limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㊵

2018年08月31日 22時40分06秒 | 日記
F坊は夢を見ていた。その光景は10年くらい前、ミセスAに“保護”されたN坊とF坊は、「共同生活」を始めていた。その頃は、N坊とF坊が職業訓練学校へ通い始めた時期で、毎朝ミセスAに叩き起こされていたものだった。N坊は、ミセスAに鼻を摘ままれて起こされていたが、F坊は殊更に寝起きが悪くミセスAも散々手を焼いていた。そこでミセスAが取った「最終手段」が、ガチで行う“ディープキス”だった。スヤスヤと眠るF坊の唇にミセスAの唇が迫る。そんな光景をF坊は外から見ていた。「こうやって、起こされてたよなー・・・」F坊は懐かしい思い出に浸っていた。唇が重なった瞬間、温かさを感じた。「あれ?!夢なのに実感がある?!何故だ?!なんなんだ?!」瞬時にF坊は目覚めた。ガチで“ディープキス”されている自分が居た。当然お相手は、ミセスA!「しまった!俺は疲れて眠っちまったんだ!だから・・・」思考が弾けたものの、身動きは叶わない。ミセスAはF坊の上にガッチリと体をのしかけている。ミセスAはたっぷりとF坊の唇を吸った。「F坊、お・は・よ・う!あー、久しぶり!甘―いのを思いっきり出来たから、あたしも、し・あ・わ・せ!」ミセスAは、F坊の前ではしゃいで身をくねらせた。「いいんですか?他人に見られても」F坊は立ち上がり、伸びをして眠気を振り払った。隣の社員も疲れたのか爆睡中だ。「その点は、問題ないわ。御覧なさい。もう午後4時を回ったわ」F坊がフロアを見回すと、人影も少なくなり窓口は閉院作業が佳境に入っていた。こちらを見ている人影は見当たらなかった。ミセスAは、爆睡中の社員をやさしく揺り起こしている。「はい、これ飲みなさい」ミセスAは2人に栄養ドリンクの瓶を手渡した。2人がゆっくりと栄養ドリンクを流し込んでいると「待たせて悪かったわ。思った以上に手間取ってしまったの。これが手土産のテープ。私とKとDBの会話が全て入っているわ」F坊は瓶と引き換えにテープを受け取った。「確かに、お預かりします。KとDBは何をしたんですか?」「面会を要求したの。でも、今日は無理だ、明後日の午後3時にもう一度来いって突っぱねたの。病院としても体制を作る時間が必要だから、時間を稼いだ訳よ」ミセスAが答えた。「ヤツらはとりあえず納得して帰ったけど、一つ気になる事があるの。当初の計画を変更した気配が感じられるの!私達が掴んでいない何か別の手を使うかも知れないわ。何かは断定出来ないけれど・・・」「確かKは“偉大なる勝利は・・・”とか言っていた。何を意味するのかは分からないが、手を変えるとしたら何をするつもりだ?ヤツらの部屋は既に調べられてるはず。何か異変があれば、俺達にも知らせが来るはずだ。だが、そんな連絡はまだ何も入っていない。可能性が残っているとすれば、・・・車か!車内に別の手が隠されているとしたら、部屋のガサ入れだけでは見つけられっこない!」F坊は必死に推理を巡らした。「その可能性は否定できないわ!切り札が車内に隠されているとしたら、車を洗う必要があるわね!」ミセスAも同じ意見だった。「確か、KとDBは“祝杯を挙げる”と言ってましたね」社員が瓶を差し出しながら言った。「ああ、場所は分からないが、確かにそう言っていた。ホテルへ引き上げてから出かけるのか?部屋でやるのか?そっちはN坊達が追っている。俺達も急いで引き上げてミスターJに情報を届けなくてはならない。ミセスA、これを返しますね」F坊はPHSと空き瓶をミセスAに差し出すと、テープを慎重にカバン中へ押し込んだ。「時間がない!俺達もKとDBを追いかけよう。まずはN坊達とコンタクトを取る必要がある。ミセスA!ミスターJに繋ぎを付けて貰えますか?俺達がテープと図面を持ってZ病院を出た事、N坊達が先行してKとDBを追いかけている事」「ええ、直ぐに伝えておくわ。2人共急ぎなさい!一刻を争う事態よ。無事にミスターJへ情報を届けてちょうだい!」「分かってます。じゃあミセスA!失礼します」F坊達もZ病院を飛び出して行った。N坊達に遅れる事30分。夕暮れが迫っていた。バス停へ走りながら、F坊は携帯の電源を入れてメールをチェックして見た。N坊からのメールが1件入っていた。「KとDBは、Pホテルへ引き揚げる模様。今の所、寄り道する気配なし」内容を確認すると、F坊はバスが来る前に返信を打った。「今、Z病院を出た。KとDBは、当初の計画を変更する可能性あり。ミセスAより、ミスターJに繋ぎを入れた。至急Pホテルへ戻る。KとDBが道草を食わない事を祈る!」F坊達はバスが来るのを待った。

Pホテルの5階。「司令部」では、ミスターJを中心に情報の精査が行われていた。撮影された写真の分析に始まり、スキャンした文書をプリントアウトしての確認作業。1時間はあっと言う間に過ぎ去った。「情報はこれで全部か?」ミスターJは顔を挙げてリーダーの男に尋ねた。「はい、これで全てです」「妙だな?」ミスターJは首を捻った。「入院中の“彼”を捕縛するならば、装備が足りなさ過ぎる。相手はZ病院だ。これでは、KとDBも捕らえられてしまう。このNPO法人へ“修行”へ送るのは無理だ」ミスターJはNPO法人への入信届を指しながら言った。「しかし、室内にはこれ以上の装備や文書は見当たりませんでした。秘書課長さん。どこか探し忘れた個所はありましたか?」リーダーの男は確認を入れる。「いや、全てひっくり返しましたよ。目の届かない箇所は無いと思います」一緒に潜入した秘書課長も漏れはないと言った。「我々は何かを見落とした訳ではないと言うのだな?だとすれば、Kはまだ何かを隠していると言う事になる」ミスターJは宙を仰ぎながら続けた。「Z病院の精神科病棟は、閉鎖病棟だ。患者さんも含め、関係者の出入りは厳しく監視されている。しかも、病院全体が“要塞”の様に堅固にガードされている。KとDBがのこのこと行って、“彼”を捕縛して帰って来られる場所ではないのだ。リーダー。KとDBを追跡して、Z病院へ行ったのは誰だ?」「NとF、秘書課長さんの部下が2名です」「NとFか・・・、Aの子供達なら分かるはずだ。脱出が如何に困難なものか。Z病院が要塞の様に堅固で、簡単には攻略出来ない事をな。彼らもきっと同じ考えに至るだろう」ミスターJはカップを持って窓際へと移動した。下の通りを見ながら暫く考えを巡らせる。「司令部」は沈黙に包まれた。だが、1人だけそわそわしている人物が居た。秘書課長は、NPO法人の文書を見ながら、必死に何かを思い出そうとしていた。彼には、このNPO法人の名称に見覚えがあった。つい最近の事だ。確かあれは酒を飲みながら実弟と話していた時だ。酔った実弟が「つい口走った」話の中にヒントがあった。「トリプルゼット(ZZZ)か!」秘書課長が口走った瞬間、ミスターJとリーダーが顔色を変えた。「秘書課長さん!どこでZZZの事を聞いたんです!」リーダーが物凄い剣幕で聞き返した。「いや、その・・・、酒の席で偶然聞いてしまった事なので、確かではないんですが・・・」「確かでなくても、聞かせて頂きたい!どなたに聞いたんです?!」ミスターJも真顔で尋ねた。「私から情報が漏れるとマズイのですが、お話ししましょう。実は、実弟が神奈川県警におりまして、先日久しぶりに実弟の自宅飲んだ時、何の弾みかNPO法人の話になりまして、実弟が“NPO法人にもピンからキリまである。NPOの名を隠れ蓑にしてZZZを密輸している奴らもいるんだ”と言ったんです。そのNPO法人がここなんです。“元々は宗教法人だったが、今は青竜会の手に実権が渡っている”とも言ってました」秘書課長は神妙に言ったが、ミスターJとリーダー男は強い衝撃を受けたようだった。「ZZZを青竜会が手にしたと言うのは、裏の世界では公然の秘密です!」「私も聞いている。しかも、ここは青竜会の縄張り。情報が県警から出たとなると、青竜会は既にZZZを闇で売りさばいている可能性が高い!ネットの裏サイトでも出回っていると見て間違いないな!」ミスターJとリーダー男は青ざめた顔で話している。秘書課長は恐る恐る「実弟の話がKとDBに関係があるのですか?」と聞いて見た。ミスターJは腕組みをしながら「大ありですよ!」と言った。「これから話す事は、Y副社長にもまだ伝えていない事です。しかし、確証が高い話が秘書課長さんから出た以上、報告する必要があります。秘書課長さん。Y副社長への報告書にこれから話す事を追記して下さい。新情報です!」秘書課長はすかさずパソコンの前に移動して、タイプの用意をした。その時、ミスターJの携帯が鳴った。「追跡部隊のNからだ。“KとDBは、Z病院を出た。ヤツらは今晩「祝杯を挙げる」といい、上機嫌だった。我々追跡部隊は、2手に分かれFがZ病院に残り、Aからの手土産を待っている。今の所、KとDBに新たな動きは無く、このままPホテルへ戻るものと思われる”と言って来た。どうやら、Kは別の手を隠しているな!ヤツらが帰れば“耳”で聴けるだろうて。では、秘書課長さん」ミスターJは静かに、ゆっくりと話し始めた。「私達はKが出発するまで間、自宅を密かに包囲して24時間体制で監視を続けてきました。人の出入り、宅配便の有無まで殆ど全てに渡って監視しました。出発の3日前、ヤツの手元に宅配便が届きました。中身は不明でしたが、誰が発送したのか?は突き止めてあります。ここ、横浜市内の青竜会系列の物産会社からでした。その翌日、Kは宅配便で送られて来た箱をある場所に持ち込んでいます。地元の清涼飲料水販売会社です。そこでKは10本の500mmペットボトルを手に入れています。それらは、丁寧に包装され、のし札が貼られていました。これらの事実と先程の秘書課長さんの証言を照らし合わせると、ある結論に達します。Kは恐らく“ZZZ”を混入した清涼飲料水を作り、車内に隠し持っていると思われるのです。ヤツは捕縛出来ない場合に備えて、毒物で“彼”を始末する用意があると考えられるのです。“ZZZ”は新種の合成麻薬の一種で、非常に毒性が強く南北米大陸では、大量の犠牲者を生んでいる悪魔の薬物です。もし“彼”がこの清涼飲料水を飲めば、取り返しのつかない事態に陥ることは確実でしょう。秘書課長さんよろしいですかな?」「はい、大丈夫です」秘書課長の顔は真っ青だ。「“ZZZ”の使用と青竜会の関与が疑われる以上、私達の組織では対処が難しい。どうしても、警察の手が必要だ。誘拐未遂ならまだしも、麻薬取締法違反に殺人未遂が加わるとなれば、KとDBを逮捕してもらうしかない。法に則って裁きを受けさせなければならん。計画では、Kは警察の手に引き渡し、DBは社内処分で裁く予定だったが、両名とも警察に引き渡すしかあるまい。この点もY副社長への報告書へ追記して下さい」秘書課長は強張った表情でミスターJの問いかけに頷いた。「このままでは、“彼”は薬殺されてしまう。どうするんです?ミスターJ?」リーダーの声は暗い。「青竜会を向こうに回して、やり合うなんて無理です!」「ああ、我々の手には負えないよ。下手に動けば全滅だ。だから、神奈川県警を動かすしかない!それが唯一の道だ」ミスターJも心なしか声が暗い。その時、ミスターJの携帯がまた鳴った。「もしもし、Aか。FがZ病院を出発したのか。ああ、分かった。A、君とFの推理は当たっているよ。Kが“ZZZ”を手に入れた確証が浮かんだんだ。青竜会ルートでな。KとDBは明後日、面会に再来院するのか。午後3時だな。了解した。少しは時間があるな。病院側はもう動いているんだな?なに?!警察も打ち合わせには来ているのか。分かった。そっちは予定通り動いてくれればいい。後は私達の番だ。そうか、宜しく頼む。じゃあ」ミスターJは電話を切った。「F達がZ病院を出たそうだ。後、1時間で戻るだろう。Z病院でのKとDBのやり取りと、詳細な院内図面と写真が揃うまでもう少しだ。先にKとDBが戻るだろうから、“耳”でヤツらの会話を聴きながら待つとしよう」ミスターJはコーヒーを淹れて“耳”の前に陣取った。秘書課長はミスターJの向かい側へ座ると「私達はどうすればいいんですか?殺人を防ぐ手立てなどどこにあると言うのです?」と真剣に問いかけた。「秘書課長さん。Y副社長の知り合いが、神奈川県警にいらっしゃるのをご存知でしょう?」ミスターJは静かに言った。「ええ、大学の後輩が県警のかなり上の方に居ると聞いたことがあります」秘書課長は記憶を手繰った。確か、中枢に近い地位に居るとY副社長から聞いたことがあった。「今回の件、Y副社長へ報告書を出されれば、必ず県警は動きます。と言うか動かさざるを得ないんです。Kがこれ程の非道に走った以上、会社レベルで終息させるのは困難です。Y副社長もそうお考えになるでしょう。貴方方は、私達と集めた情報を細大漏らさずにY副社長へ報告されればいい。後は、私の組織と警察で始末します。間もなく最後の情報が届くし、KとDBも“耳”を通じて喋り始めるでしょう。もう少し待って下さい。KとDBが“祝杯”とやらを挙げに行けば、部下の皆さんと帰れますよ。今少し、我々に付き合って下さい」ミスターJはゆっくりと落ち着いて話した。秘書課長は黙って頷き、報告書を見直し始めた。「さて、これから裏を取らねばならん。時間は限られているが、何とか間に合わせるしかあるまい」ミスターJはぬるくなったコーヒーを飲みながら、これからの動きを考え始めていた。「Kのパソコンを手に入れる必要があるな。さて、どうする?」

KとDBは、Pホテルに戻るとラウンジに座り、コーヒーを注文した。慎重に周囲を伺い、尾行されていないかを確認する。N坊達は危うく引っ掛かりそうになり、慌ててホテルを通り過ぎて難を逃れた。「おっと、ヤツら警戒してやがる。正面からは戻れないと来たか。ならば、こっちは潜るしかない」N坊達は地下駐車場への階段へ迂回して行った。KとDBはコーヒーを飲みながら、祝杯をどこで挙げるかを呑気に相談していた。「おい、DB!中華街へ繰り出すか?」「それもいいな。どこの店にする?」DBはKの意向を聞いた。「△珍楼当りはどうだ?派手にやっても構わんぞ!軍資金はたんまりとある」Kは財布を取り出して札束を数えた。「明後日に向けて精を付けるか?!」DBも札束を数えた。「明日は特に動く必要はない。ゆっくりと起きればいい。休息も大事だ。偉大なる勝利の前に英気を養う必要がある!」Kは完全に陶酔していた。「では、K様。部屋へ戻ってから、祝いの席へ向かわれますかな?」DBも緩み切っていた。「そうしよう。まずは着替えだ。冷や汗の連続だったから、気持ちが悪い。シャワーを浴びてリフレッシュしよう!」KとDBはコーヒーを飲み干すと、エレベーターへ向かった。KとDBはまったく気づかなかったが、N坊達は背後で2人の会話を聴きとっていた。「△珍楼か。ジミー・フォンの店じゃないか!料理はそこそこだが、ロケーションとしてはこっちに分がある。さあ、俺達も司令部へ帰還しよう」時間差を作り出し、N坊達もエレベーターに乗った。後はF坊達が無事に帰れば、追跡任務は完了する。「一休みしたら、また次が待ってる。忙しくなるぞ!」N坊は気を引き締めていた。N坊の予感は奇しくも当り、此の夜の内に「大返し」をする事になる。次の任務は、時間との闘いだった。

ミスター DB ㊴

2018年08月29日 16時25分42秒 | 日記
遥かなる昔、ミスターJは会社の組合の委員長として、闘争を指揮していた。そして、女性達を束ねていたのが、ミセスAであった。過激な闘争に明け暮れる組合に対して、会社は散々手を焼いていた。やがて、新たな組合が設立され、若き日のKやDBも新組合に加入し、ミスターJ達と激しい主導権争いを繰り広げた。その結果として、ミスターJは敗れ地下に潜らざるを得なかった。ミセスAも同じく下野したが、ミスターJは彼女に退職を勧めた。「君はまだ若い。頑張れば、また日の当たる道を歩けるようになるだろう。チャンスを棒に振ってはいけない」そう諭され、ミセスAは会社を去った。看護師資格を取り、看護師としてキャリアを積み上げて行きながら、結婚もして子宝にも恵まれた。その都度、ミスターJは我が事の様に喜び、祝福をしてくれた。ミセスAは、そんなミスターJを陰から必死に支援し続けた。そして今日、因縁のKとDBに再び相まみえるのだ。「ヤツら私だと気づくかしら?」ミセスAは久々の対決に心躍る気分を抑えつつ、応接室に向かっていた。

KとDBは押し黙っていた。せわしなく汗を拭きながら、ひたすら待っていた。時間すれば10分も経ってはいなかったが、ヤツらには1時間ぐらいに思えていた。何しろ、ここは「敵地の只中」なのだ。一つ間違えれば、逆に捕らえられる恐れもある。これからの「駆け引き」に全てを賭けるしか道は無いのだ。KとDBは心の中で、慎重に喋る言葉を選んでいた。2人がジレ始めた頃、ノック音が聞こえた。KとDBは反射的に立ち上がり、背筋を伸ばした。「遅くなりまして申し訳ございません。私が〇△*◇〇様を担当させて頂いている看護師のAと申します。〇△*◇〇様のお父様と叔父様でいらっしゃいますね?遠くからご苦労様でございます」「息子がお世話になりまして、ありがとうございます。今日は突然参上しましたが、息子に面会は出来ますか?」DBが上手く下手に回る。ミセスAは拍子抜けした。「何よ、気付かないの?!老いぼれの悪魔ども!」心の中でそう言うと同時に、計画が順調に運びそうだと思った。KとDBは全く気付いていない。こちらの思う通りの認識を植え付けるには、絶好のチャンスだと確信した。ミセスAは殊更丁寧に「既にお聞きになっていると思いますが、こちらの病棟は外部との接触を極力避けている所でございます。ご親族・ご家族でもご面会をお断りさせて頂いているケースもございます。〇△*◇〇様は、奥様だけが直接ご面会を認められている方になりまして、他のご家族・ご親族の方は面会を制限されておられます。奥様からお話をお聞きになってはいらっしゃいませんか?」KとDBは焦った。何と答えたものかと。それでもDBは「息子と私は別々に所帯を構えておりまして、嫁に確認せずに来てしまったのです。そうでしたか。私達では許可が出ないと言う事ですか?」と何とか話を繋いだ。「はい、直接のご面会につきましては、主治医の許可が必要になります。あいにく、〇△*◇〇様の主治医は今日、外勤に出ておりまして、〇△*◇〇様ご自身も検査を済ませられて、お休みになられております。点滴でお休みになって居ますので、起こすことは私達にも出来ません。明日も、朝から検査の予定が入っておりますので、明後日にならないとお返事そのものが出来ない状況でございます。」ミセスAは済まなそうに顔を作った。腹の中では笑いが噴き出していたが、それは表情にも出さない様に必死に堪えた。「では、明後日になれば、許可を頂けると言う事ですか?」DBも必死に演技を続けた。「そうですね、〇△*◇〇様と主治医が話し合いまして、体調が良ければ許可が下りる可能性はございます。ですが、病室へはご案内は致しかねます。接見室での対応となりますが、よろしいでしょうか?」「接見室とは?どこです?!」DBが身を乗り出して尋ねた。「反対側のお部屋でございます。ご案内しましょう」ミセスAは応接室の反対側に4部屋並んでいる接見室へKとDBを連れて行った。「これは、どうしてこんな仕掛けが・・・」KとDBは絶句した。留置場や刑務所にあるような部屋の構造に心底驚いた。ガラスを境に手前と奥に仕切られた部屋は、テレビドラマで出てくる部屋そっくりだった。「患者様とご面会者様の安全を考えた上で、この様なお部屋でのご面会をお願いしております。お気の毒ですが、こうした対応を取りませんと面会の許可そのものが下りない事もございます」「分かりました。せめて、声だけでもかけて元気付けてやりたいのです。お願いできますか?」DBは何処までも丁寧だった。普段の粗雑さを封印したその姿は滑稽そのものだった。たが、今ここで面会の許可を取り付けなくては、全てが無に帰すのだ。DBは必死に食らいつく。「どうか、先生にお取次ぎをお願いします!」Kは接見室を素早く見回して内部構造を頭に叩き込んだ。そして、DBと共に「お願います」と頭を下げた。屈辱に耐えながら。「分かりました。どうか頭をお上げになって下さい。私どもとしても、ご家族・ご親族の皆様のご希望を無下には致しません。〇△*◇〇様のご病状からしましても、主治医の許可は下りる可能性はありますので、ご安心ください。たた、ご面会はこちらでのご対応になりますので、その点はご了解ください。私からも主治医に働きかけて見ますので、明後日のこの時刻、今、午後3時ですが、もう一度、私を訪ねていらしてください。その時までに出来る限り努力してみましょう。それでよろしいでしょうか?」「分かりました。ありがとうございます。明後日の午後3時ですね。必ず参ります!」DBは頭を下げた。Kも下げている。どうにか面会の約定を取り付けたのだ。内心2人はほくそ笑んでいたが、表情には現さなかった。「それでは、明後日お待ちしております。インターホンでは私、Aを呼ぶようにお申し付け下さい。それで分かるようにしておきますので」「はい、それでは失礼いたします。お手間を取らせませして、ありがとうございます!」KとDBは再度、頭を下げた。「そのままお進みください。出るときはロックを致しておりません。どうぞお気を付けて」ミセスAも頭を下げてKとDBを見送った。

KとDBはエレベーターに乗るまで、無言を貫いたがエレベーターが降下し始めた途端、踊るようにはしゃぎ、けたたましく笑った。「DB!何という名演技だ!アカデミー賞モノだ!ヤツらから最高の回答を引き出したぞ。これで俺達の計画は、万事上手くいく。憎たらしい小僧は永遠に“外の世界”を見ることは無い。今度こそYも失脚へ追い込んで、我らの天下が復活するんだ!上々だよDB!」Kの目はキラキラと輝き、心は早くも“復権”に向けての計算を始めていた。「K、本当にこれでいいのか?俺は面会を取り付けたに過ぎないんだぞ!憎たらしい小僧に手は出せないじゃないか?接見室とやらでの捕縛は無理だ!」DBはKの意図を掴みかねていた。「ああ、捕縛は無理だ。それは認める。だが、手は他にもあるんだ!“憎たらしい小僧自らが自滅する”様に仕向ければいいのさ。俺はその用意もして来ている。捕縛は出来ないが、自滅へ追い込めば俺達の手間も省けるしな」「他の手とは、どんな手だ?」DBが怪訝そうに聞いた。「ホテルに着いたら説明するよ!今は敵地の只中だ。詳細は“安全な場所”でゆっくりと話そう!」エレベーターが止まり2人は1階へ降り立った。「ひとまずは、引き上げだ。明後日の午後3時。俺達は偉大なる勝利を手にして帰る!DB、今度はYが泣きを入れる事になるだろう。今までの苦労は報われるのだ!」「そう願いたいよ。Yの失脚は俺の望みでもある!まずは、詳しい話を聞いてからだな。その後は、“祝杯”を挙げようじゃないか!我らの輝かしい未来を祝して!!」「そうしよう!」KとDBは、上機嫌でZ病院を後にした。

6階の精神科病棟の廊下でも、腹を抱えて笑いを堪えて居る人物がいた。「何!あのブクブクでツルツルのハゲ共は!全く気付かないなんて、阿呆もいいところだわ!私が誰かも忘れて必死にハゲ頭を下げるとは!あー、可笑しい!見事に“ひっかけ”は成功だわ!借りはキッチリ返して貰うわよ!KにDB!!」ミセスAは息も絶え絶えになる程、笑い転げていた。「笑い過ぎですよ、ミセスA。そのくらいで辞めて下さい」1人の若い精神科医が見かねて注意した。ミセスAは涙目で振り返り「いいじゃない!ちょっとぐらいハメを外しても。貴方もモニター室で見てたんでしょ!」と抗議した。「ええ、迫真の演技、しかと見させていただきましたよ!母さん!」彼はミセスAの息子であり、Z病院精神科の医師でもあった。「貴方、時間はいいの?」ミセスAは聞いた。まだ、笑いは止まりそうにない。「4時から父さんと院長と打ち合わせですよ。明後日に備えて。警察の方もそろそろ到着するはずですけど・・・」「分かったわ。私もテープを作らなきゃ。ミスターJへの贈り物」ようやくミセスAは正気を取り戻しつつあった。「ここには入院されては居なくても、“彼”を悪魔の手から救うのは、医師としての誇りを賭けた闘いになる。父さんもそう言ってました。僕も思いは同じ。母さんだってそうだろう?」「そうね。遠い病院で療養をされている“彼”の手助けをするのも立派な治療になるわ。これ以上、不幸な人々を増やさない為にも、悪魔はここで葬るのよ。その手助けが出来るのは、私にとっても意義深いこと。だからミスターJからの要請に答えたの」ミセスAは力を込めて言った。「私の役目は半ば終わったけど、ここからは貴方と父さんたちの出番よ!しっかり頼むわ!」「ええ、言われなくてもそのつもりですよ。今回を逃す訳にはいかない!全力で立ち向かう覚悟ですよ!Z病院の名に懸けて!悪魔はここで退治して見せましょう」息子も母に誓った。「さあ、次の段階へ進みましょう。時間はいいの?」「そろそろ会議だ。じゃあ、母さん僕は行くよ。バトンは確かに受け取りました。後は僕らの番だ!」「行きなさい!後は頼んだわ!」ミセスA親子は病棟の廊下で、それぞれの方向へ分かれて行った。「さて、ダビングしなきゃ。本当はビデオを贈りたい気分だけど・・・。」ミセスAはダビング作業に向かった。

N坊達は、KとDBに接近しようとしていた。だが、あまり露骨に近づけば逆に気付かれてしまう。N坊は、KとDBの会話を何とか捕えようと、耳を澄ませた。だが、周囲の音にかき消され、途切れ途切れにしか捉えられない。「クソっ、“耳”がありさえすりゃあ・・・」N坊は必死に耳を傾け、探りを入れようとした。目を閉じて意識を集中し、雑念を振り払った。だが、相変わらずハッキリと捉えられない。その時だった。「KとDBが立ち上がりました。エレベーターへ向かう気配です!」一緒に行動を共にしていた社員が囁いた。「何!どこへ向かうつもりだ?!」N坊は視線を走らせKとDBの背中を追った。確かに2人はエレベーターホールへ向かっていた。距離を保ち、KとDBがエレベーターの中に消えてから、行先を確認する。ヤツらは、上へ向かっている。「6階か?!多分そこしかあるまいが・・・」「どうします?こちらも追いますか?」「いや、それはマズイ。隠れる場所がない。向こうもこちらも丸裸では気取られるだけだ」そう言ったN坊はPHSを引っ張り出し、F坊を呼んだ。「もしもし、どうしたN坊?!」F坊はすぐに出た。「KとDBがエレベーターで上へ向かった!恐らく6階だろう。F坊、何処に居る?」「今、1階北側の職員出入口兼、資材搬入口を撮影中だ。もうすぐ、そっちに着く。N坊は?」「エレベーターホールに居る。ともかく合流しよう!薬剤部の窓口の前で待っている」「了解」N坊達は早速移動を開始した。6階の病棟には、ミセスAが待ち構えている。KとDBが戻るとすれば、暫く時間がかかるはずだ。この隙に合流して置かなければ、次の行動に支障が出かねない。F坊達はすぐにやって来た。「ミセスAの餌食になりに行ったか?」「ああ、多分。暫く時間がある。この隙に調べた結果を図上にまとめよう。しかし、疲れた。喉がカラカラだ」「こっちもだ。すいませんが飲み物を買ってきて下さい。それとエレベーターホールの監視を・・・」F坊の頭をN坊が引っぱたいた。「馬鹿、カネぐらい出せ!」「分かりました。用意します。おい、監視を頼む。俺は売店へ行ってくる」社員の1人が走り出した。もう1人はさりげなく監視を始めた。「すみません。そう言えば、交通費もみんな出してもらってますね。返さなきゃ」N坊が財布を出そうとすると社員が手で制しながら「経費は会社が負担します。ご心配はいりません。課長命令ですから」と言った。「そいつはどうも・・・」F坊は恐縮しつつ頭を下げた。「私達は同志です。お気になさらずに」社員はさりげなく言い、再び視線を周囲に向けた。F坊とN坊は、急いで図面を照らし合わせ、写真を撮影した場所と方向を記載していった。その間に、コーヒー缶とサンドイッチが届いた。それらを流し込みつつ作業は続けられた。やがて、図面は完成したが、F坊とN坊はそれを改めて見直してみたものの「大手を振って出られる場所は無いな」「ああ、病棟で騒ぎを起こそうものなら、突破は不可能に近い」2人の結論は一致した。「どこか見落とした場所はないかな?」N坊は改めて図面をプロットして見た。「ミセスAも確認してるんだろう?俺達も隅から隅まで調べ上げた。どう見直しても、騒ぎを起こしたら自力での脱出は不可能だ。内通者が居たとしても、誤魔化しは通用しないよ」F坊は図上を幾つかなぞりながら出入口を示したが、どこにも監視の目がある。「監視カメラまでは見てないが、要所要所には仕掛けられてるハズだ。つまり、脱出は不可能って事だよ」F坊はそう結論づけた。「だとしたら、KとDBはどんな手を使うんだ?」N坊は首を捻った。「分からないよ。現時点では結論は不明だ。ミスターJなら思いつくかも知れないが・・・」F坊はお手上げだとジェスチャーで答えた。その時「KとDBがエレベーターから降りてきます!」と社員が言った。F坊とN坊、社員2名は慌てて図面を掴むと、KとDBを避けて移動した。「ひとまずは、引き上げだ。明後日の午後3時。俺達は偉大なる勝利を手にして帰る!DB、今度はYが泣きを入れる事になるだろう。今までの苦労は報われるのだ!」一瞬、Kが喋るのが聞こえた。「明後日の午後3時って言ってたな。ミセスAとの交渉が成立したんだ!」F坊がN坊、社員2名に囁いた。N坊は「今日は引き上げるらしいな。さて、どうする?」と皆を見回した。「KとDBが、これからホテルへ戻る保証は無い。どこかへ出かける可能性も考えなきゃならない。また、2手に分かれよう。N坊達は、KとDBを追ってくれ。俺達はミセスAからの手土産を受け取ってから、ホテルへ引き上げる」F坊が方針を決めた。皆が頷く。N坊は「こいつを渡して置く」と言って、F坊に図面とPHSとデジカメを渡した。「PHSはミセスAに、図面とデジカメはミスターJに渡してくれ。KとDBの行先は、随時携帯に連絡を入れる。じゃあ、頼んだぞ!」N坊達は、すぐにKとDBの後を追った。F坊は、PHS以外のモノをカバンへしまい込み、残った社員を振返った。「KとDBは“偉大なる勝利を手にして帰る”とか言ってましたね。ヤツら本当にどうするつもりなんだろう?」「さあ、私にもサッパリ分かりません」「まずは、ミセスAからの連絡を待たなきゃならない。暫くは待機ですね。隠れる必要も無いから、奥のソファーで待ちますか?」F坊達はソファーへ座り込んで、ミセスAからの連絡を待った。「鉄壁の要塞からどう脱出するんだ?ヘリか戦車でもなけりゃ、突破すら出来やしない。どんな魔法を使うんだ?」F坊は必死に考えた。だが、いくら考えても答えは見つからない。やがて、睡魔が襲ってきた。かなり強烈なヤツだった。F坊達は、睡魔に抗うことは出来なかった。疲れ果てた彼らは、不覚にも眠りこけてしまったのだ。そして、その背後に不穏な影が迫りつつあった。足音を忍ばせた影は、ヒタヒタと彼らに迫っていった。

ミスター DB ㊳

2018年08月28日 14時15分05秒 | 日記
少し時間は戻って、KとDBがZ病院に到着する50分前。追跡部隊の4人がZ病院の玄関をくぐった。「どうやら、先行出来たが、時間がない!直ぐに病棟の同志に会おう!必要なモノを手に入れないと、KとDBの監視は不可能になる」「俺はここに残る」追跡部隊の1人が言った。「全員で病棟へ行っている間に、KとDBが到着したらマズイ。俺がその間の監視を引き受ける。君達3人で行ってくれ。KとDBが到着したら携帯を鳴らすから、それを合図と思ってくれ!」「マナーモードに設定しよう。ここは病院だ。大っぴらに着信が鳴ってはマズイ。だが、病棟へはどこへ向かえばいいんだ?」「私について来て下さい!」秘書課長の部下が言った。「ここは、我社の社員がお世話になっている病院です。横浜本社から近いので。見舞いに来た事が何度かありますから、病棟へは私が案内します」「分かった。済まんがここで1人で防波堤になっていてくれ。俺達はなるべく早く戻る。よし、そうと決まれば早速行こう!」2手に分かれた追跡部隊の面々は、まず病棟を目指した。「6階へ!」エレベーターへ駆け込むと、すかさず6階のボタンを押す。そして6階のフロアへ降り立つと三重の壁に突き当たった。「ここからは、どうするんです?」先程案内を買って出た部下が聞いた。「インターホンで、Aと言う看護師を呼ぶんです。社名とパスードを言えば開けて貰えるはずだ」早速、もう1人の部下がインターホンの呼び出しボタンを押して、A看護師を呼んで欲しいと告げた。パスワード“カリフォルニアドリーム”を言うと「はい、今ロックを解除します。右手のナースステションへ進んで下さい」と応答があり、1つ目の壁が自動で開いた。ナースステションへ向かうと、一人の若い看護師が出てきて、ステーション脇の「応接室」と書かれた部屋の鍵を開け、3人を招き入れた。「ここで暫くお待ち下さい。Aを呼んでまいります」といって内側のドアを開けて病棟内に消えた。「やけに厳重だな。まるで要塞だ」「ここは、閉鎖病棟なんです。限られた人しか中へは入れません」部下の一人が説明した。「患者も含めてかい?」「ええ、病棟の外へ出れる患者さんにも付添が付くんです。さっき言われたように、要塞クラスの厳重な管理下に置かれているのです」部下が続けた。「KとDBは、こうした体制を知らないでしょう。ヤツらだって面食らうはずです」「俺は、こんな所には来たくは無いよ。入ったら最後、永久に出られそうにない!」そう言った瞬間、「N坊、今晩留めてあげようか?!私が添い寝してあげるよ!」いつまにかドアが開けられ、一人の女性が立っていた。N坊と呼ばれた男は椅子から転げ落ちそうになった。「ミセスA!その呼び方は止めて下さい!」「F坊は?貴方達一緒に来てないのかい?」ミセスAと呼ばれた女性は構わずに言う。「下でウォッチですよ!KとDBが来たら知らせる為に。自分で志願したんです」「そう、アンタ達もようやく使える様になったみたいね。いい判断だわ。あの、ヤンチャ坊主にしては上出来だわ!」ミセスAはしみじみと言った。「昔の話を持ち出さないで下さい!俺達だって大人になったんだ!勿論、貴方やミスターJのお陰ですが・・・、それより今は時間がないんです。話を進めましょう!」「そうだった!早速説明しましょう」ミセスAは話し始めた。「まず、このPHSを2台渡しておくわ。院内で使っても問題のないものよ。発信番号は4つ。1はこちらのPHSを呼び出す時、2はこちらのPHSを呼び出す時、3は私のPHSを呼び出す時に使うのよ。0は外線発信。続けて番号を打ち込めば、外部の固定・携帯に繋がるようになっているの。ここでは、通常の携帯は使用禁止だけど、これなら問題は無いわ。それと、これが院内の詳細な見取り図よ。最上階の10階は、ラウンジと食堂と会議室。地下はX線関係の検査スペース。1階・2階は事務室だから、実質的な病棟は3階から9階までよ。3階までは外来棟と連絡通路で繋がっているけど、4階以上はエレベーターと階段でしかアクセスできないの。」「非常階段は何処です?」N坊と呼ばれた男が聞いた。「図上には載ってないけど、見取り図の右上の隅の空白のスペースよ。文字通り“非常時”にしか使えないわ。緊急用エレベーターも同じ位置にあるけど、“非常時”以外は使われていないわ。」ミセスAはテキパキと答えた。」「正面玄関以外の出入口は、何か所あるんです?」「外来棟の夜間受付と救命救急センターの出入口と職員用が2か所。全て1階にしか無いわ。そこには全て警備員が配置されているの。24時間体制でね。」「もし、仮に忍び込んでも、騒ぎが起きれば出口は無い。そういう事ですか?」「そうね。人目に付かないで出る事は至難の業と言っていいわ」ミセスAは断言した。「追いかけられて、逃げ込めそうなスペースは?」「私もざっと見て回ったけど、最上階の会議室ぐらいしか無いの。他は鍵がかかっているか、身分証を通さないと開かないの。KとDBが現れるのは昼間でしょう?だとすれば、尚更無いと言っていいわ」ミセスAは図面を繰りながら答えた。「脱出経路無しか。KとDBは袋のネズミに来るようなものじゃありませんか!」「そうよ。職員でなくは、人目を避けて脱出する事は不可能よ!」「じゃあ、内部にツテでも無ければ、捕まりに来るようなものじゃないですか?!」「それがミスターJの目的よ!ここで2人は逮捕される。ここへ誘い込むのが一番手っ取り早いから」「分かりました。ミセスA。私達はKとDBがウロウロしている姿を追っかければいいんですね?」「そうね。それと、この封筒を持ち帰って欲しいの。ミスターJ用の院内図面。それと、これから用意する録音テープよ」「録音テープ?!誰との会話が入ったヤツです?」「私とKとDBのやり取りが録音されたモノよ。ヤツらは必ずここへ来る。と言うか来ざるを得ないわ。情報を得るためには、適当な理由を付けてここへ入る以外に手が無いんだから。私が直接ヤツらと渡り合うの!思いっきりヘコませてやるつもり!」ミセスAは、やる気満々だった。N坊と呼ばれた男は、ため息交じりに「ミセスA、程々に頼みますよ。KとDBをヘコませるのも結構ですが、あらぬ疑念を抱かせたら、元も子もないじゃありませんか。任務を忘れられたら困ります・・・。KとDBを逮捕するんでしょ!最も、我々がやるんじゃなく警察の手でやってもらうんですが・・・」「N坊!心配ご無用!私は、KとDBに会うのを愉しみに待っているの。久方ぶりの対面になるけど、ヤツらは多分気付かないわ。昔、火花を散らして闘った相手ですもの、今度は私が引導を渡して帰すわよ!」ミセスAは嬉々として言った。「知ってるんですか?KとDBを?」「ええ、随分昔、命懸けで闘って負けた相手よ!今度、ミスターJに聞いて見るといいわ。多分、教えてくれると思う。如何に闘ったかをね。さあ、時間がないわ!貴方達は3階でエレベーターを降りなさい。そして2階の吹き抜け部分から、入院係の窓口を見張りなさい。KとDBは真っすぐにそこへ向かうはず。そこには、院内案内のパンフレットがあるの。ヤツらはそこに必ず立ち寄るわ。くれぐれも見つからない様に慎重に動きなさい。F坊にも宜しく伝えて置いて。N坊、お2人さん、成功を祈るわ!じゃあ頼んだわよ。出るときは自由に出られるから、とにかく急ぎなさい!」ミセスAはドアを開けて3人を送り出した。「ガキの使いじゃないぞ!だが、もう本当に時間がない!ともかく急ごう!」3人は3階へと急いだ。もう、KとDBが到着するであろう時刻が迫っていた。

KとDBは、無言で1階のベンチに座っていた。2人共、院内案内図を必死に見つめている。「堅固な要塞」と言う言葉がピタリとハマるぐらい、護りは固い。Z病院は、難攻不落の大要塞だった。「戦車がいるな。あと、1個師団の兵士も」DBは言った。その言葉に力は無い。「派手な真似はできん。俺達はあくまでも、静かに事を済ませなくちゃならんのだ。そして、誰に誰何される事も無く、ここから出なくちゃならん」Kの言葉にも力は無い。「でも、見れば見るほどに、それは不可能だと思い知らされるだけだ。俺達はヤツを捕縛して修行三昧にするんだぞ!どうやって、連れ出すんだ?脱出経路になりそうな隙は見当たらん」DBは口惜しさを隠さずに言い「Yのヤツが、ここを選んだのは慧眼と言うしかない。俺達だけでも脱出するのは至難の業だ!」と吐き捨てるように言った。その時、Kが「今、“俺達だけでも脱出”と言わなかったか?」とDBに言った。「ああ、それがどうした?」DBは不思議そうにKを見つめた。「どうやら糸口が見えて来た!俺達はヤツを連れ出す予定だった。だが、それは至難の業だ。だが、考えてみろよ。ヤツを“一生出られなくすれば”目的は達せられるんじゃないか?修行三昧で弱らせ、人気のない山中に放置して、衰弱死させるよりは、ここで全てを終わらせる方が簡単だ!」DBはKの閃きが分からなかった。「どうするんだ?捕縛を諦めるのか?」「そうだ!捕縛する替わりに、ヤツを“生涯ここへ幽閉するんだ”2度と日の当たる世界へは帰さない!その手を使えば、我々も安んじてここから出られるし、人生を謳歌出来る!Yさえ失脚させられれば、復権の機会は必ず来る!」Kには“ある目算”が浮かんだのだ。「K、何か閃いたのか?」DBが問うた。「こんな事もあろうかと準備して来た別の手がある。DB、もう一度6階へ行くぞ!面会を申し入れるんだ!今日は面会出来なくても構わん。次に確実に面会さえ出来れば、ヤツを永遠に地獄から出られなくしてやる!そして、その責任をYに押し付けて失脚させれば、目的は達せられる!」「なんだか分からんが、そう言うのなら再度6階へ乗り込もう。俺がヤツの親父でアンタはその弟、つまり叔父だ。それでどうだ?」DBは段取りを決めた。「ああ、それで行こう。詳しい話はホテルで説明する。今、俺の頭の中では、着々と計画が練りあがっている。だが、その前に病棟内に、疑われずして入り込む手立てをしなくちゃならん。早速取り掛かろう!」KとDBは再び6階へ向かった。

ミセスAに会った3人は、大急ぎで階下へと引き返した。そして、2階まで戻ると2手に分かれた。N坊と1名の社員は、入院係が見下ろせる位置へ移動して、下を見張った。もう1名の社員はF坊の元へ更に下って行った。「お帰りなさい。あれ?!他の2人は?」「このPHSの2番のボタンを押してコールして欲しいそうです」社員はF坊にPHSを渡して言った。F坊はすぐさまPHSで呼び出しをかけた。「もしもし、ミセスAは何て言ってた?」F坊は暫く説明に聞き入っていた。「相変わらず、ガキ扱いか。あの方らしい。KとDB?まだ到着していない。後、5分以内だろう。おっと、現れたぞ!そこから見えるか?」丁度、KとDBが玄関の自動ドアをくぐってフロアに姿を現した所だった。DBが先に立って、入院係の方向へ歩いていく。「ミセスAの予想通りだ。それで、これからどうする?挟み撃ちにするのか。そっちが9階のエレベーターホールで、俺達はKとDBの後を追うんだな。だが、6階は隠れる場所があるのか?いまの説明では、丸裸になってしまう。トイレの中に隠れるのか?ああ、そこしか無いな。確かに。接近しすぎると危険だが、止むを得まい。何とかやって見よう!よし、分かった」F坊はPHSを切り、社員に言った。「私達は、KとDBの後を追って6階病棟へ行きます。向こうは9階で待機します。6階に着いたらトイレに隠れて、ヤツらの動きを伺います。接近し過ぎるのはリスクが高まるので避けたいところですが、危険を承知でやります。案内をお願いますよ」「分かりました。私が暫くヤツらを見ていますから、この院内図面に目を通して下さい」社員はF坊に図面を手渡した。F坊は素早く図面を繰り、頭の中へ叩き込む。KとDBも院内案内を手に、相談をしていた。やがて、KとDBが立ち上がって歩き出した。F坊達は距離を置きながら後を付けた。「行先は分かっている。ヤツらが昇ったのを確認してから、こちらも追いかけましょう」F坊達は時間差を置いて6階へ向かった。6階に着くと2人はKとDBの背中を確認して、素早くトイレへ滑り込んだ。入り口からそっと前を伺う。KとDBは三重の壁に阻まれ、茫然としていた。F坊はPHSを取り出し、N坊を呼び出した。「こっちは、壁の前で何やら話してる。もし、突入したらどうする?」小声で現状を知らせ指示を待った。その時、突然KとDBが振返ってトイレの方へ向かってきた。2人は慌てて個室へ飛び込んで、ドアを閉める。だが、ヤツらが入って来る気配はない。PHSからN坊「どうした?」と誰何している。F坊はPHSを切り、気配を伺ってから個室を出て、トイレの入り口をそっと伺う。KとDBがすぐそばの鉄の扉を調べていた。「紙一重ってとこだ。もう少し離れてくれ!」F坊は神に祈った。すると、KとDBはエレベーターの前に移動して、どこかへ行く気配を見せた。「上か下か?マズイ上だ!」すぐさまPHSでN坊を呼んだ。「KとDBがエレベーターで上へ昇って行った。隠れろ!」階上の2人は慌てて隠れた。「KとDBはどこだ?」N坊が誰何する。「どうやら8階で降りたようだ!そうか!階段だ!6階の階段入り口は鉄扉で閉ざされてる。ヤツら裏側を見に行ったらしい。そっちから追ってくれ!こっちもすぐに追っかける」F坊はN坊に指示を送った。「了解。気付かれないように合流だ!」N坊達は、足音を忍ばせ階段を慎重に下って行った。途中からF坊達も加わり、7階の踊り場の手前で、KとDBが話す声を捕えた。4人は慎重に歩みを進め、ギリギリまで接近を試みた。「暗証番号式だ」「表は鍵式だったな」KとDBの声が微かに聞こえてくる。「ここに、これ以上居るのはマズイ。一旦戻って作戦会議だ」KとDBは階段を下りて行った。F坊とN坊達は足音が消えるまで動かずに、身を潜めた。KとDBの気配が完全に消えると、彼らは5階のエレベーターホールに出た。勿論、KとDBは居ない。彼らは「危なかった」と口々に言った。「さて、どうする?」誰からともなく声が上がった。「KとDBは、また6階に行くだろうよ。あそこへ行かなければ、何の手がかりすら掴めないんだから。6階には、ミセスAが待ち構えている。俺達は、また2手に分かれよう。」N坊が言った。「F坊達は、院内の出入口を探って写真を撮りに行ってくれ。図面に乗っていない箇所があるかも知れない。場所は図面に書き込むんだ。俺達はKとDBの後を追う」「出入口は、1階もしくは2階に限っていいな?」F坊が尋ねた。「そうだな。3階から飛び降りるヤツは居ないだろう」N坊が冗談交じりに言う。「思っている以上に、この病院のフロアは広いし、入り組んでる。迷子にはならないようにするが、何かあったらPHSで助けを求める」F坊が言った。「そうと決まれば、グズグズしてる暇はない。手分けして当たろう!KとDBに追いつくまでに、見て回れる範囲は俺達も調べる。F坊、救命救急センターの方向は任せるぞ」N坊が言うと全員が頷いた。「さあ、散ってくれ!」男たちはそれぞれに散っていった。

KとDBは、再び6階の精神科病棟に向かっていた。「出たとこ勝負だが、とにかく潜り込むにはこれしかない!DB、頼むぞ!上手く掻い潜ってくれ!」Kはエレベーター内で祈った。6階、エレベーターホールへ降り立った2人は、真っ直ぐにインターホンへ向かう。DBがインターホンのボタンを押すと「はい、どちら様ですか?」と看護師が応答して来た。「私は、こちらでお世話になっている〇△の父です。面会をお願いできますか?」とDBがいつになく丁寧に言った。「〇△様のお父様ですか、ご苦労様でございます。失礼ですが、〇△様のフルネームをおっしゃって頂けますか?」看護師が質問をして来た。DBが「〇△*◇〇です」と淀みなく答えると「〇△*◇〇様ですね、今ロックを解除しますのでお待ち下さい」と看護師が言った次の瞬間「カチャ」と音が鳴り、ドアが左右に大きく開いた。そして、インターホンからは「右前方のナースステーションまでお進み下さい」と言ってきた。Kは「流石だねDB。ヤツのフルネームなんて、よくスラスラと出るもんだ」と小声で囁いた。「これくらいは、基本さ。さあ、前へ行こう!」2人はナースステーションへ行き、開いている小窓を覗き込んだ。数名の看護師が居る。インターホンに出たと思われる看護師が「〇△*◇〇様のお父様ですか?遠くからわざわざご苦労様です。そちらの方は?」看護師はKの事を尋ねている。DBは「彼は私の弟で〇△の叔父に当たります。〇△の病室を教えて頂けますか?」と聞いた。すると「申し訳ございません。ここは外部との接触を極力控えさせていただいている特殊な病棟となっておりまして、中へお入りになれる方は限られております。〇△*◇〇様につきまして、ご面会できる方についてお調べしますので、隣の応接室でお待ちいただけますか?それと確認のため、〇△*◇〇様の生年月日をおっしゃっていただけますか?」Kは密かに「しまった!」と思った。ヤツの生年月日など知る由もない。だが、DBは「196*年*月〇日です」と平気そうに答えるではないか?!「はい、ありがとうございます。では、そちらでお掛けになって暫くお待ちください」と言って病棟へと走って行った。2人は「応接室」入りソファーへ座り、冷や汗を拭った。「ヤツの生年月日、あれは確かか?」Kが心配そうに聞いた。「ああ、間違いないよ。Xが手に入れた書類に記載されていたからな」DBは息をつきながら答えた。「DB、よく気付いたな。お陰でここまでは成功だ。中々上手い芝居だった」KはDBを労いながら、室内を素早く観察した。病室側にもドアがあるが、ドアノブにテンキーが付いている。簡単には、外部の者を入れない様子が伺えた。第一ハードルは超えたが、まだまだ障壁はありそうだった。2人は押し黙ったまま待ち構えていた。そして、その様子をモニター画面を通して見ている人物がいた。ミセスAは、客の来訪を告げられて張り切っていた。「とうとう現れたわね、KにDB!!そう簡単には帰さないわ!」不敵な微笑みを浮かべたミセスAは、応接室へと向かった。全身から発せられるオーラは、メラメラと燃え盛っていた。

ミスター DB ㊲

2018年08月26日 16時34分28秒 | 日記
DBの到着を確認した後、Pホテル5階の「司令部」に6名の男達が集結していた。ミスターJが派遣した追跡部隊と、横浜本社から派遣された秘書課長以下2名の混成部隊である。KとDBの会話は、明瞭に聞こえており同時に録音が行われていた。「“耳”の威力は凄いですね。まるでその場に立ち会っているように感じます」秘書課長が唸った。「正直、私もここまでクリアな音声が録れるとは思っていなかった。電器屋の腕は相当なものだ」リーダーの男も唸った。「しばらくウォッチしていてくれ。俺は秘書課長さんと打ち合わせがある。課長さんこちらへ」男はベッドの方へ秘書課長を引っ張っていくと、小声で話し始めた。「課長さん、いよいよ本番です。これからの展開によってですが、部隊を2手に分けたいと思います」「そのこころは?」「追跡部隊と、もう一つは潜入部隊にです」男はさらりと言った。秘書課長は肝を潰した。「まさか、Kの部屋に潜り込むと言うのか!」「そうです!時間的に見ても、これから清掃作業に入る頃合いです。ヤツらは昼を食いながら話してますから、当然、片付けをしなくてはなりません。そこに隙があります」茫然としている秘書課長。「Kの所持品について、事前に把握して置く必要があります。KとDBが出掛けた隙を上手く利用しない手はありません。恐らく最初で最後の機会になるでしょう」男は“スパイ大作戦”をやろうと言っている。秘書課長は一瞬怯んだが「分かった。今やらねば、機会を逃すと言うのならやるしかない。」と言った。「それでは、人員割はどうする?」男に聞いて見た。「今、こうして分かれている通りにしましょう。私達が潜入部隊、彼らが追跡部隊。どうです?」「分かった。そうしよう。Y副社長にも通報する義務があるしな。それで、部屋の鍵はどうする?」「先程、部屋へ案内してくれた、客室係の彼女に手配してもらってますよ。ご心配なく。さて、部屋へ持ち込む道具をそろえなくは。課長さん、手伝いをお願いしてもいいですか?」「勿論だよ」「では、ゴソゴソと始めましょう」7階の724号室からの会話は順調に録音されていた。よもやKも階下に「司令部」があるとは思いもしないだろう。Kは「出し抜いた」つもりだが、Y副社長は更に裏を取った。情報戦でもリードしている。舞台上では、既に優劣が見え始めていた。踊らされているのは、KとDB。秘書課長は「観客」として傍観している様に感じ始めていた。その時だった。「KとDBがZ病院について話し始めました!」「何!最初のターゲットはそこか?!」全員がKとDBの会話に耳を澄ませた。どうやら、Z病院に「偵察」に行く気配である。「Z病院は何処です?!」リーダーの男が地図を広げて言った。「ここだ。市内の北側、私達の本社がここ。そこから西へ車で10分走った郊外のここだ!」秘書課長が地図上をなぞって説明する。「このホテルから移動するとなると、最短のコースは?」「市内は慢性的な渋滞が発生している。車だとKとDBに確実に置いて行かれる。だから、地下鉄とバスを乗り継いで行くのが、最も早い!」秘書課長が頭を巡らせながら答えた。DBも同じ様に分析をしている。「よし、早速行動開始だ!お前たちはZ病院へ先回りするんだ」リーダーの男が2名に命じた。秘書課長は他の2名に「最短、最速ルートを探せ!どうしてもヤツらより先にZ病院へ着いていなければならない。道案内は任せたぞ」と命じた。「君達4人は、今すぐにホテルを出発した方がいい。KとDBに見られたら全てが台無しだ。追加の指示は携帯にかける。さあ、急いでくれ!」4名の男達は慌ただしく支度を済ませると部屋から出て行った。リーダーの男は、窓際から外を伺い、4名が無事にホテル外へ出たことを確認してから、KとDBの会話に耳を澄ませた。秘書課長は携帯を取り出し、Y副社長を呼び出した。「KとDBが動き出します。行先はZ病院です!」Y副社長は「了解した。誰か先回りさせているのか?」と言った。「はい、追跡部隊は既にホテルを出ました。KとDBはまだ客室に居ます。恐らく10分以内にはヤツらも動き出すでしょう」「よし、貴重な時間を上手く稼いだな。“耳”から録ったテープは忘れずに持ち帰ってくれ。それと、追跡部隊に追加情報だ。直ぐに伝達しろ!Z病院には、ミスターJの同志が待機している。彼女とコンタクトを取って共同でKとDBの動きを探らせろ!パスワードは“カリフォルニアドリーム”だ。精神科病棟で彼女は待機している。分かったか?」Y副社長はゆっくりと話をしてメモを取りやすく配慮した。「分かりました。情報は書き取りましたので、直ぐに伝達します!」秘書課長はメモを見ながら言った。「Z病院での情報は、どう言う形でもいいから子細に調べ上げろ!KとDBが何を確認したか?それが重要だ。そして、テープと一緒に持ち帰ってくれ。遅くなっても構わん。私は部屋で待っている。では、宜しく頼む」Y副社長に報告を済ませると、今度は部下の番だ。Z病院での件とパスワードを伝える。部下は「分かりました。必死でやりますよ。事が済んだらホテルへ引き上げますか?」と聞いて来た。「そうだな、一旦戻ってくれ。報告書を作成しなくはならない。それと、くれぐれも気取られるな!4人で協力して上手くやるんだ」と念を押した。部下はどうやら先回りに成功しそうだった。「今、KとDBが出発するようです。“耳”を聴いて下さい!」リーダーの男が言った。「よっしゃ、いざ出陣だ!DB、案内してくれ」「後ろに気を付けよう。付けられていないかラウンジで確認だな」KとDBは部屋から出た。ドアの閉まる音を最後に“耳”からは何も聞こえなくなった。「KとDBがホテルから離れたら、直ぐにヤツらの部屋へ潜り込みましょう!」リーダーの男が言った。「ああ、何が出るかな?」秘書課長が問い返すと「妙なモノのオンパレードですよ。多分」リーダーの男は肩をすくめて言った。「持ち物から得られる手がかりで、ヤツらの今後の手口が掴めますよ。こちらは、更に手が広く厚く打てる様になります」「決死の捜索ですよ、私にしてみれば。こんな事やるなんて聞いてもいないんですから」秘書課長も肩をすくめていた。窓際で様子を伺った2名は、KとDBが連れ立って出発するのを確認してから、7階の724号室へ急いだ。

2人が7階の724号室へ向かうと、客室係とルーム係のカートが並んでドアの脇にあり、部屋の内部では、片付けと清掃が行われていた。ドアは開け放たれていた。「どうぞ、お入りになって下さい」背後から客室係の彼女の声が飛んできた。2人はびくっとして振返った。「あまり、時間はありません。他の係の者に見られると事です。捜索は手短にお願いします。それからこれを手にはめて下さい」彼女は薄手の青い手袋を差し出した。「手術用の手袋です。指紋を残さずに探りを入れられます。でも、中身を検分する際は細心のご注意を。疑われると事が厄介になりまから」急いで手袋をはめた2人は、早速Kの手荷物の検分に入った。彼女は清掃をしながら外を監視している様だった。デジカメで片っ端から写真を撮り、衣類の枚数を数えた。「1週間分の衣類がある様だ。Kはこの間に事を起こすと言う訳か?」秘書課長が呟いた。「その様ですね。宿泊予定日は、ここに書いてあります。書類のコピーを録るか」そう言うとリーダーの男は、スキャナーを取り出した。「えっ、パソコンは?スキャンしても記録は録れないんじゃないか?」課長が危惧すると「心配はいりません。コイツは中身を改造してあるんですよ。本体に大容量のメモリーを追加してあって、文書なら百科事典が一冊丸ごと入ります」リーダーの男は片っ端からスキャンをして文書を記録していった。課長は荷物を丹念に洗っていたが、妙なものを発見して首をひねりだした。「ちょっといいか?これを見てくれ!モデルガンにハンマー2本、1本は車の窓ガラスを割るヤツだ。大型犬用の首輪とリード、ロープが2本、強力ガムテープにこの瓶はエーテルだな。微かに匂う。何のための道具なんだろう?」リーダーの男が「証拠物件ですよ」と言った。「1点毎に、写真を撮りましょう。これを見つけるのが目的の一つだったんです。ヤツらは、やはりある人物を捕えて監禁するつもりです!ミスターJの予想は、やはり当たっていた」「誘拐と監禁か?!誰を?」課長が尋ねると「貴方が知らなくてもいい事ですよ。さて、大体の捜索は終わりましたね。足が付く前に引き上げましょう。大分時間を食ってしまいました。危険になる前に司令部に戻らなくては」リーダーの男は素早く道具を片付けると、廊下を伺った。客室係の彼女はすぐ隣の部屋の前で仕事をしていた。「引き上げだ。大丈夫か?」彼女は振り向くと、周囲を伺ってから頷いた。OKのサインだ。2人は足音を忍ばせつつ、彼女の横を通り脱出を開始した。エレベーターホールまでの間、誰ともすれ違わずに済んだ。潜入は成功したのだ。2人は一端2階へ降りてから、もう一度エレベーターに乗り5階へ戻った。後を付けられている気配はない。「司令部」となっている部屋の鍵を開けようとした時、リーダーの男が身を固くした。「中に誰かいる!」課長はドアから離れ「Kの仲間か?!」と言った。「とにかく、逃げられる様に身構えていて下さい!私が囮になって中にいるヤツをひきつけます。じゃあ行きますよ!」と言った瞬間リーダーの男は、床に転がっていた。中に居た人物がドアを開けたのだ!「何をやっておる?早く入れ!少し早く着いたので、コーヒーを淹れて待って居った」「ミスターJ!驚かせないでください!」リーダーの男が起き上がりながら抗議した。「すまん、すまん、とにかく貴方も早くお入りなさい」と秘書課長を手招きした。「ミスターJ・・・?!」今回の計画の中心人物にして、Y副社長も動かす司令官。秘書課長は、もっと切れそうなカミソリのような風貌の男を想像していた。だか、そこに居たのは初老の物静かそうな男だった。とても「Y副社長も一目置く大物」には見えなかった。部屋にはコーヒーカップが3つ用意され、コーヒーが湯気を立てていた。「KとDBは、Z病院か?」ミスターJは静かに聞いた。「はい、出発してから丁度40分になります。今頃、着いたでしょう」リーダーの男が言った。そして秘書課長に「座って下さい。コーヒーを飲みながら話しましょう」と言った。目の前にすると「おとなしそうな先輩」にしか見えない。「秘書課長さん、やり慣れない仕事をさせてしまって申し訳ない。だが、もう安心です。実働部隊の配置は完了しました。この携帯で指示すれば、即座に動き情報を送って来ます。では、2人が必死になってかき集めてくれたKの情報から見せて下さい。Z病院の方は、まだ暫く経たないと情報も入ってこないでしょう」「ミスターJ、準備が出来ました」リーダーの男が言った。「まず、写真からだ」部屋のTVをモニター画面にして写真が次々と映し出された。「ほう、やっぱり思った通りだ!」ミスターJは画面を食い入るように凝視していた。

バスを降りたKとDBは、Z病院の正面玄関をくぐった。「デカイな!病棟は西側のあのビルの様なヤツか?」KはDBに聞いた。「そうだ。救急救命センターの奥の、高いビル全体が病棟になっている」DBは、フロアを巧みに歩いて「入院係」の窓口へと向かった。傍のラックにお目当ての「Z病院フロアガイド」を見つけた。「ほら、これがZ病院の全体像だよ」DBは2部を掴んで、Kに1部を渡すと2人は近くのベンチに座り込んだ。ページをめくり、病棟のフロアを確認していく。暫く2人は無言だった。「6階だな。精神科病棟は。だが、妙だぞこれは。6階全体が閉鎖空間に見えるのは俺だけか?」Kが言うと「そうだな。ここだけフロア構造が他の階と違う!しかも病室内部の間取りが書かれていない!出入口も2か所だけで、その内の一つは職員専用だ!」DBも異変に気付いた様だった。「出入口の構造も妙だ。三重の扉で区切られている。しかも、2番目の扉の脇にある接見室とは何だ!面会者を病室に入れない仕組みの様だ」Kは指をつついている。「エレベーターホールに出ても階段は使えないかも知れない。ここだけ扉がある様だ」DBの表情も苦り切っている。「ともかく6階へ昇って見るか?」「それしかあるまい。この図面だけでは分からない事が多過ぎる」KとDBは立ち上がり、病棟へ向かった。エレベーターに乗り、6階へと降りる。すると、一面のガラス張りのパーテーションに阻まれた。中央にはインターホンがあるだけだった。そこから奥を覗くと更なる壁があり、右側にナースステションが見えた。左側は4つの扉の付いた小部屋で「接見室」の文字が見えた。エレベーターの右奥には階段があるはずだが、鉄の扉で閉ざされしかも鍵がかかっている。反対側はトイレになっていた。「閉鎖病棟だ。コイツは恐れ入った。Yのヤツがここを選んだのは、万が一にも簡単に突破出来ない事も折り込んでの事だったのか!」Kは憎らしそうに言った。「でも、突破するんだろう?」DBはKに向かって言った。「そうだ!こんな壁如きで諦める俺ではない!必ずコジ開けるんだ!」Kは語気を荒めて言い放った。「方法などいくらでもある。まずは、大人しく2つの壁をどうやって突破するかを考える。それと脱出経路だ!階段が使えない訳じゃない。コジ開ければいいんだ。2階層ほど昇って見よう」KとDBは8階へ向かった。するとエレベーターの右奥には階段がある。「降りてみよう」DBが先に立ち階段を6階まで降りた。すると6階部分は扉で閉ざされていた。ドアノブの下にはテンキーが付いている。「暗証番号式だ」DBが適当な数字を打ち込んでもドアは開かなかった。「表側は鍵式だったな」Kが思い出していた。「ああ、そうだった。それがどうした?」DBが聞く。「鍵を手にすれば、逃走経路になるって事だよ!」Kが言った。「とにかく、ここを出よう。人目に付くとマズイ。1階層下れば出口があるはずだ」案の定5階には出入口があり、エレベーターホールに通じていた。「まず、外来棟へ戻ろう。そこで今の結果を踏まえて、策を練り直しだ!」KとDBはエレベーターに乗った。その直後、追跡部隊の4人が現れ、小声で何やら話した後、2組に分かれて散っていった。Z病院内でも駆け引きは続いていたのだ。

ミスター DB ㊱

2018年08月25日 22時15分06秒 | 日記
Kが、横浜のPホテルへ車で乗り付けたのは、昼前だった。「やれやれ、やっと到着だ。最期に一人でこんな長距離を運転したのは、いつだったかな?機密保持のためとは言え、随分遅れてしまった」地下の立体駐車場へ車を押し込んで、フロントへ行きチェックインを済ませる。部屋の鍵を受け取り、荷物を部屋まで運んでもらうカートの到着をソファーで待った。ただ、その一部始終は、既にミスターJが派遣した追跡部隊の2名によって監視されていた。Kは、まだ全てが「露見」しているとは知る由も無かった。美人の客室係の女性に促されたKは、ご機嫌でエレベーターに乗った。客室係の説明に聞き入っていたヤツは気付かなかったが、追跡部隊の1名はエレベーターの隅に潜り込んでいた。7階でエレベーターは止まり、ヤツは客室係の女性と共に降りて行った。エレベーターは上昇し8階で止まった。透かさず携帯を取り出した追跡部隊の1名は「Kの客室は7階、724号室だ」と囁いた。「気取られずに張り込める位置に居るか?」と応答があり「エレベーターホールのソファーから見える位置だ。張り込みを開始する!」と告げた。「了解、いいか絶対に気付かれるな!危険を察知したら4階へ降りてこい!」と指示が飛んだ。「了解」男はそう言って携帯を切ると、何食わぬ顔で週刊誌を広げてソファーに座り込んだ。

Kの到着は、直ちにY副社長へ伝達された。「7階、724号室だな?了解した。秘書課長、厄介な事を命じて済まない。だが、君達がもたらしてくれる情報が、今後を大きく左右するのだ。今日一日、しっかりと頼む。それから、ミスターJが派遣した追跡部隊の方々に伝えて欲しい事がある。ホテル代と食事代は私が持つとな。秘書課長、例のカードを持っているな?それで清算をしてやってくれ。現金で支払った分は、後で各自に補填する。彼らは命懸けで働いてくれているのだ。カネの心配をさせてはダメだ。それと、ホテルの客室係を至急呼ぶんだ!パスワードは“セブンシスターズ”だ。そうすれば必要な機器が手に入るとな。何をするのか知りたい?それは、見ていれば分かる!だが、秘書課長、そこで見聞きした事は他言無用だ!他の2人にもよくよく釘を刺して置け!深入りし過ぎると、あらぬ疑いが君達に及びかねない!あくまでも彼らの指示に従い、サポートに徹するのだ!また、動きを捕えたらこの携帯にかけてくれ!時間など気にすることは無い。今はKが最優先事項だ。では、宜しく頼む」携帯を切ったY副社長は、社員寮を呼び出した。「私だ。DBはどうしている?まだ、動きは無いか。分かった。そうだ。DBが外出したら、直ちに私に連絡を入れるんだ!時間は関係ない。とにかく直ぐにだ!その際は、服装や持ち物も見ておいてくれ。そっちの方がより重要だ!帰ってきた際も良く観察していてくれ!勿論だ。遅くなっても構わん。では、頼んだぞ!」社員寮への電話を切ると、Y副社長はコーヒーを運ばせてから、デスクの地図に目を落とした。Z病院がある地点だった。「いつ、現れるか?今日か?明日か?まあ、いずれにしてもミスターJが手を回してある。簡単には事は運ばせん!足掻け、もがけ、這いつくばれ!私を甘く見た報いを受けるがいい、K!DB!」微かな笑みを浮かべながら、Y副社長はコーヒーをゆっくりと口元へ運んだ。

秘書課長から話を聞いた男は、早速客室係を呼び出した。「4階の421号室なんだが、パスワード確認をしたい。そうだ、“セブンシスターズ”だ。えっ?!手荷物をまとめて待っていろ?ああ、分かった」男は振り向くと全員に向かって「手荷物をまとめて下さい。部屋を移動します」と告げた。更に携帯で「Kの動きは?まだ何もなしか。済まんがラウンジへ降りて、DBの到着を待ってくれ。こちらは部屋を移動する。場所は追って指示する」男が携帯を切った瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。男は慎重に外を伺ってからドアを開けた。一人の女性がドアの前居た。「お待たせいたしました。お部屋へご案内します。荷物をお持ちになって下さい」男は囁くように聞いた。「なぜ、部屋を移るんだ?」女性は静かに小声で「ミスターJの指示です。静かに落ち着いてついて来て」と言った。1フロア上がった5階に案内された一行は、かなり広い部屋に入った。応接スペースが付いたツインルームだ。予備のベッドを出せば、3人は泊まれそうだった。客室係の女性は、慎重に廊下を見てからドアを閉めて話し始めた。「皆様、お疲れ様です。私はミスターJの同志です。ここは、ミスターJが司令部として使われるお部屋です。現在、神奈川全域の同志達が、指定された配置へ向かっています。ですが、まだ完全な展開は完了していません。ミスターJも夕方にはここへ入られます。それまでの間、皆さんでKの部屋を監視するために、このお部屋をお使いください。お食事はあちらにご用意させていただいております。皆さんお腹がすいていらっしゃいますよね?」時計の針は、午前11時を過ぎたところにあった。腹が減っては戦は出来ない。一同は思わず顔を見合わせうなずいた。「それともう一つ。ミスターJの指示でご用意したモノがこちらです」女性の指さす方向のテーブルには、テープレコーダーと無線機の様な機器が置かれていた。男は、はっとして聞いた。「まさかとは思うが、“耳”か?」「そうです。Kが滞在している部屋には“耳”が付いています。昨夜のうちに仕掛けて置いたものです。これで手の内はすべて記録されますし、リアルタイムで聞くことができます」女性がスイッチを入れると、ガタゴトと物音が聞こえた。「Kは部屋の中を調べまくってます。でも、この“耳”は発見できないでしょう。無駄な努力をしてますわ」女性は微かに微笑みながら言った。「どうしてそう言い切れる?」男は女性の自信たっぷりの様子に不安そうに噛みついた。「Kが探知機を持っていない事は分かっています。探知機だって電波を出しますもの。私の実家は小さな電器店を営んでいますので、主人はこうした電波機器に精通しています。“耳”はKに絶対分からない場所で、部屋中の会話を拾える場所に隠してあります。あそこです」彼女は天井の煙探知機を指さしていた。「なるほど、一見煙探知機だが、中身は別物。そう言う訳か」男は感心して頷いた。「はい、ですので気付かれる事はありません。ご安心ください。他に必要なものは私にご連絡いただければ、すぐに持って参ります。番号はこちらです」女性は男にメモを渡した。「恐らくKは、まもなくDBを呼び出すでしょう。ホテルの電話か携帯かは分かりませんが、いずれにしても会話は全て聞き取れますし、テープに録音されます。今のうちに交替で食事を摂られる事をお勧めします。では、皆様ごゆっくりお過ごし下さい」一礼した女性は慎重にドアを開けて下がっていった。「ここも大丈夫。後は引出しとテーブル周りとベッドの周囲だ!」Kの「無駄な努力」の声と音が聞こえていた。秘書課長は男に聞いた。「貴方達の仲間は、どのくらい居るんですか?」「私も正確には知りません。私も彼女とは初対面です。ですが、関東甲信には様々な仕事をしながら、協力を惜しまない仲間が居るのは確かです。そうした仲間達を統率しているミスターJは、文字通り大物なんですよ」男も改めてミスターJの大物ぶりを目の当たりにして、驚いている様だった。「とにかく、彼女の言う通り、まずは昼にしましょう。まだ、先は長いですから」「そうだね、そうしよう。おい、誰かお湯を沸かしてくれ。お茶かコーヒーを淹れよう。局面が動く前に休んで置こう」「私は、ラウンジの連中と交代して来ます。ドアチャイムを2度鳴らしたらドアを開けてください。開ける前に外の気配を伺うのを忘れずに!」男は部屋から急いで出て行った。秘書課長は「俺がまず聞き役になる。その間に食事を済ませてくれ。局面が動く前に万全の準備が必要だ!」他2名は頷いた。“耳”からは、Kの呟きと室内捜索の音が聞こえていた。「ない、ない、あったら怖い」Kはしつこく部屋を嗅ぎまわっていた。

Kは、ホテルの部屋に通されてから、必死になって「あるモノ」を探していた。それは「盗聴器」であった。何しろここは「敵地」である。あらゆる用心に越したことは無いと、部屋のあらゆる場所を見て回ったのである。テレビドラマでは、コンセントの中や電話機の中に仕込まれている場面が多いし、ボタンのような小型のものがベッドやソファーの下側に張り付けてあるのも王道だ。Kは小型ドライバーを持ち込んでおり、部屋中至る所を開けたり分解したり、ベッドやソファーの裏を執拗に見て回った。1時間半かけての捜索の末、盗聴器らしきモノは無い事を確認したKは、ようやく安心して座り込んだのである。「機先を制すと言うが、これだけ調べても無いと言う事は、この部屋は安全だと言う証拠だな。やれやれ、これで何の不安も無くDBと話が出来る。そうだ!DBへ連絡をしてやらないといかん!大捜索に気を取られて、すっかり遅くなってしまった」Kは携帯を取り出し、DBへ電話を掛けた。「DB!着いたぞ!Pホテルの7階、724号室だ」DBは、Kがヘトヘトになっている事に不信を抱いた。「K!どうした?随分とへたり込んでるようだが、何があった?トラブルか?」「いや、ちょっとした老婆心だよ。来てくれれば説明する。これから出てこれるか?」DBはすぐに「もう、行く支度は出来ている。早速ホテルへ行くよ!」と即断した。「分かった。とにかくシャワーを浴びないと汗だくだ。1時間ぐらいか?」Kの問いかけにDBは「もっと早く着くよ。まずは、昼飯を食ってからだな。何か用意しようか?」と返した。「DB、それは俺が用意するよ。とにかく来てくれ。話は山の様にある!」Kは一刻も早く策を練りたかった。DBと相談する事、手筈を決める事、最後の決着までは、まだまだ長いのだ。「分かった。ともかくホテルへ行く。待っててくれ!」DBは寮の部屋を出て、玄関へ急ぎながら電話を切った。その姿をずっと注視している視線には気付かずに。「DBが寮を出た」と言う情報は、3分もたたずしてY副社長の元へ伝えられた。そして、Pホテルの秘書課長と追跡部隊にも急報が飛んだのは、言うまでもない。

DBがPホテルの7階、724号室へ到着した際、Kはバスローブ姿でドアを開けた。「よう、久しぶりだなDB!まあ、入ってくれ。食事が今しがた届いた所だ!」DBとKは固く握手を交わしてから、テーブルを挟んで向かい合わせにソファーへ座った。テーブル上には、昼食が置かれている。「随分早かったな。超特急での到着とは、恐れ入った」Kが言うと「気持ちが先行してね。早く情報を聞きたくて」とDBが返す。「食いながら話そう。腹が減っては、何とやらだ」Kは昼食に手を伸ばして、貪るように食べ始めた。DBも腹ごしらえを始めた。「何で、俺がこんな格好をしているか?それから説明しなきゃならんな。実は、盗聴器が仕掛けられていないかを調べ上げたんだ。ここは敵地だし、何があるか分からん!石橋を叩くのは当然だろう?」DBは「盗聴器?!そんなモノがあったのか?」と驚きの声を挙げた。「大丈夫だよDB、この部屋は安全だ。徹底的に洗ったが何も出てこなかった。俺達は半年前にYに痛い目に遭わされた。常にYは、俺達の手の内を知り、先手を打たれ、こっちは後手を踏み続けた。何故か?Yは独特の嗅覚を持っているのと同時に、俺達の近所に諜報員を送り込み、情報を統制していたんだ。そして、俺達は情報戦に敗れ下野するハメになった。」「そうだ。Yは先回りして常に優位に事を運んだ」DBも同じように半年前を回想して言った。「何が勝敗を分けたのか?俺はずーと考えたんだが、結論から言うと、つまるところ情報漏れだったんだよ。組織的に動員をかけ過ぎた。人手は多いには越したことはないが、組織的な統制を保つのが難しい。誰がどこまで知っていていいか?機密はどこまでオープンにするのか?前回は機密保持に穴が開いてしまい、そこに付け込まれた。何をやるのかを全員に知らせたが為に、Yが嗅ぎつけてしまった。だからこそ今回は、同じ轍を踏まない為に細心の注意を払った。これが、Xが手に入れたヤツの情報だ。」KはDBに書面を差し出しながら続けた。「今回は、Xだけが全てを知っているのみだ。俺は外部の人間だから、直接手は出せない。だが、情報は工場内部にある。工場での実行部隊の編制や情報獲得の為に、人手を集めたのはXだ。集められた連中は何も知らされていない。Xだけが俺とリンクして動き、情報は徹底して絞ったし、終始隠密に動いた。その結果がそれに書かれている極秘の情報だ」「Z病院?!目と鼻の先じゃないか!」DBが唸った。「木の葉の中に隠れていた訳か!Yの庇護を受けて。俺達は全然別の方向を向いていたのか。足元とは、気付かなかった!」「それがYの切れるとこだよ。足元なんて誰も意識して調べないと踏んだんだろう。ヤツが隠れるには都合がいい訳だ。だが、病状を記した2枚目を手に入れるのにTを動かした。そこが気がかりだったのだ。TはYのお気に入りだ。唯一、危険を冒したのがそれなんだが、TからYへ情報が渡っている可能性が否定できないから、盗聴器を探ったのだ。だが、それも杞憂に過ぎなかった」「この病状ランクBとは、どう言う意味だ?面会は可能なのか?」DBが指摘した。Kは「そこが今一つ分からないんだ。ABCの順にいい悪いを表していると思うのだが、どちらにせよ真ん中と言う事になる。つまり、息も絶え絶えから、スヤスヤお休みになっていると俺は踏んでいるがね。所で、Z病院について何か知っているか?」KがDBに確認をする。「あそこは、人間ドックの指定医療機関になってるよ。Yは毎年、Z病院でドックを受けている。地域の一大拠点病院だ。横浜本社から車で10分もあればたどり着く。外来棟へは入った事はあるが、病棟には行ったことは無い。経路は知っているが。確か、外来棟の入院係の前に、病院のフロアガイドがあったはずだ。それを見れば概要は掴める」DBは記憶を手繰り寄せながら言った。「どの道、偵察には行かなきゃならん!Z病院へはここからどのくらいかかる?」Kが尋ねた。「地下鉄とバスを乗り継いで、そう40分ぐらいだろう。車を出すと返って時間がかかる。市内を突っ切って北へ出るのに渋滞にハマる。交通機関の方が早い!」「よし、まずはZ病院へ様子を伺いに行こう!今日はフロアの偵察と突入・脱出経路の確認だ!2人なら目立つことも無いだろう。その為に、実働部隊は我々だけに絞ったのだ。俺は着替えて来るから、最短経路を考えてくれ。DB、道案内は任せる」そそくさとKは着替えに消えた。DBは路線図を開いて経路を調べ始めた。2人は気付いていなかったが、階下の司令部ではそれぞれに配置への移動が開始されていた。「急げ!何としても先回りして、頭を押さえるんだ!ヤツらの動きを見逃すな!」散っていく急造部隊も必死に情報を掴むため、喰らい付こうとしていた。いよいよ、舞台の幕が上がったのだ。