ニュージーランド移住記録「西蘭花通信」

人生の折り返しで選んだ地はニュージーランドでした

私的21世紀の暮らし方

2002-04-30 | 移住まで
9年前の1993年にNZ南島のテアナウに泊まった時のこと。湖畔のモーテルで夕食の準備に取りかかろうとキッチンに立つと、横の壁にかなり大きなラジオが埋め込まれているのに気づきました。布張りの丸い大きなスピーカーが一つ付いていていました。ラジオといえば、子どもの頃ですらトランジスタだったので、実際に見るのは初めてでも、映画の中などで目にしたことがある妙に懐かしいもの物でした。試しにつまみを回してスイッチを入れると、流れてきたのはビートルズナンバー。
「いったい今はいつなんだろう?」
時代が60年代で止まってしまったかのようでした。

今でもその時のことを覚えているのは、モノラルから流れてくるビートルズを聞き、暮れなずむ湖を見ながらスパゲティを茹でているという状況が「悪くない」と思えたからです。静かで、穏やかな時間。懐かしい音楽に暖かな部屋。私の思い描くニュージーランド生活の原風景の一つがそこにあったような気がします。当時はそこまで深く意識していませんでしたが、観光客にとってはミルフォードサウンド行きへの通過点でしかないテアナウがいつまでも忘れられないのは、この一片の記憶があるからです。(あそこで見た土ボタルの幻想的な美しさも忘れられませんが)

生きていくのにそんなにたくさんの物はいらない。それよりも愛しい人が傍にいて、大勢でなくていいから心を許せる友人が何人かいて、自分の心に正直に、他人を傷つけず、争わず、さりげなく生きていけたらいいと思います。必要以上に自分の生活の幅を広げないことは、その隅々にまで責任を持つという意味です。そのためには背伸びをせず、見栄を張らず、かといって不要な謙遜もしないことでしょう。所詮これらは事実に反することで、いずれ立ち行かなくなり、偽りの上乗せをしていくか、支えきれなくなって馬脚を表し、他人に迷惑をかけ信頼を失ってしまう類のものだと思います。

有名な話ですが、ある男がヤシの木陰で昼寝をしている男に聞きました。「なぜ働かないのか」と。
木陰の男は聞きました。
「なぜ働かなくてはいけないのか。」
男は答えました。
「金持ちになるためさ。」
木陰の男はまた聞きました。
「なぜ金持ちにならなくてはいけないのか。」
男は答えました。
「金持ちになって働かなくてもいいようになるためさ。」
もちろん木陰の男はそのまま昼寝を続けました。

これは極端な例かもしれません。でも最初の男のように転ばぬ先の杖的発想を続けて行けば、年金という自動的に入ってくるお金を手にするまで心が休まる時はないかもしれません。小金がたまれば今度はそれが減っていくのに耐えられず、年金もいつ破綻するかわからないと思い始めれば、それこそ一生不安がつきまとうことでしょう。もちろん生きていくのにお金は必要です。養わなくてはいけない家族がいればなおさらです。そのためには誰でも効率良く稼ぎ、有給休暇でビーチに寝転んでいても口座には給料が振り込まれていて欲しいと思うことでしょう。私もずっとそうでした。

しかし、この発想で行くとある線からは必要以上の物やお金を求めだしてしまうのも、また事実ではないでしょうか。どうせ泊るなら五つ星のホテルにしよう。せっかくだからブランド物を買おう、と。しかし、その欲望の連鎖を断ち切って自分の身の丈にあったものを見つけ、その維持に必要なものだけを求めて生きていくことはできないものなのでしょうか。消費文化の中で、大切な何かを失っていくような喪失感に囚われた時、ふと思い出したのが、あのテアナウのひと時でした。古いラジオから流れ出す、過ぎ去った時代。人類と地球のバランスが今よりもう少し良かったであろう時代。

NZに行きさえすれば全ての問題が解決するなど、微塵も思っていません。誰でも、どこにあっても生活と幸せは自分で紡いでいくものだと思うので、住む場所で何もかもが変わるとは思いません。でも向かい風の中を逆らって行ったり、追い風に無理に乗るよりも、そよ風の中をマイペースで行ける方がいいとは思います。そんな風が夕暮れのワンツリーヒルに、嵐のあとのカイコウラに、ティマルのただ広いだけで何もない公園に吹いていました。
「何かを始めてみよう!」
思いをそっと押してくれたのは、そんな風でした。

より豊富に、より高級に、より便利にと変わっていくことが、幸せにつながると信じられていた20世紀。でもその追求への代価も少なくなかったのではないかと思います。世界にはさまざまな生活があり、20世紀の暮らしをこれからも、またはこれから初めて謳歌しようとする人たちの方がはるかに大多数なのもよくわかります。でも独り立ち止まり、吹いてくるかすかな風を読んで帆を上げてみようと思います。21世紀という新たな海へ。


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「マヨネーズ」  先日、日本に帰国したときのこと。近所のスーパーでビックリ。3月16日配信の「Bモードで行こう!」で取り上げたリプトンの「レディグレイ」が、な~~んとドッサリ。ロンドンに行かなくても、NZに行かなくてもこんなところで買いたい放題(笑) 説明も日本語でこまごまと。パッケージは少し違っていましたが中身は一緒。

私が日本にいたころは、紅茶と言えばまずダージリン。そしてアールグレイ、その横にオレンジペコというのがお決まりだったのに、その不動の地位からオレンジペコを追い落とし、ダージリンとアールグレイの横に鎮座している「レディグレイ」、なかなか侮れません。

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スーパーの中のNZ

2002-04-27 | 移住まで
香港のスーパーの店先に山積みになっているリンゴが、4月初旬からカナダ産やアメリカ産のものに代わって、NZ産のロイヤルガラになりました。ほとんど誰も気づかないであろう、ささやかな季節の変化です。昔の日本で「一山100円リンゴ」の代名詞だった「紅玉」に似た小さなロイヤルガラは、リンゴらしい味のする、安心して丸かじりできる私の一番のお気に入りです。飛躍しますが、この30年間で最も味が変わった日本の食べ物は、リンゴと梅干しではないかと思っています。

これ以外に香港のスーパーで手に入るNZ食品と言えば、当然ですが、まずはキウイ。店によっては黄色い皮の高級品種ゴールデンキウイがあるところもありますが、まだまだ稀少。たま~に、イチゴを見かけましたが、あまり甘くはなく、まわりのつぶつぶも固いので不評なのか見なくなりました。

野菜ではブラウンマッシュルームが大小揃います。名前の通り薄茶色のきのこで、大きい方はシイタケの1.5倍くらいあって肉厚で、かさの大きさといい、その下のヒラヒラといい、正直言ってあまり美味しそうに見えません。しかも4、5枚で300円以上と、1パックに15枚くらい入って160円の生シイタケに比べて割高な感じがします。

でもいざ食べると歯ごたえがよく、なかなかイケます。次男の大好物なので西蘭家では必買アイテムです。小ぶりな方は普通のマッシュルームが薄茶色なだけですが、味はさすがにちょっとワイルド。残念ながら野菜はこれのみ。ニンジン、ネギ、サラダ用のレタス類まで揃うオーストラリア野菜には負けています。

冷凍食品では魚型のミニ魚フライがあり、フィンガーサイズも揃います。小さいのでお弁当や子供のホームパーティで大活躍。隣の魚介コーナーでは冷凍ムール貝やタラが手に入ります。タラは一時アラスカ産に凝ってましたが、最近はもっぱらNZ産を贔屓にしてます。でもここでもオーストラリア産の華々しいロブスターの脇で控え目です。

乾物ではハチミツで圧倒的な存在感を誇りますが、コーナー全体がジャムに押されてかなり手狭で目立ちません。マヌカやハチの巣入りも手に入ります。それ以外にダントツ市場を独占しているのが、なんと塩!香港で精製塩と言ったら、白い容器に入ったセレボス社の物と決まっています。西蘭家でもこれがNZ製と気がつく前から愛用していました。しかし、ハチミツと塩・・・年に数回しか買わない、地味なアイテムではあります。

お菓子のコーナーでは、あのダニーデンの激甘チョコ、キャドバリーがあります。みんな紫色の包装ですが、NZではいろいろな色のがあって旅行中にバレンタインデーになったので夫に赤いパッケージの「エナジー」をプレゼント。冷凍庫で保存したら歯が欠けそうなほど堅くなってしまい、まさにエナジーがないと食べられませんでした。これは香港未上陸。

そしてお肉。香港のビーフは原産国表示がないのは中国産というのがお約束で、堂々と原産国が入っているもので最も高いのはアメリカ産。2位がオーストラリア産。3位(と言うかビリ)がNZ産ながら、NZ産は店頭に並んでいない時もあります。あればNZ産、なければオージーと南半球産で賄っています。狂牛病騒ぎ以来、ヨーロッパ産は見なくなり、昨年からは神戸牛も輸入禁止になりました。

さて、乳製品。酪農国なのだからここはド~ンといって欲しいところですが、やはりオージー産に押され気味。アンカーのバターやフレーバー付きのチーズはあるけど、牛乳、ヨーグルトは皆無。香港は牛もいないのに、なぜか牛乳は「香港製」がかなりあり、何が入っているのかはナゾ(笑) 

前に香港産でヨーグルト作ろうとしたら分離してしまってできなかった経験から、西蘭家の牛乳はオーストラリア産一本槍に。ダンチに美味しいです。でもNZ産が手に入るのなら絶対買います。NZ旅行中に、モーテルにチェックインした時にもらう1杯の牛乳(いわゆるウェルカム・ドリンク)の美味しいこと!最近はパック牛乳になってしまってちょっと残念。以前のようにガラスのコップに並々入ったものがいいなぁ、と。

NZ産を見つけたらどんなものでも一度は試すようにしていますが、商品も増えないし、牛肉すらあったりなかったりで寂しいです。現地で買うとタダ同然のあの巨大野菜が懐かしい。カイコウラでは直径30センチはあるキャベツがたったの1ドルでした。

「貿易黒字に貢献しますから、もっと輸出して~!」
と言いたいところながら、輸出市場に合わせて緻密なマーケティングをしたり、商品を作り変えたりしないところが、またNZらしくていいのかもしれませんね。ワインセラーで何百本もあるワインをジ-------と見続け、たった1本のNZ産ワインを見つけた時にはさすがに感動しました。


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「マヨネーズ」  
夫はスーパーが大好きです。私もきらいではないので、旅先では必ず地元のスーパーに立ち寄ります。特にNZでは自炊する日もあるので、買い出しは欠かせません。

今は見かけなくなりましたが、9年前に初めてNZを訪れた時には、ドライのペットフードの計り売りがありました。大きなプラスチックに「ほうれん草」、「チキン」とフレーバーごとに入っていて、さながらドライフードバー。

好きなだけスプーンですくって買うのです。すくうのが楽しくていろいろ買って帰り、猫のおみやげにしました。そうしたら、
「マタタビでも入ってる?」
と思うほど、2匹とも猛烈に食べました。後にも先にもあんなに喜んで食べたドライフードはありませんでした。

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第一・八次生活への憧れ

2002-04-25 | 移住まで
「NZに移住する!」
という指針が1年2ヵ月前に決まってからは、
「すべての道はNZに続く!」
とばかりに、そこを起点に何もかもを考えるようになりました。そのため、移住やその後の生活に必要ないものは容赦なく振るい落とされることに。

ちょうど3年前に
「金融業界に長くいるのだから、証券アナリスト試験でも受けてみたらどうだろう?」
と途方もないことを思いつき、それほど乗り気という訳でもなかったのですが、5~6万円を払って通信教育に申し込んでみました。

ところが、その1、2ヵ月後にビーズというものと運命的な再会をしてしまい、教材が送られてきた頃には夜な夜なアクセサリー作りに精を出していて、オフィスに届いたテキストは封も開けられずに積まれたままに。更にそのちょうど1年後。今度は8年ぶりに再訪したNZで、
「ここに住もう!」
と運命的な決断を下してしまい、大枚をはたいたアナリスト試験のテキストは、とうとうデスクの下で高価な足乗せ台と化してしまいました。

NZに行ったらやりたいことがゴマンとあって、かの地でサラリーママをやっている自分というものが全く想像できないため、私の中でこれらのテキストは完全に「不要品」となってしまったのです。その分、長年憧れていたステンドグラス作りを始め、ケーキも焼いてみました。今は手作り石けんを習ってみたいし(ビーズ入りの透けるもの)、いよいよ陶芸にも挑戦したい、と夢が膨らんで、生活全体が手作り一辺倒になってきています。

母は料理から和洋裁、お花、お茶、着付け、レース編みまで、花嫁修業必須アイテムは何でもこなし、手作りの労を厭わない人でした。それを横で見ていたせいか、私は器用でもないし根気もないのに、子どもの頃から刺繍や編物が好きでした。ミシンが踏めるようになると一通り何でも作ってみました。

それが長い海外放浪生活の間、ミシンどころか自分のテレビも持たない生活が何年も続き(海外では家具つきのアパートメントが普通です)、挙げ句の果てに資本主義の権化のような香港の、消費の王道を極める生活の中で、さすがの手作り好きもすっかり鳴りをひそめてしまいました。

ここでは、自分で編んだら気が遠くなるような凝った編み込みのセーターが3,000円ぐらいで見つかったり、精緻な刺繍が施されたランチョンマットも数百円で手に入ります。隣接する中国では人件費がタダ同然のような地方がまだまだあるので、こういうものがフツーに出回り、手作りの価値を根底から崩してしまっているのです。

だから香港人は裁縫どころか、ボタン付けやスカートの裾上げまでお金を払って業者に頼みます。手間いらずで、プロに頼んだ方がきれいにできるという一石二鳥をお金で買い、本当に針が持てない人が少なくありません。手作りのものが欲しければ中国との国境を越えてシンセンに行き、オーダーメードで作ってきます。服、靴、バッグはもちろん、カーテンや家具まで作ってしまうのです。自作とは比べ物にならない完成度の高いプロの作品が、安く手に入ってしまう環境の中で、
「自分で作るなんて愚の骨頂、ガンガン稼いでバンバン買おう!」
と消費は加速する一方です。

さすがに私はそこまではついて行けず、シンセンでショッピングをしたことがないという、在留邦人女性ではかなり珍しい存在です。子どもができると底無しの消費への違和感が募ってきました。子どもに折り紙を教え、一緒に粘土をこねながら、なぜこういうことを苦労しながら一生懸命やり、汚れたり疲れたりしても最後まで作るのかが大切なのか、自分がきちんと示せる身ではない気がし始めました。

その猛省もあってか久々のビーズのアクセサリー作りには、十代の頃にセーターを編み始めるとついつい徹夜してしまった頃の熱い想いが蘇えり、
「手作りって楽しい!」
という原点回帰のきっかけになりました。「それと子どもとは関係ない」という、冷静な夫の意見もありますが(汗)

NZに行ったら何をするのかまだまだ構想の段階ですが、金融という第三次産業の極みの、「付加」という上澄みに「価値」という値段をつけてその間で鞘を抜くような仕事から足を洗い、まったく別の生活を始めてみようと思っています。自然を相手にする農業や酪農のような第一次産業にも魅かれますが、理想は自分の好きな物を作るという製造業に代表される第二次産業で何かを生み出しながら暮らしていくことです。その片手間に家庭菜園をやったり花を育てたり、動物を飼って世話ができたら最高です。こういう第一・八次生活、限りなく二次、でも二次未満の生活を「いつか・・・・」と夢見ながらで、今日も摩天楼の中に出かけていきます。


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2019年5月の後日談:
17年後に読むとほとんどお笑いの境地で、憧れは憧れのまま忘却の彼方へ。こんな事を一時的にでも考え、堂々配信していた時代もあったんですねぇ(しみじみ)。移住して生活を始めてみたら2日で実感できる、NZの市場規模の小ささ。ここではモノを売るのさえ大変なのに、作るなんてまさに夢の夢のような話。

さらに乳製品や木材といったソフトコモディティーに恵まれた資源国で、慢性的なオランダ病によって製造業が衰退し、モノは作るのではなく海外から買うか、リサイクルするか。その典型が日本からの中古車でしょう。こんなに中古車を輸入している先進国は世界にも例がない・・・などということも、来てみてから知った現実。現実の中で新たに出会ったリサイクルは、今でも生活の中にしっかりと根を下ろしています。

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NZでもできる手打ちうどん

2002-04-20 | 移住まで
習って来ました、「ほうとう」の作り方!今時のNZ、カイコウラのスーパーにさえ「UDON」がありましたが、「移住したら、たまには手打ちもいいかなぁ~」と思い、山梨疎開時代に徹底的に仕込まれたという東京生まれ、昭和ヒトケタの母直伝の作り方を先日の帰国の際に習ってきました。

「ほうとう」は分厚いきしめんのようなもので、小麦粉と水だけで打っていくカンタンなものです。かぼちゃやざく切りのネギなど盛りだくさんの野菜を赤味噌たっぷりの鍋焼きにしてアツアツをいただきます。実家では母が関東風の醤油味一本槍な人だったので、私は結婚するまで味噌ラーメンというものを食べたことがなかったほどですが、さすがに「ほうとう」だけは味噌味でした。

誰でも作れるのでレシピをご紹介します。普通の鍋で作っても構わないし、打ってから長く寝かせる必要がないのですぐ食べられます。

「みこと母風ほうとうの作り方」5~6人分 
所要時間:1時間ぐらい(寝かし時間15分の場合)
用意するもの:麺棒、小麦粉1袋(1kg入り、実際に使うのは700gぐらい)、塩小さじ1、水200cc、うすい布(あればガーゼ、なければハンカチでも)、野菜はかぼちゃ、にんじん、白菜、きのこ類、ねぎ、ほうれん草など何でも可。

⓵塩を混ぜた小麦粉500g(残りは打ち粉に使います)を木のテーブルの上に小山のように盛ります。木は水を吸うので一番いいのですが、なければ安定した広い平らなところならどこでも可。

⓶真ん中を凹ませて穴をあけ噴火口のようにして、100 ccの水をゆっくり加えていきます。様子を見ながら全部で150~200 cc入れますが、かなりボロボロな感じで。あまり水分が多いとベタベタしてしまい延ばせなくなります。

⓷噴火口の周りを内側に崩すようにして粉を水とまぶしてこねていきます。ベタつく面でテーブルに残っている粉をくっつけるようにし、粉がなくなるまで繰り返します。ボロボロ、パサパサの表面を親指で織り込むように丸く、丸くこねていきます。

⓸表面のボロボロがとれてある程度なめらかになってきたら、丸くして軽く湿らせた薄布をかぶせます。そのまま2時間くらい寝かせるのが理想だそうですが、時間がなければ15分でも可(なんとアバウトな 私はこういう親に育てられました・・・笑) 寝かせ終わったらいよいよ打ち始めます。(この間に野菜をざく切りにしておきます)

⓹テーブルの上に残りの小麦粉を少量広げ、打ち粉にします。麺を打つ時にくっつかないようにさせるためです。とにかく、くっつかないようにさせるのがコツ。なので生地や麺棒、テーブルにどんどん打ち粉をします。多めにすることが大切で、生地の表面だけでなく裏面にも絶えず打ち粉を。粉っぽいぐらいな方が、ちょうどいいそうです。

⓺ガーゼを外した生地をテーブルに置き、打ち粉をした麺棒で上から強く力を入れて潰します。少し楕円になったら麺棒を手前から奥に力いっぱい押して延ばしていきます。

⓻厚さやコシを均等にするため、いったん延ばしたら生地の角度を90度変え縦横を反対にします。それを何度も繰り返し、どんどん丸く押し広げてピザ生地のように丸く延ばします。広がって麺棒の幅が足りなくなったら左右2回に分けて延ばしても可。

⓼最終的に厚さが均等に5mmぐらいになったら、一端を麺棒に乗せもう片方をテーブルにつけ、敷布団を畳む要領で手にした麺棒を揺らしながら、5cmぐらいの幅に畳んで行きます。この際も生地同士がくっつかないよう両面に打ち粉を。

⓽畳み終わったら、端からたくあんを切るように上から軽く抑えては引くように切っていきます。本来かなり幅広なので1.5cm ぐらいがいいようです。切り終わったらざるや紙の上にくっつかないように広げて並べます。

⓾1.8リットルぐらいの多めの水を沸騰させ、だしと硬めの野菜を入れ、軽く煮立ってきたらほうとうも一緒に入れて煮ます。すべてに火が通ったら赤味噌も入れ、しっかり味をしみこませます。隠し味で醤油や酒を入れても。どんどん水を吸ってしまうので足りないようなら差し水をします。全体がどろっとしてきたら出来上がり。七味や薬味のネギをたっぷりかけて召し上がれ。

う~~ん。書き出したら⓾まで来てしまい何だか面倒くさそうですが、麺さえ打てばあとはごった煮なので超カンタンです。麺を用意するのが30~40分、煮込むのが20分くらいで1時間もあれば十分できました。名古屋の味噌煮込みうどん風に鶏肉や薄切りの豚を入れても美味しいです。


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「マヨネーズ」  
母は本来、山梨とは縁のない人でこの作り方がどの程度本物かはわかりませんが、美味しいので良しとしてます。山梨の方にはギョッとされるかもしれませんが、あしからず。手元の料理本で調べてみたらジャガイモ、ごぼう、大根もレシピに入っていました。でも、この本での分類は麺類ではなく、「主食兼用のボリューム鍋」となってます。えぇ、コレって鍋物なんですかぁ? 


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2019年5月の後日談:
今読み返すとアイタタタ(笑) 移住前は理想と現実がごっちゃごっちゃで、とにかく自給自足的なことに憧れ、移住したら時間が無尽蔵にあるイメージでした。

しかし、子育てが終わってリタイアする訳ではなし、お手伝いさんに丸投げだった家事育児がどっと自分たちの両肩にのしかかり、仕事も続けなければいけないとあって、移住するやこんな理想はどこへやら(爆) 確か1回だけ作って終わりました。

17年経って、今ならできるのか?うちに麺棒ってまだあったっけ(笑)

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全員参加型「香港セブンス」観戦

2002-04-15 | 香港生活
もしも香港にお住まいなら、毎年恒例の「香港セブンス」観戦は楽しいですよ~。
(「そんなこと、開催が終った直後に言うかぁ?」いう声が後ろから・・・・笑)
めったに見られないラグビーの国際大会が身近に見られるという表向きの理由もさることながら、それ以外がなかなか侮れません。香港のラグビー人口から察して、観客の大半が1年の362日間はラグビーと何ら関係ない生活を送り、この3日間だけ異様に熱い、にわか熱狂ファンに早変わり!ということらしく、誰でも何でもOKな非常にカジュアルな大会です。

予選の金曜は会社が引けてから直行し、土日は家からおにぎり持参で出かけます。自宅から会場の香港スタジアムまで徒歩で20分以上かかりますが、途中からラグビージャージを来たムキムキのおニイさんだの、ばっちりフェイスペイントした各国サポーターだの、コスプレのアフロ集団だの、見るからにフツーじゃない人たちがスタジアム方面に向かってぞろぞろ歩いており、「いるいるぅ~♪」と嬉しくなってきます。

そのうち聞こえてくる、
「わぁぁぁぁぁぁぁ~」
「どぉぉぉぉぉぉぉ~」
という地鳴りのような大歓声。スタジアムはドームが半開きになったような独特なデザインなので、歓声やアナウンスは外まで筒抜け。もうこうなったら、おにぎり背負ったまま走って行きたくなります!

会場は招待席以外は全席自由席なので、ここに来る目的で座席が自然と決まってきます。まず「ビールなしの観戦なんて・・・・」という人は1階席へ。完全燃焼したい人はサウススタンドと呼ばれるスコアボードの真下へ。それ以外は3階席へ。

1階席はかぶりつきなので、本国から来ているような熱心なサポーターたちが早朝から場所取りをして最前席に陣取っています。そこでは、
「何日前から酔っ払っているの?」
と思われるような、午前中からアルコール臭い赤ら顔の白人年配サポーターたちが、大ジョッキならぬ大紙コップを手に、肩を組んでの大合唱。

「イングランド対スコットランド」とでもなれば壮大な歌合戦となり、高校野球での応援団のエール交換状態です。片方が歌っている間は一応大人しく聞き、自分たちの番が来たら総立ちで大の大人が「威風堂々」のあのメロディアスな部分をダミ声でハモったりします。酔っ払いが過半数なのでビールと葉巻の匂いとその他もろもろが渦巻く、オヤジ度の高い濃厚空間となります。

それに比べ3階は階段席で、足を滑らせると危ないのでビールは厳禁。当然のことながら応援もしらふでかなり大人しめ。でも位置が高いのでグランドが一望でき、動きが早い試合をしっかり見るにはいい席です。子連れがちゃんと席を確保できるのはここしかないという消去法もあって、西蘭家はここ数年、毎年3階席に紛れ込んでいます。

家族連れが固まるので子ども同士が友だちになったり、親も自然と言葉を交わし合ったりで和やかな雰囲気。長男がどこからかお菓子をもらって来れば、次男は知らない人の膝に座っていたりといった具合で、周囲はご近所状態。最も女子ども度の高いほのぼの空間です。

そして噂のサウススタンド!朝からビキニでイケイケのおネエさんから、毎年必ず(本当に必ず!)出るストリーキングまで、全員強制参加型のキョーレツな一角です。数千人がほとんど朝から総立ちで、遠目からも異様な盛り上がりが良くわかります。でも屋根というものが全くないので、今年の雨の中でのコスプレは大変だったろうと察します。

それでもビキニは健在だし、夫が参加しているラグビーチームの独身軍団も1人3万円もかけて(3日間の入場料の3倍!)、本格的なアラブの白装束でキメて(頭にあのワッカまではめて)ました。メキシカンウェーブもいつもここから始まり、途中で途切れると総立ちの数千人が切れた当たりを指差して猛烈なブーイングと、試合どころではなくなります。ここは3日間全開の、独身率最高空間です。

試合中もスピーカーからガンガン音楽が流れ、
「○○ケッコンして~ ◇◇」
「△△、どこにいるの?サウススタンドの○○に来て!××」
などのメッセージが電光掲示板にデカデカと出たりと(ちなみにこれは有料ですが、朝から晩まで無数に出ます)、試合ばかり見てもいられません。

いつ掲示板にメチャ面白いメッセージが出るかわからないし、ウェーブが始まったら立ち上がって「ウォォォォ~~~」と思いっ切り背伸びをしなきゃいけないし、いつなんどきサウススタンドのフェンスを乗り越えてストリーキングが始まるかもしれないし・・・。あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロしているうちに、
「あ~、トライっ!」
尽きない遊び心と全員参加型のノリ。病みつきになります。


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「マヨネーズ」 
「次回では試合以外の楽しみ方など・・・」と結んだのが9日。ところが前回は全く関係ない話に脱線し、「やっと続きが出た~」と思ったら、香港セブンスは早くも1ヵ月前。なんだかおマヌケなタイミングになってしまいました。

本当に1週間なんてあっという間。この分だと、
「移住までまだ3年もあるしな~」
なんて呑気に構えていたら、半泣きな目に遭いそうです。あぁ、時間が欲しい。  

そう言いながらも、ワールドサービスのニュージーランド情報のご好意で、「ミニ西蘭花通信」のコラムを週1回から10日おきぐらいに掲載させていただくことになりました。「西蘭花通信」とは違ってNZ100%の内容になる(予定です)ので、こちらの方もお時間があったらのぞいてみてください。次回はNZでの永住権取得には全く必要ない、手打ちうどんの作り方をお送りします。


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2019年5月の後日談:
今回のメルマガを読み返してみて、
「移住までまだ3年もあるしな~」
という記述を発見して、び、び、ビックリ
「誰が書いたの?」
と言いたいぐらい。何を根拠に「2005年移住」を思い描いていたのか?

当時の条件であれば、私名義でも夫名義でも永住権取得のポイントがまず足りていた呑気な時代。移住の旗振り役だった私の最大の関心事は、永住権が取れるかどうかではなく、夫と長男がその気になってくれるかどうかでした。17年前とはいえ隔世の感。

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通貨のスーパー12

2002-04-13 | 移住まで
NZドル高ですね。NZドルはキウイとも呼ばれ、昨年8月以来、約8ヵ月ぶり高だそう。12日には1NZ㌦が44.45米㌣まで上昇しました。NZはオーストラリアとの経済的結びつきが強いので、キウイはオージーこと、豪ドルに連動しがちなのですが、今年に入ってからの上昇率はオージーの5%を抜く6%台と、南アフリカのランドと並んで世界主要通貨の中では最高位です。

自国通貨高というのは国内にいると特に実感もなく、あまりありがたみも湧かないことでしょう。しかし、外から見ると比較的景気が良く、そこそこ金利が高くて魅力的に映るものです。金利が高いということは借金する身には辛いことですが、預金など投資する立場であれば、より高い金利を得られる結構なこと。通常の状態であれば、通貨高はその通貨の人気のバロメーターとも言えましょう。日本はもちろん、ここ香港でも今はほとんどゼロ金利状態で預金金利はとっくに1%を下回っています。なのでキウイの強さと金利は眩しく見えます。

しかし、キウイ、オージー、ランドと今年に入って世界的に突出して強い通貨は、すべて南半球通貨です。これら3ヵ国はラグビーの世界最強リーグ、「スーパー12」開催国ではないですか!う~ん、通貨の「スーパー12」かぁ。ちなみに今年に入ってからのユーロと円は、多少の高下はあっても昨年末から全く変わっていません。南半球は資源国が多いので経済原則から言えば、「世界的に景気回復期待が高まる中、原油を始めとする資源需要の回復が見込まれての通貨高」と説明がつき、景気循環の一環といえます。

しかし、私見ですが、
「ひょっとしたら南半球という世界の桧舞台でほとんど脚光を浴びたことのない地域で、新しい価値の創造が始まっているのではないか」
ということを密かに考えています。アメリカを中心としたグローバル化の波が20世紀内に世界の主要国の隅々にまで行き渡り、共産政権の中国でさえも「グローバル化」を唱える中、その限界や構造疲労も顕在化してきています。その一例が97年以降のアジア金融危機で、ロシアも際どい思いをしました。最近では米国でも名門企業の破たんが相次ぐなど、きしみが出てきています。

世界に新しい価値観を教える師であった米国の後を第二の勢力が埋めていけるのであれば、世界がそれになびく可能性もあるでしょうが、実質ナンバー2のヨーロッパは多数の文化と政権の複合体で、世界の覇者になることよりも域内での調和を優先させているところです。それに、ことのほか個を重んじる彼らの文化的背景からいっても、世界的に「ヨーロッパ式」(そういう共通したものさえないわけですが)を普及させていこうとする可能性はかなり低いように思います。

ではどこが世界の覇者なのか?それがアメリカであることには変わりはなく、急速に台頭してきている中国が影響力を強めてくることは間違いないでしょう。世界を共通のルールで結ぶグローバル化そのものは、もう後戻りができないことでしょう。その端的な例がインターネットです。一度手にしてしたら、瞬時に地球の隅々まで結ぶことができる情報伝達手段を人類が手放すわけがありません。

その一方で、それぞれの経済、地域、文化、宗教等によるブロック分けが進むという、新しい傾向が強まるのではないかと漠然と考えています。あまりに進んだアメリカ主導のグローバル化への軌道修正という意味合いです。こうしたブロックの一つとして「南半球」という、非常に緩いつながりの中で新たな価値が生まれてくるような気がしています。

「スーパー12」も南アフリカがアパルトヘイトを廃止して、世界に認められてから実現した新しいものです。こうした結びつきがもっと増えていくことは考えられないことではないでしょう。3ヵ国がより近づいても目に見える経済効果はないかもしれませんが、経済効率の追求のためだけに結びつくのではないことも、これからの新しいテーマになってくるのではないかと考えています。

比較的新しい3ヵ国が先住民とそれぞれの方法での折り合いを模索しながら独立国としやってきた経験は、内戦が頻発する周辺国への力になるかもしれません。単純に気候が同じっていうのもいいじゃないですか(笑) 地球温暖化への取り組みで何か共通の課題が見えてこないとも限りません。南極を上にした世界地図というものを見たことがあります。本来の地図なら北半球がある上の方が、ずい分スカスカで頼りなく見えました。でも今では、
「そんな考え方があってもいいよね~」
という気がしてきています。


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「マヨネーズ」  
今回はちょっと堅い内容になってしまいましたが、NZに魅かれる理由の一つに、壮大な夢を見せてくれる大きな潜在性があります。現在の価値観でいけば、NZは先進国の中ではお世辞にも経済規模が大きいとは言えず、金融市場が世界で一番最初に開くのに、NZ市場がその日の世界の相場を左右したという話も聞いたことがありません。でも、もしもこうした価値観が変わっていったとしたら? 今のところは自分一人で見ている白昼夢ですが、何だかとっても可能性を感じます。

西蘭家は「移住しよう!」と決めた去年から早々とNZドルを買い始めたので、今のNZドル高でも、
「やっと買値を上回ってきたかな?」
というところですが、香港ドルで預金していたよりは若干利回りが良かったはずです。いずれにしても金額が金額なので、どうでもいい差なのですが(笑) カナダ政府発行のNZドル建てのキウイ債を買ってみました。利回りが6%以上あるし、NZドル高傾向で、ちょっと楽しみにしてます。


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2019年5月の後日談:
スーパーラグビーは1992年にスーパー6から始まり、このメルマガや移住して来た頃はスーパー12、その後スーパー14になり、個人的にはあの頃の粒よりの水準が一番面白く、南半球ラグビーの真骨頂だったと思っています。

その後、2016年にはスーパー18の大所帯にまでなり、チーム数が増えた分選手が分散し、大差のつく試合も増えてしまい、失敗は明らかでした。さすがに興行的にも厳しくなり、2021年からは再びスーパー14に。往年の興奮が戻ることを祈っています。


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雨の中の「香港セブンス」

2002-04-09 | 香港生活
3月下旬の7人制ラグビーの国際大会「香港セブンス」(22~24日の3日間)は、大雨でした。季節の変わり目に当るこのシーズン、かなり肌寒かったり真夏日だったり毎年の気温はさまざまですが、これほどの土砂降りに見舞われての開催は、西蘭家が香港で暮らし始めてからの9年間では初めてでした。観客も濡れ鼠ですが、選手にしてみれば、天然芝のグランドがプール状態となる中での厳しいプレーとなりました。怪我人も続出で、滅多なことでは担架など出てこないセブンスには珍しく、かなりの試合で担架が出ました。雨天決行のスポーツとはいえ、「これでもやるのかぁ~」と心から感服するほどの悪天候でした。

今年のNZチームの仕上がりは、素人目にもあまり良くありませんでした。いつもの一枚岩のような厚みのある一体感が伝わって来ませんでした。準決勝となったフィジー戦。これまで王者の地位を二分してきたフィジーと準決勝で当ってしまうのは何だかもったいなく、夫も言っていたように
「実質的な決勝戦?」
と思われましたが、いざ試合が始まるとNZに的を絞ってきたらしいフィジーの方が明らかに一枚上手でした。結果は10対7で、フィジーはNZの猛追を振り切って決勝戦へ。

フィジーは南太平洋チームの中でも飛び抜けて背が高く手足が長い選手が多く、毎回ワイルドな試合を見せてくれます。準決勝に勝ち上がったオーストラリア戦でも重量級の相手選手をマジックハンドのように良く伸びる手で捕まえてはバシバシ倒し、夫も
「手首一つ分、他国の選手より長い」
とうなっていました。小人数のセブンスはスピード勝負ですが、長足長手のフィジーは後ろからでも敵に追いつき、肩やジャージ(ラグビーシャツのこと)をガッと捉まえては引き倒してしまいます。後ろからタックルを食らうほうはたまんないでしょうね。

NZのキャプテンのエリック・ラッシュと同様、「セブンスの顔」であるフィジーのセルヴィは、小柄な身体と飄々とした顔つきでかなり異色な存在です。今年も孫悟空のようなひらりひらりとした身のかわしで、たっぷり楽しませてくれました。彼はその小回りの良さを活かしタックルに行きもしなければ受けもせずに、巨漢の間をちょこまか走り回っては時々とてつもなく長いパスを出し観客の度肝を抜きます。しかも今大会では、「香港セブンス」での総得点数が1000点を超えるという、とてつもない金字塔を打ち立てました!

こんなフィジーも決勝選となったイングランド戦では苦戦を強いられ、思いもかけない大敗を喫しました。新生イングランドの眼中には最初からNZはなく、「徹底的にフィジーを研究してきた」というだけのことはあり、パワーと自信に頭脳プレーが加わった、新しい試合運びを見せてくれました。今までのセブンスで見慣れてきた速さ主体の個人プレーとは異なる、一人のヒーローに率いられるのではなく、チームが一丸となって確実に相手を追い詰める緻密さは新鮮でした。攻めても攻めても崩れないばかりかジリジリ押してくるイングランドには、さすがのフィジーも苦しかったことでしょう。

これは単にフィジーの敗北というだけではなく、南半球に土がついた瞬間でもありました。北半球の優勝は81年の各国混成チームの優勝以来、実に21年ぶりのことだったのです!ラグビー発祥国イングランドの優勝は、なんと初めて!まさかの快挙に、香港の白人社会の大半を占める旧宗主国のイギリス人たちの喜びようは、すさまじいものでした。さすがフーリガンの国(笑)?逆に言えばニュージーランドやフィジーの南太平洋諸国は20年間もの間、優勝カップを独占してきたことになります。香港で開いたセブンス・シーンの風穴がどうなるか、早くも先が楽しみです。


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「マヨネーズ」 
ラグビーを見るのは好きなのですが、たまたま夫がプレーヤーだったことから興味を持ち始めたという程度で、「香港セブンス」以外には本格的な試合を観たことがありません。それどころかルールもうろ覚えで、
「えっ??何で今、審判が笛吹いたの?」
「どうしてあそこからキックなの?どうして?」
と、観戦している夫に腰砕けの質問を浴びせては場を寒くさせています。(夫よ、すまん・・・)

なのでエラそうなことを言えた義理ではないのですが、「香港セブンス」はたとえラグビーのルールを知らなくても、自分の国が出ていなくても心底楽しめます。これは絶対保証できます。次回では試合以外の楽しみ方など・・・

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