limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

New Mr DB ⑱

2019年01月27日 09時50分08秒 | 日記
“泣き虫Cat”は、大慌てで身支度を整えていた。彼は、神田の雑居ビルの3階と4階をネグラにしていた。「N坊とF坊からの依頼となりゃ“情報”の出所は確かだ。キャッシュは有り金の殆どを持ってかなきゃならん!」彼はかなりの金額のキャッシュをトランクに詰め込んだ。「おっと、USBも忘れちゃいかんな!」USBメモリーをウェストバッグに慌てて押し込む。そこには“極秘プログラム”が仕込まれている。一定期間、相手PCに潜り込み“情報”を自身のPCへ送信した後に、自動的に消滅する彼特製のプログラムだ。「コイツを使いたくはねーが、事と次第によっては使わなきゃならねぇ。こっちも命がけで渡り合ってるんだ。儲けに見合わなけりゃ、やむを得んな!」”Cat”は、独り言を呟くと最寄り駅へ急いだ。帰宅ラッシュに揉まれながら”Cat”は八王子を目指した。

Kは、着実に“計画”を実行に移す算段を練っていた。「今はICUだが、経過が順調ならばやがて一般病棟へ移されるはずだ。警備は着くだろうが、ヤツらさえ振り切ってしまえばチャンスは必ずある!問題は“鍵”の入手だな!」「お加減は如何ですか?」看護師さんが点滴バックの交換に現われた。「私が着ていた服はどうなりましたかな?」「ああ、あれはちゃんと保管してありますよ。ご心配なく」「何時頃、ここを出られますかね?寝てばかりでは退屈で・・・」「まだ、絶対安静ですから我慢して下さい!経過が順調なら3~4日で出られますからね」看護師さんが笑顔で応じた。Kは内心ほくそ笑んだ。“鍵”が身近にある事が分かり、一層“計画”が現実味を帯びて来たからだ。看護師が居なくなると「上着を確保して警備さえ巻く事が出来れば、外への道は簡単に開ける。後は、横浜へ向かい“ロッカー”にたどり着けば、逃げ失せられる!当分は、院内の把握と警備の状況を見極める事だな!」Kは、冷静に状況を分析し始めた。脱獄計画は静かに進行し始めた。

「今日はいい日だったわ。ミスターJ、また機会があればお会いしましょう!“スナパー”中佐、今度は射撃の腕を見て貰いたいの!ご指導願えるかしら?」「腕が衰えているとは思えんが、指導はさせて貰うよ。だが、蜂の巣にはしないでくれ!」“スナイパ”は豪快に笑う。「そんな事はしません!久し振りに腕が見たいだけです。今度是非お願いします!」クレニック中佐も笑顔で返す。「近いうちにまた来る。じゃあまたな、中佐!」“スナイパー”はエンジンをスタートさせた。心地いい咆哮が響き渡る。「では、失礼しますよ。中佐、今晩は愉しかった。ありがとう!」ミスターJが礼を述べた。「お気をつけて。また、お会いしましょう!」3人が見送る中、車は基地の正面ゲートへ向かって走り出した。「あんな穏やかな紳士が“シャドー”を率いているとは、以外だったわ。でも、彼等の信念は見習わなくてはならないわね!」クレニック中佐が爽やかに言う。「中佐、どうでしたか?胸の閊えは取れました?」スタイナー少佐が聞く。「ええ!やっとスッキリしたわ。これでまた心おきなく戦える!私も負けては居られない!」「そうですね。彼らの様に胸を張って行きましょう!」オブライエン少佐も言う。「さあ、明日からまた忙しくなるわよ!」クレニック中佐は気を引き締めた。彼女の心残りは払拭された。これ以上ないくらい清らかに。「ミスターJ、中佐に何を貰いました?」“スナイパー”が聞く。「うん?小切手じゃ。Sのベンツを買い取ってくれた。500万円程潤ったぞ!」「彼女らしい対応ですな。仮はキッチリと返す。私が教えた事です。優秀な士官になりましたよ!」「そうだな。どうだ“スナイパー”、建設的ないい会談に終っただろう?」「正直、拍子抜けしましたよ。でも、これで米軍の意図はハッキリしましたね」「ああ、向うの意向は読めた。5日後にSだけが裸で放り出される。残り3名は亡命するだろう。司法取引は成立している!」「筋書き通りってヤツですな。Sを根絶すれば後腐れは無い。M女史も安心して事務所の再建に励めますな」「ここまでは予定通りだ。後は、ベンツ2台の捌きと“情報”の捌きだけだ。合わせて最低でも3000万円は手渡したい!“車屋”と“司令部”の結果次第だが、何とか手当したいものだ」ミスターJは算盤を弾く。「ベンツはそれなりに行けるでしょうが、“情報”については、相場判断が難しいですからね。幾らで行けるかは未知数ですよ!」「それは仕方が無いのは承知している。800~1000万円の当たりで落ちれば御の字だろう。1番難しい捌きだからな!」ミスターJもそれは認めた。「さて、今晩は早めに休もう。明日は“前線基地”を撤収して八王子へ合流する。いよいよ、最後の仕上げの段階だ!」「承知しました。午後には八王子へ向かいましょう」“スナイパー”の車は、みなとみらい地区へと滑り込んで行った。

“泣き虫Cat”は、宣言通りに八王子“司令部”にやって来た。「N坊、F坊久し振りだな!」玄関に迎えに出た2人に“Cat”は軽く挨拶をした。「“Cat”悪いな。夜遅くに呼び出して」N坊が気遣うと「心配はいらねぇ。早速、ブツを拝ませてくれ!」と“Cat”は要求した。「そう言うと思ったぜ。2階に準備してある。上がってくれ」とF坊が答えた。「差し支えなきゃ“情報”の出先を聞いていいかい?」“Cat”は確認をする。「AD法律事務所のSの所だ。サイバー部隊が集めたものだ」「へー、あそこか!Sが絡んでるとなると興味深いな!半年前から正体不明の集団が、組織的にハッキングをしてるってのは掴んでいたが、Sがやらせていたってのは初耳だ!となると、“情報”の確度は確かだな!」“Cat”は手荷物を置くと、端末の前に陣取った。「さて、中身を見せてくれ!」「了解、サーバーをそこの端末に繋ぐ」“シリウス”がキーボードを叩いてアクセス回路を繋いだ。「ちょっと待て!サーバーって、そんなもんどうやって分捕って来たんだ?」“Cat”が驚きの声をあげる。「M女史のご好意でね。無償で手に入れたのさ!」N坊がさりげなく言う。「相変らず恐ろしい事をやってるな!お前さん達の組織は!」“Cat”がN坊とF坊を交互に見て唸る。「さあ、早いとこ始めろよ!膨大なデーターがお待ちかねだぜ!」F坊が顎をしゃくる。「じゃあ、見せてもらいますか・・・」“Cat”は画面に見入ると、マウスを動かして中身を検分して行く。静かな時間が流れた。だが、“Cat”の顔色はどんどん青くなって行った。「コイツは・・・、想像以上だぜ・・・」 “Cat”は俄然真剣になり、画面に釘付けになって行った。「コイツを誰かに見せたか?」“Cat”は画面から眼を離さずに聞いた。「外部の人間で見たのは、弁護士以外には居ないぜ!」N坊が言うと「折り紙付きって訳か。弁護士は漏れたらマズイ“情報”は、削除してるんだな?」“Cat”は、ようやく画面から眼を放してN坊とF坊に向き直った。「ああ、その通り。それでどうだ?“Cat”?」F坊が誰何する。「俺に声を掛けてくれた事を感謝しなきゃならんな!下手な“情報屋”の手に余る凄いヤツだよ!特に裏の“情報”は、一歩間違えば命を狙われかねない代物だ。ちょっと待ってくれ!」“Cat”は持って来たトランクを開けると現金を数え出した。確認を終えると「手持ちのキャッシュで、7500万円ある!俺の有り金全部だ!これを丸ごと置いて行くから、売ってくれないか?」“Cat”は真剣な目付きで切り出した。「“Cat”!マジか?!」「有り金全部つぎ込んで大丈夫か?」N坊とF坊は腰を抜かしそうになった。だが、“Cat”は真剣そのものだった。「カネは、これから幾らでも入って来る!これだけの“情報”を前にして尻込みするようじゃ“情報屋”失格だぜ!惜しくは無いね!これだけの金鉱脈を生かせば、数年は安定して暮らせる。今、決断しなきゃ大魚を逃す事になる!決めたぜ!俺が買い取る!」N坊とF坊は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。「“Cat”!取引成立だ!」「これから直ぐにデーターを転送してやる!」N坊とF坊は“Cat”の申し出を了承した。「“シリウス”、データーを転送する準備にかかってくれ!HDDは、渡してあるヤツだ!」「了解!15分くれ!」F坊がすかさず指示を出す。「俺もUSBは持ってるぜ!?」“Cat”が言うと「925GBの容量はあるのか?相手は化け物クラスだぜ!」N坊が切り返す。「そんなに容量があるのか?!全部見るのにどのくらいかかった?」“Cat”が聞く。「3人で分担して7時間はかかってる!後は、お前の商才次第だ!」F坊が笑いながら言う。「転送を待つ間に、他の“情報”も見ておけ!」N坊も尻を叩く。“Cat”は再び画面にかじりついた。だが、その時密かにUSBメモリーをポートに差し込んだ。プログラムを送り込んで、そ知らぬ風を装う。しかし、“Cat”の企みは“シリウス”に察知されてプロテクトされてしまう。“Cat”は気づいていない。夢中で“情報”を追っていた。「“Cat”、コーヒー飲むか?缶だけど」「すまねぇな!だけど、俺に話を持って来てくれて嬉しいぜ!持つべき者は友だな!」「何言ってんだ?!施設の方にもちゃんと顔を出せ!」N坊とF坊が軽く頭を叩く。「ああ、すまねぇ。先生達は元気かい?」「みんな、お前の事を心配してる。商売も大事だが、“ホーム”を忘れるなよ!」「チビ共が気にしてるぞ!」N坊とF坊が左右から囁く。そうこうしているうちに、転送が完了した。「N坊とF坊!終ったよ。確認してくれ!」“シリウス”が要請した。「“Cat”、HDDだ。中身を確認してくれ!その後、サーバーの中身を見てもらう」「分かったぜ!ほう、ほぼ一杯だな。データーも問題ない!サーバーの中身は?」“シリウス”がサーバーの中身を表示する。「空っぽか!全データーを移動したって訳だな。よし!いいだろう!」“Cat”は確認を終えると、HDDをウエストポーチに慎重に終い込み、トランクを開けて現金を見せた。「7500万円だ!確認してくれ!」“シリウス”も加わり3人で現金を数える。「確かに!“Cat”ありがとうよ!」F坊とN坊が頭を下げる。「こっちこそ!礼を言わせて貰うぜ!サンキュー!じゃあ、これから商売の算段をするんで、戻るぜ!携帯の番号、登録しておいてくれ!」「相変らず忙しいヤツだな!気を着けて帰れよ!」「たまには、帰って来いよ!」N坊とF坊が交互に言う。「今度は、施設の同窓会ででも会おう!じゃあな!」身を翻すと“泣き虫Cat”は、瞬く間に夜の街へ消えていった。「N坊、F坊、ヤツの置き土産を見るかい?」“シリウス”が微笑みながら言う。「何だ?」「置き土産?」N坊とF坊は、“シリウス”の席の後ろに回る。「閉じ込めてあるが、コイツだよ!自己解凍型の特殊プログラムだ!」「一定期間に渡ってデーターを飛ばすヤツだな」「時間の経過と共に自己消滅する様になってやがる!」「“泣き虫Cat”、抜け目の無いヤツだな」“シリウス”はそう言うと、プロテクトしてあったプログラムを削除した。「したたかな所は昔から変わらねぇ!」「あの手この手で必ず儲けるのがアイツの強みでもあり、弱みでもある!」N坊とF坊はため息交じりに言った。「どうだった?」リーダーが昇って来た。「7500万円で売り捌きました!」F坊が言うと「なっ、7500だと?!」リーダーの声が裏返る。N坊がキャッシュの入ったトランクを見せると、言葉を失った。「これだったら競争入札にでもするべきだったかな?」「まだ出来るぞ!データーは残ってるからな!」“シリウス”が平然と言った。「えっ!じゃあ“泣き虫Cat”に渡したのはガセか?!」N坊が色をなして問い詰める。「いや、オリジナルだよ。コピーを同時に作ってあるだけさ!」“シリウス”が答える。「じゃあ、別の“情報屋”に手を回せば・・・」F坊が言いかけると「まだ売り捌ける余地はある!」“シリウス”が後半を引き取った。「これ以上の稼ぎは無いと思うが、別の“情報屋”に当たりを付けるか?」ショックから回復したリーダーが聞く。「やって見る価値はありそうですね。“情報屋”さえ見つかれば」“シリウス”はあくまで冷静だった。「いずれにしても、今日はここまでだ。もう遅いから“当直”を残して休んでくれ!」リーダーが命じた。「明日には、ミスターJが“前線基地”を撤収して合流される。片付けやら寝床の確保もある。早めに切り上げだ。所で“当直”は誰だ?」「俺とN坊ですよ。“車屋”からの連絡待ちとシステムの監視ですよね?」「システムは回線から切り離してくれ。さっきのプログラムは削除したが、まだ安心は出来ない。今、スキャンを掛けてるから結果を確認してから、シャットダウンしてくれ!」“シリウス”が注文を付ける。「あいよ。N坊、午前2時半に交代だ。目覚ましを忘れるな」「分かってるって!夜食残して置けよ!」「じゃあ頼んだぞ」「おやすみ!」F坊を残して3人は寝床へ引き揚げた。静かに時は進んでいった。

“Cat”は、自分の事務所に戻ると、PCを立ち上げて受信状況を確めた。「クソ!プログラムは阻止されたか!“シリウス”とか言うヤツは、只者じゃねぇな!」HDDを繋いで、中身を確認すると「こっちは大丈夫だな!2億、いや3億近い価値があるぜ!」“Cat”は興奮して全身の震えが止まらなかった。「明日から早速、商売だ。まずは、裏から攻めるとするか!」“Cat”は、プランの組立てに余念が無かった。現金は当面の家賃と食費を賄うぐらいしか残ってはいない。だが、手に入れた“情報”は、とてつもない価値のある代物だ。“Cat”は舌なめずりをしながら、画面を食入る様に見つめた。「3年、いや4年は安泰で居られるぜ!」“Cat”は、誰も居ない部屋でガッツポーズを決めていた。

「あー、もう何日経ったんだ?」Sは投げやりになりながら、ベッドに引っくり返った。食事は満足のいくメニューが出ていたが、外部からの情報が完全に遮断されているため、何が起こっているのかが、皆目見当が付かないのだ。部下達がどんな尋問を受けて、答えているのか?自分はいつ取調べを受けるのか?Sの心中は穏かではなかった。そんなSの姿を監視カメラで見入っている人物が居た。クレニック中佐であった。「相当、フラストレーションが溜まっているわね。軍曹、率直に答えてくれるかしら?彼は何を考えているの?」「はい、ジレンマに陥っています。正直出たい気持ちと、このまま拘束され続けた方が安全だと言う気持ちで揺れ動いて居ると言えます」「確かに、ここから放り出されれば国内法によって裁かれる。治外法権下の基地に居座れば安泰。究極の2択って訳ね!」「そうです。日によってコロコロと態度が変化しています。かなり揺れていますね」「難しい相手なのは仕方ないわ。後5日間は滞在させなくてはならないの。軍曹、TVを差し入れてあげなさい。娯楽で気分を和ませるのも手ではあるわ。下手に暴れられるのは避けなくてはならないから」「随分と寛容なお考えですが、逆効果になりはしませんか?」軍曹は懸念を示した。「彼に関する報道は、今のところ無いわ。関係している事件についても、公式な発表や報道は抑えてあるの。見せた所で何も分かりはしないわ!暇潰しになれば、彼も大人しく言う事を聞くでしょう?」「分かりました。明日にでも手配します」「そうしてあげなさい。ここの滞在者である以上は、我々の規律に従ってもらう必要があるわ!」中佐は凛として言い放った。勿論、この会話はSには聞えては居ない。しかも、彼は大イビキをかいて既に爆睡していた。そうする以外にする事がなかったからだ。“素敵なホテル”に滞在する事既に9日!Sは自ら自堕落な生活に堕ちていた。

3軸車を運転してる“機動部隊”の隊員達は、八王子に接近しつつあった。「後少しでゴールだ。“司令部”に着いたらとにかく眠りたいよ」「ああ、流石疲れたな。免許は持ってるが、こんなデカブツを転がしたのは初めてだからな!」彼らは“公平なるあみだクジ”によって選出されたのだった。本来なら専任の運転手がいるのだが、“夜の作戦”に従事したために候補から外れてしまい、急遽彼らが“基地”との往復に駆り出されたのだ。無論、免許は保有しており、何の問題も無いのだが“経験”が少なかったのだ。長距離ドライブは初走行と言う“無謀”とも取れる作戦だったが、成功させるのは流石と言わざるを得ない。「けど、以外に転がすの愉しいな。見晴らしはいいし、運転してるって実感が凄くあるぜ!」「普段は8tクラスだからな。フル積載した日には、エンコしたニワトリになっちまう。それと比べたらダメだ。パワーも段違いだし」「ようやく本領発揮だが、本業でも大型の運転手に鞍替えしたいな!」「俺もそう思ってたとこだ。今回の作戦が終了したら、会社に掛け合うか?」「それに限る!長距離やらないか?って話はあるぜ!人手不足でローテがキツイって話はあちこちから漏れ聞いてるしな」「ちょうどいい教習だったと思えば、今回の往復はいい経験になった。自信を持っていっちょやらかすかい?」「いいねー」2人は掛け合い漫才をするかの様に盛り上っていた。八王子まで残り2kmの看板が見え始めている。ゴールは目前に迫った。

F坊は、“当直”に飽き始めていた。「後2時間か。いい加減眠くなったぜ!暇なのは何よりだが、退屈なのは勘弁して欲しいぜ!」あくびを堪えてPCをチェックして見るが異常は無い。「そう言えば“基地”との回線は、繋がったままだな。“極秘文書”として隔離したヤツでも覗いて見るか!」F坊はオンラインで“基地”のサーバーにアクセスすると、“極秘文書”を閲覧し始めた。「“旧AD法律事務所”から行くか」と言うと、片っ端からフォルダをクリックして行った。しばらくすると、かなり深い階層に妙なフォルダを発見した。「クリックしても開かねぇ。何じゃこりゃ?」時間が経過するとパスワードの入力を要求するウィンドーが出てきた。「隠しフォルダか?何だか、きな臭い匂いがするな」F坊は“シリウス”が作成した“パスワード解析プログラム”のDVDをドライブに入れると、こじ開けにかかった。待つ事数分、こじ開けに成功するとフォルダを開いて見た。「画像にエクセルファイルが数点か・・・」何気にエクセルファイルを開くと、帳簿らしきモノが現われた。「何の帳簿じゃ?」数字に目を走らせて読み解き始めるが、どうにも分からない。「送金記録と残高の集計の様だが、妙だな!円じゃなくてドル単位になってやがる!」謎は深まるばかりだった。「F坊、交替しようぜ」N坊がフラリと現われた。「どうした?」「これを見てくれ!俺には謎々だ。サッパリ分からねぇ」「どれどれ・・・」N坊席を交替して画面に見入る。「ドルの入出金記録らしいが、これはどこで見つけた?」「“極秘文書”として隔離したヤツだよ。“基地”のサーバーを見てるんだ。“旧AD法律事務所”のフォルダの最も奥まった階層に隠してあった!」「怪しいな!こっちは分析もしてないデーターだ。ちんぷんかんぷんだな。ただ、カネの出入りが相当昔から定期的にあるのは確かだ!“シリウス”に見てもらおう!悪いが叩き起こしてくるよ」N坊は寝床から半寝ボケ状態の“シリウス”を引きずって来た。「朝まで待てないのか?」案の定“シリウス”は、ご機嫌斜めだった。眠い目を擦りながら画面を見ると、彼の表情が強張った。数字を追う顔つきが見る見るうちに真剣に変わった。「コイツは・・・、おい!リーダーも叩き起せ!緊急事態だ!」“シリウス”の声が裏返る。N坊はリーダーも叩き起した。「何なんだ?」リーダーのご機嫌も麗しくない。だが、“シリウス”の発した言葉が全員の心に爆弾を投げ込んだ。「これは裏の裏帳簿ですよ!しかも、ペーパーカンパニーに送金して脱税を図っていた証拠に間違いありません!」「何だってー!」3人の声が見事に重なった。「Sがまだ資産を隠し持ってるって事か?!」リーダーが愕然として言う。「ええ、香港にあるペーパーカンパニーを通してスイス銀行の口座にカネがある様です。詳しい分析はこれからですが、まず間違いありません!」「だが、M女史からの通報では、そんな口座があるとは聞いて無いぞ!」リーダーが色をなして言う。「F坊が深い階層の隠しフォルダから見つけた代物です。パスワードでプロテクトしていた事を考えると、S以外に知り得ていた人はいないでしょう。肝心なブツは、Sが肌身離さず持っていると考えればどうです?」「有り得ない線じゃありませんね!」N坊が同意する。「それで、金額はどれくらいになる?」リーダーが身を乗り出す。「これから至急精査してみますが、ザックリ見た感じでは5000万円はあるかと・・・」「何て事だ!Sを丸裸にするどころか、大手を振って闊歩させるハメになるじゃないか!残り4日でどうやって防ぐ?」4人はしばし無言だった。このままでは、Sは生き延びて復活して来る怖れもある。深夜に発覚した大問題。残された時間はもう少なかった。「ミスターJは、明日の午後にこちらへ合流される。それまでに全貌を掴むしかあるまい!」リーダーは空いている端末の席に腰を下ろす。N坊とF坊もそれに倣った。4人は深夜の追跡に取り掛かった。

New Mr DB ⑰

2019年01月24日 12時18分12秒 | 日記
DBは、意識を取り戻しつつあった。“また、眠らされたな。一体何日経ったんだろう”手足に力が戻ると、ベッドの上に座り込んだ。“ヒゲが短くなっているな。全身がアルコール臭い所を見ると、メンテナンスをしたらしいな”DBは顎に手を触れながら周囲を見渡す。ぼやけた世界しか確認出来ない。“目を封じられた以上、迂闊に動くのは得策ではあるまい。まずは、体力を温存しなくては”DBは再びベッドに横たわった。その時、突然大音量のロックサウンドが流れ出した。「何だ?この退廃的な雑音は?!」DBはロックンロールが大嫌いであったし、彼には雑音としての認識しかない。故に“退廃的”と断じるのだ。「何ヲ言ウカDB!目覚メノサウンドガ気ニ入ラヌトハ、違背スルツモリカ!」合成ボイスがすかさず誰何する。「違背ハ許サヌ!レーザー出力50%アップ!一斉射撃ターゲット自動追尾モード起動!」天井に煌めく光が8ヵ所確認出来た。「まっ・・・待て!背くつもりは無い!聴くよ!そっ・・・爽快なサウンドだ!」DBは必死になって弁明する。音量が一段と高まった。“クソ!雑音で耳までダメにするつもりか!脳味噌が腐るだけだ!”DBはいら立ったが、音量のコントロールは不可能だった。“悪の雑音で攻撃を仕掛けるとは、難たる不遜!だが、耐え抜いてやる!心頭を滅却すれば火もまた何とやらだ!”DBは必死になって心を無にしようと画策した。だが、この大音量は根性論で撃退出来そうに無かった。気も狂わんばかりのロックンロールサウンドは、DBの神経にじわじわと伸し掛かって行った。「DB!食事ノ時間ダ!配膳口ヘ行ケ!」合成ボイスが命じた。よろよろと歩いて配膳口からトレーを引き出すと「爽快ナサウンドヲ堪能シナガラ食ベルガイイ!違背ハ許サヌ!レーザーガ狙ッテイルゾ!」と脅しを掛けられた。“ちっ!食事も雑音と共にするのか!うぬー!眠っていた方がましだ!”DBは一気に食事を済ませると、紙コップの水を一気飲みした。配膳口へトレーを放り込むとベッドへ横たわった。“どうせまた眠らされる。寝ていた方が安全だな”DBがそう心の中で呟くと眠気がやって来た。ロックンロールサウンドは、フェードアウトして行った。DBは轟音を轟かせて眠りに着いた。

八王子“司令部”では、“シリウス”が“スナイパー”から預かったデジカメの画像を“基地”へ転送しようとしていた。「“車屋”、これからベンツの画像を送信する。悪いが、相当重たいから8分割で行くぞ!」「了解!受信スタンバイ完了。ストアーへのアップロードの準備は出来ている。画像さえ手に入れば、直ぐに売りに出せる」「今、送ってる。受信を確認したら、画像が正常に届いたかを確認してくれ!稀にノイズが入る場合があるからな。おかしなヤツがあったら教えてくれ!」“シリウス”が携帯で確認を促す。「受信完了。さて、画像を拝ませてもらうよ。少し時間をくれ!」“車屋”が確認作業に入る。“シリウス”は、デジカメのメディアから自身の専用機に画像を転送して待った。「確認完了。画像は綺麗に届いてるよ!保存をかけてから作業に入るよ」「了解!リーダーに換わる」「“車屋”、3軸車は着いたか?」リーダーが誰何する。「先程到着しました。キャリアカーは、工場へ搬送してあります!」「損傷の程度をどう見る?」「厄介なのは、荷台の歪みとエンジンですね。エンジンは分解して見ないと何とも言えませんが、サスは交換で対処出来ると思います。荷台は油圧で動かしてませんよね?」「ああ、クレーンで積み下ろしをしているから荷台は動かしていない」「だとすると、歪みを治せばいいだけですね。全部をひっくるめて3~4日はかかります。早くても週末までは時間を下さい!」“車屋”が見通しを告げた。「それは承知の上だ。3軸車は八王子へ引き返させてくれ!万が一の事態に対処するにはアイツが無くては手も足も出ない。隊員に休憩を取らせたら、今晩の内に八王子に戻る様に伝えてくれ!修理が容易でないのは、分かっている。だが、限られた時間で最善を尽くしてくれ!」「お任せ下さい!修理屋の意地に賭けて完璧に治してみせましょう!」「済まんが宜しく頼む!不測の事態が発生した場合は、直ぐに連絡を入れてくれ!24時間誰かが起きているから、時間は気にしなくていい!」「了解です!では、大車輪でかかります!」“車屋”はそう告げると携帯を切った。「さて、俺達は“情報”の売り捌きにかかるとしよう!“シリウス”、仕分けはどうなっている?」リーダーが聞いた。「N坊とF坊がやってます。サーバーのデーターの半分を切り離したとは言っても、依然として膨大である事は変わりありません。2人には、カテゴリー毎にまとめる作業を進めてもらってます」N坊とF坊は端末に齧り付いて、必死の形相で画面を追っていた。「処理にどの位かかりそうだ?」「今晩一杯はかかるでしょう。私も加わりますが、時間を下さい!」“シリウス”が懇願した。「捜し屋からも、まだ連絡は無い。今の内に出来るだけスピードを上げてくれ!明日の午後には“商談”に持ち込みたい」リーダーは携帯の着信履歴を見ながら言う。「可能な範囲で処理を進めて見ますよ。でも、あまり期待しないで下さい。我々も人間です。食事や休憩は必要です!」「ああ、誰しも超人では無い。必要な時間は確保していい。確実に売り渡せる状況に持って行ってくれればいい」リーダーは静かに言って「N、F、そろそろ食事の時間だ。切りのいい所で手を休めろ!」と言った。「ふぁーい!」「承知!」2人は画面から目を逸らして伸びをする。「メシ食ってからやろう!」“シリウス”も席を立った。外は夕闇が迫っていた。

横須賀基地の米軍法務部。クレニック中佐、スタナー少佐、オブライエン少佐の3名は礼装を着用して、ミスターJ一行の到着を待っていた。「“シャドー”のボスが誰なのか?これまでずっと引っかかっていたわ。1年半前、一目で軍属と見抜き銀座から救出した後、横田基地へ送り届けた強者。あの時、私は覚悟を決めていたの。Japaneseヤクザに吊るされても構わないと。それを見事に阻止して、他の外国人ホステスと共に救い出した手口。並みの組織ではないわ。彼らが何の目的で、私達を救ったのか?ずっと理由を聞きたかった。それが、今晩ようやく叶う。感慨深いわ!」クレニック中佐は、窓辺で呟いた。「確か、兵士による麻薬横流しの潜入捜査ですよね?」「ええ、ケイコ。その通り。横流しの取引に使われていたのが、銀座の高級クラブだった。そこへ潜り込んで、当事者の兵士の顔を暴くのが任務だったの。毎日が死と隣り合わせ。心も体もすり減らしたわ。日本の当局の捜査の手が及ぶ前に結果を得られなければアウト!運良く面が割れたのは幸いだったけれど、自力脱出に失敗!そこへ“シャドー”達が現れて命拾い。見事な手口だった。ホステス全員を煙の様に消し去って連れ出したの。どんな準備をして計画を組み立てたのか?今でも不思議だけど、あの時の事が無ければ今の私はあり得ないわ!」「でも、今日は胸の閊えも消えるのではありませんか?」「そうね少佐。ようやく真実が聞ける!それがとても愉しみなの!」クレニック中佐の胸の内は踊っていた。「失礼します。中佐、お客様が正面ゲートにお着きになりました!“スナイパー”中佐が同行されております!」「軍曹、直ぐにこちらにご案内して!“スナイパー”中佐を同行して来るとは!やはりタダ者ではないわ!」クレニック中佐の表情が引き締まる。「“スナイパー”中佐とは、特殊部隊の英雄のあの方ですか?!」スタイナー少佐の表情も変わった。「そう!英雄にして、私の教官でもあった伝説の兵士!その武勲は数えきれないと言われているわ!彼を同行してくるとは・・・、予想外の繋がりがある様ね!」中佐に緊張が走った。「どうぞ、こちらです」軍曹が敬礼する中まず“スナイパー”が部屋へ入り、続いてミスターJが入室した。「貴方は・・・!」クレニック中佐が絶句する中、「お久しぶりですな、中佐殿!」ミスターJが静かに語りかけた。

某警察病院から最寄りの大学病院へ搬送されたKは、改めてCTとMRIの検査を受けた。「右肺上葉の内側にやはり影がある。縦隔部に潜んでいるとは、なんて野郎だ!普通の検査ではまず写らない!やはり“あの人”の予言は正しかった!」医師達は“ドクター”の見識に舌を巻いた。「詳しくは開けて見ないと分からないがどの道、人工心肺を装着してのオペになるだろう。オペスタッフの確保と人工心肺の用意を!」大学病院の教授は直ぐに決断した。「時間が無い。これ以上のロスは患者の体力を削ぐばかりだ。緊急オペだ!執刀は私が担当する。警察病院の方もオペ室へ急いで!」Kは直ちにオペ室へ運ばれていった。
「ともかく開けて見ないと分からない事もある。急いで始めよう!」慌ただしくオペは始まった。開胸まで進行すると影の全容が目の当たりになった。「肉芽腫になってますね」「恐らく寄生虫が血管にへばりついたために、人体の防衛本能が働き寄生虫を体液が包み込んでカサブタ状になったに違いあるまい。それより問題なのは、肺動脈から繋がる主幹動脈にしっかり食らい付いている事だ!」「人工心肺を装着しますか?」「そうでなくては、無理矢理引き剥がせば大出血を引き起こす!患者の体力が持たないだろう。体外循環切り替え用意!」手際よく準備が進められた。「装着完了。カニュレーション開始します!」「大動脈遮断。心筋保護液注入!」「では、肉芽腫を切除する!」執刀医の手で腫瘍は切り取られ、血管の処置も行われた。「大動脈遮断解除。部分体外循環順調です!」「脱血管取り外し開始!」人工心肺からの離脱が始まった。「送血管取り外しに入ります!」「拍動再開!このまま慎重に離脱させる!」「出血ありません!」時と共にオペは淡々と進んだ。「では、洗浄して閉じよう!」皮膚が縫い合わされオペは終了した。「患者をICUへ!肉芽腫の検索は?」「終わりました。やはり、フィラリアです!」「¨あの人¨の予言通りだな!分析へ回せ!」「はい!」「後は、患者の体力次第だな。経過観察のために1週間程、入院していただく事になりますが、宜しいですかな?」「はい、宜しくお願いします!」警察病院側は否も無い。「Kは大丈夫でしょうか?」「予後が良ければ、日常生活に支障は出ないでしょう。収監再開まで1ヶ月ですな」「分かりました。その様に伝えます」警察病院側は、刑務所にもオペの成功と予後について連絡を入れた。Kは絶対絶命の危機を乗り切った。後は、麻酔から目覚めるか?にかかっている。

「中佐は、私の教えた女性士官の中で、最高の士官だった。夜盲症が無ければ、間違いなくトップガンで首席を取っていただろう!」“スナイパー”は、スタイナー少佐とオブライエン少佐に語っていた。「では、中佐が銃器類の扱いが上手いのは?」「ああ、私が叩き込んだ結果だよ!彼女のセンスは抜群にいい!法務部に在籍しているのが惜しいくらいだ」「“スナイパー”!あまり昔の話をしないで下さい!」リレニック中佐は、顔を赤らめて抗議する。「別に構わないじゃないか!嘘じゃない、事実を話しているだけだ!君は非常に優秀な士官だった。私が指導した中では断トツにな。武勇伝の数々を後輩に披露しても、君の地位が揺らぐ訳でもあるまい?」“スナイパー”は誇らしげに言う。「恥ずかしいじゃないですか!過去の栄光にすがるみたいで・・・」中佐は遠慮がちに抗議する。「いいじゃありませんか!中佐のお話を聞けるいい機会です!」「鋼鉄の女の素顔を垣間見る絶好の機会ムダに致しません!」2人の少佐達も興味深々だった。「では、続けようか。あれは彼女と初めて会った時だ・・・」“スナイパー”はクレニック中佐の抗議を無視して話続けた。「もう!人をダシにするなんて!」中佐は恥じ入ってしまった。「ふふふふ、貴方は変わらんな。その負けず嫌いと言うか、己の事を美化されるのが嫌いな所は。1年半前と同じだ!」ミスタJが指摘する。「そうでしょうか?私は、本気で海軍法務部長を狙っています!お尻に殻を着けた雛鳥ではありませんわ!」中佐が改めて抗議する。「そう言う無鉄砲な所もちっともお変わりない。上司はさぞ苦労されているだろうな!」「ミスターJ、ではお聞きしますが、1年半前の事件。貴方達は何故あそこまで介入されたのですか?」「成り行きだ!」「成り行き?!今回もですか?」「ああ、成り行きだ。1年半前、私達は闇金融の借金のカタに捕られた17歳の少女を救い出すべく動き出した。だが、初動段階で1人だけを連れ出すのは無理だと分かり、24名全員を救い出す計画への変更を迫られた。そして、貴方がやって来た。軍人だと見破ったのは“スナイパー”だった。“私が育てた士官だ”と言ってね。その頃には、麻薬密売組織や当局の関与も知り得ていた。正直な話、ギリギリの選択だったが、25名全員を連れ出す事を決断して実行した。それだけだ」「でも、あのマンションの警備システムをどうやって誤魔化したんです?」「私の部下には、電子工学・機械工学の専門家も居る。1ヶ月を費やしたが、監視カメラと赤外線センサーの乗っ取りに成功した。本番当日は、それが大きなポイントになったのだよ」「各部屋・通路・エレベーター・非常階段・出入り口全てを?」「勿論だ。全て乗っ取った。後は、偽の画像を流しておけば良かった」「裏でそんな事が極秘裏に行われていたとは・・・、では、ヤクザ連中の動きも全て?」「あのマンションの監視システムには、穴があった。組員達の動きにも僅かにスキがあった。そこを巧みに突いて逃走したまでだ!」「連れ出したホステス達はどうしたんです?」「ヨーロッパ組は、全員帰国させたよ。我々が救おうとしていた少女も、無事に親元へ帰した。韓国人達は、在日コリアンの地下組織に託した。貴方は言うまでもなく横田基地へ送り届けた。当局がマンションへ踏み込んだのが、あの日の午前中。間一髪だった」「何故、そこまでされたんです?」「関わった以上、全員を安全に逃がすのが道理ってヤツだろう?最後まで責任を果たしたまでだ」中佐とミスターJの応酬が続く。「貴方達の組織は、どう言う理念で動いているのですか?」「弱気を助け、悪を挫く。それだけだ」「たったそれだけ?!それだけのために多くの人が結束してるんですか?」「ああ、助けられた者達が徐々に増えて、今の様な大所帯になったに過ぎない。みんな世の中の不条理との戦いに対して、力を貸してくれている」「組織を率いるボスとしての心構えは?」「法を逸脱しない事、反社会勢力に加担しない事、妥協をせずに徹底的に戦うことかな?」「貴方を知って改めて思うのは、日本語の“義”だわ!どんな事象に対しても“義”を貫く姿勢。ようやく言えそうだわ!ありがとう!貴方達に救われなければ、今の私は無い。心から感謝するわ!」クレニック中佐は手を差し出した。ミスターJは優しく握手をした。「さて、今度は私が依頼をする番だ!」ミスターJが切り出した。「今、ここに拘束されている4人の事だが、3人の香港人については亡命を希望しているはずだ。彼らの望みは叶えて貰えるかな?」「当然、そのつもりよ!国防上重要な証人ですもの。彼らの証言があれば、国際的な脅威に対して備えが出来る。ワシントンも容認しているわ」「1人だけは期日が過ぎたら釈放して欲しい。ヤツらのボスだ!彼の処断については、我々の法で裁きを下したい!」「それは構わないわ。後、5日したら解放する予定よ。白い車はどうするの?」「米軍に進呈したい!あれも証拠品になりはしないかね?」「喜んで頂くわ!でも、タダと言う訳にはいかないの。500万円で買い取りたいのだけれど、承知してもらえるかしら?」「そう言って貰えるなら、喜んで受けよう!登録抹消の手続きは、我々が責任をもって進める。有効に活用してくれ!それと本日の会談の記録だが・・・」「ご心配なく!全てオフレコよ!公式記録としては残さない。これも1年半前のお礼の一環にしてあるの」「それはどうも。こちらとしても、秘密裏に動けなくては困るのでな!」中佐とミスターJは笑いあった。「私の個人的意見としては、FBIの捜査官に推薦したい組織だと思っているの!アメリカに来る気持ちは無い?」「日本社会の底辺には、まだまだ救うべき人々が居る。私達は日本を去る気持ちは無いな。我々は、独自のやり方で戦うまでだ!」「それは残念!さあ、パーティを愉しみましょう!“スナイパー”の暴走も止めなくては!」クレニック中佐に促されてミスターJも話の輪に加わった。話の華は華麗に咲いていた。

その頃、八王子では“シリウス”とN坊とF坊が煮詰まっていた。「大体の仕分けは終わった。だが、これがいくらに化けるかが問題だ!」「ああ、少なくとも1000万円は欲しいよな!」「プラマイ200万円の誤差を見込むと、最低で800万円。即金で払えるヤツが居るかな?」3人共に疑心暗鬼に陥っていた。そこへF坊の携帯に着信が来た。「誰だ?知らない番号だな」「ともかく出て見ろ!」N坊が促す。「もしもし・・・」「F坊、久しぶりだな!俺の声を忘れたか?」「Catか!!おい、この携帯番号、誰に聞いたんだ?」「そっちが雇った“探し屋”だよ!それより、俺様に用とは何だ?」「お前、“情報屋”やってるんだろう?取引したい“情報”があるんだ!手を貸してくれ!」電話は“泣き虫Cat”からだった。「ふむ、内容は?」「裏社会・企業の粉飾決算・インサイダー取引・芸能人の個人情報ってとこだ。多岐にわたるぜ!」「ほー、久々に美味そうな匂いがするな!決済の方法は?」「現金だ。振込みでも構わん!」「今、何処に居る?携帯の緯度経度情報を言ってくれ!」F坊が緯度経度を伝えると「八王子じゃねぇか!よし、居場所は突き止めた。弁護士事務所だよな?」「ああ、そこを借り上げてる。Cat、こっちへ来れるか?」「丁度いい按配に夜と来れば、人目にも着きにくい。これからそっちへ向う!中身を見せてくれるかい?」「品定めって訳か。いいよ、待っててやるぜ!」F坊が言うと「N坊も一緒だろう?顔合わせも兼ねて出向くぜ!迎えはいらん!勝手に行くから待ってろ。1時間くれ。支度を済ませてから直ぐに出る」「分かった。待ってるぞ!」携帯は切れた。「Catか?!」「ああ、これから来るそうだ。リーダーは何処に居る?」「下のTVの前だよ。俺が話して来る!」“シリウス”が階段を駆け下りる。「Catがどう出るかな?」N坊が心配する。「ヤツにしても商売の売り物だ。見切りは厳しいと思うぜ」「“泣き虫Cat”がこれから来るのか?」リーダーが2階へ上がって来た。「ええ、ヤツは夜に動き回るのが常の様です」N坊が答える。「予定価格は?」「800~1000万円と踏んでます」「どれ位上積み出来るかだな!」リーダーも腕を組んで宙を仰ぐ。「ヤツも“情報屋”で喰ってる人間です。査定は厳しいかと」F坊も窓の外の暗闇を見据えて言う。「N、F、“情報屋”をやってる以上、向うも用心は欠かさないはずだ。取引は2人に一任するぞ!任せるから高値で落してくれ!」リーダーは早々に意思を伝えた。「分かりました。何とか渡り合って見ましょう!」F坊が答えN坊も頷いた。「俺はオペレーターとして同席する」“シリウス”が言った。「3人共頼んだぞ!」リーダーがそれぞれの肩を叩いて回った。3人の肩には重たい任務がのしかかった。

Kは麻酔から目覚めた。悪運の強い親父は、又しても危機を切り抜けようとしていた。「俺は何処に居るんだ?」酸素マスクが邪魔をして上手く喋れなかったが、白い壁に囲まれているのは認識できた。「安心して下さい!ここは、病院です。貴方は寄生虫に取り付かれて、刑務所の房で倒れている所を発見されて、ここへ搬送されて来たの。手術は無事に成功して寄生虫は駆除されてるわ。私の言う事が聴こえているなら、左手を握って!」見知らぬ看護師の問いかけは明瞭に聞き取れた。Kは左手を握り意思を示した。「まだ、絶対安静だけど、もう心配は無いわ。今、先生を呼んでくるから待ってて!」看護師は主治医を呼ぶために視界から去った。「ふふふふ、思わぬチャンスが巡って来た様だ。病院なら必ず隙がある!動けるようになればこっちのモノだ。だが、今はまだ早い!体力を戻さないといかんな!」Kは“脱獄”の計を巡らせ始めた。瓢箪から駒ではないが、獄舎でないなら監視の目を掻い潜って逃げられる可能性はある。Kは頭をフル回転させて、逃げる算段を考え始めた。だが、この策略が致命的な結果を生んでしまうとは、Kも知る由も無かった。

New Mr DB ⑯

2019年01月20日 10時28分46秒 | 日記
M女史は、Sのマンションに急行すると早速金庫を開けて、預金通帳を調べ始めた。「何よこれは?!」そこには半年前から100万円単位で、見知らぬ組織・会社からの入金があった事が記されていた。預金額は、3000万円近くありM女史も初めて目にするものだった。彼女は携帯を手にすると、ミスターJを呼び出した。「ミスターJ、今、Sのマンションで預金通帳を調べたのですが、見知らぬ組織・会社からの入金が3000万円近くあります!」「やはりそうか、時期は何時からになっている?」「半年前、サイバー部隊を設立した頃からです!」「姉さん、言うまで無いが、そのカネに手を着けてはならん!金庫の中に封印するんだ!恐らくSが不正な手口で手にした裏ガネだ!ただ、通帳のコピーを八王子へ送って欲しい。悪いが至急FAXかメールを寄越してくれ!」「分かりました。Sの手がここまで汚れていたのは残念です。ここで見た事は一切口外しません。後始末はお任せしても宜しいですか?」「最善の策を考えて見よう。後腐れの無い様に始末を着けられる様にな!」「申し訳ありませんが、宜しくお願いします!」彼女は携帯を切ると、通帳のコピーを取ると八王子へFAXを送信した。「Sの汚れた手、拭う事は出来るのかしら?」彼女の心は重かった。

ミスターJとU法律事務所の社長が八王子の¨司令部¨に着いたのは、ほぼ同時だった。¨スナイパー¨を伴った3人は、2階へ向かった。N坊とF坊と¨シリウス¨の3人が出迎える。「FAXかメールは届いているか?」ミスターJは挨拶抜きで誰何する。「FAXが来てます。通帳のコピーの様です!」N坊が用紙を差し出す。U事務所の社長とミスターJは早速目を通す。「¨ブルードラゴン¨に¨四宮興産¨と¨博多総業¨か、その他も皆¨例のヤツ¨だな」「ええ、名だたる所は全部ですな。裏社会が表に開けた窓口ばかりだ!」2人は唸った。「¨ブルードラゴン¨って、青竜会の事ですか?」F坊が聞くと「ああ、そのものズバリだ。Sのヤツが裏社会と不正取引を行っていた動かぬ証拠だ!」ミスターJがサラリと流す。「R女史に関する情報は、全てプリントアウトしてあります。Sのヤツ、結構頻繁にハッキングを繰り返していた様です」¨シリウス¨が紙の山を指差して言う。「主な内容は何だ?」ミスターJが尋ねる。「それこそ、弁護士活動から事務所の経営状況まで多岐に渡ります!手に入る情報は根こそぎ持ち去ってますよ!」「成る程、あらゆる事を掌握していたと言う事か。社長!Kに関する情報もSが売り渡した公算が高いな!10日前に入金がある。¨四宮興産¨からだ!」「そうですね、しかしマズイな。警察や刑務所にこれが漏れたらM女史に類が及ぶ!ミスターJ、どうします?」U事務所の社長の顔が曇る。「現状では隠蔽するしかない。Kを襲ったのはR女史達では無いのは、顔写真で証明出来る。暫くは犯人不明で押し通すしかあるまい。下手な通報は出来ないし、Sは横須賀に釘付けだ。五里霧中にして置くしかあるまい!そうしないと、M女史もR女史も不利益を被るだけだ!」「では、我々だけが承知しているだけに止めて黙殺しますか?」「それしかあるまい。Kに対して情けを掛ける義理は無い。ただ、Sに有無を言わさない材料として使う事と、“ドクター”には一報を入れて置くか。どの道、治療に関して、泣き付く先は“ドクター”しかおらんのだからな!」と言うとミスターJは、携帯を取り出して素早くメールを打ち込んで送信した。「¨スナイパー¨、お前さんは¨車屋¨と連絡を取って¨黒のベンツ¨の鑑定を始めてくれ!N、F、¨シリウス¨、それでは¨情報の精査¨を始めよう。社長、一緒に判断を決めてくれ」「では、¨情報¨を画面に出します!」¨シリウス¨がキーボードを叩いて閲覧画面を出す。「手元の目録を参考にして下さい。情報は多岐に渡ります」5人は画面を見つめた。膨大な情報の仕分けが始まった。

同時刻、某県の某警察病院。Kが救急搬送されてから、3時間が経過していたが医師達は発症の原因を突き止められずに焦っていた。X線・CT画像・血液・尿いずれもオールネガティブ。Kに何が起こっているか?全く想像もつかなかった。唯一の手掛かりは、蚊の死骸だったが、研究機関からの回答はまだ届いていなかった。「取り敢えず、酸素マスクの装着と点滴で体力を維持するしかないな」「画像診断でも異常は見当たらない!原因は何だ?」「何か見落としている点は無いか?」医師達は、必死にX線・CT画像に目を凝らした。「おい、蚊の死骸についての報告が来たぞ!」研究機関から電子データーが送信されて来た。「南米産の蚊らしいな。日本には生息していないタイプだそうだ。それと、顕微鏡写真があるが、蚊の死骸をすり潰して、沈殿物を拡大した様だが、こりゃなんだ?非常に小さな小虫が写ってるぜ!」「だとすると、寄生虫か?」「だが、そんなのどこの画像にも写ってないぞ!」「だけど、1つはっきりしたな。Kは寄生虫に取り付かれたんだ!」「だけど何処に居るんだよ!」医師たちの混乱は更に加速してしまった。その時「どこかで聞いたことがある様な気がする。何年か前に生物テロで、暴力団の組長が死亡した事件が無かったか?」「ああ、確か福岡だったよな。結局組長は死亡したはずだが、あの時も蚊が絡んでなかったか?」「うーん、あった様な気もするが、死体検案書とかカルテが無いと何とも言えんな・・・」「“あの人”なら知ってるかも知れない!」1人の医師が声を上げた。「N県警の監察医の先生だが、名前をど忘れしてて、出て来ないけど・・・」「確かに“あの人”なら、全国の特異な症例に詳しいけど、でも今頃はヨーロッパの学会へ行ってるはずだぜ!アイスランドの火山爆発の影響で、空の便は飛ばないはずだ。国内には居ないかも知れないぞ」「けれど、携帯は繋がらないか?手掛かりを得るにはそれしかない!」「望みは少ないが連絡して見るか?番号はN県警に聞けばいい!」1人が受話器を取り上げる。“あの人”とは、言うまでも無く“ドクター”の事だった。

“スナイパー”は、“司令部”の駐車場片隅にある“黒いベンツ”を調べ始めた。“化け物”と呼ばれるその由縁に関しては、彼も知るよしも無い。擬装網を潜ってベンツと相対すると「よう!また会ったな!」と声が出た。正しく、首都高で“ドクター”が簡易火炎瓶をお見舞いした相手であった。ワイパーのゴムは焼け爛れてはいたが、大したキズは負っていない。「流石に装甲ベンツだな。かすり傷で済んでやがる。どれどれ、中を見せて貰うか・・・」“スナイパー”はドアを開けて車内へ潜り込む。重々しいドアだった。閉める時の感覚も明らかに違う。「やはり只者じゃない。エンジンのチューニングも量産車とは別物だろうな。V8のツインターボだが、ブースト圧の設定はいじってあるはずだ!」彼は車内から出ると、外観を調べた。1台は左側に擦り傷と後部バンパーに若干の凹み。もう1台は、前面ヘッドライトが割れていた。「派手に事故った割には損傷が軽微だ。普通の仕様なら、こんな掠り傷で済む訳がない!」ボディの各所を叩いても重々しい音が返って来る。「鋼板の厚みが半端じゃない。中を想像するだけで恐ろしくなるぜ!」“スナイパー”の顔から血の気が引いた。彼は携帯を取り出すと、“車屋”を呼び出した。「“車屋”、今、大丈夫か?」「丁度、キャリアカーの部品の手配が終わったとこだ。“スナイパー”ベンツはどうだい?」「空恐ろしいぐらいの重装甲だ!エンジンも只者では無いな。機銃が無いのが不思議なくらいだ!」「“シリアルNo”は確認できたかい?」「ああ、運転席の前にある。これで修理パーツの有無は確認できるな?」“スナイパー”はナンバーを読み上げる。「了解!早速メーカーに問合せて見るよ。多分あるはずだ。それで、2台をどうする?」「俺は“ネット・オークション”に出せばどうかと思うが、お前はどう思う?」「うん、妥当な線だね。1000万円から始めても、応札はあると思うよ。標準車を買ってから“AMG仕様”にグレードアップする人がいる世界だからね。マニアだったら手燭を伸ばす可能性はあるだろうよ!」「よし、その線で行くぞ!写真は後から送る。出品の用意は任せるから、直ぐにアップ出来る様に準備を始めてくれ!」「分かった!3軸車が着く前に済ませて置くよ。訳ありだけど、希少車である点はセールスポイントになる。最低でも2台で2500万円は狙いたいな!」「いい線だ!どこまで+αを積めるかになるな!」「なるべく、引っ張って見るよ。落とし処は難しいが、1円でも高く売り捌いて見せる!」「任せるぜ!」「了解!」“スナイパー”は携帯を切ると、擬装網を潜って外へ出た。「さて、撮影をしなきゃならんが、どうするかな?」彼は、擬装網の端を掴んで暫し思慮に沈んだ。

「ふー、流石に疲れるな。Sのヤツがこれ程の“情報”を裏で握っていたとは・・・、もしこれが悪用されていたら、とんでもない事態に陥る所だった!」U事務所の社長が頭を抱えた。途中から起きて来たリーダーも加わったが、“情報”の仕分けには予想以上の時間が費やされた。“連合艦隊”のみならず、近隣県の複数の法律事務所の分まで含めると、データーの半分が“機密情報”としてブロックされる対象になった。「社長、一部は既に漏れ出していると思った方がいい。Sの預金通帳の入金記録を見ると、売り捌かれた“情報”も少なからずある!問題は、これからのセキュリティー強化の方針だ!対策は既に取っているはずなのに、これだけの“情報”が漏れだしている以上は“ザルで水をすくう様なもの”だよ。さて、どうしたものか・・・?」ミスターJは思慮に沈みかけた。「簡単ですよ!M女史の所のサイバー部隊に依頼すればいいんです!“侵入”した側なら、セキュリティーホールも当然知り尽くしているはずです。彼らに依頼すれば一石二鳥じゃあありませんか?」“シリウス”があっけらかんと言うと「そうか!中々の名案だ!社長の所と“連合艦隊”全てに依頼を出して貰えば、M女史の事務所も潤う。社長!どうだね?」ミスターJは膝を打ってU事務所の社長を見る。「もし、それが出来るなら歓迎します!正直な話、セキュリティー関係の経費は馬鹿にならないくらいのコストが掛かってます。“情報”と引き換えに手助けが得られるならば、否とは言う所はないでしょう!“連合艦隊”については、私から説得してもいい。その話、進めて貰えませんかね?」U事務所の社長も前のめりになった。「ならば話は早いに越したことは無い。早速M女史に依頼して見よう!」ミスターJは携帯を取り出すと、M女史を呼び出した。「姉さん、いい話がある!今、サイバー部隊に何を命じてある?」「事務所のセキュリティー強化をやらせてますが・・・」「彼らに新しい仕事を依頼したいと言ったら、直ぐに手は回るかね?」「新しい仕事ですか?!願っても無い話です!何をご依頼ですか?」「U事務所を含めた“連合艦隊”全体のセキュリティー強化だよ。そっちには“侵入”を果たしたプロが居る。各事務所の穴が分かっている専門家がな。その腕を“正しい方向”に使って、セキュリティー強化をやりたいのだよ。勿論、対価は支払う。件数は多いがやり遂げてはくれないかね?」「サイバー部門は、事務所再建の柱に位置付けています。是非やらせて下さい!罪滅ぼしと感謝の気持ちを持って事に当たらせます!」M女史は即座に同意した。「ありがとう。ちょっと待っててくれ。社長!明日からでいいかね?」ミスターJは誰何した。「構いませんよ。早ければ早い程いい!」U事務所の社長は、昼食として差し入れられた鮨桶を抱えながら同意する。「もしもし、聞こえたと思うが、明日U事務所へ早速、人を派遣してくれ!Sによる“情報漏れ”は深刻な事態だ。一刻も早い解決が求められている。“情報”の始末は決まったから、心配はいらん。済まんが明日から宜しく頼むよ」「分かりました。ご配慮感謝申し上げます。明日から誠心誠意努めさせます。では、宜しくお伝えください」M女史は謝意を伝えて電話を切った。「逆転の発想か!“シリウス”、災い転じて福となすとはこの事だな?」ミスターJの手元にも鮨桶が届けられた。「昨日の敵は今日の友とも言います。相手の隙を知り尽くした人間なら、その逆を考えればいい事です。少なくとも双方共に益があるならいいじゃないですか!」「お説ごもっともだ!所でデーターの転送はどうなっている?」「N坊とF坊がやってます。間もなく完了します!」“シリウス”も鮨桶を抱えている。「ミスターJ、サーバーはこれからどうするつもりです?」U事務所の社長が聞いた。「まず、HDDのデーターを消去して、暗号ソフトを使って完全にデーターを消します。それからHDDを本体から取り出します」「サーバー本体には、スタンガンを使って大電流を流し、回路をショートさせて完全に破壊します。メモリーにデーターが残っていてもこの段階で完全にガラクタになりますよ」「残ったHDDは、ドリルを使って穴を開けて、物理的に破壊します。これで完璧にサーバーは破壊されます」N坊とF坊が交互に説明した。「成る程、それなら後顧の憂いは無いですな。この世から完全に消し去る訳か。後は、今転送して貰っているデーターを消せばOK。Sも2度と利用できないですな!」鮨を平らげたU事務所の社長は、満足そうに頷いた。「ウチの連中は、中途半端な事はしない。破壊すると言ったら徹底的にやる!さて、残るはSがむしり取った現金の始末だが、社長、法的にはどうなる?」「隠し資産になりますからね、表沙汰には出来ません。税法上の処理も無理があります。何しろ“反社会勢力”からのカネですからね。当面は凍結して、動かさないのが一番でしょう。鼻から“無いもの”として金庫の奥深くに埋めて置くしかありますまい」「当然、Sの手には渡らぬようにか?」「勿論です。存在すらしないモノとして扱うしかないですね」U事務所の社長も歯切れが悪い。「ふむ、数十年は凍結して、次に危機的状況に陥った場合の保険にするしか無いか!M女史には“見なかった事にしろ”とは言ってある。Sの預金に手を付けるのは時期尚早だな。ただ、Sの手に落ちない様に細工を施す必要はあるな!」「ええ、手形か証書に換えて置く必要はあります。キャッシュカードで引き出せない様にするのが最善手でしょう」「その話は、私の方で進めて置こう。社長には“連合艦隊”にデーターを示して、破壊の同意を取り付けて貰いたいし、セキュリティー対策をM女史の事務所に依頼する様に説得をお願いしたい!」「否とは言いませんよ!みんなひっくり返って驚くでしょうが、自分達でやるには限界があります。コンサルタント料を抑えられれば御の字でしょう。そっちは、私が責任を持って当りを付けましょう!」U事務所の社長は自信を覗かせた。「お待たせしました。データー転送を完了しました!」F坊が報告する。「HDD2台になりましたが、間違いなくサーバーからは移動しました!」N坊も言う。2人の手元に鮨桶が押し込まれる。「社長、待たせて済まなかった。これで“機密情報”は抜き取られた。後始末は任せるよ」ミスターJはHDD2台を手渡した。「確かにいただきますよ。後の“情報”は、表沙汰にしても問題はありません。ご自由に始末して下さい!」社長はトランクにHDDを慎重に納めると、ミスターJと固く握手を交わした。「では、私は事務所に戻ります。鮨、ごちそうさまでした。ミスターJ、また何かあったら直ぐに連絡しますよ」「社長、お疲れ様。気を付けてな!」U事務所の社長は“司令部”を後にした。そして、入れ替わる様に“スナイパー”がデジカメを持って現れた。「この中の画像を“車屋”へ送ってくれ!ネット・オークションに使うヤツだ」デジカメは“シリウス”に手渡された。「“スナイパー”、どの位を狙っている?」ミスターJが聞く。「2台で2500万円です。当然+αは見込んでます!思っていたより損傷の程度が軽微なので、訳あり車ですが希少性で押し通せば行けると見込みました。“車屋”も同意見です!」「よし、1円でも高く売り捌け!2台の儲けにM女史の事務所の未来がかかっている。リーダー、“情報”の方も同様だ!なるべく高値で捌くんだ!」ミスターJが激を飛ばす。「了解です!何とかやって見ましょう!」リーダーも力強く答える。「“スナイパー”、そろそろ横浜へ戻るぞ。今夜はパーティにご招待を受けておる!遅刻は礼を欠くぞ!」ミスターJは急に微笑みを浮かべた。「承知しております。では、そろそろ戻りますか?」「誰か鮨桶の中身をタッパーへ移してくれ。“スナイパー”、悪いが握りは運転しながら食べてくれ。リーダー、私達は“前線基地”へ戻る。後は任せるぞ!」N坊がタッパーを差し出すと、ミスターJは階段を降り始めた。「写真を忘れないでくれよ!」“スナイパー”が一貫を法張りながら言う。「分かってるよ!残りは車で食ってくれ!ミスターJがお待ちだぞ!」リーダーが急かす。あたふたと車へ向かう“スナイパー”。やがてエンジンの咆哮が聴こえ、急激に音が高まった。「何かあれば随時連絡を入れろ!今晩のパーティが終われば“前線基地”も撤収する。あと少しだ。宜しく頼む」ミスターJがリーダーに指示を与えた。「分かりました。では、お気をつけて!」“スナイパー”の車は発進した。時刻は午後3時半になっていた。

2時間程時間を巻き戻して、午後1時半。Z病院の医局の片隅で“ドクター”は、遅い昼食を摂っていた。携帯を片手に持ちメールを読んでいた。“Kが原因不明の高熱を発して、警察病院に救急搬送された。発症の原因は不明。手掛かりは蚊の死骸の模様。緊急連絡に対応されたし”ミスターJが送ったメールだった。「蚊の死骸か。ふふふふ、福岡の生物テロの手口と同じじゃな!あの時は、司法解剖で寄生虫が原因と判明して居る。どうやら、厄介な相談が降って来そうじゃ!」“ドクター”は呑気に構えていた。「右肺上葉の内側、縦隔部にヤツは潜んでいるだろう。通常の画像診断ではまず写らないはすじゃ。ピンポイントで断層撮影でもしなれば、まず引っかからない。相手は恐らく“フィラリア”だろうな!Kに情けを掛ける筋合いは無いが、聞かれたら答えて置くか!」“ドクター”はソファーに寄り掛かると目を閉じた。ウトウトし始めたその時、携帯が震えた。見知らぬ番号が通知されている。「もしもし」“ドクター”が応答すると、案じていた通り某県某警察病院からであった。“ドクター”は症状と蚊の死骸の分析結果を子細に聞き取ると、おもむろに説明を始めた。「右肺上葉の内側、縦隔部をピンポイントで断層撮影してみなさい。そこに影が映っていれば、寄生虫が巣食っているでしょう!ええ、相手は恐らく“フィラリア”。肺動脈から繋がっている主幹動脈に食いついているはず。人工心肺を使って引き剥がすしかありませんよ。いずれにしても受刑者の体力勝負になるでしょうな。循環器のオペが出来る方は?ああ、それなら近くの大学病院へ至急搬送しなされ。心臓のオペが出来なくては無理ですな。術後管理もありますから、ともかく急いで搬送しなさい。はい、どうも」“ドクター”は電話を切ると「悪い予感は良く当たるものじゃ。だが、今回は手を貸さんぞ!Kに返す義理は無い!一か八か?執刀医に頑張って貰おうじゃないか。ふふふふ、お手並み拝見じゃ!」“ドクター”はICUへ向かった。R女史の容態を観察するためだ。「わしは、手一杯なんじゃ!」確かにそうだった。

日本時間同時刻。ベトナムハノイ現地時間、午前11時半。地下空間の“定期メンテナンス”は佳境を迎えていた。古くなったダンボール製のベッドは新調され、古いモノは解体方々徹底的な調査が実施された。言うまでも無くDBが隠し持っている紐の有無を確かめる為だ。すると、数種類の紐が発見された。「うーん、まだ隠し持っていたか!」事業所長がしかめっ面になる。「しかし、いずれも短いモノです。以前にレーザーで焼いた余りではないでしょうか?材質を見ると、最近製作されたモノではなさそうです」地下空間から報告が聴こえる。「一番最近は、竹製だったな。着衣って言ってもトランクスだけだが、破れや異変はあるか?」「大丈夫です。匂いが臭い事を除けば異常なしです」「よし!紐は始末しろ!新調してやったベッドのダンボールの積み方も充分に注意しろ。DBの“クリーニング”は進んでいるか?」「ええ、清拭方々見苦しいヒゲも切り取りました。後、20分下さい!クレゾールを洗い流して、アルコールを散布すれば完了します」「了解した。速やかに完結させろ!間もなく睡眠薬が切れ始める。DBが意識を回復する前に密閉しろ!」事業所長は時計を見ながら命じた。「眼鏡を取り上げたのは正解だったな。新規に製作された紐が見つからなかった事がそれを証明している」「もっぱら体力の温存に走っている様です。漸くイタズラをするのを諦めたと見ていいのでは?」「まだ、分からんが幽閉に慣れて来たのは確かだろう。所でBGMは決まったのか?」「はい、本社からの指示でDBの大嫌いなロックを覚醒中に流す手筈になっています。イラつかせて睡眠に専念させる計画です」「あそこは、防音にも対応している。それなりの音量で聴かせてやれ!神経が昂れば気力も削げる!」「CDは大量に用意してあります。今回からテスト的に使って見る予定です」「これで、責任問題も雲散霧消になるだろう。枕を高くして安んじて眠れそうだ」「そうですね。今日は午前中で社宅へ戻られますか?」「悪いがそうさせて貰うよ。ここ数週間夜中にDBとやり合ったツケが回って来たらしい。眠くてかなわん!」事業所長は大あくびをしながら言った。「DBも悟った筈だ!自力で脱出は不可能とな!」「もうそろそろ勤務時間が終わります。後はお任せ下さい!」「済まんが頼む。睡眠不足解消に睡眠薬でも飲むとするか?」事業所長は勤務を切り上げると社宅で安らかに眠った。DBが配流されて来て初めての安眠だった。

ミスターJは、スーツ姿に着衣を替えていた。“スナイパー”も軍服、しかも礼装に着替えていた。「お前さん、勲章の数は合っているだろうな?」ミスターJがイタズラっぽく聞く。「間違いはありませんが、数が多すぎてどれがどれかなんて忘れちまいましたよ」“スナイパー”がぼやく。「ご招待の時間に間に合う様に“前線基地”を出なくてはならん。レディ達に礼を欠く!」「気を付けて下さい!みんな現役の連中です。銃器を手にしたらハチの巣にされちまいますよ!」「その心配は無いだろう。友好的な会談になる筈だ。Sの始末も話して置く必要があるしな!」「部下達は、全員亡命希望でしょう。Sは丸裸で放り出される筋書きですよね?」「ああ、それが狙いだ!そこを狙い通りに進めて貰うためにも、今晩の会談は友好的でなくてはならんのだ!」ミスターJの目が鋭く光る。「さて、そろそろ出るか。早い分には構わんだろう?身分証は持ったな?」「はい、第一関門はこれが無くては通れませんから」「では、横須賀へ」2人は地下駐車場へと降りて行った。

New Mr DB ⑮

2019年01月16日 15時35分26秒 | 日記
午前5時、八王子“司令部”。朝日を浴びてキャリアカーと2台のセダンは、無事に帰還を果たした。“作戦”に参加した12名は、歓喜の拍手で迎えられ「良く戻った!まずは車両の入れ換えだ!」と言うリーダーの号令の元、駐車場の整理に取り掛かった。奪取して来た“黒のベンツ”は一番奥に横並びに据えられ、その周囲はトラックで固められた。「後で擬装網で遮蔽する。ユニック付きのトラックを近くに置け!3軸車とキャリアカーは、直ぐに発進出来るように出口付近へ配置しろ!遊撃隊の車両は出しやすい隙間でいい!」隊員達が総出でも、駐車場に車両を押し込むのは骨が折れる作業だったが、1時間を費やして何とか押し込む事に成功した。待機していた隊員が食料調達に走る間に、12名は3階の寝床へ上がり疲れを癒していた。「ご苦労だった!当初の予定とは異なる結果になったが、良く頑張った!存分に食べてから休んでくれ!」リーダーの訓示が終わったと同時に食料が届き、貪る様に食事が開始された。「食べ終わったら、仮眠を取れ。“基地”への移送については、ミスターJとも相談して決める。寝るときは鍵を掛けて置けよ!」リーダーが言うと「了解!」と全員が合唱した。待機していた隊員達は、キャリアカーの点検に着手していた。「不幸中の幸いで、車体に歪みはなさそうだ」「サスの被害は甚大。高速走行は無理だ」「エンジンもかろうじてセーフだが、早急にオーバーホールが必要だ。だが、“基地”までどうやって運ぶ?」「一刻も早く修理しないと、救援活動に支障がでかねん!」調べれば調べるほどに、隊員達は負った傷の深さを実感した。「どうだ?」リーダーが調査結果の報告を求めに出て来た。隊員たちは、ありのままを報告する。「深刻だな!コイツが使えないとなると、影響は大きい。修理期間は推測できるか?」リーダーの表情も曇る。「回送日時も勘案すると、最短でも1週間はかかるでしょう」「うーむ、まずはコイツを修理する手立てをしなくちゃならんか!分かった。ミスターJに“ベンツ”の件と合わせて相談してみよう。みんなも朝食にしてくれ。正し、3階は閉鎖してある。1階の空きスペースで食べてくれ」「了解」隊員達と共にリーダーも事務所へ戻った。2階へ昇るとF坊が“シリウス”専用PCの前で難しい顔をしていた。「どうした?」「リーダー、Sのヤツはとんでもないネズミ野郎ですよ!サーバーの中身なんですが、同業他社や契約先企業、株の投資資料、芸能人の個人情報、裏社会の情報まで多岐に渡って調べ上げてます。インサイダー取引や粉飾決算の情報まで揃ってますね!仕分けにはかなり時間を要すると思いますよ!」「“U事務所”と“連合艦隊”の分も含めてか?」「ええ、何処で線を引くか?にもよりますが、“切り売り”に回す判断は難しいですね」F坊はしかめっ面で答える。「判断を誤れば、迷惑がかかる。そういう事か?」「そうです。迂闊には動けません!」「キャリアカーに“黒の化け物ベンツ”に有り余る情報か!どれも判断に迷う事案ばかりだな」リーダーはため息を付いた。「ミスターJに判断を仰ぎませんか?」F坊は真剣な表情で問う。「どうやらそれしかないな!有りのままを報告して、お出で願うしかあるまい。ここまで複雑になると流石に俺の手には負えん!」リーダーは携帯を取り出した。「朝っぱらから“お騒がせ”とは恐縮だが、止むを得ん!」呼び出し音が微かに聞こえた。

ミスターJの朝は早い。“前線基地”のベッドから抜け出す際、大いびきを掻いて寝ている“スナイパー”を起こさない様に、細心の注意を払った。身支度を整えてから、2階のカフェへと降りる。熱いコーヒーを注文して「やれやれ、轟音轟く部屋では落ち着かん!」とグチが出る。その時、携帯に着信が来た。「おはよう、リーダー。何かトラブルか?」「朝早くに申し訳ありません。ミスターJ、今宜しいでしょうか?」「構わんよ。何があったんだ?」ミスターJは即座にトラブルの気配を察した。「実は・・・」リーダーは、¨黒のベンツ¨の件とサーバーの情報の件を最大漏らさずに説明し始めた。「そうか!やはり¨タダの代物¨では無かったか!私もそれが気掛かりだったのだ。まず、¨黒のベンツ¨だが、どうやって隠した?」「今、擬装網を大隊長の所から取り寄せて、覆い隠す手を取りました!暫くは八王子に留める事は出来ます」「うむ、最善手だな。問題は、キャリアカーの修理か?」「はい、かなりの深手を負ってしまいました。隊員の見立てでは、¨基地¨との往復を含めても1週間はかかりそうです。3軸車で輸送する事を考えると、予断を許しません!」「やむを得ん!至急¨車屋¨に連絡してパーツの手配を依頼しろ。キャリアカーは、3軸車に積載して昼前には¨基地¨へ向かわせる手配を取れ!アイツが無くては万が一の場合に、手足を失いかねん」「では、直ぐに準備を始めます」「次は、サーバーの情報だが、実際に見て判断しなくては各方面に要らざる影響が出かねないな。¨U事務所¨と¨連合艦隊¨の代表者も同席した上で、精査した方がいいだろう。そちらの手配は、こっちでやるとして、昼前には八王子へ出向くとしよう。それまでに詳細に分析をして置いてくれ!¨基地¨へはデーターを転送してあるな?」「はい、既に完了しています」「よし、私達が行くまでに可能な範囲の事は進めて置け。それと、リーダー!昨夜からの¨作戦¨でロクに寝ておらんだろう?お前さんは、必要な手配を済ませたら仮眠を取れ!指揮官がフラフラでは士気に影響が出る。休むのも任務だぞ!」「はい、正直に申しますとそろそろ限界ですので、休ませて頂きます」「そうしなさい。肝心な時に判断を誤ってはいかん!誰も咎めはせん。暫し休め」「分かりました。では、昼前にお待ちしております」リーダーは恐縮しながら携帯を切った。「ふむ、ある程度予測はしていたが、それ以上に手強い相手だったか!それにしても、最低限の手は打てた。後は私の手で¨調理¨するしかあるまい」ミスターJはコーヒーカップを手に暫し考慮に沈んだ。「おはようございます、ミスターJ。すっかり寝過ごしました」¨スナイパー¨がフラりと現れた。「お前さんのイビキは、ジェット戦闘機と同じだ。まずは、コーヒーでも飲んで目を覚ませ!」ミスターJが苦笑しながら言う。「八王子から何か言って来ましたか?」「ああ、いずれも¨予測を超えた化け物¨だったらしい」ミスターJは、駆け足で八王子の件を話した。「ベンツで約3tですか、どうやら¨アラブ仕様¨の様に感じますね。VIP護衛用の特殊仕様車じゃあないでしょうか?」¨スナイパー¨はそう推測した。「具体的にはどんな仕様になる?」ミスターJが誰何する。「考えられるのは、防弾仕様と武器の搭載ですね。拳銃やライフル、自動小銃では貫通出来ないくらいの防弾処理と、機銃が装備されている可能性はあります。フロントに25mm機銃を持っていて、蓋物ってつまりボンネットやドアやトランク、ルーフの事ですが、標準仕様より倍以上の板厚の鋼鈑と装甲板で固めてあるヤツではないかと。燃料タンク回りにも防弾板を張り巡らしてあるでしょう。機銃は流石に付いてはいないと思いますが、やたらと重たい理由は防弾で説明が着きます!」「仮にそうだとすると、板金処理は出来るか?」「この手の仕様の場合は、交換が主な修理方法になりますね。¨撃たれる¨事を想定しての仕様ですから、板金はハナから考えてはいませんよ。恐らく、制作段階で複数の補修用パーツも作ってあるはずです。そうしないと、効率は悪いし非常時に間に合いませんからね。多分、¨シリアルNo¨で管理していると思いますよ」「なるほど、かなり特殊な仕様と言う訳か。生産台数も限られるし、俗に言う¨レア物¨になるのだな?」「はい、マニアに取っては¨お宝¨ですね。相場は有って無い様なものです。完全オリジナルなら¨言い値¨がすんなり通りますよ」¨スナイパー¨は、コーヒーで喉を潤す。「もし、売りに出すとすれば、どんな手がある?」ミスターJは、難しい顔で尋ねる。「そうですね、¨車屋¨の見解を聞く必要性はありますが¨ネットオークション¨なら可能性はあるかも知れません。ただ、破損の程度と補修パーツの有無がネックと言えますが・・・」「好事家ならば、修理が必要でも応札する者は居る可能性はあると言うのか?」「旧国産車両でも1千万円のプライスカードがぶる下がってても、買い手は着くんです。価格は要検討ですが、同じ水準で売れる可能性はゼロではありませんな。ましてや、ベンツともなれば、状況次第では行けると踏んでもいいと思います」「¨スナイパー¨、昼前に八王子へ出向く事になっている。お前さんの目と¨車屋¨の見解を合わせて、ベンツを売りに出せるか否かの判断を任せていいか?」「ご指名とあれば、お引き受けします!」「よし!1円でも高く捌いてくれ!抹消手続きは、M女史に言って速やかに行わせる。残るはSのベンツだが・・・、」「あれは米軍にくれてやりましょう!通常仕様では中古価格にしかなりませんし、攪乱波を喰らった見本として進呈した方が双方のためです」「そうだな、¨飴玉¨は確かに必要性はある。Sを養って貰う以上、タダと言う訳にはいかん!さて、目は覚めたか?¨スナイパー¨、八王子へ出向く支度にかかるぞ!」「はい、承知しました!」2人はカフェを出ると¨前線基地¨へ戻った。

「一体、いつになったら取り調べるんだ!!」S氏は癇癪を起こして部屋中に蹴りを入れて居た。この¨素敵なホテル¨に宿泊する羽目になって3日目の朝である。食事は旨いが、部屋から呼び出される事はまだ無い。何の嫌疑がかかっているのか?も分からないままでは、落ち着けと言うのにも無理があった。「うぬー、撹乱波発生機が絡んでいるのは間違いないが、¨U事務所¨とミスターJの¨司令部¨襲撃をどう誤魔化す?米軍が関わって居る以上、嫌疑をすり替える事も出来ん!」熊が檻をぐるぐると歩き回る様に室内を徘徊するが、事態は変わらない。部下達が何を聞かれ、何を話したのか?それさえ分かれば、彼も対処のしようはあった。だが、何一つ分からないのでは手の打ち様も無い!外部に頼るにしても、¨後ろ暗い点¨がある限り釈明にも限界はあった。そんなS氏の姿を監視モニター画面で、冷静に見ている視線があった。クレニック中佐とスタイナー少佐であった。「大分、イラついているわね。部下達の尋問はどう?」「はい、観念したのか非常に協力的です。3名全員が¨取引¨に応ずる代わりに亡命を希望しています!」「それは、我々の希望する¨品物¨の新規入手も含めての事かしら?」「勿論です!既に¨発注¨を済ませました」「表向きは、S氏の名前になっているわよね?」「イエス・サー、抜かりはありません!」「申し訳ないけれど、彼はまだ利用価値がある。本人は不本意かも知れないけれど、私達にとっては大切な¨持ち駒¨よ!丁重に扱ってあげなさい!」中佐は微笑みながら言った。「今晩は¨シャドー¨のボスがお目見えになるわ。パーティーの手配も抜かりなく!」中佐は心なしかウキウキしていた。「久々の再会、愉しみだわ!」

リーダーは、仮眠を取る前にキャリアカーの診断を行った“機動・遊撃隊員”を集めた。「ミスターJの決断が下った。キャリアカーを“基地”へ回送・修理する!3軸車を運転できる者は居るか?」と問うと全員が手を上げた。「では、代表者2名を選抜しろ。直ちに出発準備にかかってくれ!“車屋”への連絡はこちらでやる。積載を完了し次第“基地”へ向かえ!」「了解!」隊員達は直ぐに駐車場へ向かった。携帯を取り出したリーダーは、“車屋”を呼びだす。「“車屋”、緊急事態発生だ!これから“基地”へキャリアカーを送る。大至急修理の準備を始めてくれ!」「分かりました!キャリアカーの損傷の程度を教えてください!」「リヤサスのリーフスプリングが折れているし、フロントサスも怪しい。エンジンは、過負荷状態で走行したために焼ける一歩手前まで行った。フレームも含めてかなりの重傷だ!」リーダーは概要を説明する。「分かりました。これから必要な部品をかき集めますが、どうしても時間は必要です。可能な限り急ぎますが、回送日時も含めて1週間は下さい!」「それは分かっているよ。生半可な修理じゃない。ともかく完全に修理して戻してくれ!」「了解です!ベンツはどうなりました?」「重すぎて回送する手が無い。装甲車と同じだよ。ミスターJとも話したんだが、キャリアカーを優先する事になった。後刻、ベンツの件で連絡が行くかも知れない。携帯を手放すな。3軸車は、間もなく出発する」「了解です!回送を待ちながらVIP仕様のベンツについて調べてみます!」「済まんが宜しく頼む」リーダーは携帯を切った。「リーダー、寝床の準備は出来てます。休んでください!」N坊と“シリウス”が声をかける。「済まんが、暫く寝かせてもらう。Fと一緒に“情報”の分析を頼む。昼前にはミスターJがお見えになるから、その頃までには目鼻を付けて置いてくれ!」リーダーは今にも沈没しそうになりながら言った。「了解です。おやすみなさい」N坊と“シリウス”は、リーダーが寝袋に入るのを見届けてから、F坊の元へ行った。「F坊、どうなってる?」“シリウス”が声をかけると「コイツを見てくれよ!同業他社や契約先企業、株の投資資料、芸能人の個人情報、裏社会の情報まで多岐に渡って調べ上げてありやがる。インサイダー取引や粉飾決算の情報まで揃ってるぜ!何処で線を引くかで目が回りそうだ。下手な手出しをすれば、あちこちに悪影響が出かねない!」F坊は眉間に皺を寄せて唸っていた。「どれどれ、こりゃあ酷い!手あたり次第にハッキングしまくったな!選別は何処まで進んでる?」“シリウス”が席を替わってモニターの前に座り、難しい顔つきになる。「手の付けようがない!どれが重要機密かなんて判断が付かないんだ!」流石のF坊も自棄になっている。「そうは言っても、カテゴリー毎にフォルダへ振り分けられてる。何とか取捨選択する手は無いかい?」N坊が考える。「どれが重要機密に当たるのか?を決めて貰わなくちゃ手のつけようが無いな。表から裏まで一貫した情報が結構ある。重点区域を踏んだら自爆しかねんよ!取り敢えず、芸能人の個人情報と株の投資資料とインサイダー取引や粉飾決算の情報は切り離せるが。それでも、事務所単位で考慮したら関連があるかも知れない。本当に謎々だな」“シリウス”の見解もF坊とさして変わらなかった。「そうなると、ミスターJが来られるまでお手上げかい?」N坊が言うと「物差しが無いと測れないのと一緒だよ!さっきも言ったが、1歩間違えば自爆しかねん!目録を作るのが精々だな・・・」「じゃあ、目録だけでも作ろうぜ!やらないよりはマシだろう」N坊が端末に向かう。「そうだな、少しでも効率を上げるにはそれしかないな!」F坊も端末に向かう。「フォルダ単位で精査して行くぞ!手は掛かるが止むを得ん!」“シリウス”がフォルダを操作して中身を確認していく。3人は骨の折れる作業に沈んでいった。

某県坊刑務所。Kが収容されているその刑務所では、“緊急事態”に右往左往していた。「何が原因だ?!」刑務所長は看守達を呼び集めて事情を聴いていた。「分かりません!今朝から急に高熱を発して、倒れたんです!」「前兆は無かったのか?」「昨夜は何も思い当たる節はありませんでした。ともかく高熱を発しています!このままでは危うい事態になるのは間違いありません!」Kは40℃近い高熱を発して、房内で倒れているのを発見されて医務室へ収容されていた。「房内に不審な物は無かったか?」「いいえ、1週間前に切り花 が差し入れられてますが、一昨日に処分しています。後はKの私物だけです!」「切り花か・・・、発熱の原因とは考えにくいな。医務官からの報告は?」「インフルエンザではないそうですが、原因は不明との事です!X線画像にも異常は無いそうです!」「ともかく、警察病院へ搬送しろ!それと、もう一度房内を徹底的に洗え!」刑務所長は決断した。Kは最寄りの警察病院へ搬送され、看守たちは房内を再点検した。「おい、これを見ろ!蚊の死骸だ!」「今頃、蚊が飛んでいる筈が無い。だが、蚊で高熱を発するとしたら、どんな病気がある?」「幼児なら、日本脳炎とかがあるが、50代のKが感染するか?」「分からん!とにかく採取して分析だ!」「俺は所長に報告して来る!」看守たちはあたふたとKの房を出た。「なに?!蚊の死骸だと?!だとすると、一昨日処分した切り花が怪しいな!まだ、残っているか?」「いえ、昨日廃棄しています」「切り花を差し入れたのは誰だ?!」「横浜のR法律事務所の事務員です。Kの国選弁護人を務めた弁護士事務所です!」「至急、連絡を取れ!入手ルートを確認しろ!蚊の死骸は分析を依頼しろ!」「はい!」看守達は大慌てで走り去った。「何が起こっているんだ?!Kの体内で?」刑務所長は首を捻った。

刑務所からの問い合わせは、主の居ないR法律事務所から、U法律事務所へ自動転送された。「1週間前に切り花の差し入れですか?!丁度その頃はR弁護士が急病で倒れて入院した時期と重なります。差し入れなどに行っている状況ではありません!ええ、MRSAに感染して生死の境を彷徨っていた状況です。接見などに出向いている事態ではありませんでした。ええ、事務員の写真ですか?分かりました、手配します。はい、受刑者が原因不明の高熱ですか?!蚊の死骸?!ともかく手配します!」U法律事務所の社長は驚愕すると同時に、ミスターJを呼び出した。「社長、どうされました?」ミスターJは“スナイパー”の運転する車の中で答えた。「ミスターJ、刑務所からの緊急通報です!Kが原因不明の高熱を発して倒れ、警察病院に収容されたそうです!その件でR女史に嫌疑がかかっています!」「何!原因は何です?」「房内で蚊の死骸が見つかり、1週間前に差し入れられた切り花が関係していると刑務所側は言ってます!」「1週間前だと、R女史はZ病院内で意識不明の重体だったはずだぞ!刑務所は何を寝ぼけている?!」「1週間前にR法律事務所の事務員を名乗る人物が刑務所を訪れています。何処の誰かは知りませんが、Kに何かを仕掛けたのは間違いありません!」「R女史とKの関係に関する情報は何処から漏れたと思う?市井の人間が知り得る情報ではないはずだ!」「推測の域を出ませんが、Sが関わっているとすればどうです?」ミスターJの背筋に冷たいものが流れた。「社長!八王子で検討しよう!Sの線は有り得るかも知れない!青竜会の残党がKを消しにかかったと見れば、何となく説明がつく!至急、八王子へ!」「分かりました。急いで行きますよ!」U法律事務所の社長は電話を切ると、車を八王子に向けて急発進させた。ミスターJは、M女史を呼び出した。「姉さん、至急調べて欲しい事案がある!Sの預金通帳の入金記録だ!」「それが何に関係するのですか?」「Sが裏社会と取引をした証拠が無いかを確認するためだ!今、1人の受刑者の命が危うい。Sが情報を横流ししたなら、カネの動きがあるはずだ!」「S個人の預金口座の通帳は、自宅マンションの金庫の中です。至急調べてお知らせします!」「うむ、出来るだけ急いでくれ!事は急を要する事態だ!宜しく頼む」ミスターJは電話を切ると、今度は八王子の“司令部”を呼びだした。「私だ、至急R女史に関する情報を全てプリントアウトして置け!緊急事態だ!」「はい!でも何があったのです?」F坊が誰何する。「Kが狙われた!何者かは分からんが、消しにかかられた!」「まさかSの野郎が情報を横流しした結果ですか?」「まだ分からん!だが、可能性はゼロではない!後、40分以内に着く。それまでに用意して置いてくれ!」「了解!直ぐにかかります!」F坊が答えると直ぐに電話は切れた。「“スナイパー”、全速で八王子へ!」ミスターJは指示を出す。「了解!ちょっと荒っぽくなりますよ!」“スナイパー”は隙間を縫うように車を前へ進める。エンジンの咆哮は高まり、車速は上がった。「何が起こっているんだ?」ミスターJは必死に思いを巡らせる。「蚊の死骸か・・・、キーワードはそれしか無いが、何か引っかかるな?」思いがけないKの高熱騒ぎ。又してもR女史に災禍が降りかかろうとしている。それだけは確かだった。

New Mr DB ⑭

2019年01月10日 13時40分56秒 | 日記
東京都内某所、午前0時。¨機動・遊撃合同部隊¨12名が¨黒のベンツ¨2台を奪取すべく自動車修理工場周辺へ展開を完了していた。大通りから1本入った工場周辺には、住宅も少なく人影も無かった。ユニック付きの3軸車をどうにかねじ込むと、いよいよ¨黒のベンツ¨を吊り上げる作業の準備が開始された。同時に2名が事務所をこじ開けて、ベンツの鍵の捜索を始めた。厄介な事に、ベンツは専用の電子キーが無くてはエンジンが始動しない!盗難防止処置の範疇だが、是が非でも探し当てなくてはならない代物だった。幸い、鍵は直ぐに発見され、解錠確認後に車内へ放り込まれた。次なる獲物はリアシートだったが、工場内の奥で無事に確保された。撹乱波発生機を搭載する際、取り外されていたがシートが無くては車検を通れない。これも、それぞれの車内へ移された。ワイヤーを回していよいよ吊り上げにかかろうとした時、クレーンを操作していたオペレーターは¨違和感¨を感じて作業を中断した。「どうした?」「いや、何だか妙に重いんだ!2トン前後と踏んでたんだが、2トン以上ある可能性がある!キャリアカーの積載能力を越えるかも知れん!」「だが、置いて行く訳には行くまい!強引に載せるしか無いぞ!」「そりゃそうだが、¨基地¨への回送は無理だ!サスのスプリングがイカれて、走れなくなる!」「時間が無い!八王子までなら何とか持つだろう?¨司令部¨へ持ち込んで判断を仰ごう!」「仕方ない。リーフスプリングが折れない事を祈るしかないな!」オペレーターは、慎重に吊り上げを行うと車体をゆっくりとキャリアカーへ載せた。荷台は大きく沈み、サスは軋みを上げた。2台目は、余裕がある3軸車なので不安は無かった。ワイヤーを収納している間に、荷台は灰色のシートで覆われベンツと荷台の金具はワイヤーで固定された。「おい、パトカーがうろちょろしてる!暫く待て!」大通を監視している隊員から、待ったがかかった。男達は再度荷台を点検し、シートの張り合いを調整した。「3軸車はいいが問題はキャリアカーだ。下手にハンドルを切れば横転しかねん!前後を固めてもらう必要性があるな!」「そうだな、80mくらいの車間は欲しい!キャリアカーは¨亀さん走行¨で行くしかないから、3軸車が最後尾で万が一に備える格好がいいだろう」隊員達は隊列を相談しながら、ルートを探った。深夜とは言え八王子までには幾多の¨関門¨が待ち構えていた。「そろそろ出よう!パトカーはやり過ごした。一刻も早く脱出だ!」監視をしていた2名が走って来た。「キャリアカーは俺が運転する。載せたヤツが責任を取るのが筋だ」クレーンオペレーターが手を挙げた。「じゃあ、3軸車はこっちで何とかしよう。先頭を走るセダンは、障害になりそうなモノを逐一トランシーバーで知らせてくれ!とにかく¨急の字¨が付く行為は厳禁だ!怪しいヤツがあったら停車して肉眼で調べてくれ!じゃあ、出発だ!」ゆっくりと4台の車両は大通へ出た。隊列を整えると、一路西へ進路を定めた。「頼むから、持ちこたえてくれ!」キャリアカーのハンドルを握る手は汗ばんでいた。

時間は少し戻って、午後9時。9台の端末からあらゆる¨情報¨を吸い出した¨シリウス¨とN坊とF坊は、3台の端末を¨娯楽化¨し始めた。「どうせなら、対戦型にしよう!モニターだって余ってるんだ。そうすりゃあ6人が同時に暇潰しに遊べる!」N坊が提案すると「それ、いいな!どうせ役には立たない代物だ!有効に活用させて貰いましょう!」¨シリウス¨も同意して、DVDの山を広げる。「お前、幾つ¨ゲーム¨を用意してるんだ?カネ掛けてるねー!」とF坊が驚きを隠さずに言うと「心配ご無用!全部裏ソフトだ!商売上、駆除したヤツを修正してあるだけだから、元手は0円さ!」と涼しい顔で¨シリウス¨が返す。「ほぇー!マジかよ!正規で買ったら・・・」「軽く10万は飛んでくな!」さらりと¨シリウス¨は流す。「それより、マシンはどっちを選ぶ?DELLかレノボか?」N坊が聞く。「まあ、¨ゲーム¨に拘るなら、レノボで行こう!チップセットもDELLより処理能力が高いし、丁度3台揃ってる。公平かつ健全な遊びには、差を付けないのが原則だ!」F坊が主張して、それが通った。「N坊、超小型TVチューナーはあるかい?」¨シリウス¨が聞く。「あるぜ!光TVのダミーチューナーも。それをどうする?」「リーダーが時代劇ファンなのを忘れてないか?息抜きの為にもTVは必要性があるぜ!」「あー、そうか!その手を忘れてちゃいかんな!車から降ろしてくるよ」N坊が動き出そうとすると「ついでに変換アダプターセットも頼む!」とF坊が叫ぶ。「あいよ!」夜の駐車場へN坊は走って行く。「さてF坊、片っ端から¨ゲーム¨を入れていってくれ。調整は後でやる。全部で30枚、これだけでもかなりの手間だ!N坊にはTVのセッティングを頼もう」「分かった。終わったらツインモニターのセッティングと配置にかかるよ」F坊はDVDの山を片っ端からロードさせていく。N坊は駐車場から戻ると、筐体を開けて拡張ボードの取り付けを始めた。¨シリウス¨は、適当な机を選んで¨遊戯場¨の設営を済ませると、¨ゲーム¨の調整にかかった。午後10時頃には、曲がりなりにも¨遊戯場¨が完成した。TVの設置も何とか間に合わせた。パーテーションを置いて玄関から見えない様に仕切ると、それらしく仕上がった。「3階から誰か引っ張って来るか?」F坊が3階へ行くと、リーダーと起きて居た4人がぞろぞろとやって来た。「お!いいね!これタダで遊べるのか?」「選り取り見どりだぜ!対戦もご自由に!リーダーは、こっちへどうぞ!」N坊が恭しく案内をする。「おい、見たい放題か?」光TVを前にリーダーは垂涎ものだった。「ミスターJには内緒でお願いしますよ。あくまでも、¨情報収集¨が目的ですから」N坊はそれとなく釘を刺す。「画面がデカイと迫力が違うな!これならパケ代を気にしなくていいね!」「やっぱりこうでなくちゃ!」4人は夢中で遊び出した。「¨シリウス¨、N、F、良くやった!だが、ミスターJには言うな!俺も今回は目をつぶる!」リーダーもご満悦だった。「やれやれ、¨遊戯場¨はこれでいいな。俺達も一休みしよう。次は¨本丸¨へ突入だ!」F坊が缶コーヒーを配った。「まずは、サーバーと御対面だが、ノートPCを繋いで¨ゲーム¨を駆逐しなきゃならん」「片足を突っ込んだだけだから、大した手間じゃ無い。問題は¨情報¨を調べて¨基地¨へ転送するのと、仕分けをしなきゃならん事だ!」¨シリウス¨の表情は硬い。「闇雲に入れてあるか?整然と区分けされてるか?使ってたヤツの性格を知りたいな!」N坊がぼやく。「まあ、開けて見てのお楽しみだ!楽が出来そうなら仮眠が取れる」F坊は前向きだった。「じゃあ、行きますか?」¨シリウス¨の一声で3人はサーバーを運び上げて行った。夜戦はこれからが本番だった。

時間を戻して、午前2時。¨機動・遊撃合同部隊¨は、時速30キロ前後をキープしながら八王子を目指して必死に西へ移動し続けていた。23区からは抜け出したものの、予想外の¨重量物¨を積載したキャリアカーのペースは中々上がらなかった。と言うよりは¨無理が出来ない¨状況に陥って居た。「先発車両より入電!2キロ先で夜間舗装工事区間を確認!路面は簡易舗装。工事区間付近に段差4cmから5cmあり!マンホール多数!現在、迂回路を調査中!後続車は停車されたし。我々も先行して状況を確認します!」先頭車両もスピードを上げて確認へ加わるべく走り去った。キャリアカーと3軸車は、路肩に停車して連絡を待った。「今の内にサスの点検をしよう!少し前に嫌な音がした。マズイ事になってなけりゃいいが・・・」キャビンから2人が降りて、リアサスを調べる。3軸車からも1名が脱兎の様に走って来た。「どうした?やっちまったか?」「悪い予感は的中してるぜ!左後輪のリーフスプリングが1枚折れてる!右側も亀裂がある!ヤバいなこれは」「それにしても、呆れる重さだ!フツーの4ドアセダンじゃ考えられないぜ!」「八王子まで後どのくらいある?」「丁度中間点を過ぎた所だ。朝までに着けるか微妙だな」「問題は、この先の工事区間だけじゃ無い。アップダウンや橋梁の継ぎ目、カーブも乗り越えなきゃならん!だが、このサスの状況とエンジンの負荷を考えると、間に合わない可能性も考慮しなきゃならない!」「手が無い事は無いぜ。危険を覚悟の上で3軸車を先行させて¨司令部¨に荷を降ろしてから、引き返して来てキャリアカーから積み直せばいい。先行してる2台を護衛に着ければどうだ?」「職質にかかったらイチコロだが、どうやらその手を真剣に考える必要はあるな!」隊員達は、急遽作戦の変更を考慮して、決断を迫られた。その時、先行していたセダン2台が戻って来た。「迂回路は無い!明後日の方向へズレて行くしか無いが、時間がかかる!」「そうなると、尚更3軸車を先行させる案を取る必要性が高まるな!みんなを集めてくれ!」合同部隊12名は、急遽呼び集められた。キャリアカーのリアサスの状況を見てもらい、現状で時間を計算すると朝までに八王子へ着くのは微妙だと告げ、3軸車先行論を話し合った。「後、800m走れば、駐車帯があるし、中央分離帯にも切れ目がある。そこまで走って待つのはどうだ?路肩にハザードじゃあ職質はあり得るが、駐車帯に居れば少しはリスクを回避出来ないか?」「今より、格段に安全性は上がるな。待つ身は辛いが、半身不随の状況では贅沢は言えない。みんな、じゃあ3軸車先行で行こう!」隊員達は頷くと各車両へ散った。3軸車は勢い良く走り出して一路八王子を目指した。何しろ時間との戦いだ。尻に帆を掛けて先を急いだ。キャリアカーと2台のセダンは、800m先の駐車帯へ滑り込んだ。「エンジンは切らないのかい?」「水温計を見てくれ!焼ける一歩手前だ。今、エンジンを切れば確実に焼けて動かなくなる。キャビンを上げてエンジンを冷した方がいい」確かに水温計の針は危険域の手前にあった。キャビンを上げると熱気が拡散するのが肌で感じられた。「何か飲み物でも仕入れてきますか?」「近所にコンビニはあるかい?」「南に300m歩けばあります」「じゃあ、悪いがお茶を1本頼む」「了解です」隊員はオーダーをまとめると、コンビニへ歩き出した。「それにしても、此処まで良く持ちこたえてくれた」キャリアカーのボディーを叩いて、せめてものねぎらいを言う。後は待つだけだった。

同時刻のベトナム、ハノイ。日本とは2時間の時差があるので、日付を跨いだ頃になる。DBは、意識を取り戻しつつあった。アメーバ赤痢による下痢は治まり、胃と腸の痛みからも解放されていた。¨俺はどのくらい意識を失っていたんだ?¨ボンヤリとした意識下で考えるが、薄暗い地下空間では判然としなかった。やがてクレゾールやアルコールの匂いを感じ取れる様になり、手足にも力を入れられる様になると、次第に記憶がよみがえった。¨便座から転げ落ちてから、何があったんだ?¨DBはベッドから半身を起こすと、周囲を見回した。¨メガネはどこだ?¨必死に周囲を探るが、メガネは無かった。よろける様にテーブルの上も探るがメガネは見当たらない。¨まさか、目を封じ込めるつもりか?¨DBは近視の上に老眼が重なっているので、メガネを奪われる事は¨失明¨に等しい致命的なダメージになる。監視カメラとレーザーは、DBを自動的に追尾しているはずだが、ボンヤリとした光にしか見えない。DBは焦ってベッドへ戻って、必死に目を凝らすが輪郭を捕らえる事は無理だった。¨視覚を奪うとは、ヤツらも考えたな。だが、隠した紐は気付いてはいまい¨ウレタンシートの下、段ボールの箱の中を手探りで探すと、竹で編んだ紐が手に触れた。DBは微かに笑みを浮かべると、ベッドに身を横たえた。体力を温存するためだ。¨下痢で大分痛めつけられたが、まだチャンスはある!暫くは回復を図るか?¨DBが警戒を怠った次の瞬間、天井のレーザー発射口が煌めき始めた。「レーザー出力MAXマデ上昇!警告!隠シタ紐ヲ出セ!サモナクバ一斉射撃ヲ開始スル!」合成ボイスは情け容赦はしないと告げた。「ちっ!」DBは舌打ちをすると、竹紐をダンボールのテーブルへ投げた。「欺クナ!マダアルハズダ!違背ハ許サヌ!!」合成ボイスは、まだ疑いを抱いていた。「抜け目のないヤツめ!」DBは止む無く隠していた竹紐を全部放り出す。そこへレーザーの一斉射撃が集中する。MAXまで上げられた出力は一瞬でテーブルと竹紐を煙に変えた。“クソ!また1からやり直しか!!”DBは流石にゲンナリとした。「DB!治療薬を与エル!直グニ飲メ!」フラフラと配膳口へ向かって、紙コップの液体を飲み干すと再びベッドへ横たわる。“うぬー!諦めんぞ!必ずや・・・”と心の中で呟いているとフッと意識が遠のいた。DBはまたしても眠らされたのだった。朝になって録画を確認した事業所長は「竹紐を隠し持っていたとは・・・、懲りないヤツだ!だが、視覚を奪った上に睡眠薬で眠らせれば、“イタズラ”をする暇もあるまい」と呟いた。「所で、赤字は解消されたのか?」「はい、100万円が送金されましたので、埋める事に成功しました」と部下が答えた。「赤痢に感染したのは、こちらの落度だがDBの意思を削ぐ効果はあったと見ていいな。今後は、なるべく眠らせて時間感覚を更に狂わせろ!本社の指示にもあったが、後半月が勝敗を分ける。DBの意思を折りさえすればいい!どの道、出口をこじ開けるのは不可能なのだからな!」「睡眠薬も大量に送られて来ています。策は図に当たると思います。寝ていてくれれば、食費も抑えられますし赤字になるのも回避できるかと」「うむ、DBの賃上げも決まった。予算的には少しでも余裕が必要だ。上手くコントロールしてくれ!」モニタールームからデスクに戻った事業所長は、改めて本社からの指示に目を落とした。「これで上手く行かなかったら、責任問題に発展しかねん!心してかかれ!」「はっ!」部下は事業所長室を辞して行った。

大急ぎで日本に引き返して、午前3時。八王子“司令部”。“シリウス”はサーバーのデーターを検証していた。心配された“ゲーム”の駆逐とサーバー内のデーター保存状況は、共に問題なく解決を見ていた。データーは、カテゴリー毎に自動的に振り分けられる様に設定されており、フォルダ毎に整然と格納されていた。“ゲーム”の駆除も早々にケリが付けられた。今、“シリウス”が取り組んでいるのは、“基地”のサーバーへデーターを転送するための予備作業だった。「サーバーを設置して使ったヤツは、余程几帳面なヤツだな。呆れるくらい綺麗に片付いてやがる。さて、遠隔は繋がったままだから、“基地”のサーバーに領域を確保して、転送を開始するか!」“シリウス”は慣れた手つきでキーボードを叩くとデーター転送を開始した。「はい、よしよしよし、これで最低3時間は仮眠出来る。N坊と交代だ!」“シリウス”はN坊を起こした。「うんぁー、“シリウス”時間か?」N坊が半寝ぼけで言う。「データーの転送を開始した。ウォチしててくれ。俺は暫く寝かせてもらうよ」「了解!目覚ましを午前6時にセットしといてくれ!F坊を起こすには1台でも多い方がいい」N坊はPCの前に座るとそう告げた。「コーヒーは後ろにあるし、食料は3階に残ってる。腹が減ったら食べてくれ」“シリウス”が寝袋に潜り込みながら言う。「あいよ!おやすみ!」N坊は“当直”に着く。“シリウス”が寝息を立て始めた頃、リーダーが3階からそっと降りて来た。「どうだ?」「今、“基地”のサーバーにデーターを転送していますよ。朝までには完了します」N坊が答える。「そろそろ、連絡が入ってもいい筈なんだが、“合同部隊”から何か言って来てるか?」「携帯に着信はありませんね。メールも無し」「何かトラブルでもあったのかも知れん!」リーダーは携帯の画面を目で追う。その時、外で大型トラックが止まる音が響いた。「戻って来たのはいいが、何があったんだ?」リーダーは慌てて外へ飛び出した。「どうした?“基地”へ向かったんじゃないのか?」リーダーは声を抑えて誰何する。「実は、奪取した“荷物”が途轍もなく重くて、キャリアカーの積載能力を超えてしまいました。無理矢理走って来ましたが、途中でリアサスのリーフスプリングが折れて、立ち往生してしまいました!これから“荷物”を降ろして救援に向かいます!」3軸車の隊員達から悲痛な声が返って来た。「重いってどの位あるんだ?」「2.5t以上はあるかと。ともかく尋常じゃあありません!」「それじゃあ“装甲車”と変わらんと言うのか?」「ええ、正に“装甲車”そのものと言ってもいいです!」「化け物か?!キャリアカーは何処に居る?」「“司令部”までの中間点付近です!」「分かった。ともかく至急救援に戻れ!夜が明ける前に“司令部”へ回送しないと厄介な事になるぞ!」リーダーの声が擦れた。「“荷物”は事務所の脇に降ろせ!後で入れ替えればいい!一刻も早くキャリアカーを助けに戻れ!」リーダーは荷下ろしを手伝うと3軸車を直ぐに引き返させた。「夜明けまでに必ず戻れ!」「了解!」3軸車はあたふたと来た道を引き返した。リーダーは“荷物”の中に潜り込むと、車検証を探した。探し当てた書類に目を通すと驚愕の数字が書かれていた。“車重2950kg”「化け物だな・・・、キャリアカーがエンコするのも無理はない!コイツを運ぶ前に、キャリアカーをオーバーホールに出さなきゃならん様だ!」リーダーの顔は青ざめていた。「さて、この“荷物”をどうやって遮蔽するかを考えなくちゃならんな!“基地”への運搬方法も含めて再検討だ!」シートが捲れない様に慎重に養生をすると、リーダーは事務所内へ戻った。

それから30分後、キャリアカーのキャビンが降ろされた。「どうやらオーバーヒートは回避出来そうだ。だが、油温がどこまで下がったかは分からん。エンジンを止めたらアウトなのは間違いないだろうな」水温計の針は丁度真ん中を指している。冷却効果はてき面だった。だが、エンジンオイルの劣化具合は分からない。アイドリング音は明らかに変化したが、吉と出るか凶と出るかの賭けを選ぶ訳には行かなかった。「八王子から連絡!これから引き返してくるそうだ!」セダンの隊員が叫んだ。「もう少しの我慢だ。警察無線はどうだ?」「大丈夫、沈黙してるよ!ヤツらも寝てるさ!」「夜明けが近いが、ギリで間に合うな!」隊員達にも安堵の表情が広がった。「固定してあるワイヤーを緩めて置こう。ゆっくり作業しているヒマは無いぞ!」彼らは出来るだけ速やかに積み替えられる様に、準備を開始した。待つ事、更に30分。遂に3軸車が現れた。キャリアカーの盾となっていたセダンが移動し、脇に3軸車がピタリと寄り添う。手早くワイヤーが回され、吊り上げに入る。重さから解放された車体が軋む。キャリアカーは漸く身軽になった。「エンジンは大丈夫か?」「自走は可能だが、ゆっくり行かせてもらうよ。先に八王子へ急いでくれ!」3軸車の荷台には灰色のシートが被せられ、黒のベンツもガッチリと荷台に固定された。「じゃあ、悪いが急ぐんで先に出るよ!」3軸車は猛然と走り出した。「さあ、俺達も戻ろう!」キャリアカーも八王子を目指して前進を開始した。加速はゆっくりだったが、神経をすり減らす様なドライブではなくなった。ドライバーが、ふと後ろを見ると2台のセダンが追走して来る。「どうした?先を急げ!」トランシーバーで促すと「悪いが、お前さん達を見捨てて、先を急ぐつもりは無い。万が一の時、レスキューしなきゃ恩義を果たせないじゃないか!」と言って来た。「みんながキャリアカーに救われてる。今度は俺達が助ける番だ!」「済まんな!お世話にならんようにするつもりだが、万が一の時は宜しく頼む!」3台は一団となって西を目指した。微かに夜明けの気配が感じられる時刻だった。

午前5時、大隊長は携帯の着信で目覚めた。周囲は明るさを増しており、日の出は間近だった。「はい、おはようございます」「大隊長、朝っぱらから済まんな。そっちに擬装網はあるかい?」リーダーは直ぐに用件に入った。「ありますよ。大きさは4軸の大型トラックも覆えるぐらいですが」「それを大至急、八王子へ届けて欲しい。厄介な“荷物”を預かるハメになったんだ」リーダーは“黒のベンツ”の件を大急ぎで説明すると、擬装網で覆って隠す必要性を訴えた。「分かりました。擬装網を積んだトラックを至急回送します。展開の方法はドライバーが知ってます。今から叩き起こして向かわせますから、午前8時まで時間を下さい。ええ、こっちは異常ありません。では」携帯を切った大隊長は、中型トラックのドアを叩いてドライバーを叩き起こした。「どうしました?こんな朝っぱらから?」「擬装網を八王子の“司令部”へ届けてくれ!厄介な“荷物”を隠すんだ!」「分かりました。到着予定時刻は?」「午前8時と言ってある。それよりは早く行けるな?」「了解です。じゃあ、一っ走り行って来ます!」中型トラックは直ぐに発進した。「ベンツで約3tとは、どんな化け物だ?」大隊長も首を捻ったが、想像は付かなかった。朝日が顔をのぞかせた。清々しい朝の光が煌めいていた。