limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑤

2019年02月27日 06時25分39秒 | 日記
サブプロローグ ~ 解脱・時空の彼方へ

土曜日は散々な眼に合ったが、話は大いに盛り上り夕食の直前まで話が途切れる事は無かった。夕食の時間を1つの区切として、やっと解放された僕は冷や汗を拭ってマイちゃんと食事の席に着いた。「○ッシー、ごめんね。悪気は無かったけど、あそこまで盛り上っちゃったら止められなくて・・・。本当にごめん!」マイちゃんが“にわか煎餅”を持ち出して僕をなだめにかかる。「まあ、あれだけ盛り上ってるのに、スッパリ斬るのは有り得ないだろう?今回だけだよ!フルメンバーが居たら収拾不能に陥ってただろうし・・・」僕は半分諦めていた。今回は特例として容認しよう。「そうだね。特例として認めてくれる?」「ああ、マイちゃんに拝まれたら断れないじゃん」「ありがとう!○ッシー!」笑顔が弾けた。「確かに、フルメンバーが居たら、聞けない事まで話してくれたから、すごく愉しかったよ!Aさんが居たら大変だったろうなー!」「それが回避出来たのが良かったな。外泊様々だよー」「○ッシー、この後どうする?」「2人でゆっくりと過ごそう。少し疲れたよ」「そうだね。喋り過ぎも疲れるもの。でも、寝る前に“ハグ”するの忘れないでね!」「はいはい」食事を終えると、僕達は並んで座ってまた話し込んだ。それぞれの病室へ別れる前、“ハグ”をした後、僕はマイちゃんにネックレスをかけた。「お守りだね」「そう、怖く無い様にね!」「ありがとう!○ッシー、おやすみ。また、明日」彼女は手を振って病室へ消えた。

明けて日曜日。マイちゃんは「○ッシー、ありがとう。昨夜はよく眠れた。効果抜群だね!」と言ってネックレスを返して来た。「本当か?」「うん、平気だった。でもね、夜中に翼のモチーフのペンダントが光ったの。蛍みたいに。あれって・・・」「僕の秘密の仕掛けって言いたいけど、本当かい?」「うん、間違いなく。○ッシー、もしかしてまた、戦いが起こるのかな?」「分からないよ。でも、誰と戦うんだ?」「Aさん!不謹慎な事考えてるから!」「おいおい、彼女に邪悪な輩は取り付かないよ!逆に逃げてくはずだろう?」「そうだね。考え過ぎかな?」「そうそう、さて、今日はどうする?」「ゆっくり行こう!」彼女は元気だった。検温が終わり、指定席で並んでいると「ねえ、○ッシー!あれAさんじゃない?」マイちゃんがナースステーションの方向を指す。「ありゃ?随分と早いお帰りだな。さては、沈没寸前か?」Aさんは、見るからに疲れ切っており、表情も冴えない。「あちゃー、最悪のパターンじゃない?」Eちゃんも顔を覆う。ご主人に付き添われて病室へ向かう途中、Aさんは力無く手を振る。「何があったのかしら?」マイちゃんが首を傾げる。「張り切って動き回った揚げ句のダウンロードってとこだろう。多分、1時間すれば本人から話に来るだろうよ!」僕は彼女の行動を推察して言った。「1時間で復活するかな?」「彼女の性格からして、話をばらまきに来なきゃ治まるはずが無い!まあ、様子を見てましょう!」僕は悠然と構えた。ご主人が病室を後にして、きっかり1時間後に彼女は現れた。だが、気になる¨爆弾¨も彼女は持ち込んで来たのであった。

「あー、もう限界だった!何であんなに疲れてしまうの?」「あれも、これもと欲張るからさ!ご主人に、お子さんに、猫に、HPの更新だろう?多分全部に手を出してない?」僕はさりげなく聞くと「当たり!どうして見てたかの様に言う訳?○ッシー、幽体離脱して観察してたの?」Aさんは、またまた可笑しな方向へ話を振る。「そんな事はしてません!ただ、推察すれば見えてくるだけ!ダウンロードでお帰りとなれば、それしか無いでしょ!」とダメを押す。「やっぱり一家に一台、○ッシーは必要だわ!」と泣きが入るが「ダメ!○ッシーは、みんなの共有財産だから!」と5人が合唱してボツに追い込む。「うー、そこまで言うの?」「○ッシーを守るためなら!」マイちゃんが止めを刺す。「でもね、あたしある情報を掴んだのよ。S西病院に、SKが潜んで居るらしいのよ!」「おいおい、S西だったら目と鼻の先じゃないか!裏は取れてるのかな?」背筋に冷たいモノが流れる。「クリソツ顔のお姉さんが毎日現れるって話よ!間違いなく、信憑性はあるわ!」SKがS西病院に潜んでいる!この情報は衝撃を持って受止められた。しかも目と鼻の先である。「それが確かだとすれば、脅威になるな!“返り咲き”を狙ってると見た方が正しい。容態が戻れば、クリソツ顔のお姉さんの日参が始まりかねない。Aさん、その他の情報はあるの?」「ここで言う“監獄”に入っているって話よ。たまに外に出ると、男性に“あたしとメル友になってくれませんか?”って必ず話しかけてるらしいわ!直ぐに看護師に阻止されるらしいけど」「ふむ、かなり重症だな。ブラックホールの淵に手がかかってる感じだ!」「あたしもそう直感したの。どっちにしても落ちる寸前じゃないかな?」Aさんが推測を述べた。「いずれにしても、S西病院に眼があるなら、経過観察をする必要があるな!Aさん、継続して情報を掴めそうかな?」「○ッシーならそう言うと思って、手は打ってあるわ!動きがあれば、リアルタイムでメールが届く様に依頼してある!」「ありがとう。しばらくは様子を見るが、用心に越した事は無い。ナースステーション周辺を重点的に見ていこう!」その場の全員が頷いた。悪い予感は良く当たると言うが、今思えばこれが“前兆”だった。

昼食後、僕は倦怠感に襲われ病室に引き上げた。「無理しないで。○ッシー最近、かなりの事やってくれてるし、ブッ倒れてから1週間も経ってないんだもの。あたし達は大丈夫だから、少し横になりなよ!」マイちゃんに背中を押されての引き上げだったが、正直な話ホッとしたのも事実だった。ベッドに横たわると急激に意識が遠のいて行った。ブラックホールに吸い込まれる様に闇の中へと急激に落ちて行った。

今から4億3千万年前、地球から約6000光年離れた恒星が超新星爆発を起こし、γ放射線バーストが地球上に到達して生命体の大量絶滅が起きている。超新星爆発の直前、地球上の北極点には、巨大な人工氷で作られた強固な城郭があった。その最上階に光に満たされた部屋はあった。正確には、光ではなく強力な思念が満ち溢れ輝いていた。その思念を発して居たのはSKであった。彼女は、部屋の中心に浮遊し眼を閉じて¨ヴァルハラ¨を操って居る。暗黒の渦巻く不気味な球体は、大気を切り裂いて地上を縦横無尽に動き回り、生命体を容赦無く飲み込んでいた。¨ヴァルハラ¨の直径は月の半分にまで成長しており、まさしく¨餓えた野獣¨さながらだった。やがて、¨ヴァルハラ¨は月の軌道との中間点へ移動して、固定された。SKは静かに眼を開くと、「コンスタンス!」と呼びかけた。SKが呼ぶと上半身が狼の様な異星人が現われた。「お呼びですか陛下」と膝をついて頭を下げる。「ウイラーとギルもここへ!」2人の異星人が膝をついて頭を下げる。“ウイラー”は上半身がバッタの様で、“ギル”はカエルの様だ。「コンスタンス!コル星系からの攻撃部隊の全容は掴めたのか?」「はっ!全部で100隻の艦隊がこちらに向っているのを捉えました!現在、5000光年まで接近して来ております」「我らの戦力の倍ではないか!迎撃体制は?」「太陽系外周に全艦隊を集結させつつありますが、数では圧倒的な不利は否めません。しかし、戦士達は死力を尽して陛下をお護りするべく出撃致しました!」ウイラーが報告をする。「残っておる者達は、土星軌道に展開、最終防衛線を築く予定でございます!」ギルも報告を行った。「前回の戦いから、まだそれほどの時が過ぎておらぬではないか!負傷した者達も出たのか?」「はい、コルは手強い相手。全兵力を持って迎え撃ちます!」コンスタンスが悲壮な決意を述べる。「そなた達は、その様な悲壮な事を命じたのか!何故、我に申さぬ!」SKはいきり立って激怒した。「前回は、未完成故にそなた達に無用の傷を負わせたが、今回は違う!ファンタシズムプラネットを持って我が行く!」SKは語気を強めて言い放った。「ファンタシズムプラネット!」「では遂に・・・」コンスタンスもウイラーもギルも恐怖の声を上げた。「コルの艦隊100隻か。丁度良い餌食よ!“ヴァルハラ”がより強固に揺ぎ無く存在するには、格好の獲物。“ヴァルハラ”よ!行くがいい!!」SKが叫ぶと“ヴァルハラ”は瞬く間に消え失せた。「半日もあれば、“ヴァルハラ”は戻る。その時には超新星爆発如きでは微動だにせぬ強固な姿となろう。コンスンス!味方の艦隊を木星宙域へ集結させよ!γ放射線バーストはそこで食い止める!」「はっ!」コンスタンス以下2名は平伏した。“戦士よ、今はこれまでだ。時を戻す”不思議な声が聞えて、急速に闇へ引き込まれて行く。意識が薄れ闇に沈んだ。“彼らは銀河の中心から来た者達だ。コル星系もしかり。遥かな過去にオリオン腕星域には、多様な種族が頻繁に訪れていた。SKは、彼らを懐柔して配下に従えたのだ。SKはいずれ倒さねばならぬ。そうしなくては、現在のそなた達が危うい。SKは過去の時空で再起を図り、巨大な力を手にした。力を蓄えよ!戦いの時は迫った”声が消えると意識が戻った。「ここは、どこだ?」呻く様に言うと眼が覚めた。自分のベッドに横たわっていた。コントの一幕を見た様な気分になり、噴出したが、妙な感覚に襲われた。「ファンタシズムプラネット“ヴァルハラ”とは何だ?異星人達は、何故SKに従っているんだ?未来ではなく、過去の世界を見たのか?」様々な疑問符がぐちゃぐちゃになって、一気に押し寄せた。「疲れてるなー。もう少し横になってるか?」しばらくすると自然に眠った。今度は何も見聞きはしなかったし、不思議な声も聞えなかった。

「ねえ、○ッシー、それって真実じゃないかな?」マイちゃんは、真顔で言う。「信じるのかい?あのコント見たいな夢を?!」「だって、SKって言えば¨多面性¨、それもかなり極端な顔を見せてたでしょう?」「まあ、それは否定しないね。¨20代の普通の顔¨や・・・」「男性に媚びる魔性の顔¨それに¨同性に対する悪魔の顔¨!思い出すだけでもこれだけあるんだよ!¨悪魔に魂を売った残忍な顔¨が有っても不思議じゃなくない?」ここは、デイ・ルーム。他人には聞かれたく無いからとマイちゃんが、力説して2人だけで話をしている最中だ。「SKが過去の世界で、力を蓄えて現在に現れたらどうなると思う?前にも戦った○ッシーなら分かるでしょう?彼女の歪んだ思考が、如何に恐ろしいか!」「うん、尋常じゃ無かったよ。でも、危機が差し迫ってるのが間違いないとしたら、どうやって阻止する?武器も力も差があり過ぎる!」「でも、SKと対等に戦えるのは、○ッシーだけ。世界中の平和を護るのは貴方しか居ない!神様の暗示だよ!間違いない!」マイちゃんは信じ込んでいた。「今夜、○ッシーは召喚されるかもね。例え厳しくてもあたし達のためにも戦って来てね!今度こそSKを遥か彼方に封じ込めるの!」「いや、解脱させるしかあるまい」僕は直感的にそう感じた。「解脱って、何をするの?」「生まれる以前に戻すのさ。記憶を全て消し去るしか無いね。幼子に戻すとしたら、悪魔を呼び込む悪心も消える事になる」「そんな事、出来るのかな?」「彼女の心はかなり傷んでいる。修復が不可能なら、生まれ変わらせるしかあるまい」「生まれ変わらせるなら、記憶は消えるのかな?」「消えてくれれば、悪影響は出ない。家族は絶望視するだろうが、悪心を祓うにはそれしか無い!」「何か○ッシーなら出来そうな気がする。理由は説明出来ないけれと、多分やるんじゃない?」「多分ね。神仏の力が有ればね」僕は漠然と言った。マイちゃんは、遠い眼をして外を見ている。木々は色づき始めて、色彩に溢れ様としている。「○ッシー、必ず戻ってよ!どんなに傷付いても、あたし達の場所へ必ず戻って!」マイちゃんはそっと肩に抱き付いた。「行くとは決まって居ないが、僕が戻らなかった事があったかい?僕はここへ必ず戻るよ」静かに確かに僕は言った。「待ってるから」マイちゃんはそう言ってくれた。日は西に傾いた。「そろそろ戻ろう!みんなが待ってるよ!」「ああ、彼女達を待たせると大変だ」僕らは病棟へ向かって歩き出した。何気ない日常の光景が、当たり前にあった。そして、マイちゃんの予感は的中した。

闇から声が聞こえた。“戦士よ!目覚めよ。戦いの時が来た!”ゆっくりと起き上がり、時計を見る。時計の針は午後11時を指している。「誰だ?僕を呼んだのは?」小声で呟くと“戦士よ!目覚めよ。戦いの時が来た!”と今度は心の中に大きな声が響いた。「阿修羅!」写真でよく見る阿修羅が枕元に浮遊していた。極彩色と金と銀を纏った阿修羅は、光の環を放った。“そちの霊魂と肉体を分離する。眼を閉じて待つがいい”僕は目を閉じた。“開眼するがいい”阿修羅に言われて眼を開けると、北極の遥か上空に僕と阿修羅は浮遊していた。“そちの時代より4億3千万年前、巨大な星の爆発でのγ放射線バーストにより、地球上の生命は、大量絶滅追い込まれたことになったとされている。だが、それは違うのだ。”「何が違うと言うのか?」“これを見るがいい”阿修羅は光の環で窓を作り、遥か彼方の虚空を見せた。暗黒の渦が宇宙艦隊を飲み込んでいた。「まさか、“ヴァルハラ”か?!」“そうだ。古ノルド語で「死者の館」を意味する悪魔の渦だ。あれを操っている者は誰か?そちには見えていよう!”「SKか!また邪悪な者達に取り付かれたとでも言うのか?」“SKそのものが邪悪に目覚めたのだ。今、正にヴァルハラを操り、宇宙の生命体を殺戮し続けておる。そして、銀河中から奴隷として異星人を集め、思うがままに生きておる。SKに立ち向かい邪悪を鎮められるのは、そちのみ。SKの霊魂を解脱させるのに、手を貸してはくれぬか?”「阿修羅よ。僕にはその様な力は無い。仏の力と言っていいのか疑問だが、そのような力も無く素手で何が出来る?」“案ずるな!これよりそちに力を授ける。十二神将よ!戦士に力を与えよ!”薬師如来三尊と共に十二神将が現れた。神将達はそれぞれに甲冑の一部と武器を光に変えて僕に与えた。与えられた甲冑は銀色に輝き、剣は金色に光っていた。兜の中央に阿修羅が進み出ると、吸い込まれるように一体化した。“我らは、そちと共に最期の戦いに挑む。周りを見るがよい”阿修羅に促されて周囲を見ると、菩薩や力士達が周囲をぐるりと取り巻いている。僕の背後には千手観音菩薩が着いた。“SKの霊魂を千手観音菩薩の手で涅槃に送ればよい。では、参るぞ!”「待ってくれ!ここはどの時代なのだ?」“そちの時代より4億3千万年前だ。時間を巻き戻して旅をしておる。案ずるな、戦いの後は元の時空へ戻す。さあ、SKがヴァルハラを動かしている今が好機!一気呵成に事を運ぼう!”僕の意思とは関係なく、仏達と共に降下は始まった。“SKは、北極点に堅固な城を築いている。邪悪な者達は、十二神将と力士達が祓って行く。そちは、我らと共にSKのみを狙う。激しい戦になるだろうが、そちの力を信ずるぞ!” 千手観音菩薩が言う。「SK!今度こそ最期だ!安らかな世界へ連れて行ってやる!」僕は腹を括った。戦いの火蓋は切って落とされている。ならば、やるしか、戦うしか無かった。

金色に輝く剣は、次々と異星人達を切り裂いて蒸発させた。十二神将と力士達は無敵の力を余すことなく開放して行った。異星人達は総崩れとなり、戦闘は仏達に有利に展開して行った。僕と十二神将と力士達は城の外壁を攻撃し始めた。堅固を誇った城はたわいなく崩れて行った。SKにとって誤算だったのは、異星人部隊の主力が遥か彼方に展開していた事と、ヴァルハラを動かすのに全力を尽くしていた事だった。僕達の接近は察知されないどころか“奇襲”となって完全に虚を突く形となった。「おのれ!薄汚い異端者共!我の裏を取るとは!コンスタンス!ウイラー!ギル!防衛線はどうなっておる?」「はっ!異端者共は四方より一斉に攻撃を仕掛けて来ております!突破されるのは時間の問題でございます。陛下には、一刻も早くヴァルハラへの御遷座を!」3名の者達は必死に訴える。「うぬー、止むを得ぬか!一時手を引く!ヴァルハラへの扉を開くまで持ちこたえよ!」SKは思念を込めようとした。外壁が轟音を上げて崩れ始めた。SKの居る部屋の壁にも大穴が空いた。「貴様は?!」SKがこちらを向いて驚愕した。「SK、もう逃げられないぞ!ヴァルハラに行くなら僕を倒してから行くがいい!」千手観音菩薩を背に僕は剣を構えた。「異端者が何を言うか!」ギルが銃口を向けて突っ込んで来た。銃口からのエネルギーは、具足に跳ね返され散った。剣を一振りすると、ギルは蒸発して消え失せた。「おのれ!薄汚い異端者がー!」コンスタンスとウイラーが左右から飛んで来る。2人は剣を向けて切り込んで来た。右に左に剣を振るうと2人は、真っ二つに切り裂かれ蒸発した。SKはコンスタンスの剣をかざすと、浮遊状態で構えを取った。剣は赤黒く長く伸びた。「決着を付けてやる!3人の仇!消え失せろ!」猛烈な思念が込められた剣は、僕の金色の剣を蒸発させ、胸の付近を切り裂いた。同時に拳と手刀が襲い掛かる。具足は切り裂かれ、顔やボディーに拳が食い込んだ。流石に足がよろめき血が流れた。ダメージは前回にも増して強烈だった。「我は無敵!如何に仏の力があれど、使いこなせなくては無用の長物に過ぎん!」SKが薄笑いを浮かべる。再び、拳と手刀が襲い掛かる。SKも剣を掲げて斬り込んで来る。だが、スローモーションの様にゆっくりとしか進んで来ない。進路が見えるのだ。数cmの単位で剣と拳と手刀をかわす。「なっ何故だ!音速をかわせる訳が・・・」SKの顔に変化が見えた。明らかに動揺している。再び、剣と拳と手刀が襲い掛かるが、亀の歩みのようにスローな動きにしか見えない。僕は余裕をもってこれらをかわした。「何故だ!何故かわせるのだ?!音速の20倍の速度を!」SKは青ざめた顔に変わった。「まさか・・・、光速で動けるのか?!」僕は答える代わりに五鈷杵を首元から取り出して構えた。中心の刃は長く伸びて赤紫に輝いている。「SK!無駄だよ。いくら攻撃しても手は見える。これが最期だ!行くぞ!」僕は初めて前に進んだ。SKのホディーに猛烈な蹴りを連続して入れ、顔を殴って壁へと追い込む。剣を奪いSKの腹に突き刺し壁に押し付ける。音速でしか動けないSKはなす術が無かった。「我は・・・、無敵・・・、神聖・・・、カシリーナ王国・・・の支・・・配者にして、・・・絶対的な・・・」口からは赤黒い血が噴き出し、息も荒くなった。僕は「邪心よ!遥か彼方へ去れ!」と叫んで五鈷杵の刃を額に突き刺した。七色の光がSKを包んだ。SKの体は光の粒となり足元から崩壊していく。五鈷杵の刃の先に光の玉を残して。五鈷杵の刃を収めると、光の玉を両手に包んで振り返り、千手観音菩薩に委ねる。“千眼は開かれたり。さあ、我と共に涅槃へ!” 千手観音菩薩はSKの霊魂を抱いて宇宙へ昇って行った。轟音と共に城は崩壊していく。僕も千手観音菩薩を追って北極上空を目指した。仏達も集まって来た。“戦士よ!SKの霊魂は涅槃へ向かった。数百億光年の彼方だ。もう案ずることは無い。今、具足を外そう” 薬師如来三尊と共に十二神将が現れ、具足が光に変わり取り外された。傷口は薬師如来によって修復された。阿修羅が再び姿を現し、仏達は月へ向かって行った。“これより時を戻す。眼を閉じて待つがいい”僕は眼を閉じた。“開眼するがいい”眼を開けると病室のベッドの上に浮遊していた。“霊魂を肉体に戻す。また、逢おう勇敢なる戦士よ”阿修羅は光の環を放ち闇に消えて行った。ガクっと体が揺れた。ベッドの上に上半身を起こした状態で僕は現在に戻った。倦怠感と息苦しさを感じた。時計の針は午前5時を指している。必死にナースコールを探してボタンを押したところで意識が途切れた。

気が付くとクリーム色の天井が見えた。必死に首を動かして周囲を見るとピンク色のカーテンが目に飛び込んで来た。「ここは、どこ?」酸素マスク越しに言うので声は届かないかも知れなかった。不意に赤紫の制服を着た看護師さんが真上に来た。「あっ、気付いたわ。待ってて、先生を呼んで来るから」そうだ、ここは病院のICUだ。ナースコールを押した所までの記憶が蘇る。倦怠感に呼吸困難、そして意識の喪失。恐らくICUへ搬送されたのだろう。枕元にはネックレスが置いてある。CTやX線も撮ったのだろう。翼とクロスのモチーフに光る石が煌めいている。以前は無かったものだ。夢は現実だったのか?それは今も分からない。SKを解脱させたのは間違いないだろうと思った。ICUの先生が来た。「ちょっと診察させて下さいね」と言って聴診器を当てる。「バイタルは?」「安定しています。呼吸数、血圧共に戻りました。心拍数も正常」「病棟に連絡。もう、大丈夫。病棟で経過観察にしましょう」ストレッチャーが用意され、病棟から迎えの看護師さん達が到着する。Kさんも居た。「戻って来たね。病棟に帰ろう。丸1日、意識が無かったんだよ!」予測を超えた現実だった。24時間以上経過していたとは、そうなると・・・。「分かってると思うけど、火が消えたみたいに静まり返っているのよ。何とかして頂戴!貴方が戻らなくては彼女達、断食まがいの行動に走りかねないわ!」Kさんが止めを刺す。やはり・・・、“お通夜の席”になってるのか。病棟へ向かうエレベーターで顔を撫でる。ヒゲが伸びている。はてさて、これからどうなるのか?騒ぎは妙な方向に拡大していなければいいが。病棟へ戻ると、ナースステーション内の処置スペースへ運ばれ、主治医が改めて診察を開始した。点滴ラインに3つのバックが繋がれフックに釣り下がる。結果は「点滴を終えたら病室で経過観察」と出た。酸素マスクは外された。「〇ッシー、戻ってくれたね」マイちゃんが代表してやって来たらしい。半泣きだが、しっかりと右手を握りしめた。「ああ、戻ったよ。倒しても来た」「みんなに報告して来るね。もう、大丈夫だって」「悪い。頼むよ」短い会話だったが、彼女は涙を拭って歩き出した。間もなく女の子達の歓声が聞こえた。「やれやれ、退院するとしたら、力づくで引き止められるわね!」Kさんが苦笑していた。その日は病室からは出られなかったが、翌朝からは通常通りでいいと主治医の許可も出た。僕はネックレスを首に吊ってから眠った。その夜は、何事も起こらなかった。

翌朝、看護副師長さんを筆頭にゾロゾロと“検温部隊”がやって来た。主治医の診察に加えて厳重なバイタル管理が図られた。「2週間も経たない内に2度も倒れるなんて、何かあるはずです!徹底的に調べて!」全身をくまなく洗われていくが、異常は見つからない。主治医も「当面、様子を診ましょう」と言って“外出禁止”を申し渡された。Mさんも「今度こそ大人しくしているのよ!」と言って厳しい表情を見せた。「はーい、気を付けます!」としおらしく言ったものの、その気は全く無い。慌しくヒゲを撃退させると、着替えを済ませて指定席を目指す。廊下を歩き出すと「○ッシー!凱旋おめでとう!」と女の子達が群がって来る。「凱旋とは何の事かな?」ととぼけるが、彼女達は「SKを撃退して来たんでしょう?」と確信を突いて来る。「みんな!○ッシーが帰って来たよ!」「お帰り!」「大丈夫?無傷だよね?」「SKはどうなったの?」「早く聞かせてよ!」と矢継ぎ早に声が飛んで来る。「はい、はい、はい、先ずはこの人にご挨拶!」Aさんがマイちゃんを引っ張り出して来る。「○ッシー、お帰り。無事に戻ってくれたね!」マイちゃんが右手を差し出す。左手でそっと握り返して「ああ、無事に戻ったよ」と返すと「バンザーイ!」と雄叫びが上がった。「やれやれ、やっと普段の景色に戻ったわね」ナースステーションでMさんがため息を付いていた。「○ッシー、SKはどうなったの?早く教えてよ!」Aさんが急かす。「聞き取り調査に応じないと、解放しないつもりかな?分かった!全てを話そう!」僕は仔細に渡って夢の事を話し始めた。彼女達は熱心に聞き入り頷いていた。

その日の夕方、病室へ戻っていた僕にナースステーションから呼び出しがかかった。ステーションの前で僕は我が眼を疑いかけた。「SK!」だが改めて見入ると背丈が違うし、ずっと大人びている。「〇〇さん。お休みの所申し訳ありません」彼女はそう言って頭を下げた。SKの一番上のお姉さんだった。眼を疑う程クリソツ顔だ。僕はホールのテーブルに案内すると話を聞いた。「実は・・・、一番下の妹が、記憶を完全に失ってしまいまして・・・、何か記憶を呼び覚ます様な写真などをお持ちではないかと思いまして・・・」彼女は困惑を隠そうともせずに言った。家族の口から直にSKの“記憶喪失”を知らされるとは思いもしなかったが、彼女はすがる様に僕を見ていた。「“記憶喪失”ですか・・・、何も思い出されないと言う事ですね?」「はい、幼児期まで戻ってしまった様でして、母の名前も忘れております。かろうじて私が姉だとは認識してくれているのですが、何かキーになりそうなモノをお持ちでしょうか?」「残念ですが、私も何も持ち合わせがありません。携帯番号とメルアドを知っているくらいでして。彼女とは“退院したらメール交換しよう”って言ってましたが、あいにくまだこの有様です。仲間の女性達にも聞いて見ましょうか?何か出て来る可能性はありますが?」「ええ、お願い出来ますか?」僕は近くに居たメンバーの子に非常招集を依頼した。しばらくすると、一群がテーブルを取り囲んだ。「SKさんの写真とかメールとか持ってる人はいるかい?絵でもメモでも何でもいいから」僕が聞くと「彼女からもらったメルアドのメモならあるよ」「うーん、写真は探しても見当たらない」「タバコも頻繁に変えてたから銘柄もどれを言えばいいか?」「好きなお菓子とかも好みがわからないなー」とポツリポツリとしか情報は出て来なかった。それでもお姉さんはメモを取り細かな点を聞き取った。「ありがとうございます。貴重な情報を頂きました。では、これで失礼します。みなさんもどうかお元気で!」と言うと彼女は深々と一礼して病棟を去って行った。「○ッシー、家族にとっては悲劇だね。何も覚えていないなんて」1人の子がポツリと言った。「いや、僕はそうは思わない。心を邪悪に乗っ取られるよりは、幼子のままでいた方がしあわせだと思うよ。少なくとも痛い目には合わずに済む。血を流すよりは、“記憶喪失”のままで居られる方がいいだろう。暴力や暴言、怪我に苦しむよりは、今のままで居るのが最善さ。時間は掛かるが、家族にとっても後々のためにもね」僕は自身に言い聞かせるように言った。数百億光年の彼方に封じられた心は、もう暴れる事は無いはずだ。全ては時が解決に導くと。
「数百億光年の彼方へ邪悪な心は封じられた。僕達に害を成すことはもう無い。これから、例え記憶が戻ったとしても、SKがここへ現れることは2度と無いだろう!」「○ッシー、断言しちゃっていいの?」マイちゃんが尋ねた。「ああ、闇の彼方へ送った以上、簡単には帰っては来れない。光のスピードでも数百億年かかるんだ。もう、心配はないだろう」僕はそう言った。「数百億年後はどうなるのかな?」マイちゃんが更に聞いて来る。「後、50億年経てば、太陽は膨張して地球上に生命は存在出来なくなる。それよりも更に後の後にならないと邪心は戻らない。太陽系そのものが消滅してしまえば、邪心も戻る場所を失う訳だから、永遠に闇を彷徨う事になるね。広大な宇宙空間をね」「想像もつかないけど、太陽もやがて燃え尽きるってこと?」「ああ、人の一生なんて、宇宙では一瞬の煌めきにすぎないよ」「何で○ッシーはそう言う知識があるの?カメラの設計に関係あるの?」「あると言えばあるし、無いと言えばない」「どっち?!」マイちゃんが焦れる。「あらゆる引出しの中から答えを繰り出すためには“広く浅く”学んで置く事さ!今は無駄かも知れない事も後々役立つ事もある」「これが結末か・・・、○ッシー、本当にこれで最期だよね?」Eちゃんが聞いた。「ああ、そうだ。もう、戦う相手ではないよ」僕は静かに答えた。首元がキラリと光った。翼とクロスのモチーフのペンダントには光る石が煌めいている。これがSKとの“終戦”であった。

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ④

2019年02月23日 23時32分36秒 | 日記
「じゃあ、行って来るね・・・」心残りを滲ませて1人、また1人と外泊へ出発していく女の子達。「風邪ひくなよ」と僕が声をかけると、みんな頷いて行く。金曜日の午後は、見送りが続いた。マイちゃんは、どこかに出かけたのか留守だった。ガランとした指定席でする事も無くホールを眺めていると、マイちゃんが走って帰って来た。「どうしたの?そんなに慌てて?」「○ッシー、遠藤さん覚えてる?」「忘れる訳が無いよ。先代の横綱にして、僕をここに座らせた張本人だもの」「遠藤さんがね、○ッシーに“これからも、みんなのために戦ってあげて”って言ってたよ!SKとの激闘の事話したら“異次元で本当に衝突したんだろうね”って信じてた!」「向うから何か言って来た訳?」「久し振りにメールが来て、今までデイ・ルームで直電してたの。相変らずみたいだった。でも、元気そうだったよ!○ッシーに“くれぐれも宜しく伝えて欲しい。ただ、無茶はするな!”って言ってた」「“無茶はするな”か。そう言う方向に仕向けたのは誰だと思ってるんだ?」「多分、○ッシーは“そう言ってボヤくだろう”って予言してたよ。さすがは遠藤さん!遠くに離れてもちゃんと見えてるなー。そう言えば、みんな出発して行ったの?」「ああ、未練タラタラでね。Oちゃんも“帰って来るまで居なくなっちゃダメ!”って釘を刺して行ったよ」「甘いなー、Oちゃんが留守したならその間は、○ッシーをあたしだけが独占出来るもの!安々と明け渡すもんですか!」彼女は急にムキになる。「何処にも行かないって言うか、出られないんだからそんなにムキにならなくても・・・」「ダメ!○ッシーは渡さない!あたし決めたから!」決然と言い放つマイちゃんはちょっと怖かった。

夕食を済ませると、喫煙席は必然的に僕とマイちゃんの2人だけになった。広く使えばいいのに、僕らは当たり前の様に指定席に納まる。着かず離れずの距離感を取るのが自然の行動として染み付いているからだろう。「ねえ、○ッシー、¨ズンさん¨の事、聞いてもいい?」「どう言う風の吹き回しかな?彼女の何を知りたいの?」「中学の頃から知ってた?」「いや、¨ズン¨は県外からの受験生だったから、過去はあまり知らないんだよ!分かってるのは、小学生の頃に4回、中学生で1回の合計5回もの転校を経験してるって事だけ。お父さんの仕事の関係で、中々留まれなかったって話だ」「えー、凄い転校歴だね!」「裁判官と言う職務上、転勤は不可避だったらしい。いじめにも合ったし、友達とも直ぐに別れたり、悲しい日々だったって¨ズン¨も言ってたな。だから、高校では¨転校なしで3年間を過ごしたい¨って言って頑張ってた」「そうか、だから○ッシーの¨女の子選考基準¨の例外なのね?」「そう、彼女だけは例外だった。他にも道子や、ゆきえ、中島や堀川とかも居たけど、常に追いかけてたのは¨ズン¨だった」「4人の子の名前が出て来たけど、グループ?」「そんな感じ。お茶会の面子だよ。担任に井口明美先生も加わった10人くらいの同級生達が、生物準備室に溜まって昼休みに紅茶を飲んでた!そこで、色々あったんだ」「具体的には、何をやってたの?」「そうだね、先生に対して策略を巡らしたり、男女派閥の仲裁に入ったり、何でもありだったな。今の原点は、間違い無くあそこから始まってるね。いさかいの解決とか、恋愛相談とか、諸々の¨お悩み相談屋¨。正し、グループ内の事はテーブルに乗せない!それが暗黙のルール」「じゃあ、誰かが○ッシーの背中を追ってたとしても、グループ内だったら、相談しないって事?」「そう、個人的には色々あったけど、面と向かっては言わない。僕も可能な限り女子にも男子にも¨公平に接する¨様にしてたし、鈍かったせいもあって¨眼差し¨に最後まで気付かなかった。堀川には気付いてやれなかったなー。¨ズン¨に言われた時には、卒業式も謝恩会も終わって、駅で別れた後で¨あんた程の鈍感をずっと見てた堀川ちゃんが可愛くないのか!¨って、怒られた。でも¨あたしも同罪。チャンスを握り潰したのは、裏切りだから¨って言って駅のベンチで泣いてた。ハンカチを差し出したら¨あんたは優し過ぎるのよ!¨って大泣きしながらブレザーにしがみついて来た。¨ズン¨も気付いてくれてたけど、堀川の手前、感情を押し殺すしか無かったんだよ。最後になって、ようやく¨仮面をかなぐり捨てて¨本心を言ったんだ。けれど、遅過ぎた。もう、それぞれの道へ別れなきゃならなかった。彼女は¨5年間辛抱すれば、あんたは、誰も届かないトップレベルの技術者になる。そして、その頃には必ず誰かが傍に寄り添ってる。あたし達の事は今日ここに置いてきぼりにして行って!¨と言って僕のネクタイを緩めて持ち去ったよ」「何か、切ないね。互いに思いはあったのに、すれ違いなんて悲し過ぎない?」「でも、それが¨ズン¨と僕の宿命だったのは間違いない。彼女は、美容師を目指してたし、例え僕が¨ズン¨追いかけたとしても、いずれは別れる事になってたと思う。そうだとしたら、お互いもっと辛かっただろうよ」「じゃあ、¨ズン¨と別れて無かったら、今こうして○ッシーの隣に居る事も無かったのね。不思議だけど¨すれ違い¨があったからこそ出逢えたのかな?あたしは¨ズン¨に感謝しなきゃいけなくね!」左腕にマイちゃんがしがみついて、必死に離すまいとする。「そんな事しなくても、何処にも行かないよ。怖いの?」「うん、怖い!だからこそ、例え大昔の事でも焼きもちを感じるし、不安になる。だから、逃がさないように捕まえてる!」「だったら聞かなきゃいいじゃん!」「ダメ!一切合切吐き出しなさい!取り調べはまだ終わってないから!あたしを納得させるまでは、素直に白状しなさい!」マイちゃんの眼が吊り上げる。「では、次に犯人としては何を白状するんですか?」僕は静かに聞いた。「堀川さんって、どんな感じの子?例えば看護師さんなら誰に似てる?」「九条さんが一番近いかな?髪型は¨聖子ちゃんカット¨だけど」「流行ったよね!¨聖子ちゃんカット¨懐かしいなー。でもさぁ、そうすると、○ッシーの¨女の子選考基準¨からは、外れるよね。それなら友達・同級生としての認識しか浮かばないか。¨ズン¨は?」「Fさんを一回り小さくした感じで、少し可愛くすれば似てるかな?」「へー、例外って言うのはそう言う事か?○ッシーでも丸っこい子を見初める事はあるんだ!」「何で妙に納得してるの?」「文字通り以外だから。でも、性格も含めたトータルでの話でしょ!」「当然。人として思いやりがあるか?も含めてね」「それも、今に通じてるね。みんなとの接し方を見てれば分かる。○ッシーは外見だけでなく、心の内を見極めてるよね。何よりも¨人を思いやれるか?¨を大事にしてない?」「みんな、背負ってるモノは違うけど、ここで大事なのは¨思いやりの心¨だと思うね。その人の立場に立っての意見や指摘が出来るか?は、人としての基本的な部分だからね。色々な議論はあっても、最後は必ずみんなが納得する事。¨そうだね¨って言ってくれる様にまとめる事。それだけは、最低限守って来たつもり」「そう言う方向に持って行くの○ッシー得意だもの。脱線しても必ずコントロールしてくれてたね。だから、みんな自由に言えるし、言いにくい事も出せるんだろうな。だから愉しいし、雰囲気もいい。助け合いも生まれるし、救いの場にもなってる。あたし達って結構凄い事してるんだね!」「ああ、奇跡的にそうなってる場合もあるけど、オアシスとしては上出来だね!」「でも、○ッシーのキャパもそろそろ限界だよね。もう1人誰か居てくれてたら、あたしも安心感を持って居られる。今日みたいに」マイちゃんは膝に座り込みに来た。首に腕を回して¨お姫様抱っこ¨の様な姿勢を取る。「おーい、動けないんですけど?」「捕まえた!離さないからね!」マイちゃんは離すまいと押さえ込みに入る。「ちゃんと見てる、見守ってる。寄り添って、置いてきぼりなんかにしない。明日はどうする?みんなほとんど帰ってるから、4~5人集まるかどうか?」「明日考えればいいじゃん!それより、寝る前にちゃんとハグしてよね!」マイちゃんにしては、珍しく甘えが出て居る。多分、Oちゃんが居ないからだろう。寝る前に¨儀式¨を済ませると、彼女は笑顔で病室へ戻って行った。「何が“引き金”になるか分からないか・・・、とにかく見守り続けるしかないな!だけど、今日のマイちゃんは、どうしたんだろう?」彼女の甘えに一抹の不安を覚えつつも、その夜は床についた。

「○ッシー、おはよう!」朝からマイちゃんは元気だ。「病室に1人で大丈夫だった?」「さすがに静か過ぎて不気味だった。だから、早めに出てきたの。○ッシーも早いじゃん!」「何とも無いかい?不安になってない?怖くなかった?」「全部無いかと言われれば、嘘になる。だって・・・1人ぼっちだもん!」急に大粒の涙がこぼれ落ちる。4人部屋にたった1人だ。言い知れぬ恐怖心に陥っても不思議ではない。「夜中に○ッシーの部屋の前に行ったの。でも・・・、入れないでしょう!あたし・・・、怖くて怖くて、だから・・・」泣きじゃくる彼女。涙を拭って必死に声を絞り出そうとするが、言葉は途切れた。肩が震えている。優しく包み込む様にハグをすると「怖かったよー」と言ってしばらく泣き崩れる。暗闇の中、1人彷徨う1夜だったのだろう。「誰だって、1人は怖いよ。寂しいし、不安にもなるよ。我慢しなくていい。泣きたけりゃ思いっきり泣けばいい」そう言うと「うん。でも、もう大丈夫。○ッシー、タオル貸して」といって泣き顔を洗い流すと、少しシャンとして「このタオル貰った!○ッシーいいよね?」と気丈に言い出した。「ああ、持って行っていいよ!今日は何をしますか?時間はたっぷりあるぜ!」「まず、朝食を一緒に。それから、あたしの言う通りに着いて来て」と言うので「お供しますよ」と静かに返した。「じゃあ、指定席へ参るぞ!着いて参れ!」と命ぜられる。黙って彼女の背中を追って、指定席滑り込むと左手を握ってピッタリと寄り添ってくる。「○ッシー、何処にも行かないよね?置いてかないでね!」「ああ、何処にも行かないし、置いてかない」こうやって落ち着かせなくては、彼女は奈落の底へ真っ逆さまに堕ちるかも知れない。それだけは避けなくてはならない事だった。小さな不安をその都度消していく事。全ては彼女のために他ならない作業だ。感情の起伏が激しいのが気になったが、話してくれるのは幸いだ。もし、何も話さなくなったら、今度は戻れないかも知れないからだ。それだけは、回避しなくてはならない。改めて“危うさ”を思い知らされた朝だった。

「広い!ここってこんなに広かったけ?」Eちゃんが眼を丸くする。「普段、如何に大勢が集ってるかを思い知らされるな!何せ病棟の“最大派閥”だから」「本当だね。居なくなって改めて思い知らされるってヤツ。○ッシーを除けば全員が女の子だし」「空恐ろしい事をやってるんだな。自分でも驚きだよ」Eちゃんと他3人に、マイちゃんと僕の6人だけになると、つくづく思い知らされる現実だった。賑わいとは無縁とも思える空間は、ポッカリと穴が開いて文字通り“お通夜の席”さながらになっていた。「せっかくだから、今日は深く掘り下げて話したいね。発言の機会も多くなるし」マイちゃんが、本日の方向性を提起した。「深い話しか?どうせなら、遠慮なくモノを言いたいよね?」Eちゃんも同意してお題を探す。「ねぇ、どうして中高生になると“派閥”が出来るのかな?特に女子の派閥って、掟も厳しいし対立も激しいのかな?」1人の子が聞いて来る。「確かに男子にも派閥はあるけど、割と緩やかな連帯になるのが常だ。でも、女子の派閥は時として半端無い抗争に陥るね。それは、僕もずっと疑問に感じてた。感情のスイッチが入ると修復不可能になる事も稀では無いよね?」「そう、陰湿になるのよね。あたしも経験ある」Eちゃんも同意見らしい。「じゃあ、今日は派閥について掘り下げようか?○ッシー、男子の目線で見たありのままを話してよ!」マイちゃんがお題を決めた。派閥抗争、それも結構猛烈なヤツ。少しは昔の疑問は拭われるのか?興味半分、怖さ半分だった。

「派閥抗争で最も難儀だったのは、高2の時の学校祭の出し物を決める時だったな。結論から言うと、クラスが男女で真っ二つに割れた。その後の修復は悲惨だったな。結局は完全には修復する事は出来なかったし、感情の対立は卒業まで残ってしまった」僕が話始めると「何をやろうとしてたの?」と質問が来る。「一応は、隣のクラスと合同で模擬店を出すって方向でまとまりつつあったんだが、美夏だったか?5人ぐらいが、“反核平和の展示”をやりたいって言い出して、男子が“そんな政治がらみな事つまらん!”って茶化したのがボタンの掛け違いの始まり。非難の応酬から男女批判になって、後は想像付くと思うけど、女子が大同団結しちゃって分裂した」「その時、○ッシーはどっちに付いたの?」「基本的に僕は無派閥の中立の立場に居たんだよ。どちらに肩入れする事も無く、繋ぎ役に徹してたね。だから、どちらにも付かずに双方を見てた。つまり、一番ズルイ方法である“中立”を取った」「批判されたんじゃない?双方から強烈に?」Eちゃんが言う。「確かに批判はあったね。でも、学級委員長の竹内と副委員長の道子に言われて、どっちにも加担出来なかったんだよ。“今はしょうがないけど、いずれ修復に動かなきゃならない。どっちにも加担しないヤツが必要だ”って。“しがらみも無く事を治められるとしたら、どっちにも顔が利くあんたしかいない”ってね。だから、後々苦労するハメになった」「道子って“ズン”達のメンバーだった道子?」マイちゃんも突っ込んで来る。「そう、男子は単純だから時間と共にわだかまりを忘れて行くけど、女子は根深いから遺恨を消し去るのに四苦八苦。“ズン”や道子、ゆきえ、中島に堀川も手を貸してはくれたけど、美夏はとうとう和解に持ち込めなかったね。結局、僕を仲介しての対話しか受け付けなかった。あれは、最悪の結末だったな」「こじれると意地になるのは分かるな。感情もだけど生理的に受け付けなくなるのよ。それが“何故”かは上手く説明出来ないけど、あたし達にも男子に負けない意地があるから、軽々しく妥協はしなくなる。軽薄だって蔑んでしまうのは確か」Eちゃんが答えてくれた。「締め付けもあるね。女子特有のヤツ。破ると他からも相手にされなくなるから、怖くて従うしかなくなるの」提起の口火を切った子も応じて来る。「そう、実際問題、美夏達のグループは女子の中でも浮いちゃって、事ある毎に男女双方から“あそこはどう言うご意向か?”って調査依頼が来てその都度こっちが動くしかなかった。やがて引き抜きなんかもあって、美夏だけが取り残された。美夏自身にも意地があるから、孤立しても平然としてたな。他のクラスには美夏を支持する子も居たから、そっちとは仲は良かったが」「今の○ッシーの原点は、その時に築かれたのね。誰の肩を持つわけでもなく、公平に物事を見てアドバイスをくれる。○ッシーが今のスタイルを確立したのが、高校生の頃か」マイちゃんが遠くを見る様に言い、「○ッシー、上からの圧力とかは無かったの?」と問う。「それは幸いな事に無かったね。なにしろ、新設校で2期生だからね。1期生は居ても仲は悪くないし、伝統とかが無いからしがらみもなかったし」「それって、ある意味幸運だね。自分達が1から築く訳でしょう?前例も無いから、何でも自由に進められる。○ッシー達の歩いた道が伝統になるって羨ましいな!」「だからこそ、悪しき事は残せないでしょう?逆にプレッシャーにならなかった?」「自分達から始まる訳だから、先輩だって自分達だって手探りさ。先生達も同じく手探りだったから、ともかく自由な風は吹いてたな。だからこそ、クラスを割る様な事は避けたかったし、避けるべきだったと思う。最大の汚点だね」「○ッシーでも調停不能か。それはよっぽど深刻な対立だったのね。それでも美夏以外とは、和解に持って行ったんでしょ?どうやって治めた訳?」「女子には女子のコネクションがあるでしょ!1ヵ所を治めればある程度は“イモづる式”に持っていけるさ。ただ、1ヵ所目の目星を付けるのが大変。ズン”や道子、ゆきえ、中島や堀川に協力してもらって、最大派閥を軟化させるのに3ヶ月かかったな。竹内も尽力してくれて、焼き芋大会をやってようやく落ちた。猛烈に怒られたけど、それがきっかけになってくれたから結果オーライ!」「何で怒られたのよ?」「教室のストーブで焼けば匂いが充満して、直ぐにバレるだろう?でも、それが狙い目だったのさ!つまり、乗れば平等に責任を取らされる。ソッポを向いてても否応なしに会話が生まれる。距離を縮めれば、必然的に“悪い”“ごめんね”と言える。絡まった糸をほどく様に仕向ければ、男子も小学生じゃないから歩み寄れる。そうやって、まず半分が落ちれば女子だって雪崩を打って遅れまいとするでしょ?」「それでもダメな場合は?」「部活経由で1期生を動かしたり、他のクラスの女子の手を借りる。目立たぬ様に後ろから押してやれば、メンツを傷つけずに歩み寄れる」「正面からは行かないのね?」「女子はプライドも高いから、黒子に徹した方が上手く行くケースも多い。女子同士で“そろそろいいんじゃない?”の一言が出れば意外に効いたね」「確かに、男子と話してるのを見られると、必ず勘繰られるからその手は有効かも知れない。でも、そこまで持っていく○ッシーの苦労は誰が評価する訳?」「評価なんてどうでもいいのさ。女子の間に何となく“やったわね!”って空気が流れてくれればね。安いもんさ!」「そう言う境地に立てるのは、何故?苦労ばかりで空しくならない?」「クラスの中で自身の立ち位置をある程度決めて置くと、色んなモノが見えるから返ってやりやすかったな。高校生って通学区域が広いから、初めは出身中学で固まる傾向は仕方ないけど、打ち解け合うと意外な繋がりが出来て来る。“ズン”とだって席が隣だったからだし、道子とゆきえは保育園・小学校以来の再会だったし、中島と堀川は道子との繋がりからだし・・・」「ちょっと○ッシー!その話、あたし聞いてないよ!どう言う事?!」マイちゃんの表情が険しくなる。「マイちゃん、そんなに怒らなくても良くない?昔の事だし・・・」Eちゃんが援護しようとするが「あたし達の大事な○ッシーに何があったのか?は、ハッキリと掴んで置く必要があるわ!○ッシー、教えて!!」マイちゃんのお怒りは、真相を知るまで治まらない様だ。「道子とゆきえとは、保育園から小学校2年まで一緒だったんだ。でも、3年になる前に僕が転校して、その半年後には道子が転校して、4年になる前には、ゆきえも転校。3人はその後バラバラに人生を歩み、接点も無く年月は過ぎて、高校生になって何の巡り合わせかは知らないけど¨偶然同じクラス¨になった。僕も道子もゆきえも、初めは忘れてて¨何処かで会った記憶在りませんか?¨状態だったけど、道子がある日思い出して、古い写真を片手に¨ずっと昔に3人揃ってたよね?¨って言ってくれて、やっと記憶が蘇った始末。¨ズン¨も¨そんな偶然あるのね?¨ってびっくりしてくれて、それから4人で色々話す様になって、やがて中島と堀川が加わって、6人の仲間が生まれたのさ。だけど、男子1人じゃあ、あまりにも目立つからどうする?って考えて、たまたま掃除当番だった生物準備室で、お茶しながら話し込む様にしたの。その延長線上に出来たのが、¨お悩み相談室¨だよ。表立っては¨ズン¨を中心とした5人組だったが、¨参謀格¨で頭脳戦担当は僕に依頼が来ると言う図式にしてたけど、女子の洞察力は時に剃刀より鋭いから、直ぐに見抜かれた。けど、何かしらの都合上勝手が良かったのかどうかは分からないが、僕らのグループは女子の間でも例外的に認められたんだよ。まあ、道子の根回しと¨ズン¨の存在が大きかったのは事実だけど。そう言う事情でございます」「改めて聞くけど、道子は○ッシーの¨女の子選考基準¨に該当してたの?」「改めて考えれば、ギリギリセーフだったか?でも、道子は竹内を追ってたから、眼中には無かったはずだ!」「ならば、答弁を認めるわ!他には○ッシーに手出ししそうな子は居なかったでしょうね?!」心底マイちゃんの追及が怖い!「本題からは外れるが、¨2匹の背後霊¨は付きまとってたな。有賀重子と佐藤浩子!佐藤は¨漏れなく付いて来るオマケ¨だからいいが、有賀は、常に背後を脅かす悪魔だった。名簿順って50音だろう?僕の後ろは常に女子の先頭が座る宿命なんだが、有賀は中学高校の6年間を通してずっと背後に居続けたヤツなのさ。席順フリーになっても、必ず背後を取るんだ!箸にも棒にもかからない対象だったが、最低限の付き合いは途切れなかったよ。以上、申告します」「ふむ・・・、認めます!○ッシー、正直に答えてるね。¨マドンナ¨は誰?」「今井敦子さん。背丈はマイちゃんよりも小さかったけど、スポーツ万能で可愛かった。男子なら1度はあこがれた存在でした。彼女は競争率が半端なく高かったし、クラスも別だったから、接点は少なかったよ」「宜しい、正しい申告と認めます!」ようやくマイちゃんの眉間の皺が消えて、穏やかな表情になる。「なんかさぁ、○ッシーの“取り調べ”って面白くない?マイちゃんの突っ込みも絶妙なんだけど」Eちゃんが悪魔の表情をのぞかせる。マズイ!最悪の展開になりつつある。「これって病みつきになる話かも」「マイちゃん!“取り調べ”続行を希望します!」やはり、そうなるか!おもちゃにされるのは慣れてはいるが、学校時代の話は、ひょんな事から暴走しだすから危険極まりないんですが。僕は恐る恐るマイちゃんの表情を伺う。完全に追い詰められた犯人の様になって。「お題変更しようか?○ッシーの昔話に突っ込みを入れよう!」マイちゃんが勝ち誇るかの様に宣言した。「ヒューヒュー!」5人はノリノリだが、こちらは間違いなく撃沈コースが確定した。「○ッシー、美夏を例えるとしたら何になる?」「うーん、取扱い要注意だから“核ミサイル”かな?」「かなり危ないって事ね。じゃあ、重子は?」「ふむ、“パンプス”かな?」「それってどう言う例え?」「服に合わせて靴も選ぶだろう?“時と場合によって使い分ける”つまり、敵にはしたくないが、積極的に肩入れする必要も無いって事だよ。ただでさえゴーストの様に居るんだから」「○ッシー、重子によっぽど酷い目に遭ってない?」「遭ってる!中学の委員会活動で、ヤツが委員長をやった時の“尻拭い”を全部背負ってるから!」「因縁の相手か!重子は○ッシーを“利用する機会”を常に伺ってたのね?」「そう言う事になるな!でなきゃ、常に背後は取らんよ」「道子はどうなの?」「彼女は、司令官だな。実質“ズン”と2トップだったし、最終的に決断するのは彼女による部分が多かったし」「○ッシーは?」「僕は“参謀”だよ。作戦の立案者。僕の考えた策を実行する指揮を執るのは、常に道子達。クラスが割れた時も“どちらにも与するな!後で動ける人が必要”って進言したのは、道子の意思が強く表れてたね」「じゃあ、常に○ッシーを追ってた堀川さんは?」マイちゃんの声のトーンが変わる。微妙な点を突いて来たね。「広辞苑だよ。成績優秀だったし、煮詰まると打開点を見つけてくれたのは大抵、彼女だったな。“困った時の堀川頼み”とも言われた程だから」「ふーん、色々な引出しを持ってる○ッシーをも支えた才女なのね!逃した大魚は大きかったんじゃない?」痛点を突くね。マイちゃん。「誤解されると困るけど、今でも時々心の中で聞く事はあるよ。“堀川ならどうしたか?どう言ったか?”迷った時はどこかで問いかけるんだ。敢えて言うなら師匠みたいな存在だよ。ここを遠藤さんから引き継いでから間もなくは、特に気を使う様になったから、彼女の言葉を思い出して対処してたのは確か。今は、ありのままを出してるけど・・・」「○ッシーが“師匠”って言うくらいだから、出来る子だったんだ。今は“師匠”を越えたと思う?」「どうかな?自分では越えたと思ってはいるけど、人として越えたかどうかは分からない。男女としてではなく1人の人間として、越えられたとは思っていないな。僕も完璧ではないし、まだまだ学び成長する余地はあるだろうし・・・、高みを目指す姿勢はいくつになっても変わってはいないだろうし、彼女を越えるとしたら相応の事をやり遂げないと認められないだろうよ」「そう言う姿勢が○ッシーらしいな。女の子を尊敬するなんて、普通の男の子はしないよ。そう言うところを遠藤さんは見抜いてたから、ここの後継を託したんだと思う。そして、○ッシーはちゃんと期待に答えてるじゃない!すごい事だと思う。あたしも共同でって言われたけど、柱になってるのは○ッシーだものね。みんな、そうだよね?」周囲は頷いてくれた。何とか切り抜けた!マイちゃんの声も落ち着いている。このまま、違う道へ向かってくれと僕は願った。「遠藤さんか!懐かしい。確か最初に○ッシーを捕まえて、仲間に引き入れたの遠藤さんだよね?」Eちゃんが思い出す。「そう!全ての始まりは、彼女に捕捉された日から始まってる。あの頃は病棟の男女比も互角だったし、じいちゃん達が多くて遠藤さんも話し相手に飢えてたし、釣られた側の僕にしても歳がもっとも近い人だったから、気兼ねなく話してたな」
喫煙席の大集団の創始者にして、僕とマイちゃんを結び付けた存在である遠藤さん。彼女の“伝説”は数知れない。僕もマイちゃんも“伝説”に登場する人物でもあるのだが、病棟を去るに当たって、彼女の後継に指名されるとは思っても居なかった。「遠藤さんと言えば、臆面もなく“女子トーク全開”で突っ込んで来た事だよなー。僕を鼻から“男子扱い”せずに“生理が止まった”だの“ブラが面倒だからノーブラだよー”だとか平然と言うし、ケーキ3個を“買ってよー”ってねだられたり、最初は散々な目に遭った。でも、あの人に鍛えられなかったら、ここに座り続ける事も無かったのは間違いない」「確かに。遠藤さんも○ッシーの事を“結構歯ごたえがあるヤツ”って言ってたよね。着いて行けたのは大きくない?」Eちゃんが聞いて来る。「“手錠”をかけられてりゃ動くに動けないよ。彼女だけじゃないか?白昼堂々と病室に入って来て“買い出しに行くよ!”って引きずり出しに来たのは?しかも、こっちが着替えてる時に限って!」「そうだっけ?遠藤さんは○ッシーが来ないと落ち着かなかったのは確かだけど?」マイちゃんが小首を傾げる。「ああ、ある種の“精神安定剤”だったのは間違いないね。常に行動を共にする様に仕向けられたし・・・」僕も改めて思い出す。「色々喋ってたよね?お子さんの話とか、旦那さんの話とか?」Eちゃんも思いをはせる。「ブラとパンティ!口紅にファンデーション!香水にアロマ!カラーリングにヘアスタイル!最初、こっちは着いて行くのに必死だったよ。僕が“男性”って意識せずにどんどん深みに連れて行くんだから!」僕は悪夢の話を思い出した。「でも、臆せず着いて行けたのは、○ッシーだからじゃない?そうでなきゃ突っ込んだ話も出ないでしょう?」Eちゃんが指摘する。「まあ、それは否定しない。だって他に適当な人材は居ないし、居たとしても過激過ぎると引いて行ったし。とことん付き合った男性は結局僕だけだったし」「それは言えるね。とにかく聞き続けたのは○ッシーだけだったよね?」マイちゃんも言う。「結果論になるけど、あの経験が無ければ今の僕は無いだろうな。彼女の話にひたすら付き合った事で、学んだことは確実に今に生きてる!でなきゃ、女の子の集団のど真ん中に居られるハズが無い」「そうだね。だから後を○ッシーに託した。賢明な選択だったね!」「そうなるんだろうな。余人を持って治められる集団ではないからね。マイちゃんやEちゃんにも手助けをしてもらって、どうにかこうにか持ち堪えてはいるが、もう1人“補佐役”が必要なのは確かだよ。適当な人材が居てくれればなー・・・」僕がこぼすと「まず、無理だろうね!○ッシーの代わりは○ッシーしか居ないから!」マイちゃんが止めを刺しに来る。「Aさん1人だけでも封じられれば、格段に楽になるのに?」「それが出来る人が何処に居るの?○ッシーでなけりゃ無理な仕事じゃない?」Eちゃんも同調する。「うーん、そう言われると、返す言葉が無い!バランス良くやって行くには現状維持しかないのか・・・」僕は敢え無く撃沈の憂き目にあった。大脱線をして行った本日のお題だが、話はこの後夜まで延々と続いたのは言うまでもない。

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ③

2019年02月20日 09時05分23秒 | 日記
「今日からしばらくの間、診察の回数を増やします!下手な抵抗は止めて、大人しくするのよ!」Mさんが釘を刺す。「分かりました。U先生の診察は何時くらいになるんですか?」私もとぼけて確認を入れる。「午後1時ぐらいになるそうよ。なるべく眼に着きやすい場所に居て頂戴!」検温を終えたMさんは、記録を取りながら言った。いよいよ本格的に“鉄のタガ”が張り巡らされた様だ。だが、どんな手を使っても必ず“隙”は生じるものだ。“あ~、お恥ずかしいったらありゃしない!煙に燻りだされた狸だな!”と私は心の中で呟いた。それを察知したのかは知らないが、Mさんはまじまじと私の顔を覗くと「観念しなさい!今度ばかりは、白旗を揚げてもらうわ!」と自信たっぷりに言い放った。「はーい、自粛します!」と一旦は観念したフリをして、Mさんをかわすと遊戯室へ向かった。将棋の盤と駒を手にして“指定席”へ座り込む。盤面に駒を並べて、先手と後手の陣形を組み上げる。「おはよう、○ッシー!何をしてるの?」マイちゃんがやって来て、盤面に見入る。「あたし全然分からないけど、何を表してるの?」「手前が先手、僕らの陣形だ。奥が後手で病棟側の陣形。どちらも駒組みが終った場面で、これから僕らが攻めかかるところ。僕らは“左銀冠”って陣形で、病棟側は“四間飛車に穴熊”って言う陣形。左奥の隅に王将を押し込んでガチガチに固めてるだろう?あそこに僕が閉じ込められてると思ってくれ。手前の王将はマイちゃんを表してるつもり。つまり、僕は完全にガードされてて動けない状況にある訳。そこへマイちゃん達が攻撃を仕掛ける。つまり脱走を仕掛けるところさ!」「全然分かんないけど、○ッシーが手も足も出ない状況にあるのは分かるわ。でも、どこから攻めるの?隅っこに押し込まれてる○ッシーを動かせるの?」「向うは、手堅く囲ったつもりだろうが、弱点を突けば簡単に陣形は乱れる!歩が2枚と角が手元にある。こっちの手としては、こうやって攻略する。一方的に駒を動かすよ」私は盤上の駒を動かして“穴熊”の陣形を崩して見せた。「ふーん、崩れたね。あれだけガチガチだったのが、隙間が出来た!」「そう、この瞬間を狙ってマイちゃん達が仕掛ける訳さ!そして、僕も迷走する!陣形を乱された側は、立て直すどころか益々混乱する。」王将を在らぬ方向へ打ち据えると、後手陣の形勢は一気に不利になった。「なるほど、これが昨日言ってた“逆手に取る”って事?」「そう、駒を戻すよ。向う、つまり病棟側は、僕を徹底してマークするつもりだけど、その事に集中するあまり必然的にマイちゃん達への注意が疎かになる。加えて金曜日は、外泊に出る人が多いから、ナースステーションも混雑する。眼の行き届かない場面は増えるし、ガードも甘くなる!」「そこを突いて脱走すれば、確率も挙がる!隙だらけって訳ね!」マイちゃんの眼が輝く。「更に僕が病棟で迷走すれば、なお安全になる。脱走の指揮は、マイちゃんに執って貰うけど、オトリ役と援護は僕が指揮する。どうかな?これ以上の手は無いと思うけど」「うん、完璧だね!さすがは○ッシー!良く考え付いたね!」マイちゃんがハイタッチをして来た。昨夜の弱々しさは微塵も感じさせない笑顔だ。「ねえ、○ッシー、昨夜の事、誰にも気付かれて無いよね?」周囲を伺いながら、マイちゃんが声を潜めて言う。「心配しなくても大丈夫。誰も見ては居ないよ。安心しなよ。離れたりしないし、置いてったりしない。必ず見てる。見守ってる。約束したろう?」「うん、2人だけの約束。○ッシー、忘れないでね!」マイちゃんは左手を触って確かめる。「忘れはしないよ!」彼女の手を握り返して答える。やはり、まだ不安の種は消えていないのだろう。ちょっとした事でもマメに答えてやらなくては、彼女はまた転落しかねない。気持ちを引き締めにかかっていると、メンバーの子達がワラワラと集まってきた。眼と眼で合図を交わすと、素知らぬふりで話を続けた。「おはよう、マイちゃん、○ッシー、作戦は決まったの?」「丁度、概略が決まったとこ。後は、みんなの役割分担を決めるだけ!」マイちゃんが明るく答える。「将棋盤はなんのために有る訳?」「現状を説明するためさ。これから順を追ってお話しましょうかね?」私は、マイちゃんにした説明をもう一度繰り返した。

メンバー全員に説明を終えた私達は、早速、人選にかかった。今回の実行者は、マイちゃんとOちゃん。彼女達を支援するのが、Eちゃんを筆頭に4人。残りの子達は、私と共に“眼くらまし”を担当する事になった。“眼くらまし”と言っても、ただ騒いで居るだけではない。作戦全般の指揮を執るのは、私の役割りだ。まず、有り得ないとは思うが、不測の事態が発生した時は、臨機応変にカバーリングしなくてはならない。個別に分かれての打合せに入ると「もっとも難しいのが、僕達の役割りだ。基本は“眼くらまし”だけど、万が一の際は、救援作業もしなくちゃならない。Eちゃん達からの連絡を受けて、ありとあらゆる事をやってもらうけど、落ち着いて行動してくれ!U先生を足止めしたり、ステーションの動きを観察したり、眼を向けさせるためにさり気なく騒ぐ。頃合いを見計らって迎えに出るのも、こっちで請け負う。大変だけど着いて来てくれるかい?」言葉を選んで噛んで含める様に言う。「OK、○ッシーが司令塔だよね。あたし達の行動が大変なのは分かったよ」「U先生の扱いなら任せて」「非常時はみんなでカバーしよう」と反応が返って来た。彼女達の協力が無くては、作戦全般に影響が出るので事細かに「この場合は、こうするよ」と例を挙げて慎重に事を決めた。「準備万端だね!後は、当日の動き次第だね」と言うセリフが出るまで、粘り強く話し合い決め事を整えた。「Eちゃん、何か打ち合わせる事あるかい?」と言うと「大丈夫、○ッシーが指示してくれればOK!」と返して来た。「○ッシー、ちょっとお願い!」Oちゃんにレクチャーしていたマイちゃんが呼んでいる。僕の部隊を引き連れて、テーブルへ行くと「戻ってくる時の撹乱なんだけど・・・」と懸念が出た。「それはね、時間を見定めて僕達も動くから・・・」とフォロー体制を説明する。「分かった。偵察は前日に行くの?」「ああ、こっちで決めてある。工事の進み具合も含めて、彼女達に行って貰う手筈にしといた。そろそろ、全体で時間を追って確認しようか?」「そうだね、全員集れー!」マイちゃんの声が響く。全体で時系列を追っての確認が始まった。2~3の問題が浮上したが、総合的にカバーする事で一致を見た。「さて、これが今回の計画の全貌だけど、何か質問は?」「ありませーん!OKでーす!」と合唱が返って来た。「よーし、みんな頼んだよ!」全員が頷いて作戦会議は終了した。

「あー、もうこんな時間だ。色々あり過ぎて倒れそう・・・」Aさんがようやく主治医面談を終えて現れた。ご主人と思しき人が一礼して帰って行く。僕らも慌てて立ち上がって礼を返す。「長い事お疲れさまでした。あれやこれやと問題が出たんじゃない?」そう言うと「ご明察。旦那は“早く戻ってくれ”だけど、先生は“段階を踏んでの退院”を主張するでしょう?双方の妥協点を見つけるのに七転八倒よ!」Aさんはグロッキー状態になっていた。「最後は“あたしの決断次第だ”って押し切られて散々よ!妥協するのがこんなに苦しいとは思わなかったわ」意気消沈、撃沈の憂き目にあった様だ。「それで、どうすることにした訳?」こちらから突っ込んでいくと「“毎週末は自宅で過ごす”って条件で妥協させられた。旦那も子供も猫ももう限界らしいわ。“俺の手は2つしかないんだ!”って脅すんだもの!ズルくない?!」「奥様が恋しいのは、分かるし“居るだけでいいから”って言われてない?」「さすが、鋭い。同じセリフで撃墜するんだもの!反撃の糸口すら掴めずに終わりよ!○ッシー、男子は何故、女が居ないと“締まらない”訳?」「Aさんにしか出来ない事は多々あるんじゃないの?男は思う程、器用には生きられない人種だからね。限界を超えるとフリーズするだけだよ!子供さんの細かい事も、育児に関与が薄ければ分からない事だらけのハズ。猫だってご主人様が居ないんじゃ落ち着く筈が無い!」「全く同じ事を言ってくれるじゃないの!あっ、○ッシーも一応は男子か?!それなら同じ思考をするのも納得がいく!」Aさんはやっと思い出したかの様に言う。「○ッシーが男の子だって事実を忘れてた!だって、○ッシーはそんな気配を感じさせないから。今度からあたしの弁護を依頼してもいい?」「それが出来ないから困るんだよ。残念な事に“医師ではなくて患者”なんでね。それに、各家庭の問題にこっちが噛みこんでいいとは言わないだろう?」「それ!それが悔しいのよ!○ッシーを盾に使えないって致命的だわ!」Aさんは見境なくこちらを巻き込もうとする。「それは、掟破りだろう?僕をダシにして、旦那さんを黙らせるなんて横車は押せません!」「あー、一家に1台○ッシーが欲しい!」「それは無理。あたし達の○ッシーをAさんだけに独占されてたまるもんですか!」マイちゃんが眼を吊り上げる。「○ッシー、細胞分裂して2つに分離・・・」「出来ません!この子達を置いて行ける訳が無い。争奪戦も見たくない」周囲の子達も頷いた。マイちゃんもOちゃんも考えは一致しているらしい。「今度の金曜日から、週末は家に帰るのよ。不安になったらどうしよう?」「頓服を増量するしかあるまい。観念召されよ。奥様の居ない家は悲惨だろう?」「女房としては、何も出来なくても?」「居るだけで違う!」「あー、旦那に言われてる事と同じだ。そう言うものなの?」「らしいね!」押し問答にケリが着いた様だ。Aさんは敢え無くノックアウトとなり、テーブルに突っ伏したままだ。「○ッシー、買い出し頼んでいい?あたし気力ない」Aさんが呟く。「昨日は行って貰ったから、今日は僕が引き受けるよ。メモ頂戴」Aさんは病室に戻るとメモ書きと財布をOちゃんに託して来た。「疲れたから休むって」Oちゃんが報告してくれた。「では、買い出しに行きますか?」ステーションに了解を取って私達は売店に向かった。

OちゃんとEちゃんは、Aさんの我がままに怒り心頭だったが、他の子達は割と冷静に受け止めていた様だった。怒りの収まらない2人は「マイちゃんと○ッシーで対策を立てて、Aさんを黙らせて!」と迫って来た。こちらも正直な話、困惑したが僕には別の案件でマイちゃんに相談があった。「分かった。Aさんの件について検討して見るよ。病棟だとバレバレだから、どこか適当な場所で相談する。悪いけど先に戻ってみんなをまとめといて!」と返事をして、2人を病棟へ戻した。「ケーキでも食べるか?」と言うと「たまにはいいかな?」とマイちゃんも同意してくれた。「ねえ、○ッシー、Aさんの件じゃなく別の話でしょ!」マイちゃんが眼を真っ直ぐ向けて言う。「ご明察。実は・・・」と僕が言い掛けると「Oちゃんでしょ!」と鋭く言う。「全てお見通しか。誤魔化しは無しにするよ。困ってるんだ。昨日、彼女にハグされてから」「何がいけない訳?」冷静にマイちゃんは返す。「彼女の気持ちを受け止めるだけのキャパが僕には無いんだ!このままだと、傷付けてしまいそうで怖いんだよ。基本的に僕はマイちゃんを見てる。二股は僕の基本理念に反するし、あまり頼りにされても限界はあるよ。無論、両天秤にかけるなんて無理があり過ぎる」正直に言葉を吐き出す。マイちゃんは、ケーキを口に運んでしばらく黙っていた。「彼女、あたしに話に来たって言ったでしょう?あれは、表向きは¨ごめんなさい¨って言ったけど、裏を返せば¨略奪宣言¨だったのよ。だから、あたしも急に怖くなって○ッシーにハグしてもらいたかったの。○ッシーをこのまま渡したくなくて。Oちゃんを引き合わせたのはあたしだけど、○ッシーを取られるのは嫌だし、独占されるのはもっと嫌よ!○ッシーは、どう思ってるの?」「さっきも言ったけれど、Oちゃんには申し訳ないが、僕らには¨約束¨がある。それをかなぐり捨てるなんて、出来るものか!マイちゃんの傍に居て、見守り、助け合い、共に歩む。これを反故にはしない!するつもりもない!僕の気持ちは、あの日から揺らいでいない。昨夜、改めて確認したよ」「じゃあ、昨夜の○ッシーの言葉は、本心なの?」「ああ、2人で色々やったけど、お互いに認め合ってる事に嘘偽りは無いよね?」「うん、それはあたしも同じ。唯一無二の間柄だもの!あたしの弱さを知ってるのは○ッシーだけ。頼れるのも○ッシーだけ。良かった!○ッシー、何処にも行かないで!あたしを見てて、見守ってて!お願いだよ!」「そのつもりに些かの変わりは無いよ。でも、そこにOちゃんが割り込もうとしてる。それを防ぎながら、今までの関係を保つのは無理が出てきてるのが現状だよ。誰か僕を補佐してくれる人材が居れば、形勢も変えられるんだが・・・、現状では難しい話だ」「○ッシー、Oちゃんの症状の変化に気付いてるよね?」「ああ、1日の中でも気持ちの浮き沈みの幅があったのが、ほぼ無くなったし、ストレートに感情を出す様にもなったね。それがちょっと困る一面でもあるんだが、表情も随分明るく変わったよね?」「あたしも、そう見てる。○ッシーも同じに見てるなら、主治医の先生達も同じくじゃない?だとすれば、後2週間、様子を見てればどうかな?」「うん、それって・・・」「彼女の退院が近い証拠じゃないかな。○ッシー、下手な事は止めて自然に任せようよ!あたしは、○ッシーを信じてるし、○ッシーも変わらないんでしょ!」「ああ、変わらない」「なら、このまま様子を見てよう!大丈夫!あたしも気を付けて接するから」と言った途端に、マイちゃんが咳き込んだ。妙な咳に不安を感じる。「ごめん、手を出して!」マイちゃんの手は微かに暖かく感じられた。「オデコも見るよ!」微かに発熱が感じられた。「○ッシー、なに?」「急いで戻ろう!Kさんに体温計を借りなきゃ!」「えっ!あたし平気だよ?」「危ない兆候だよ!ほら、これを羽織って!」ジャケットを被せると、一目散に病棟へ引きずって行く。「○ッシー、考え過ぎだよ!」マイちゃんは抵抗するが、有無は言わせなかった。危惧は当たりだった。

「37.9℃か。危なかったね。先生に知らせて風邪薬出してもらうわ。それにしても、よく気付いたね。紙一重でセーフってとこ。マイちゃんの¨守護神¨は凄腕のお医者さんも兼ねてるんだ!」Kさんが驚きを隠さない。「さて、貴方も調べて置こうか?広がりが無いかは、突き止める必要があるもの!」Kさんは、僕にも体温計を差し出す。結果は、異状なしだった。「マイちゃんは、病室に戻って休んで!後で薬を持っていくから。それと、貴方も病室に戻ってくれるかな?U先生の手が空きそうだから、診察を早めたいの!」2人を交互に見ながらKさんが言う。「分かりました。戻ります」2人で合唱しながら言って、メンバーの所へ顔を出す。「どうしたの?」Eちゃんが心配そうに言う。「あたし、風邪引いちゃったみたい。ごめんね。少し休むから、Eちゃんに後をお願いしてもいい?」「合点承知!〇ッシーは?」「U先生の診察を早めたいとの事だよ。鉄のタガで縛り付けるつもりらしい。1時間くらいで戻るけど、Eちゃんしばらく頼むよ」「ご安心召され!〇ッシーが戻るまでは支えて進ぜよう!」Eちゃんは神妙な口ぶりで周囲を笑わせる。「大事の前の小事だが、侮ると計画が頓挫しかねない。マイちゃんには休んでもらうけど、僕はU先生の出方を探ってから戻る。少し留守にするけど、みんなも気を付けてくれよ!」「はーい!」大合唱に送られて僕とマイちゃんは、それぞれの病室へ戻った。けれど、U先生の前にKさんが現れるとは予測していなかった。Kさんは、カーテンを閉め切ってから慎重に気配を伺い、小声で話し始めた。「今回も良くフォローしてくれてありがとう。マイちゃん、最近は調子がいいけど、何が“引き金”になるか分からないの。今回みたいに早めに手が打てれば、問題は起こりにくくなるはず。これからも、着かず離れずでお願いしてもいい?」「Kさん、あの夜の“約束”を忘れてませんか?僕は忘れてない。だから、着かず離れずに見守って来ました。これからも、その姿勢が揺らぐことはありません。ただ・・・」「強烈な個性を纏った女性陣に押されて、四苦八苦ってとこかな?」「ええ、かなり窮屈なのは確かですよ。けれど“代わりの人材”が居ない以上、やり繰りで乗り切るしかありません。今日は、彼女に“キャパを越えつつある”って正直に話して、どうするか考えていたんですよ。たまたま、そこで咳き込んだから気付けましたけどね」「貴方らしいわね。彼女に嘘はつけない?」「見抜かれますよ。顔に出やすいから」「マイちゃんもそう言う貴方の姿勢を知ってるから、信頼を置いてるのは間違いないわ。それを忘れないで!彼女に下手な手は通じない!お互いを認め合って、心を通わせてあげて。大変なのはステーションから見てても分かるけど、貴方でなくては、あそこはまとまらないでしょう?大役なのは承知しているけど、敢えてお願いしたいの!マイちゃんから眼を離さないで!見守ってあげて!」Kさんは必死に訴えて来た。「謹んでお受けしますよ。これからも見守り続けます!私の全てを賭けても」僕は神妙に答えた。「ありがとう。それを、その覚悟を確かめたかったの。彼女の命がかかっているのよ。私も共に背負うけれど、常に居られる立場にはないから、貴方に頼るしかないの。これからも宜しくね!」Kさんが握手を求めて来た。そっと握り返すと「さて、彼女が呼んでるわ。病室へ行ってあげて!」と言ってカーテンを開ける。「病室へ?!立ち入り禁止でしょう?」こちらが驚愕していると「私が入り口を見張ってるから、短時間で戻って!」と言ってマイちゃんの病室へ連行される。眼と眼で合図を交わすとマイちゃんのベッドへ進む。「〇ッシー、ありがとう!」腕を肩に巻き付けて体を預けるマイちゃん。耳元で「やっぱり〇ッシーは、ちゃんと見ててくれたね!誰にも渡さない!傍に居てよ。いいでしょ?」と小声で囁く。「お姫様を置いてく執事がいますか?安心しなよ。どんな犠牲を払っても見守り続ける。傍に居る。だから、風邪なんか吹き飛ばせ!」そっと髪を撫でる。「分かった。〇ッシーのためにも、きちんと治す。ごめんね。Kさんに見られる前に戻って!」彼女は安心したのか、肩をポンと叩くとベッドへ横になった。「おやすみ」と言って病室を出る。入り口でKさんに確認を取ると「急いで!」と急かされた。U先生は既に病室に来ていたが、Kさんが眼でコンタクトを取ると、直ぐに意図を察知したのか「ベッドに座って」と言って診察を始めた。「八束先生とMさんが作ってくれたチェックリストに従って進めますねー。まずは、血圧と検温から」敵もさる者、リストまで作って調べ上げるのか?!と内心驚いたが、所詮は“狐と狸の化かし合い”である。幾ら調べようとも結果は変わらない。落ち着くべくして、診察は終わった。

丁度1時間後、僕は指定席に戻った。「〇ッシー、どうだった?U先生の診察?」Oちゃんが聞いてくる。「僕を徹底的にマークしようとしてるのは間違いない。だが、その分みんなのマークが甘くなってる。“狐と狸の化かし合い”に終始してるスキを突いて、作戦を決行すれば安全に脱走出来るだろうよ。囲んだつもりの様だが、抜け道はいくらでもある。マイちゃんも体調を戻してくるだろうから、予定通りすすめよう!」僕は断固決行をみんなに伝えた。「となると、予行演習はどうするの?」Eちゃんが核心を聞いてくる。「ハデな真似は出来ない。水面下で進めるしかないよ。買い出しの際に、各自が要所を確認して置くことだな。前日には、偵察をするから青写真が見えるのは、前日の午後になるだろう。そこで最終の調整をしよう!」「もし、マイちゃんが動けない場合はどうするの?」Eちゃんが懸念を示す。「そこまで重症ではないみたいだから、心配はしてないけど万が一の場合を想定した別案は考えて置くよ。泡を食って慌てない用にね」僕の中では、腹案はある程度固まってはいた。ただ、精査して見ないと足が出る可能性はあった。不確定要素が濃い作戦は、失敗する恐れもある。混乱だけは避けなくてはならない。期日までは時間も残されてはいるし、まだ代案を提示するには早いと判断して、その日は話を明らかにはしなかった。

だが、事態は急展開を見せた。メンバーの大半が外泊に出る事になったのだ。しかも、申し合わせた様に“金曜出発”でだ。「クソ!こっちの手を読んでいるのか?はたまた“偶然の一致か”?いずれにせよ、手が足りなければ、決行は不可能だ!」翌朝の検温後に、指定席で僕は呻く様に言った。「じゃあ、諦めるの?」復活したマイちゃんが悔しそうに聞き返す。「諦めるのは、最期の選択!病棟側だって無為無策で居る訳がない。こっちが読んでる間に向こうだってこっちの動きを読んでるはずだ。当然、何らかの手は打って来ると予測はしてた。よーし、決行日を明日に繰り上げよう。多少の修正が入る事と偵察抜きになるが、果敢に攻めなきゃ攻め倒されるだけだ!マイちゃん、いいかい?」「〇ッシーがそう言うなら、あたしは参加するよ。多分みんなも同意すると思う」「ならば、うかうかしてる場合ではないな。みんなが揃ったら作戦会議だ!」「〇ッシー、どうしよう。あたしも外泊になっちゃった・・・」メンバーの子達が不安げに言いながら集まって来る。「約半数が差し押さえられてるわ。〇ッシー、どう動くの?」Eちゃんは冷静に事を分析し始めた。「どうやら、金曜日に“ターゲットを絞って戦力を削いだ”つもりだろうよ。向こうも手をこまねいては居ないよ。今までの経緯からして、最善の策を取ったんだろうよ。だが、こっちは更に裏を取る!」「それって、向こうの思う壺にならない?」Eちゃんはあくまでも冷静だ。「そうならないように、奇襲を仕掛ける。決行日を明日の午後2時に変更する!」「えっ!前例がないよ!それに準夜勤の看護師さんも来るし、人手は一番分厚い時間帯じゃない!」Eちゃんも含めた全員に緊張が走る。「だからこそ油断が生まれるし、隙も生じる。過去に例が無いからこそ、奇襲作戦を取る意味がある!無論、無為無策で行く訳じゃない。基本路線は変えないで、日時を前倒しにするだけでいいはずだ。後は、昨日の打ち合わせ通りに動けばいい」「大胆不敵ですな!〇ッシー、その話乗るわよ!」Eちゃん以下全員が頷いた。「リスクは当初より大きくなるが、それ以上に得られるものは大きい。ここは1つ盛大に“引っ掛け”てやりますか?」僕が言うと「“ここは1つ代官署名物の引っ掛けでもやってやろうじゃないか”だよね、〇ッシー!」マイちゃんが決めゼリフを言う。「ふっ、ふふふ、主治医やステーションには悟られない様に動いてくれ!さりげなく、“しれっと”行って来るんだ!」僕の言葉にみんなの眼もイタズラっぽく輝いている。こう言う場合は、得てして成功する確率は高い。“狐と狸の化かし合い”もここまで来ると勝敗は明らかだった。

翌日、計画は見事に成功して、みんなは外泊前に宝の山を手にする事が出来た。知ってか知らずか、病棟側の策は空振りに終わったのである。「やったね!大勝利!」マイちゃん達は浮かれていたが、僕は1人安堵感に包まれていた。「〇ッシー、どうしたの?」「際どい勝ちだったな。1つ間違えば逆転はあり得た。紙一重とはこの事か!勝つには勝ったが指揮官としては失格だよ」「それは無いよ。みんな喜んでるし、目的は達したのよ。〇ッシーの策は当りじゃない?」マイちゃんはそう言ってくれたが、僕の気持ちは晴れなかった。「こんな事は、しばらく計画しない方がいいな。如何せん所帯が大き過ぎる。今までは少人数でやるから、リスクを考慮しなくても良かったが、これだけの人数になると統率に限界を感じるよ。確かにみんなは良くやってくれた。だが、全員を外出禁止には出来ない。これからは、もっと熟慮して動かなくてはいかんな・・・」「そうかもね。反省を忘れないのも〇ッシーの良いとこ!ほら、おすそ分けの山が出来てるよ!」マイちゃんの指さす先にはお菓子の山があった。「おいおい、目立つところに置くなよ!バレバレじゃん!」と言うが女の子達は聞いていない。「いいか、ゴミにする時はくれぐれも用心してくれよ!そこから足が付いたら元も子もないんだからな!」僕は口を酸っぱく注意を促したが、彼女達はお菓子に夢中だ。「まあ、分かってるだろうから、いいか?」自身を納得させると、おすそ分けの山をポケットに詰め込んで隠す。「〇ッシー、この間言ってたベリーのヤツだよ!口開けて!」僕の口にお菓子が投げ込まれる。明日からは、約半数が外泊に出る。病棟もガランとするだろう。その前にカーニバルが完了したのは幸いだった。みんなの笑顔が眩しかった。「まあ、よしとするか?」何とか自分を納得させると、お菓子を次々に口にへと放り込んだ。

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ②

2019年02月19日 14時46分35秒 | 日記
SKとの死闘を語った後、留守番をしていた私に、Oちゃんは次々と質問を繰り出して来た。「〇ッシーは何時からネックレスを付けてるの?」「うーん、何時からだろう?高校生の頃かな?」「何か以外。きっかけはなに?」「進藤さん達に遊ばれてからだったかな?同級生の女の子達に無理矢理くっ付けられて、“犬の首輪”って言われてね。見返すつもりで長いチェーンを探して付けたのが始まりだった様な気がする」「進藤さんとは、付き合ってたの?」「うーん、付き合った記憶は無いね。玩具代わりに遊ばれてた記憶はあるけど」「進藤さんって美人だった?」Oちゃんは思い切って突っ込んで来た。顔が赤らんでいる。「丸くて可愛かったよな。背は高くなかったけど。あだ名が“ズン”だったし」「気にはなってたでしょう?」「否定はしないよ。“ズン”の周りの女の子達とは、結構馬鹿やってたし。自然と周りに居た様な記憶がある」「〇ッシーの“女の子選考基準”から外れてはいなかったの?」「微妙だなー、“ズン”はギリギリセーフだったかな?いや、例外かも知れない」「ペンダントヘッドの選び方も“ズン”の影響はある?」「あると思う。どちらか言うと女性が選ぶ様なペンダントヘッドを選択するのは、彼女の影響が大きいと思う」「“ズン”の事好きだったの?」「どうだろう?好き云々ではなく、仲間の一員と言う認識。男女ではなくて“同志”だろうな。今のみんなみたいな関係に近いと思う。卒業してからは、一度も会ってないし、別れる時のセリフが“絶対死なないと思うけど、いつかまた会おう”だったからね。男と認識されてはいなかったろうな」「“ズン”は、〇ッシーに別の返事を期待してたのかもね。あたしなら、絶対に離さないけど・・・」Oちゃんは遠い目をして言った。珍しく感情をストレートに出している。「ネックレス返すね。でも、邪魔に感じないの?」「そう言う感覚は無いね。付けてるのが普通になってるからかな?ブレスレットも付け慣れれば、違和感を感じないと思う」「〇ッシーらしいね。ブレスレットしてても似合いそう!」彼女はようやく笑った。固かった表情も解れた。もう、ショックから立ち直った様だ。「お待たせー!」マイちゃん達が帰還して来た。「2人で何を話してたの?」「ネックレスの話!〇ッシーがネックレスをするきっかけを取り調べてた!」Oちゃんが自慢げに話すと「おお、これはゴッドネックレス!ありがたや、ありがたや!」メンバーの子達が、ネックレスを私の手から取り上げると、やおら拝み始める。「ちょっと待て!勝手に拝むな!ご利益は無いぞ!」「何を仰る。SKを倒したご神力があるではござらぬか!」手から手にネックレスは巡り、みんなが拝みだす。「興味深いことだわ!〇ッシーがネックレスしてたなんて!」Aさんも拝みつつ「苦しく感じないの?」と突っ込んで来る。「どうやら、今日のお題は“アクセサリー全般”になりそうね!」マイちゃんが話を決定付けた。

「ねえ、“手荷物検査”の時にどうやってすり抜けたの?」マイちゃんが根本的な事を問いただす。普通、病棟に初めて入院する際は、必ず“手荷物検査”が入る。危険なネックレスやブレスレットは、初めは必ず没収されて一定期間ナースステーションへ預けられる。しばらくして、病状が“安定若しくは変化が無い”と認められれば、装着を許される仕組みなのだ。「シャツの襟で隠れるからね。見落としたんだよ。後から、看護師さんに“あら、珍しい”って驚かれたよ」「あたしも、最初は意外に感じたわ。でも、今は当たり前の事だって認識だけど、みんなはどう思う?」「男性にしては、珍しいと思う。ペンダントも男性らしくないから、余計にオドロキだわ!旦那だったら10秒持たないだろうな!」Aさんが率直な感想を述べる。「〇ッシー、ブレスはしないの?」Eちゃんが聞いてくる。「気に入ったモノがあれば付けるだろうな。ただ、左手首に付けるには苦労するかもね。右手には時計を付けるし。干渉するのはイヤだから」「〇ッシーなら、ブレスしてても違和感ないと思うけど、他の男子が付けてたら“なんじゃコイツ?”になるだろうな」Eちゃんが続ける。「そこなのよ!〇ッシーの不思議なとこ!あたしのネックレスやブレスレットを付けても、何の違和感も無いと思うの。だから、女の子の中心にいても平然としていられるんじゃない?」マイちゃんが決定的な発言をすると「そうそう、ある意味〇ッシーだから、不思議じゃないとこあるもの」「そうだねー」「ピアスしてないのが不思議なくらい!似合うと思うけど、何故開けてないの?」と肯定的な意見が飛び交う。「でも、最初に〇ッシーにネックレスを付けた“ズン”さんだっけ?同級生の。本当にお遊びのつもりだったのかな?」Aさんが言う。「“同志”に恋愛感情は関係ないよ!」私は強く否定した。「それはどうかしら?〇ッシーにその気は無くても、彼女にはあったのかも知れないわよ!その当りの空気の読み方は、意外に鈍感だから〇ッシーって!」「じゃあ、〇ッシーが気付いていたら?」Oちゃんがハッとして声を上げる。「あたし達の〇ッシーは、居なかったかも知れないわね。あくまでも仮定の話よ」AさんはOちゃんに優しく言う。「そんなのあってたまるもんですか!あたし達の〇ッシーは誰にも渡さない!離したりしちゃダメ!」いきなり大声で制止された。声の主はI子ちゃんだった。「I子!午後になるって聞いたけど、どうやって来たの?」Eちゃんが慌てて席を立って迎えた。「母親の軽を分捕って、飛ばして来たの!〇ッシー・・・」I子ちゃんはヘナヘナと床に崩れ落ちた。「よしよし、心配かけて済まなかった。無理してぶっ飛んで来てくれてありがとう。さあ!」力の抜けたI子ちゃんを優しく抱きしめた。彼女は大声で泣いて必死にしがみ付いてくれた。「〇ッシー、本当に大丈夫?傷とか負って無いの?」彼女は、私の手や腕を確かめる様に触れる。涙を拭いてやりながら「大丈夫、無傷だよ。どこにも行かないから安心して!」とゆっくり話しかける。「I子、安心しな。〇ッシーは、SKと戦って勝ったんだよ!」Eちゃんが背中を撫でて夢の話を語りだした。I子ちゃんは、Eちゃんの話を聞いてようやく落ち着いた。涙を拭うと頬に触れて「ごめん。でも、不安でどうしようもなかったの。〇ッシー、もう1回ハグして!」彼女は思いっ切り抱き着いて来た。背中を撫でてやると、何度も頷いてくれた。若葉マークを付けた軽で彼女は、矢も楯もたまらずに突っ走って来たのだろう。そんな彼女の気持ちがとてもうれしく、愛おしかった。この子達を残して私は、退院出来るのだろうか?どうやら、しばらくは無理の様だ。I子ちゃんをハグしながらそう思った。

お昼の時間、私達はテーブルを連結して宴会の席を作った。必死に駆けつけてくれたI子ちゃんも加わってもらい、昼食を共にした。彼女の食事は、みんなが出し合ってくれた。私も飲み物を差し出した。「何か、悪いよ。本当にいいの?」I子ちゃんは恐縮しきりだったが、みんなが強引に押し切った。改めてSKの夢の話がテーブルに乗る。「鉄の柱に、〇ッシーがズタボロの状態で鎖で縛られてる姿は、今でも思い出すと身の毛がよだつ恐ろしい光景だった。あれが本当に夢で良かった!」「夢か!半分は現実だったかも知れないな。違う次元で実際に戦ったのかも知れないよ」私がポツリと言うと「それは、信じたくないな。〇ッシーだけが、傷だらけになるなんて見たくない!あたしも共に戦いたかった。せめて一撃だけでもSKにお見舞いしてやりたかったな!」I子ちゃんは勇ましい発言をした。だが、あの場面では一矢を報いる事は叶わなかっただろう。「ねえ、○ッシー、SKのヤツだけどさぁ、Uターンして来ると思う?」I子ちゃんがストレートに聞いて来る。「普通はあり得ないけど、ゼロではないだろうな。可能性はあると思うよ」「どうして、そう思うの?」マイちゃんが驚いて聞き返す。「理由は、主に2つある。まず、常識の無さだよ。SKの家庭全体が一般常識を知らないのが、あの家の特徴だろう?迷惑を省みない見舞いとか、押し掛けとか、¨個室へ移せ¨とかのごり押し。親からして、好き勝手なんだから、舞い戻りを画策して来るのは、火を見るより明らかだ!恐らく来月当たりから、夕方のクリソツ姉さんの訪問が始まるだろう。もう1つは、SK本人のワガママだ。保育園児並みのレベルだから、イヤイヤが始まれば手の付けようが無いはず。転院先でサジを投げられたら、それまでだろう。否応なしに¨泣き落とし¨に走って来るのは、ここしか無い!」「うーん、そう言われると反論しようが無いわね」Aさんが唸る。「それが分かってるなら、どうするの?」I子ちゃんが尋ねる。「最低限1ヶ月の猶予期間はあるから、予防線を張る事は出来るし、前兆を捉える事も出来る。予知出来るならば、手はいくらでもあるよ。仮にUターンして来たとしても、女の子達を抑えて置けば被害は小さくて済むだろう。SKの性格を考えれば、男性をターゲットにするに決まってる。だが、病棟の男女比率は9対1で圧倒的に女性が優勢だ。数の論理からしても、負ける事はまずあり得ない。正面切って相手にしなければ、じり貧になるしかない。今回の判断で¨貧乏クジ¨を引いたのはSKさ!形勢はこちらに傾いてる。逆転はかなり難しいだろうな。I子ちゃん、心配はいらないよ!」「そうか、転院させられた以上、¨こちらでの治療はもう無理です¨って最後通牒だものね。Uターンは容易では無いか!」「そう言う事になるね。再転院になるとしても、よっぽどの¨理由¨が無ければ、ここへは受け入れはしないだろうよ。基本的には¨安全宣言¨をしてもいいくらいだ!」「断言しちゃっていいの?」Aさんが懸念を示す。「思い出して見て。SKが転院して行ったのは、みんながまだ寝ていた早朝だよ!普通は、入院係の窓口が開くまで待つはずだが、人目をはばかるかの様に出て行ったのは、余程の理由があったと見てもいいんじゃない?無論、前日に手続きを済ませてあった可能性や、緊急性があった可能性は否定しないけど」「そうね。コソコソと出て行った事に“意味があり”か!見られたくない理由があったとするなら、相当悪い状況だったのかもね」Aさんが今度は納得する。「ともかく、放り出された以上は余程の事が起きない限り、戻って来るのは不可能だろう。SKの災禍は消滅したと思っていいだろう」私が宣言をすると、みんなの表情は見る見る明るくなっていった。I子ちゃんも「そうだね」といって安堵した。その後の食事会は、いつもの様に和やかに過ぎて行った。

「ふーん、これが○ッシーのネックレスか!ありがたや、ありがたや」I子ちゃんも何故か拝みだす。「ご利益は無いよ!」呆れて止めに入ると「○ッシーだから似合うけど、他の男子だったら神経を疑うよ!髑髏とか別のモチーフなら話は分かるけど」I子ちゃんは、自身の首に私のネックレスを巻きつける。「チェーンが長いけど、あたしが付けてもおかしくないね。不思議だな○ッシーは。でも、そこが○ッシーらしさなんだけどさ!」I子ちゃんはネックレスを返しながら言う。「そうだね。ピアスの穴開けて見ない?」マイちゃんが乗って来る。「痛いのは勘弁して!」と懇願して回避にかかる。「でもさぁ、最初に○ッシーにネックレスをした“ズンさん”との関係が進展してたら、今ここに○ッシーは居なかったかもね」マイちゃんが再び言う。「うん、その可能性は否定できない!遠い昔に曖昧に済ませてくれたお陰で、○ッシーと出会えたと思うよ」I子ちゃんも今度は落ち着いて返す。「当時の鈍感が、今の私達に恩恵をもたらしたんだから、感謝しなきゃ!」Eちゃんも同意する。「大勢の女性が、○ッシーを捕まえ損ねてくれたからかー、不思議な縁だよね」Oちゃんまでもが思いを馳せる。「“ズン”達と馬鹿やってた頃から何年経ったんだろう?今頃は、いいとこの奥さんに納まって子供にも恵まれてるだろうが、僕がここで“不思議な地位”に居るとは、夢にも思ってはいまい!」私もしばし思いを馳せる。「○ッシーとマイちゃんの2横綱がデンと座ってるのが、ここの正常な在りようだからね。どっちかが欠けたらもう“私達の場所”じゃないな!そんな光景は考えたくないよ」I子ちゃんが言う。「先に退院した私にとって、2人の存在は支えでもあるの。いずれはみんな退院するだろうけれど、どこかで繋がっていたい気持ちは消えないよ!マイちゃん、○ッシーとメルアド交換してもいい?」「えっ、知らなかったの?」意外そうにマイちゃんが聞く。「あたし、SKを焚きつけた後に携帯変えてるから、○ッシーと繋がってないの。お願い!」「拒否する理由が無いよ。○ッシー、教えてあげて」「拒むつもりもないから、I子ちゃんなら歓迎するよ!」私達はメルアドと番号を交換した。「これで、心配の種が消えたわ。○ッシー、返事くれるよね?」「必ず返すよ。何かあれば直ぐに知らせる」私は、I子ちゃんと約束をした。「じゃあ、そろそろあたし帰るね。車ジャックして来たからさ、母親がオロオロしてるかも知れないし」I子ちゃんは席を立った。「くれぐれも安全運転でお願いしますよ!」私も席を立つと彼女をそっと抱きしめた。「ヒマを見てまた来るね。○ッシーにハグしてもらいに。マイちゃん、○ッシー、元気でね!」彼女は安心したのか、満面の笑顔を振りまいて帰っていった。Eちゃんが病棟の入り口ドアまで着いて行った。「やれやれ、I子ったら無茶をしおってからに・・・」Eちゃんがぼやく。「彼女、メチャクチャ心配したのね。○ッシーも罪な男だこと!」Aさんが釘を打つ。更に「“ズンさん”は、絶対に○ッシーを意識してたと思う。彼女も○ッシーに積極的な言葉を期待してたんじゃない?」と続けざまに打ち込んでくる。「今となっては、確かめる術も無いけど否定はしないよ。けど、彼女と進展があったら、今は有り得たかどうか分からない。不思議な縁、巡り合わせだけど僕はこの時間を大切にしたいと思うな」「本当にそう。○ッシーが居てくれるから、色んな事が出来るし、愉しい事もある。I子ちゃんが言ってた通りかもね」マイちゃんもかみ締める様に言う。「少しでも多くの事をみんなと共有したいな」Oちゃんも同意見のご様子だ。「○ッシー、あたしのブレスもう1回付けて見て!」マイちゃんがブレスレットを左手首に回す。「やっぱり、違和感ないね。それあげようか?」マイちゃんは笑顔だが「ずるい!」Oちゃんはむくれた。まずい兆候だよ!これって!僕はマイちゃんに眼で訴える。「でもね、そのブレス私の教え子からのプレゼントだから、あげられないんだ!この間は、みんなの思いを込めて貸し出したけど、今日は試着で勘弁して!」Oちゃんの表情が緩む。私は、マイちゃんに、頼むから挑発的な事はしないで!と眼で訴える。彼女も察したのかOちゃんの表情を伺う。「Oちゃん、○ッシーにブレス着けてあげて!猫の鈴じゃないけど、自分の印着けていいよ!」マイちゃんが切り出すと「うーん、どれにしようかな?さり気なく可愛いのがいいかな?」と言って前向きに考え出す。そうそう、その線でまとめるんだ!とマイちゃんに眼でサインを送る。「今度、一時帰宅した時に見つけて来るね!あたしの鈴必ず着けてね!」Oちゃんが言うので「仰せの通りに」と私は答えた。うーん、バランスを取るのに苦労するなー。この微妙なバランスを維持しなくては、平和はあり得ないのか?!黙して心の中で呟く。マイちゃんが私の首に手を回してネックレスを取り、Oちゃんの首にかける。「ふむ、さすが○ッシーのネック。誰にかけても違和感なしだね!」「ちょっと重いね。チェーンが太いからかな?」Oちゃんが言う。「チェーンを何度切ったか数えきれないね。今のチェーンになってからは、そんな心配からは解放されたけど」「そうね。男性用のロングは中々無いし、華奢なヤツって意外に切れるしね」マイちゃんがフォローをしてくれる。「○ッシー、雑貨店の人に怪しまれた経験は無いの?」Aさんが笑って突っ込んで来る。「微妙な空気に支配されるのは、毎度の事だからもう慣れたよ」と返すと「何となく分かる。ワコールの売り場に立ってるのとイコールだものね!」と下着売り場へと連行する。「バツが悪いよ。ブラとかをジロジロ見てる訳にはいかんだろう?」「でも、“選んで”って言われればどうよ?」「逃げる!」「マイちゃんとOちゃんに拘束されたらどうするの?」「うー、その時は逃げられない・・・、だよね?」交互に2人を見ると「絶対連れて行く!」「選ばせてあげる!」と勝ち誇った顔で撃沈に追い込まれた。「さて、○ッシーを撃沈した所ではありますが、買い出し第2段に行きますが、ご注文は?」Aさんが聞いてくれた。私はメモを取りに病室へ戻り、財布と共にAさんに託した。Oちゃんも同じくAさんに託した。「あたしももう1回出るわ。○ッシー、Oちゃんとお留守番宜しく!」マイちゃんも出かける支度をして来た。「悪いけど頼むよ」Eちゃんも含めた3人は連れ立って出かけて行った。彼女達の背中を見送ると「○ッシー、マイちゃんとはどんな事して来たの?あたしがここに座るまでにどんな事があったの?」とOちゃんが聞いて来た。「そうだね、脱走が主かな?歩いてホームセンターで自転車買って、2人乗りで帰って来てめちゃくちゃ怒られたり、最上階のレストランでビール飲んで帰ってきたり、東の川辺で話して半日過ごしたりとか、怒られる事は一通りやり尽くしたよ!」「凄いね。その度に外出禁止になるんでしょう?それでも2人で行く訳?」「掟破りが常だったからね。お互い長い入院生活だし、飽きると何かしらを考えてしでかすのが僕らのやり方だったね。今は、さすがに他の人に迷惑がかかるからやらないけど」「今度の脱走計画は、あたしも連れてってくれるの?」「ああ、算段は付けてある。Aさんの一時帰宅に合わせて決行するよ!」「ワクワクするな!スリリングな空気を味わいたいから!」Oちゃんが眼を輝かせる。「けど、一瞬のミスも致命傷になるよ!怒られる覚悟は出来てる?」「勿論、3人で一緒なら平気!」「僕がぶっ倒れた影響で、看護師さん達のシフトが修正されてるから、多少の計算をし直す必要はあるけど、基本的にはAさんが帰ると同時に計画スタートの予定。後は天気だけだな。雨が降ったら延期にしなくちゃ!」「○ッシー、ちょっといい?」Oちゃんは立ち上がるとランドリーの陰に私を引きずって行った。ふっと手が回され抱き着かれる。「少しだけこのままで居て!」Oちゃんの背を優しく撫でた。「I子ちゃんが羨ましかったの!」Oちゃんが少し震えながら言う。彼女も不安と常に戦っている。自分もそうだが、彼女達の闇は底知れぬほど深いはずだ。何かに縋り付きたい気持ちは痛い程伝わって来る。「大丈夫だよ。少なくとも僕の退院は伸びた。置いていかないよ」彼女は何度も頷いてくれた。

夕食後、私と主治医の先生との面談が急遽セッティングされた。謎の意識喪失について、突っ込んだ話も出たが、説明しても分かる筈が無いので「分からない」で押し通した。面談は1時間を要して終了したが、代償も付いて来た。「どうだった?」マイちゃん達は、心配して集合していた。「肝心な部分は“知らぬ存ぜぬ”で押し切ったよ。説明しても分かる訳が無い。ただ、代償はデカイけどね」「何がくっ付いて来たの?」「八束君に加えてU先生が付く事になった。昼にU先生が診察に来るらしい。SKが転院したから、彼女の手が空いたのが大きいな!外出は最小限の範囲で許可されたけど、当面家には帰れない。これは、こっちの都合に見合うが、監視の目が増えるのは厄介だよ!」「そうなると、○ッシーが動きにくくなるね。確かに厄介だわ!」マイちゃんが唇を噛む。「だが、逆手に取ればマイちゃん達の動きは察知されにくくなるぜ。僕が囮になれば、隙だらけに持ち込める。物は考えようだ。手を変えれば充分なチャンスが転がり込んだ事にはなる!」私は自信を持ってみんなを見渡した。「囮の役は結構難しいが、僕がピエロを演じれば間違いなく隙は生まれる。そこをマイちゃん達が突いて、外へ出る!」「○ッシーが囮とは、看護師さんも思わないか!過去の実績からしても、まず浮かばない。そういう事?」マイちゃんが一転して眼を輝かせる。「その通り、役割を検討し直せば、むしろ危険度は下がると踏んでるんだが、どう?やれるかな?」「やる!こんなチャンス滅多にないから、逃す訳には行かないわ!○ッシー、再検討にどのくらいかかるの?」マイちゃん達は前のめりに聞いて来た。「明日中に結論を出すよ。U先生の動向も見極めて置く必要があるからね。大枠は変えずに役割と時間だけを動かす。短時間に効率よくやらなきゃ意味が無い!」「OK、そっちは○ッシーに任せるよ!残るは人選だね。あたしも考えてみるよ!」マイちゃんを筆頭にメンバーも頷く。「多少の変更はあるけど、今回の脱走計画もみんなの協力が不可欠だ!それぞれに割り振られた役をきちんと演じ切って欲しい。決行予定は今度の金曜日!いいかい?」「分かった!」合唱が返って来た。「では、今日は解散とするよ。僕はデーターを入れ換えて計算をし直して置く。人選は明日、マイちゃんと決める。では、おやすみ!」メンバーの子達は頷くと三々五々病室へ引き上げて行った。「○ッシー、ちょっといいかな?」マイちゃんがランドリーの陰に私を引っ張り込む。「さっきね、Oちゃんが謝りに来たのよ。“○ッシーにハグしてもらった”って。“勝手に○ッシーを独占してごめんなさい”って言うから、あたしは“不安に襲われたならいいよ”って答えて置いたの。でね・・・、」「本当は、心中穏やかではないかな?」「そう、焼きもち半分、口惜しさ半分。あたしも、甘えてもいいのかな?」マイちゃんが不安げに言う。「僕らに遠慮は無しだろう?不安なら・・・」といいかけると、マイちゃんは飛び込んで来た。背中に腕を強く巻き付けて泣き出した。ずっと我慢していた感情があらわになった瞬間だった。声を抑えて泣きながら「○ッシー、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と鳴き声で訴える。背中と頭を撫でながら「ああ、行かない。いつも見てる。いつも傍に居る。沢山思い出を作ろう。元気に退院したら、温泉へ行くんだろう?」と言った。彼女は何度も頷いた。涙を拭いてやりながら「マイちゃんだって我慢するなよ!悪いクセだな。恐い事は恥ずかしくは無いよ。それを抑えてしまう事がよくないんだよ。安心して、どこへも行かないから!」彼女は黙って頷くともう1度飛び込んで来た。震えている彼女を受け止めるのが精一杯だったが、彼女は泣く事で気持ちを開放していた。きっと彼女はずっと気持ちを抑えて、気丈に振る舞っていたのだろう。そんな彼女の気遣いが温かくもあり、ありがたいと思った瞬間だった。小さな彼女を受け止めながら、私の目からも一筋の涙が落ちた。“戦士よ、我らは共にある。愛しき者達を守り抜くがいい”不思議な声が聞こえてペンダントがキラリと光った。「戦士か・・・、」柄じゃないが、その役割からは手を引くまいと思った。

翌朝、洗面台の前で顔を洗っていると「おはよう、○ッシー!」とマイちゃんが元気に声をかけて来た。笑みがこぼれている。彼女は元気一杯だった。「おはよう、爽快なお目覚めの様ですな!」「うん!不安は小さくなったから。○ッシー、これからも宜しくね!」彼女が握手を求めて来た。優しく手を握り帰すと「我慢するなよ!不安になったら、ちゃんと言ってくれよ!」と返すと「そうだね、昨夜みたいになる前に○ッシーにちゃんと言う。だから、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と真剣な眼で訴える。「幸いにして、当分の間は、外泊も禁止だ!2人で居る時間はタップリある!特に週末はな!」「そうだね。○ッシー独占もありだものね!」僕らは笑った。そしてランドリーの陰に移動して「但し、Oちゃんには要注意だ。彼女“ライバル”宣言は、ただ事じゃない!」と僕が言うと「心配しないで。影すらも踏ませないから!」とマイちゃんはさらり言った。女神は意に介する風が無い様だ。けれどこれからも否応無く“女の子の戦い”には巻き込まれる運命にある事には、変わりがあるはずも無かった。それでも“戦士”を降りる気は無かった。絶対にSKとの戦いは「再戦」があるはずだ。しかも、そう遠くない未来で。

N  DB 外伝 マイちゃんの記憶 ① 

2019年02月14日 15時00分26秒 | 日記
プロローグ ~ 鮮血の夜

深夜2時。呼び覚まされる様な感覚に襲われ、私は無意識に起き上がった。何故かは分からないが、病棟のホールへ吸い寄せられる様に向かう。廊下には赤い液体が流れていたし、白い壁やカーテンにも飛び散った鮮血と思しきシミが見えた。そうした異様な光景を眼にしても歩みは止まらない。“止まるな!歩け!”と言う意志に導かれる様に脚は進む。「がっ!」北側の病室の前で看護師さんが倒れるのが見えた。致命傷だろうか微動だにしない。その直ぐそばに宙に浮いている人影が1人。「SKか?!」人影が振り向く。眼光を鋭く光らせたその人影はSKだった。彼女は、床に降り立つと私に駈け寄り手を取った。「邪魔者は、みんな黙らせたわ。貴方は私と“ヴァルハラ”へ行くの!そこで永遠に仲良く暮らしましょう!」強烈な思念が流れ込んで来る。自分では抗えない強烈な思考だった。その時、微かに声が聞こえた。「○ッシー、ダメ!戻って!」マイちゃんの声だった。バリアーが砕け、思考が蘇る。「SK!僕は何処にも行かない!みんなを助けなくては!」だが、脚は張付いているかの様に動かない。SKは再び宙に浮くと、思念を解放しはじめた。拳が手刀が容赦なく首から下を襲う。殴られ斬られ服はズタズタに裂けた。四方八方からの攻撃は苛烈を極めた。唇と鼻は切れて血が流れる。脚を固定されているのでサンドバッグ同然に打たれ斬られた。「簡単には殺さない!貴方には全員の死を見届けさせてから“ヴァルハラ”へ連れて行く!誰にも渡しはしない!」SKが微笑みを浮べる。悪魔が微笑むとは、この事だろうと思った。同時にあらん限りの力を振絞ると、「生意気言ってんじゃねぇ!一思いに殺せ!」と叫んでSKに向かって突進した。SKは軽くかわしたが「何故動けるのよ!貴方にはそんな力はない筈よ!」と動揺を隠さなかった。「甘いな!隙がある以上は俺を止められん!狙うなら1発で致命傷を負わせなきゃ無理だよ!」私は遮二無二突進もうとするが、SKはバリアーで突進を阻んだ。そして瞬間移動をして背後を取った。振り返ると、拳と手刀が容赦なく襲い掛かる。私は膝から崩れ落ちた。息は荒くダメージもかなり酷い。次に立ち上がれば一撃をお見舞い出来るかも微妙だ。SKは「あの女共の息の根を止めてやるわ!そうすれば、貴方を操るのは雑作も無い事。待ってなさい!最もそのバリアーを突破出来ればの話だけど」バリアーを張り終えると、SKは虐殺に進もうとした。その時、SKの前に光る蝶が現われた。七色に光る蝶はSKの行く手を阻むと、分身を私に放った。バリアーを突き抜けると分身は独鈷杵となって私の掌に納まった。正確には五鈷杵と言う法具だが、金色に輝く五鈷杵は、バリアーを崩壊させSKを恐怖の底に陥れた。「何故だ!何故現われた?!全てはブロックしてあると言うのに!」SKは明らかに動揺していた。宙に浮くことも叶わなくなり、床に崩れ落ちた。近寄って見るとSKは、意識を失っていた。「マイちゃん!」私は彼女の病室へ走った。床やカーテン、ベッドも血だらけだった。マイちゃんも重症だったが意識は残っていた。「○ッシー、大丈夫?」瀕死の状態にも関わらず、彼女は私を気遣った。「しっかりしろ!今、助けを呼んでくる!」「無理だよ、もうダメ。私の分まで生きて!そしてSKを倒すの!」彼女は力なく答えた。このままでは、彼女は亡くなってしまう。“戦士よ、案ずるな。SKは邪神に乗っ取られているが、今は無力。時間を戻せばよい。SKは地の果てへ飛ばす。案ずるな!そのまま五鈷杵を持ち眼を閉じよ”何処からともなく不思議な声が聞こえた。私は目を閉じた。意識が急激に遠のいた。再び眼を開くと私はベッドに横たわっていた。“五鈷杵は首元に収めてある。次の戦いに使うがよい”不思議な声が途切れた。ネックレスのチェーンを触ると特に変わりはない。時計を見ると午前5時半を指していた。廊下からバタバタと音が聞こえた。何かを運んでいるようだ。私は起き上がるとそっと廊下を伺う。「ごめん。起しちゃったかな?」深夜勤の看護師さんが声を掛けて来た。「何かありましたか?」「ちょっと具合の悪い人がいるの。心配はいらないわ。まだ時間あるから、ベッドに戻って!」と言うとナースステーションへ走っていく。「時間を戻すか・・・、あれは夢か?クスリを飲み間違えたかな?」ベッドへ戻ると改めて考えて見る。病棟は何事もなく平穏の様だ。「酷い夢だった」悪夢を振り払う様に私は顔を洗った。血痕も傷痕も何も残ってはいなかった。

「おはよう!○ッシー」洗面台でヒゲを剃っていると、マイちゃんの明るい声が飛んで来た。「おはよう!」と返すと彼女は、私の顔をまじまじと見て「どうしたの?顔色が悪いよ?」と言った。「そうかい?至って普通だけど」「何か青白い顔だよ?本当に何とも無いの?」「自覚症状は無いよ。そんなに変かな?」改めて鏡に見入るが、自分では判別が付かない。「眠れた?物凄く疲れてる感じがするけど、大丈夫?」彼女は肩をポンと叩いて、確認をした。「強いて言うなら、猛烈に腹が減ってるだけ。朝食を食べれば復活するさ!」虚勢を張って誤魔化しにかかる。「それならいいけど、なーんか心配だな。虫の知らせってヤツ!あたし昨夜変な夢を見たから・・・」珍しくマイちゃんの表情が曇る。「何だ?その夢ってヤツは?」私が聞き返すと、彼女はランドリーの陰に私を引き込む。「SKさんにボコボコに殴られて、切裂かれて倒されたの。彼女宙に浮いてて、こっちを睨んでるだけど、手は使わないのよ!見えない拳や刃に襲われたって感じ。目覚めたら何とも無かったから安心したけど、不気味な夢だったわ」「確かに不気味な夢だが、SKさんが“閉門”になって今日で1週間経つ。化けて出るには遅すぎないか?どっちにしろクスリで眠らされてるはずだし」「うん、そうだよね!お盆でもないし、幽霊でもないだろうし。昨日、散々議論したりしたから潜在意識に残っちゃったのかもね!よーし、変な事は忘れて明るく元気に行くよ!○ッシー、例の脱走計画考えてくれてある?」「智謀の限りを尽くしてはあるよ。今回は大掛かりになるから、全員が協力してくれないと成立しない。検温が終ったら作戦会議だ!」「分かった。連絡回しとくね。それでお疲れかな?朝食、一緒に食べようよ。概略も聞きたいし!」「ああ、そうしよう」私達はランドリーの陰から出ると左右に分かれた。マイちゃんの夢にもSKが登場していると言う事は一抹の不安材料だったが、病棟全体に大きな変化は見られない。「考えすぎか?」私は眼球のツボを押して疲労回復をしてみた。だが、倦怠感は拭えなかった。

朝食と検温を終えると、三々五々喫煙スペースにメンバーが集まり始めた。「○ッシー、マイちゃん!妙な事が起こってるよ!“監獄”の扉が開いてる!」メンバーの子が手を指して飛び込んで来た。通称“監獄”もしくは“開かずの扉”と呼ばれる病室の扉が大きく開けられ、荷物やベッドが運び出されていた。「SKが居る筈なのに、どうしたんだろう?」ざわめきが流れる。「そう言えば、今朝方何かを運び出す音を聞いたな。看護師さん達もバタバタしてたし」私が今朝方の記憶を呼び覚ますと「SKさんの荷物を看護師さんが、まとめに来てるの!彼女、強制的に転院させられたかも知れない!」Aさんが追い討ちを掛けるかの様に走り込んで来た。「本当かい!だとすると医局がとうとう強行手段に訴えたって事になるな!転院先は当然不明だよね?」「知っているとしたら、○ッシーぐらいだろうって思って来たけど、分からない?」Aさんが無茶を言う。「察知出来ない事は山の様にある。超能力が備わってる訳じゃないんでね。ただ、ここでの治療継続を断念したのは、間違いないね。そうなると、SN病院かM病院当たりかな?閉鎖病棟があって直ぐに受入れ可能だとすると?」「KR病院は?」Aさんが尋ねる。「有り得なくは無いが、身内が働いている所へは入れないよ!1番上のお姉さんは、確かKR病院勤務でしょ?クリソツ顔の」「ええ、昨日も話したけど、先週からずっと夕方に来てるのは彼女よ。医局との話し合いに合意したのかしら?」「そうだろうな。でなきゃ荷物をまとめるハズがない」その時だった。フラフラと一人の男性が近寄ってきたのは。SKと“関係”を持ってしまった男。まるで吸い寄せられるかの様に、連日SKに面会を求めて病棟を彷徨っていた。彼の眼は精気を失い掛けていた。「すいません。SKさんの病室は?」男が私に尋ねた。「SKさんなら・・・」そう言いかけた次の瞬間、男の目が鋭く光った!私は目の前が真っ暗になり意識を喪失して膝から床に崩れ落ちた。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!」遠くでマイちゃんの絶叫が聞こえた。

漆黒の闇、煌く星、オリオン座を背景に小さく太陽が見えた。「ウェッジ・カイパーベルトか?!」私は思わず声を上げた。T字形の金属の柱にイエスの如く鎖で縛られており、衣服はボロボロに裂けていた。何故、太陽系の果てに居るのか?瞬時にその事を理解したのか?は分からないし、説明できない。黒光りしている地平は狭く、小天体であることは直ぐに察しが付いた。不思議なのは、大気も無い筈の天体で普通に居られる事だった。私は首を巡らせた。体のあちこちが痛む。宙を仰ぐとバリアーの様な薄い障壁が微かに見得る。「天体全部がバリアーで被われているのか?!何者の仕業だ?」私が呟くと「そうよ!やはり見抜いた!“選ばれし戦士”我に従う意思は無いか?」SKが宙を滑る様にして現われた。「悪いが、その意思は無い。俺を亡き者にするなら一思いに殺すがいい!」SKの眼は異様な輝きを放ち、薄笑いを浮べていた。「そんな口が訊けるのも、今の内だけだ!左前を見るがいい!」SKが勝ち誇った様に言う。「マイちゃん、Oちゃん、Aさん、Eちゃん、I子ちゃん・・・」彼女達は地に倒れ、息も絶えかかっている。「邪魔者達はいたぶって置いた!そちの返答次第で生死が決まる。さあ、答えよ!“選ばれし戦士”我に従え!」SKは私に問いかけた。「答えは、ノーだ!彼女達を解放する代わりに、一思いに殺せ!」「やはりそう来たか!いいだろう。彼女達は地球へ送り帰してやる!だが、そちは簡単には殺さぬ!神聖カシリーナ王国の力と威信を示す、最強戦士と戦ってもらう!」SKは5人の女の子達を消し去ると、右手を高く掲げた。大地が割れて巨大な王座が現われた。SKは王座に座り王冠を被った。「最強戦士、それは我だ!」顔にボディに見えない拳が食い込んだ!手刀が体を切り裂く。SKは剣を抜いて高くかざした。「魔界の剣!触れるものは、全てを切り裂く!行け!」剣はカーブを描いて宙を舞う。こちらは素手だ。左足を剣がかすめると、皮膚を切り裂き血が噴出した。「今は、小手調べ。次は心の臓を狙う!」SKが勝ち誇るように言う。その時、首元が輝いて五鈷杵が現われた。金色に輝く五鈷杵の光は、鎖を消し去り中心から上下2本の刃が延びた。刃は赤紫色に輝いている。「うぬ!そんな物を隠し持っていたのか!だが、魔界の剣の前には、そんなものは無力だ!止めを刺してくれるわ!」SKは自信満々で剣を投げる。五鈷杵を掴んだ私は、五鈷杵を回転させる。魔界の剣と五鈷杵は激しく激突して火花を散した。一進一退攻防の末、やがて剣は力なく跳ね返され、地に刺さった。剣は粉々に砕けて蒸発した。“戦士よ、SKの心の臓を狙え!邪神の息の根を止めるのだ!”また、不思議な声が聞こえた。魔界の剣を失ったSKは動揺を隠せないで居る。私は地を蹴り一気に間合いを詰めると、五鈷杵をSKに向けて突進した。チャンスは1度きり。言われた通りに心の臓を狙う。見えない拳や手刀が体を切り裂くが、一切気にしない。ただ、真っ直ぐにSKの心の臓へ五鈷杵の刃を付き立てた。「ギャー!」大きな悲鳴と共にSKの胸から血が泉の様に噴出し、王座が崩れ落ちた。黒い影がSKの体から霧の様に噴出した。バリアーも崩壊し始め、気体が漏れ出した。五鈷杵が別のバリアーを張ってくれたので、私は平然としていられた。足元にはSKが横たわっているが、傷一つ無い。気を失って倒れている。“戦士よ、邪神は払われた。SKも元に戻った。今から、そなた達を地球へ戻す。SKを抱き上げて五鈷杵を離さずに待て”不思議な声が私を導く。私はSKを抱き上げた。星が勢いよく流れ、気付くと病棟のホールに私とSKは移動していた。ホールは真っ暗だった。“戦士よ、戦いは終わった。SKに心配は無用だ。そなたも疲れたであろう。休むがいい”掌の五鈷杵は1羽の七色の蝶になり、何処ともなく飛び立った。SKも輝きを放つとやがて消えた。不思議な声が消えると同時に、急速に意識が薄れて私はまた闇の中へ放り出された。

「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」暗闇の奥からマイちゃんの絶叫が聞こえた。次第に明るくなると声もはっきりと聞き取れるようになった。「○ッシー!!○ッシーどうしたの?!返事をして!」マイちゃんが呼んでいる。「ここは・・・、何処だ?」私は眼を開くとそう言った。マイちゃんの膝に頭を預けていた。「○ッシー!ここは病棟だよ!みんな居るよ!大丈夫?!」視力が回復するとみんなの心配そうな顔が見えた。マイちゃんは半泣き状態だ。「どれ位、ぶっ倒れていたんだ?」「1~2分くらい。今、ストレッチャーが来るから!」マイちゃんが頭を撫でて言う。「ちょっとごめんなさいね。さあ、移すわよ!せーの!」3人がかりでストレッチャーに乗せられると、ナースステーションの奥にある処置室へ搬送される。主治医の先生が直ぐに診察を始めた。「呼吸が荒いな。酸素マスクを!採血急いで、優先で検査!」次々と指示を出して倒れた原因を探る。「朝食は摂られてますよね?気持ち悪くは無いですか?」酸素マスク越しに「はい、いいえ」を答える。「点滴ライン取って!ホリゾンとブドウ糖500ml!鉄も入れよう」点滴のバックが直ぐにぶら下がる。心拍と心電図計も繋がれ、臨戦態勢は整った。血液検査の結果が出るのまでは、経過観察になるだろうと思った。マイちゃんが枕元に来てくれた。多分、許可を得て代表して来たのだろう。「○ッシー、大丈夫?みんなに何て言えばいい?」「疲れたからって言っといて。知恵の使いすぎでオーバーヒートだって」酸素マスク越しに、ゆっくりと話す。マイちゃんは、私の左手首にブレスレットを巻き付けた。普段は絶対に外さない“お守り”だ。「あたしの分身。きっと守ってくれるよ。○ッシー、必ず戻って!」黙って頷くと頬に手を触れて彼女はみんなの場所へ戻った。微かに女の子達の声が聞える。「あっ!遂に出たわね。彼女の意思!」Kさんが真上から覗き込む。反論しようとすると「喋っちゃダメ!安静にして。“共に戦う”か。彼女がこのブレスレットを置いて行ったのは、貴方の回復を願っての事ね。カメラのお返しだろうけど。昨夜、何かあったの?引継ぎ書を見て見たら酷くうなされてたって書いてあったの。まるで誰かと戦っているみたいだったそうよ。覚えは無いかな?」私は首を振って否定した。「うーん、何が原因か分からないけど、物凄く消耗しているのは間違いないわ!ヘロヘロ寸前ってとこかな?悪いけれど、今日は絶対安静にしてて。まずは、少し眠る事。今、点滴に睡眠薬を入れるから」Kさんはバックに注射器を刺してクスリを混ぜた。「ゆっくり眠りなさい。何も心配はいらないから」間もなく私は深い眠りに落ちた。

目覚めると、時計の針は午後5時を回っていた。誰にも邪魔されずに随分と長く眠ったものだ。酸素マスクはそのまま装着されているが、心電図・心拍計は外されていた。点滴バックの残りも少ない。まもなく看護師さんが来るだろう。だが、あの夢はなんだったのだろうか?SKと死闘を繰り広げたのは事実なのか?あの壮絶な戦いが事実ならば、異常な体力消耗は説明が付くのだが。「こんばんは!お目覚めですね!」Kさんが真上に来た。「ちょっと待ってて、先生を呼んでくるから」Kさんが視界から消えて間もなく、主治医の先生がやって来た。血圧測定、検温、聴診器による診察が行われた。結果は「大丈夫でしょう」と出た。酸素マスクが外され、ベッドから半身を起こす。少しグラつくが姿勢は保てた。車椅子に乗せられると“犬の散歩”と言っている点滴台を伴って病室へ向かう。途中、Kさんに頼んで喫煙所に寄り道をすると、女の子達が“お通夜の席”の如く静まり返っていた。「どうした?」私が声をかけると「○ッシー!!もういいの?!本当に大丈夫?!」女の子達がワラワラと群がって来た。「はい、はい、はい、本日は横綱休場とさせて頂きますが、明日は経過次第で再出場させますから、安心していつもの様にお喋りを続けて頂戴!そうしないと彼も安心して眠れそうにないから」Kさんが代表して説明して、女の子達の群れを統率する。「良かった。○ッシー、明日は絶対に出て来てよ!」マイちゃんが言う。左腕を持ち上げると「明日、取ってあげるから。そのまま持ってて!」と言った。「何?マイちゃん、○ッシーに何をくっ付けたの?」と周囲から質問が飛ぶ。「秘密!」マイちゃんは答えをぼやかす。「心配かけて悪い。明日は戻るよ」私が何とか言葉を絞り出すと「○ッシー、待ってるからねー!」と大合唱が返って来た。「もう行くね」Kさんが車椅子を押して行く。「○ッシー、復活バンザイ!」女の子達がバンザイを始める。「やれやれ、やっと元に戻ったわ。貴方の存在はこんなにも大きいのね。退院するとなったら、大変な騒ぎになりそう!」Kさんが苦笑いを浮かべる。「まずは、体調を元に戻してくれないと困るから、今日一杯は病室から出ない事。夕食は運ばせるわ。気分が悪くなったら、遠慮なくコールを押しなさい!」Kさんが言う。病室へ戻ると、改めて血圧と体温を測る。「異常なしか。何が原因だったのかな?ボクシングのタイトルマッチをやって、アメフトの試合をする様な感じがするけど、心当たりは?」「ありません」「うーん、とにかく休んで頂戴。引継ぎでも要観察にしておくから。くれぐれも不用意に病室から出ないで。後で点滴のラインを抜去に来るから、大人しくしててね」Kさんは執拗に念を押す。「分かりました。安静にしてますよ」と言うと「あんまりびっくりさせないでね!」と言ってKさんは軽く頭を突っつくと引き上げて行った。その夜は何事も無く静かに過ぎて行った。

翌日、主治医の先生が改めて診察を行い、採血が行われた。結果としては「病棟内に限り行動の自由を認める」と言う判断になった。当然の事ながら、外出は禁止だ!買い物は誰かに依頼するしかなかった。「買い物はOちゃん達にでも頼むしかあるまい。さて、そろそろ出て行かねば騒ぎが拡大するな!」私は身なりを整えると、ゆっくりと病室を出て喫煙所へ向かった。「おはよー!」と声をかけると「○ッシー、本当に大丈夫?!ぶっ倒れてから丁度24時間しか経ってないよ!本当にいいの?」女の子達が輪になって全身を検分して、脈を計りだす。「おいおい、主治医の許可も得てるんだよ。外出は禁止だけど」といいつつ指定席へ座り込む。24時間か。悪夢の様な出来事からまだそれ程しか経過していないが、随分日時が過ぎた感覚に陥る。マイちゃんもやって来て指定席に落ち着くと、ようやくいつもの感覚が蘇る。「あっ、そうだ。これ」左手をマイちゃんの膝に置くと「効果抜群だったでしょう?」と言いつつブレスレットを外してくれる。「大事なモノをありがとう!」「いえいえ、〇ッシーのためだもの!」マイちゃんも安堵の表情を浮かべていた。「そう言えば、Oちゃんはどうしたの?」「〇ッシーが倒れたのをまともに見ちゃったからねー。ショックで引きこもっちゃったのよ」Aさんが言葉を選んで言う。「でも、今、先生の診察を受けてるから、もう直ぐ来ると思う。〇ッシーが復活したって聞いて、少しは立ち直った見たいだから」と言っている中、Oちゃんが姿を見せた。やはり血の気が薄い。それでも私を見ると微かに微笑んで指定席に座った。「もう、大丈夫?」彼女は気丈にも気遣いを見せてくれた。「悪かったね。でも、もう大丈夫。外出は禁止だけど」「あたしも、外出禁止になっちゃった。一緒だね」Oちゃんの顔に少し精気が戻って来た様だった。「〇ッシー、あれから全員に確認取ったんだけどね、メンバー全員が私と同じ夢を見てるのよ!」マイちゃんが真剣な眼差しで言う。「後、I子もそう。彼女、午後には駆け付けるって!」Eちゃんが付け加える。「おいおい、I子ちゃんに知らせたのかい?」「I子の方からメールが来て、“〇ッシーが危ない!”って警告されたんだけど、直後にぶっ倒れたでしょう?あたしが“間に合わずに〇ッシーが倒れた”って返信したら、電話で“何があっても行くから!”って押し切られたのよ。I子、半分泣きながら“あたしのせいだ”って言ってたよ!」「うーん、全員が同じ夢をねー・・・、偶然の一致にしては出来過ぎてるなー」「〇ッシー、何か心当たりがあるの?あるんじゃない?!」マイちゃんが問い詰める。「信じて貰えるか、些か不安なんだけど・・・」私は2件の夢の出来事をみんなに語り聞かせた。SKさんとの壮絶な死闘について、覚えている限りの詳細を伝えた。場が静寂に包まれる。みんな、黙り込んで考えている。「SKとの死闘か・・・、それも2連続ともなれば、如何に〇ッシーでもヘロヘロになるね。例え夢だとしても、それだけの戦いをしていたなら、ぶっ倒れても当然だよ!」Eちゃんがポツリと言った。「信じるのかい?」私がEちゃんに問うと「SKが〇ッシーを狙ってたのは、公然の秘密事項だしヤツの思念が現れたと考えれば、辻褄は合うと思う。別の次元で実際に起こったんじゃないかな?」と返して来た。「あたしもそう思う。あの子の歪んだ執着心が、襲い掛かって来たのは間違いないよ。〇ッシーを連れ去ろうとしたのは事実じゃないかな?」マイちゃんも同意した。「でも、〇ッシーは拒んで戦った。その結果として物凄く消耗した。だから倒れた。理屈としては合ってると思うな!医学的にはあり得ない事だけどさ」Aさんも自分に言い聞かせる様に同意する。「別次元での死闘はあり得たのかな?実際に戦ったのは僕だけど、妙なリアリティーはあるんだ。実際、これまでに経験した事の無い倦怠感に襲われたし・・・」「SKと戦って勝てるのは、〇ッシーだけだよ。あたし達じゃ手も足も出ないのは、身に染みて分かってるから。偉大な勝利を掴んだ感じはどう?」Eちゃんがケリを付けにかかる。みんなも頷いている。「苦しかった!あれほどの苦しい戦いは無いかったよ。相手はエスパー並みのパワーで襲って来たから・・・」改めて振り返ると、言葉はあまり出なかった。「でも、跳ね返してくれた。みんなのために。感謝!感謝!」マイちゃんが拍手を誘う。みんなが笑顔で小さく拍手してくれた。「さて、みんな買い出しに行こうよ。あっ、だけど〇ッシーとOちゃんは留守番だよね?〇ッシー、Oちゃん、買って来て欲しいものなに?」マイちゃんが明るく聞く。「僕の分はこれだ。メモと財布」私はマイちゃんに託した。Oちゃんもメモを差し出す。「了解、じゃあ行って来るよ!留守番頼むね!みんな、行くよ!」ワイワイと女の子達の群れが動き出す。いつもの日常が戻って来た様だ。「ねえ、〇ッシー」Oちゃんが遠慮がちに声を出す。「何?」「ネックレス見せてくれない?」「ああ、構わないけど」私は首の後ろに手を回してネックレスを外して、Oちゃんに差し出した。「へえー、意外。男の人が付けてるペンダントヘッドじゃないのね」「どう言う意味で?」「だって、このシルバーの翼のモチーフなんて女の子向けじゃない?」「何?!」私はOちゃんの掌の上のチェーンを見つめて仰天した。「どうしたの?」「このペンダントヘッドは、見覚えが無い!いつの間にあるんだろう?」「えっ!〇ッシーも知らないの?」「ああ、初めて見るよ!」銀色に輝く翼と小さなクロスのペンダントヘッドは、自分で付けた覚えが無いモノだった。「どこから来たんだろう?誰かが付けてくれたのかな?」見覚えのないペンダントヘッドが時を止めた。