limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB 57

2018年10月17日 11時15分06秒 | 日記
迫りくる黒塗りのセダン。「誰が乗っているんだ?」ミスターJは不審そうに言う。やがて車は、ミスターJ達の車列の前に停まった。左後席のドアが開いて紳士が1人降り立った。「Y副社長!」ミスターJは慌てて車を降りようとするが、Y副社長は目と手で制した。「ミスターJ、まずはお礼を申し上げる。今日の日を迎えられたのは、君達のお陰に他ならない」Y副社長は感謝を込めて頭を下げた。「私共は“当然の事”をしたまでです」ミスターJも頭を下げた。「その“当然の事”に命懸けで立ち向かってくれた諸君が居るからこそ、私達も安心していられるのだ。今日は“忍び”でKとDBの末路を確かめに来た。ヤツらはZ病院内かね?」「はい!先程、乗り付けました。間もなく玄関に現れるかと」ミスターJは、F坊とリーダーに双眼鏡で監視する様に目で合図する。「抜かりは無い様だね。最後の仕上げにかかっているのだな。私は、玄関先へ移動して見届ける。では、宜しく頼む」Y副社長は、車に乗り込むとZ病院内へ進んだ。玄関に近い位置に車を着けると、捜査官らしき男が駆け寄って行く。暫くすると捜査官は車から離れて見えなくなった。「交渉成立か」ミスターJは小声で呟いた。「KとDBが来ました!何やら重たい荷物を抱えています」リーダーが報告する。「ZZZ入りの清涼飲料水だ。あれを県警の手に渡すのが、Aの役割だ。その後、彼女も脱出する手筈になっている。リーダー、後続の機動部隊の車両は?」「間もなく到着の予定です」「よし、暫くは静観しよう」ミスターJはシートの背もたれに深々と寄り掛かった。もう、待つだけだった。

KとDBは、Z病院の平面駐車場に乗り入れると、玄関に近い場所を選んで車を停めた。「さあ、着いた。DBトランクから“見舞い品”を出してくれ」Kはトランクを開けると車から降りて周囲を素早く伺う。不審な車や人影は見えない。「K、これなら担いで行けそうだ」DBがトランクを閉めながら言う。「鍵はかけないで行こう。万が一にも逃げる際に素早く乗り込めるようにな!」Kは用心を怠らない。「だが、ざっと見た感じでは誰も不審な者は居ない」DBは荷物を担ぎながら再度周囲を見渡すが、異変には気付きもしなかった。駐車場のそこかしこの車の中には、10名の捜査官が息を潜めてKとDBをずっと凝視しているのを!「さて、時刻も丁度いい。病棟へ向かうぞ!」Kは、DBを促すと玄関の方向へ歩き出した。2匹は執拗に周囲を確認するが、捜査官と鑑識は巧みに隠れて動きを凝視していた。2匹は何も気づかずにZ病院内へ消えた。向かう先は6階の閉鎖病棟だ。ロビーを突っ切り、一路エレベーターを目指す。院内に潜んでいた捜査官達も動き出す。2名は階段を登って6階を目指し、4名は他のエレベーターで6階を目指した。4名はエレベーターホールの物陰に潜み、一課長にメールを打った。“KとDB、6階へ向かう”と。N坊もKとDBの動きを確認すると、リモコンを操作した。“ピッ”と音を立てて、車のECUが切換えられた。そして、大胆にも物陰に潜んでいる捜査官の目の前に、ボストンバックを放り投げる。「何だ?これは?」捜査官がバックを開けると1枚のメモが入っていた。“KとDBの遺失物”と書かれていた。首を捻る捜査官を尻目に「よし!脱出だ!」N坊は救急口からZ病院を抜け出した。

“KとDB、6階へ向かう”とのメールを受け取った捜査一課長は、駐車場に潜んでいた捜査官達を呼び出した。「いいか、間もなく“証拠”が降りて来る。鑑識は北側の職員出入口付近で待機!他の者は、この正面玄関を固めろ!病院外へ出たら速、確保だ!W警部、鑑識に同行して“薬物反応”の有無を確認しろ!」「はい!」その時、一課長の携帯が震えた。「俺だ。何!みなとみらい地区の異臭事件の犯人は、KとDBだと?!防犯カメラの映像から確認したんだな?!そちらは、まだケリは付かないのか?ああ、そうだ。昨日、異臭事件があったコンビニ2件にも鑑識を差し向けろ!KとDBの犯行の疑いが濃い。手薄なのは分かっているが、出来るだけ証拠を集めるんだ!急げ!」一課長の表情が険しさを増した。そこへ院内に潜んでいた捜査官がボストンバックを手に現れた。一課長にメモが手渡された。「“KとDBの遺失物”だと?!」中身は首輪、リード、粘着テープ、鎖、ロープ・・・。「これは、捕縛の為の道具だな!誰が持ってきた?」「それが、誰かは見ていないんです」一課長には、閃くモノがあった。「“陰の軍団”か!何処までも援護するらしいな。よし!押収して置け」一課長はZ病院の周囲を見渡したが、不審な人影や車は見えなかった。「彼らは何処かで見守っているのか、こうしている今もKとDBの犯行を追っていると見える。銀座の事件と同じだ!」一課長はそう呟くと、“其の疾きこと風の如く・其の徐かなること林の如く”と心の中で復唱していた。「孫氏の兵法を知り操る者とは、何者なんだ?」

KとDBは、病棟の6階を目指して、エレベーターに乗った。¨見舞い品¨が重いので、交互に交代で持ち込んだ。「いよいよ、あの¨憎らしい小僧¨と最期の対面になる。DB、我が手で¨修行¨へ送り込めない無念さは分かるが、コイツで確実に始末出来る。感情的になるなよ!」「ああ、分かってる。見てろ¨ハリウッド¨並みの名演で、お涙を頂戴してみせる!」DBは、自信たっぷりに言い切った。「運命のカウントダウンだ!Yが失脚するのも時間の問題さ!」2匹は、6階へ降り立った。行く手を阻む3重のドアの前のインターフォンの呼び出しボタンをDBがプッシュした。「はい」若い看護師が答えた。「○△*□○の父と叔父ですが、A看護師さんをお願いします」DBが哀れっぽい声で言う。「○△*□○様のお父様と叔父様。只今、ロックを解除いたしますので、暫くお待ち下さい」若い看護士がそう言うと、¨カチャリ¨と音がして、左右にドアがスライドした。KとDBは、予定通り第一関門をクリアした。左手のドアからA看護士が早速迎えに出てきた。「○△*□○様のお父様と叔父様、お待ちしておりました。看護士のAでございます。先日は、失礼を致しまして申し訳ございませんでした。本日は、主治医の許可も得てございます。一昨日にご説明しました様に、¨接見室¨でのご面会となりますが、宜しくお願い致します」と深々と頭を下げる。「此方こそ、息子がお世話になりっぱなしで、申し訳ありません。まずは、これを預かって頂けますかな?」DBは担いで来た¨清涼飲料水¨をミセスAに差し出す。「こちらは?」「息子が欠かさず飲んでいた、¨清涼飲料水¨です。少しでも元気付けられればと思いまして、取り寄せた品です」DBは役に成りきって答えた。「故郷のお水ですか?それなら喜ばれると思いますよ!お預かりしましょう。すみません、台車を用意してまいります」ミセスAは台車を回すと、ペットボトルを受け取った。証拠品は直ぐ様、鑑識が押収する手筈になっていた。若い看護士が台車を病棟内へ持ち込むと、待機していた鑑識課員が¨非常用エレベーター¨の前に台車を移動させて、簡易検査キットで検査を開始した。ミセスAは、KとDBを¨第二接見室¨へ通した。「こちらでお待ち下さい。接見時間は15分です。申し訳ありませんが、この部屋のドアは内側からは開かない仕組みになっております。接見が終わりましたら、お手元の黄色のボタンを押して下さい。看護士がお迎えに参ります。私は、別の患者様のお世話に行きますので、これで失礼をしますが、優しくお声をかけてあげて下さい」「はい、そのつもりです」DBは柄にもなく下手に言う。「では、お待ち下さい」そう言うとミセスAは¨接見室¨のドアを密閉した。KとDBは¨彼¨を待った。「憎たらしい小僧のツラを拝むのも、これが最後だ」Kが小声で言う。「K、滅多な事を喋るな!聴かれたら最後だ!」DBがたしなめる。その時、病棟側から車椅子が入って来た。「父さん・・・」感激の対面式が始まった。

ミセスAは、¨接見室¨に2匹を押し込むと、素早く着替えにかかった。KとDBが対面式をしている間を縫って、彼女も鑑識課員と脱出する手筈になっていたからだ。「母さん、後ろのホックがハズレてますよ!」息子がホックを止めた。「貴方、大丈夫なの?¨接見室¨の細工は?」ミセスAは不安そうに聞く。「心配ご無用!¨彼¨そっくりの役者が演じてますから。我が友の実力は折り紙付きですよ。それより、早く下へ降りないと間に合いませんよ!」「そうね。じゃあまたね。父さんに宜しく」「ああ、母さんも無理しないで!」母子は非常用エレベーターで別れた。「鑑識さん、これを課長さんへ渡して下さい」ミセスAは、今朝リーダーから預かっていた封筒を差し出す。「何ですか?これは?」鑑識課員は怪訝そうな顔で受け取る。「“聞けば分かる”そう言って渡せば分かるわ!それより、もう直ぐ1階よ。職員出入口から貴方達は外へ出て!」“ゴツン”振動と音を立てて非常用エレベーターは1階へ着いた。ミセスAは鑑識課員達を職員出入口に誘導すると、守衛に「警察の方よ出口を開けて」と言った。守衛は鑑識課員達を外へ導いた。W警部と鑑識課本隊が出迎える。「簡易検査の結果は?!」「陽性反応が出ました!」「これで疑いの余地は無くなった!全員正面玄関へ戻れ!」W警部と鑑識課本隊が移動を開始するのを見届けると、ミセスAは、救急口へ向かった。「後は、捕まるだけね。ミスターJと合流しなきゃ」彼女は速足で院外へ逃れ、ミスターJの待つ車へ急いだ。

感激の対面は無事に終わった。Kが黄色いボタンを押すと、外から“接見室”のドアが開けられた。「如何でしたか?」若い看護師が聞く。DBは“本物の涙”を拭きながら「哀れな息子よ・・・」と肩を落とした。Kも目が真っ赤だった。「ご安心ください。私達が必ず元気を取り戻させます。気を落とさずにまたお出でになって下さい」とKとDBを慰めた。2匹は丁寧に頭を下げると、三重のドアを潜りエレベーターホールへ向かった。トイレと階段に潜んでいる捜査官達は息を殺して、エレベーターの到着を待った。2匹がエレベーターへ消えると4名の捜査官は2台目のエレベーターで2匹を追い、2名は階段を駆け下りた。エレベーター内では2匹の高笑いが炸裂していた。「DB!“本物の涙”まで流すとは、恐れ入ったよ!ははははははは!!」Kは腹筋が痛くなるまで笑った。「俺の演技を見たか!K!最高だったろう!ははははははは!!」DBは涙を拭って笑い転げる。エレベーターが1階へ着いた。「DB!正気に戻れ!成田に着いたら祝杯を挙げよう。今は落ち着いて出るのが肝心だ!」Kが笑いを堪えて言った。エレベーターのドアが開くと、2匹は足取りも軽く院内を進んだ。微かに笑みを浮かべてはいたが、その背後には既に厳重な網が張られていた。

N坊に続いてミセスAも脱出に成功し、ミスターJと合流していた。「A、首尾はどうだった?」「上々よ!簡易検査でも陽性反応が出たわ。KとDBもオシマイだわ」ミセスAの報告にミスターJは頷いた。「さて、警察の捕り物を確認するとするか」ミスターJ達は双眼鏡を手に、少し場所を移動してZ病院の正面玄関が遠望できるポイントへ向かった。フィナーレを飾る“大捕り物”は間もなく始まろうとしていた。

KとDBは、正面玄関から外へ出ようとしていた。だが、そこには大勢の男達が待ち受けていた。振り返ると、後方にも男達が網を絞る様に迫っていた。「K!DB!¨麻薬取締法違反¨及び¨殺人未遂¨の容疑で逮捕する!神妙に縛に付け!」捜査一課長が大声で罪状を告げた。「何を寝ぼけた事を抜かすか!?証拠があるのかな?我々は見舞いに来ただけだ。道をあけたまえ!」Kはとぼけに走る。「今、証拠と言ったな!身に覚えがあるのだろう!これを見るがいい!」一課長は、¨清涼飲料水¨のボトルを突き出した。KとDBの顔色が変わった。「よく見るがいい!この水に試薬を入れると、どうなるかを!」鑑識が簡易検査キットを使うと、無色透明だった水は見る見る内に、変色し青く染まった。薬物の陽性反応が出たのだ。「これでも、まだシラを切るつもりか?!お前達の犯行は全て分かっている!観念して投降しろ!」一課長に証拠を突き付けられた2匹は「クソ!」と言うと背中合わせになり、戦闘体制を取った。「強行突破だ!DB行くぞ!」「分かったK!さあ、最初に餌食になるのは誰だ?!」殺気立った空気が漂う中、2匹はジワジワと玄関から駐車場方向へ移動する。「かかれ!」一課長が叫ぶと30名対2匹の決死の闘いの火蓋が切られた。四方八方から襲いかかる捜査員達に対して、2匹は以外にも善戦を繰り広げた。殴られ足をすくわれ、捜査員達はアスファルトに叩き付けられる。親父パワー全開に対して、捜査員達は遠巻きに囲うしか無かった。だが、多勢に無勢である。突撃した捜査員の下から別の捜査員がタックルで下半身を狙うと、2匹の動きは封じ込められ、遂にアスファルトに顔を擦り付けられた。腕を返され手錠がかけられた。「午後3時55分、逮捕!」時間を取られた2匹は、抵抗虚しく逮捕されたのだ。「連行しろ!」一課長が命ずる。2匹は最期の抵抗を見せようと暴れたが、捜査員達に抑え込まれ、護送車へ押し込まれた。Z病院の玄関先には、捜査車両が回送されて来た。「W警部、俺は直ちに相模原の現場へ向かう。KとDBを県警本部へ連行して、直ちに取り調べにかかってくれ!」「了解しました!」捜査一課長は、足早にZ病院から相模原に向かった。「さあ、撤収だ!県警本部へもどるぞ!」W警部は、一課長に代わり指揮を執り始めた。その時「Wよ!」と背後から呼ばれた。「Y先輩!いらしておられましたか」黒塗りのセダンの後席の窓が半分空いていた。「ご苦労だった。無事に2人を逮捕出来た。私も安堵したよ」Y副社長は微かに微笑みを浮かべていた。「これからは、我々の領域です。先輩、後は任せて下さい!」「うむ、頼んだぞW警部!」そう言い残すと、黒塗りのセダンは走り出した。

「ほう、意外に善戦しておるな。まだ力は衰えておらん様だ」ミスターJは微笑みながら言った。「でも、多勢に無勢。時間の問題ですよ」リーダーが返した。やがて2匹の腕に手錠がかけられた。KとDBは無事に逮捕され、護送車に押し込まれた。「ふー、今回の作戦は無事に終結した。リーダー、機動部隊と遊撃隊に帰還命令を出せ!作戦は成功裏に終わったと伝えてくれ」ミスターJは双眼鏡を降ろすと、車両の方へ戻った。Z病院から黒塗りのセダンが出て来た。右後席から高々と腕が掲げられている。Y副社長が「感謝する」と叫んで走り去っていった。「ミスターJ、ヤツらはどれ位“臭いメシ”を喰らうんです?」F坊が聞く。「Kは、20年は娑婆に出られまい。DBは、不起訴になるだろう」「えっ!DBは何の罪にも問われないんですか?」N坊が愕然と言う。「刑事罰はな。だが、DBには、Y副社長からの“海外リゾート”への招待が待っている。日本の土を踏めるのは何時になるか分からんよ」ミスターJは静かに答えた。「“海外リゾート”なんて贅沢なモノに招待とは、DBには甘すぎです!」N坊は地団駄を踏んでいる。「DBに甘い贅沢などあるものか!実質的には海外に幽閉されるんだ。下手をすれば太陽の下にすら出る事はない!刑務所より過酷な現実が待って居る」ミスターJはN坊をなだめる様に言う。「さて、俺は“寄り道”へ行かせてもらいますよ。横須賀までぶっ飛びだ!」“スナイパー”が別れにやって来た。「真っ直ぐ帰らないのか?」F坊が聞く。「ああ、海兵隊の同期が横須賀基地に来日している。今晩、基地で一杯やる約束なんだ」「男同士で一杯かい?」N坊がちゃかすと「いーや、飛び切りの美人だ。だが、バズーカを平気でぶっ放す“猛者”だけどな!」「女コマンドか?!撃たれるなよ!」F坊もちゃかす。「じゃあ、また打ち上げでな」“スナイパー”は鼻歌を歌いながら車に乗り込み、エンジンを咆哮させると横須賀へ向かった。「さあ、我々も帰ろう!作戦は終わった」ミスターJ達は車に乗り込んだ。リーダーとミスターJを乗せた車を先頭にミセスAとN坊とF坊を乗せた車が続く。ミセスAは2人に祝福の口付けの雨を降らせていた。「さあ、帰りましょう!今夜はご馳走よ!」彼女は張り切っていた。「やり遂げた。これで“彼”に害を成す者達は2度と現れんだろう」ミスターJは静かに呟いた。

県警本部に連行されたKとDBは、厳しい取り調べを受けた。Kは不思議でたまらなかった。“何故だ!何故こんな事になったのだ?”黙秘を続けながらヤツは必死になって考えた。計画が漏洩する事は無いはずだった。“Xが裏切ったのか?いや、それは無い。では、誰が嗅ぎ付けたのだ?”目の前に示される証拠は、自身が消したはずのモノばかりだった。“誰が俺のパソコンを盗み出したのだ?第一、初期化して消したはずだぞ!”Kは内心驚きを隠せなかった。次から次へと“消したデーター”が広げられ、厳しい尋問が続く。“警察は完全に俺の尻尾を掴んでいる。何故だ?!”Kは自問自答をしながら黙秘し続けた。そして閃いた。“まさか、Yの陰が動いていたのか?!そうでなくては説明がつかない!しまった!Yにまたしても貶められるとは!!何たる不覚・・・”Kは臍を噛んだが、後の祭りだった。「麻薬取締法違反、殺人未遂、それに銃刀法違反で再逮捕する!」Kは翌日再逮捕され、連日厳しい取り調べが行われた。Kは一貫して黙秘を貫いたが、次々に上がって来る証拠には太刀打ち出来なかった。Kは起訴され、検察へ送られた。間もなく裁判にかけられる。「おい、何か言う事は無いのか?」DBも黙秘を貫いていた。「うーん、これではどうしようもありませんね。実行犯ではありますが、Kと違い直接的な証拠が挙がって来ません」W警部が唸った。「ヤツが喋らないなら、何か追い詰める手は無いか?」捜査一課長は、宙をあおいだ。「3件の“異臭事件”でも、証拠になりそうなモノは出ませんでした。Z病院の件でも、直接関わった形跡は、今の所見つかっていません」W警部も宙をあおぐ。「このままでは、起訴に持ち込めるか微妙だな。何とかして口を割らせるしかあるまい」一課長が苦り切った口調で言う。「あらゆる手を尽くして見ますが、保証はできません」W警部悔しそうに返す。「それでもやって見てくれ。真相を明らかにする為だ!」「はい」一課長とW警部は頑なに黙秘し続けるDBを隣室で見ながら、ため息交じりで言葉を交わした。取り調べは難航を極めた。

本山某氏は、最期の決戦の舞台に立っていた。既に青竜会の本部も落城し、残ったのは港湾部にある拠点のみになっていた。相模原が警察の手で押さえられた事が、青竜会の“命取り”になっていた。薬物のみならず武器弾薬までが、警察の手に落ちた事で組織は半ば壊滅してしまったのだ。港湾部の拠点に残った組員達は、僅かに残された武器を手に必死の抵抗を試みていた。「兄貴、逃げて下さい!俺達が最期の特攻をかけて血路を開きます!」傷だらけの組員が本山某氏に告げた。「いや、俺も加わる!お前達だけを置いて行く訳にはいかん!では、行くぞ!」迫りくる警察に本山某氏達は、最期の特攻を仕掛けた。壮絶な闘いの中、1人また1人と警察に組み伏せられていく。本山某氏も傷だらけになりながら奮戦を続けた。「本山!俺が相手だ。かかって来い!」声の主はG刑事だった。「この老いぼれが!」本山某氏は真正面からG刑事へ突っ込んだ。互いに組み合って地面を転がる。「おう、森よ!もういいんじゃねぇか?」G刑事が意外な言葉を発した。本山某氏が、はっとして動きを止める。他の組員達も大方制圧されていた。「顔は変わっても、声までは変えられねぇ。森よ、長かったな!」数年ぶりに聞く“本名”だった。「Gさん、約束を果たしに来たのか?」「ああ、お前に手錠をかけるのは、俺の仕事だったな。約束通り“逮捕”させて貰うぞ!」G刑事は手錠をかけた。「本部長が待ってる。一課長もお前さんの無事を心配してた。さあ、帰るぞ!森巡査部長殿!」本山某こと、本名、森重明巡査部長の長かった任務も終わりを告げた。この闘いを最期に青竜会は壊滅した。「Z病院へ連れていけ!怪我の手当をさせるんだ!」G刑事は指示を出した。「森、外科部長に話は通してある。元の顔に戻ってから、また会おう!」小声でG刑事は囁いた。「Gさん、ありがとう」パトカーはZ病院へ走り去っていった。

結果的にDBは「不起訴」となり、検察から釈放された。Kの裁判は近々始まる予定だ。DBは茫然としながら、街中に放り出された。「俺はこれからどうなるんだ?」DBは怯えていた。「DB、迎えに来たぞ」振り返ると、横浜本社の秘書課長がワンボックス車で来ていた。「Y副社長がお呼びだ。早く乗れ!」急かされて車に乗り込むと、横浜本社へ向かった。「すまんが、喉が渇いた。水をくれないか?」DBは飲み物を要求した。「ほれ、コーヒーだ。ゆっくりと飲むがいい」秘書課長は黒いコップを差し出す。中には“時限爆弾”が仕掛けられていた。飲み干したDBは、もう一杯を所望した。秘書課長は水筒毎、DBに手渡した。グビクビとコーヒーを飲み干すDB。やがて、水筒とコップがDBの手から転げ落ちた。意識は無い。「よし!落ちたぞ。支度にかかれ!」車は路肩に停車すると、車椅子にDBを移し目隠しとヘッドフォンが装着された。大音量で演歌が流れている。「予定通りだ。成田へ向かえ!」ワンボックス車は成田空港へひた走った。空港では、ベトナムへDBを移送する要員2名が待ち構えていた。秘書課長は彼らと共にベトナムへ飛んだ。“高級リゾート”へDBを送り込むためだ。航空機はベトナム、ハノイへ向けて離陸した。いつ帰れるとも知れぬ長い旅路が始まった。

「ミスター DB END」

*資料の整理、記憶の整理のため、「ミスター DB」は、一時休載します。次回からは「新 ミスター DB」として再開の予定です。

ミスター DB 56

2018年10月15日 15時56分56秒 | 日記
「あのアホ蛙共め!さっさと総合案内へ行け!」ミスターJは毒づいたが、依然として¨2匹の食用蛙¨達はうろつくばかり。オロオロと周辺を見回して立ち往生したままだ。「マズイですね。このまま時間を空費してしまえば、¨遅刻¨してしまいます!何かアクションを起こさなくてはなりません!」リーダーは、意を決したかの様に言う。「何が出来る?面が割れてしまったらそれまでだ。我々はあくまでも¨追う側¨に居なくてはならない」ミスターJは慎重な口振りで返す。「ミスターJ、貴方は蛙達に面が割れておられるでしょうが、私は割れて居ない。そこに活路があります。KかDBの荷物をひったくり、¨ランドマークタワー¨まで突っ走ればどうです?」「それではリーダー、君が追われる立場になるぞ!リスクが大き過ぎる。KやDBだけでなく、警備員からも追跡される事になる。第一、何処に逃げ込むつもりだ?」「¨スナイパー¨の車がありますよ。もし、それが無理なら街中へ出ればいい!Z病院へは、電車とバスで行けます!ラグビーで鍛えた脚ですから、人混みを縫って走るのは、難しい話ではありません」リーダーは平然と言ったが、あまりにもリスキーな手口に、ミスターJも二の句が続かなかった。「後、5分待ちます。もし、決行した場合には、ミスターJを置いてきぼりにしますが、ご容赦下さい!」そう言ってリーダーは、タイミングを見計らいにかかった。

「K、どっちから俺達は歩いて来たんだ?」DBが聞くが「分からん!ゴミ箱ばかりを探していたから、目印になるモノをろくに見て無いんだDB」Kも困り果てていた。「確か真っ直ぐに歩いて来たな。だとすれば、うーん!分からない!右か?左か?」DBも迷いに迷っている。虚しく時間だけが過ぎて行く。だが、ここでは救いの神は、味方をした。総合案内の女性が声をかけてくれたのだ。KとDBは、彼女の助言に依って方向感覚を取り戻したのだ。「ふー、助かった!K、急ごう!大分時間をロスしてしまった。おい?どうした?K?」DBが誰何するが、Kの足取りが覚束無い。「DB、感じないか?あの¨悪夢の鈍痛¨を!」Kは、脂汗を滲ませて呻く様に言う。「マズイ!微かに痛みを感じる!例のヤツか?!」DBの背筋にも悪寒が走る。だが、ここは¨クイーンズ・スクエア¨だ。人混みが途切れる事は無い。もし、異臭を放出すればパニックは免れない!「トイレはあそこだ!だが、ここはコンビニでは無い。¨異臭の素¨は駆逐された筈だが、リスクは避けようが無い。DB!どうする?」Kは喘ぎながら言う。DBにも¨悪夢の鈍痛¨は訪れて来た。「仕方あるまい。リスクはあるが、逃れる術も無いとなれば、一か八か賭けるしかあるまい。K!飛び込もう!」DBは決断した。「行くぞK!」2匹は、遮二無二トイレへ駆け込んだ。だが、焦りすぎて女子トイレへ雪崩れ込んでしまった。「キャー!!」甲高い悲鳴が響き渡る。2匹は慌てて反対へ再度雪崩れ込む。個室は幸い空いていた。次の瞬間、ズドン、ズドン、ズドンと爆発的な噴射音が3回響き、生臭い¨魚の腐敗臭¨の様な悪臭がトイレ内に充満した。たまたま用を足していた男達も、喘息患者の様に呼吸困難に陥り激しく咳き込むか、口元を押さえてトイレ外へ這い出した。悪臭は徐々に周囲へ漂い始めた。「何だ?!どうした?!」一部の客達が騒ぎ出した。悪臭は急速に拡散し始めた。「警備員だ!警備員を呼べ!」騒ぎは拡大し始めた。KとDBは、必死にいきんで腸から流れでるモノを押し出そうとするのだが、その間にもドスン、ドスンと爆発的なガス噴射が続き、状況はどんどん悪化して行く。「俺達の意志で…、コントロール・・・出来ない・・・から・・・、あー!・・・うーん・・・困ってるんだ!」Kは脂汗を滴らせながら呻く。「急げ・・・、警備員に囲まれたら・・・アウト・・・、あぎゃー!・・・イテテテ・・・切れ痔に・・・なる・・・」DBも真っ青になりながら腹を急かす。止めどなく流れる悪臭に対して、警備員はトイレ外に規制線を張り巡らせ、立ち入り禁止の処置まで取り始めていた。2匹は袋の蛙になってしまったのだ。

リーダーが飛び出そうとした瞬間、総合案内の女性がKとDBに救いの手を差し伸べたので、リーダーの¨特攻¨は回避された。だが、KとDBの動きは鈍い。「今度は何だ?」リーダーが焦れる。「多分、例のヤツだろう。間も無く周囲は、悪臭に包まれるだろうて」ミスターJは懐からマスクを引っ張り出すと、リーダーに差し出した。「活性炭入だ。多少だが悪臭に耐えられる」「しかし、ここでの¨放出¨は自殺行為に等しい。ヤツらだって分かっている筈です」リーダーが言う。「ジミー・フォンの¨エキス¨の恐ろしさは、簡単には体外へ抜けない事にある。また、ひと騒ぎありそうだ。問題は、どうやって突破口を開くか?にかかっている。さて、お手並み拝見じゃ!」ミスターJとリーダーは、¨ランドマークタワー¨方向へ移動して待機した。女子トイレへの誤突入を経て2匹はトイレへ雪崩れ込み、次の瞬間猛烈な爆発的噴射音が聞こえた。周囲には¨魚の腐敗臭¨の様な悪臭が漂い始めた。「うわ!臭い、臭いー!」リーダーが悶絶する。「警備員が規制線を張り出した。これで難易度は格段に高くなった。ヤツらとて容易には突破口を開けまい」ミスターJは他人事の様に言う。「しかし、突破口を開いて逃げて貰わなくては困ります!」リーダーは焦り出した。「さて、我々は一足先に地下へ戻ろう!」ミスターJは、落ち着いた言葉でリーダーを促した。「何故です?ヤツらを放って置くんですか?!」リーダーは驚いて聞き返す。「ここで捕まる2匹ではあるまい。混乱を避けて先回りしなくては、我々も脱出不可能になりかねん」「そうか・・・。そうですね!では、今の内に戻りましょう。荷物もありますし・・・」ミスターJとリーダーは、地下駐車場へと急いだ。

「DB聞こえるか?」Kが小声で呼んでいる。「ああ、やっと落ち着いた。だが、厄介な事になっているぞ!」外では警備員が“規制線の中には入らないで下さい”と言っているのが聴こえる。「DB!“石鹸の香”のボトルを寄越せ!消臭しないと・・・」「ダメだ!今、使えば新たな臭気を生み出すだけだ!それよりK!どうやって突破する?」“規制線”が張られている以上、ある程度警備員を蹴散らすしかない。「K、どうする?」「DB、強行突破しかないぞ!素知らぬふりをして、外へ出たら後は逃げるだけ逃げるんだ!どの道、地下5階へ行かねば車には辿り着けない。ともかく下へ逃げ込むんだ!」Kが言う。どうやら、それしか道はなさそうだ。「では、いくぞK!」個室のドアを開けると、新たな臭気が流れ出た。だが、そうした些細な事はどうでもよかった。2匹は慎重に外を伺う。「警備員が4人程居る。今の内に出るぞ!」DBは間合いを計った。「それ!」何事も無かったかのように、2匹はトイレから出た。野次馬が壁を作って見守っている。規制線を潜り、2匹は素知らぬふりを装い“ランドマークタワー”の方向へ歩き出す。「アイツらよ!女子トイレに乱入して来たのは!!」野次馬に紛れていた女性の鋭い声が響いた。「早くもケチが付いた!走れK!」KとDBは全速力で走りだした。「待て!そこの2人!!」警備員が誰何するが、そんな声に立ち止まる2匹ではない。壮絶な“追いかけっこ”が始まった。警備員は、走りながら無線で応援を要請した。「下だ!下を目指せ!」KとDBは、立ちはだかる警備員に体当たりを喰らわせると、床を蹴って前へ前へと人込みをかき分け、蹴散らして進む。エスカレーターを駆け下り、ぐちゃぐちゃに走り回って追いすがる警備員を撹乱する。階段を駆け下り、フロアをグルグルと走り回っていると、エレベーターが見えた。丁度、下に向かおうとしている。「どけ!」「悪いな!」エレベーター内の客を外へ放り出すと、一目散に地下5階へと向かう。警備員は一旦足止めを喰らったが、尚も無線で応援を呼んでいた。「もう直ぐ・・・、地下5階だ・・・。出るぞ!」Kが喘ぎながら言う。地下5階にエレベーターが着いた。ドアが開く前から2匹は出口に殺到した。以外にも地下5階は静まり返っていた。「急げ!車はどこだ?!」KとDBは狼狽え気味に車を探す。散々走り回った挙句に車を発見すると、Kは直ぐにエンジンを始動させ、出口を目指す。地下から地上へ出るまで誰の追跡も受けずに済んだが、料金所で警備員が張り込んでいた。「眼鏡を外せ!」DBが瞬時に言う。警備員は何事も無かったかの様に清算を手伝い、誘導までしてくれた。街中へ滑り出した車の中で2匹はため息をついて、眼鏡をかけた。「DB、いい判断だったよ」Kが言った。「なに、ヤツら顔までは覚えてはいまい。咄嗟に“安全策”を思い付いただけさ!」DBは冷や汗を拭う。「さあ!いよいよZ病院だ!」Kは流れに乗るとスピードを上げた。

ミスターJとリーダーは車で待機していた。「コイツはどうします?」リーダーが聞く。例の“始末品”だ。「それは、Z病院で警察にくれてやればいい。さて、そろそろ2匹がお出ましになるハズだ。追われていなければいいが・・・」ミスターJが言った途端、KとDBが目の前を走り去る。ヤツらは必死の形相だったので、周囲が見えていなかった。慌てて車に乗り込むと、エンジンをかけ急発進で出口を目指す。「追跡開始!」「了解」ミスターJとリーダーの乗った車は、Kの車の後ろに着いて距離を置いて追尾して行く。FMラジオからは、荒い息遣いが聴こえるだけだ。料金所には警備員が居る。「ここで捕まったらアウトだ!」リーダーが言うのと同時に「眼鏡を外せ!」とDBが叫んだ。警備員は何の疑いも持たずに清算を手伝い、Kの車を街中へ出した。ミスターJも清算を済ませ、後を追うべく街中へ飛び出した。「・・・B、・・・判断」「よいよ、・・・院だ!」途切れ途切れになった音声からも、2匹がZ病院へ向かった事は推測できた。携帯が震え出した。「ミスターJ、随分と時間を食いましたが、何があったんですか?」N坊が尋ねる。「“2匹の迷える食用蛙”とまたまた“悪臭事件”だよ。今頃、みなとみらい地区は大騒ぎだろうて」ミスターJは事の顛末を掻い摘んで説明した。「あちゃー、最悪だ!警察も大挙して動員をかけるでしょうね!」F坊が言うと「県警は大動員をかけてZ病院と相模原に兵力を割いている。残っている捜査官は僅かだ。こんな状態では、どこまでやれるか未知数だろうて」ミスターJは言った。「不幸中の幸いってヤツですな。2匹は間違いなくZ病院へ向かっています。“遅刻”は免れそうですぜ!」“スナイパー”が言う。「みんな聞いてくれ!いよいよ勝負の分かれ目だ。このままZ病院へ向かう。各自、自分の役割を再確認してくれ!」ミスターJは各個に打ち合わせを促した。「了解しました。そのまま付いて来て下さい。まず、それが1点。Z病院へ潜るのはN坊が行きます。その際、“始末品”も持っていきます。これが2点目。後は所定の配置に着いて待機します」F坊が答えた。「よし!最後の仕上げだ。抜かるなよ!」「はい!」3人の声も引き締まっていた。Kの車は帆を架けたようにZ病院へ向かっている。2台の追尾車両も遅れまいと前へ急ぐ。もう直ぐ“最後の仕上げ”にかかる時が来た。Z病院は目の前に迫っていた。

「何!みなとみらい地区で異臭騒ぎだと?!誰だ?!ホシは確保できたのか?何ぃ!取り逃がしただと、警ら隊は何をして居る?ああ、確かに手は足りないな。仕方あるまい、L署から出せるだけの捜査員と鑑識を送れ!とにかく収拾を図るんだ!あそこが混乱しては警察のメンツに関わる!E警部補以外の者を動員して、速やかに鎮静化させろ!急げ!」捜査一課長は苛立たしそうに電話を切った。「異臭騒ぎですか?」W警部が問う。「ああ、これで昨日から3件連続の異臭騒ぎだ。まったく、何処の誰なんだ?!こっちはそれどころじゃないってのに!」「もしかすると、KとDBではありませんか?」W警部が言う。「KとDBなら、何故みなとみらいなんだ?ヤツらの目的はここだろう?!」Z病院周辺の検分が終わったばかりの一課長は首を捻る。「陽動作戦とも考えられませんか?我々が動けると踏んでの撹乱ですよ!」W警部は言う。「確かに、そう考えれば辻褄は合うが、そんな手に引っかかる戦力は我々には無い!だが・・・、我々の事情はヤツらは知らんのだから、そう考えると筋は通るなW警部」「ええ、もしかすると昨日のコンビニ異臭事件も、彼らの犯行ではないでしょうか?」「撹乱目的でか?!」一課長も思案に沈む。「ここZ病院を襲撃するための撹乱だとすれば、兵力は分散され隙が生じやすくなります。そこを突く予定の行動だったとすれば、敵ながらいい布石になります!」W警部は言った。「うーん、仮にそうだったとすれば、ここは隙だらけになったな!だが、KとDBの行動は既に筒抜けだ。我々はここで待ち構えていればいい!みなとみらい地区の鎮静化だけなら、L署と警ら隊で凌げるだろう。W警部、各員の配置は?」「Z病院内に10名、駐車場に10名、立体駐車場に5名、ここに私達と5名それに鑑識です」「よし!情報が確かならそろそろ現れるはずだ!各員物陰に隠れて待機!」一課長の号令と共に捜査員は散った。「さあ、来い!今日がお前たちの年貢の納め時だ!」捜査一課長はメラメラと燃え盛っていた。

「まも・・・病院・・・つい・・・勝った・・・最後・・・げるぞ・・・K」相変わらず途切れ途切れの音声だが、Kの車は遂にZ病院へ到達した。「午後2時45分か。何とか間に合ったな!」ミスターJは時計を見ながら安堵の表情を浮かべていた。「Z病院が見えてきました」機動部隊員の声も明るい。「後は、Aに任せるだけだ。“スナイパー”の車の後方へ着けろ!」ミスターJは停車位置を指示した。バス停の東側、Z病院の正面玄関から100m離れた場所だ。Kの車は予定通りZ病院へ滑り込んだ。“スナイパー”の車は指定された場所へピタリと止まった。その後方にミスターJ達の乗った車も止まった。「警察は見えませんね」リーダーが言う。「彼らは張り込みのプロだ。見える筈が無い。さて、Nよ」「はい、分かってます」いつの間にか左側にN坊が控えている。「“始末品”はこれだ。ECUの切換が済んだら、速やかに戻れ!」「ええ、では!」N坊は静かに立ち上がると、Z病院へ向かった。F坊と“スナイパー”が双眼鏡で周囲を探る。「ここからだと、駐車場付近は死角が多くて見えずらいな」「だが、派手な真似は出来ん。おっ!立体に2人居るぞ!見つかると事だ!」2人は慌てて双眼鏡を隠す。「ミスターJ、捜査員は要所要所に分散しています。人数までは分かりませんが・・・」F坊が知らせに来た。「ここから先は、Aに託すしかない。KとDBは何処だ?!」「今、荷物を抱えて玄関に向かっています」リーダーが双眼鏡で探りながら言う。その時、後方から車が1台、ゆっくりと近づいて来た。「ミスターJ、誰か近づいてきます!」「何!そんな予定は無いぞ!誰だ!」黒塗りのセダンがゆっくりと接近して来る。「まさか、警察か?!」リーダーが言った。最終段階でのニアミスは予定外だった。果たして誰が乗っているのか?!

ミスター DB 55

2018年10月11日 16時27分16秒 | 日記
肉汁が滴る厚切りのステーキ。Pホテル1階のレストランに入ったKとDBは、お勧めの料理を丁寧に断り、肉の塊にかぶり付いていた。このメニューが選ばれた理由は、実に単純だった。横浜での2日間“中華料理”ばかり食べて来たので、さすがに飽きたからだった。DBが警察の罠が仕掛けられていない事を確認すると、Kはすかさず部屋を飛び出して、2匹はここへ雪崩れ込んだのである。ライスは大盛、焼き加減はレアを選んだ。「美味いー、もう1枚追加してもいいか?DB?」Kは腹を満たせて幸せそうだった。「あまり食べ過ぎてもいかん!重要な壮挙の前だ!程ほどにしておけよK!」DBはKの暴走を止めるのに必死になった。「だがなDBよ、食える時に食っとかなければ、次は何時になるか分からんぞ!」Kは、厚切りのステーキを追加注文しつつ言う。「まあ、それは否定しないが・・・、一応は食って置くか!」DBも厚切りのステーキを追加注文して、ガバガバと貪り付いた。“2匹の食用蛙”達は、周囲の怪奇の目など気にも留めずに食い続けた。思えばこれが2匹が揃って食した“最後の晩餐”になったのだが、2匹はまだこの後の悲惨な末路を知る由も無かった。

「どうだった?リーダー?」「はい、猛烈な勢いで無心に食ってます。気付かれている気配はありません」ミスターJは報告を受けて、ほっとした様だった。首の皮1枚で繋がった警官隊の誤突入から1時間余り。KとDBは“警戒”はしているが、目は逸れている。「食事を済ませれば、そろそろ動き出すはずだ。リーダー、機動部隊に連絡して車を1台、大至急手配してくれ」ミスターJは突然計画の変更を言い渡した。「えっ?Z病院へ先回りするのではないのですか?」リーダーも驚きを隠さない。「どうも嫌な予感がする。2匹が素直にZ病院へ向かうとは思えなくなって来た。もしかすると、もう一山あるやも知れん。念のためだ、我々も追跡に参加する!」「では、直近の車両を大隊長に命じて、回送させます」「回送先はαポイントにしろ!“スナイパー”達と合同で追う」「分かりました」リーダーは直ぐに車両の手配にかかった。

県警の捜査本部も徐々に緊張感が漂い始めていた。主力を振り向ける相模原署には続々と車両が集結しつつあった。「相模原の施設周辺の様子はどうだ?」捜査一課長が誰何する。「報告によれば、普段と変わらず静まり返っている様です」マル暴課長が答える。「今が一番大事だ。まだ覆面2台しか配置に着いていない。Eの様な“大馬鹿者”がウチに居なくて助かったぜ!」G刑事が言う。「地図で見ると、奥の方に橋がある。この川の対岸の道から遡れば、挟み撃ちに出来るな!」「だが、一課長、団体行動は無理ですよ。半ば丸見えですからね!」G刑事が指摘する。「それはそうだ。だが、覆面部隊なら悟られない。機動隊員を押し込めるだけ押し込んで、ピストン輸送すれば隠れる場所はある。出来るのであれば、施設を包囲したい」「バスを使えないとなれば、それしか手は無いな。相模原に言っときますよ。早めに始めないと間に合わない」G刑事は相模原署へ指示を伝えるべく受話器を取る。「監視のポイントとして、対岸の山腹に公園があるな。ここにも車両を回せ!全体を俯瞰出来そうだ」「分かりました。合わせて言っときますよ」G刑事は相模原署へのキーを叩いた。「おう、俺だ。一課長の指示を伝える・・・」W警部が写真を持って本部に駆け込んで来た。「KとDBの顔写真です。DVD-Rから引っ張り出して来ました」「そうだ。肝心の顔写真を忘れていたな。誰が誰だ?」「こちらがK、こっちがDBです。Z病院に現れるのはこの2人です」「Z病院に向かう捜査員へ配布して置いてくれ。一見すると、ただの親父2匹だが、裏へ回ればZZZを使う凶悪犯だ。必ず確保するんだ!」「はい」W警部は顔写真を配りに走る。「マル暴課長、G刑事、鑑識を連れて、そろそろ出発だ!Z病院の方が片付き次第、私も急行する。それまでは、徹底的に調べ上げて片っ端から“押収”をかけてくれ!」捜査一課長が断を下した。「分かりました。遂に本丸を攻める時が来たか。殉職したヤツらも喜んでくれるでしょう」G刑事が感慨深くに言う。「手加減は無用だ。頭の天辺からつま先まで、身ぐるみ剥がして洗ってくれ!」「了解。では、行って来ますぜ!」主力を率いてマル暴課長とG刑事は、相模原へ向かった。「W警部、ちょっといいか?」捜査一課長が本部の隅で呼んでいる。「さっきの警官誤突入の件だが、ありゃ誰からの通報だ?」「大学の先輩からです。これ以上は残念ですがお話しできません」「その先輩とやらも、KとDBを着かず離れずで追っているのか?」「追っているのは、先輩の知り合いの陰の組織です。詳細は私も知りません」捜査一課長は部屋を出ると、自販機でコーヒーを2本買い。W警部に差し出しながら「俺も聞いた話だが、丁度1年前に銀座のクラブの経営者が、麻薬取締法違反でパクられた事件を知ってるか?」「ええ、ホステス全員が煙のように消えたヤツですよね?」「それだよ。あの時、捜査に当たった同期のヤツが言ってたが、“ホステス全員を一瞬で消し去る様に連れ出したのが誰か?最後まで分からなかった”と言ってた。“並みの組織ではない、陰の軍団の様だった”ともな。もしかすると、今回もその“陰の軍団”が動いているんじゃないか?」「先輩は何も言わなかったけれど、あり得ない話ではないですね」W警部も半信半疑で答えた。「もし、仮にだぞ、“陰の軍団”が動いてくれているなら、目的は何なんだ?」一課長は首を捻る。「Z病院に入院している患者さんを護るためですかね?」「その過程で、Kが青竜会に首を突っ込んだ。そして、必然的に青竜会絡みの証拠が浮かんだ。それを我々に届けた。そう言う図式か?」「総合的に判断すると、そうなりますね。一体何処の誰なのか・・・、逢って見たいとは思いますが」W警部も首を捻りつつ言う。「俺も逢えるものなら、逢っておきたい。礼の1つくらい言わせてもらいたいよ。W、奇しくも今日は“スティグ作戦事件”で2人の捜査員と1人の少年が犠牲になった日だ。弔い合戦では無いが、偶然にしては出来過ぎている」「10数年前の事件ですよね。確かE警部補も関係者では?」「ああ、Eも関わっている。最後は親父さんが引き取って矛を収めたんだ。酷い事件だった。犠牲になった少年は、Eの同級生だった。表沙汰にしない様に、親父さんが八方に手を回してもみ消した。現場の俺達にしても、やり切れない無念さで一杯だった」「だから、Eは警察へ?」「多分な。ヤツも忘れてはいまい。いや、忘れられないからこそ警察に身を投じたのだろう。だが、今のままでは、Eは独りよがりの捜査しか出来ん。だから、謹慎を命じたんだ」「Eに正気を取り戻させるなら“陰の軍団”にでも鍛え直して貰いますか?」W警部が言うと「それは、俺も考えている。真剣にな!」と捜査一課長が真顔で言った。「Z病院に現れたら依頼しますか?」「出来るならそうしたい。Eの為にもな!さて、そろそろ我々も出発しよう。Z病院周辺をあらかじめ見ておきたい」「そうですね。あそこは最寄り駅からも、かなり離れてますし、KとDBがどうやって現れるかを見定めないといけませんね」「Kの車は割れてるのか?」「ええ、ちゃんとデーターとして載ってました」W警部が写真を懐から引っ張り出す。「至れり尽くせりか。総指揮を執ってるのは、かなりの切れ者だな!」捜査一課長がため息交じりに言う。「そのお陰で、我々も助かっているのですから、感謝の一言も言いたいですね」「そう願いたいよ」2人は缶を投げ捨てると、出発の準備にかかった。

食事を終えたKとDBは、一旦部屋へと引き上げた。「DB、お香は残っているか?」Kは真顔で聞く。「ああ、まだ10本以上のこっているが、どうした?」DBは不審な表情で聞いた。「これより“清めの儀式”を執り行う!身体を洗い清めてから出陣する。空気を清めるんだDB!」Kはそう言うと浴室に消えた。DBは3本のお香に火を点じ、Kが出て来るのを待った。「DB、お前も行って来い」Kは流れる汗を拭きながら言った。止む無くDBも全身を洗い直した。汗を拭い、衣服をまとう。Kはお香の漂う室内で座禅を組み、一心に般若心経を唱えていた。DBもKに倣う。室内には般若心経が流れ、厳粛な雰囲気が作り出された。「我は、今日、必勝を祈願する。神仏のご加護があらんことを!」Kは東の方角に向かって祈念した。東方遥拝らしかった。些かへんちくりんではあったが・・・。“儀式”を終えたKは、ボストンバックを1つ手にすると、ショルダーバックを肩から提げて室内を見渡した。「いよいよ出陣する。暫く日本ともお別れだ。だが、帰国する際は我らの天下となっているハズだ。DB!いざ、Z病院へ!」Kは気勢を上げると、ドアへ向かおうとした。DBは「K、そのボストンバックはどうするんだ?」と言って押しとどめる。「これは、残して置けない危険物だ。Z病院へ行くまでに処分する」とKは言った。「DB!クスリで小僧を葬るのだ。捕縛の道具は必要ないではないか!」DBは漸く事を飲み込めた。「そうか、手錠やリードや首輪はいらんな!」「最後はバックも切り裂いて処分する。コイツだけは、残してはならんのだDB!」「分かった。いざ、出陣!」2匹は威勢よく部屋を後にした。

特別ラウンジからもKとDBの“出陣”は直ぐに確認できた。「出てきましたね。いよいよ、追跡だ!」リーダーが言うと「私は先にαポイントへ向かう。リーダー、KとDBの“出陣”を見届けてくれ。後で迎えに来る」ミスターJは席を立つと上着を羽織った。「分かりました。では、後程」リーダーは、KとDBの背後をすり抜けると、ホテル外へ急いだ。ミスターJも巧みに人込みに紛れると、一気にホテル外へ抜け出しαポイントへ走った。αポイントは、Pホテルの北側の路地に設定されていた。既に“スナイパー”の車と機動部隊の車両が待機している。“スナイパー”が「ミスターJ、いよいよですか?」と誰何すると「“出陣”だ!“スナイパー”探知機のスイッチを入れろ!絶対に見失うな!」と指示が飛んだ。素早く車に乗り込んだミスターJは、機動隊員に「“スナイパー”の車に着いて行け!遅れるな!途中でリーダーを拾う」と言った。間もなく2台の車は、ゆっくりと動き出した。同時に携帯が鳴る。「ミスターJ、FMラジオを点けて下さい。周波数を88.85MHzにセットすれば、KとDBの声が拾えます!」F坊が言った。「どういう事だ?」「FMトランスミッターを改造した“耳”をKの車に仕掛けてあるんです。400m以内なら、多少雑音は入りますが、声は聴こえるはずですよ!」N坊が補足する。「了解した。よく仕掛けたな。向こうは知らんのだな?」「ええ、1度起動すれば12時間は発信し続けます。停車中にエンジンを切られても拾い続ける設定にしときました!」N坊が自信ありげに言う。「よくやった。早速試そう」ミスターJは「FM、88.85MHzにセットだ」と機動部隊員に命じた。「いくぞ・・・、DB・・・、ンドマークタワーへ・・・始末する」確かに途切れ途切れだが、Kの声が捉えられた。「ミスターJ、リーダーを発見。停車します」機動部隊員は減速を開始した。リーダーは素早く後席に滑り込む。「ヤツら、明後日の方向へ向かってますよ。Z病院へ行くなら逆の方向へ出ないと、幹線道路から外れます」リーダーが報告する。「ンドマー・・・、地下・・・、入る・・・、道は間違い・・・、こっちだ・・・」今度はDBの声が捉えられている。「何です?この途切れ途切れの音声は?」「にわか仕立ての“耳”だ。NとFが仕掛けたらしい。KとDBは“ランドマークタワー”へ向かう様だ」ミスターJが説明する。「何の為です?」「KとDBはボストンバックを持っていただろう。リーダー見覚えは無いか?」「そうですね、あっ!そうか!捕縛の道具が入っていたバックだ。だとすると、ヤツらは処分に・・・」「そうだ、“ランドマークタワー”内に物品をばら撒くつもりだろう。考えたな!あそこなら糸くずの様に目立たない。だが、“落穂拾い”に行けば証拠品を集めることが出来る」ミスターJが言う。「ですが、誰を行かせます?」すると「私と君だ。リーダー」「我々が行くんですか?!」リーダーは驚愕した。ミスターJは携帯を取り出すと、“スナイパー”の車を呼び出した。「私だ。オープンマイクに切り換えろ!緊急の作戦会議だ!」「はい、聞こえますか?」F坊が言った。「みんな、聞いてくれ。KとDBは“ランドマークタワー”で“彼”の捕縛用具を始末するつもりだ。捨てる場所は不明だが、誰かが“ランドマークタワー”へ潜って“落穂拾い”に行かねばならない。そこで、私とリーダーが“落穂拾い”に出向く。他の者は地上で待機してくれ」ミスターJは決然と言った。「俺達ではダメですか?ミスターJ御自ら行かれなくてもいいのでは?」F坊が問いかける。「N、F、君達はあくまでもKとDBに着いて行かねばならない。最終の行先は、Z病院と決まっているが、まだ横道に逸れる可能性はゼロではない。その時に、ヤツらを見失う事は避けなければならない。私達は遅れても、君達は遅れる事は許されない。危険は承知の上で、ここは私達に任せて貰いたい」暫く沈黙が支配したのち「分かりました。ミスターJ、くれぐれも注意して追尾してください。こっちは、追跡体制を維持して待機します」F坊が意を決した様に言った。「最悪の場合、まずFMの受信感度を頼りに追って来て下さい。それでも分からなければ携帯で誘導します」N坊が申し出た。「ミスターJ、まもなく“ランドマークタワー”に着きます。このまま進めば、北口から地下へ入ることになります。こちらは、Kの車とそちらの車が地下へ入り次第、出口付近へ先回りして待機します」“スナイパー”が言った。目の前に“ランドマークタワー”が聳え立っていた。「よし、では行って来る。後は任せるぞ!」「はい!」3人の声が重なった。「スピードを上げて前に出ろ!Kの車へ接近だ」機動部隊員へ指示が飛ぶ。「了解」1台、間を置いて車はKの車へ接近した。Kの車は予想通り地下駐車場へ降りて行く。「そのまま追尾だ」ミスターJ達も地下へ向かう。「浅い所は一杯の様です。かなり深い場所でないと空きがないでしょう」リーダーが言う。地下5階でKの車は空きスペースを見つけた。「我々は、少し距離を保とう。奥の空きスペースへ滑り込め」機動部隊員は80m先へ車を着けた。KとDBは、慎重に周囲を伺っている。トランクからボストンバックを引きずり出すと、KとDBはエレベーターに向かった。「では、リーダー我々も後を追うぞ」「はい」2人はKとDBに気付かれない様に車を降りた。慎重に距離を保ち、追跡を開始する。エレベーターは2基あった。先にKとDBをエレベーターに乗せてから、行先を見定める。「ともかく地上へ出よう」後からやって来たエレベーターで1階を目指す。1階へ上がった2人は、慎重に周囲を伺い、KとDBを探す。だが、居ない!「1フロア下か!」慌てて階段で地下1階へ駆け戻る。ゴミ箱があったので中を探す。「首輪だ!」「追うぞ!」2人は人込みの中で、KとDBを探す。ゴミ箱を片っ端から調べながら、2匹を追うのは骨の折れる作業だったが、リードを発見することが出来た。「間違いなくこの先にいるはずだ!」ミスターJ達は必死に2匹を追った。“ランドマークプラザ”から“クイーズ・スクエア”へ2匹は向かっている様だった。その間に、手錠と灰色の粘着テープがゴミ箱から発見された。「残りは何だ?」ミスターJがリーダーに聞いた。「鎖とロープが残っているはずです」「後はバックか!」2人は注意深く先を伺う。背の低い2匹は容易には見つからない。通路に出ている出店も邪魔をして、視界を閉ざしている。「居ました!」「何処だ?!」2匹は、“クイーズ・スクエア”のディズニーショップで発見された。近くにゴミ箱がある。人込みに紛れて2人は、KとDBの様子を伺いながらゴミ箱を探る。出てきたのはロープだった。「何を呑気に見てるんですかね?」リーダーが言うと「時間調整だろう。どこかにロッカーはあるか?」ミスターJが聞く。場所は“みなとみらい駅”へ降りる巨大なエスカレーターの近くだ。「下にならあるかも知れません」「鎖を放り込むとデカイ音がする。次はバックごと放棄するだろう。ロッカーの近くだ」ミスターJが推測した。KとDBは、ガラにもなくディズニーショップで買い物をすると、“みなとみらい駅”へ降りる巨大なエスカレーターに乗った。「見失うなよ。次は一番の大物だ」2人も後を追う。“みなとみらい駅”のエントランスへ降り立った2匹は、陰の方にあるロッカーへ向かった。「ビンゴ!」2人の予想通り、バックはロッカーの陰に放棄されていた。「これで“始末”は済んだ。後は車へ戻るだろう」ミスターJが言った瞬間、KとDBがうろたえ始めた。明後日の方向へ向かったと思った瞬間、また元の場所へ戻る。「馬鹿め!方向感覚が狂ったな!」「だが、これは予定外だ!ここでモタモタしていると時間に間に合わないぞ!」ミスターJは焦り始めた。KとDBは“クイーズ・スクエア”へと戻ったが、依然としてあちこちへと視線を向けては迷っている。「迷子になるのは予想外だ!来た道を戻ればいいだけだぞ!アホ蛙共!」ミスターJは悪態を付いた。「どうやら、それすら分からない様ですよ!マズイ!こままでは遅刻です」「総合案内へ行け!目の前に居るだろうが!」迷える“食用蛙”2匹は、人込みの中で完全に立ち往生してしまっていた。

同時刻、県警本部長は庁舎裏の“英雄の碑”に花と線香を手向けていた。「みんな、今日は特別な日だ。いよいよ、青竜会との全面対決に踏み切る。みんなが待ち望んだ日が遂にやって来たのだ!」そう言うと暫く黙して手を合わせていた。ここには、これまで青竜会やその他の凶悪事件、事故で殉職した15名の遺骨が分骨され眠っている。E警部補の同級生も含めると16名が眠っている事になる。そのE警部補も本部長の横で黙して手を合わせていた。謹慎を申し渡された彼を呼び出したのは、本部長だった。「E警部補、後ろの殉職者名を見てみたまえ」本部長はE警部補を促した。彼は碑の裏を見た。「これは、どうしてT君の名前が・・・」彼は、亡くなった同級生の名を見て呆然と立ちすくんでいた。「君の親父さんの立っての希望でな、T君のご遺骨をここにお祀りして、代々の本部長が霊をなぐさめて来たのだよ。君には知らせないと言う条件でな」「何故?何故なんです?!私に知らせないと決めたならどうして・・・」E警部補はすっかり動揺していた。「今日は“スティグ作戦”が実行された日だ。君も忘れてはいまい。10数年前、青竜会との血みどろの決戦が起きた日を!」「はい、あの日は1度として忘れた事はありません!」E警部補は悪夢のような1日を思い出していた。「だが、今日は新たな日でもある。長年の宿敵、青竜会との全面対決に踏み切る日でもある。ここに眠るみんなが長い事待ち望んだ日だ!」本部長は静かに言った。「親父から聞きました。今日が決戦の日だと。それと、T君の事と何の関係があるのです?本部長?」E警部補は問いかけた。「これより後、我々は青竜会と血みどろの戦いを再び強いられるかも知れん!多くの仲間を失うかも知れん!だが、我々は屍を乗り越えて前に進む道を選んだ!君にその覚悟はあるか?」本部長はE警部補に問い返した。「それは、勿論あります」「だったら何故、君は捜査本部の命令を無視した?何故、謹慎を言い渡された?君はT君を失った頃と何も変わっていない!だから、捜査から外されたんだ!親父さんの力に頼るのは、もう止めるんだ!君は君の信念に従っているだけで、協調性がない。今頃の若い連中は皆そうだが、君の場合は“ご意向”とやらを背負った強引な捜査で周囲に迷惑をかけている。もうそんなやり方は、私も認めない!君は明日から小田原署付け山北交番へ転出してもらう。1から這い上がって来るがいい!這い上がった折には、第一線で活躍してもらう。七光りで昇ってもT君は喜ばんぞ!」「はい」E警部補は消え入りそうな声で答えた。「もう1度最初からやり直せ!まだチャンスは残っている。“本物の警部補”として、必ずこの碑の前に戻って来い!!」翌日、彼は交番勤務に就いた。青空の下、自転車を漕いで行く姿が初々しかった。「必ず、戻る。T君、待っていてくれ!」彼は、掛け違えたボタンを直すように、1人走って行った。

ミスター DB 54

2018年10月10日 15時43分32秒 | 日記
時間を巻き戻して、その日の朝、Pホテル周辺を管轄するL警察署に、ある男が押し掛けていた。「何故、捜査を打ち切ったりしたんです?!こっちはコンビニ1店舗が壊滅したんですよ!1千万もの損失を被っているのに、何故犯人逮捕に動いてくれないんです?!」彼は、昨日KとDBが最初に“悪臭地獄”に陥れたコンビニの店長だった。2匹の放った悪臭によって、全ての商品が全滅し今でも異様な臭気に包まれて、片付けさえも手に付かないと言う。昨日、警察官は出動したものの“上からの命令”によって引き上げざるを得なかった“悲劇の舞台”である。「いえ、捜査をしないのではなく、事件そのものが不可解で、手を付けられないと言った方が正しいかも知れません。盗難の類は受けていませんよね?」応対に出た職員もしどろもどろだ。「確かに、何も盗られてはいない。でも、ありとあらゆる商品が異臭を放って、廃棄するしかないんだよ!器物損壊に当たらないんですか?」店長は食い下がる。「トイレからの悪臭によって、商品全てが壊滅するとは考えにくいですし、まず原因が特定出来ない状況では・・・」「原因が特定出来なければ、動けないって言うんですか?!じゃあ、鑑識は何の為に居るんです?!鑑識を寄越して下さいよ!!こっちは、現場保存はしているんだ!」セリフを引き取った店長は更に詰め寄る。「どうしたの?」そこに現れたのは、若い捜査官。最近、県警に配属されたばかりのE警部補。エリート候補だ。出勤早々に騒ぎを聞きつけて、出て来た様だ。肩書は“課長補佐”がくっ付いている。E警部補は、コンビニの店長の話を熱心に聞いて、昨日の署の対応に疑問を抱いた。正義感の塊の様な彼は、時に暴走する悪癖があった。今回の“悪臭地獄事件”は、スイッチを入れるのには充分過ぎた。「分かりました。確かに店長さんのおっしゃる通り、器物損壊事件として捜査しなくてはなりませんね!上の命令だからと言って引き下がる方が変だ!犯人の顔とかは防犯ビデオに写ってませんか?」E警部補が聞くと「ブレーカーを遮断したので、防犯カメラの映像もクラッシュしてます。しかし、似顔絵は作成できました。コイツらです」店長は、2枚の似顔絵を差し出す。「ふむ、上手に仕上がっている。これは誰が?」「私は絵を書くのが趣味でして、店員からの証言と私の記憶から書き起こしました」店長が説明した。「これだけ犯人の特徴を明確に捕らえている似顔絵は、中々書けませんね!唯一の物証としては充分です!」E警部補は、直ぐにプランを練り始めた。「では、捜査していただけますか?」店長はすがる様な声で聞く。「勿論です。ただ、鑑識が本部に動員されているので、店舗の調査は、現時点では無理です。ですが、犯人の面は割れました。徒歩でやって来たと言う事は、コンビニから半径3km以内のホテルか簡易宿泊所を当たれば、犯人が潜んでいる可能性は高い。この似顔絵を持たせて虱潰しに調べてみましょう!まだ、時間は残ってますよ!」E警部補は言い切ってしまった。「後は、我々にお任せください!必ず犯人を捕まえましょう!」コンビニの店長は、感激してL警察署を後にした。一方、E警部補は早速手配を始めたが「署長命令で、交通課と刑事課の一部以外は出禁だぞ。待機命令が出ているんだ」と釘を刺されてしまった。だが、この程度の事で彼が諦める筈が無かった。彼の父親は、警視庁の幹部であり下手な事をすれば、所轄署の幹部の首ぐらいは軽く飛ばせることが出来た。こうした“ご意向”を背にE警部補は、警ら隊の2台のパトカーを強引に引き抜くと、例の似顔絵のコピーを持たせて「コンビニから半径3km以内のホテルか簡易宿泊所を虱潰しに調べて、この2人が居ないか徹底的に洗ってこい!居たら直ぐに任意同行をかけるんだ!」と命じたのだ。かくして、Pホテルに警官が乱入する事となったのである。

W警部は捜査会議を終えて、捜査一課長と缶コーヒーを傾けていた。「午後3時を期して、いよいよ本格捜査に着手だ。まずはKなる人物から詳しい話を聞く必要がある。何故Z病院を付け狙ったかな!」捜査一課長がそう言った時だった。W警部の携帯が震えた。相手はY副社長。W警部は慌て気味に応答する。「W!緊急事態発生だ!Kがホテルで警官に包囲されている!どうなっているんだ?!」Y副社長が詰問するように聞いている。「Kが警官に包囲されている?!どう言う事です?」W警部は事態を飲み込めずに聞き返した。捜査一課長も顔色が変わった。「何処の誰か、何の容疑かは知らんが、Kを捕えに警官がホテルに乱入しているんだ!今、ヤツが逮捕か任意同行を喰らったら、Z病院の件も青竜会の件も水の泡だ!直ちに止めさせろ!そうしないと計画は根底から覆ってしまう!」Y副社長も必死に訴える。「分かりました。とにかく早急に手を引かせます!」W警部は捜査一課長と顔を見合わせながら答えた。「とにかく急げ!30分は持たんぞ!!場所はPホテルだ!!」Y副社長はそう言って電話を切った。「どこの馬鹿者だ?!勝手に捜査員を動かしたのは!」捜査一課長が怒りを込めて言う。「お相手の声が上ずって、こっちにも聞こえたから状況は分かった!KをPホテルで追い詰めているのは誰だ?!」「所轄は、L警察署だから・・・、E警部補か?!」W警部が思い付く。「またしても、Eの大馬鹿者か!!こっちの足を引っ張った挙句、本命まで掻っ攫うとは、いい根性だ!!W警部!Eの大馬鹿者に直ぐに手を引かせろ!!親父の“ご意向”など粉砕しても構わん!本部長命令だと言って謹慎処分にしろ!!私が責任を持つ!私は無線で警ら隊に直接命令する!とにかく急ごう!」2人は取るモノも取り敢えず連絡に散った。捜査一課長は、無線を掴むと「全車両に告げる!捜査本部に無断で、Pホテルに乱入している輩がいる。該当車両は至急応答しろ!また、Pホテル付近の車両は目立たぬ様に注意しながら、Pホテルに乱入した捜査員を取り押さえろ!」と命を下した。すると「Pホテルへ向かった車両は、107号及び109号と判明。指示を出したのは、L警察署E警部補。近辺の車両は急行します!」と入電があった。「よし!次はL警察署の署長を呼び出せ!カラスに油揚げを持ち去る権利など無い事を思い知らせてくれる!」捜査一課長は頭から湯気を立てていた。
W警部は、L警察署に電話をかけてE警部補を呼び出した。「W先輩、何事です?」E警部補は呑気に答える。「E!!貴様、何をしでかしたか分かっているな!!至急、Pホテルへ乱入した捜査員に撤収命令を出せ!!さもないと、貴様の首が飛ぶぞ!!」W警部は声を荒げて言い放った。「なっ何故です?!W先輩がどうしてその話を・・・」「やかましい!!撤収だ!!捜査本部の命令を何故無視した!!本部長命令だ!!今直ぐに撤収だ!!ついでに言って置くが、貴様は当面謹慎処分だ!!官舎に帰って謹慎していろ!!分かったか?!」W警部も頭から湯気を立てていた。E警部補はあまりの剣幕に驚き、恐れをなしたのか声も出ない。「E!聞こえているなら返事をしろ!」「はっはい、分かりました・・・、警ら隊へ撤収命令を・・・、出します。それから・・・、謹慎処分は誰が・・・」「うるさい!ぼやぼやしないで、言う事を実行しろ!!親父さんの“ご意向”など粉砕してくれる!!官舎へ帰れ!!」「はい、ただちに実行します」E警部補は茫然と切れた電話を置いた。フラフラとした足取りで無線を掴むと「107号及び109号、応答せよ」と吹き込んだ。「109号です」応答は直ぐに返って来た。「直ちに撤収せよ!現状より直ちに撤収せよ!本部長命令だ!何があろうとも撤収せよ!」「はっ、て、撤収ですか?!容疑者とおぼしき人物を突き止めましたが?」「本部長命令で謹慎処分になるぞ!手を引くんだ!」E警部補はロボットの様に繰り返す。「はい、分かりました。直ちに撤収し・・・うわー!ま、待ってくれ!撤収するから・・・、あー!・・・E警部補、こちら114号。乱入した警官達を取り押さえました。直ちに帰投させます!」「了解」E警部補はうな垂れて椅子にへたり込んだ。「謹慎処分か・・・、俺が何をしたってんだ?!親父に一応は言って置くか・・・」E警部補は鞄を持つと席を立ち、官舎へと向かった。「あっ、親父。謹慎処分喰らっちまった・・・」脛を齧るように親に電話をしつつ、E警部補は引き上げて行った。
捜査一課長は憮然とした表情のまま電話で喋り始めた。「署長!Eの尻拭いを我々にさせるとは、どう言う魂胆だね?!」「どうもこうも、私にはサッパリ話が見えないんですが・・・」「Eが親父さんの“ご意向”を背に強引な捜査をしているのは、分かっているはずだ。しかも、カラスに油揚げをひっ掴ませるとはどう言うつもりだ?本部長から待機命令が出ているにも関わらず、Eはこっちの捜査本部が逮捕する予定の容疑者を先回りして捕えようとした。ヤツの暴走を制御できないのは何故だ?」捜査一課長の言葉は、強烈に署長の胸に突き刺さった。「何しろ“ご意向”を持ち出されては、我々とて迂闊に止められません。ですから・・・」「“黙って鵜呑みにした”とでも言うのかね署長!もっと厳しくやって貰わなくては困る!!」捜査一課長はセリフを引き取り更に釘を打ち込んだ。「とにかく、E警部補は無期限の謹慎処分にする!官舎から1歩たりとも外へは出すな!!これ以上の迷惑行為は捜査妨害に当たる!厳重に監視を付けて置け!!」と吠えると電話を叩き切った。「Eの尻拭いなどやってられるか!」捜査一課長は湯気ではなく火柱を立てていた。すると本部長が捜査一課長の肩に手をかけて「今、警視庁の親父さんから電話があった。“謹慎処分は重すぎる。もう少し軽く出来んか?”とな。だが、私も苦言を呈して置いた。“ご子息の強引過ぎる捜査手法は、県警の威信に関わる。”とな。ついでに、青竜会の件を話したら、納得されたよ。E警部補は、青竜会の一件がある程度片付くまで、現場に出さなくてよい」と言った。「本部長、申し訳ありません。ご心配をおかけしました」捜査一課長は頭を下げたが「気にするな。それより、午後3時を期して全面対決に踏み切るのだろう?くれぐれも頼んだぞ!」と言うと静かに引き上げて行った。「114号より、本部。Pホテルへ乱入した捜査員は全員確保。持ち場に復帰させます」「よし!全車両は現状で待機!別途緊急事態発生の際は、本部の指示を待て!」捜査一課長は高らかに言った。

荷造りをしていたKとDBは、急にホテル内が騒がしくなった事に気付いた。「何事だ?」Kが何気に窓から下を見ると、パトカー2台が目に飛び込んで来た。「DB!ヤバイぞ!警察が来ている!」DBの顔が青ざめた。「昨日の“コンビニ悪臭事件”か!どうやってここを嗅ぎつけたんだ?」「どうする?強行突破を図るか?」Kも顔色が悪い。「いや、それでは逆に捕まってしまう。こういう場合は“籠城”しかない!ドアさえ開けなければ切り抜けられる可能性はある!」そう言うとDBは、ソファーをドアの前に引きずって行った。「少しでも盾になりそうな物を積み上げるんだ!」KとDBは入り口を固めて、息を潜めた。階下から段々と騒ぎは近づいていた。

特別ラウンジに居たミスターJとリーダーも気が気ではなかった。「Y副社長への打電は?」リーダーが聞く。「もう済ませてある。後は、KとDBが持ちこたえてくれるのを見ているしか無い」ミスターJも焦りを隠さない。「警官達は、KとDBの名前を掴んでいたか?」リーダーは「似顔絵だけです。氏名までは知らないでしょう」と言った。「そうなると、虱潰しに当たるしかないな。多少は時間を稼げる。その間に、Y副社長の手が間に合えばいいが・・・」2人は祈るような気持ちで携帯を見つめた。その時、携帯が震えた。「暗号通信だ。どれ、“後、30分持ちこたえれば、救援が行く。”と打って来た。警官達は何階まで到達している?」「3階当りでしょうか?KとDBも飛び出しては来ないでしょう」リーダーが言った。「そうだな、そこまでアホではあるまい。こういう場合は“籠城”が最善の策だ。ドアさえ開けなければ30分は持ちこたえられる」とミスターJが言った時、数名の警官達が新たにPホテルへと入って来た。「増援でしょうか?かなりマズイ状況ですよ!」「いや!待て、よく聞くんだ!」ミスターJが耳を澄ませた。彼らは、先に突入した警官達に“撤収だ!撤収しろ!!”と強い口調で命じている。更に別の警官達も続々と到着し、パトカーに残っていた警官に“撤収だ!撤収しろ!!”と言い放っている。警官が警官を制止させているのだ。よく聞くと“本部長命令だ!直ちに撤収しろ!”とか“誰の命令でこんな事をしている?!持ち場に戻れ!”と口々に言っている。「どうやら間に合ったらしいな。こんな所で、任意同行でもかけられたら、どうなるかと思ったが首の皮1枚で繋がったな」ミスターJが思わず安堵の表情を浮かべる。「そもそも警官達は、何の容疑でKとDBを捕えに来たのでしょう?」リーダーが怪訝そうに聞く。「恐らくは、“コンビニ悪臭事件”だろうよ。だが、そんな小さな事でヤツらを任意同行されたら、我々も県警も困る。所轄の判断で動いたのだろうが、県警本部の逆鱗にふれたな。誰かは知らんが、謹慎モノだよ」ミスターJは警官達を睨みつけて言う。だが、外からは見えていない。警官達はスゴスゴと引き上げて行った。「心臓に悪い。寿命が縮むとはこの事ですね」「ああ」2人は胸を撫でおろすと、冷めたコーヒーで喉を潤した。

“撤収だ!撤収しろ!!”と叫ぶ警官達の声は、KとDBの耳にも聞こえていた。慌ただしくパトカーはPホテルを去っていく。「何故、“撤収だ!撤収しろ!!”になったんだ?」DBが不思議そうに言う。「俺達は悪臭を垂れ流したが、物品は盗っていない。どの道、任意同行をかけられても、知らぬ存ぜぬで通せば警察も手を引かざるを得ない。鑑識が調査しても悪臭の原因は突き止められん。現代化学の理解を超えた悪臭なのだからな!」Kが腹を叩いて言う。「確かに化学薬剤を吸収して、化け物じみた悪臭を放ったからなー。普通の常識では理解出来ん代物だった」DBも腹を叩いて見た。「今朝の段階で、“異臭の素”は体外へ消えている。もう、俺達の身体を調べても何も出ては来ない。“コンビニ悪臭事件”はお宮入りさ」Kが確信を込めて言った。2匹はソファーを元通りの位置へ戻すと、コーヒーを淹れて差し向いで座った。「怪奇事件は未解決が似合う」Kがニヤケて言うと「コーラの一気飲みからの大爆発は、誰にも説明は不可能だよ」と自嘲気味に言う。「それを言うな!DB、あんな事は今日はやらんぞ。炭酸飲料水は絶対に飲まん!」「そうしてくれ、今度意識を失いかかっても、逃げ込むコンビニのトイレが昨日の様に広いとは限らん。消臭スプレーの有無も含めて」DBは昨日の“ガス大爆発”の余韻をまだ引きずっていた。「そんなに酷かったのか?」Kが真剣に聞く。「ああ、血の気を失った顔で、3回の大爆発と機関銃の一斉射撃の様な噴射音の連続だ。トイレが無傷だったのが不思議なくらいだ」DBは昨日の夕方を振返る。「だが、それが人間の身体から発せられたとは、誰も信じはしないだろう。そのぐらい強烈なヤツだったんだ」「それで昨日は1日を棒に振った。悪臭から逃れるだけの1日だったな」Kが済まなそうに言う。「だが、今日は栄光を掴む日だ。いよいよ、舞台へと向かうがDB任せたぞ!」Kは期待を込めて言う。「どうと言う事は無い。一昨日の芝居をそのまま引き継げばいいんだ。院内も確認してある。セリフもバッチリ浮かんでいる。むしろ、さっさと済ませたい気分だ」DBは自信ありげに言う。「そうと決まれば、まずは昼飯だ。1階のレストランは?」「ダメだ!」DBが今度は語気を強めて制止する。「じゃあ、コンビニへ買い出しに出るのは?」「ダメだ!罠が仕掛けられていたらどうする?」「外のレストランへ出るのは?」「以ての外だ!!」「DB!じゃあどうするんだ?!」Kが焦れた。「ついさっき、警察が退去したばかりなんだ。もう少し慎重に動かなくてはワナに堕ちるだけだ!じっくりと構えないと大望は果たせないぞK!」「それはそうだが、いい加減腹が空いた。腹が減っては戦が出来んではないか!」Kがゴネた。「確かにそうだが、万が一にも捕まる事は避けなければならない!さっきの“撤収”が本当の事か?俺が確かめて来る。待っていてくれ」DBは立ち上がると、ドア外の気配を伺う。「DB、もし罠が仕掛けられていたらどうする?」Kが心配して聞く。「その時は、俺が警察を引き付ける。午後3時までにはZ病院へ向かう。向こうで落ち合おう」DBは囮になる腹を括った。「じゃあ、行って来る。万が一の時はZ病院だK!」素早く身を翻すとDBは階下へ向かった。

特別ラウンジに居たミスターJとリーダーの目にDBが捉えられた。「ヤツだ。でも変だな?Kが居ません!」リーダーは素早く周囲を伺う。やはりKの姿は無い。「どういう事だ?」「分からんか?答えは1つ。先程の警察の襲撃だよ。ヤツらも考えたな!」ミスターJが指摘する。「DBは囮だ。警察の罠が仕掛けられていたら、自分が身をもって引き受けるつもりだろう。そうすれば、Kは安全にZ病院に向かえる。だが、罠など仕掛けられてはおらん。知らぬはヤツらのみだ」「では、ヤツらがいよいよ動き出す前兆ですか?」「相当に用心深くなっておるな。こうでなくては、歯ごたえが無い。むしろ、あの位警戒してくれた方がやりがいもあると言うものだ」ミスターJは悠然と言った。「携帯で喋ってます。どうやら安全だと伝えているのでしょう」「奴さん達も腹ごしらえの時間だろう。こちらも負けずに昼にしようじゃないか。リーダー、オーダーを入れてくれ」「了解しました」DBは連絡を終えても執拗に確認を続けていた。「我々以外、誰も罠など仕掛けてはおらん。だが、こっちの罠には確実に落ちてもらわなくてはならん。準備は出来た。さあ、落ちるがいい」運ばれてきた昼食を前に、ミスターJは悠然構えた。時は満ちた。

ミスター DB 53

2018年10月09日 16時04分48秒 | 日記
午前8時30分。機動部隊の“輸送車”と隊員3名が到着。荷物の引き取りを開始した。各部屋の“撤収作業”も佳境を迎えつつあった。ミセスAの持ち込んだボストンバックを移動させる際、機動部隊員にちょっとした混乱があった。“取扱い要注意”と書かれたバックに手をかけた隊員達は、異様過ぎる重さと張り裂けんばかりのバックの膨れ上がり方に、一瞬怯んだ。「何じゃこりゃ?!」「おい!ミセスAのバックらしいぞ!」「ひぇー!!俺は持てん。責任も持てん。誰が責任を持つ?!」3人は尻込みをして、責任の押し付け合いを始めてしまった。その時、自室と“スナイパー”の部屋の“撤収作業”を終えたN坊とF坊が顔を出した。「3人揃って何やってんの?」「ああ、“ニトロ”より険悪なこのバックか!」2人は瞬時に理解すると、機動部隊員が使っていた台車2台に、バックを平然と積み込むと「トラックまでは責任を持ってやるよ」「後は、悪いけど頼むね」と言い作業を手伝った。こうして、どうにか荷物の引き取りは終了し“輸送車”は走り去っていった。司令部には“耳”とその周辺機器と各自の手荷物だけが残され、雑然としていた部屋はスッキリと片付いた。「やれやれ」「“ニトロ”より険悪なバックで揉めるとはな」N坊とF坊が司令部へ戻ると「誰だって“ニトロ”紛いのバックには手を出さんだろう」「お前さん達“撤収作業”は済んだのか?」リーダーとミスターJが、揃って浴室から出て来た。「黙って見てたんですか?」N坊とF坊が合唱すると「触らぬ神に祟りなしと言うではないか」ミスターJがニヤケた顔で言う。「こっちも“撤収作業”で手一杯なのでな。N、F、作業が完了したならば、お前さん達はαポイントへ向かってくれ!」「了解しました」「こっちはもういいんですか?」N坊とF坊が口々に聞く。「もう8割方は終了した。後は、リーダーが残ってくれれば大丈夫だ。連絡は携帯に入れてくれ。こちらからも携帯で指示を送る。KとDBの動きは逃さずに目を凝らせ!」「はい!」「Z病院で逢いましょう」「2人共、任せたぞ!」ミスターJは笑顔で2人を送り出した。「さて、リーダー、一休みしよう。ベッド周辺までは済んだ。コーヒーを淹れてくれ」「はい、もう直ぐこの部屋ともお別れですね。“耳”の撤収は、客室係の彼女に依頼済ですので、問題はありません」リーダーはコーヒーを淹れてミスターJへ差し出すと、自らもカップを持ってソファーへ差し向いに座る。時計の針は、午前9時を指そうとしていた。2人が暫く無言で居ると、不意にドアをノックする音が聞こえた。「誰だ?こんな時刻に?!」ミスターJは不審そうな顔をする。リーダーは慎重にドアの外を伺い、ドアを開けた。「秘書課長さん。どうされました?」やって来たのは、Y副社長の秘書課長だった。「ミスターJ、お忙しい所を済みませんが、少し私の話を聞いて頂けませんか?」彼の顔は必死だった。「どうぞお座りください。私に火急の御用とは何です?」ミスターJは静かに切り出した。

W警部は鑑識課の部屋の片隅で、パソコンに見入っていた。“証拠品”から出て来る検証結果とY副社長から託された書類を首っ引きで突き合わせ、間違いが無いかを確かめていた。「どう言う組織が、どうやってここまでたどり着いたんだ?鑑識顔負けの分析力だ」彼はあまりの正確さにあきれ果てていた。「W警部殿、科捜研の分析結果が出ました」鑑識課長が書類の束を持って足早にやって来る。「結果は?」「まったく同じです。ZZZと断定されました!」“ドクター”の検証結果と科捜研の検証結果はまったく同じだった。「タダ者の分析じゃありませんね。再検証の結果は、寸分違わず一致してます」鑑識課長もあきれ果てていた。「だが、これで時間は大幅に短縮出来た。何処の誰かはどうでもいい。要は青竜会への強制捜査へ、一気呵成に突き進めると言う事だよ。私は捜査本部に報告に行ってくる」W警部は鑑識課の部屋を飛び出すと、捜査本部へ駆け込んだ。丁度、捜査一課長とマル暴課長、G刑事達が地図を見ながら話し合っていた。「科捜研の分析結果と“証拠”の分析結果が一致した。青竜会がZZZの密売に手を染めている事は明らかだ」W警部は2つの分析結果を改めて示して言った。「そうか、やはり同じか。これで心置きなく踏み込める。一課長、相模原の施設にガサ入れをかけましょう!」G刑事は舌なめずりをしつつ進言した。「うむ、処方箋薬の密売の証拠も挙がっている。ガサ入れの理由も充分に成り立つな。私が本部長命令で密かに進めていた、Z病院の件が発端だ。今回はこれら2か所へ捜査員を出そう!相模原の方は、マル暴課長とG刑事で進めてくれ。Z病院の方は私とW警部で対処する!容疑者を確実に確保しなけりゃならない。全ての始まりは、Z病院の件だ。これを足掛かりにして、青竜会を一気に追い込んでくれよう!」捜査一課長の鼻息は荒かった。「それにしても、一体誰なんだ?これ程の“証拠”をよこしたのは?」マル暴課長が思案を巡らせる。「課長、誰でもいいんですよ。それは問題じゃない。我々は長年、青竜会の跋扈に頭を痛めて来た。それを漸く切り崩せるんだ。有効に使わせてもらえるだけでも、感謝せねゃならんでしょう。Gさん、そうですよね?」W警部が言う。「漸く時が来た。俺の悲願は皆の悲願でもある。やるなら、徹底的に叩き潰して終わりてぇ。一課長、ゼロアワーは?」G刑事が聞く。「Z病院が午後3時だから、同時刻に踏み込もう!やるなら、一気呵成に片づけたい。根こそぎ押収をかけるんだ!」「では、人員配置は?」W警部が聞く。「主力は相模原、鑑識も含めてな。Z病院は、あまり目立たない方がいい。30名と鑑識数名で行こう。ともかく、午後3時を期して万全の体制を取る!直ぐに捜査会議を始めよう。おい、至急全捜査員を招集しろ!」捜査一課長が大声で叫ぶ。「青竜会め!首を洗って待ってろよ!」G刑事が燃えている。県警は火の玉と化した。全てを焼き尽くす巨大な火の玉に。

突然現れた秘書課長は、水を一杯所望すると「お忙しい所を大変恐縮ですが、実はDBの処遇について相談に乗っていただきたいのです」と言って、鞄から図面と写真を引きずり出した。「これは弊社のベトナム工場の地下に設えた“DBの抑留場”です」と言って、説明を続けた。今回のZ病院事件では、DBが不起訴処分になり、検察から帰って来る可能性が高い。だが、会社として何も処分をしない訳には行かない。Y副社長もこの点については、兼ねてから頭を悩ませていたが、結論として“海外抑留”にする事が最善の策だと英断し、急いで“DBの抑留場”を建設した。しかし、どうやってベトナムへ送り込むかが問題として残ってしまった。海路と空路の双方から検討した結果、空路を選ぶことにしたが、DBに悟られるのはマズイ。「と言う事でありまして、DBを眠らせて輸送する所までは算段がついたのですが、肝心要の睡眠薬の入手方法で躓いてしまいまして。ミスターJ、貴方のお知り合いの医師、若しくは薬剤師の方をご紹介して頂きたいのです」秘書課長は一気に説明をすると、水を飲んだ。「ふむ、確かにDBが大人しく着いていく筈が無い。眠らせて運ぶのは、当然の選択だ。秘書課長さん、睡眠薬の持続時間はどの程度必要ですかな?」ミスターJは写真を繰りながら聞く。「余裕を持って考えますと、48時間程度は必要かと」秘書課長は時間を追って答える。「なるほど、副作用が伴っても問題はありませんか?例えば、頭痛や吐き気、目眩などですが?」「それは、問題ありません。どの道、DBはここへ送り込まれたら、定年まで出られないのですから」秘書課長は即答した。ミスターJは立ち上がり、窓辺に移動した。一心に何かを考えている様だ。暫くの沈黙の後「秘書課長さん、睡眠薬が必要になるまで、まだ時間がありますよね?DBを法が裁けないなら、我々の手で裁くのはどうです?」ミスターJは静かに言った。「どう言う意味です?我々の手で裁くとは?」秘書課長は怪訝そうに聞き返した。「ご所望の睡眠薬なら、いつでもご用意しますよ。ただ、それだけでは意味は半減する。“彼”の未来に禍根を残さぬ様にするには、“時限装置”をDBに仕掛ける必要がある。DBの定年は、確か3年後でしたな?」「ええ、そうですが、3年後に作動する“時限装置”とは何です?」秘書課長は益々怪訝そうに聞いた。「それは、貴方も知らない方がいいでしょう。ともかく、必要な薬剤は私が手配しましょう。時期が来たら、Y副社長に“暗号通信を打電して欲しい”と言っておいて下さい。そう言って頂ければ話は通じます。打電を受けたら、秘書課長さん宛てに2種類の薬剤をお送りしますよ。それをDBに飲ませてやりなさい。後は、この計画を実行なさればいい。勿論、薬剤は透明、無味無臭、何に混ぜても変質しません」ミスターJは遠くを見ながら言った。「分かりました。それではご協力して頂けるのですね?」「異議はありません。むしろ、賛成です。DBを日本に留まらせる理由は無い。出来るだけ隔離した方が後々に問題が小さくて済む。私がそう言っていたと、Y副社長にお伝えください」ミスターJは振り返り、秘書課長の目を見て言った。「ありがとうございます。これで、DBをベトナムへ隔離する手筈も整いました。では、しかるべき時が来ましたら、“暗号通信を打電”しますので、宜しくお願い致します」秘書課長は急いで図面と写真を鞄へ押し込むと、立ち上がった。「DBをベトナムへ隔離するための指揮は、私が執ります。必ずヤツを封じ込めて来ますよ」「頼みましたよ。“彼”の未来に禍根を残さぬ様にする為にも」ミスターJと秘書課長は固く握手を交わすと「私は、直ぐに横浜本社へ出社して、Y副社長に報告します。午後、Z病院でまたお会いしましょう。一先ず、失礼しました」と言って足早に部屋を辞して行った。「リーダー、“ドクター”へ電話を!」ミスターJは直ぐに動いた。リーダーは素早くキーを叩いた。「おはよう“ドクター”。今、大丈夫かい?ミスターJに換わる」リーダーは携帯を差し出した。「済まんな“ドクター”。至急取り掛かって欲しい案件がある。例の“時限装置”の3年版だ。“加工”には時間が必要だろう?ああ、納期は1ヶ月以上先だ。睡眠薬の48時間版とセットで発送したい。うむ、マラリア当りが妥当だろう。そうだな、そっちに任せる。悪いが頼む。では」ミスターJは電話を切った。「マラリアで大丈夫ですか?」リーダーが問う。「多分、大丈夫だ。正しい診断に辿り着ける病院が幾つあると思う?ハナからマラリアだと疑ってかからなければ、それまでの事だ」ミスターJは事も無げに言う。「さて、急いで最後の作業にかかるか。リーダー、何も残すなよ」「はい、丹念に拭き取りますよ」2人はそそくさと“撤収作業”を再開した。

同じ頃、KとDBも最後の打ち合わせに入っていた。「DB、ここからZ病院まで車でどの位かかる?」Kは地図を見ながら聞く。「そうだな、渋滞も考慮すると50分は見て置いた方がいい」DBも地図を辿りながら答えた。「Z病院の駐車場は広い。建物の近くにスペースが空いているのを祈るしか無いな」Kは、Z病院の院内案内図を指しながら言う。「立体もあるが、平面へ止めるのだろう?」DBが指摘する。「ああ、そうしないと逃走に支障が出る」Kは改めて院内案内図に目を通す。「荷物はどうする?」DBが聞くとKは「必要最小限にまとめるんだ。変に未練を残すと足手まといになる。この部屋は1週間借りてある。残して行っても当面は保管してくれるだろう」といい、黒いショルダーバックを2つソファーへ放り出した。「これに入る分だけ持っていけ。どの道、“見舞いの差し入れ”を運ばねばならない。約5kgはある代物だ」「何だ?それは?」「清涼飲料水だ。ただ、少しばかり細工はしてあるがな」Kは意味深に言う。「憎たらしい小僧に飲ませるのか?ヤツはどうなる?」DBが苦虫を噛み潰すように聞く。「1週間以内に、あの世行きだ!最初はショック状態になるだけだろうが、そこから回復する事は2度とない!これでYの失脚は決定的になる」Kは笑みを浮かべ答える。「K、それが切り札か?!」DBが前のめりになる。「そうだ!飲みさえすれば、後は何も分からん!お前さんは“親父”として“お前が欠かさず飲んでいた観音水だ”と言って差し入れればいい。水なら病院とて拒む理由はないだろう!」「うーむ、考えたな?!K!」DBがニヤリと笑う。「重いのが欠点だが、これなら確実に小僧をあの世へ送れる。もし、あの世に行き損ねても、生涯寝たきり生活だろうよ」Kは自信満々だった。「見舞いが終わったら、直ぐに成田へ行くのか?」DBが確認する。「誰も妨害する者はおらん。何なら、ここへ寄って荷物を積み込んでも、今晩便には余裕で間に合う。後は、香港で合流だ!」Kは余裕綽々で返した。「可能性は低いが、Yが出てきたらどうする?」DBは万が一に備えて聞く。「2手に別れよう。俺は車で逃走する。DB、お前さんには土地勘がある。上手く巻いて成田へ来い。Yがどんなに手を尽くしてもバラバラに逃走すれば、兵力の分散から隙が生まれる。そこを突いて突破すれば、逃げ切れる自信はある。半年前は、地方だったが今回は都市が舞台だ。しかも、Yとて海外逃亡するとは考えないだろう。Yが最大の動員をかけても30名が精々だ。東京方面から成田までカバー出来るか?DB?」Kはどや顔で言い返した。「今回は、練りに練った策だ!俺達2人が実行部隊で後腐れは無い。子細を知っているのは、俺の“灰色の脳細胞”だけだ。情報漏れも、追跡もあり得ない。後は、それぞれの役を演じ切ればいい。実にシンプルだ。今度こそ我らの勝ちだ!」Kは酔いしれていた。「では、ミスターK!荷造りから始めよう。身軽に動けるように、最小限の持ち物だけを厳選しよう!」DBは早速荷造りにかかった。「DB!1つだけ注文がある」Kが真顔で言う。「何だ?!」「“石鹸の香”のボトルだけは持って行ってくれ!」「何故だ!」「“異臭の素”は駆逐したが、どうしても心配でな。もし、ガスが噴射されれば、また悲惨な事になりかねない」Kは真面目に言う。「3件目のコンビニ悪臭騒ぎは、起きないよK!だが・・・、かさばるモノでもないから持っていくか?!」「そうしてくれ」「K!俺からも注文だ!炭酸飲料水はNGだぞ!」「分かっている。自らガスを生成するつもりはない」Kはしんみりと言った。2匹は荷物のピックアップにかかった。

“撤収作業”を終えたミスターJとリーダーは、慎重に司令部のドアを閉じた。まだ、手には手術用の手袋をはめたままだ。「いよいよ、ご出陣ですね」2人が振返ると客室係の彼女が立っていた。「“耳”の撤収はお任せください。それと、こちらをお渡しして置きます」と言うと2枚のカードを手渡した。「これは?」リーダーが聞くと「特別ラウンジのご招待券ですわ。限られたお客様用の特別室でございます。KとDBに気付かれずに、フロントやラウンジを見渡せます。彼らが動くまではこちらでお寛ぎください。ご昼食も用意させております」「うむ、お気遣い感謝する」ミスターJは軽く頷くと、彼女からカードを受け取った。「ご武運を!」彼女は廊下の角に消えた。「中々やるな。“浜の電器屋”には特別に手当てを出さねばならん様だ」ミスターJはエレベーターホールに向かう途中で言った。「昼食をどうするか?決めかねていたので助かりました」リーダーも言う。「特別ラウンジか。仮の司令部を置くには絶好の場所じゃ。そこから、点呼を取るとするか」ミスターJはエレベーター内で言った。特別ラウンジに着いて見ると、個室内からフロントとラウンジ全体がよく見渡せた。反対に外からは中を伺う事は出来ない。2人はコーヒーを注文すると、携帯を引っ張り出して手順を確認する。「リーダーは、機動部隊と遊撃隊の点呼を。私は“スナイパー”とY副社長だ」「分かりました」2人は早速、電話連絡にかかった。Y副社長への暗号通信は“Z病院でのランデブー準備完了。DBの移送に関する手配完了。作戦の成功を祈る”と打電した。「ミスターJ、機動部隊並びに遊撃隊の配置、完了しています。後は、KとDBが出て来るのを待つだけです」リーダーが報告する。「よし、後はαポイントの“スナイパー”達だけだ」ミスターJは3人を呼び出した。「“スナイパー”か?準備は出来ているな?ああ、まだKとDBに動きは無い。今の内に食事を調達して置け。次に連絡するのは、本番だ。ああ、宜しく頼む」ミスターJは電話を切った。「全て順調だ。主役のお出ましを待つのみだ」コーヒーカップを手にミスターJは言う。その時、携帯が震えた。「Y副社長からの返信だ」ミスターJは暗号付表が書かれた手帳を出すと、解読に掛かる。“作戦準備完了を心より喜ぶ。Z病院へ派遣される捜査員は30名。KとDBは麻薬取締法違反、殺人未遂の現行犯で逮捕される見込み。私も陰より見守る”と読めた。「Y副社長もお出ましか」ミスターJはカップをソーサーに戻した。だが、出し抜けに危機はやって来た。Pホテルの玄関にパトカー2台が横付けになったのだ。「何事だ?!」ミスターJは立ち上がって警察官達の乱入を見た。「確認して来ます」リーダーは、特別ラウンジを飛び出して行った。フロントに押し掛けた警察官は、似顔絵らしきモノを手にフロント係に何か尋ねている。「大変です!警察はKとDBが宿泊していないかを調べています!」「何!何の容疑だ?!」ミスターJは色を成してリーダーを詰問する。「昨日の“コンビニ悪臭事件”の容疑者として取り調べる模様です!」リーダーも蒼白になっている。「クソ!警察は何を考えているんだ!」ミスターJは悪態をついた。ここでKとDBが足止めされれば、全てのタイムスケジュールが狂ってしまう。警察官達は、エレベーターへ向かった。「この期に及んで、横槍を入れられてたまるか!!」ミスターJはY副社長に緊急打電をした。警察官を止めるなら、県警捜査本部を動かすしかない。そうしないとKとDBを永久に取り逃がす事になるのだ!!