limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 27

2019年05月21日 16時59分45秒 | 日記
“夏期講習”も半ばを迎えた頃、長官から呼び出しがかかった。呼ばれたのは伊東と千秋と久保田に僕の4名だった。「朝から済まない。実は、原田から“内示”が来ている。伊東と千秋に“副会長”、久保田に“財務部長”、参謀長とワシに“会長特別補佐官”だ。ウチからの“入閣”は3名。ワシと参謀長は“閣外協力員”となる。原田のヤツ子憎たらしい“内示”をしおって!」長官は毒づいたが、順当な線での“内示”だった。「俺達が“副”なのに長官と参謀長が“補佐官”なのはどう言う事です?」伊東は不満げだった。「悪いけど、僕と長官には“校長からの特命”があるんだよ!“入閣”させられると逆に都合が悪いんだよ。それで“閣外協力員”に留められた訳!」僕が言うと「“3期生再生”が理由か?原田がもっとも頭を痛めてた事案だ。“除名された3期生をどうやって戻すか?”って、七転八倒してたな。2人が手掛けるのか?」伊東が聞いて来る。「ああ、校長直々の“特命”が僕に降りてな。長官にも手伝ってもらう事になったのさ!」「ワシは面倒な“肩書”は御免被りたいが、どうしても“肩書”を付けて縛りたいらしい。まあ、仕方あるまい」長官は散々と言いたげだった。「ところで、長崎が運動してる“監査委員会”の人事はどうなってるんだ?」と久保田が問うと「見込みは薄いな。長崎以外にも立候補者がいるらしいし、選挙になるのは避けられないだろう」伊東が見通しを示した。「だが、長崎の“目先”は完全に逸れた。この隙に“赤坂・有賀コンビ”を就任させれば、クラスは安泰だ!参謀長の判断が良かったな。欲を言えば長崎が“当選”すれば尚更いい。原田は“監査委員会”を形骸化するつもりだ。椅子はあるが、実権は骨抜きにするだろう。ただ、“肩書”は残るからクラスの委員長は兼務出来なくなる!“赤坂・有賀コンビ”以後は誰も決めてはおらんが、長崎に対する女子の“アレルギー反応”を考慮すれば、何とか“当選”へ持ち込みたいところだ。そこで参謀長、一肌脱いで欲しい!“選挙管理委員会”へ出てくれぬか?」長官は出し抜けに無茶を振って来た。「勘弁して下さいよ!“3期生再生計画”だけでも手一杯なんですから、“選挙工作”までは無理です!」「そこを何とかして欲しい!」長官が粘りだす。「校長の“特命”ですよ!違背は出来ません!」僕は断固として固辞した。「うーむ、校長を持ち出されると無理強いは出来んか!そうなると千秋、お前さんにお鉢が回るが、行けるか?」「参謀長が校長の“特命”を受けているなら仕方ありませんね!やって見ましょう!長崎君を“当選”させればいいんでしょ?女子の組織票を持ってすれば、勝てる見込みはあります。委員長としてやりたい放題にされるよりは、無害な椅子に座ってもらった方がマシ。彼の補佐をするくらいなら、“当選”させる道を模索しましょう!」千秋は俄然やる気になった。「よし、何とかその方向で票を集めてくれ!原田の方にも協力依頼はかけて置く。ヤツにしても“操縦しやすい”人選にしたいはずだ。長崎はその点、1回おだてれば調子に乗って突っ走るから、放って置いても後で害は無い。実務は他に任せる腹積もりだろうからな!」長官は原田の狙いを見透かして言った。こうして、“内示”を受けた僕等は、秋の“大統領選挙”も見据えて動き出したのだった。

西岡達からの報告が入ったのは、その日の昼時だった。「3期生の各クラスの内情ですが、我々のケースよりも深刻ですね。今もって“司令塔”となって旗を振る者もおらず、出身中学どうしで集うぐらいで男女間の積極的な交流もありません。どうやら、こうした素地を築いた張本人は塩川先生の様です。支配者側からすれば上からの支配には向いていますから。上田と遠藤達は、女子の“大同団結”に向けて動いていますが、どこまで影響力を強められるか?は未知数でしょう。問題は男子を取りまとめる“人材”を見つけられるか?ですね」「やはり塩川は“海陵王”だったか!そちらは、首を挿げ替えればと言うか“追放”してしまえばいいし、学級担任も然り。支配者は“教員”では無く“生徒”でなくてはならん!校長に申し立てて、根本から変えてしまえばいい!丁度、校長から“教職員に関する諮問書”が来ているから、痛烈に批判してやれば片付く。各クラスに派閥等は無いのかな?」僕は西岡に尋ねた。「派閥も何も横の繋がりが全くありません。集落が散在している様なものです」「うむ、ならば逆に上田達は動きやすいな。集落を1ヵ所づつ攻め落とせば、女子連合体は平易に形成出来よう。集落をある程度まとめたら、主を決めさせて派閥の代わりにすればいい。各クラスで女子連合体の形成にメドが付いたら、学年全体の“連合体本部”を作らせろ!クラス横断型の横の組織を形成させれば、当面女子は安泰になる。その次が“男子人材の発掘”だ。今のところ、頼りになりそうなのは、石川と4名の男子ぐらいだろうが、彼らは上田達の組織の傘下に置けばいい。彼らに男子を集わせてジワジワと派閥を形成させる。無論、上田達の息がかかる範囲でいいが、慌てる必要は無い。秋の改選期までに過半数を掌握させればそれで充分だ。彼女達に“政権”を取らせるのが第1段階だ!」僕は西岡にロードマップを示した。「分かりました。どちらにせよ上田達が“政権”を樹立出来なくては以後の改革も進まない。慎重に見極めつつ指示を出したり、手を回したりしますよ。学校側の方は参謀長にお任せしますが、上田達の意見はどうされます?」「反映させなければ意味は半減するだろう。意見集約を急いでくれ!“私達はこの様な圧政に耐えて来ました”との意見を投げつける絶好の機会。彼女達の意思も校長に届けたい!」「直ぐに手配しますよ。“諮問書”の提出期限はいつです?」「4日以内だ。人事の関係もあるから、あまり遅らせる事は出来ない。上田達の意見は別紙で構わないから、“あった事をありのままに”書かせなさい。その方が校長も喜ぶだろう。塩川政権については、僕と長官で徹底的に“こき下ろす”つもりだ。生徒を甘く見たツケは重い!重加算税をしっかりと納付させてくれよう!」「“鬼の参謀長”と“仏の参謀長”、どちらが本当の顔ですか?」西岡が笑って聞く。「どちらも一緒だよ。非情な命令を下す場合もあるし、戦力を温存するためや投降して来る者を受け入れる場合もある。作戦は“時と場合”によって常に変化するものだが、基本は“戦わずして勝つ”のが理想だ。現場で指揮を執りやすくするのも僕の役目。指揮官としても戦力を失わずに戦う方がいいだろう?」「勿論そうです。失うのは一瞬ですから。では、上田達の意見を集約して至急お持ちします!」西岡は東校舎へ向かった。「彼女は優秀な指揮官だ。何故、男に生まれなかったのだろう?だが、今次作戦に措いては、女性である事に感謝しなくてはならんな。上田達との繋がりに関しては、彼女を置いて適任者はいないのだからな!」僕は“諮問書”に眼を通した。“生徒の視点から見た教職員の態度・姿勢・熱意他について忌憚なく述べよ”と書かれている。「校長も無理を言ってくれるな。僕等が“忌憚なく”述べればどうなるか?知って居ながら書かせるんだから!」僕はノートに下書きを始めた。

しばらく無心で下書きをしていると、教室の後ろのドアに人の気配を感じた。僕がふと顔を上げると、上田が来ていた。「どうした?そんなところに黙って立てないで入りなよ」と言うと「お邪魔しては悪いかと。いいですか?」と尋ねるので「遠慮はいらんよ。入りなさい」と言って招き入れる。彼女は前の席の椅子を逆向きにすると差し向いに座った。「校長先生からの“諮問書”の下書きですね。参謀長、先生方の信頼が相当あるって聞いたんですが、どうしてなんですか?」「それはね、中学生の時に担任の“秘書官”を3年間やったからだろうな。学校から脱走してコンビニへ“買い出し”に行ったり、職員室に頻繁に出入りしてから顔を覚えられてさ、“○○先生が捕まらない!何処に潜んでいるか突き止めろ!”とか言われて追跡させられたりして、先生達の小間使いをやった経験があるんだ。だから、それが内申書に全て書かれていたらしくてね、ここへ来ても同じ様な事をやってるからだよ」「へー、あたしは怒られに行く側だったから真逆ですね。今も同じ事をやってるって言われましたが、担任の先生から依頼とかあるんですか?」上田が興味を持って突っ込んで来る。「あるよ。調査とか情報収集とか、中島先生は僕に対して職員会議の内容まで話すよ。“お前の方から委員長に説明して、クラスの動揺を終息させろ!”って何回言われたかな?逆に僕方から“これこれこう言う事態になりました。クラスとしての結論はこうです”って報告して後始末を依頼する事もある。それに対して“後の始末は校長と協議して決める”って答えを引き出すのも僕の役目。生物準備室の鍵だって預けられてるし、一部の書類を閲覧する許可ももらってる。先生との繋ぎ役であり、クラスの意向や学年全体の問題を報告する係なのさ。入学して直ぐに指名されたよ。校長とも直談判した事もあるし」「じゃあ、今回のあたし達の“再生計画”もですか?」「ああ、校長から直接依頼されてる。“生徒側の視点から支援と協力をしてくれ”ってね」「あのー、どうすれば参謀長の様になれるんですか?クラス全員からも先生達からも、一目置かれるにはどうしたらなれますか?」上田は必死になって聞いて来た。「一朝一夕では信頼関係は生まれない。まずは、確実に言われたことを成し遂げる事。次は必ず+αを付け加える事。“○○先生達はこんな事をやってました”って情報を付け足す。そうすれば、先生方の眼の色が変わる。次は先生方の性格や行動パターン、校内での出来事を可能な限り覚える事。“アイツ何でカリカリしてるんだ?”って聞かれたら“他のクラスの授業でこうでしたから”って答えてやるだけで、また先生方の顔つきが変わる。自分達の視点で情報を集めて、常にストックして持っていれば先生方から重宝されるし、逆に“アイツこう言うパターンはマズイぞ!”ってクラス内でも役に立つ。意外と地味な努力を積み重ねれば、クラスからも先生方からも重宝される。そうすれば、もうこっちのモノさ。右から左へ情報を流したり、聞いたりするだけでいい。“唯一無二、換えが聞かない存在”になれば、自然とあらゆる人が集まって来るし、情報も入って来る。ただ、地道な事が苦手な人には向かない商売だけどね。上田はハッキリ言って僕の様な“参謀”じゃなくて、みんなの先頭に立つ“指揮官”だと思うよ!人には向き不向きがある。だから、西岡は君に“ブレイン”として池田を付けた。池田を上手く使って作戦を立案させて、君が実践してみんなを引っ張って行く。これは、また別の意味で信頼を勝ち取らないと出来ない事だけどさ!」僕は静かに語り掛けた。「あたしが“指揮官”ですか?みんなを引っ張って行くなんて想像もつきませんが、そんな才能があるとは思えません」上田は意外そうに言った。「いや、天賦の才能はある!西岡が見抜いた以上、間違いは無い。ただ、過去にはその使い方を間違えたに過ぎない。リーダーとしての素質は間違いなくあるんだよ!だから、向陽祭の時に男子は付いて来た。それを忘れてはならない。だから、君はドッシリと構えてクラス全体を見ていればいいんだ。僕の役は池田が担ってくれる。その内に彼女達を呼んで“ブレイン”としての“心構え”として、今の話を聞かせるつもりだ。クラスをまとめるには“独裁”と“共同運営”の2つがあるが、後者の方が持続力は格段に大きい。3年間を平穏無事に過ごすなら、各自が与えられた役割をしっかりと担って行く事が大事だ!困ったり、迷ったらここへ来るといい。僕等の経験と手法はいつでも教えるし、バックアップもする。僕等より後は君達が下級生を引っ張ってもらわないと困る。そのための援助は既に始めているし、現在も進行中だ。これは、僕等のためでもある計画なんだよ。4期生を迎えるためには、3期生の君達にしっかりとしてもらわなくてはならない。校長に依頼されなくても僕はこの計画を進めるつもりだった。先に生まれた者としての責任を果たすためにな!」「では、あたしは“リーダー”として何を心がければいいのでしょうか?責任は勿論ですが、1番は何ですか?」上田は真っ直ぐに眼を見つめて聞いて来た。「揺れない覚悟だろうな。リーダーがふら付いていれば、クラスも迷走するだけだ。自身の中で常に1本の筋を通して置く事。そうすれば、何があっても迷うことは無いだろう!」僕は目を逸らさずに返した。「上田!こんなところに居たの?探したわよー、もうヘトヘト!」西岡がへばって顎を出して言った。「西岡先輩、すみません!」上田が慌てて助けに行く。「参謀長に何の話?ただでさえ忙しいのに、手を焼かせないで!」「いや、西岡、彼女は真面目に相談に来てくれたのだよ。これからは、直接話さなくてはならない事も増える。丁度いい機会だったのでな、真剣に向き合えた。あれこれと責めるな」僕は上田をかばった。「あー、やっと終わった!」「Y-、お昼にしようよ!」さちを筆頭に4人が引き上げて来た。「あれま、もうそんな時間か!まあ、いい。上田、今日はお開きにしようか?」「はい、ありがとうございました!西岡先輩、何のお話ですか?」上田と西岡は廊下でやり取りを始めた。「Y-、あの子何を相談しに来てたのよ?」堀ちゃんが聞いて来るが眼が怖い。「“リーダーとしての心構え”についてさ。“指揮官”としては文句の無い人材だが、やはり不安はあるんじゃないかな?」「それだけ?1対1で何してたのよ?」堀ちゃんの追及が怖い。「まあまあ、Yがあたし達以外の女の子に手出ししないのは分かってるからさ。ここはYの言う事を信じようよ!」雪枝が火消しに努めてくれてその場は何とか治まった。昼食後、1講座を受講した後、僕は西岡に呼び止められた。廊下の隅で西岡は「参謀長、上田には気を付けて下さい。特に1対1で話すのは危険です!」「何が危うい?上田が何かを企んでいるとでも言うのか?」「ええ、彼女、参謀長に対して特別な感情を持ち始めています!」「うーん、“あれ”か!分かった!これ以上の接近は気を付ける事にする!」「そうして下さい。参謀長のカバーエリアが拡大すれば、我がクラスにとって致命的なダメージを負いかねません!」西岡はしっかりと釘を打ち込んで来た。「あたしから上田には“参謀長には本命が居る”と言ってあります。しかし、感情を持ってしまった以上、消すのは容易ではありません。あたしも楯になりますが、くれぐれもご注意されますように!」「済まんな、西岡だから気付いたのだろう?これからもこう言う事はあるだろうから、注意してかかるよ。“あれ”は厄介だからな!」「そうです!あたし達の参謀長を易々と渡す訳には行きませんから!」珍しく西岡がムキになる。「表立っては“本命あり”で押し通してくれ。そうしないと僕もヤバイ橋を渡る事になる!大事を前に混乱は避けたいからな!」「当然です!貴方はクラスの女子の宝。カラスにさらわれては大変な事になります!では、表立っての処理はして置きます。彼女達に接する際は、必ずガードを付けて下さい!」と言うと西岡は足早に廊下を歩いて行った。“あれ”とは“恋愛感情”の4文字の事だった。これ以上“園児”を増やすつもりは無いし、増えて欲しくはなかった。僕は本当に手一杯だった。

その日の帰り道、僕は堀ちゃんと2人で“大根坂”を下る事になった。さちと雪枝と中島ちゃんは僕の“ロングチェーンを探しに行く”と言って早めに帰ったのだ。僕は最終の講座が長引いて1人で帰るつもりだったが、堀ちゃんが教室で待っていたからだ。「久しぶりだよね。1学期の半分は向陽祭に費やしてたから、こうして並んで歩くのは数か月ぶりじゃないかな?」堀ちゃんは嬉しそうに腕を絡ませて歩いた。「そうだな、ずっとバラバラに帰ってたし、登校時間もマチマチだったからな」僕もそう返した。「Y、体調はどう?向陽祭の最後にブッ倒れちゃって直ぐに期末テストだったし、休む間もなく“3期生再生計画”を始めるし本当に休めてるの?」堀ちゃんは心配そうに聞いて来る。「向陽祭の3日間でオーバーヒートはしたけど、最近は安定してるよ。まだ、クスリも残ってるから最悪は飲んで休めば回復は早いよ。でもね、猛烈に消耗すると“アイツ”が暴れ出すのは分かった。まだ、僕の体のどこかに潜んでいるんだろうよ。そうならない様に自分でブレーキをかけなきゃいけないって痛切に感じてる」「これからは、体力的に消耗する様な行事は無いから、大丈夫だと思うけれどYが倒れる姿はもう見たくないの。ねえ、原因不明って言ってたけど未だに分からないの?」「リンパ節が関係しているところまでは分かってるらしいが、発症例が少ないから研究も進んでいないのは事実だよ。特効薬もまだ開発されてない。取り敢えずは症状を和らげて休むしか無いのが現実だ!」「それって辛いよね。そんな身体で無理しないで!何なら“3期生再生計画”も棚上げにしたら?Y、働き過ぎだよ!」堀ちゃんは一生懸命に訴えて来た。「“修学旅行”に“大統領選挙”、これからもやらなきゃならない事は沢山ある。休みたいけど休んだら“出て来れなくなるかも”って不安が過る事は毎日なんだよ。だからね、ひたすらに前を向いて歩くしか無いんだよ」僕は静かに言った。堀ちゃんは立ち止まると、僕の前に立って首に腕を回すとキスをして来た。「あたしが護ってあげる!倒れない様に支えてあげる。だから、あたしの前から居なくならないで!」堀ちゃんは抱き付いて来ると、しばらく離れようとしなかった。「堀ちゃん、日陰に行こうよ。道のど真ん中だと跳ねられるから」「うん」僕等は神社の境内にある木陰のベンチに移動した。2人して座ると手を握って僕の肩にもたれて来る。「Y-、長崎君の話、潰してくれたんでしょう?あたしが苦労しない様に」「あれか、アイツの尻拭いなんかに堀ちゃんを渡せる訳が無い!しなくてもいい苦労なんかさせられるものか!」僕が吐き捨てる様に言うと「やっぱりそう言うと思った。あたし、長崎君嫌いだから!」と堀ちゃんもバッサリと切り捨てた。「あたしは、Yとなら苦労してもいいの。本当は“総合案内兼駐車場係”も一緒にやりたかったの。でも、美味しいクッキーを作るのも捨てがたかった。Yのところにも差し入れに行ったでしょ?」「ああ、あれが楽しみで待ち焦がれてた。午後3時ぐらいになると丁度お腹がすくんだよ。あれのお陰で2日間乗り切れた様なものだよ。甘すぎずお腹に優しい。最高の差し入れだったね。堀ちゃんに感謝してます!」と言うと堀ちゃんは僕の手を自身の胸に押し当てる。「次はこれをあげたいな。ペチャパイだけどね」と言ってグリグリと動かした。「こらー、反則だよー」と言うと「いずれはYだけのモノになるんだからいいじゃん!」と言って再びキスをして来る。堀ちゃんはその後も甘え続け、電車を1本遅らせてから家路に着いた。別れ際「Y、休み中にデートしようよ!忘れないでよ!」と言ってホームへ向かった。「デートか。見つからない場所を選ばなきゃ大変だ・・・」僕はそう言ってバスに乗り込んだ。

“夏期講習”最終日、午前中で全ての講座が終了し、お昼は久々にメンバー全員が顔を揃えた。生物準備室を開けるのも実に久しぶりだ。紅茶を淹れて優雅ないつもの光景の中、弁当の包みを開いた。「数か月ぶりだな!ここでのんびりするのは最高だねー!」竹ちゃんが言うと「本当にそう。留守にしていた間に紅茶が全然減ってないのが“如何に忙しかったか”を物語ってる」と道子も言う。「賞味期限が迫ってるな。ティーバッグをケチらなくてもいいよ。大量に投入しよう!」と僕はバッグの封を大量に切った。「氷も固まってるから砕かなきゃならんな。アイスとホットで大量生産しよう!」お湯を沸かすとやかん一杯分の紅茶を大量に作り、ポットとサーバーに注いだ。入りきらない分からティーカップへ注ぐ。「あー、生き返る!お昼はこれでなくちゃ!」雪枝の声でみんなが笑った。「ところで“修学旅行”の“自由行動”の行先は決まったのかな?」僕は4人に尋ねた。「真理ちゃんと有賀さん達の意向も聞いての判断なんだけどね」「“俗化”されてない穴場を選んで見たのよ!」堀ちゃんと中島ちゃんが答える。「ここなんだけど、駅から結構な距離を歩くかタクシーに分乗するか判断に迷っているところ」さちが地図を指した。京都の西南部、阪急電鉄は通っているが、市内中心部からはかなり離れた場所だった。「いいじゃん!周囲に何もないけど、静かで思う通りに過ごせそうだ。これなら、赤坂も迷う道じゃない」僕が同意すると、「唯一の欠点、“方向音痴”を考えての決断か!有賀の手前、恥はかけねぇだろうな。いや、有賀に引きずられて帰って来るかもな!」竹ちゃんは半分笑っていた。「まあ、そこは僕がカバーするとしてだな、男2人で残りは全員女の子だから、赤坂にしてもしっかりしてもらわなくては困る。事前にレクチャーしなきゃならんな!何せ次期委員長なんだから」僕も半分笑いながら言い「当然、甘い物とかおみやげを仕入れるポイントは押さえてあるよね?」と確認を入れる。「うん、それは考えてあるの。ここの駅を降りたら何も無いから、乗り換えポイントで済ませる予定。乗り換える前に調達しようと思うの」と堀ちゃんが言う。「うん、いいね。ここではぐれなければ、後は1本道だから迷うはずが無い。有賀に紐で引きずる様に言って置けばいいな」「そこまでしなくても、大丈夫じゃないかな?」さちが同情気味に言う。「いや、その程度の用心は必要だよ。空間認識力の無い赤坂にとっては、鬼門以上に危険な行動を取るんだから、万が一見失ったらパニックは免れない。腰紐は必需品になりそうだ!有賀に制御させれば間違いは無いだろう」僕は慎重論を崩さなかった。「確かに、次期委員長が迷子じゃあカッコ付かねぇもんな!」竹ちゃんは笑いのツボにはまったらしい。腹を抱えて身をよじり出した。こうした光景を見るのも久しく無かっただけに、みんなもニヤニヤとしている。やはり、ここは僕等のオアシスそのものだった。「参謀長、居るかい?」赤坂が尋ねて来た。「よお、どうした?」僕が言うと「“修学旅行”の“自由行動”の行先の件だが、聞いてるかい?」「ああ、今、聞いたばかりだが、迷う要素は少ないと思うが、何か問題でもあるのか?」「俺は参謀長に付いて行くだけになるが、ガイドは任せていいか?」「勿論、引き受けるよ。彼女達も手伝ってくれるから、有賀から離れないでくれればいい。心配するな。ちゃんと帰れるからさ!」と僕が言うと「頼む!次期委員長として恥はさらせない!他のグループの帰着確認にしても、参謀長が頼りだ!全面的に協力してくれ!」赤坂は必死になっていた。彼の性格上、失敗は何よりも辛い恥となる。ここは、僕が手を差し伸べるべきだろう。「任せときな!地図と時刻表さえあれば探し出してみせるから、大船に乗った気分で居てくれ!」「済まんな。俺の最大の弱点なんだ。カバーを宜しく頼むぞ!」赤坂は頭を下げると部屋を出て行った。「必死だな。奴さんにして見れば、最大の悪夢なんだろうが避けては通れない。やはり有賀に腰紐を持たせた方がいいな」僕が言うと「安全保障上の脅威に対するには手段を選んではいられねぇ。参謀長、大変だろうが手を貸してくれ!俺達もアイツを不安にさせる前に戻るつもりだが、パニックに陥ったら指揮は代行するしかねぇ。グループの総力を挙げて対処してくれ。あの調子だと可能性は高そうだ」竹ちゃんもいつの間にか真面目な顔に戻っていた。夏休みを終えれば“修学旅行”は目前だ。大胆さと細心さが必要な“自由行動”の総指揮を執るのが新任の“赤坂・有賀コンビ”なのだ。しかも2人は僕等と同じ場所で行動を共にする。恐らく、赤坂はそこで“限界”を迎える可能性もある。ダウンした場合は、指揮権を引継いで僕が統率を執る事になるだろう。「まあ、何とかなる」僕は楽観していた。悲観したら赤坂の二の舞になりそうだったからだ。もし、引き継いだ場合は細心の注意を払わなくてはならない。微妙な線だが僕は“行ける”と踏んだのだ。

life 人生雑記帳 - 26

2019年05月20日 15時10分06秒 | 日記
“向陽祭”が無事に終わった翌日、片付けのために登校しようと準備をしていると、生徒会長が自宅に電話をかけて来た。「Y、今日は“禁足令”を命ずる。出て来なくていい!これは、校長からの命令だ。違背は許されんぞ!」会長はやや疲れた口調で言った。「後片づけは、3期生が中心になって実施する。せめてもの“罪滅ぼし”だそうだ。塩川が校長から大目玉を喰らってな、ヤツが陣頭指揮を執ってやる事になったんだ。だから、安心して休め!無論、欠席扱いにはしないそうだから、月曜日にまだ会おう!」「分かりました。済みませんが宜しくお願いします」と僕が返すと「気にするな!お前は充分に働いてくれた。来年は総本部で指揮を執ってくれよ!じゃあ、ゆっくりしろよ」と言って会長は電話を切った。「助かった。今日はクスリを飲んで寝るか」僕は久々にゆっくりと眠った。

校内最大のイベントを終えると、期末試験が待ち構えていた。ロクに復習もしていなかった僕達は、文字通りの“一夜付け”で試験問題に取り組むハメになった。結果はどうにか合格ラインを維持出来て“補習授業”は免れた。幸いな事に竹ちゃんも今年は免れた。だが、“夏期講習”には参加する必要に迫られていた。“内憂外患”について査問委員会で検討しなくてならない課題は山積していたのだ。この内、“外患”とは言うまでもなく“3期生再生計画”であり、2学期からの実施に向けて手を回して置かなくてはならなかった。“内憂”については、実に頭の痛い問題が発生してた。長崎が“次期委員長”へ立候補すべく勝手に動き回っていたのだ。まず、これをどうするか?秋に“大統領選挙”を控えたこの時期に、クラス1の“お調子者”を起用するか否か?を早急に決めなくてはならなかった。原田は既に“選挙後”を見据えて“閣僚人事”に手を付け始めており、長官や伊東、久保田、千秋に僕の“入閣”を画策していた。久しぶりに査問委員会が招集されたのは、“夏期講習”の初日であった。その日の朝、委員会の前に僕は長官を捕まえて、“3期生再生計画”を打ち明けた。「なるほど、校長御自らの“ご指名”とあれば断る事も出来まい。参謀長、腹案は既に練りあがっているだろうな?」「ええ、西岡達とも相談しなくてはなりませんが、骨格は組み上げてあります。ですが、原田の“閣僚人事案”から外れるのは無理ですよね?」「いや、そうでも無いぞ!小佐野からの情報によれば、原田も“3期生対策”に頭を悩ませているらしい。こちらで“独立してやる”と言えば食いついて来る公算は高い。しかも、校長からの“金字牌”があるのならば、原田とて拒む事は出来ないだろう。まあ、ヤツの事だから“会長特別補佐官”ぐらいの肩書は押し付けて来るだろうが、ワシも1枚噛ませろ!余計な肩書が付くのは御免だからな!」と長官も乗り気になった。「では、我々で進めますか?長官も参加してくれるなら、手の打ちようも広がります。僕と西岡達でかかるよりはスピードアップ出来そうですし」「うむ、乗った!今日の午後あたりから情報収集を始めよう!小佐野にはこちらから言って置く。お前さんは西岡達に言って行動を開始させろ!」「分かりました。早速手を回しますよ」「参謀長、そっちはいいが、問題は長崎の件だ!どうやって彼を説得する?」長官の表情が曇る。「あの“お調子者”を説得するのは容易ではありませんからね。次期に据えるのは到底無理ですよ。しかし、モノは使い様です。来年の前半に延期して起用する条件を付けたらどうです?」「来年の“向陽祭”に向けた布石か!“お祭り男”としては申し分ないし、原田政権も軌道に乗っているな。その線で押し切れればいいが、彼が乗るかな?」「査問委員会として“ご朱印状”を出せばどうです?“来年4月から起用する”と確約すれば拒みはしないと思いますよ!」「各委員の意見も聞かねばならんが、大筋はその線でまとめてしまおう!次期は“赤坂・有賀コンビ”が既定路線だ。原田政権の船出に際して、特段害の無い人選で治めないとマズイからな!」長官の表情が少し緩んだ。「さて、そろそろ開催しよう。参謀長、援護を頼むぞ!」「はい、脱線は避けましょう」僕等は査問委員会に向かった。

「長官!女子としては長崎君の起用には“断固拒否”を表明しますからね!あの“お調子者”にクラスの舵取りなんて出来るはずがありませんから!」千秋が言葉を発すると、千里、小松、道子が頷いた。女子としては反対の態度を初めから鮮明にしたのだ。「俺も反対だ!男子にはそこそこ人気はあるが、女子へのコネクションが全く無い。これじゃあ、箸にも棒にも引っかからねぇよ!」竹ちゃんも同意した。「だが、仮に選挙になった場合、“しこり”は残る。返って厄介になるんじゃないか?」久保田は先を見据えていた。「“大統領選挙”を控えたこの場面での起用は難しいが、副委員長に“しっかり者”を当てれば何とかならないか?」伊東は道を探そうとする。「参謀長、例の腹案を」長官が僕に説明を促した。「前途多難なこの局面での起用は見送り、来年4月期からの起用にするのはどうだろう?半年あればヤツを教育する時間もあるし、久保田の懸念する“しこり”も消せる。問題は“誰が説得するか?”だけど、当委員会として“ご朱印状”を与えれば道は開けないだろうか?」「つまり、時間稼ぎをして体制を整えてから“起用する”って事?」千秋が聞いて来る。「そうだよ、今のままの長崎では“やりたい放題”にされちまうし、副委員長が一身に責任を背負うだけになる。女子にそんな迷惑はかけられないし、させたくもない。けれど、いずれは長崎に出番を与える局面になるのは明らかだ。当委員会のオブザーバーにして教育を受けさせてから現場に出す。これしか無いと思うがどうだろう?」一同は思慮に沈んだ。しばらくして「いずれは、彼に託す局面になるとしたら、参謀長の言う事の方が理に適ってはいるわね。半年の猶予期間でどれだけ彼が変わるかは疑問だけど、賭けて見る価値はあるんじゃないかな?」千秋が言うと「それなら俺も賛成するぜ!今回は、既定路線の“赤坂・有賀コンビ”にして、新年度から長崎を登板させるなら、可能性はあるんじゃねぇか?」竹ちゃんも同意する。「まあ、その線で行くなら後々の事も教え込めるな。現実路線としては悪くない」久保田も乗った。「今は見送りにして、来年の“向陽祭”に向けた布石とするなら悪くは無いな。“お祭り男”としては申し分ないし」伊東も乗って来た。「女性陣はどう思う?」長官が千里達に発言を促した。「あたし達としては、長崎君は“避けて通りたい選択”に変わりは無いの。でも、これ以上余計な活動をされても困るのも事実。参謀長の折衷案にプラス“歴代最後の委員長”って肩書を付けるなら同意してもいいわ」小松と道子も頷いた。「“歴代最後の委員長”か。記録にも記憶にも残りやすいな。よし、その線で説得を試みよう!椅子を用意しなくては長崎とて治まらんだろう。“トリはお前さんに任せる”で落としにかかるか?!」長官が決断した。「だったら、説得は俺に任せてくれ。今井と2人で落として見せる!」久保田が前のめりになる。「いいだろう。久保田達に任せる。では、次期は“赤坂・有賀コンビ”に託す!それでいいな?」全員が頷いてこの問題は決着した。後事は、久保田と今井に託された。

査問委員会が片付くと、僕は西岡を捕まえにかかった。彼女が受講している講座が終わるのを待ってから声をかけて、物陰に連れ込む。僕は校長からの“特命”を話して聞かせると協力を依頼した。「歓迎しますよ!あたし達も今回の“夏期講習”の期間を利用して、策を巡らせる予定でした。長官と参謀長にもご協力願えるなら心強いですし、上田や遠藤も安堵するでしょう!」彼女はもろ手を挙げて賛成してくれた。「3期生達は、軟弱な地盤に建屋を建設しようとしている様なものだよ。揺れが来ればたちまち倒壊するだろう。余程の大ナタを振るわない限り3期生の再生は覚束ないだろう。僕に付いて来てくれた20名を先頭に立てて、長期政権を打ち立てたいのだ。半年では工期が足りないからな。まずは、秋の改選期に向けて人を集めなくてならない。まず、西岡達に内偵と調査から手を付けてもらいたい。手伝ってくれないか?」「もう始めてますよ!結果が出たら直ぐに飛んでいきます。私達のケースとは少し違いますが、手法は流用出来るでしょう。派閥の形成から手を付ける予定です。後は、数の論理で押し切って実権を手にします。そうすれば、ジワジワと浸透させればいいのでは?」「西岡、もう1手加えよう。現委員長達も抱き込むんだ!派閥の領袖として協力させればいい。女の子達だけでは男子は動かない恐れもある。現委員長達に男子に対する工作を進めさせれば、上田達も楽になるだろう?」「分かりました。早速手配にかかります。参謀長は常に明確なビジョンをお持ちですね。その能力を羨ましく思いますよ」「僕は策を練るのが得意だが、それを実行する部隊は別に必要だ。指揮官としては西岡の方が上の様な気がするのは、あながち間違いでは無いな!」西岡は微笑むと「共に頑張りましょう!」と言って東校舎へ向かって歩き出した。上田達に知らせに行ったのだろう。3期生の“再生計画”もこうして水面下で動き出した。

教室舞い戻ると、さちと雪枝が待ち構えていた。「Y―、長崎君がお待ちよ!」「アイツどうしても許可を取りたいって騒いでるのよ!」2人はウンザリしながら教壇の方向を指さした。数名の男子と長崎は話していた。僕を見つけると直ぐに飛んでくる。「Y、頼みがある!女子への説得工作を依頼したい!俺は次期委員長にどうしても座りたいんだ!頼むから引き受けてくれ!」長崎は早口でまくし立てた。「相変わらず周囲が全く見えて無いな。委員長なんて誰かにくれちまいな!お前にはもっと高い位が待ってるかも知れないぞ!原田の心中は微妙だが、“監査委員会”の席が決まってないらしい。候補者は複数居るが、その中にお前の名前も入ってるそうだ。今から運動しないと候補から漏れるぞ!“監査委員会”は生徒会組織から独立した別組織。生徒会長に“勧告”を出せる強権を有してる。男、長崎隆行なら、務まると思うがどうするんだ?」「本当か?!ならばこんな事してる場合じゃ無いな!“監査委員会”だ!絶対になって見せるぞ!!」長崎は勇んで驀進し始めた。「Y-、今の話本当なの?」雪枝が聞いて来る。「半分本当だけど、長崎が選ばれる確率は低いね。ともかく目先を逸らせればそれでいいのさ!委員長にだけは座らせない様に気を付けなきゃ!」「“嘘も方便”か。女子の間では彼の就任を拒絶する空気しか流れて無いから」さちがホッとした様に言う。「長崎君、副委員長に“堀川さんを据えたい”って言ってたのにすっかり忘れてるね。猪突猛進とはこの事か?」雪枝も呆れて言う。「昔からちっとも変わらん。思い込みの激しいヤツだが、悪いヤツでは無いよ。女子に人気が出ないのは相変わらずだが。そろそろ“予防注射”の効き目が出るから大人しくはなるだろうが、副委員長に堀ちゃんを“よこせ!”と言うのは気に入らん!アイツの“尻拭い”をさせる様なまねは絶対に許さん!苦労ばかりでいい事は何1つ無いのだからな!」僕は憤然と言った。「あたしも生理的に拒否したいとこ!Y、絶対に守り通してよ!」講座を終えた堀ちゃんがやって来て僕を教室前の廊下に引きずり出す。「Y-、あたしは誰のものにもなりたくないの。Yの“彼女”になりたいの!だから絶対に離れたくないの!」堀ちゃんは僕を壁際へ追い込んで来る。「聞いてただろう?アイツに“はい、そうですか”なんて言う訳が無い」「本当に?」堀ちゃんが真顔で聞いて来る。「前の“水着”の件を忘れる事が出来るか?」苦し紛れに以前の事を小声で言うと、背を向けた堀ちゃんが僕の胸元にもたれかかって来る。「“ここ”があたしの家。いつも包み込まれていたいのよ。Y、離さないでよね!」堀ちゃんはそう言うと僕の左腕を自身の胸元へ回して離れまいとする。「これこれ!3分経過したら交代だからねー!」雪枝がやって来て同じことをせがむ。「その次はあたし!Yの心音を聞きたいからさ!」同じく講座を終えた中島ちゃんも加わる。またまた“巨大な園児達”の椅子取りゲームが始まった。そこへ、珍客がやって来た。「あのー、お取込み中失礼します。参謀長、少し宜しいですか?」上田と遠藤の2人だ。「おう!久しぶりだな。2人共どうした?」「ちょっと、ご相談があって伺ったのですが、宜しいですか?」「構わんよ。さちー!」「あいよ!あら、どうしたの2人共?」「話があるらしい。丁度、昼だ。中に入れてやって!僕も直ぐに行く」「分かった、2人共中に入って。Y“保育園”は閉園にして来てよね」「ああ、3人共一緒に話を聞いてくれ。どの道、みんなに協力してもらわなくてはならない案件だ!」「なーに?」「あの子達誰?」「また、何か極秘任務?」3人が一斉に聞いて来る。「題して“3期生再生計画”の実行メンバーだよ。既に、長官も西岡達も水面下で動き始めてる。僕等も行動開始だよ!」新プロジェクトが具体的な動きを見せた初めての時だった。

僕はまず、校長からの“依頼”内容を話した。「そう言う訳で、校長直々に“3期生再生に手を貸してくれ”と依頼されたんだよ。そこで、今朝長官にも話をして、既に別ルートで動いてもらっている。西岡達にも独自に動いてもらっているんだ。けれど、それだけじゃ手が足りない。みんなにも手を貸して欲しい」そう言って4人を見回すと4人は黙して頷いた。「3期生達のクラスは今や“空中分解”寸前だ。これは、各クラス担任の責任でもあるんだけど、上から強引に統率を執ろうとしても上手く行くはずが無い。やはり、生徒達が変わらなくてはクラス全体も変わらない。僕等の事例がそのまま参考になると思ってはいないけれど、同じようなルートを辿る事になるは眼に見えて分かっている。先駆者としてノウハウを提供して、彼女達を支援するのが今回の作戦のポイントになる。ここまではいいかい?」「うん!」4人の合唱が返って来た。「さて、腹が減ってはなんとやら。食べながら話そう。おっと、ボトルがカラになってるじゃん。買って来るか」と僕が腰を浮かせると「Y、行くよ!」と堀ちゃんがボトルを投げてくれる。「仲がいいんですね。阿吽の呼吸と言うか、幸子先輩も参謀長に対して細やかな気遣いをされてましたが、男子1人に女子4人のグループなんですか?」遠藤が聞いて来る。「ああ、正式にはもう1人居て6人のグループが核になっている。他にも連携しているグループが2つあるから、クラスの女子の4分の1が関連している事になる」「参謀長お1人で?」上田が眼を丸くする。「赤坂と竹ちゃんがいるから男子は3名になるね。他は全員が女の子達。意外かな?」「意外です!どうしてこんな事に?」上田が怪訝そうな顔をする。「それはね、遥かな昔、あたし達が保育園の頃まで遡る事になるのよ!」と言って雪枝が僕等の事を話し始めた。小学校での別れ、偶然過ぎる高校での再会。紆余曲折をへての再編。雪枝は大演説をブチかましてくれた。「えー!そんな偶然ってあるんだ!」上田も遠藤も驚愕するしか無かった。「神様が“何かを成し遂げろ”って言ってるんだろうな。男子1人に女子5人。確かに最初は逆風が吹いては居たが、段々とクラス全体に浸透して今では“当たり前の光景”になってる。ここまで持って来るのには苦戦の連続だったが、誰1人脱落した者は居ない。壁が立ちはだかる度に全員で突破して乗り切って来た。今や僕は完全なる“おもちゃ”だが、それでいいと思ってる」と上田と遠藤に話していると、堀ちゃんが僕の首のネックレスを外して、ペンダントの取り換えを始めた。「今月は、ブルーとグリーンを基調にするからね」と言って差し替えをする。「もっと意外!参謀長がネックレスをされてたなんて!」上田がまた腰を抜かしそうになる。「誰のだっけ?最初に強引に付けられて“犬の首輪”って言われて笑われてね。それが悔しくてロングチェーンを買ってペンダント1個を付けたんだが、今では彼女達が季節ごとに4個を差し替える形になった。まあ、これは僕だけの特例だがね。上田、遠藤、今日来た目的は“グループ構成”と“形成過程”についての相談だろう?何か引っかかっている問題があるのかな?」「はい、女子は団結させられても、男子をどうやってまとめるか?壁に突き当たっておりまして、参謀長の様に最初から加わってくれる男子が居ればベストなんですが、何か“見えない壁”がある様で私達にはそれを破る手立てが無いんです」遠藤が悔しそうに頭を下げる。その間に堀ちゃんの作業が終わり、僕の首にネックレスを戻してくれた。「誰かいないかな?核になってくれる子。気弱でも成績が悪くてもいいのよ。あたし達の様に男女混成のグループが1つでも出来れば、そこから突き崩して行けるんだけな。あっ、でもYは“特殊仕様”だからあんまり参考にはならないか?」堀ちゃんが言う。「ええ、参謀長の様に“女子の囲まれて平然としている”方は中々居られません。しかも、“ネックレス”を交換されても微動だにされない方は初めてなので、とても羨ましい限りです!」上田が唖然として言う。「“百家争鳴”としたクラスをまとめあげるのは、並大抵の事では無い。増してや“見えない壁”に風穴を開けようとしても容易では無くて当然だ。まずは、足元を固めるのが先決。女子だけでもいいから、グループなり連帯を作り上げなさい。男女のどちらかがしっかりとしていれば、多少の揺さぶりには耐えられる。多分、学年主任の塩川達を筆頭とした先生達も入れ替わりがあるだろう。もし、それが無いとしたら、僕は校長に抗議しなくてならない。塩川は“海陵王”だからだ!」「すみません。“海陵王”とは?」遠藤が遠慮がちに聞く。僕は教室後ろの黒板に板書を始めた。
「かつての、中国の金王朝4代皇帝“海陵王”と塩川の影が重なると思うのは、錯覚ではなさそうだ。先代、金王朝3代皇帝煕宗は、中国中原国家の主となったのはいいのだが、皇族や宗室を粛清して行くうちにおかしくなり、サディストとなった。さらに酒乱が加わり誰も手の付けられない暴君となった。“金史”“煕宗本紀”には、到る所に殺の文字がちりばめられているありさまだ。いつ殺されるか分からないのだから、煕宗を亡き者として自らが帝位に就く事を考えない者が現われても不思議ではないだろう。“海陵王”は、そうやって帝位に就いた。某宗と言った廟号で呼ばれない理由は、後で述べるとしよう。“海陵王”は、漢文化の高い教養がある人物ではあったが、彼の血管にも煕宗と同じくサディストの血が流れていたのだ。中国史上まれに見る暴君として綴られている事実。野心家であり、極めて有能な人物で、中央集権の漢的中原国家を作り上げるために猪突猛進したのである。3期生を“学校1位”にしようとした塩川の考え方もそうだ。異を唱える者に対しては、容赦なく粛清した。有能であり、学識もあった彼は自らに対して、自信を持ち過ぎていたようだ。例えば、新しい制度をつくるにしても、根回しなどは一切なし。“海陵王”の意思がそのまま法律となったのだ。彼にしてみれば、根回しなど弊害そのもので、悪しき象徴そのものだったのだろう。こう言うところは塩川も同じだ。彼の最終目標は、天下の南半分を保っている南宋を滅ぼし、歴代の中華王朝と肩を並べることであった。“海陵王”は、この目標に向って着々と準備を進めたのだが、彼の性格を反映したこの準備は、非常に性急でかつ強引なものであった。塩川の“向陽祭”での指示・行動もまったく似ている。結論から言うと彼は暗殺された。彼は、即位後に皇族・宗室・重臣のホロコーストを行っているが、南宋討伐に際しても命令を聞かない、意見をする将兵を片端から粛清していった。目的を妨げる者に対しては、誰であろうと容赦をしなかった。恐らく塩川もそうだっただろう?“向陽祭に積極的に参加しない者には単位を与えない!”ぐらい事は平然と言ったはずだ。怖れをなした留守を預かっていた従弟が、“己の命を守るため”と言って即位し、“海陵王”の悪事数十条を挙げ“このような悪逆な者を皇帝にするわけにはいかないので、自分が周囲に推戴され即位した”と宣言したのである。そしてその時こうも言っている“私は追い詰められた”ともな。彼こそが5代皇帝世宗だ。そのころ“海陵王”は、揚子江の線まで南下し“3日で長江を渡れ!出来ねば殺す!”と息巻いており、世宗の即位の知らせに対しても“南を平らげたらば、蹴散らしてくれる!”と一蹴するつもりで将兵を督励していた。しかし、将兵は既に“海陵王暗殺”を決意していた。殺さねば殺されるのだから、誰もこの計画に反対する者はいなかった。便宜上、“海陵王”と呼んできたが、彼は生前、いうまでもなく皇帝であった。しかし、死んだ翌年に海陵郡王に降格され、のちになって罪悪はなはだしいものがあり、王の資格も無いと言う議論があり、庶人に降ろし改葬されている。“金史”は彼を“廃帝海陵庶人”と記している。故に“海陵王塩川”は廃さねばならない。君達はとんでもない暴君によって、崖っぷちまで追い込まれているのだ。彼を延命させる理由など無い。3期生の未来のために、僕は“塩川廃絶”を要求するつもりなのだ!上が変わらなくては、改革など出来るはずが無い。2人の後ろ盾としては我々も付くが、学校側からも強力な後ろ盾を立ててもらわなくては困る。手始めは“女子の大同団結”からでもいい。男子達を巻き込むだけの力を手にする事が先決じゃあないかな?」僕は板書を終えて座った。「参謀長、どうしてこんな詳しいお話が出来るのですか?まるで“授業”じゃあありませんか!」上田が呆れていた。「あー、悪い!僕達はね“相互授業”をやってるんだよ。それぞれの得意分野に寄って担当は決まっているが、先生達の授業内容が分かりにくい場合、こう言う風に放課後や今回の夏期講習の時なんかに自主的に“補習授業”をやっているんだ。ノートの丸写しから始まって、疑問点があればとことん教え合う仕組みが自然と出来上がった。だから、誰かが長期間休んでもノートは別に作成するのが決まりになっている。昨年、さちが休んだ時は、放課後に各自のノートを突き合わせて、補完したりして補った。こんな風になれば合格って見本のようなものだ!今の長い話は半分忘れていい。履修範囲外だからな」「いえ、黒板を消さないで下さい。今、ノートにまとめています!」上田と遠藤が必死にノートを取った。細かな点は再説明して補った。「それにしても、教科書にも載っていない話をこうもスラスラと話せるのは、Yの独壇場ね。まだ、消さないでね。あたし達もノートを取るから」と教壇の方から声がした。道子が講座を終えて戻って来たのだ。「竹ちゃんは?」「ボトルを買いに行ってるの。“海陵王”か。教科書では1行でも、Yの手にかかればちゃんとしたストーリーが聞ける。この才能だけは真似できないわ!」道子も素早くまとめにかかる。「道子、ボトル買って来たぜ!って、また参謀長の“授業”があったのか。後でノート写させてくれ!」竹ちゃんがボトルを置いて弁当にかぶり付く。「参謀長、こういう勉強は自主学習ですよね?先輩方それぞれがこう言う知識を教え合っている姿は正直憧れます!どうすれば出来るのですか?」遠藤が聞いて来る。「相互信頼の土台に立てば誰にでも出来るぜ!俺は全部教わる側だが、教える側に立つヤツは得意分野を徹底して磨き残してる。参謀長は、普段から“暗号文書”の解読に余念がねぇ!知りたかったら見せてもらいな!」竹ちゃんが言うので僕は丁度鞄に入っていた“陸奥爆沈”を取り出して見せた。「気を付けてね。10秒で眠くなるから。Yには理解できても、あたし達には“暗号”でしかないから!」さちが注意を促す。上田と遠藤は栞の付近を読んだが首を捻るに留まった。「これが何の役に立つのかな?」「戦争中の事故ですよね?」2人の反応は予想通りだった。「人のミスで軍艦が沈む。これから何を読み解くか?すなわち“人は何故間違えるのか?大勢がうごめく中で何があったのか?”
過去を検証する事で、今に活かす。策を立てるには過去の過ちこそが重要なんだよ。歴史に“もしも”はつきものだが、“もしもあの時”を今に反映できれば、違う道が開ける。だから聞き取りや分析力を磨くにはこういう本が僕には最適なのさ!」「だからこそ参謀長の“肩書”で呼ばれる。一朝一夕で出来る芸当ではないのよ。コイツの頭の中は誰にも分からないけど、あらゆる知識が詰まってるの。その中から、いつも“最善手”を繰り出してあたし達のクラスを救って来た。貴方達にも手を差し伸べるって言ってるし、言う通りに動けばクラスは変わるわ。大丈夫。黙ってYに付いて行きなさい!」道子が優しく2人に語り掛けた。「はい!」上田と遠藤が合唱した。「夏期講習中に動ける範囲で足元を固めなさい。1人でも多くの仲間を集めるんだ。9月の委員長改選まで余り時間の余裕は無いが、そこで君達が主導権を取れるか否かに今後の未来を託す!3期生は必ず再生させなくてはならない。来年、4期生が入って来る前に堅固な体制を敷いて、僕等と共に力となれ!」「はい!」2人の声は力強かった。“再生”は必ず成し遂げる。いや、成し遂げなくてはならない。僕はあらゆる手を巡らせようと考え始めた。3期生の同志達との長い戦いは始まったばかりだった。

life 人生雑記帳 - 25

2019年05月17日 07時35分31秒 | 日記
3日目の朝のミーティング。疲労感と倦怠感が色濃く漂っていた。「一般公開も残り半日、祭典も今日で打ち上げとなる!みんな、最後の力を振り絞ってくれ!」総長の言葉にも力は余り無い。「昨夜の職員会議では、校長が塩川以下、3期生の各担任に痛烈な批判と叱責をお見舞いした。¨責任感の欠如には目に余るものがあり過ぎる!貴様達が責任を取れ!¨と大荒れだった。これは、¨総合案内兼駐車場係¨、すなわちYのところの問題を指摘したものだが、今日もYのところが苦しむのは、火を見るより明らかだし、本日も応援体制は必須だ。各部署からは速やかに応援要員を出せる様に宜しく頼むよ。Y、お前達も相当参っているだろう?だが、今日も¨陣頭指揮¨は¨ご法度¨だ。必要な駒は出してやる!手駒と合わせて切り抜けろ!他部署も3期生を積極的に使って¨借り¨を取り戻せ!来年の事を考えると、彼等が戦力とならなければ¨向陽祭¨は成功しない。2期生への置き土産として、1期生の奮起に期待する!」生徒会長はこう述べて、1期生に最後の底力を示す様に促した。ミーティング終了後、「後、半日だ!先輩のスピリッツを存分に示すぜ!」「Y、¨貧乏クジ¨を引かせるハメにはなったが、良く頑張った!お前でなければ、大混乱は免れなかったよ。済まんが宜しく頼む」と総長と会長が言ってくれた。「先輩方の応援があればこそです。本日も宜しくお願いします!」と返すと「校長が¨Yを見捨てるつもりは無い!¨と言ってた。今日は何かが起こるかもしれん。半分期待していいぞ!」と会長が肩を叩いた。「そう願いたいものです。まずは、手駒の確認からかかりますよ」と返して僕は昇降口の本部席へ向かった。

「Y、ミーティングはどうだった?」さちがポカリのボトルを差し出しながら聞いて来る。「1期生の先輩達の疲労感は相当なものだったよ。3期生が働かない“代償”は半端なく大きいな。今日も応援体制は取ってくれるとは聞いているが、これから集合して来る“現有戦力”で切り抜けたいのが本音。午後からの“ファイナルステージ”を気持ち良く迎えたいしね」僕はポカリで喉を潤しながら言った。「そうね、確かに昨日のダメージは大きいだろうな。あたしもさすがに疲れたわよ」さちが大あくびをした。僕も眠気と倦怠感で体がダルかった。「おす!さすがにダルいな」A班が集合して来た。「おはよう、後、半日だ。何とか切り抜けよう。空いている椅子に座れよ!」A班もフラフラだった。賑やかな声が東校舎の方向から響いて来る。「参謀長、おはようございます!3期生出頭致しました!」山本、脇坂、上田、遠藤の4名を先頭に22名の3期生が集合して来た。「おはよう、今日も宜しく頼んだよ!さて、まずは丸くなれ」本部席を中心に3期生達が半円形に並んだ。「今日は午前中のみの公開となるが、見ての通り戦力は限られている。本日は今、ここに居る人員でクローズ作業までを完了させなくてはならない。総長も会長も“応援は出す”と言ってくれてはいるが、1期生の疲労も極限に達している。特段の異変が起こらない限り、本日は我々だけで切り抜けるつもりだ。無論、私も外へ出る。本日の先陣は、上田をリーダーとする女子軍、第2陣は遠藤をリーダーとする女子軍、そしてクローズ作業を担うのはA班と私と山本、脇坂だ。上田、遠藤、グループの編制にかかれ!班長、午前10時50分までは待機にする。保健室に掛け合ってベッドの使用許可を取って来るから、少し眠ってくれ」「了解です!」「済まん。助かるよ」上田と班長から返事が返って来た。「さち、保健室へ行って来る。しばらくここを任せるよ」「あーい、ご心配なく」僕は保健室の丸山先生を捕まえるとA班の収容を依頼した。先生はあっさりと許可をくれたが、「3期生の子達はどうしたのよ?昨夜の職員会議で“大動員をかけます”って担任の先生達が言ってたけど来てないの?」「ええ、志願者以外はまだ来てませんよ。仮に来たとしても“使い物”にならなければ、烏合の衆でしかありません。僕は尻に殻を付けた雛鳥のお守り役ではありませんから、“戦力”とならない者は追い返しますよ!」「そうね、炎天下に出て行くんだから、半端な考えは通用しないものね。一応、日射病の対策を取る様に校長から依頼が来ているのよ。もし、具合の悪い子達が居たら直ぐに連れて来なさい。ともかく、A班の収容は承知したから来る様に言いなさい」僕は保健室から本部へ戻った。上田と遠藤のグループが編成を終えて待機していた。「班長、許可が取れた。保健室で休んでくれ」「助かるよ。悪いが“充電”に行かせてもらうよ。おい、行くぞ」A班は保健室へ向かった。「参謀長、本日の無線チャンネルはどうしましょう?」脇坂が聞いて来る。「19に戻そう。上田、遠藤、チャンネル19にセットして順次コールしてくれ。山本、混信は無いか調べろ」僕は次々と指示を出す。「参謀長、混信はありませんが、チャンネル2付近で盛んに交信しているのが確認できます!」山本が報告して来た。「誰だ?インカムを使っているのは警備部門か総本部ぐらいしか無いぞ。そっちじゃないのか?」「いえ、そちらは別のチャンネルを使ってますから関係ありません。もしかすると3期生の委員長達が交信しているのかも知れませんね。さっきからずっと続いてます」「交信内容を聞き取れるか?」「はい、イヤホンで聞いて見ます」山本がウォッチを始める。「参謀長、通信機関係の調整・チェックが完了しました。出発5分前です!」脇坂が言うので時計を見ると午前8時50分を指していた。「上田、厳しいのは百も承知だが、宜しく頼む!男子2名も加わったから、少しは余裕があるだろうが、心してかかれ!」「はい!では出発します!」上田が率いる女子軍の第1陣が配置に向かった。厳しい戦いが今日も始まった。

「参謀長、交信内容から推察すると、各クラスの委員長達が人手を集めている様ですね。それと、こちらを呼んでいます」山本が交信を聞きながら言う。「厄介な事になりそうだな。早晩、押し掛けて来るぞ!脇坂、総長と会長を呼んでくれ!この期に及んでゴタゴタはごめん被る」「はい、少し時間を下さい」脇坂は内線の受話器を取り上げようとした。その時、内線が鳴った。「参謀長、塩川からですがどうします?」「寝言を聞いている暇は無い!叩き切れ!!」僕は青筋を立てて命じた。しかし、また内線で塩川先生は呼び出しをかけて来た。「どうします?」脇坂もウンザリしていた。「ケーブルを引き抜いて内線を止めちまえ!!ヤツに邪魔される言われは無い!!」「はい、内線の機能を止めます」脇坂はケーブルを引き抜いた。「Y、落ち着け。深呼吸して眼を閉じて心を鎮めな!」さちが右手を握って椅子に座らせてくれる。肩を揉んで「怒る姿はYの本当の姿じゃないの。沈着冷静。自分を取り戻して」と言う。徐々に気持ちが落ち着いて来た。さちに言われると不思議と心が落ち着いた。「脇坂、第1陣の点呼を開始してくれ。配置に着いた者から逐次状況報告をさせろ」僕は静かに言った。「了解、点呼及び状況報告を開始します」脇坂の声も落ち着いた。遠藤達第2陣もホッとした表情に戻った。「指揮官の気持ちは伝染するんだよ。Yが落ち着かなくてはみんなも落ち着かないの。さあ、元に戻ったかな?」さちが僕の頭を撫でる。「よし、冷静に物事を片付けて行こう!さち、ありがとう」さちは微笑むと軽く肘で突いて来た。やはり、彼女は僕のかけがえのないパートナーだ。「Y、何があった?内線が通じないとはどう言う事だ?」総長と会長が駆けつけて来た。「すみません。塩川がしつこく内線を鳴らすので遮断せざるを得ませんでした」僕が弁明すると「やはり、3期生は居ない様だな。志願者で回してるのだろう?A班はどうした?」会長が聞いて来る。「保健室で“充電”させてます。彼らにはクローズ作業に当たってもらわなくてはなりません。昨日の様な展開にはならないとは思いますが、休んでもらわなくては動けません」「実はな、塩川が大動員をかけてクローズ作業を手伝う算段を用意してるんだよ。校長に叱責された手前、ヤツも必死なんだ。精鋭24名を差し向けると言っているがどうする?」総長が聞いて来た。「必要ありませんね。我々の持ち駒で対応できます。尻に殻を付けた雛鳥のお守り役ではありませんし、今更どうしろと言うんです?」僕は塩川の腹の内の真意を計りかねた。「総長と同意見か。確かに今更“差し向ける”と言われても迷惑なだけだ。下手をすれば“事故”を誘発しかねない。どうやら、俺から丁重に“お断り”しなきゃならん様だな」会長も賛同した。「寄越すなら朝から来なければ意味がありません。合同チームを組んで外へ出すならまだしも、単独で外へ出したら収拾が付かなくなります。しかも未経験者となれば、烏合の衆と変わらないし、危険は増える。いい事は何もありません!」僕は冷静に派遣拒否の理由を改めて述べた。「よし、塩川の件は俺が始末を付ける。お前は持ち駒を使ってクローズ作業を終わらせる算段を立てて置け!総長、塩川の“乱”を鎮めに行こう!Y、内線は繋いで置け。もう余計な電話はかけさせないから」と言うと総長と会長は職員室へ向かった。「参謀長、交信を傍受した限りでは、まもなく石川が乗り込んできます!精鋭部隊投入の交渉に来る模様です!」山本が叫んだ。「やれやれ、一難去ってまた一難か。1人で来るのか?集団で来るのか?」「そこまでは分かりません」「話だけは聞くが使うつもりは無い。遠藤、準備にかかりなさい」「はい!第2陣集合!」遠藤の指示で第2陣は整列を開始した。「待って下さい!僕等も参加を志願します!」息を切らせて石川が駆け込んで来た。

「参謀長、我々の精鋭24名も志願します!どうか任務に加えて下さい!」石川は必死に訴えて来た。「脇坂、第1陣へ連絡。これより第2陣を派遣する。引継ぎの用意をさせろ!」僕は石川を無視して次の手を打ちにかかった。「了解、第1陣へ通知します」「参謀長、お願いです!待って下さい!」石川がすがって来る。「残念だが手遅れだ。烏合の衆を使う訳には行かない。“事故”を誘発するのが関の山だ!」僕はバッサリと切り捨てた。「遠藤、頼んだぞ!」「はい!3期生を代表して働いて参ります!」遠藤達は出発した。「何故です?何故僕等は参加させてもらえないんですか?」石川は詰め寄って来た。「では、改めて問うが、何故初日から要員を派遣しなかった?“欠員は許さぬ”と言ったはずだ!」「それは・・・」石川が口ごもった。「やる気の無い者に押し付けた結果、3期生は“志願者”以外誰も参加しなかった。だから、私は君達が選任した者達を追放した。ここの仕事はキツイ。“逃げ出される”よりは耐え抜いて付いて来てくれる者を使うのは当然だ。増してや未経験者を投入する様な危険な真似はさせられない。ここを預かる以上、“事故”や“怪我”や“命”に関わる危険な事はさせられないのだよ。だから、私は塩川先生の“提案”を蹴った。非情ではあるが、責任者として情に流される様な事は出来ないのだよ」石川は言葉を失った。「石川、これから帰って来る女子達の眼を良く見て置け!何故、彼女達を私が使ったのか?理由は明らかだよ」「参謀長、第1陣只今帰着しました!」上田の通る声が響く。「ご苦労だった。どうだ?車列は続いているのか?」「散発的に入って来るぐらいです。昨日の様な混乱はありません!」「うむ、水分補給をして休め。30分したら保健室で“充電”してるA班の先輩達を優しく起こしてくれ。後ろにボトルを用意してある」「はい、ありがとうございます。あれ?石川、何やってるのよ?」上田の眼を見た石川は凍り付いた様に立っていた。生き生きした表情、溢れる責任感・使命感、そして達成感。上田の発するオーラに彼は凍り付くしか無かった。何故、自分達は使ってもらえないのか?その理由は明々白々だった。石川は黙って礼をすると悄然と立ち去った。3期生の精鋭部隊の投入計画はこうして頓挫した。「残された道はA班と僕がクローズ作業を担う事だな」僕は石川の後ろ姿を見ながら呟いた。「参謀長、お言葉ですが、責任者が陣頭に立たれるのはマズイのではありませんか?今日は私と山本が出ます!」脇坂が志願した。「総長や会長と同じセリフを言うな。僕をどうしても陣頭に立たせないつもりか?」僕は薄笑いを浮かべて言うと「お前さんは責任者だ!“部下”を信じろ!山本、脇坂、来年のためだ。やり方を良く見て置け!」A班の班長が言った。「“充電”は完了したらしいな。車両の数は昨日より大幅に少ない。クローズ作業に手間取る事は無いだろう。2人のためにも“先輩の背中”を見せてやってくれ!」「言われなくてもそのつもりだ。来年はYの仕事はこの2人が担う事になる。最後にしっかりとスピリッツを見せつけて終わりにして来る!」A班の班長は自信満々だった。「山本、脇坂、支度にかかれ!」僕は2人に出動を命じた。

午後12時30分。クローズ作業は無事に完了した。2日半に渡った初の一般公開は成功裏に終わったのだ。「ご苦労だった!これで任務完了だ!」昇降口に歓声が上がった。A班と山本、脇坂が帰着すると自然と万歳の声が上がる。僕とさちは全員に握手を求めて歩いた。「参謀長、やりましたね!」上田と遠藤達は涙ぐんでいた。「みんなで勝ち取った勝利だよ!来年もしっかりと頼んだぞ!」上田、遠藤の肩を抱くとそう言い聞かせた。残りの14名が輪になって万歳を叫ぶ。握手とハイタッチを交わして彼女達の労をねぎらった。「Y、やったな!」総長と会長も駆け付けた。みんなに揉みくちゃにされたが、全員が笑顔で達成感に浸っていた。「苦しい中、良く持ち堪えた。みんな感謝する!」会長の言葉にまた万歳の声がこだまする。「Y、“貧乏クジ”を引かせたが、お前は大吉を引いたな!見ろよ3期生の志願者の顔を!みんな輝いてる。これを引き出したのは間違いなくお前の力だ!」総長は僕の肩を抱いて感無量そうに言った。「総長、会長、ご支援ありがとうございました。無事に任務を完了しました!」「おい!みんな集まれ!Yを胴上げだ!」会長が言うと僕は有無を言わさず担ぎ上げられる。「万歳―!」僕は4回宙に舞った。「さあ、ファイナルステージへ行こう!」僕が言うと「おう!」と全員が返して来た。拍手が鳴りやまない。“総合案内兼駐車場係”の任務は無事に終了した。「さて、お昼にしよう。片付けはその後だ」「はい、みんなでテーブルを囲みませんか?」上田が提案した。「おう、それがいい!苦労を共にした仲間で食うのも悪くない」A班長が同意してテーブルを集め、弁当を持ち寄ると昼食会が始まった。「Y、お茶あげるよ」さちがボトルを差し出す。「参謀長、幸子先輩とはどう言う関係なんですか?」上田が突っ込んで来る。遠藤を始め14名の女の子達も興味津々で僕の答えを待っている。「さちとの関係?想像に任せる。ただ、唯一私を制御出来る存在なのは分かってるだろう?」「“さち”と呼んでいるからには、互いに認め合っているんですよね?幸子先輩!参謀長にチョコあげました?」「うん、コイツの好みは難しいけど、喜んでもらえるヤツを作ってあげてるよ。甘すぎずビター過ぎない。コイツは手がかかるのよ!」さちは半分ボヤキを入れて笑いを誘う。「“甘すぎずビター過ぎない”か、みんなちゃんと覚えておこうね!」女の子軍団は一斉に頷いた。上田と遠藤の眼がキラリと光った。「言って置くが、邪な事は考えるなよ!」と返すと「別に何でもありません!」と不敵な笑みを浮かべる。「それにしても、これからが大変だ。クラスの再建には大ナタを振るわないと3期生は軒並み全滅しかねない。上田、遠藤、心してかかれよ!私も陰ながら力を貸そう!」「勿論です。参謀長のお力も借りながら再建を目指します!」遠藤がしっかりとした口調で返して来る。「西岡達とよく協議して策を考えなさい。彼女からの報告を受けて私も考えをまとめて伝える。一筋縄では行かないが、これからの行動で今後が決まる。来年は君達も中核を担う立場になるし、4期生も入って来る。よく考えて人選を進めなさい」「でも、その人選が一番難しいじゃないですか!何を基準にすればいいんですか?」上田が小首を傾げる。「“心”を見ればいい。決して容易ではないが、“心”が真っ直ぐな人は必ず答えてくれるし、重要な鍵を握っている事が多い。君達の様な仲間を増やして行くのが近道だろう。外見や性別や成績は関係ない。“助け合える真の仲間”を1人でも多く取り込んで行く事だよ」「参謀長達も同じような事を?」「ああ、多少違いはあるが、やる事は同じだ。詳しい事は西岡から聞いて置け。さて、そろそろ片付けに入ろう!余り遅れてもマズイ。山本と脇坂は無線機と内線のチェックを他の者は机と椅子、カーペットや飾りの撤去にかかれ!」僕達は弁当箱を隅に置くと片付けを始めた。来年は山本と脇坂が僕の役目を担うだろう。昇降口本部はこうして閉じられた。

午後3時、全校生徒は校庭に集結した。中心には巨大なキャンプファイヤーが用意されている。いよいよ、クライマックスである。「Y、さち、ご苦労様!」堀ちゃんや雪枝、中島ちゃん達がやって来た。随分久しぶりに会う気がするのは、それぞれに役目が分かれていて打ち合わせや、準備で登下校時間もバラバラだったからだ。「Y-、相当苦労したでしょ!3期生が全然使い物にならなかったって聞いてるから!少し痩せたんじゃない?」堀ちゃんが直ぐに全身を調べ始める。「おいおい、この場で身体検査をするなって!」僕が逃げ回ると雪枝と中島ちゃんが両腕を掴んで拘束する。「ダメ!あたし達の調査に協力しなさい!さち、後ろを押さえて!」堀ちゃんが指示を出す。「やめろ!これは拷問だ!」と僕は抵抗を試みるが、彼女達が逃がすはずが無い。「おいおい、またおっぱじめやがった!“鬼の参謀長”もあの4人にかかっちゃ形無しだな!」竹ちゃんがため息交じりに言う。「久しぶりにYをおもちゃに出来るんだから、仕方ないわよ!」道子が笑って言う。「でも、今回は止めてやらなきゃ。Yのヤツ相当消耗してるはずよ!竹ちゃん椅子無いかな?」「丸太があるぜ!あそこへ連れて行こう!」「はい、はい、はい、はい、その辺で勘弁してあげて!Y、あそこの丸太まで歩ける?」道子が止めに入って聞く。「ああ、歩くのは問題ないが、吊るされてる真っ最中なんで動けないんだよ」「顔色が悪いわ!無理しないで座ってた方が良くない?」「正直に言えばそろそろ限界だな。“アイツ”に暴れられる前に休んで置くか」と僕が言うと「ちょっと熱があるかも。Y、行こうよ。あたしボトルを買って来るから」と言うと堀ちゃんが走り出す。さちと中島ちゃんと雪枝に支えられて、僕は丸太に座り込んだ。ドッと疲れが襲い掛かる。目の前がブラックアウトする程の倦怠感が伸し掛かる。「Y!Y!どうしたの?聞こえる?」道子の声が微かに聞こえる。「竹ちゃん!久保田!担架を直ぐに!中島ちゃん本部席に丸山先生がいるから呼んで来て!さちと雪枝はハンカチを濡らして来て!堀ちゃん、Yが限界を越えちゃったの!支えるのを手伝って!」道子の声が聞こえたのはそこまでだった。僕は意識を失った。

気が付くと僕は保健室のベッドに寝かされていた。体に力が入らないが、懸命に腕を動かして時計を見る。午後4時半だった。1時間半ブッ倒れていた事になる。校庭からは賑やかな音楽が流れているのが聴こえる。「やっちまったか!」頭を動かすとハンカチが2枚滑り落ちた。さちと雪枝のモノだ。個室には誰も居なかった。そっとドアが開けられて丸山先生が顔を出した。「気が付いた?無理がたたったのね。校庭で倒れたの覚えてる?」「ええ、半分は眼の前がブラックアウトして何も見えませんでしたけど」「とにかく、動かないで!下校時間までは横になってなさい!“鬼の参謀長”にも休息は必要だわ!私は1度校庭に戻るけど、後でまた様子を見に来るから。回復の兆しが見えなければ救急車を呼ぶわ。少し眠りなさい!」先生は滑り落ちたハンカチを濡らして僕の額に乗せた。「大人しくしててよ!」そう言って先生は出て行った。微かに廊下で話す声が聞こえた。誰かが来たらしい。静かに個室のドアを開けたのは校長だった。「校長先生!」僕は慌てて起き上がろうとするが、校長は眼と手で制止した。椅子に座ると「Y君、想像以上に君に負担を強いたのは済まなかった。塩川先生達の指導力不足は明らかだ。まず、君に謝って置かなくてはならない。済まなかった!」校長は生徒に対しては異例とも取れる謝罪を行った。「塩川先生達は厳正に処分して、3期生の再生に当たらせるが、私からも改めて君に依頼をしたい。3期生の再生に力を貸してくれないかね?恐らく君は既に腹案を持っているだろう?生徒側からも再生のために力添えをして欲しいのだよ。済まないが引き受けてはくれないかね?」「喜んでお受けします。夏期講習の最中に具体案を練って、2学期から実施するつもりでした。陰ながら3期生の再生に力を尽くします」僕は校長に依頼されなくても西岡達と組んで再生計画を実施する腹積もりでいた。ここで公式に校長からの“依頼”を受ける事で、活動に幅が持てるし“金字牌”を得られる意味は大きかった。「うむ、君なら上にも下にも顔が利く。済まないが宜しく頼むよ。さあ、休みなさい。私はこれで失礼するよ。外にたむろしている塩川先生達は解散させるから安心して宜しい」校長は静かに出て行った。数分は静かな時間がながれたが、校長と入れ替わる様にまた静かに個室のドアが開いて人が入って来た。「さち!」彼女は僕にキスをすると「Y、ごめんね。近くで見てたのに全然気づけなくて」と言ってうつ向いた。「校庭に行かなくていいのか?」「Yが居なきゃ意味ないもん!」さちの眼から大粒の涙がこぼれ落ちた。僕は手を伸ばすと、さちの手を握りしめた。彼女は僕に覆いかぶさる様にして泣き崩れた。「Y、ごめんね。ごめんね!」さちの髪をなでると「誰のせいでもないさ。“アイツ”が暴れただけだよ。もう、自分を責めるのは止めて」と優しく語り掛けた。さちは少し落ち着いたのか椅子に座ると涙を拭って「あたしが看病するから、帰りは一緒に帰ろう!」と言った。「こりゃ、呑気に寝てる場合じゃ無いな。自力で帰るには体力を戻さなきゃ」と言うと、「そうだよ、もう心配させないでよ!」と怒られる。外ではキャンプファイヤーに火が入った様だ。「さち、ここに居てくれるかい?」「うん、Yの傍に居る。来年は外で思いっ切り跳ね回ろう!今年は2人でくっ付いていられればいいから」さちはもう一度キスして来た。僕はさちを抱き寄せると「個室も悪くないな。誰にも気兼ねなく2人で居られるから」と言った。さちは少し笑っておでこに拳を軽く押し付けた。結局、午後7時まで僕とさちは2人で過ごした。ファイナルステージを逃したのは痛かったが、こうして初の一般公開を行った“向陽祭”は幕を閉じた。僕とさちは、中島先生の車で駅まで送ってもらい、一足早く学校から帰路に着いた。駅で、さちを見送ってからタクシーを拾った。「長い日々だった」やり切った感慨に浸りながら、タクシー揺られて僕は家に戻った。

life 人生雑記帳 - 24

2019年05月15日 14時57分31秒 | 日記
向かえた2日目、朝のミーティングで「昨夜の職員会議で3期生の“謹慎”を解く決定がなされた。不本意ではあるが、3期生も“向陽祭”に復帰する事になった。信頼度はイマイチだが、各部署承知してくれ!」総長が苦々しく言った。「特に、Yのところ“総合案内兼駐車場係”については、昨日に引き続き応援体制を組む!Y、どうだ?相変わらず苦しいとは思うが、乗り切れそうか?」総長が心配そうに聞いて来る。「天気予報に寄れば、昨日より気温が更に上昇する見込みです。厳しさは昨日の比ではありません!ハッキリ申し上げれば3期生が来たとしても“逃げ出す者”が続出する恐れがあります!引き続き応援体制を要請します!」僕はキッパリと言い切った。「うむ、お前のところが一番厳しいからな。“ヘタレ男子”なら逃げだしてもおかしくは無い!必要に応じて支援を要請して構わん!逃げたヤツは追うな。“使える者”を厳選して乗り切れ!動員を求める権限と使えない者を切り捨てる権限はお前に委ねる!特に今日は“町長”が視察に見えられる。失礼の無い様に頼むぞ!」総長達はそう言うと「“総合案内兼駐車場係”が最も危ういのは、昨日と同じだ。各部署で応援を速やかに出せる様に準備を怠るな!」と他部署に応援を要請し、各部署も了承した。「職員会議では、3期生に“自発的参加と役割の厳守”を申し渡す事に決まったが、蓋を開けて見ないと分からない事も多々ある。昨日、自主的に参加してくれた3期生は問題無いと思うが、油を売っていた者がどうなるか?は分からない。期待はせずに昨日同様、1期生と2期生中心で乗り切ろう!」生徒会長が呼びかけた。「よし、みんな!先輩の意地を見せるぞ!」総長が気合を入れると「おう!」と出席者全員が答えた。会議終了後、僕は総長から「Y、無理はするなよ。お前は責任者なんだから、自ら陣頭に立つ必要はないぞ!特に今日は責任者席を離れるな。駒が足りなければ、我々が駒を出してやる。3期生は“使えない”と見たら切り捨てて構わん!」と言われた。「はい、無茶はしませんよ。賓客に礼を欠く様な真似は出来ませんから、今日は班長に任せて全体の統括に専念します」と返すと「そう言いつつも、お前は自ら陣頭に立って戦うタイプだ。“他力本願”が大嫌いなのは分かるが、今日は“動かざる事、山の如し”で居るんだぞ!」と早々に釘を刺される。「総長、お気遣い感謝します!」と言い僕は頭を下げて会議室を辞した。廊下に出ると生徒会長が網を張っていた。「Y、応援体制は万全にしてある。突っ走るのもいいが、人に任せるのも責任者の仕事だ。我々に上下関係は無い。1期生でも手足の代わりに使うがいい。お前が“犠牲”になると校長が煩くて敵わん!“指揮官”としてどっしりと構えろ!」と会長も釘を刺しに来る。「はい、本日は大人しく統括に専念します」と答えると「総長も言っていたが、陣頭指揮は“ご法度”だぞ!校長に吊るされるのはごめん被る!」とため息交じりに言われる。「大丈夫です。今日は無茶をしている暇はありません。賓客に失礼の無い様に努めますよ」と返すと「そうしてくれ。厳しいのは百も承知。必要に応じて連絡を寄越せ!」と肩を叩いて会長は本部へ向かった。僕は昇降口の本部に向かった。

「Y、会議はどうだったの?」責任者席に滑り込むと、さちが直ぐに聞いて来る。「今日から3期生も参加する事になったよ。まあ、期待はしていないがね。応援体制は総長と会長から“万全を期す”と言われてるが、今日もギリギリなのは間違い無いよ」「うーん、3期生の“ヘタレ男子”が逃げ出すね。今日も綱渡りになりそう!」さちもため息を付く。「確実に見通しが立つのは、A班の連中と山本、脇坂、女子軍団ぐらいだから、今日も必然的に“総力戦”にならざるを得ない。陣頭指揮は“ご法度”だって止められたから、今日は昨日よりも各自に厳しい要求をしなきゃならない。さち、非情な要求をしても付いて来てくれるか?」「うん、Yの命令なら従うよ!」さちは明るく答えてくれた。「参謀長、おはようございます!」山本と脇坂が揃って現れた。「おう、今日も宜しく頼むよ。お前達は両輪だ。片方が居なくなれば走れない。必要最低限の戦力で事を進めなくてはならないのは、昨日と同じだ。女の子軍団は来てくれるのか?」2人に誰何すると「今、増援を率いて乗り込んで来ますよ!」「昨日の倍、16名が参戦します!」2人が言うと直ぐに賑やかな声が聞こえて来た。「参謀長、増援を連れて出頭しました。今日も宜しくお願いします!」16名が一斉に頭を下げる。「こちらこそ、宜しく頼むよ。今日は“町長”が視察に来られる予定だ。みんなに出迎えをお願いする事になる。粗相の無い様に心してお迎えしてくれ!上田、君がリーダーだ。みんなに改めて仕事の内容について説明をして置いてくれ」僕は彼女に15名の統率を任せる事にした。「了解です。みんな、今日の仕事内容について説明するね!」女子16名のミーティングが始まると同時にA班が集合してくれた。「Y、3期生達はまだか?」「ああ、時間まで後15分ある。さしたる期待は最初からしていないよ。途中で¨逃げ出される¨よりは被害が少なくて済むからな。脇坂、15分経過したら、総長に応援要請を伝えてくれ。今日は、まず僕と¨お嬢さん¨達からだ!」「Y、総長から言われてるだろう!最初から破るつもりか?!」「そうだ!責任者が陣頭指揮を取って何が悪い?3期生の¨ヘタレ野郎¨達に僕達のスピリッツを見せ付ける!¨男ならやってみろ!¨って説教を垂れるには、責任者が模範とならなくてはダメだ!」「だが、ここの指揮は誰が執るんだ?」「山本、脇坂に幸子がいる。3人揃えば文珠の知恵だろう?何も心配はいらない。上田、8名を選抜しなさい。今日の¨ハナ¨は女子軍が切る!」「はい!あたし達が出向きましょう!参謀長、何処までもお供します!」「上田、午前9時から任務開始だ。化粧を急げ!」「はい!」「Y、俺達は2陣か?3陣か?理由は何だ?」「朝の涼しい内なら女の子軍団でも耐えられが、正念場は午前11時以降になる。無論、1期生の応援隊に頑張ってもらうしか無いが、2陣はA班に託したい。賓客の出迎えに無様はさらせないからさ!」「そうか、¨町長¨が来るんだよな!それで俺達を?」「そうさ、一番信頼が置ける2期生で固める!礼を欠く事の無い様に頼むよ!」「Y、それなら¨ハナ¨から俺に指揮を執らせろ!ここの責任者はお前さんじゃないか!¨責任者不在¨はやはりマズイぜ!」A班の班長が言う。「それは分かっているよ。だが、3期生が¨使い物にならない¨以上、僕が出る場面は回避不可能だ。A班の後は、応援隊を挟んで再び女子軍を送り込むしか無い。あまり1期生の先輩達に頼る訳にもいかんし、自らで回せる内は踏ん張りを見せ付ける必要がある。特に女子軍は¨志願者¨だけに細心の注意を払わないとマズイ!陣頭指揮を執らなくては、示しが付かないだろう?」「¨非情な命令¨に付き合うのか?お前さんらしい決断だが、それはダメだ!指揮官として¨部下¨を信じろよ!ここに集まった連中は、全員お前さんの¨部下¨なんだ。年齢の上下や性別は関係無い!今日、総長からも言われただろう?¨部下を信じろ¨とな。いいか、お前は指揮官だ。¨部下¨の手際を信じろ!¨ハナ¨から指揮は俺が執る!譲るつもりは無いぞ!」A班の班長は頑なに言った。「分かったよ、指揮を任せる。厳しいが宜しく頼むよ!」僕は彼の気迫に押し切られて同意した。「参謀長、5分前になりました。総員整列!」山本が言った。「3期生の要員は?」僕が言うと「やはり来ていません!何をやってるんだ?あの馬鹿どもは?」と脇坂が悔しそうに言う。「みんな、おはよう。今日は昨日にも増して気温が上昇するし、厳しい事を要求しなくてはならない。人手はご覧の通り全く足りないが、応援要請を随時かけて繋いで行く。炎天下での仕事は想像を絶するだろうが“向陽祭”の成功のために力を貸して欲しい。では、先陣を切って女子軍に出発を命令する。指揮官はA班の班長だ。引き続きにはなるが、宜しく頼む!では、準備にかかってくれ!」「はい!女子軍準備完了しています!無線機のチェックに入ります!」上田が指揮を執って出発の準備は整いつつあった。「山本、脇坂、今日はチャンネル17を使用する。切り換えをして、確認作業に入れ」「はい、各自チャンネルを17へ。切り換えた者よりコールしてくれ」山本と脇坂が無線機のチェックをしている最中、僕はA班の班長に「過酷なのは百も承知だ。済まんが2直の間を宜しく頼む!」と頭を下げに行った。「こら!責任者がペコペコ頭を下げるな!デンと構えてりゃいいんだ!まずは、彼女達を安全に任務に就かせる。任せとけ!」と言って胸を叩いた。「上田、私は今日は一緒には出られないが、立派に任務を果たして来てくれ。君の手腕に期待する!」「はい!ご期待は裏切りません。男子以上に働いて来ます!」彼女は少し微笑むと表情を引き締めて「参謀長、女子軍出発します!」と言った。僕は頷くと彼女達の出発を見送った。長い戦いの幕開けだった。

彼女達を見送った直後、「参謀長、総長からです!」と脇坂が受話器を差し出した。「総長、如何されましたか?」と聞くと「Y、良かった。そこに居るな?女子軍に帯同して外に出たんじゃないかと気が気では無かったよ。3期生はまだ来ないのか?」「はい、予想通りですよ。“逃げ出される”よりはマシですが、午前11時以降の人員が確保できません。総長、申し訳ありませんが支援を要請します!」「ちょっと待て」と言うと総長は何やら相談を始めた。「Y、1期生を大挙して送り込んでやる!好きなように使え!もう一度聞くが3期生の要員は来ていないのだな?」「はい、それは確かです!」「どうやらお前のところだけ“逃亡”に及んだらしい。他の部署では3期生は出て来ているんだ。今、塩川に会長が噛みついている真っ最中だが、学年としては“役目を果たしに行け!”と通知したと言っている。寝ぼけた話だが、他部署の動向を見ると確かに3期生は働きに来ているんだ。副会長は教頭に抗議に出向いた。だが、この分だとお前の元には3期生は来ない確率が高い!これでは誰がやっても回らないのは明らかだ。手の空いた1期生は、順次そちらに送り込むから手足として存分に使うがいい。それと、もう直ぐ校長が行くはずだ。賓客の出迎えを宜しく頼むぞ!」「了解しました!これから“予行演習”に入ります。礼を欠く事無くお迎えに当たりますよ」「うむ、俺と会長はこれから3期生の各クラスに“特攻”を仕掛けて来る!罪人共を引きずり出してやる!Y、安心して賓客の歓迎に当たれ!“取り締まり”は本部で引き受ける。お前は送り込んだ駒を使って任務に当たればいい。いいな!絶対にそこを動くな!」「はい!」内線は切れた。「遠藤、待機している女の子達を集めてくれ。これから賓客を迎える手順を説明する。もう直ぐ校長も来るはずだ。急げ!」「はい!」遠藤は散っている女の子達を呼び集めに走った。「山本、レッドカーペットを敷くから手を貸してくれ!脇坂は外の連中の点呼を開始しろ!さち、女の子達の化粧を手伝ってやってくれ!」僕は立て続けに指示を出した。丸めてあるレッドカーペットを山本と昇降口の中央入り口付近へ広げると、シワを伸ばして形を整える。遠藤が呼んで来た女の子達は、さちの指示でメイクを始めた。「参謀長、人員配置は?」山本が聞くので「ドアの外に八の字に片側4名づつ、女の子を配置。内部には今、現場に出ている8名を立たせる。車が横付けされたら、お前と脇坂が車両の前後に付け。僕とさちは階段下に左右に分かれて立哨する。ご挨拶はこれから練習だ!」「分かりました。お帰りは正面からですよね?」「ああ、靴を持って行く要員も決めねばならない。内履きは学校側で用意して来るだろう。そろそろ校長が来る頃だ。子細は校長の意向も聞いてから修正する」僕はカーペットを直しつつ本部席へ座った。「参謀長、塩川先生からですが」脇坂が受話器を差し出そうとするが「捨て置け。言い訳は聞きたくないから叩き切れ!」とわざと聞こえる様に言って受話器を置かせた。しばらくすると校長が内履きを抱えてやって来た。「Y君、準備に余念が無い様だね。人員配置は決まっているかね?」僕は図上に配置を書いて校長に説明を行った。校長は内部を4名に削り、外へ4名を出す様に希望した。出迎えの生徒が女の子中心である事には満足した様だった。「参謀長、また、塩川先生からですが」脇坂が言う。「話す必要を感じないし、時間の無駄だ!今は校長先生の指示を仰いでいる真っ最中だ。そのまま叩き切れ!」青筋を立てて言い放つと「3期生の要員が来ないのかね?」校長が聞いた。「はい、しかし1期生の先輩方が応援してくれます。任務に支障はありません」と言うと「自主的に来ている3期生はどのくらいだね?」と更に聞いて来る。「18名です。昨日より8名増えました。頼もしい援軍です」と言うと「塩川先生達、3期生の担任には私から一言口添えをして置く。彼らの仕事ぶりは納得には程遠い。まあ、任せなさい。尻に火を点けてくれよう!では、挨拶の練習だが、レディ達の用意はいいかな?」「さち、メイクは?」「今、終わったとこ。練習するんだよね?」「ああ、全員整列してくれ!」山本と脇坂も出て実際に配置に着いてから“挨拶”の練習が繰り返された。校長からは細かく注文が入るが、決して無理は言わない。姿勢や立ち姿や位置や礼の角度といった細かな修正が繰り返して行われた。練習の最中に先陣を切った8名も戻り、練習に加わった。「よし、それでいい。もう直ぐ本番だ。しっかりと頼んだよ!」校長は満足げに言って本部席に陣取った。教頭もやって来て、後は賓客の到着を待つばかりとなった。「参謀長、塩川からですが、どうしますか?」脇坂が呆れて聞いて来る。「捨て置け。今はそれどころじゃないんだ!」と言うと「私に貸しなさい」と校長が出た。猛烈な声での叱責が始まった。聞いているこちらも縮み上がる勢いだ。受話器を叩きつけると校長はケロリとして静かになった。「凄い!」女の子達が青ざめていた。

「いらっしゃいませ!ようこそ向陽祭へ!」16名の女の子を中心とした出迎えに“町長”御一行は終始ニコニコしてくれた。「お忙しい中、恐縮でございます」校長と教頭も深々と頭を下げた。「開校以来初の一般公開、楽しみにして来ましたよ!みなさんありがとう!」“町長”御一行は教頭の案内で応接室へ向かった。「Y君、良くやった!完璧だよ!」校長もご機嫌で僕に握手を求めて来た。「大変だろうが、頑張りなさい。私は“頑張っている者”を決して見捨てない。先生方の方は任せて置け!」と言うと教頭の後を追いかけて行った。校長の姿が見えなくなると、生徒会長と総長が3期生を率いて現れた。「Y、大成功だな!」「良くやった!」2人が握手を求めて来る。「ここに連れて来たのは“罪人”共だ。さて、どうする?」総長が僕に尋ねた。「3期生の諸君、どこで油を売っていたか答えろ!!」僕はありったけの大声で怒鳴った。「“鬼の参謀長”のお尋ねよ!」「さっさと答えな!」上田と遠藤が1人づつ頭を殴り付けにかかる。答える者はいなかった。下を向いてうな垂れている。「総長、これでは“使い物”になりませんよ。烏合の衆では足手まといになるだけです!放免してやって下さい。これからは“卑怯者”として蔑まれればいい!私達もそう認識しました」「そうだな、隅でコソコソと生きて行けばいい。責任感も自覚も無いヤツらに“名誉回復”の機会は無用だな。さあ、解散していいぞ!」総長は解散を命じた。「君達は生徒会から“除名”する。今後の活動にも参加する必要は無い!」生徒会長も厳しく突き放した。「待ってくれ!“名誉回復”の機会を奪わないでくれ!」塩川先生が駆け込んで来た。先生は土下座をすると「会長、総長、Y、頼む!」と必死に頭を床に擦り付けた。僕は先生の顔を上げさせると「先生、勘違いしないで下さい。彼らは自発的に“志願”する機会は残されています。ただ、現状の無気力状態で外へ放り出したら、間違いなく命に関わる大事に至ります。名誉よりも大切なのは命です。彼らに“死んで来い”とは命じられないし、そんな非情な事は言えません。性根を叩き直してから出直して下さい。ここは、甘えが通じる世界ではないのです!」僕はそう言って先生を立たせた。「Yの言う通りですよ。炎天下に行くには、それ相応の覚悟無くてはなりません。残念ですが、彼らには覚悟も気概も感じられない。だとすれば、命だけは助けるのが筋。だから解散を命じたのです!」「生徒会としても命は守る義務があります。“除名”する事で命は保証します。無理を強いるつもりはありません!」総長と会長も僕の意見を支持した。「来い!」塩川先生は連行されて来た3期生を率いて東校舎へ消えた。「聞いた話では、アイツらは“外れクジ”を引いたらしい。自主性も責任感も無くて当たり前なんだ。3期生はどうかしているぜ!」総長が吐き捨てる様に言う。「Yの言う通り“命あってのモノ種”だ。強制したらそれこそ“事故”を起こすだろう。応援の件は出来るだけ出すから、それで乗り切ってくれ!」会長もやり切れないと言った表情だった。3期生の要員の参戦はこうして絶たれた。

「あれは無いよね。責任感も使命感も無いなんて“人形”以下じゃない!」さちがブチ切れて言う。「育ち方の問題だろうな。1年違うと親の年齢構成もだいぶ変わる。受けた教育は同じだろうが、親が誤った指導をすればああなっても仕方ないさ。今日を乗り切るメドは立ってる。後は、本人の自覚の問題さ!」僕は敢えてバッサリと切り捨てた。3期生は“志願者”以外は使えないのだ。1期生と2期生で乗り切るしか無かった。「あーあ、先が思いやられるわ!アイツら尻を叩いて動かすなんてどうしろって言うのよ!」上田もウンザリしていた。「きっかけを与えればいい。目的があれば彼らとて動かざるを得なくなる。多少、不純な動機でも、きっかけさえあれば眼の色を変えて動き出すものだ」と上田をなだめると「しっ・・・失礼しました。多少、不純でもいいと言われましたが、恋愛とかでもいいのですか?」「それが一番効くヤツだよ。彼らの尻に火を点けるには、相手をよく見てからにすればいい。気を引こうとすれば全てが変わる。男は意外と単純だからな。上田の手の内で上手く転がせば、有望な戦力になるだろう」「はあ、でも、あたしにそんな才能はありませんよ!」上田がため息を付く。「相棒に相談してみなさい。策は彼女の方が得意だろう?」「確かに。だからあたし達を組ませたのですか?」「西岡に感謝して置きなさい。上田の弱点を補強するための配慮だ。ペアで当たれば乗り越えられない事は無いはずだ」彼女は小さく頷いた。そして何かを考え始めた。「Y、彼女は何を考えてるのかな?」さちが小声で聞く。「ひょっとすると“一発逆転”の秘策を練っているのかもな。彼女の発想に期待しよう。さち、そろそろ戻ろう。脇坂と交代しなきゃ!」「うん!午後も頑張って行こう!」僕等は本部席へ戻った。来場者は途切れることなく盛況を博していた。「脇坂、交代しよう。外の方はどうだ?「はい、依然として車列が途切れる様子はありません。警備部門も大変でしょうね。校庭の3分の1は埋まっているそうです。出入りも多く外は苦戦気味です!」「よし、最終クールは増員をかけよう!出られる者は全員を投入する!クローズに持ち込むだけでも一苦労ありそうだ!」僕は内線で総長を呼び出した。「総長、来場者が昨日の倍に膨れ上がりました。クローズするのに相当手間取りそうです。最終クールに可能な限りの増援を要請します!」「うむ、生徒会長自らが出るそうだ。勿論、大規模な増援を引き連れて行く!校内巡視も徹底してくれ!警備部門もやるが、手が足りない!合同でかかれ!」「了解です。午後3時を以て準備にかかります!」「頼んだぞ!」受話器を置くと「さち、校内巡視班を半分に抑えて、出られる者は外へ積極的に投入する。女の子達を率いて巡視に行くプランを立ててくれ!」「了解、ここには誰が残るの?」「僕と山本と脇坂の3人だ。女の子を全員巡視に回して構わない。最終案内はこっちで引き受ける」「分かったわ。この人出じゃあクローズに持ち込む事だけでも大変よ!」「午後3時を一応のメドとする。それまでに手を考えてくれ!」僕は逆算を開始した。午後5時でクローズとするには、午後3時にバリケードを設置しなくては間に合わない。全ての来場者を誘導して退出させるのに2時間。「ギリギリだな。+30分を見て置くか」時計は午後2時を指していた。「くそ!3期生が使えればもっと早く手が回るのに!」歯噛みをしても戦力は限られている。駒が足りなければ応援を要請するしか無いが、現状では駒も不足気味だ。先輩達もギリギリまで粘ってくれているので、これ以上の上積みは期待できない。3期生の手があれば・・・、「いや、現有戦力で切り抜けるしか無い!」僕は幻影を振り払うと手を考え直し始めた。「参謀長、宜しいでしょうか?」顔を上げると、上田と遠藤が3期生の男子4名を連れて立っていた。「どうした?」「¨志願者¨4名を連れて来ました。どうか任務をお命じ下さい!」2人は深々と頭を下げた。「彼等は元々の要員なのか?」僕が誰何すると「いえ、別の係の担当です。本日の任務は終えています。臨時の要員として参加させて下さい!」「君達は何を担当して来たのかね?」「はい、クラス展示の説明と案内をやっておりました。参謀長、是非手伝わせて下さい!」彼等は礼儀正しく、眼光も鋭く光っていた。どうやら¨只者¨では無さそうだ。「さち、ちょっと来てくれ!」「はーい、Y、この子達どうしたの?」「¨志願者¨だよ。一緒に話を聞いてくれ。さて、今から50分後にバリケードを展開して入場を止める手筈になっている。だが、校庭の約半分は車両で埋め尽くされている。グローズ作業の指揮官は、生徒会長自らが当たる予定だ。一旦外へ出れば、終わるまでは帰れないだけで無く休憩も無い。日は西に傾いたとは言っても、炎天下での過酷でハードな任務になる。君達に耐え抜く覚悟はあるのか?」「参謀長、僕達は¨ヘタレ¨ではありません!3期生としての雪辱を果たさせて下さい!」代表が進み出てキッパリと言う。「参謀長、彼等はあたし達の話を真剣に聞いてくれて、¨志願¨してくれました。4人しか集められませんでしたが、この状況であれば¨猫の手¨も借りたいはず。どうかご許可をお願いします!」上田も真剣に訴えて来る。「さち、どう思う?率直に言ってくれ!」「眼を見れば分かるでしょう?彼等は全うしてくれる。あたしは信じるよ!」「よし、記章を持って来て。君達4人に正規の係員を命ずる!まずは、バリケードの設置からだ!45分後に開始する。この記章を左胸に付けてから、上田と遠藤から仕事内容の説明を聞きいて置け。いいか?想像以上に過酷な現実が待っている。覚悟して臨んでくれ!遠藤、説明会を開け。時間が無い。要点を絞って効率良くまとめなさい。上田、こっちへ!」僕は上田を奥へ連れ込むと「何を餌にして釣り上げて来た?」と聞くと「バレンタインに¨チョコを渡す¨事で折り合いました。不純な動機ですが、来てくれました!」と白状した。「一番効くヤツを使ったか!もし、もらえないともなれば、男のメンツに関わる大事だ。折れないヤツはどうかしてるな!」と2人して笑い合う。「上田、ありがとう!貴重な“戦力”だよ。4人が加わってくれる事で他のメンバーが余計な気を使わずに済む。クローズに持ち込むだけでも、相当に手間取るはずだが、余裕が生まれたよ。みんなで助け合う事で大事も軽くなる。“人を動かすには、心を動かす事”が大切だ。今日、その身をもって体感したな。今の気持ちを忘れるな!」「はい!」上田は素直に答えて笑った。「さあ、いよいよクローズ作業に向かうぞ!全力で付いて来い!」「了解です!」上田は過去を振り払って、自らの足で立ち上がった。遠藤も他の2人も同じだろう。彼女達は間違いなく3期生の核となる存在となるだろう。結局、クローズに要した時間は3時間に及んだ。

life 人生雑記帳 - 23

2019年05月13日 16時53分11秒 | 日記
連日¨向陽祭¨の打ち合わせと準備は夜まで続いた。僕とさちはキスを交わしてから帰宅する事が“恒例”になっていた。「いよいよ、迫って来たね。上手く行くよね?」さちが聞いた。「3期生に不安はあるけど、何とかなるだろう。後は蓋を開けるまで分からないけど、責任者である以上は2人で協力して乗り切ろう!」「うん!」夕闇が迫る中、僕等は駅を目指して手を繋いで歩いた。¨向陽祭¨まで後3日だった。

向かえた¨向陽祭¨当日の朝、昇降口に整列した¨総合案内兼駐車場係¨の点呼を取ると、3期生がまったく集まっていなかった。「うぬ、時間になっても来ないとは、どう言うつもりだ?山本!脇坂!、各クラスの委員長を呼び出せ!¨欠員は許さぬ!¨と申し渡せ!首に縄を付けてでも引きずり出させろ!」僕は頭から湯気を立てて言い放った。「はい!」2人は脱兎の如く走って行く。「Y、朝から湯気を立てるなよ。取り敢えず俺達が2直の間を勤めるから、その間に何とか手を回せ!」3組のヤツがなだめに入る。「済まんが頼む!欠員は必ず出させるから、踏ん張ってくれ!」やむ無く僕は頭を下げて、配置に向かわせた。「参謀長、各クラスの委員長を集結させました!」脇坂が言う方向には、6名が揃っていた。「お前達の各クラスの担当者の全員が行方不明だ!欠席している者は誰だ?」僕はバインダーに挟んだメンバー表を叩き詰め寄った。「欠席している者はおりません!」石川が言うと5名も頷いた。「ならば、何処で油を売ってるんだ!見つからなければ、補欠要員を出せ!ただでさえギリギリで回す計画なんだ!欠員は厳罰に処すぞ!!」「はっ!直ちに探し出して出頭させます!」6名の顔に緊張感が漂う。¨鬼の参謀長¨が激怒すれば吊るされるだけで無く、どんな断罪を受けるか?彼らも¨集金事件¨の際の出来事を知っているだけに、蒼白になりながらも僕の命を聞くと、書き消す様に走り去った。「¨鬼の参謀長¨のお怒りだ。直ぐにも現れるさ」1期生の先輩が笑って聞いていた。「どうでしょか?3期生の弛み方は眼に余るものがありますから」僕は頭を下げながら返した。「まあ、遅れて来てもあまり追い詰めるなよ。ともかく無理を承知でやってるのは仕方ない。本当に必要な部署に人手を回さない総長の考えが間違いなんだ!ヤバくなったら直ぐに連絡をよこせ!総長に掛け合って人手を回させるから。現状でもヤバそうだから人手を回させる様に釘を刺して置くよ」先輩はそう言って本部へ足早に戻って行った。「Y、何とかなる。まずは落ち着け!」さちが頭を撫でて感情を鎮めてくれる。「参謀長、遅れてる連中は、クラス展示の準備に手間取ってるだけです!後、15分だけ待って下さい!」山本と脇坂が報告に来た。「うぬー、やむを得ないか。今はまだいいが、これからが正念場になる。15分だけは待つが、それでも来なければ¨プランB¨を発動する!欠員は各クラスの委員長自らが負って、¨強制動員¨をかける!各委員長にはインカムで申し渡せ!」「了解です。各クラスの委員長に告げる。15分以内に必要な要員を出せ!さもなくば¨プランB¨を発動する!」脇坂が無線で一斉に方針を伝えた。3期生の各クラスの委員長にはインカムを持たせてある。僕ら2期生と3期生で回す以上、¨連絡に必要だから¨と言って用意させたものだ。全体会議で反対意見が無かった訳では無いが¨3期生の規律弛緩には眼に余るモノがあり、最悪の場合機能停止に陥りかねない¨と僕達が強硬に主張したのが通り、3期生の各クラスの委員長にインカムが渡されたのだ。不運にも¨危惧¨は当たりと出て、スタートから人員不足の状態でフライング発進するしか無かったのである。「参謀長、あたし達が志願します!何でも言い付けて下さい!」8名の女の子達が名乗りでた。¨集金事件¨で処分された4名とそのサポーターの子達だった。「まず、言って置くが顔と両腕にUVケアをして来なさい。炎天下に出て行かなくてはならないのだ!最低限の化粧はしてから来るんだ。猫の手も借りたいのは見ての通りだが、女の子に日焼けをさせる程、愚か者では無いつもりだ。15分待っている。支度を整えて来なさい」僕は静かに言って彼女達に化粧を命じた。「分かりました。少しお時間を頂戴します!」8名は一旦戻って行った。「参謀長、やりますね!彼女達は¨恩を返すつもり¨ですが、UVケアを命じる男性はまず居ませんよ!」西岡がタッパーを持ってやって来ていた。「試作品の味見だろう?どれ、いただくとしましょうか」僕は焼き上がったばかりのクッキーを1つ摘まんだ。「西岡、彼女達に何を言って聞かせた?ここの仕事は男子でもキツイぞ!それを¨志願¨するとは、どういう訳だ?」僕はクッキーを味わいながらも聞いた。「別に何もしてませんよ。ただ、彼女達を暖かく迎える様に指示した事と、処分を軽くする様に掛け合ってくれたのが参謀長だと言ったまでですよ!」西岡が微笑みながら返した。「余計な事をしてくれたな。黙っている約束だろう?陰は目立ってはいかんのだ!これ、結構旨いな!さすが女子の力作だ」「うん、絶妙な甘さ加減!誰の作品なの?」さちも眼を丸くして驚いていた。「ブレンダーは道子と堀ちゃん。焼き上げは千里よ。流れ作業で量産してるの。でも、知りたがったのはさっきの子達よ。¨助けてくれたのは誰?¨って詰め寄られれば答えない訳にはいかないでしょう?¨鬼の参謀長¨が実は¨仏の参謀長¨だったって知って4人全員が泣いたわ。¨あんな事したのに助けてくれるなんて¨って言ってワンワンの大泣き!そしたら¨この恩は絶対に返す¨って誓い合ってくれたのよ。参謀長、彼女達の意気込みを見てあげて!」「西岡、それだけじゃ無いだろう?サポーターの4人は、只者ではあるまい。一見地味に見えるが4人の¨適性を考慮して最強のブレインを付けた¨のだろう?これから先、3期生の女子のみならず、学年全体を牽引して行くのは、あの8名だと読んだな?そうじゃないか?」「貴方の心眼、いや神の眼差し¨神眼¨には恐れ入ります。一度底に落ちた人間はクサるか?上を向くか?の2択しかありません。彼女達には上を向いて欲しかったし、真の友達を作って欲しかったのです。幸い、彼女達は真の友達を得て生まれ変わりました。私達にしても、彼女達は重要なパートナーであり、可愛い後輩達です。我らより後を託すに足る人に育て上げたつもりです。どうか、真価の程を見極めて下さい!」「西岡、ありがとう。そして、御苦労様!彼女達の眼を見れば一目瞭然。見極める必要は無い。これからは、彼女達があらゆる場面で舵を取って行くだろう。3期生は、女子に有望な人材が多い。彼女達の活躍が男子を刺激すれば、我々以上の成果を挙げるだろう。男子達の奮起を期待しよう!」僕と西岡が語り合いをしていると8名の化粧が整った。「さち、西岡、化粧を見てやってくれ!最初が肝心だ!」僕は8名の化粧具合を調べさせた。さちと西岡はファンデの塗り具合から眉や口元まで、細かくチェックを入れて修正をした。「OKよ!」と西岡が言うと、8名は姿勢を正して整列した。「まず、クッキーを食べて楽にしなさい。西岡、彼女達にも配ってくれ」クッキーを2個づつ受け取ると、彼女達の表情が自然と和んだ。「これから、貴方達を炎天下に送り出さねばならないのは、一重に私の責任だ。故に私はこの¨退学届¨を総長に差し出すつもりだ。具合が悪くなったりした場合は、遠慮無く引き上げて構わない。貴方達と共に私も戦う覚悟を示す!脇坂、総長を呼んでくれ。山本、保健室の丸山先生に事情を話して¨日射病¨の処置を依頼しろ!」「はい!」脇坂は内線で本部を呼び出し、山本は保健室へ走った。「A班、応答してくれ!」僕は無線で外に居る仲間を呼んだ。「こちらA班、感度良好。どうぞ」「これから、交代要員を送るが、全員3期生の女の子だ!引き継ぎ時に丁寧な応対を宜しく!それと日傘の使用を徹底されたし!どうぞ」「A班了解。まだ、1時間は粘れるがいいのか?どうぞ」「これから更に状況は悪くなる。早目に引き上げさせるなら、今がベストだ!やむを得ない。どうぞ」「了解!A班は各持ち場で待機する。交信終了」僕がA班と交信している間に正副総長が飛んで来ていた。「Y、本気で行かせるのか?」「総長、やむを得ない状況です。一応¨これ¨をお渡して置きます」僕は¨退学届¨を総長に差し出した。「お前の危惧していた事が現実になるとは、俺達の見通しが甘かったか!副総長、非番の警備要員と1期生を動員しよう。何名集められる?」「10名居るかどうか?しかし、差し迫った事態ですから、とにかくやりましょう!」副総長は内線で放送室を呼んだ。「Y、お前だけの責任にする訳にはいかないぞ!俺達は一心同体だ。俺達も¨これ¨を出すよ」総長も¨退学届¨を並べ、副総長も続いた。「¨これ¨は本部で預かって置く。8名の勇気ある者達、責任は我々も取る!しばらく持ちこたえてくれ!」総長が言うと「はい!力の限り頑張ります!」と8名が合唱した。「では、出発!」僕の号令一下、8名は炎天下へと飛び出して行った。

「参謀長、タイムアップですが、¨プランBは発動しますか?」山本が聞いて来た。「遅れている要員は来たか?」僕が問うと「残念ですが、誰も来て居ません!」脇坂が悔しそうに言う。「Y、1期生10名をかき集めたわ!間もなく来るはずよ!」と副総長が言う。「山本、脇坂、やる気のあるヤツだけで切り抜ける!もう、3期生には何も通知するな!こうなる事は予測済みだろう?こうなれば、Xプランを発動する!最早、上下は関係無い。私が外を統括する。ここの指揮は、さちに任せるし、サブはお前達が担え!何かあればインカムで知らせてくれ。じゃあ頼んだぞ!」僕は外へ出る支度にかかった。「Y、後でボトルを届けるから、無理はしないでよ!」さちが傘を差し出した。「ああ、さち後は任せるよ。じゃあ行って来る」僕は炎天下へ飛び出した。思った以上に日差しが強い。外の指揮ポイントは正面玄関口の前だ。A班の班長が女の子に説明をしていた。「遅れて済まない。以後の指揮は僕が取る。講堂での発表まで1時間しか無いだろう?上がってくれ!」と言うと「責任者自らが出て来るとは、3期生のヤツら何を考えてやがる?Y、総長達は知ってるのか?」A班の班長は色めき立った。「総長達は知ってるよ。1期生をかき集めてくれてる。だから、こうして出て来たのさ」「それならいいが、女の子達は30分が限度だ!後はどうするつもりだ?」「その都度判断するさ。女子軍、聞いてくれ!30分経過したら君達は引き上げてくれ!後は私が引き受ける。交代要員が来なくても構わない。時間になったら水分補給と休憩を取るんだ!いいな!」「了解です!」各所から応答が返って来た。「Y、無茶だ!日射病で倒れるぞ!」総長が割り込んで来る。「総長、やむを得ません。責任は取らせて下さい。オフラインに切り替えます。各員へ、チャンネルを19に切り替えてコールしてくれ!」「了解です!切り替え完了!」各所からの応答を聞いてから、僕はA班に引き上げを指示した。「Y、済まない。発表が終わったら¨援軍¨を連れて必ず戻って来る!それまで頼んだぞ!」A班の班長は肩を叩くと引き上げて行った。「参謀長、あたしは何処までもお供します。¨停学中¨の苦しさに比べれば何ともありません!」かつてのリーダーの子が真顔で言った。「済まないな。頼りにさせてもらうよ。昼までが勝負の分かれ目になるだろう。午後イチには、先程のA班の連中が来てくれるはずだ。玄関口に陣取ろう!少しは日差しを避けられる。まず、点呼を取るんだ!そして、必ず複数で見える位置へ移動させて」「はい、みんな、聞いて!」彼女は早速、僕の指示を伝え始めた。僕はチャンネルを切り替えると脇坂を呼んだ。「参謀長、大丈夫ですか?」「ああ、今のところは何とも無い。総長とA班は引き上げたか?」「はい、と言うか、総長とA班全員が3期生のところへ¨殴り込み¨をかけに行きましたよ!全員が烈火の如く怒ってます!」「1期生の応援部隊は?」「20名が来てくれました!参謀長の指示を待ってます!」「よし、2班に分けてくれ。それぞれB班C班とする。B班は15分後に女の子軍団と交代させるから、準備を急がせろ。C班は午前11時から昼までを担当をしてもらう。班を編成するに当たっては、先輩達の都合を優先しろ。人数が偏っても構わん。引き上げた女の子軍団は、休憩させてから¨コンシェルジュ¨として案内役に就かせろ!外の本部は正面玄関口だ。俺は昼までここを動かない。そっちは、さちの指示で動けばいい。3期生が来たら正面玄関口へ寄越せ!まあ、余り期待はしてないがな。こっちはチャンネル19で交信している。総長には言うなよ!」「はい、お任せ下さい。では15分後にB班を派遣します!交信終了します」僕が脇坂と交信している間に女の子軍団の点呼も完了した。「参謀長、指示は伝達しました。みんな、1分でも長く頑張ります!」「よし、車が3台来るな。校庭へ誘導しよう!」「はい!」炎天下での奮闘が始まった。

臨時に結成されたB班とC班の1期生の先輩達と車両の誘導、整理に当たる事約3時間。炎天下での交通整理は、やはり過酷だった。B班と入れ替わった3期生の女の子軍団から定期的に水分補給は受けていたが、消耗は激しかった。「Y、俺達先輩の意地と根性を見せ付けてやろうぜ!後、少しだ。頑張れ!」1期生の先輩達が励ましてくれるので、僕も必死に答え様と踏みとどまる。無様な姿は見せられなかった。午前11時45分を過ぎた頃、3期生の学年主任と総長が正面玄関口へ姿を見せた。「Yー、ちょっといいか?」総長が僕を呼んだ。「済まんが校長が呼んでいる。同行してくれ!」「はい、しかし責任者が抜ける訳にはいきませんよ!」と言うと「青木!責任者を代わってくれ!Yを校長室へ連れて行かなきゃならない」と総長が言う。「了解だ!Y、後は任せとけ!」と二つ返事で引き受けてくれる。僕達は校長室へ入った。「Y君ご苦労様。丸山先生、彼のケアをしてやりなさい」いつの間にか保健室の丸山先生が待機していて、ソファーをベッド代わりにして体を冷してくれた。「塩川先生、3期生の役員が集まらずに、上級生が苦労を強いられるのは何故だね?」校長は静かに言ったが、追及は厳しかった。「申し訳ありません。至急係の者を集めて・・・」「自覚が足りないのは君達担任の責任でもある。まずは、総長とY君に謝りたまえ!今以て3期生が手を貸さないのは無礼ではないかね?」校長は言葉を遮るとピシリと言い放った。「はい、申し訳無い!過度の負担を強いたのは、我々の責任です。申し訳無い!」学年主任の塩川先生は僕と総長に頭を下げた。すると、校長は3通の封筒を手に「これは、正副総長とY君の物だが、この様な物を出すのは、塩川先生達3期生の担任であるべきだ。彼等が一身に背負って片付く事ではない!」と言うと校長は僕達の¨退学届¨3通を破り捨てた。「校長、それでは責任の所在が明らかに出来ません!」と総長が抗議すると「責任は3期生の¨日より見主義¨にある。そうした事を容認した学年全体が責任を負うべきだ。塩川先生、分かっているな!」校長は鋭い視線を向けた。「申し訳ありません!3期生のクラス展示は中止させ、即刻役員活動に専念させます!」「それだけではあるまい。正副総長とY君達2期生のリーダー達へきちんと¨謝罪¨させなさい!そうでなくては、道理が通らないし義理を欠くだけではないか!弛緩は目に余る物がある!君達担任こそ¨進退伺¨を出すべきではないか?」校長の追及は予想外に厳しかった。「総長、今しばらく待ってくれ!3期生は必ず動員をかけて送り込む。Y君、明日、町長が視察に来る事が決まった。生徒昇降口から入場される予定だ。出迎えに抜かりが無い様に手配を頼む!」校長は僕達には静かに語りかけた。「はい、万全の体制でお出迎えを致します!」「分かりました。1期生・2期生の底力をご覧に入れます!」僕と総長はそれぞれに返して、眼で合図を送り合った。僕はインカムで青木先輩を呼び出した。「Y、安心しろ!A班の連中が応援を連れて駆け付けてくれた!¨2直は踏ん張り続ける¨そうだ。みんな、3期生に¨先輩の意地を見せ付ける!¨って張り切ってる。お前は本部へ戻って総指揮を執ればいい。俺達も午後にまた手伝いに来る!1期生と2期生のスピリッツを見せ付けるぞ!」「青木、出来るだけ応援をかき集めてくれ!俺達の意地と名誉が関わっている。3期生なんぞに負けるなよ!」総長が僕のインカムから要請を出す。「了解だ!Yはゆっくり休ませてやってくれ!後、2日あるんだ。責任者が不在じゃあカッコが付かないからな!」「ああ、そのつもりだ。A班に頑張る様に伝えてくれ。俺達も¨召集¨をかけて人員を回すし、3期生抜きでも切り抜ける様に指示する。じゃあ、引き上げてくれ」総長は交信を終えた。担架が用意され、僕は保健室へ搬送される事になった。¨自力で歩く¨とは言ったが、校長が「いかん!大事を取れ!」と厳命を下したので、やむ無く担架で運ばれた。「Y、分かっているとは思うが、3期生は信用しなくていい。やる気のあるヤツだけを使え。後の始末はこっちで引き受ける。俺達を愚弄した罪は必ず償わせるから、思う様にやっていい!」総長は湯気を立てて怒り狂っていた。塩川先生は、保健室まで終始気まずい顔をしていた。保健室へ担ぎ込まれると「Y、大丈夫か?!」さちが飛んで来る。「参謀長、大事ありませんか?」8名の女の子達もしかりだった。「さあ、ベッドに横になりなさい。体を冷やして置かないと動けなくなるわよ!」と言いつつ丸山先生が氷枕やら氷嚢を僕の体の周囲に置いて行く。「参謀長、お食事はどうされます?」リーダーだった子が聞いて来る。「まだ水分だけでいい。みんなはキチント食べて置きなさい。午後も忙しくなる。休める時にしっかりと休むのも責任の内だ」「Yの言う通り、貴方達は食事休憩に入りなさい!Yはこれを少しづつ飲んで!」さちは冷えたボトルを差し出し、氷嚢を移動させて体を冷やしてくれた。「参謀長、何故こんな無茶をしたのですか?」女の子軍団から質問が飛んでくる。「責任者として先頭に立つのは当然の事だろう?踏ん反り返っているだけでは、誰も付いて来ないし足元を見られるだけだ。責任者に指名された以上は、その職責を全うしなくてはならない。人手が足りなければ自らが出て行くしかあるまい?人を動かすには、自らも率先して動かなければ “心を動かす” 事は出来ないのだ。貴方達は、総長を始め1期生や校長まで動かしてくれた。“真を以て事に当たる”とは大したものだよ。これからは男子の尻を叩いてクラスを改革していけ!3期生の舵取りは貴方達8名の肩にかかっている。私は頼もしい後輩に救われた。ありがとう」僕は偽りなく静かに言った。「地に墜ちた私達に手を差し伸べてくれた上に、お礼をいただけるとは思っても居ませんでした。後2日、全力でお手伝いします!」涙目になりながらも4人はしっかりと言い切った。「頼りにしている。さあ、休憩しなさい」8名は礼をすると保健室から出て行った。それを見届けると、さちがキスをして来る。しばらく唇を重ねて「無茶しおってからに、この程度済んで良かったと思いなよ!」と言って僕の額に氷嚢を置く。「さち、冷たいよ!もうそろそろ起き上がるからさ」と言うと「あたしが決めるから動かないで!炎天下に3時間なんて無茶苦茶よ!もう、心配させないでよ・・・」さちが涙目になって訴える。そこへドヤドヤと押し掛けて来る一団が居た。3期生の担任の先生達だ。「何のつもりですか?彼は重症です!静かにさせてやって下さい!」丸山先生が必死になって制止をしてくれている。「さち、ここもどうやら安全ではないらしいな!」「そうね、早く逃げ出そうか?」僕とさちは強行突破を図った。それでも煩い先生達はタカって来る。責任者席へ座ると先生達が「Y、悪かった!生徒達を使ってくれ!」と口々に訴えて来る。「ひとつ、言って置きますが、僕は“信の置ける者”しか使いませんよ!3期生は我々の信頼を失った。いくら頭を下げられても無駄です!」「生徒会の見解も同じです!3期生は“向陽祭”から追放します!」生徒会長と“向陽祭”総長が揃って応援部隊を率いてやって来た。「おい、“追放”は無いだろう!反省させて手伝わせる!」塩川先生が色を成すが「1期生と2期生の各委員長達が合意しました。3期生は基本的に謹慎処分とします。ただし、今現在必死になって手伝ってくれている者達は対象から外します。我々上級生を愚弄した罪は重大です!責任は取ってもらいます!」2人はピシリと言い放ち怒りの眼を向ける。先生達も微かに怯んだ。「Y、応援部隊を連れて来た。そろそろA班の交代時間だろう?コイツらを使ってくれ」「はい、脇坂!A班に引継ぎ準備を連絡しろ!」「はい!」脇坂が無線でA班と連絡を取り始める。「参謀長、同期が出頭して来てますがどうしますか?」山本が困惑気味に言う。「捨て置け。人員は何とかなる。“信の置ける者”以外は使わない。ここは甘えが通じるところじゃないんだ!」「はい、では引き揚げさせます」山本は集まって来た3期生に引き上げを命じた。「Y、頼む!」塩川先生は尚も粘ろうとするが「校長先生の言っていた事をお忘れですか?生徒会長と“向陽祭”総長と1期生・2期生の各クラスの委員長の同意を取り付けてから出直して下さい!」僕は先生達を突き放した。バツの悪い先生達はスゴスゴと引き上げて行った。「山本、脇坂、休憩に行って来い!午後もだが明日も忙しくなる。休む事も大事だ」「はい、では休ませていただきます」「チャンネルは19のままです。3期生の各委員長には通知していません」2人が報告を上げた。「よし、後は引き受ける。戻るときにボトルを30本仕入れて来い!」と言って僕は現金を渡した。2人は西校舎の売店方向に走って行った。「参謀長、あたし達は何をすれば宜しいですか?」女の子軍団が休憩を終えて戻って来た。「引き続き¨コンシェルジュ¨として案内役に就いてもらう。前の椅子に座って案内を頼む。そろそろA班が引き上げて来るはすだ。冷水とボトルの用意も忘れるな!」「はい!お任せ下さい!」女の子達は生き生きと働いてくれた。「Y、最高の援軍だね!」さちがボトルを頬に引っ付けて言う。「ああ、最高の仲間達だよ」僕はボトルを開けて一口飲むとシフト表に眼を落とす。本来ならば3期生を使って一番キツイ時間を乗り切る計画だったが3期生は使えない。「今の援軍の後は1期生の先輩達で凌ぐとして、最終グループは、やはり僕が出るしか無いか・・・」バインダーを団扇代わりにして考えを巡らせる。その時内線が鳴った。「参謀長、総長からです!」「総長、何かありましたか?」「Y、一般公開を1時間繰り上げて終了させる。これから校内放送で周知するが、最終グループは1期生が大挙して応援に出る。お前は入場者の整理に当たれ!外には出るなよ!」「はい、承知しました。繰り上げの放送は繰り返してもらえますよね?」「ああ、やむを得ないが誘導を優先しろ!明日の事はこれから会長と協議して校長と交渉するが、3期生の“復帰”は未知数だ。苦しくはなるが宜しく頼むぞ!」「了解しました。明日はまた考えましょう。ともかく誘導を優先します。では」僕は内線を切ると「一般公開を1時間繰り上げて終了させる。午後2時半以降は校内巡視に重点を置く。さち、現有の戦力で巡視班を結成してくれ。僕は車両の入場制限を通知する」「了解、少し時間を頂戴」「本部より駐車場班へ、一般公開を1時間繰り上げて終了する。校門にバリケードを設置して入場制限を開始せよ!」「駐車場班、了解。門を半分閉ざして入場制限を開始する」交信を交わしている間に校内放送で“公開終了時刻の変更”の案内が流れ始めた。「Y、応援に来たぞ!」赤坂や今井達がクラスの仲間達を引き連れて来てくれた。「済まん!午後2時半から来場者の誘導を始めなきゃならない。手を貸してくれ!」僕が言うと「任せときな!どうやって回る?」と校内地図を見て考え始める。「東校舎から講堂、西校舎からここへ2班でくまなくカバーしなきゃならない。2手に別れてそこのお嬢さん達と回ってくれ。僕とさちはここに残って最終案内をしなきゃならない」僕が図上で経路を辿ると「よし、赤坂を中心にして東、俺を中心に西で行こう!午後3時には完全閉鎖だろう?」今井が素早く割り振りを決める。「ああ、それで行こう。外は1期生の先輩達がやってくれる。中はこっちで完璧に仕上げるぞ!」僕は一同を見渡した。「ついでだから言って置くが、黒字が出たぜ!久保田のヤツ意外に商才がありやがる!」赤坂が言うと自然と笑いが起こった。今日初めての笑いだった。午後3時、昇降口から最後の来場者が校外へ出た。30分後には最後の車両が校内から出て1日目の一般公開が終わった。「何とか乗り切ったね。でも、3期生の問題はどうなるのかな?」さちが心配する。「そっちは生徒会長と総長と職員会議にお任せだ!明日はまた考えて乗り切ればいい」僕は敢えて楽観した。深刻に考えれば悪い方にしか行かない。物陰にさちを引き寄せるとキスをした。「明日は明日の風に乗ればいい」「うん!」僕とさちは教室へ向かった。意外にも僕とさちの分のクッキーとコーヒーが用意されていた。「久保田の指示でな、今日の労いだよ」長官が笑って言う。ともかく初日から大変な1日だったが、どうにか乗り切る事が出来た。3期生の問題も未解決のままだが、明日は別の世界での戦いが待っている気がした。残り2日。祭りは始まったばかりだった。