒歩で移動をしていますが、それでも緊張します。

 


 

ようやく、岩手県との県境にある仙岩トンネルの秋田県側の坑口まで来ました。

仙岩道路が開通したのはボクが大学を卒業した年の秋。

今でこそ長さ2600mは珍しくありませんが、ボクが初めて通った長大トンネルです。

 


 

仙岩峠を越えて国道46号を走りながら眺める岩手山の姿に、色々去来する思いがあります。

雲に覆われその姿を拝むことができないのではと覚悟もしましたが、よかったよかった。

 


 

小岩井付近で、「花巻IC辺りだよ」と鎌さんと同行するガン先輩から電話があった。

二人を待たせちゃいけないと思いつつ、懐かしい場所にちょっと寄り道。

ヤス君、大きなビルも建ったけど、この景色にはあの頃の空気がそのまま残っているだろ。

 


 

ヤスとボクが入れ替わりでお世話になった下宿屋が、ほとんど当時のままで残っています。

リンゴ畑の丘の上の下宿屋も、久保高脇のラグビーマンションも無くなっちゃったからね。

ここは卒業する年の一年間だけだったけど、色々あったし思い出深いですよ。

 


 

 

夕川瀬町商店街通りは、何年か前に通った時より商店街の色が薄れてきた感じがします。

大学まで通った路がまだ残っているだけでも、ホッとしますけど。

 


 

夕川瀬通りだけは当時のままだけど、その周辺の様変わりには戸惑うばかり。

最後の一年間でしたが、この界隈と縁が持てたことが良かったと思うのは何故なんでしょう。

 


 

今夜の集合場所「いかり」は、正面の大きなホテルのすぐ裏です。

ボク等が泊まるこのホテルは、昔はホテルサンルートじゃなかったかなあ。

正面のホテルだって経営が変わったようだし、三代目としては身につまされる話だよ。

 


 

「いかり」に入って早々、ジュンちゃんにキクちゃんが来られなくなったことを話した。

もうはっきりとわかる表情を見せて、ジュンちゃんはガッカリしていたよ。

鎌さんのたってのリクエストで、Nさんにも仲間に加わてもらいました。

 


いつもの通り、何をワイワイやっていたかはもう覚えていない。

全国トップレベルにあった当時の岩手の高校ラグビーの話とか。

県トップを競う盛工黒工の監督さんのこととか。どちらもボク等の大先輩。

両校に限らず、鉄拳制裁ありの時代だったんだね。カツがぶん殴られるのはわかるけど。

 


 

オサムが電話を掛けだした。秋田のヤス、福井のケンジ、京都のアライにもかあ・・・

Nさんが持っているのはボクの携帯。ボクがキクちゃんに掛けて渡したんだっけ。

オサムには、来年OB戦があったら一緒に出よう!と念を押したのは覚えている。

 


 

ガン先輩が運転免許証を返上したと聞いていたけど、不便すぎてやめたとか。

鎌さんに泉ヶ岳の話をしたら、あそこはつまんないといった話とか。

山はわからないという鎌さんが、山はオサムが何でも知っていると話したこととか。

 


 

誰かが食道園とか口にしていたけど、「いかり」で解散したと思う。

そんなに飲んだ覚えはないけど、飲み代5千円を支払ったあたりから記憶が消えている。

眼鏡もしていたしフロントでキーも受け取っているから、しっかりしていたとは思うけど。