limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 40

2019年06月28日 17時52分33秒 | 日記
「明日、やっちまっていいかな?」原田が聞いてくる。「いいだろう!塩川も“謹慎処分”に入った事だし、今が絶好のタイミングだろう」長官が頷く。「生徒会役員会の真っただ中に、下級生達が“強訴”に来て、役員一同驚いたが、書類上は“先に強訴を受けた”事にしてある。この程度のズレは仕方ないよな?」「多少のズレは生じるものさ。書類上に不備が無けりゃ、誰にも分かるものか!」僕も原田の懸念を払拭して背を押す。「県にしても四六時中貼り付いて見てる訳じゃない。“筋書”から逸れなければ分かるものか!」伊東も心配は無用だと言う。「よし!作戦開始は、明日の午前8時15分だ!放送室は既にジャックする手筈になってるし、講堂も差し押さえてある!校長も本件は了承済だ!」原田は断固として“反乱”の決行を断じた。「よし、我々も動き出そう!」長官が僕の顔を見る。「ビラ及び貼り紙班は、明日の午前8時10分を期して作業開始!徹底的に撒いて貼りまくれ!」久保田と竹ちゃんが親指を立てて“了解”の意志を示した。実を言うと、貼り紙の作成がまだ終わっていなかったのだ。それでも、両名は間に合わせるべく最後の追い込みに突入していた。旗指物やプラカードは出来上がっていたので、明日の生徒総会に支障は出ないだろう。「西岡、小松、“署名簿”を6組から回してくれ!僕等も署名に参加する」「はい、では直ちに!」小松が“署名簿”を持って教室を出て行った。「放送機材の搬入が終わったぞ!」滝が喘ぎながらやって来た。「ご苦労さん!明日の朝の放送のBGMは?」「会長からテープは預かってる。“WE WILL ROCK YOU”を全開で流す予定だ!」滝がVサインを出す。「いい選曲だろう?」原田が言うと「珍しいね。お前さんがロックとは、オドロキだ!」と伊東が言う。「女性アイドルの曲じゃ締まらないだろう?兄貴のライブラリーから引っ張り出したんだよ!この曲が全生徒集合の合図になる。講堂で“塩川追放”の決議が採択されたら“WE ARE THE CHAMPIONS”を流す!全員で歌って気勢を挙げさせる!」原田は自信たっぷりに言った。「バンドを呼べば良かったのに!」伊東が言うと「イギリスからか?航空機代も払えないぞ!」と原田が言うので「塩川の退職金と給与があるだろう?」と僕が水を向ける。「それでも足りないんだよ!生でライブをやりたいのは山々だが、如何せん予算が無い。テープで我慢してもらうしかないんだ!」原田が珍しく笑い出す。釣られて僕等も笑い出した。決起は明日と決まった。後はやるだけだ!

その日の昼休み、いつものようにティータイムを過ごしていると、佐久先生が押しかけて来た。「Y、生徒達が決起するのはいつだ?“親父”が気を揉んでいるぞ!」と言ってくる。事前に教職員には通知しない事になっていたので「まだ、準備中ですよ。肝心の品の制作が遅れてます。今も全力で用意させてますが、後1~2日はかかりますよ」とトボケに入る。「何を呑気な事を言っている!明日にも県から部長が来るんだ!モタモタしとったら格好が付かなくなるぞ!」と言って急き立てる。「明日、県から部長さんが来校ですか!じゃあ、こんなところでモタモタしてる訳に行かないじゃん!大車輪でかからせますよ!僕も手伝いに行きますし、連絡も回さないと・・・」と言ってお茶を飲み干すと、慌ててカップを片付ける。「とにかく急げ!明日中に行動しないとメンツに関わるぞ!」と佐久先生が追い打ちをかけてくる中、僕は生物準備室を飛び出して教室へ向かった。長官と伊東が打ち合わせをしているのを見つけると、僕は「緊急事態だ!明日、県から部長が来校するとの情報を掴んだ!」と言った。「なに!」「マジかよ!」即座に2人の顔色が変わる。「出所はどこだ?」長官が誰何して来る。「佐久の口からですよ。信憑性は高い!」と言うと「校長も策士だな。思いっきり“見せつける”つもりだろう。裏ではしっかりと糸を引いておるな!」と長官が笑う。「ゲストが居るとは聞いてない!原田に伝えて来る!」伊東は教室を飛び出した。「参謀長、前倒しをせねばなるまい。関係各所に伝達しなくてはならん様だな!」と長官は落ち着いて言った。「差し当たって、まずは5分の前倒しが必要ですね。貼り紙班は、午前8時前から動かさなくてはなりませんよ。派手に飾り付けた状態を見てもらわねばなりません!」と僕も冷静に返した。伊東が戻って来た。「原田も驚いてはいたが、“これでやりやすくなった”と歓迎してたぜ!後は関係各所に“前倒しの指示を送れ”と言ってた」「早速かかろう。伊東と千秋は、学年を回って集合時刻の5分前倒しを告げて歩け。滝さんにも含ませて置けよ。参謀長は、西岡達に指示を出して下級生に伝達。久保田と竹内にはワシから作業開始時刻の繰り上げを要請する。では、散開しよう!」僕等は早速動き出した。まずは、西岡を捕まえなくてはならない。彼女は、最近空き部室を根城にして、上田や遠藤達を含む下級生達に事細かな指示を出しているはずだった。1階層下って3階の南側にある空き部室を目指す。周囲に誰も居ない事を確認すると、決められた順にドアをノックする。そっとドアが開くと直ぐに中へ飛び込む。西岡は周囲を伺うと、ドアを閉めた。上田や遠藤達を含む下級生のリーダーが集結していた。「参謀長、何事です?」西岡が振り返りながら聞いてくる。「明日、県から部長が視察に来校するとの情報が入った!全体の行動を前倒しにして決起する!講堂への集合時間を5分早める様に連絡を回せ!」「ゲストが来るんですか?」「ああ、これも校長の計算の内だろうな。いいか!徹底して見せつけるんだ!」「はい!」集まっていた者たちが合唱する。「いいわね、明日は徹底的にやっつけるのよ!さあ、急いで連絡に行きなさい!」下級生達は書き消すように空き部室から居なくなった。「流れが来ましたね。明日は記念すべき日になるでしょう!」彼女はそう言うとドアを開けて周囲を伺った。そして、僕の首に腕を巻き付けて来る。「ねえ、キスしてもいいかしら?」「そのつもりだろう?」と答えると唇が重なった。華奢な体で僕をマットに押し倒すと、馬乗りになって「さあ、お乳の時間よ」と言って胸を押し付けて来る。「してもいい?あたしもう我慢できないの!」と言うと制服を脱ぎ捨てる。彼女は上から激しく腰を使った。薄っらと汗ばんだ体を重ねると「もう1度頑張れる?」と尋ねた。「欲張りだな」と言ってこちらが上になると下から突き上げをお見舞いする。行為を終えると「愛してる」と言って胸元に顔を埋めた。「上田が真面目に“あなたに抱かれたい”なんて言うのよ。お子ちゃまになんて手出しはさせないわ」彼女はキスをしつつ言う。「毎回、欲張りを言うのはそのせいか?」と聞くと黙して頷いた。「愛人の座は1人分。あたしのモノよ!」と言って首に腕を絡ませる。「あたしを愛人にして!」彼女は何故か半泣きで言って来る。涙を拭いてやりながら「内緒ならな」と言うと彼女は何度も頷いて抱き着いて来た。僕は、線の細い華奢な体を抱き続けた。彼女との営みもすっかり恒例になってしまった。だが、彼女は決して表立っての意思表示や誘惑は避けている。さちの立場を思いやっているとしか思えない。そんな彼女の甘えは今後も続くのだろうとフッと思った。

「ズン ズン チャ!ズン ズン チャ!」午前8時10分。“WE WILL ROCK YOU”が流れ出した。「よし!行くぞ!」赤坂の指揮の元、クラス全員が講堂を目指して移動を開始した。「いよいよだな!」「ええ、これからが勝負ですよ!」僕と長官は急いで階段を駆け下りて、講堂のステージ裏に走る。“WE WILL ROCK YOU”自体が長い曲では無いので、途切れる事無くリピートがかかる。この辺の仕掛けは、滝が調整しているはずだ。大音量の曲は職員室と校長室にも流れている。「何の騒ぎだ?」佐久先生がオロオロとして生徒達の行動を見ていた。一糸乱れぬ行動で、全校生徒が講堂に集結するまで“WE WILL ROCK YOU”が校舎全体をジャックした。そして、あらゆる場所に塩川を断罪する貼り紙が氾濫し、ビラも大量に廊下に散らばっていた。この離れ業をやってのけたのは、久保田と竹ちゃんが率いる貼り紙班である。場所なんて選定せずに、ありとあらゆる窓やドアに貼り付けられた紙には“塩川に天誅を!”“責任取れよ!塩川!”と言った文字が躍っていた。ビラには、塩川の犯した罪が書かれ、“責任を取って教職を返上せよ!”と謳われていた。「なっ、何ですかこれは?」朝早くから校長と話していた部長さんも、呆然と校舎内を見ていた。一瞬の隙を突いて校舎内は“反塩川”一色に塗り替えられたのだ。「何が起きているのです?」「さあ、何でしょうね?講堂へ行って見ますか?生徒達が集結している様ですから」校長はトボケに走っていた。「校長!“反乱”です!生徒会が決起しました!」狼狽えた教頭が走って来る。手には檄文を持っていた。部長さんが手にして文面を追うと、ワナワナと震えだした!「これは・・・、全校生徒が決起して、塩川君の処分に“重加算”を要求だと・・・、こっ校長、これはどう言う事です?」校長は薄笑いを浮かべているだけだった。「ともかく講堂へ!」教頭が言い、部長さんも含めた教職員も講堂へ集結した。「来たぞ。これで役者が揃ったな。原田、いつでもOKだ。始めてくれ!」“WE WILL ROCK YOU”が終わると、演壇に原田が立った。「これより、臨時生徒総会を開催する!」世紀の一戦の幕が切って落とされた。

「本総会は、全校生徒の参加により成立しています。会長、議事進行を願います!」長崎が台本通りの報告を挙げると「本日は、極悪非道に走り、多くの女生徒達に精神的苦痛を与えた塩川教諭について、その罪を数え上げ、断罪し、教職より追放することを審議する。これは、学校のみならず生徒会としても看過できない重大な事案である!まず、塩川教諭が何を行ったのか?そこから報告を受けよう!」原田は淀みなく言い切った。ここまでは、台本通りだ。次は、1年生と2年生の代表4人による“告発”であった。勇気を振り絞り、真実を語り、塩川の裏の顔が白日の下に晒された。代表4人は全員が女生徒。それも、ネガフィルムに映っていた子達だ。生々しい“告発”に講堂はざわめいた。再び原田が演題に立った。「塩川教諭の犯した罪は、今、聞いた通りだ。教職員としてあるまじき行為であるのは明々白々!断罪に値する証拠もある!私はここで諸君に問う。塩川教諭の罰は軽くないか?!」「軽―い!」「甘―い!」大声が多数帰って来た。「私はここに提案する!塩川教諭の免職が認められるまで、我々は授業をボイコットする事を!」原田の言葉を受けて壇上に旗とプラカードが掲げられた。そして、生徒会役員と各部部長がフリーマイクで意見を述べ始めた。「俺様の現像室で不埒な事をしでかした罪は軽くねぇ!写真の神様を冒涜した罪は償ってもらう!塩川の首を取れ!」小佐野も珍しく気持ちを前面に出して訴えた。「一瞬の煌めきを切り取れる写真の力。事件を解決へ、真実を皆へ、タイムシフトマシーンであるカメラを悪用する事は、こうした事を否定する重大な悪行だ!情けなど無用!塩川に正義の鉄槌を!」僕も続いた。閣僚達も同じ思いをそれぞれに語った。再度原田が語る。「我々の思いは1つ!塩川に正義の鉄槌を!賛成の諸君の起立を求める!」講堂に集まった全生徒が立ち拍手を始めた。「滝、スタート!」僕は“WE ARE THE CHAMPIONS”を流す指示を出した。「ありがとう!ありがとう、みんな!我々はチャンピオンだ!」原田の言葉に被さる様に“WE ARE THE CHAMPIONS”が流れた。自然と合唱が起こった。肩を組んでいる者、拳を振りかざす者。みんなが声を挙げて歌った。この曲もそれほど長くないのでリピートが入る。この辺の加減は滝の腕の見せどころでもある。「参謀長、あれを!」長官が指した方から、3学年の担任と副担任が列を作って進んで来る。「予定外だ!何をする気だ?」僕は真意を図りかねた。佐久先生がマイクを取った。「我々、3学年の教職員一同も賛同する!俺達もチャンピオンだ!」講堂が歓喜の渦に包まれた。再び合唱が始まる。壇上から見ると他の先生方も合唱し拳を掲げている。ボーっとしているは、教頭と部長さんだけだった。校長は満足そうに頷いて拍手をしていた。教職員も生徒も繰り返し合唱を続けた。“WE ARE THE CHAMPIONS”で僕等は1つになり、明確な目標と意思を示した。「校長、これを見過ごすことは出来ませんね!」部長さんが言うと「ふふふふ、何のことかな?」と校長はトボケた。「塩川次長の権力がどうだって言うんです?罰条はしかと受けなくてなりませんよ!」「額面通りに受け取っていいのかな?」「無論です。塩川一党は終わりですよ!いや、終わりにしなくてなりませんね!」大合唱は続いていたが結論は出た様だ。「みんな、ありがとう!最後まで戦い抜こう!」原田は言ったが、この時点で決着は付いていたと言ってもいいだろう。塩川親子は辞職に追い込まれた。僕等の乱は3日で終息したのである。これらの事は、公の記録としては残ってはいない。僕等は3期生と4期生に対して「原田の世は正しくは無かった」と語り継ぎ、多くの記録を廃棄させたからだ。開校30周年を記念して校史が編まれたはずだが、僕等に関する記録の大半は僕等自身で塗り消してあったので、表立っての記述は無いと思う。「太祖(1期生)の世に復せ!」と言って僕等は3期生と4期生に歪の是正を託した。彼らの功績は称えられるべきであり、正しい継承がなされたのは大いなる偉業だろう。僕等の世は抜け落ちている様なものだが、原田の異常な継承によって生み出された歪を残さぬように、僕等が自ら消していった結果である。

「なーんか気が抜けちまった気分だぜ!これから“向陽祭”だってのにな!」竹ちゃんが紙屑の入った袋を引きずりながら言う。「ああ、“前夜祭”どころか“本祭”も終わったかの様だな。これから、また準備あるなんて信じられない気分だよ」“反乱”の後始末をしながら2人して黙々と片づけをしていると、不思議な感覚に捕らわれた。「まあ、塩川の首が飛んでくれたのは評価しなくちゃ行けねぇが、こんなにアッサリと片が付くとは思わなかったぜ!さて、ここはこれで剥がし終わった。後、もう1階か!」「上は終わったぜ!」久保田も袋を引きずっている。「じゃあ、残るは昇降口か?」僕が問うと「向こうは下級生に任せてある。ザッと見てくればいい。ついでに焼却炉へ持って行くとしよう!」そう言うと久保田は袋の口を縛って肩に担いだ。竹ちゃんも続いた。講堂での生徒総会から2日後の事である。「処分が決まるまでは闘争を続ける」と原田は宣言したが、片づけは総会が終わってから数時間後に始まったのだ。休み時間を使いながらの片づけは意外と骨の折れる作業だった。「やり過ぎた!こんなに派手にするんじゃなかったぜ!」久保田と竹ちゃんが唇を噛んだが、貼り付けたモノは剥がさなくてはならない。しかも、慎重に汚れが付かない様にしなくてはならない。貼った時の10倍の苦労を味わって、ようやく仕事は完了したのだ。袋を焼却炉へ放り込むと、モクモクと煙が立ち昇った。「煙の様に消えちまったな。塩川のヤツ、最後のアイサツに来ねぇとはいい根性だぜ!」竹ちゃんがボキボキと指を鳴らす。「“懲戒免職”になるところを“依願退職扱い”に減刑してやったんだぜ!アイサツに来るのが筋だろう?」久保田も同意見らしい。「そのアイサツに来れば、ボロ雑巾にされちまうんだ!逃げ出すはずだよ!」僕がなだめに入るが、2人は憮然としている。「久保田先輩!これもお願いしてもいいですか?」4期生の女の子達がゴミ袋を担いで来た。「おう、任せな!」久保田の表情が一変する。ニコニコして優しい眼をしている。「女の力は偉大だな。久保田のヤツ、下に結構なファン層が居るらしいぜ!」竹ちゃんも表情を崩す。「そう言えば竹ちゃんのファンも・・・」と言いかけると「シー!道子に聞かれたら落雷じゃあ済まねぇ!壁に耳あり・・・」「障子に目ありよ!竹ちゃん!これ何?」道子が握っているのは手紙の束だった!「そっ、それはだな・・・、ゴミにするヤツだよ!」竹ちゃんが必死に逃げ道を模索し始める。だが、道子は手を緩めない。「だったら、何故開封してあるのよ!逃がしはしませんからね!」「参謀長、後は任せた!」竹ちゃんは僕を道子の方に突き飛ばすと、活路を開いて逃走した。しかし、道子も黙ってはいない。僕をかわすと直ぐに追跡を開始する。「待ちなさい!お弁当を没収するわよ!」壮絶な追いかけっこが始まった。「あーあ、竹のヤツ逃げ切れる訳が無いのに!」久保田はお手上げのポーズを取った。「確かに、逃げ切れる訳が無い。道子がマジになれば男子より足は速いからな!」僕もため息交じりで返すしか無かった。

“塩川の乱”で遅れていた“向陽祭”の役員選出と打ち合わせが開始されたのは、2日後だった。僕等の学年では、約半数が役員として要職に就く。残った人員で模擬店や展示を行う事になるのだが、僕の担当である“総合案内兼駐車場係”については、サブリーダーとして西岡とさちの2名を指名した。昨年より更に来場者が増える事を力説して、勝ち取った戦力である。昼休み、西岡も交えてのお茶会の席で「今年は、昨年よりも更に厳しい戦いになるのは、火を見るよりも明らかだ。しかも、並行して“継承”に関する伝達も実施しなくてはならない。“太祖(1期生)の世”に復さるために、あらゆるところに記されている“原田”の2文字を削らせ、“専制独裁制”に終止符を打たせるんだ!そのために西岡、君を招集した。上田と遠藤達に“正統な継承とは何か?”を叩き込んでくれ!無論、僕とさちも伝える事は多々あるし、自ら率先して指導も実施する。今回は忙しくなりそうだ!」アールグレイを飲みながら僕が切り出すと「はい、係活動を“隠れ蓑”にした“原田後の布石”ですか。あたしも彼女達に行く末を託すに当たり、どうやって伝えるか?悩んでいました。この様な形で行うとは、原田も思い付かないでしょう。絶好の機会になりそうですね!」西岡が眼を輝かせる。「この機会を逃すと、非常に厄介な問題が残る事になる。現体制は、原田が“存在し続ける”事を前提に成り立っている。“第2の原田”が居なければ、混乱と破局が待っているだけだ。ヤツが留年するとは聞いていないし、するつもりは無いだろう。まずは、“専制独裁制”から“集団指導体制”へ移行させなくてはならない。その上で、“太祖(1期生)の世”に復させる素地を作る。“原田体制”を駆逐出来るのは、4期生が“継承”した後になるだろう。息の長い話ではあるが、それだけ強大な権力を原田は握っている証明とも言える。だからこそ、“負の遺産”を残してはならない!」僕は断固としてやり遂げる意を示した。「さすがですが、些か早すぎませんか?」「いや、むしろ遅いぐらいだ!“塩川の乱”の影響で、2週間は出遅れている。僕の描いたロードマップからすると、原田は既に“後継者”を指名しているだろう。4期生からな!」「4期生?!まさか、“長期政権”狙いを?」「当然だろう!原田は3期生に“地下組織”を作れなかった。3期生は僕等の手の中にある。対抗馬を探すとしたら、女の後輩が居る4期生から選ぶのは必然性がある!」「しかし、現行の生徒会規則では、1年生からは立候補できませんよ!」西岡が怪訝そうな顔で言う。「“生徒会長権限”でいくらでも捻じ曲げる事は出来るし、指名する事も可能だ!だが、選挙にする確率の方が高い!いずれにしても容易な事じゃないが、勝てる布陣を取るのが王道だろう?」その時、ドアがノックされ上田と遠藤が入って来た。「参謀長、部隊の編制が整いました!名簿をご覧ください!」遠藤から受け取った名簿を僕はコピーして原簿は遠藤に差し戻した。コピーをさちと西岡に渡す。「これは!事実上の“新体制”のクラス正副委員長と閣僚候補者の一覧ではありませんか!あなた達、いつの間にこんな人選を進めてたの?」西岡が驚愕して聞くと「新学期が始まって早々に、幸子先輩から言われました。“最強の布陣を敷くために人を集めなさい!成績や人気ではなく人物本位で眼鏡に叶う人を見定めて!”と。色々あって遅れてしまいましたが、考えられる最高の戦士を集めたつもりです!」と上田が答えた。「参謀長、いつの間にそんな指示を?」「事を謀る上では、身近な人物から騙してかからなくてはならん!済まなかったな。僕がさちに依頼して密かに人選を進めさせた。その成果がこれだ!上田、遠藤、会長候補は“ひな人形”で構わん!担ぐのは人気者にして、実権はお前達が握り糸を引いて操れ!副会長が“実質的な会長”に座るのだ!“脂粉”こそが“原田体制”に風穴を開ける武器となろう!」「参謀長、“脂粉”とは?」西岡が首を傾げる。「唐の玄宗が、則天武后達から実権を取り戻すまでの50年を表す言葉として“脂粉消ゆ”と表現する場合がある。化粧の例えとしてな。僕等は玄宗に倣う訳では無いが、次の世代はここに居る2人を始めとした、女子達に活躍してもらわなくてはならないと思っている。だから、密かに“組閣”を命じた。まずは、合格点だな!各自の適正は、係活動を見てから判断する。近々、全体の打ち合わせ会を開く。全員欠席の無いように出頭させろ!」「はい!」2人が合唱する。「参謀長、実質的に“次期大統領選挙”は動いていると?」「原田も同じことを考えて動いているはず。遅れを取る訳にはいかんだろう?」僕は、温くなったアールグレイを飲み干すと、おかわりを注ぎ、上田と遠藤にもカップを持たせた。アールグレイを注ぎながら「原田よりは半歩はリードを取らなくては、専横がまかり通る結果になる。何としても選挙に持ち込むんだ!2人ともミルクか砂糖はいるか?」上田と遠藤に問うと「いえ、このままいただきます」と言って口を付けた。シンクにポットを持って行って茶葉を捨てていると「参謀長、ご自分で紅茶を?」と言いつつ上田が背後を取った。「ああ、1年の時からずっとやっているよ」と言う間に僕の懐へ紙片を上田が押し込んだ。西岡もさちも気付いていない。何食わぬ顔で洗い物を続けると、上田が手伝いをやってくれる。「さち、生物室の空きを見てくれ。全体会議は来週には開きたい」「OK、ちょっと待って!空きは・・・、水曜日以降ならいつでも空いてるみたい」「では、水曜日に予約を書き込んで。場所だけは確保しないとな」「あーい」さちが使用の予約を入れた。「水曜日には何を協議しますか?」西岡が聞いている。「まずは、任務の概要の説明と時系列での流れの確認からだな。次は測量をしなくちゃならない」「測量?どこの?」さちが素っ頓狂な声を出す。「校庭さ。詰め込めるだけ車を押し込まなくてはならない。実際問題、何台まで止められるか?実測して把握しないと混乱の元になる。そうした資料も後世に残して行かなくてはならないんだよ。来年は僕等は手が出せないし存在すらしない。正しい“遺産”は確実に手渡して行くのが筋だろう?」「そうかー、もうそんな時期なのかー」さちがため息交じりに言う。「否応なしに時は過ぎる。さて、そろそろ午後に備えないとな。2人ともご苦労だった。全体会議は来週の水曜日だ。連絡を回してくれ!」「はい、分かりました」上田が笑顔で答えた。僕等は午後の授業に向けて生物準備室を出た。ロッカーの前でブレザーの懐を探るとメモ書きが手に触れた。“今日、駅で待ってます。駐輪場の陰に来てね!”女の子らしい文字が書かれていた。「マズイな」僕の心に不安が影を落とした。

夕方、さちを見送った後、僕は駅の駐輪場へ向かった。上田の姿は直ぐに見つかった。西岡より背は低いが、均整の取れた美しいプロポーションをしている。髪はロングである。「参謀長、呼び出したりしてすみません。どうしても聞いて欲しい事があるんです!」上田は意を決して言い出した。「何かな?」「卒業されたら、あたし達は誰を頼ればいいんですか?参謀長の後継者は居ません!鋭い分析力に洞察力。推理力や作戦の立案に指揮。先見の明も。誰もあなたには届かないんです!お願いです!留年して下さい!」僕は卒倒しそうになった。「悪いけど、留年は勘弁して!まあ、確かに僕の後継者は今のところ居ないけど、候補者は選んであるよ!」「候補者?それは誰です?」上田は怪訝そうに聞いてくる。「ズバリ、君だ!上田加奈。本日より、参謀長補佐を命ずる!“向陽祭”の期間中、私から離れるな。全てを見て聞いて体に叩き込め!」「ええー!あたしが!そんなの無理です。あたし馬鹿もいいとこだし・・・」「学校の成績は関係ない。適性を見極めた結果、君に後の世を託す事に決めた。君を補佐するのは、山本と脇坂だ。これしか無い!」「あたしが“参謀長”の肩書を継ぐ?信じられません!」上田は呆然とした。だが、彼女には才能を感じさせるモノはあった。今年の“総合案内兼駐車場係”の人選を見てもそれは明らかだった。彼女には人を引っ張っていく力はある。作戦の立案などは、山本と脇坂が居る。この3人によるトライアングルこそ、僕の跡継ぎに相応しい。「ともかく、僕はそのつもりで“引き継ぎ書”を作成している。時期が来たら渡すよ。そして、残された時間であらゆる疑問に答えて行くつもりだ。見て、聞いて、読む。僕が居る限り、全てを注いでやる!全力で着いて来い!」「はい!」彼女はとりあえず僕の後を追う事に決めた様だった。最後の“向陽祭”に向けて、僕等は走り出した。去る者も追う者もない。最大の山場はこれからなのだ。「参謀長、これを着けて下さい!」上田は包みを差し出した。「何かな?」「ペンダントヘッドです。あたしの好きな人に着けるつもりで、ずーと持ってました。ネックレスに着けて下さい!」彼女は臆することなく言った。「猫の鈴か?上田の猫になるのも悪くは無いな」「そうすれば、部屋に忍び込んでも平気ですよ。着替えとかも覗けるし!」上田は屈託なく笑う。僕等は夕日を浴びて歩き出した。「猫じゃなくて虎だったらどうする?」「あなたに襲われるなら運命だと思ってますよ!」「じゃあ、襲うか?」「今日はもう遅いから、次の機会に!」駅舎に向かう僕等は“にわか漫才”のコンビの様だった。

life 人生雑記帳 - 39

2019年06月26日 17時18分59秒 | 日記
「きっかけは、この手紙でした。“塩川が不当な事を女生徒に強いている”と言う告発文です。翌日には、生徒会長の原田の元にも同じモノが届いています。そこで、僕等は極秘裏に調査を開始。差出人の特定と他にも“被害者”が居ないか?から手を付けました。そして、調べて行く過程で現像室の“不可解な使用”と“証拠のネガフィルム”に辿り着いた訳です。写っていたのは、女生徒たちの“恥ずかしい姿”。恐らく“脅迫”の原版だと思われます!現像室でプリントした写真のありかは不明ですが、多分塩川のデスクかロッカーか官舎にあるものと推察します。残念ですが、僕等の手でこれ以上の証拠を集める事は不可能です!塩川に察知されたら全て隠蔽されるでしょう!“被害者”からの聞き取りを行った記録がこちらのノートにまとめてあります。“授業を受けさせずに廊下に立たされる”とか“単位が欲しければ写真を撮らせろ!”と強要されたり、“写真をバラ撒かれたくなければ、金を寄越せ!”など脅迫内容は多岐に渡ります!いずれも教職員にあるまじき行為です!」僕の話を聞いていた中島先生と佐久先生の顔からは血の気が失せていた。2人とも呆然とネガフィルムとノートに眼を落している。「Y、これは本当なんだな?」佐久先生が意を決して聞いてくる。「ええ、全て事実です。授業中に塩川が女生徒達に罵声を浴びせているテープもありますよ。お聞きになれば分かります!」両担任にヘッドフォンを付けさせるとテープを再生した。「外道が!」佐久先生はヘッドフォンを叩きつけて憤怒の表情を見せる。中島先生は佐久先生に眼で合図を送った。“話すぞ!”と言わんばかりだ。「Y、実は我々も同じことを追っていたのだ!4月半ばに4期生の保護者から苦情が相次いでな、その内容が“塩川教諭が授業を受けさせてくれない”と“写真を撮られて金銭を強要させられている”と言うものだったのだ。校長が塩川を呼んで問い質したが、“事実誤認”だと主張して逃げ切られたのだ。だが、どうも様子がおかしいので、ずっと水面下で調べ続けていたんだが、どうにも尻尾が掴めなかったのだ!」「俺は出張を名目にして、前任地の学校を徹底的に調べ上げたんだが、証拠は掴めなかった。既に隠滅した後だったのだ!それが本校での案件では、お前の手に証拠が渡り、今、目の前にある訳だが言語道断だ!」佐久先生は人を殺めた様な顔つきになっている。「ともかく、お前の手で証拠は揃えられた。これは僥倖だったよ!知っているは査問委員会のメンバーと生徒会のメンバーだけだろうな?」中島先生が誰何して来る。「はい、限られたメンバー以外は何も知りません。特にネガフィルムについては、僕と西岡と小佐野以外は眼にしていません!」「相変わらず手回しがいい!核心を知り得ているのは、限られた一部の者だけか。正着だな!」「お前の言う通り、ここから先は壁が厚い!下手をすれば“濡れ衣”を被せられていただろう!塩川には悟られていないだろうな?」佐久先生も聞いてくる。「今のところ大丈夫ですが、ネガフィルムをすり替えた事実を知られればそれまでです」僕は正直に答えた。「確かにそうだ。直ぐにもこれは“親父”に知らせなくては、証拠隠滅の恐れがある!中島先生!」「うむ、ワシから連絡しよう!Y、西岡、佐久先生と校長室へ急げ!」受話器を手に中島先生は僕等を急がせた。「Y、西岡、証拠を持って付いて来い!“親父”に直談判だ!」佐久先生は僕等を護衛しながら校長室へ急いだ。「校長の前でも同じように報告しろ!証拠を手にした経緯はどうでもいい!塩川の悪行を裏付ける事をしかと伝えるんだ!」佐久先生と僕と西岡は、相次いで校長室へ雪崩れ込んだ。「信夫!尻尾を掴んだらしいな?」「はい!私ではなくY達が突き止めました!話を聞いて下さい!」佐久先生は直立不動で校長と相対した。「Y君、西岡さん、聞かせてもらえるかね?」「勿論です!」僕等も直立不動の姿勢を取る。「まあ、座りなさい。話はそれからだ」校長はお茶を用意する様に佐久先生に命ずると、僕と西岡をソファーに座らせた。「何があったのだ?きっかけはどこだね?」校長はゆっくりと聞き取りを始めた。

校長の聞き取りは、子細な事にまで及んだ。きっかけとなった手紙や塩川が撮影したと思われるネガフィルムの見聞、授業中の塩川の罵声も聞き取った。西岡からは、“被害者”となった女生徒からの証言について、その場の様子まで聞き取った。「ふむ、随分と子細に調べ上げたものだ。信夫、2人の証言は充分に信用できるな!証拠も揃っている。直ぐに“ガサ入れ”の手筈を取れ!急がぬと証拠を消されてしまう!裏の裏まで徹底的に洗って来い!」「はっ!」直立不動の姿勢を取ると佐久先生は勇んで校長室を出て行った。代わりに中島先生が入って来る。「校長、これで塩川の犯罪は白日の下に晒されますが、次の一手を打たなくては県教委を説得できません!」「分かっておる。塩川の父親は県教委の大物。これきし事は揉み消してしまうだろう。それでは、“被害者”となった女生徒達を救済した事にはならん!」珍しく校長が語気を強めて言った。「原田君を呼んでくれ!」校長は原田を呼ぶように中島先生に命じた。「はい、生徒会長に何を?」「反乱だ!」「はぁー?」中島先生は素っ頓狂な声を上げる。「Y君と西岡さんには分かるだろうて」校長は含み笑いをしつつ答えた。僕と西岡には“ある図式”が浮かんでいた。僕等は互いに眼を見てクスリと笑った。「生徒総会で“塩川の処分が軽すぎる”と決起するんですね!」「そうだ。“生徒が反乱を起こしている”と知れば、県教委としても揉み消しは図れまい。何らかの処分を下さざるを得ない状況を作り出すんだ。派手に乱を“演出”して欲しい」「校長先生、お呼びですか?」原田が出頭してきた。「生徒会長、Y君、西岡さん、くれぐれも頼んだよ。派手に“反乱”を演出してくれ!」「Y、どういう事だ?“反乱”とは何をするんだ?」原田は意味が分からずに狼狽えた。「説明してやるよ。塩川に鉄槌を下すには、全校生徒が“反乱”を起こさなきゃならないんだ!」僕と西岡がダイジェストで事の次第を説明すると「うーん、そう言う事か。ならば、出来る限り“派手”にやらなきゃならないな!」原田は算段を立て始めた。「僕等は、塩川をあぶり出した。後は会長にお任せだ!」「いいだろう。筋書さえ描いてしまえば、連鎖反応式に事は拡大していく。署名活動もやるか?」「それがいい!全員の意思表示を届ければ否応なしになる!」校長も乗った。「そうすると、時系列で事を進行させないとマズイな。事が表に出るのはいつです?」原田を交えて僕等と中島先生と校長の謀議は静かに進行して行った。

その頃、佐久先生を先頭にした“捕獲部隊”は、授業中の塩川の教室へ突撃して確保。有無を言わさずに職員室へ連行していた。「何なんだ?何の権利があってこんな事をする?!」塩川は狼狽え気味に言うが「ネタは挙がってるんだよ!この破廉恥野郎が!」とドスの利いた声で佐久先生に睨まれると大人しくなった。相手は生徒達から“人間装甲車”と呼ばれている巨漢である。抵抗は無駄に過ぎなかった。「あったぞ!これこそが動かぬ証拠だ!」塩川のデスクの奥深くに“コレクション”のアルバムは眠っていた。佐久先生は「この破廉恥な写真は何だ?」と雷鳴の様な声で塩川に詰め寄った。塩川が言い訳を告げる筈も無く、佐久先生は頸動脈を絞めた。柔道家でもある先生の手にかかった塩川はグッタリと意識を失った。周囲に居た他の先生方が驚く中、「心配ない。“落ちた”だけだ!」と言い捨てると、証拠のアルバムを抱え塩川を担ぐと使われていない“校用技師室”へ塩川を放り込んだ。後ろ手に粘着テープを巻き、口元はガムテープで覆った。出入口に外から南京錠をかけると塩川の身柄確保と証拠品の押収はとりあえず完了した。校長室へ取って返した佐久先生は「塩川の身柄を確保!職員室のデスクから証拠品を押収しました!」と直立不動で報告した。「やはり出たか。アルバムは?」校長が誰何すると、先生は黒い表紙のアルバムを差し出した。「間違いない様だな。信夫!官舎も洗って来い!過去の黒歴史が出れば更に打撃を与えられる!天井裏から配管まで徹底的に洗い出せ!」と命じた。「はっ!直ちに急行します!」佐久先生は忙しかった。「これで、謹慎処分を申し渡せる。まずは、1週間だな。県教委に報告を挙げて処分が下るまで2~3日だろう」校長が推察すると「約10日後ですね。処分内容が通知されて来るのは。それが“漏洩”してしまう!それを受けて生徒総会を開く。“処分が軽すぎる”として授業のボイコットを開始する。そして、署名活動もスタートさせる!」原田が筋書を語り出す。「“漏洩”するのは4期生達のところ。それを聞いた3期生も気勢を上げる。下からの突き上げを喰らって、生徒会として“やむを得ず”総会を開く。僕達はあくまでも聞き役から入って、怒りを共有して“生徒会長権限”を発動してボイコットと署名活動を展開する。今回はあくまでも“下からの突き上げを喰らった”と言う図式にしろよ!僕等は塩川に教鞭を取ってもらって無いんだから、そうしないと整合性が取れない。総会を開くにしても、4期生と3期生からの要望に応えて“生徒会長権限”で開け!僕等はあくまでも“静”で居なくちゃならない。“動”であるのは下級生達だ!」僕は原田に釘を打った。「なるほど、確かにそうしないとやたら滅多には動けないな。本当にボイコットをするのか?」「1回か2回はやらなきゃならないだろうな。全部をボイコットしてたら、収束させるのに苦労する。要は、校長先生が“生徒達が荒れています”って報告出来ればいいんだ。貼り紙とか怪文書の類は用意しとかないとマズイかも知れないが・・・」「おいおい、そこまでやるのか?」原田が狼狽える。「“反乱”を起こすんだ!小道具は必要になるさ。証拠写真に使えるようにな!」僕は徹底した“準備”を主張した。「そうだとしたら、今から準備しないと間に合わないぞ!」「だから、君に来てもらったんだよ。生徒会としても下準備に入ってもらいたい。段取りが分かる人員を決めて来るべき“漏洩”に備えてくれ」校長の口元がわずかに緩んだ。「分かりました。Y、西岡、君達は主要メンバーとして加わってもらう!筋書は長官とYで描いてくれ!西岡は僕の下部組織と連携して総会を“盛り上げる”算段を始めてくれ!僕は4期生・3期生のクラス委員長達と決起に向けた作戦を練る!いずれにしても、大車輪でかからないと間に合わない!」クソ真面目な原田の口元もわずかに緩んでいる。「世紀のビッグショーだ。上手くかじ取りをしてくれよ!」「任せろ!徹底的にやってやる!」原田は腹を括った。こうなるとコイツは無類の強さを見せる。校長も微かに笑っていた。こうして謀議は終わった。

授業は2時限目に入っていた。朝から校長室での長時間の謀議があったので、僕と西岡はすっかり出遅れてしまった。「今から戻ってもチンプンカンプンだがどうする?」僕は階段を昇りながら西岡に聞いた。「そうですね。始まったばかりだしサボリますか?」彼女は笑って返して来た。空き部室へ入り込むと、マットレスに腰を下ろす。「とんでもない事を計画した訳ですが、本当にやるんですか?」「ここまで来たら後戻りは出来ないよ。やるしか無い!塩川を追放するまでは、戦争は終わらない!」僕が言うと「あたし達も後戻りは出来ない関係ですもの。少し休んでいきましょうか?」と言うと西岡はキスをして来た。「悪い趣味だな。この前も・・・」と言いかけると胸元へ手が引き込まれる。小ぶりだが形のいい胸に触れさせると「抱いて下さい」と彼女が言い出す。後は彼女のなすがままだった。細い体を激しく動かして彼女は満足そうに行為を終えた。半裸の状態で抱き合っていると「もう一度頑張れる?」と聞かれる。「欲張りさんだな」と返すと彼女は不敵な笑みを浮かべて2回戦を挑んできた。激しく抱き合って行為を終えると「あたし、あなたの愛人になりたいのよ」と言う。「恋人になりたい訳ではないの。ただ、時々こうして抱いてくれればいい。あなたに抱かれたい女は大勢いるのよ」と耳元で囁く。「抜け駆けじゃないか?」と返すと「そうよ、誰もこんな事しないでしょう?」と小悪魔の様に微笑む。「乳臭い、上田や遠藤には、まだ早いし渡すつもりもないわ。参謀長の愛人の座は、あたしだけのものよ」と言って僕の胸に顔を埋める。スラリとした美しい体形、細く長い手足。才女の仮面の下には、甘えん坊が隠れていた。時計を見ると2時限目も終わりに近かった。そそくさと互いに服を纏うと、空き部室から忍び出る。「内緒よ」彼女が言う。「ああ、内緒だ」僕等は何食わぬ顔で教室へ戻った。校長が持たせてくれた遅延証明で咎められる事は無かった。

「おおよそ10日後に“反乱”を起こす訳か。時間的にはやや厳しいな!」長官が言う。「下級生からの“嘆願書”や“上奏文”の作成も絡んでますから、ギリギリになるのは止むを得ませんね」西岡も言う。「筋書は僕と長官が描くとして、“嘆願書”や“上奏文”の草稿の作成とビラや貼り紙の作成はどうします?」僕が言うと「手分けをして個々に当たるしか無いだろう。どの道、主要な作戦の立案は我々が担うのだ!こっちの都合に見合う様にするしかあるまい」長官がカップの紅茶を流し込む。僕はアールグレイを飲みながら「では、査問委員会のメンバーを頭に実働部隊を編成するしかありませんね。表立っては動けませんが、塩川が逮捕された今となっては動きにも余裕を持たせられます。赤坂と有賀に“嘆願書”と“上奏文”草稿の作成、久保田と竹ちゃんにビラと貼り紙の作成、千里と小松と西岡に下級生の演説草稿の作成と指導でどうです?」「おおよそ、その線で行くしかあるまい。学校側の“取り調べ”はどうなる?」「既に、あたし達で8割方の証言は集めてあります。その確認と補足分の聴取だけですから、短期間で終わるはずです!」西岡が見通しを述べた。「僕等よりも、塩川の取り調べに時間を割きたいでしょうから、実害は最小限に留まるのではないかと。大枠は、原田も承知してますし、派手に打ち上げる算段も組み上げてあるでしょう。問題は細部の骨格を組み上げる作業ですよ!原田にも釘は打ってありますが、あくまでも“下から突き上げを喰らった”と言う図式にしないとマズイです!」「うむ、そこを踏み外してはならんな。何せ我々は、塩川の授業を受けた事が無いのだからな。“静”と“動”の役目を明確にしなくてはならん!生徒会の閣僚達はどうするのだ?」「原田が概略を説明して、“会長一任”を取り付ける算段です。総会も“会長権限”で開かせます。もっとも、その前に3期生と4期生のクラス委員長達に“強訴”させる必要はありますがね!」「よし、よし、軌道に乗ってきたじゃないか。後は、細かい段取りを組むだけか?」「ええ、細部までは詰める必要はありませんが、大枠は決めなくてはなりません。総会そのものが“成り行き次第”ですからね。目的は“塩川に重加算税を!”で決まっています。それで団結して“反乱”を起こせばいいんです。鎮圧しやすい様に形だけですがね!」僕はぬるくなったアールグレイを流し込んだ。「署名活動はどうするのよ?」道子が聞いてくる。「3期生と4期生のクラス委員長達が“強訴”したら作戦開始さ!これも下から上へと持ち上げてくるのが原則だ。一応、全員が署名する事になるだろうよ!」「先生方の“嘆願書”とかはどうなるの?」さちも聞いてくる。「今回は、その手の文書は出さないだろう。卑劣な行為を働いたんだ!庇う理由は無いと思うよ!何なら先生達も署名させればいい。“援護はしません”って意思表示をさせるにはいい機会だ!」「いずれにしても、大車輪でかからなくては間に合わないのは事実だ。今、話したことはワシから個別に伝えて置く。参謀長は、“事情聴取”に備えてくれ。形だけとは言え、誤ってはいかん!しかと塩川を地獄へ送る様に証言を頼むぞ!」「お任せ下さい。そっちは直ぐに済みますよ。長官の方こそ急がせて下さい!日が迫ってます。10日と言うのはあくまでも目安に過ぎません。前倒しもあり得ますよ!」「うむ、早速手を回そう。お茶をごちそう様」長官は勇んで生物準備室を出て行った。「西岡、上田と遠藤達に手を回せ!今回の“反乱”は彼女達が主役になるし、4期生達からも援護をもらわなくてはならない。今の内から乱に備えて“演習”に励ませろ!筋書は分かっているな?」「はい、直ぐにも言い聞かせて置きます。参謀長、どうされました?顔色が悪いですよ。保健室へ・・・」と西岡が言っている先へ僕は倒れ込んだ。カップとソーサーが砕けて床に散乱する。「Y!Y!どうしたの!返事をして!」さちの悲鳴にも似た声が遠くで聞こえたが、答える事は出来なかった。

気が付くと、保健室のベッドの上に寝かされていた。何とか左手を動かすと時計に見入る。午後2時を回っていた。「何だ?どうなってるんだ?」生物準備室で西岡に指示を出していたところまでは思い出した。だが、倒れた時の記憶が無かった。「“アイツ”が暴れだしたか?」だか、発熱や倦怠感は感じられない。ただ、猛烈に疲れてはいた。個室のドアが開くと丸山先生が顔を出した。「気が付いた?猛烈に疲れてる様だけど、何があったのかな?もしかして、塩川先生がらみ?」「そうかも知れません。朝から校長先生とやり合ってますから、緊張の糸が切れたのかも」「大活躍だったらしいじゃん!塩川先生は官舎に閉じ込められたそうよ。取り調べは明日からだって。同じ職員としては、気味が悪いを通り越して“恥さらし”としか思えないけど!」丸山先生は額の冷却ジェルを貼り換えてくれた。左手を取ると脈を測る。「うーん、やけに遅いね。Y君、お医者さんに“徐脈”って言われてない?」「毎度、聞かれますよ。人よりゆっくりだって」「ふむ、だとすると微熱以外に主な症状は無いね。何が原因かな?」丸山先生は首を傾げる。そこへ内線が鳴った。「ちょっとごめんね。はい、校長先生。ええ、微熱はありますが特に目立った事はありません。はい、分かりました。放課後まで経過観察ですね?自宅へ連絡で宜しいですか?はい、無理はさせません。タクシーを呼びます。はい、分かりました。聞こえたと思うけど、校長先生の指示で今日はこのまま時間が来るまで休んでいなさい!帰宅時にはタクシーを呼ぶから乗って行きなさい。荷物はクラスから運んでもらうわ!さて、ちょっと出かけて来るね。大人しく寝てるのよ!」と言ってドアは閉じられた。「やれやれ、また校長に吊るされるし、中島先生からも大目玉を喰らいそうだ!」そうブツブツと言っていると、そっとドアが開けられて、ジャージ姿のさちが入り込んできた。「Y-、大丈夫かー?」と言うとタオルケットを被って馬乗りになる。「さち、サボリだろう」と言うと「何を言うのよ!治療しに来てあげたのに!」と言うとジャージを脱いで行く。ブラと下着だけになると、体を密着させて来る。大きく柔らかい胸と太腿が手や顔に触れる。「邪魔だから取っちゃおう」と言うとブラを外した。僕の左手を取ると下着に持って行く。「触っていいよ」と言って中へ手を導く。「さち、したいの?」「そう、抱いてよ」ゆっくりと体が重なった。残っている力を振り絞ると僕が上になって体を激しく動かした。一通りの行為が終わると、2人して全裸で抱き合う。「まだ、元気だね」さちが嬉しそうに言う。今度は、さちが激しく体を動かした。行為を終えると、薄っすらと汗ばんだ体を預けて来る。「ずっと待ってたの。こうして2人で愛し合う事を」さちが照れながら言う。「誰にも邪魔されない部屋だな」と言うと「そう、あたし達だけの空間。本当は1日中このままで居たい」さちは胸に顔を埋めて言う。午前中に別の女性を抱いたとは、とても言えない。しばらくの間、さちは裸のまま離れなかった。幸い、保健室へ訪れる者も居なかった。

翌日、朝から中島先生と佐久先生による“取り調べ”が行われた。室内にはエアコンが入れられ、明美先生が大量のアイスティーを用意してくれていた。「昨日の今日で申し訳ないが、一応形式的な“取り調べ”になる。時系列を追って話を進めよう」佐久先生が淡々と言う。「校長が“体調不良にならん程度に留めろ!”と煩くて敵わん!お前が倒れると天地がひっくり返ったかの様に騒ぎ立てるのだ!まず、楽にしろ。調査手法については不問とする。事実だけを述べてくれ」中島先生がいつになく優しく言う。まずは、手紙が届いた経緯から始まり、水面下での調査を西岡に依頼したところまで進んだ。「原田も4期生に対してそれなりの組織力を持っているのに、何故独力での調査に踏み切った?」佐久先生から質問が飛んでくる。「あの時点では、誰が塩川と繋がっているか推測できませんでした。組織力を頼みにはしたかったのですが、情報統制上と安全上の理由から差し止めました。壁に耳あり障子に目ありの中では仕方なかったのです。後に原田にも同じ手紙が届き、向こうも“信用できる”と確信が持てるまで、概要を秘したのはそう言う理由です」「ふむ、細心の注意を払ったと言う事か。情報漏洩による証拠隠滅をさける意図か?」「はい」次は一気に授業音声の入手まで進んだ。「俺達も聞いた音声は、誰かにレコーダーを仕込んだのだな?」「はい」“耳”を使ったとはとても言えなかった。「録音をした意図は?」「塩川の顔を暴くためです。今回の件は授業中に起こっています。実際になにがあったのかを確かめるには録音をする以外に手がありませんでした」「そして、わざと塩川の神経を逆なでさせて、暴言を引き出したか?」「はい、危険な賭けではありましたが、仕掛けは成功しました。運が良かっただけです」「まあ、これ以上は突っ込まない方がいいだろう。お前たちもギリギリの線で渡り合っていたのだからな。何が一番危険だと感じた?」「先生方に知られる事ですね。誰が塩川と繋がっているか、まったくわからない事でしたから、我々としても最も警戒した点です」「そして、現像室の細工を見破りネガフィルムも手にした。そして、ワシ達に話を持って来た。何故だ?」「冷静に考えた結果、塩川から遠く校長先生に近しい方を選んだところ、お2人に行き着いた訳です。佐久先生は校長先生の秘蔵っ子ですし」「正着だったな。“親父”に眼を付けたのは誰だ?」「小佐野ですよ」「小賢しいヤツめ!だが、結果としてはお互いに利のある結果となった。お前は正しい手を指した訳か」佐久先生は熱心にメモを取っていた。「よし、もう良いだろう。後は聞いている事だし、これからやる予定の乱の事もある。お前はそっちに勢力を傾けろ。勝負はこれからが肝心だ。上手くやれよ!」佐久先生が肩を叩いた。「くれぐれも慎重にな。自分の体力を過信するなよ!校長の騒ぎは手に負えん!倒れるのは勘弁しろよ!」中島先生も肩を叩いた。「お茶を飲んでゆっくりして行け。次は西岡だったな。どれ、呼んで来るか」先生方は慌てて教室へ走った。お茶のおかわりを頂きながら、僕は次の手を思案し始めた。「さて、いよいよ“反乱”だな。出来るだけ派手にブチ上げなくては意味が無い!」策は練り上げてあるし、役者も原田を筆頭に演技派が揃っている。「実行あるのみ」そう呟くと僕は教室へ向かった。

平行して行われている塩川に対する尋問は、苛烈を極めていた。校長の怒りは天を突く程に凄まじいものだった。教頭と各教科主任が尋問官となり、じわじわと真綿で首を絞める様に塩川は追い詰められて行った。黙秘をしていた塩川だったが、ネガフィルムとアルバムの写真について執拗に追及されると、ヤツは落ちた。そして人が変わったかの様に自供を始めたのだ。そこには、ある打算があったからだ。“親父は県教委の大物。これしきの事は揉み消してくれる”と言う身勝手なモノだった。「仮面が剥がれたな。親父さんに揉み消してもらうつもりだろう。だが、そうはさせん!」校長は断固して言った。「生徒会に通告を出しなさい。彼らに動いてもらう時が来た!」校長は悠然と教頭に命じたと言う。

「来たぞ!学校側から通告があった!原田に“決起しろ”との命令だ!」伊東が転がるようにして知らせに駈け込んで来た。「うむ、いよいよか!まずは、生徒会役員会からだな!伊東、その席で対応を“会長一任”へ持って行け!そして“署名活動”を開始させるんだ!」「了解!千秋、行くぞ!」「ええ、急ぎましょう!」2人は急いで生徒会室へ向かった。「西岡、4期生達に“署名活動”を始める様に指示を送れ!1人残らず署名させるんだ!」「はい!直ぐにもかからせます!」西岡も教室を飛び出して東校舎へ向かった。「明日には塩川の暫定処分が発表されるはず。久保田、竹内、ビラを撒く用意を。そして、あらゆる場所に貼り紙を貼りだせ!」「用意は完了してる。明日の朝からベタベタと貼りまくってやる!」「場所を選ぶな!あらゆる場所で目立つ様にするんだ!」長官が続々と指示を与えていく。僕は、“生徒総会”の台本の最終チェックをしていた。「参謀長、どうだ?」「良いですねー。この台本通りに進行すれば、塩川は逃げられませんよ!“親の光は七光り”と言いますが、今回ばかりは光も失せるでしょう!」「共倒れを狙ってみた。塩川一族もこれまでだな!」長官が不敵な笑みを浮かべる。「さあ、開演だ!派手に打ち上げよう!」長官が言うと査問委員会のメンバー達が頷いた。壊滅作戦の狼煙は挙げられた。

life 人生雑記帳 - 38

2019年06月25日 13時36分59秒 | 日記
連休の谷間の5月初旬、西岡から初回の報告が上がって来た。「どうやら、手紙に書かれていた事は、事実の様です。塩川が受け持っているクラスの女子数名が、ターゲットにされているのは間違いありません。ヤツの気分次第で、廊下に立たされているのも確認されました!」「差出人に関する情報は?」「それは、まだ特定に至っていません。1年生である事と塩川が関わっている事、この2つから絞り込むのは容易ではありません。上田や遠藤達も必死になって追っていますから、連休明けには結果をお持ち出来るでしょう!」「西岡、これは許されざる問題だ!下級生のみならず、我々にも関係する重大事になる!あらゆる手を使って調べ上げてくれ!場合によっては“実弾”を使っても構わん!何としても塩川の化けの皮を剥がせ!」「はい!それは承知しています!しかし、あたし達だけでは限界があります。原田の情報網を利用出来ませんか?」「うむ、あそこへ“通報”するとなると情報統制上の問題が生じる可能性がある。直ぐにも使いたいのは山々だが、時期を見計らって手を回そう!それまでは、出来る限り水面下で動いてくれ。一番厄介なのは“職員室”に漏れる事だ。隠蔽されたらそこまでになってしまう。闇に葬られる前に、陰でもいいから袖を掴むんだ!」「分かりました。ともかく、差出人の特定を急がせます!」「無理を言って済まんが、よろしく頼む」僕がそう言うと西岡は身を翻して、教室を出て行った。「Y、ちょっと顔を貸してくれ」伊東が入れ替わる様に現れた。廊下から原田が僕を見ていた。教室前の廊下の隅に集まると「今朝、俺の靴箱に入っていた手紙だ。読んでくれないか?」と言って1通の封筒を差し出す。体裁が僕の元へ来たものとそっくりだった。中身も文面も同じだった。「どう思う?」原田が聞いてくる。「まったく同じものが僕の手元にも来ているよ!調査を開始したんだが、ここに書かれている事は実際に起きている事らしいぞ!」と言うと原田の表情が強張った。「だとすると厄介だな。証拠を隠滅される前に袖を掴まないと、学校側へ“通報”出来なくなるし、派手に動けば筒抜けになる。Y、こっちも水面下で動いていいか?」原田がそう言い出した。「動いてくれるなら、大いに助かる。何せ情報不足で困ってたんだ。生徒会長としては、本件をどうするつもりだ?」僕が問うと「見過ごすつもりは無い!生徒会全体の問題だ!ただ、学校側とやり合うには“証言”や“証拠”を押さえなくてはならない。差出人の特定は?」「まだだ。難航してる!」「これからエージェント達を動かしても、陰を踏むには連休明けまで待たねばならないだろう。問題は“通報”の仕方とタイミングだな?」「ああ、教職員に一切悟られない様にしなくてはならないし、電光石火で片付けなくては被害は永遠に防げない!塩川は鼻だけは利くから、その辺は余計に難しい!」「確かに、アイツは厄介だ。そこでだな、情報をお前さんのところに集めて、“証言”や“証拠”も固めた上で校長に直談判するのはどうだ?」「つまり、本件は僕が処理しろと言う事か?」「俺も会長でなけりゃ前面に立てるが、どうやっても目立ってしまう!共同で作戦は展開するが、指揮はY、お前さんに任せたい。出来れば闇から闇へ葬ってしまうのが最善だと思うがどうだ?」原田は僕に一切の指揮を執れと言うのだ。「初めからそのつもりだろう?生徒会長としての“立場”もあるしな。ウチのクラスで始末しろと言うならやって見てもいい。ただし、お互いに“危険な橋”を渡る覚悟はしといてくれ!教員を告発するんだ。生徒会も無縁って訳には行かんぞ!」僕は原田にも“片棒は担げ”と釘を打った。「いいだろう!手紙を受け取った事実は覆らない。俺も覚悟は決めた!学校側を全面的に敵に回すんだ。相応の責任は負うよ!」「ならば、早速エージェントを動かしてくれ!塩川に証拠を消される前に影を踏まなくてはならない」「分かった。連絡は伊東を通して受け渡しをしよう。Y、くれぐれも頼んだぞ!」と言うと原田は生徒会室へ向かった。「参謀長、こんな作戦を引き受けていいのか?」伊東が言うが「誰かがやらなくては、悲劇は永遠に続くだろう!堤も蟻の穴から崩れると言う。塩川に蟻の恐ろしさを見せつけてやるさ!」こうして、原田の情報網も利用した作戦は始まった。

連休の後半、僕とさち、道子と竹ちゃん、雪枝と本橋の6人は、S市の“思い出の地”に足を踏み入れた。昨年の豪雨災害の際に、徒歩で歩いた“僕等の原点”に戻ったのだ。かつて、三輪車で下った坂道を6人で登る。「こんなに狭かったっけ?」雪枝が言う。「ガードレールが付いた事と、僕等が大きくなったせいだよ。舗装されたのも僕等が保育園に入ってからだったからな」僕が返すと「ここの小路を入っていくと保育園だったよね?今はどうなってるのかな?」と道子が言う。「中学2年の時に行ってみたが、園舎は取り壊されて更地になってた。どうやら統廃合の対象になったらしい。元々ボロかったしな!」「確かに、年期は入ってたもんね。箱ブランコの下敷きになったのは、“アイツ”にやられた後だったよね?」雪枝が言う。「ああ、意識が戻った時は擦り傷だらけだったがね」僕は苦笑しつつ答える。坂道を登り切ると「ここが、3人の“原点”か。それぞれの家は?」竹ちゃんが聞く。「あのマンションが建っているところに、戸建ての市営住宅があったの。あたしと雪枝はそこに。Yは、今は体育館が建ってる辺り。それぞれの家は残ってないけど、記憶は残っているわ」道子が位置関係を整理して説明した。「ここが、Y達の“原点”。小さなYに逢いたいな!」さちが言うと「これ見てごらん」と道子が古い写真を手渡す。「メガネが無い!可愛いね!でも、面影は変わってないね!」さちが飛び上がって喜ぶ。僕と竹ちゃんも覗いてみると「三輪車に跨ってるな!」「ああ、“スタート”直前の姿か?道子、どこから引っ張り出して来たんだ?」「古いアルバムから。探すの大変だったのよ!ほら、3人揃って新入生!」「へー、お姫様2人とヤンチャ坊主だな!」「そうでもないよ。姫の“ご乱行”で喧嘩になった事もある!道子も雪枝も気が強かったからな!」「Y!それは言いっこなし!」道子と雪枝から拳が降って来る。「“ご乱行”で苦労するのは、今も健在だな!参謀長!」そう言って竹ちゃんが2人から僕を引き離す。「こら!逃げるなんて卑怯だわ!」道子が珍しく強気に出てくる。「おっと、道子も怖ぇな!本気で向かってくるとは!」竹ちゃんも逃げに入る。「いいなー、あたしにはこんな思い出が無いから、羨ましい」さちがポツリと言う。「そうか、さちは転校ばっかりだったものね」雪枝がさちの肩を抱く。「小学校、行って見ねぇか?まだ、廃校にはなってねぇだろう?」「ああ、まだ健在だよ。行って見るか?」と僕が問うと「うん!」と道子と雪枝が言う。「転校以来だもの。久しぶりに覗きに行こうよ!」道子が先頭に立って細い小路へ入って行く。「さち、行こう!」僕は手を繋いだ。「何だかドキドキする。あたしは通った事無いのに」「そう言うものさ」僕等はJ小学校を目指した。小路を抜けて住宅と田んぼの間を進むと、僕等が通っていた当時のままに校舎は佇んでいた。「このアングルからするとここか?」竹ちゃんが写真を見ながら言う。「そうだな。道子のお父さんが撮ってくれた1枚だ」僕は必死に当時の記憶を辿る。「転校以来、1度も来てないけど変わってないな!」雪枝が言う。「確かに変わってないが、僕等は大きくなった。何か全体的に小さく感じるな」僕は校庭を見て言った。当時は広々とした感覚があったが、今は箱庭の様に見えるからだ。「3人が転校しなくて、中学も一緒だったら何処になるの?」さちが聞いてくる。「ずっと東、K中学校だから結構遠いよ。駅の裏手に方向になる」僕は東の方向を指した。「改めて感じるが不思議な縁だよな。3人がバラバラに進んで高校で再会なんて奇跡的じゃねぇか?」竹ちゃんが感慨深げに言うと「恥ずかしいけど、初めは気付かなかったのよ。Yも雪枝の事も。でも、何か引っかかるモノを感じてアルバムをひっくり返したら、ビックリしたの!雪枝とYが居るなんて信じられなかったけど、思い切って写真を見せたら“あー!”って感じで記憶が弾けて“昔、一緒だったよね!”って思い出した時の事は今も忘れられないわ。ここで過ごした時間は、あたし達の宝!この街も思い出だらけ!どんなに変わっても、ここへ来れば幼い日に戻れる貴重な場所よ!Y、また“鬼ごっこ”でもする?」道子が言う。「この街全体に散らばるのか?“あれ”をやったら収拾が付かなくなるぞ!小さい時だから出来た芸当が、今も出来るとは限らない。そもそも隠れる場所が無いだろう?道子と雪枝はいいが、竹ちゃん達は土地勘が無いから下手に散開すると帰れなくなるよ!」僕が苦笑しつつ言うと「どこまでの範囲だよ?」と竹ちゃんが聞いてくる。「線路より上、境より東、お寺より西、山には行かない範囲よ!街全体を使っての壮大な“鬼ごっこ”よ!下校から日没までがタイムリミット。鬼に捕まったら“鉄の檻”に入れられるの!」と雪枝が説明するが、あまりにも壮大なスケールなので、さちや竹ちゃん達には想像が付かない様だ。「どこまでも壮大だね。誰が考えたのよ?」さちが首を傾げて言う。「最初は、学校周辺に限られてたんだが、徐々にエリアが拡大して最終的には街全体に広がったんだ。参加者以外には理解不可能だろうな。それも、この街で育ったから出来た芸当だよ。やりだしたのは誰だったかな?名前は忘れたけど4年生の誰かだ。エリアを広げたのは僕の発案!」と言うと「そうそう、Yが拡大路線を言い出して、やって見たら“面白くてヤミツキ”になったよね!」雪枝が目を輝かせる。「昔から色々な事を考えて、面白くする。Yの独壇場だったよね?」道子も目を輝かせる。「悪乗りをして更に拡大させたのは、あの頃の仲間たちだ。今は散り散りになっているが、きっとみんなの心の片隅にこの街は残っているだろうよ。ここから見る街の景色も変わったが、心の中ではいつまでも残って行くだろうよ。さて、どこかで休もう!駅前の喫茶店にでも行きますか?」「ああ、落ち着いて話を聞かせてくれ!何故、道子が怖ぇのかをな!」竹ちゃんが不敵な笑みを浮かべて言う。「ちょっと、何よ!それ?」道子が突っ込んで来るが、竹ちゃんが優しく抱きしめた。「Y、余計な事は言わないでよ!」道子が顔を赤らめて言う。「そうよ、昔は昔なんだから!」雪枝も口を尖らせる。「まあ、いいじゃないか。思い出話に花を咲かせようよ!知る権利は3人にあるし、別に恥ずかしい話じゃないだろう?僕だってあやふやな点を明らかにしたいしね!」結局、僕の意見が通って駅前の喫茶店で6人揃って“昔話”に花を咲かせた。嫌がっていた道子と雪枝も、笑顔で様々な話を展開して、愉しい時間は過ぎて行った。

そして連休が明けると、僕等は一気に慌ただしさの中へ放り込まれた。原田の“情報網”から続々と報告が上がって来た事と、西岡達が差出人を特定した事による進展があったからだ。しかし、敵も“さる者”。巧妙に証拠を残して行かなかった。こうなると、被害に遭った本人の証言が頼りになる。だが、問題はそこにあった。「西岡、“証言拒否”とはどういう事だ?」「女性に対する卑劣極まり無い行為が、行われているのです!もし、塩川に察知されれば、彼女達は面目を失うだけでなく人生そのものを失いかねません!」西岡の表情は暗かった。「参謀長、ちょっとよろしいですか?」「ああ、構わんが」と僕が言うと、西岡は空き部室へ僕を引きずり込むと、鍵をかけ真正面から対峙した。「卑劣極まりない行為とはこれです」と言うと西岡はスカートをめくり、下着を見せつけた。「まっ、まさかこれを撮影してあるとでも言うのか?!」僕が驚愕すると「そうです!もっとしっかりと眼に焼き付けて下さい」西岡は恥ずかしさと戦いながら、レースをあしらった淡い水色の下着を見せつけた。僕はそっと西岡を抱き寄せて「もういい。充分に分かった」と小声で言った。西岡は肩を震わせて泣き出した。「済まなかった。恥ずかしい真似をさせて」と言うと彼女は首を振って「少しこのままで居させて!」と言うと背中に腕を回して抱き着いて来た。一頻り泣くと西岡は「参謀長、塩川はネガとプリントを握っています。下手に動き回れば、写真を公開して下級生達のメンツを潰しにかかるでしょう!」と涙声で訴えた。「そうだな、有り得る話だ。だが、ヤツは何処で現像とプリントを・・・」と言いかけた瞬間に閃いた。「現像室か!休日に使えば容易に現像もプリントも出来るな!」「ええ、写真の知識があれば、その点はクリア出来ますし、極秘裏に“コレクション”を作り上げられます!」と言って西岡も頷いた。彼女は僕から離れると涙を拭いて「証拠品は塩川のデスクの奥深くにあるでしょう!我々の手の届かない安全な場所に保管しているはず。滅多な事では持ち出せません!」と言った。「もし、持ち出したりしたら、我々が“犯罪者の汚名を被る”事になるか!どこまでも抜け目の無いヤツめ!」「どうされます?このままでは、塩川が存在する限り“怯えて暮らす”事になります。ですが、我々では手の下し様がありません!」「どうやら、データーを入れ替えて計算をし直す必要があるな!我々だけで塩川に鉄槌を下すのは無理だ。やりたくは無かったが、教職員に“内通者”を置かねばなるまい!」僕は唇を噛んだ。「西岡、当面は原田達の組織と協力して“被害者”の割り出しと特定を急いでくれ!4期生だけとは限らん。3期生にも居る可能性はある!徹底して洗い出してくれ!」「はい!対象エリアを広げて探索に当たります。参謀長の方は?」「査問委員会にプラスして、教職員を引きずり込む算段を付ける!巨悪を倒すんだ。向こうからも人手を出してもらわなくては割に合わない!併せて現像室にガサ入れを敢行する。塩川が使った痕跡を探してみるよ。後、差出人の教室はどこだ?」「3組ですが?」「ふむ、“あれ”は設置したままのはず!塩川の授業に耳を傾けて見るか!」「“耳”は仕掛けたままですか?」「ああ、そのままにしてある!滝に依頼して録音を計画してみる。当面はこれ以上派手な真似は控えるとしよう。鼻だけは利くからな!」「分かりました。水面下で出来る限り動いて見ましょう!参謀長、今の事は内緒にしてもらえますよね?」西岡が顔を赤らめて言う。「勿論、誰にも言うつもりは無いよ」「あっ、あの・・・」と言うと彼女は僕の右手を掴むとスカートの中へ引きずり込んだ。太腿に手が触れる。「触って。あたし、あなたになら触られても平気だから・・・」と言うと唇に吸い付いて来た。「ずっと夢に見て来たの。あなたに抱かれる事を」西岡はしばらく僕から離れようとしなかった。才女の仮面をかなぐり捨てて、一人の女性として彼女は抱き着いて来た。細く折れそうな彼女のなすがままに僕等は時を忘れて過ごした。

「どうりで数字が合わなかったはずだ!現像液の減り具合に印画紙の枚数。そう言う裏があったとしたら、辻褄は合うな!」小佐野は不機嫌そうに言った。「じゃあ、知らぬ間に使われてた可能性はあるんだな?」と僕が聞くと「昨年も今年も4月末での集計の際に、現像液の使用量と印画紙の枚数が合わなかったんだよ!学校側へは辻褄を合わせて誤魔化してあるが、ちょうどリバーサル2本分の誤差が生じた!知ってるだろうが“廃現像液”は有価物として引き取りに来る代物だし、この辺に転がってる薬品類は危険物として3月中旬には“棚卸”をしなきゃならん!それが、2年続けての“紛失”だ!俺の楽しみを邪魔されない様に隠すのは当然だろう?」小佐野は台帳を広げた。「こっちが実際の数字だ。これを調合間違いとして廃液が増えた理由にしてだな、印画紙はプリントミスとして廃棄した事にしてある!吾輩の苦労も少しは考慮しろ!」台帳の記載を見ると、確かにリバーサルフィルム2本分に相当する現像液と印画紙が何者かによって使われた事実が読み取れる。「小佐野、ここに“開かずの金庫”はあるかい?」「俺様の極秘金庫以外に1つあるぞ!第一現像室に手提げ金庫が1つある。先代の部長が管理してたヤツだが、鍵はあったはずだ!」そう言うと小佐野が鍵の束を漁る。「これだ!どれ、開けて見るか。大したモノは入っておらんだろうが・・・」小佐野は手提げ金庫をこじ開けた。フィルムケースが5本見つかった。「おい!長巻状態でフィルムが入ってる!手袋を貸せ!」僕は手袋をはめると慎重にケースからフィルムを取り出した。「おい!こりゃあ動かぬ証拠品だぞ!日付までご丁寧に入れてある!」光を透かして見ていた小佐野が唸る。「これは・・・、コンパクトで撮影したヤツだな!日付からすると今年の新入生の様だな!全員女の子達だ!」そこには、スカートをめくって下着を見せている姿が映っていた!「揺すりの原版だ!畜生!こんな事に写真を悪用するとは極悪非道だぞ!」小佐野が湯気を立ててお怒りだ。残りも2人で確認したところ、3期生の分も発見された。前と後ろ姿が1ペアらしく、複数枚に渡っている子も居た。総勢約50名分が確認された。「とんでもねぇ悪行だぞ!これはどうする?」「怪しまれない様にこのまま戻して置くさ。塩川が鍵を持ってるとしたら、気付かれるのはマズイ!」「だが、このままだと雲散霧消にされちまう!待てよ!ヤツも中身までは確認しないだろうから、すり替えちまえ!丁度いいヤツが5本ある!」小佐野は別の長巻フィルムを5本用意した。「これは?」「エロ本を撮影したヤツだ!勿論、全部裏のヤツだがな!教員が持っていたらヤバイ代物だ!」映像を確認すると素早くフィルムを巻き取り5本分をそっくりそのまま差し替えた。揺すりの“原版”は、小佐野が別のフィルムケースを用意して格納してくれた。「コイツは半透明じゃないから、中身がバレる心配は無い!これで、証拠は1つ押さえた訳だが、問題はどうやって塩川に“認めさせる”かだよな!それも“現行犯”でないと意味が無い。職員室にあるはずの“コレクション”をどうやって白日の下に晒す?」小佐野が思慮をしながらウロウロと歩く。「教員が相手だ。教員から手を借りるしかあるまい!」僕が言うと「信夫だな!ヤツの手を借りるしかあるまい。親父(校長)と直結しているのもメリットの1つだ。ただ、“瞬間湯沸かし器”だから取り扱いが難しい。媒介役とすれば・・・、角さん(中島先生)を頼るのが筋だろう!」小佐野が言う。「やはりその線か!中島・佐久コンビに賭けるしか無さそうだな!」「塩川から遠く、腹の内を晒しても害のない教員とすれば、あの2人しかおらん!信夫は明日出張から帰って来る。明日中に捕捉して話を付けて置け!すり替えたフィルムがいつまでもそのままと言う保証は無いからな!」「分かったよ。早速動いて見るか。コイツは預かっていいか?」僕はすり替えたフィルムを指した。「持って行け!そうでないと、他のヤツから塩川に漏れちまう!お前さんが処理しろ!ほれ!オマケも付けてやる!」小佐野は別のフィルムケースを投げて寄越した。「悪いね!じゃあもらって行くぜ!」僕は現像室を後にした。“オマケ”の中身は“親父(校長)を上手く使え!”と書かれた紙だった。「確かに、校長に如何に繋ぐかが鍵になるな!」ポケットには重要な証拠が眠っている。これを如何に早く生かすかにかかっていた。

翌日の朝、緊急の査問委員会が招集され、塩川の悪行に関して僕が報告を挙げた。「みんな、聞いての通り塩川の悪逆非道な振る舞いを許すわけには行かぬ!それぞれの持ち場立場で協力をしてもらいたい!」長官も憤怒の表情で言った。「原田からも“全勢力を投入して支援するし、生徒会としても看過出来ない事案として学校側と全面対決する用意がある!”と通告が来ている。全面戦争に突入してでも止めなくてはならない!」伊東も気勢を上げた。「だが、派手な真似は出来ない。塩川は鼻だけは利くからな!トボケられたら身も蓋も無いし、逆に名誉棄損で訴えられる」久保田が現実を指摘する。「けど、このままって訳には行かねぇだろう?」竹ちゃんが言う。「そうだ、当面は塩川に察知されない様に水面下で動くしかない!千里、小松、有賀、既に西岡を中心とした部隊が、下級生達の証言を集めるために動いているし、原田の地下組織もそれに協力している。集まった証言を元に“授業で何が行われているか”をまとめてくれ!個人情報は一切伏せて事実だけをあぶり出すんだ!」長官が指示を出した。「了解!」3人が合唱する。「滝さんは“耳”を使って塩川の授業を録音して見てくれ!」「了解、ノイズをクリアにするのに半日はかかるが、出来る限り処理速度を上げて見るか!」「うむ、なるべく急いでくれ。伊東と千秋は原田との連携に努めてより多くの情報をかき集めろ!物証が無いからには証言が頼りだ!原田の尻に火を付けろ!この際、徹底的にこき使って構わん!」「了解!」「久保田と竹内と赤坂は、塩川に貼り付いて監視を怠るな!僅かでも妙な素振りを見せたら、直ぐに情報を挙げてくれ!」「了解だ!」3人の眼が鋭く光る。「参謀長、今回は物証が無い。あるとすれば、塩川のデスクかロッカーか官舎の中になる。いずれも、我々の手の回らない場所だ。これをどう乗り越える?」長官が誰何して来た。「確かに、我々の手の届かない場所ではあります。しかし、校長の許可を取り付けてガサ入れをする手段は残っています!中島・佐久の両担任に加わってもらいましょう!」「うーん、あの2人なら間違いは無いだろうが、どうやって話を持って行く?」長官が思案に沈む。「昨日、現像室にガサ入れをかけたところ、証拠のネガが発見されました!全部で5本。内容はお見せ出来ませんが、これまでの経過と証言や録音テープと共に提示すれば、校長の元へ“通報”出来ると見ています!」「ネガには何が映っているのだ?」長官が前のめりになる。「被害者の写真ですが、個人情報であり人権に関わるモノなので、開示はご遠慮願わしく。いずれにしてもこのネガからプリントした“コレクション”の所在が明らかになれば、塩川に鉄槌を下せます!そのためのガサ入れを両担任に引き受けてもらうしか道はありません。現行犯で取り押さえなくては立証は困難です!」「後学のためにネガを見せてはもらえぬか?」長官は粘り出した。「見ない方が後々のためですよ!あらぬ疑いをかけられないためにも。非常にデリケートな事なので!」僕は長官の好奇心をバッサリと斬り捨てた。「うぬ、やむを得ぬか!では、証言と録音テープが揃ったところで、話を付けてくれ!実際問題、かなり微妙な話。容易ではあるまいが、頼んだぞ!」「お任せ下さい。小佐野からも“校長を上手く使え”と言われています。電光石火で片付けるなら、一刻も早く校長と直接話さなくてはなりませんからね」と僕は言いながら長官にメモを手渡した。“小佐野ならコレクションの内容を知っている”と書いて置いたモノだ。長官は一読すると、素知らぬ風を装って「塩川の悪行を白日の下に晒す日は近い!みんな、心してかかってくれ!」と言って委員会を閉じた。「参謀長、ワシは小佐野と打ち合わせてくる」と言うといそいそと現像室へ向かった。「堅物の長官も案外スケベなのかも!」と小声で呟くと僕も教室を出た。空き部室に入り込んだ僕は、改めてリハーサルフィルムを見ていた。日付が焼き付けられている事から、コンパクトでの撮影である事に疑いの余地は無かった。「リバーサルに日付を入れるなんて、作品としては有り得ない!やはり¨揺すり¨のための記録だな」1コマづつ確認を入れて正確な人数を割り出す。その作業中、不意にドアがノックされた。「誰だ?」と問うと「参謀長、西岡です」と彼女の小声が聞こえた。急いでドアを開けると西岡を部室へ入れて廊下を伺う。誰も付けてはいない事を確認すると、ドアを閉めて鍵をかける。「どうした?何か火急の件でもあったのか?」「証拠があると耳にしまして、確認に来た次第です。このフィルムですか?」「誰に聞いた?」「小佐野です」「あのお喋り野郎!美人にはからきしダメだな!」僕は毒づいた。西岡に手袋を渡して蛍光灯の光でフィルムを透かす。「これは!なんて卑劣な事を!」彼女は絶句して肩を落とした。「今のは4期生のモノだが、これを見てみろ」僕は別のフィルムを持たせた。「3期生までも餌食にしているとは!何処まで汚れているの!」西岡も愕然として言葉を失った。「正確な人数をカウントしていたら、君が来たと言う訳さ。残念だが、かなりの人数になるだろう」僕の声も暗くなる。「あたしの姿はありましたか?」西岡が聞いて来る。「まだ、全てを確認出来ていないから、何とも言えないが、まさか君も餌食になっているのか?」「そうです。唯一、あたしも映り込んでいるはずです!後輩を庇うために」彼女は消え入りそうな声で言った。「それを確かめに来たんだな?」彼女は黙して頷いた。「ここに映り込んでいる¨あたし¨より、今のあたしの方が綺麗ですよ。見て下さい」西岡はスカートを落とした。白い素肌に淡いピンクの下着が眩しい。首に腕が巻きつくとキスをして来る。「触って」彼女は僕の右手を太股に導いた。「中に手を入れて」彼女は誘惑を続けた。「あなたに抱かれるのが、あたしの夢。1度きりでいいの。あたしに触れて、抱いてちょうだい」ブラウスのボタンも外して、ブラのホックも外した彼女は、小さいが形の整った胸にも僕の手を引き入れた。透ける様な白い素肌に触れて、理性は崩壊した。彼女のなすがままに抱き合う。後は彼女がリードして体を重ねた。一通りの行為が済むと、彼女は後ろから抱きついて来た。「初めての男性は、あなたに決めてたの。夢が叶って嬉しい」膝元へ入り込むとキスをして来る。「また、抱いてくれる?」彼女は甘え始めた。「美人の言う事は断れないな。だが、内緒だぞ」僕は彼女の口を塞ぐ様にキスを返した。「うん、内緒よ」胸元に顔を埋めて彼女は言った。2人ともそそくさと服を着ると、改めてフィルムを見つめる。確かに、西岡の姿も確認出来た。また、ショートヘアの頃だ。今は肩まで髪は長くしている。「誰を庇ったのだ?」僕が聞くと「上田ですよ。真正面を切って塩川とやり合ってるところに遭遇しまして、成り行きでこうなったまで」と答えが返ってきた。「上田から証言は得られているのか?」「はい、詳細な証言をしてくれています。彼女も塩川の専横には腸が煮えくり返っているのです!」「上田以外に3期生からの証言は得られているか?」「ええ、かなり集まっています!」「ならば、遠慮は無用だな!根こそぎ叩き斬ってくれよう!」僕は爪が食い込むほど拳を握りしめた。「しかし、あたし達だけでは塩川を追い詰められません!逆に“濡れ衣”を着せられますよ!」西岡は僕を止めようとした。「そんなドジは踏まないさ!教員が相手なら、教員に追い詰めさせればいい!証拠と証言は揃った!後は、校長を動かせばいい!」「でも、どうやって?どの道“危険な橋”を渡る様なものです!」「そこを安全に渡り切るためには“人間装甲車”に出てもらうしかあるまい?」僕は薄っすらと笑みを浮かべて返した。「佐久信夫!あの方を!」「ああ、中島先生を媒介役にして制御する。佐久先生なら校長の秘蔵っ子だから、直ぐにたどり着くしな!ともかく、校長の命で“ガサ入れ”をかけさせるんだ!これなら、言い逃れは出来ないし、現行犯で取り押さえられる!さて、そろそろ戦闘開始だ!西岡、悪いが生物準備室へ同行してくれ!両担任の前で洗いざらいぶちまけるんだ!」「はい!お供します!」僕と西岡は空き部室から密かに抜け出した。いよいよ、一大決戦が始まる。全校生徒をも巻き込んだ大騒動に発展する本件は山場を迎えていた。

life 人生雑記帳 - 37

2019年06月20日 10時48分50秒 | 日記
「余人を持って、この任に当たらせる訳には行かない!Y、済まないが引き受けてくれ!」原田が珍しく下手に出て言った。「会長、悪いがそれは無理だ!昨年、僕は¨ファイルステージ¨に出られなかった。体力的にも精神的にも限界を超えたんだ!今年も同じように轍を踏めと言うのは、酷と言うより¨死ね¨と命ぜられるに等しい!3期生にも経験者は居る!彼等に任せるのが筋じゃないか?」僕は、ともかく固持した。“向陽祭”の下打ち合わせの会合で¨総合案内兼駐車場係¨の責任者になれ!と言うごり押しなのだ。「その3期生の大半が、昨年は役員を経験して居ないんだ!実際、Yが倒れるまでやってくれたから、昨年の一般公開は成功した!だが、今年は昨年以上に厳しい任になる!来場者も増えるだろうし、まだ非公式だが¨地元県議¨が視察に来るとも聞いている。そこで、敢えて無理は承知の上での打診なんだ!頼む!引き受けてくれないか?これは、校長の意向でもある!生徒会としても、学校側としてもお前さん以外に任せられる人材は居ないとの判断なんだ!」原田は必死に説得を続けた。「何故、¨子飼の将¨に当たらせない?僕は閣臣でもない¨補佐官¨に過ぎない!手駒を使わない理由は何だ?」僕が突っ込んで問うと「¨器¨だよ!参謀長と呼ばれ、知謀・知略に長けたお前さん以外に誰が居る?臨機応変に策を巡らせて切り抜けられる人材はそうそう居ないし、瞬時に即断即決が下せる能力があるヤツが何処に居る?その気になれば、この俺だって倒せる力を持っているし、学校側や3期生からの信頼も厚い!残念だが、俺の閣僚にこれだけの能力がある者は居ない。だから、¨器¨の大きな人材に依頼してるんだ!」「随分と持ち上げてくれるが、1つ確認して置きたい。塩川の様な¨アホな教員¨と¨使えない¨と判断した者は、バッサリと斬っていいんだな?」「ああ、権限は昨年以上に強化させて付与してやる!そうでないと、一般公開は成功しない!¨向陽祭¨そのものを左右するんだ。お前さんの好きにしていい!」原田はハッキリとそう言った。「やむを得ないな!他に任に耐え得る人材が居ないと言うなら、引き受けるしかあるまい!ただし、“僕の流儀”でやらせてもらう!後から文句は言わないでくれよ!」僕は仕方なく受け入れを表明する。しかし、腹の底では“計算通り”と踏んでいた。「Y、済まんが宜しく頼むよ!」僕は原田と握手を交わした。ヤツは満面の笑みを浮かべて“してやったり”と言った表情だ。だが、僕としても、この人事は“してやったり”であったのだ。“太祖の世に復する”第一歩を踏み出したのだ。

生徒会室からの帰り、僕は現像室へ顔を出した。林のごとく天井からぶる下がっているフィルムネガを掻き分けると、奥のデスクで小佐野が“原版”の撮影をしていた。「おう!ちょうど一息付こうと思ってたとこだ。五十六氏の新しい“原版”を見つけてな!」小佐野がファインダーから眼を離して言う。「“火中の栗を拾う”ってヤツを地でやって来た。これで“皇帝専制”に風穴を開けられる」僕が言うと「条件は?」「一般公開に関する全権の掌握さ。原田1人で全てを取り仕切られたら終わりだからな」「秋の“政権交代後”を睨んでの布石か?4期生が全権を掌握しない限り、“太祖の世”に戻すのは不可能だぞ!」小佐野がバッサリと斬り捨てる。「ああ、3期生だけじゃ無理だ。2世代に渡って“歪み”を戻させる。“皇帝専制”は、原田の世だけ。“議員内閣制”に回帰させるために、4期生を教育しとくのさ。そのためには、多少の無理は仕方ない!」僕がため息交じりに言うと「根こそぎ枯らすには、余程の事をやらないと倒れねぇ。まあ、お手並み拝見だ!」と小佐野が微かに笑う。「米内さんの知恵があればな!あの人が校長だったら、原田の“皇帝専制”はあり得なかったし、原田ものうのうとしては居られなかったはずだ!」「腹の内が読めないのは、校長も同じさ。あの佐久が“イタズラ小僧”で退けられるのは、校長だからだ。お前さんに期待しているのは、校長以下教職員全員さ。“左側皇帝専制から議会制民主主義”へ揺り戻すキッカケを与えろ!原田の頭を押さえたいのは、俺達だけじゃないんだ!学校側も密かに道筋を付けたがっているんだ。それを忘れるなよ!」小佐野は釘を刺すのも忘れなかった。「ところで、塩川の評判はどうだ?」「4期生の副担に返り咲いたが、出世の道は断たれてる。あちこちへ顔を突っ込んでは、煙たがられているさ。気を付けろ!ヤツがまた、何かを企んでいる可能性は高い。探りは入れて置いてやるが、教職員の中で一番危険なのはヤツだろう!塩川を手玉に取る権限も手に入れてはあるな?」「勿論だ」「ならば、腹の内を探らせればいいか。そっちは請け負ってやる。お前さんは兵隊を集めて置け!これは、長門の艦上での1枚だ。持って行け」小佐野は山本五十六元帥のスナップを渡して来た。「ありがたく頂戴するよ」僕はスナップを手に現像室を出た。裏を見ると“塩川のアキレス腱は女。小平・丸山にはからきし弱い”と走り書きがあった。「抜け目の無いヤツだ!」僕はニヤリとして教室へ向かった。

夕方、遅いにも関わらず、さちは僕を待っていてくれた。「さち、悪い。支度しようよ」「うん!」同じように会合で遅くなった西岡も教室へ駈け込んで来た。「西岡、“準備が整った”と上田と遠藤達に伝えてくれ!それと“精鋭部隊を編制しろ!”とも言って置いてくれ」「では、やはり“火中の栗を拾う”のですね。分かりました。明日、繋ぎを付けて置きます!」西岡の表情がパッと明るくなった。「Y、“火中の栗を拾う”って“総合案内兼駐車場係”をまたやるの?」さちが聞いてくる。「生徒会長直々のご命令だ!受けて立たねば、後世に禍根を残す事になる」「Y、サブはあたしでしょ?」さちが当然のように言う。「無論、そのつもりだ。“ゴールデンコンビ”がやらなきゃどうする?」僕は微かに笑いながら返す。「しかし、参謀長がそこまで無理をされるのは何故です?上田や遠藤達の要請だけではありますまい」西岡も言ってくる。「“原田後”の世を見据えた布石さ。3期生と4期生の“精鋭部隊”を教育して“太祖の世に復させる”ためだよ。現体制をこのまま残して行く訳にも行くまい!」僕等は揃って教室を後にする。「原田は、あらゆる権力を会長に集約して体制強化を図った。その結果、いろいろな場面で歪が生じている。“原田後”に誰が座るか?それはこれからの課題だが、暗君が座ればたちまちにして政局は乱れて収束さえ図れなくなる。それを回避する策を上田達に授ける事が1つ、それと憲法とも言うべき“生徒会会則”の書き換えを年が明けたら検討し始めないと、我々が卒業した後に3期生が苦しむことになる。現行の会則では“原田が抜けたら機能しない”様になってるからだ!」僕がそう指摘すると「確かに、現体制を維持するために原田は相当な無理をやりましたからね。“監査委員会”の骨抜きや“会長権限”での強引な規則改正などは、生徒総会を無視する違憲状態ですから」と西岡が返してくる。「だからこそ、秋の“大統領選挙”後の新体制について、上田達がやりやすい環境を整えていく必要があるんだよ!直ぐには体制の変更は無理だが、年が明ければ機会はある!その下準備として“総合案内兼駐車場係”を隠れ蓑にしての打ち合わせをして置くのさ!係活動をやっている振りをして、内実は“政権人事”を決める。3期生に原田の組織は構築出来なかった。そこを突いて“太祖の世に復させる”工作をやる。随分前から長官と打ち合わせてあった事なんだがね」「では、“原田”の2文字は抹消すると?」「ああ、ヤツは生徒会の歴史から消し去るんだ!2世代に渡る大仕事だが、それをやらなくては生徒会は崩壊してしまう。普通は“太宗”と呼ばれるはずだが、ヤツは“廃帝”と記される事になるだろうよ。“庶人”に落としてもいいくらいだ!」僕が言うと「最後の大仕事ですね。“向陽祭”が終わればあたし達は別の“大仕事”にかからなくてはなりません!では、明日上田達に必ず伝えて置きます。お先に失礼します」と言うと西岡は自転車を走らせて、坂を下って行った。「Y、大きな“置き土産”を残さなくちゃね!」さちが僕の左隣で言う。僕は、さちの頬に軽くキスをすると「僕等の代の負の遺産は、根こそぎ叩き切って行かなきゃならない。さちにも活躍してもらわないと、僕だけじゃ無理がある。手を貸してくれる?」「勿論、あたしだって悪い事は残したくないもの!」さちは微かに笑って言う。僕等は手を繋いで坂を下りた。

2日後、“向陽祭”に関わる査問委員会が開かれた。「いよいよ、原田政権の集大成となる“向陽祭”が間近に迫ってきた。各自、個々人にはそれぞれに役割が当てられているとは思うが、我々のなすべきことは“太祖の世に復する事”、すなわち1期生が築いた治世に戻す事にある。3期生や4期生にその事を正しく伝えて、あらゆる文言から“原田”の2文字を削らせるのだ!」長官は語気を強めて言った。「だが、3期生に背負わせるのは無理だぜ!原田の“会長専制制度”は、あらゆる場面に根を張ってる。完全に根絶するには4期生までかかるんじゃないか?」久保田が指摘する。「その通りだ。3期生で下地を作り、4期生で根絶させる。2世代をかけて始末するんだ!そのためにも“正しい認識”を下に植え付けなくてはならない。伊東、千秋、原田の後継者と目される人物を探れ!そして、ヤツの“置き土産”の内容を手に入れろ!恐らく生徒会室の奥深くに秘匿されているに違いない。ドサクサに紛れてコピーを入手してくれ!」「了解!」伊東と千秋が頷く。「参謀長、予定通りに“総合案内兼駐車場係”に就任したのは僥倖だった。3期生と4期生の優秀な連中に、徹底して“反原田”の思想を植え付けてくれ!」「了解です。特に3期生には“決起”のタイミングから、生徒会の運営方針まで事細かに指示を出して置きますよ」僕は頭の中で組み立てたプランを思い返しつつ答えた。「久保田、今年の模擬店の方向性は?」「2組と合同で店を構えますよ。また、黒字にしてやりましょう!」久保田は自信を見せた。「来店した下級生に対して、それとなく“反原田”の思想が目に触れる様に工夫しろ!原田には悟られぬ範囲でいい。あくまでも“しれっと”やるんだ!」「了解!」「千里、小松、赤坂、有賀、お前さんたちは久保田のバックアップを頼む。それぞれの個人ルートを使って、“反原田”の思想を広める事に努めろ!」「了解!」4人が合唱する。「我々1人1人では、原田に太刀打ち出来ぬ事は分かっておろう。だが、草の根の運動を広めることで、“原田後”の政権運営は左右出来る。1期生の築いた“正しい遺産”を下級生に手渡す事!これが、我々の使命だ!“向陽祭”は、その絶好に機会。皆に期待する!」そう言って長官は一同を見渡した。全員が黙して頷いた。「では、それぞれにかかってくれ!解散」査問委員会が閉じられると「参謀長、残ってくれ」と長官が呼び止めた。「今年もまた重荷を背負わせて済まぬが、原田の2文字を削り取り“太祖の世に復する”ためには、3期生の力が欠かせぬ。徹底して“現体制”の違法性を叩き込んでくれ!」と長官が言う。「言われなくともそのつもりですよ。優秀な兵士を揃えさせています!“原田後”の世は既に動き始めています。僕が背を押してやればいいんです!」「心配なのは、塩川達“クズ教員”の動きだ!小佐野に手は回してあるのか?」「ええ、手配済ですよ。引き受けるに当たって原田からも“塩川達を袖にしていい”との条件も引き出してあります。生徒会と学校側双方から合意は取り付けてあります。昨年同様に“邪魔”はさせませんよ!」「うむ、“やりたいようにやれ”と言う事か。ならばいいだろう。そちらは昨年同様任せきりになるが、よろしく頼む!」「原田は“太宗”にはなれませんよ!“廃帝海陵庶人”後の世ではそう記されるはずです!」「ああ、そうするために我々は最後の手を打つのだ!」長官は僕の肩を叩いて言った。

翌日、“大根坂”の中腹でヘバっていると、「Y-、おはようー!」いつもより声のトーンが違うと思ったら、6人が揃って登って来る。堀ちゃんも中島ちゃんも雪枝も居る。「どうなってるんだ?」と呟くと6人が追い付いて来た。「今日はどうなってるの?」と僕が聞くと「それがさー、季節外れのインフルエンザなのよ!」と堀ちゃんが言う。「本橋も!」「石川もそう!」雪枝と中島ちゃんが肩を落とす。「誰だ?ウィルスを拡散させている犯人は?」僕が言うと「塩川らしいぜ!1年生の4分の1がやられてる!松田は1年生から拾ったんじゃねぇか?」竹ちゃんが教えてくれる。「うーん、どっちにしても厄介な事になりそうだな。感染が拡大する前に“学年閉鎖”にしてくれないと、こっちに影響が及ぶ!」「そうね、今頃インフルなんて御免だわ!」道子がため息を付く。「あたしは扁桃腺をやられるから、苦しいし、熱は半端なく上がるから“勘弁して”の世界よ!」さちも身を震わせて言う。「いずれにしても、東校舎へは行かない方がいいな。こっちへウィルスを拡散されたらたまらない!」僕等は足早に昇降口から遠ざかった。教室へ雪崩れ込むと、それぞれに机へ鞄を置いて窓辺に集まる。「Y、松田君のノート作り手伝ってくれるよね?」堀ちゃんが聞いてくる。「ああ、勿論やるさ!それぞれの得意分野に分かれて別版を作ればいいんだよな?」「うん、まとめは、あたしがやるからノートだけをコピーさせてよ」「みんな、協力してやってくれ」「あーい!」合唱で返事が返ってくる。「それにしても、この時期に欠席は痛いよな!授業もそうだが、撮影には持ってこいの季節じゃねぇか。松田のヤツ地団駄を踏んでるじゃねぇか?」竹ちゃんが言うと「そう、絶好の機会を逃すなんて可哀そう」と堀ちゃんが肩を落とす。「でもさぁ、まだいいじゃん!同じ学年、同じクラスなんだし」「あたし達は、1個下だもの。迂闊に手出しも出来ないんだから!」と中島ちゃんと雪枝が言う。「確かに、1年の差はデカイよな。下手すりゃあ“競合相手”と鉢合わせして血みどろの戦争だからな!」竹ちゃんが言うと「本人が一番気にするからね」「“競合相手”に負けるつもりは無いけど、殴り合いは御免だし」と2人がしみじみと言う。「それでもさ、みんなそれぞれにパートナーに巡り合えたんだから大切にしなきゃ!」道子が決めを言う。みんながそれぞれに微笑む。結成当初とは随分と形は変わったが、僕等のグループの結束は変わらなかった。4月も半ばを過ぎて、5月の連休が迫っていた。「Y、ちょっといい?」さちが僕を教室の外へ連行する。廊下を進んで空き部室へ僕を連れ込むと鍵をかけた。僕の首にさちの両腕が巻き付くと唇に吸い付いてくる。「何だ?焼きもちかい?」「違うの、触って!」さちはブラウスのボタンを外すと、胸元へ右手を引きずり込む。大きくて柔らかなさちの胸。さちは白いブラのボックを外すと、右手を強く押し当てる。「あたしは、Yに全てを見せたいし、触って欲しいの」再び唇が重なる。さちはスカートを落とすと半裸状態で僕の膝に座り込む。「誰にも邪魔されない部屋へ行きたいの。あたしの全部を見て触ってよ」さちは太ももへ右手を移動させた。「さち、どうして誘惑する?」「あたし、もう待てない。Yと抱き合っていたい。ずーと!」さちは甘え続けた。白い肌が眩しかった。

「長崎の女性の好み?そんなの分かる訳ないじゃん!」僕はアールグレーを飲みながら首を捻る。「うーん、Yでも理解不能なのね!実は、バレンタインでチョコを渡した子達から、調査依頼が来てるのよ!」道子が困惑気味に言う。「結構、外見に拘る方なんじゃないかな?」堀ちゃんが想像を巡らせる。「来る者拒まずかもね」中島ちゃんも言う。「人は見かけに寄らないから、案外Yみたいな“選考基準”があるとか?」雪枝が言う。「Yは例外だから、“Yの選考基準”は当てにならないし、意外にゲテモノ食いとか?」さちも悪乗りを始める。「いずれにしても、探りを入れるしかないな!バレンタインの時の子達は割と相性は良さそうに感じるが、長崎個人の好みは結構“厳格”かも知れないぞ!」と僕が言うと「選べる・もらえる権利が“ある”か“無い”かのバレンタインの時とは違うぜ!意外と理想は高くねぇか?」竹ちゃんが身を乗り出してくる。「そこだよな!アイツ結構な面食いの様な気がするんだ!“細い・小さい・可愛い”の3点セットは、まず間違いあるまい!」「そうだな、基本線はそこだろうな。後は“誰に似てるか?”だぜ!」竹ちゃんが同意しつつ言う。「男子も結構拘りがあるのね。ハードルは高そう!」道子が言うと「モテないヤツ程“理想”は高い!それで自分の首絞めてるとも知らずにね!」さちがバッサリと斬り捨てる。「長官も人気はあるが、あそこは千里と小松が完全にシャットアウトしてるし、参謀長は、見ての通り5人で抑え込んでる。まあ、参謀長はそこそこ他の女子とも交流は認められてるが、バックはガッチリ固められてる。隙を狙ってる子猫達にしてみりゃ歯がゆいと思うぜ!その点、長崎はガードも何もありゃしない!あるのは“自分の理想”だけだ。そこを突き崩せばいいんだから単純なものさ!久保田に探らせよう。俺が手を回してみる!」竹ちゃんが調査を請け負った。「あたし達は、Yを縛り付けてる意識は無いわよ!さちが居るんだし!」雪枝が口を尖らせる。「でも、周囲から見ると“鉄壁の要塞”に見えるらしいのよ。あたし達が“囲い込んでる”って映るらしいの!」堀ちゃんもそう言ってふくれる。「でもさ、Yにはハッキリした“選考基準”があるのよ。それをクリアしないと口も聞いてもらえないし、コイツも関心すら示さない。それを表立って明らかにする必要はないでしょう?Yは、あたし達“家”だから、そんなに気にする事無いと思う」さちが僕を捕まえて言う。「他人にどう映ろうと、あたし達の“共有財産にして、親友”であるYを守るには、“鉄壁の要塞”もありじゃない?」道子も同調した。「“鉄壁の要塞”は別にしてだな道子、回答期限は?」僕が聞くと「今週中よ。回答方法はいつもの通り」と答えてくる。「竹ちゃん、そう言う訳だ。なるべく急いでくれないか?」「任しときな!2~3日でハッキリさせるぜ!」と自信を覗かせる。「あまり誇大な妄想を持ってない事を祈るよ。長崎にしてみれば“最初で最後”のチャンスかも知れないからな!」僕はアールグレーを注ぎ足すと、ソファーに座ってさちを膝に乗せた。誰も異は唱えない自然な行為として見られていた。さちは嬉しそうに笑った。

長崎の女性の好みは、一風変わっていた。「誰だと思う?」竹ちゃんが焦らす。「まさかとは思うが年上か?」僕が突っ込むと「保健室の丸山だよ!」と答えが返ってくる。「報わられない恋か。“行き遅れ”とは言われてるが“見合いの話は引きも切らない”って言われてる。目下、校長が躍起になって見合いをセッティングしてるよ!」「マジか!じゃあ落城寸前じゃねぇか?!それにしても、長崎の視線を逸らせるのは容易じゃないぞ!」竹ちゃんが思慮に沈む。しばしの沈黙の内にウチのレディ達も集まってきた。「竹ちゃん、今回の依頼は¨長崎の好みの女性¨についての調査だったよな?」僕が確認を入れると「そうだが。猪突猛進する長崎を翻意させるのは難しいぜ!」と竹ちゃんが返して来る。「僕達が翻意させなくてもいいんじゃないか?有りのままを伝えれば、後は依頼して来た子達の判断に委ねればいい!ただ、¨報われない恋¨に身を焦がして居るから、押しまくれば¨落ちる可能性はある¨って付け加えれば、それで行けるんじゃないか?」「つまり、向こうの尻に火を付けるのかよ?」「ああ、わざわざ依頼して来たぐらいだから、向こうは本気で落としにかかる意思はあるだろうよ。僕達があれこれ言うよりは、彼女達に任せたらどうだ?」「まあ、それなら俺達の手間も省けるか?うーん、年上よりは下の方が分はあるな。丸山が見合いで落ちたら、長崎は悲嘆に暮れるしかねぇしな!そこが付け目か?」「ああ、自分達で売り込みをかければ、案外転がる要素はあるし、元々長崎は隙だらけだ!ピンポイントを突けば180度向きを変えられるかも知れない!それに、依頼内容はちゃんと果たしてるしな!」「¨攻略方法¨も添えれば完璧だな!後は依頼者次第か?諦めても、攻め込んでもいい。曖昧に答えるのも悪くねぇな!それに参謀長の言う通り、依頼は果たしてるから苦情も出ねぇだろうし」「どうしたの?長崎君の件で問題あり?」道子が代表して聞いてくる。僕と竹ちゃんは事情を説明して、“依頼者の判断に委ねる”事を告げた。「成る程、“年上の女”か!」「離れすぎてて、丸山先生も及び腰なんじゃない?」「それか、鼻から興味無し!とか」レディ達は口々に否定的な事を言い始める。「長崎の事だ、“告白”はしてないだろう。完全なる一方通行だよ。現実を思い知らせてやるのも、クラスメイトとしての義務だろう?」僕が言うと「それで、有りのままを通知して“お尻に火を付ける”訳?まあ、それくらいの荒療治は必要かもね!」と道子が言い出して便箋を取り出す。「何て書くつもり?」さちが道子の手元に目を落とす。「“年上の女”を空しく思ってます。今が絶好の機会なので、思い切ってアタックしなさい!って感じ。振り向かせるなら“諦めるな”とも書いて置くつもりよ」「“猪突猛進ガール”で行け!って付け足しといてくれ!とにかく“押しの一手”に限るってな!」竹ちゃんが追加要請をする。「彼の思考パターンや行動パターンも併記しとくわ。これで、落ちてくれればなんとやらよ」道子はボールペンを軽快に走らせた。「だけど、男子って意外に子供っぽいとこがあるのね。年の差も考えずに思い込むなんて、かなりブッ飛んでない?」中島ちゃんが言う。「ブッ飛んでるんじゃない、憧れてるんだよ。“もしかしたら振り向いてくれるかも”って淡い期待にハマッテるだけ。女子からのお声がかからないヤツに共通するモノではあるが、基本的に異性と話すのが苦手なヤツ程この手の“病気”に陥るのは否定しない」と僕が言うと「先生に憧れるかー、小学生のレベルじゃん!男子は進化をしないの?」と堀ちゃんが突っ込んで来る。「止まってるだけだよ。キッカケさえあれば、一気に進行する。要するに、周りが見えてないだけ」「後は腹を括れるかどうか?女子と付き合うには、それなりの覚悟がいるしな!」竹ちゃんも言う。「長崎君にその“覚悟”とやらがあるのかな?」雪枝が疑問視する。「それこそ本人の意思次第だから、どう転ぶかを見てるしかないよ」こうして、長崎に関する調査報告書は依頼者の元へ渡された。その後、3期生の女の子達の日参が始まった。ほぼ毎日、長崎の元へ通ってくる様になったのだ。最初は、及び腰だった長崎も「今日はどうしたんだ?」と来ない日はソワソワとする様になり、まんざらでもなさそうだった。「焦らしてるな!アイツら結構やってくれるぜ!」竹ちゃんがニヤニヤと笑う。「良い傾向だよ。やっと長崎も“淡い呪縛”から解き放たれるな!ヤツだって顔は売れてる方だから、ここで年貢を納めるだろうよ」僕もニヤリとして言う。「Y、これ何?」さちが手紙をひらひらとさせながら怖い顔をしている。「何ってそれどこにあったの?」と聞くと「今朝、Yの靴箱に入ってたの!差出人は4期生らしいわよ!さあ、返事はどうするの!」「とっ、当然ながら内容を見てから基本お断りするさ!さち、手紙を見せてくれ!」「あたしが読んでからね!油断も隙もあったものじゃないわ!」さちは手紙を開けると内容を読んで行く。「怖っ!参謀長、1人に絞らない方が良かったと思わねぇか?」竹ちゃんも、さちの剣幕に怯える。「時々そう思う事はある。だけど、4人とズルズル付き合ってたら余計に面倒に巻き込まれるのは避けられない。こうなって良かったと思うがね」と小声で返していると「Y!これ、告発文書だよ!」さちが急いで便箋を僕の手元に押し込んで来る。「塩川が“イジメ”紛いの行為をやってるだと!どう言う事だ?」僕の顔から血の気が引いた。「授業中に質問しても答えねぇし、廊下に立たされるだと!どうなってやがる?」竹ちゃんの顔も蒼白になった。その他にも数名の女子が“イジメ”紛いの“ターゲット”にされていると書かれていた。「これは、ただ事じゃない!詳しい事は書かれていないが、至急調査に着手しなきゃならないな!差出人もイニシャルしか書いてないところを見ると、かなり深刻な事態だぞ!」「Y、どうするの?」さちが打って変わって真剣な顔つきになる。「西岡を呼んでくれ!3期生経由で差出人を特定する事から手を付ける!これは放っては置けない一大事になるかも知れない!」塩川は、3期生の担任・学年主任を下ろされた後に、4期生の副担任に再任用されていた。昨年の“集金事件”や“向陽祭”の妨害工作の責任を問われての“降格”に遭っていた。その腹いせか否か?は不明だが、告発文書に書かれている事は、許されざる問題だった。「参謀長、どうするんだ?」竹ちゃんが僕の顔を伺う。「まず、情報を集めないと何とも言えないが、どうやら職員室とガチで一戦交える事になるだろう!」4月も末に入り、飛び石連休も迫っていた。だが、それらを吹き飛ばす“大事件”の幕はこうして開いたのだ。

life 人生雑記帳 - 36

2019年06月13日 11時09分15秒 | 日記
「気を付けろ!ヤツは“変装”をしている確率が高い!」佐久先生が僕の後ろでいう。僕と先生は必死に眼を凝らした。上りの始発電車が到着すると、クラスメイト達が続々と降りて来た。「松田!」僕は松田を見つけると、改札口の柵越しに鞄と引き換えに無線機を手渡した。「ホーム内は任せろ!」と言うと松田はホームの中に残った。「Y、鞄を持ってくね」と中島ちゃん達が僕と松田の鞄を持って、配置に向かった。あらかじめ打ち合わせていた通り、邪魔になるので女子軍団が預かって学校まで運んでくれる手筈になっていた。「参謀長、西岡です!」出し抜けにコールが飛び込んで来る。「こちら駅舎。どうぞ」「長官も聞き取れたらお願いします。昨夜、あたし達のところに“北原由美”が町内の“金月荘”という旅館に潜伏していると言う情報が入りました!神社の近辺です。現在も潜伏しているとすれば、駅は空振りに終わりますが如何されますか?どうぞ」「こちら本部。“金月荘”に潜伏しているとすれば、裏を掻かれる恐れが高い!神社班はこれから分散して小路の警戒に当たる!参謀長、駅周辺の戦力を至急神社へ振り向けてくれ!こちらは手薄になるだけでなく隙だらけにもなる。佐久先生も大鳥居に移動してもらえ!どうぞ」長官から陣形変更の指示が来た。「了解!駅は捨てて神社へ急行します!西岡、“金月荘”の場所が分かるなら、聞き込みに向かってくれ!」「西岡、了解!可能であれば大鳥居の下で合流します。交信終了」松田がホームから戻ってきた。「神社へ向かうのか?」「聞こえていただろう?まだ、クラスメイト全員が到着していないから、伝言板に書き込みを入れたら出るぞ!」と言い終わる前に佐久先生が自分の車を回して来た。「急げ!急行するぞ!」僕が伝言板に書き込みを終えて車に乗ると、先生はがむしゃらに先を急ぐ。「俺は後1時間が限界だ!式典に際して着替えなきゃならないし、受付もある!それまでに捕捉出来ればいいんだがな!」佐久先生は焦り始めていた。確かに時間との戦いでもある今次作戦は、無理矢理にならざるを得ない。神社へ到着すると僕等は大型バス駐車場の隅のベンチに目印を見つけた。長官達はここを拠点としていた様だった。佐久先生は直ぐに学校へ急行出来る様に、一般駐車場の出口付近に車を着けた。神社班は散開して付近を探っているはすだ。「長官、応答願います」「ワシだ。今、境内の裏手に居る。不審者は見当たらん。どうぞ」「佐久先生は車で待機。僕は大鳥居の下、松田は目印のあったベンチ付近に居ます。どうぞ」「了解、ワシもそちらに戻る。交信終了」時刻は午前7時になろうとしていた。「西岡の聞き込み次第で状況は変わるな!」僕は大鳥居の下で西岡達を待った。

長官と合流した僕は、今後の陣形について話し合った。「西岡の聞き込み次第では、防衛線を後退させるしかありませんね。先生方も我々も式に間に合わなくては意味が無い」「うむ、確かにそうだ。危険は増すがやむを得ないな!」長官も同意した。「長崎より本部」坂の上からコールが来た。「こちら本部、どうぞ」「今のところ不審者は居ません。東側の砂利道も探らせましたが、登って来る者は居ません。どうぞ」「了解、何か気付いた事はあるか?どうぞ」「Y、俺達は¨見られて¨居るんじゃないか?どうぞ」「どういう意味だ?どうぞ」「あの女は、何処かに監視点を持ってて、こちらの動きを逐一把握してる気がするんだ!そろそろ午前7時15分になる。動くとすればリミットになる。防衛線を後退させて¨泳がせる¨事も考える時期じゃないか?どうぞ」「少し待て」長官と僕は顔を見合わせた。「長崎の提案をどう考える?」長官が問う。「あながち、間違いとは言い切れませんね!確かに、時間的余裕を考慮すれば、リミットは近い。向こうが¨見ている¨ならば、引くのは今の内ですよ!」長官は頷くと「神社班に告げる。防衛線を長崎の居る地点にまで後退させる!周辺を警戒しながら引いてくれ!どうぞ」「久保田、竹内、今井隊了解!」「Y!俺は学校へ向かう!後は、戸田先生に託して行くぞ!」佐久先生からもコールが入った。松田が無線機を持って走って来る。「先生は車で向かった。俺達も引くんだよな?」「ああ、周りを警戒しながら登ろう!」こうして防衛線は、更に後退した。だが、あの女は現れなかった。「クソ!どこに居やがる?ドブネズミめ!」今井が毒づいたが影も形も確認は出来なかった。「長崎、背後は取られて居ないよな?」「ああ、教室とも連絡は取ったが、校内に居る形跡は無いそうだ!時計を見ろ!午前7時半を過ぎた!在校生はあらかた通過したし、新入生も後僅かだ。まさかとは思うが、俺達が引くのを待たれてないか?」「どうやら、そうらしいな!長官、最終防衛線まで引き上げますか?」「うぬ、どこまでも小賢しいヤツめ!やむを得ない。段階的に引こう!¨機動部隊¨に待機体制を取らせよう。竹内、久保田、今井の順に後退だ!バリケードもコーンも徐々に下げて行こう!」僕達は正門まで下がった。¨近道の小道¨の登り口にバリケードを据えると、正門を半分閉じて時計を睨む。「誰か登ってくるぞ!」「3人だ!多分、西岡達だろう。バリケードを開け!」僕はバリケードを開けさせると、西岡達を校内へ収容した。「参謀長、¨北原由美¨は、¨金月荘¨を4月1日に引き払っていました。周辺にも聞き込みをしましたが、宿泊している様子は確認出来ませんでした!」「うぬ、では何処に潜伏先を変えたのだろう?」長官が小首を傾げる。「町内で無いとすれば、S市内でしょうか?糸屑の様に目立たない場所へ逃げたな!」「O市内は?」西岡が言うが「宿泊先が限られる分、足が付きやすい!¨木葉の中¨ならS市内の方が目立たない!西岡、後から登って来る者は?」僕が聞くと「在校生が数名程度でしょうか?新入生は確認しておりません」と答えた。「本部より教室へ、新入生の集合状況を確認してくれ!どうぞ」「了解!少し時間を要します。お待ち下さい」長官が確認を入れさせる。「長崎、本当に不審なヤツは見て無いんだよな?」僕は改めて確認をする。「ああ、だって襟の校章の有無と顔で見当は付くしな!」そのセリフに僕は愕然とした!「しまった!あの女は校章を持っていたかも知れない!ヤバいぞ!既に在校生に紛れ込んでる可能性がある!」「むむ、迂闊だった!直ぐに校内を探索しなくては!参謀長、ここは任せた!久保田!今井!中を探るぞ!付いて来い!」長官は慌てて昇降口へ向かった。「教室より、本部。新入生は全員集まって居ます!欠席者はおりません!どうぞ」「引き続き在校生を確認してくれ!あの女が紛れ込んでる可能性がある!長官達が向かった!合流して探索に当たれ!どうぞ」「了解!連絡、監視要員を残して探索へ向かいます。交信終了」長官にも今の交信は聞こえたはずだ。時計の針は午前8時になろうとしていた。「Y、そろそろ時間だ。正門には俺が残る。お前達は入学式に備えろ!」戸田先生が言う。「やむを得ない、長官、応答願います。どうぞ」「ワシだ。タイムオーバーだな!在校生の教室に不審者は見当たらない!久保田と今井が特別教室を洗っている。お前さん達も引き上げろ!どの道、正門は閉ざされる。もう、外から侵入するのは不可能になる。機動部隊の自転車を門外に移動させてから、教室へ入れ!どうぞ」「了解!残念ですが仕方ありませんね。引き上げを開始します!交信終了」僕等は昇降口へ向かった。「あの女、何処に潜んでいる?そして、これから何を企んでいるんだ?」僕は毒づいたが、皆目見当が付かなかった。

入学式が始まる前、僕と長官は大体育館の入り口付近で、在校生の入場を確認した。「居ませんね!」「ああ、だがまだ校内に潜んでいる可能性はある!慎重に見極めるぞ!」長官と僕は最後列の椅子に陣取ると、新入生と親達の入場を待った。入口付近の外には、伊東と長崎が待機している。久保田、竹内、今井の各隊が入ってきた。「ダメだ!見つからねぇ!」竹ちゃんがヘバって顎を出した。「ならば、何処に居るんだ?」長官が首を捻る。「ともかく、席に付いてくれ。もう、式が始まる」僕は小声で久保田、竹内、今井の各隊に着席を促した。新入生の親たちも着席を終えた。「これからか?」「あり得ますね」式が始まると、長官と僕は新入生の入場に目を凝らした。不審者は見当たらない。2列で入場して来る新入生の女子のみを2人でチェックしたが、“北原由美”こと“菊地美夏”らしき生徒は居なかった。伊東と長崎が遅れてやって来た。「ダメだ!」「見当たらない!」2人の答えも同じだった。「だが、逆に校内は手薄になったな。侵入するとすれば、絶好の機会だ!長官、僕は校内を巡って来ますよ!あの女はこの瞬間を待っていたのかも知れません!」「うむ、伊東、長崎、参謀長と手分けをして校内を隈なく探れ!」長官は断を下した。「無線機は切らないで下さい。あの女を発見したら“フラーだ!”と連呼します!そうしたら、駆け付けられる人員を集めて追って来て下さい!」長官は黙して頷いた。僕と伊東と長崎は、大体育館を抜け出すと3方向へ散った。長崎は東校舎一帯、伊東は付属棟及び講堂へ、僕は西校舎の1階から4階へ順に駆け上がった。「東校舎異常無し!」「付属棟及び講堂も異常無し!」長崎と伊東からコールが届いた。「教室の前で落ち合おう!」僕は西校舎の3階へと駆け上がりつつ言った。ここまで、不審な人影は見つかっていない。僕等は息を切らせて教室前で落ち合った。「ダメだ!居ない!」僕が喘ぎながら言うと「おい!下だ!正門の前を見ろ!」長崎が叫んだ。閉じている正門の前に制服姿の女子の姿があった!髪はショートで眼鏡をかけている様だった。正門が開かない事を確認すると、踵を返して歩き出した。チラリと見えた顔は“北原由美”こと“菊地美夏”!!「伊東!長崎!自転車で追うぞ!」僕等は階段を駆け下りた。「長官!フラー!フラーだ!」僕はマイクに向かって叫んだ。「こちらも直ぐに出る!」長官達も動き出した様だった。あの女は、橋を渡って“大根坂”へと向かっていた。僕等は正面玄関を抜けて、正門の端の柵を乗り越え自転車に股がった。3人でVサインを交わすと「GO!」と言って飛び出した。僕達3人はペダルを漕いで全速力で追跡を開始した。「コラー!待ちやがれ、そこの女!」長崎が叫ぶと、あの女は振り向いた。間違い無い¨菊地美夏¨の変装姿だった!眼鏡をかけてはいるが、忘れようの無い顔だ。あの女は¨大根坂¨を駆け下る。だが、下り坂の自転車は早い!後少しで、あの女の前に回り込めると踏んだ次の瞬間、1台のワンボックスカーが猛然とクラクションを鳴らして僕達を蹴散らして追い抜いた。バランスを崩した僕達を尻目に、スライドドアが開けられあの女は車内へ逃げ込んだ。同時にワンボックスは急発進をかけた。「まだだ!舐めるなよ!この坂は俺達の¨庭¨も同然!逃がすものか!」伊東が坂の傾斜を利用して、ワンボックスに迫る。僕と長崎も続く。狭い道なので、車と自転車はカーチェイスが出来る!3台の自転車はギリギリまで加速して、ワンボックスを追い抜こうとする。だが、相手も必死に加速をして、抜かせない様に僅かに蛇行運転をして逃れようとする。やがて、傾斜が緩やかになった場所でワンボックスは猛然と加速すると、僕達を引き離した。「クソ!逃げられたか!」僕達は急減速をして自転車を止めた。これ以上は追えなかった。ワンボックスのナンバーは¨千葉¨だった。「後1歩及ばずか!あの女を捕まえる手はもう無い!」伊東がハンドルを叩いて悔しがる。「参謀長、どこだ?」長官がコールして来る。「神社の切通ですよ。残念ですが、車で逃げられました!」僕は荒い息づかいで答えた。「あの女に間違い無いか?」「ええ、間違いありません!¨菊地美夏¨でした。車のナンバーは¨千葉¨でしたよ!」「うむ、取り逃がしたのは惜しかったが、これで¨災厄¨は終わった!正真正銘の¨終戦記念日¨だな。迎えに行く。3人共そこを動くなよ!」「了解、足がつりそうですよ!」こうして、¨北原由美¨こと¨菊地美夏¨の偽装受験騒動は終わった。だが、僕にはまだ続きが待っていた。

その日の帰り、さち達を駅で見送り駐輪場から自転車を引き出そうとした時、背中に気配を感じた。「動かないで!少しでも動いたら刺すわよ!」ブレザーの背に鋭い物が突き付けられている。そして、決して忘れなかった“あの声”!「両手を挙げて!ゆっくりと振り向きなさい!」菊地美夏はそう言った。両手を挙げたまま振り返ると、制服姿で眼鏡を外した素顔の菊地が居た。手に持っていたのは果物ナイフだった。彼女はナイフをポーチにしまうと「手を下ろしていいわ。平和的に“最後の挨拶”をしましょう!」と言った。「今更何を?」と僕が返すと「西岡達を救ってくれてありがとう。アンタは、例え敵でも救いの手を差し伸べる軍医の様だわ。恐らく、あたしにも手を差し伸べるつもりでしょう?でも、それが時として命取りになるのを忘れない事ね!あたしは、もう新しい“氏名”を手に入れた。別の世界でやり直すつもりよ!西岡達はクラスでも孤立しているでしょうけど・・・」菊地の表情が暗くなった。「西岡達の過去は“不問”に付されたよ!別件で功績があってね。校長が“過去は問わない”と言って抹消されてる。今ではクラスの中核を担う人材だよ」と僕が言うと「やっばり、アンタは只者では無いわね!彼女たちを懐柔して使いこなすとは、恐れ入ったわ!でも、唯一の懸念を払拭出来た。感謝するわ!」と言うと菊地は駆け寄ってくると頬に軽くキスをした。「他の誰でもない、アンタともう一度論争をしたかった。これ、偽らざる本音ってヤツよ。あたし、アンタが好きだった。でも、振り向いてはくれなかった。でもね、それでいいの。これでキッパリと忘れられる。ようやく、新しい土地で新しい人生を始める決心がついたのよ。だから、最後に思い出を確かめに行った。そしたら、アンタ達が必死に追って来るじゃない!馬鹿かと思ったけど、アンタの優しさが垣間見えた気がするの。いつまでも変わらずに居てよね!」と菊地は言うと、制服の襟の校章を外して僕の手に握らせた。「それ、持ってて!下手に返しに行くとアンタもヤバイ事になるから、気をつけなさい!もう、この制服に袖を通す事は無いわ。さようなら!あたしが唯一好きだった男子!参謀長の名に恥じぬ活躍を期待してるわ!」そう言うと菊地は身を翻して、近くの階段を下りて行った。鉄道の高架下から千葉ナンバーのワンボックスが走り去った。「どうしろってんだ?」左手の中に校章を残して、菊地美夏は旅立った。僕は自宅に戻ると机の奥深くに、菊地の校章をしまい込んだ。初夏の頃、菊地から暑中見舞いが届いた。“新しい土地で再スタートを切りました”と書かれていた。そして僕は、誰にもこの事を告げずに卒業を迎える事になる。

翌日の朝、いつもの場所でヘバって立ち止まっていると、「Y―、おはよー!」と声が聞こえる。さちと竹ちゃんと道子だ。僕は力なく手を振る。昨日の猛烈なカーチェイスの代償は大きく、筋肉痛で足が痛いのだ。「どーしたー!」さちが駆け上って来る。「情けないが足が痛い!」「そりゃあ、あれだけのカーチェイスやらかしゃー当然だぜ!」竹ちゃん達も追いついて来た。さちが足を揉んでくれると少しコリが和らいだ。「でもさ、あの女は何をしに来たのかな?」さちと道子が聞いて来る。「さあ、何だったのか?捕まえ損ねた今となっては“意味不明”としか言いようが無いよ」僕はゆっくりと歩き出す。「アイツ、案外未練がましく挨拶に来たんじゃねぇか?参謀長に剃刀でも突き付けに!」竹ちゃんが言う。「まあ、そんなところだろうな。相当、恨まれてるからな!」「ああ、事ある毎に全て叩き潰したんだ!必然性はあるんじゃねぇか?」「でも、あの女の悪足掻きだよ?Yを恨むなら筋違いもいいところじゃない!」さちが膨れる。「それでも、これであの女は2度と現れないだろう。もう、“編入”も“受験”も出来ないんだからな!」僕はハッキリと言い切った。「そうだな、これでもう終わったよな。やっと平和な学校生活を送れるってもんだぜ!」竹ちゃんはあくび交じりに言った。「長かった!なんだかんだって振り回されて大変だったもの!」しみじみと道子が言う。「これで、やっとYも解放されるね!」さちが嬉しそうに言う。僕等は教室へ入ると窓際へ並んだ。春風が爽やかに吹き抜けて行く。「Y、足のマッサージしてあげるよ」さちが椅子を2つ持ってきて座るように促す。僕は椅子に座って足を延ばして靴を別の椅子に乗せた。さちが優しくコリを揉み解してくれる。そうしている内に、雪枝と中島ちゃんがやって来た。「手伝うよ!」「あたしも!」3人で足を揉んだり叩いたりしてくれるのはいいが、さすがに耐えきれなくなって来た。「3人共もういいよ。くすぐったい!」「ダーメ!我慢しなさい!」さちが怖い眼をして睨む。松田にくっ付いて堀ちゃんも姿を見せた。彼女も「面白そうだからやらせて!」と言って仲間に加わる。これでは、マッサージではなく“拷問”である。「もういい!勘弁して!」僕が悲鳴を上げるが「逃がしはしないわよ!」と言って、さちが僕の肩を揉みだした。「あーあ、また始まった!」道子が呆れて竹ちゃんを見る。「まあ、いいんじゃねぇの?参謀長をおもちゃに出来るのは、あの4人しかいねぇんだし!」「うん、やっと元通りになったって感じ。結局はYと遊びたいだけだし、Yもあれこれ言うけど逃げたりしないとこを見るとまんざらでもないみたい!」竹ちゃんと道子が見守る中、僕は延々とマッサージを受けるハメになった。

4期生に対する原田の“組織工作”は、徐々に進行して行った。原田の女の後輩を含む“親衛隊”とも言うべき人材発掘及び勧誘工作は、ジワジワと広がりを見せながら日に日に進んでいた。3期生の時は、我々が“介入”したため原田は組織づくりに失敗していた。3期生は長官を筆頭に、僕と西岡が完全に押さえていたので、原田は“独自ルート”の開拓を断念せざるを得なかったのだ。だが、4期生では“失敗は許されない”とばかりに、入念な策を立案していた。“親衛隊”を結成して、地下組織を張り巡らせる。それも、露骨な“見返り”を用意していた。1年生ながら“生徒会の椅子”をチラつかせたのだ。クラスの委員長達は、必然的に組織に組み込まれるが“親衛隊”を中心とした地下組織には、会長直属の“規律委員会”“生活指導委員会”なる組織へ属させる事にしたのだ。しかし、世代間ギャップは如何ともしがたく、組織づくりは遅々として進まなかった。“政治活動”よりは、高校生活を優先する風潮があり、4期生の3分の2は原田の話に乗らなかった。この事が後に“原田後の揺り戻し”を呼んで、生徒会会長の“専制体制”を正す素地となるとは何とも皮肉な話である。「長官、参謀長!原田がまた“知恵を貸せ!”と言ってますよ!」伊東が説得に来るが、僕等は乗るつもりは更々無い。「閣臣でも無い我々に、4期生の取り込み工作をやらせようとは筋が違う」長官は断固拒絶の構えを崩さない。「学校側から依頼があった3期生とは違うよ。4期生に介入する理由は無いぜ!」僕も乗り気ではなかった。「だが、“特別補佐官”の肩書はあるだろう?会長の補佐だと思って、手を貸してくれよ!」伊東は何とか粘ろうとするが、「今のところ、4期生で“問題”が起こっているとは聞いてないぜ!3期生みたいに“露骨な手”で牙を剥かれりゃあ話は別だが、ヤツらは大人しい。3期生から見ても、荒れているとは聞いていない。会長個人の都合なら、補佐する意味は何だい?」僕は逆に聞いて見た。「それは・・・、」伊東が詰まったところで「目下、緊急もしくは喫緊の課題が無いならば、“特別補佐官”が動く必要性は無いと思うがどうだ?」と斬り込んで行くと「近々、“向陽祭”の事前準備会議がある。それには参加するだろうな?」と言って来る。「ああ、その案件ならば学校及び全生徒の問題だから、出席はするさ。少しばかり“苦言”は呈さなくてはならんだろう?」と長官が言う。「あー、また原田に突かれるな!“長官と参謀長は何故手を貸さない”って嘆かれるんだぜ!」伊東がウンザリして言うが「非常事態になれば“言われなくとも出ていく”と言って置け!それまでは“対外戦争”の骨休めをさせてくれとな!」と僕がダメを押す。「確かに、そうだがいつまでもそれが理由としては通らないぞ!」「分かってるさ。あの女との死闘から、まだ2週間経って無いんだ。心も体ももう少し休ませろと言って置け!」と長官もダメを押す。伊東はスゴスゴと教室を出て行った。「原田のヤツ、相当焦ってますね。4期生がなびかないのが腹に据えかねるのでしょう」「ああ、そうらいしいな。世代が違えば考えも違う事にヤツは気付いて居ないらしい」僕と長官はニヤリと笑った。「しばらくは、様子見に徹しよう。我々もやっと落ち着いて来たばかり。厄介は御免だよ」長官が言う。「平和なのが何よりですよ。妙な波風に吹かれるのは御免ですね」と僕も返した。4月も中旬、春は盛りであった。

「参謀長、宜しいでしょうか?」西岡が授業の合間の休み時間に声をかけて来た。「どうした?」「はい、上田と遠藤達からこの様なモノが届きました!」と言って西岡は手紙を差し出す。「読んでいいのか?」「どうぞ!」僕は便せんに書かれた文字を追った。内容は、今年度の“向陽祭”でも“総合案内兼駐車場係”の責任者として自分達を仕切って欲しいと言うモノだった。「うーん、これはどうするかな?」僕は即断出来なかった。各係の下打ち合わせは迫っていたが、昨年の例に倣えば上田と遠藤達に加えて、山本と脇坂が仕切る場面だ。会長の“特別補佐官”としては、総合本部の椅子に座るのが筋だろう。「如何なさいますか?」「原田の意向も聞かねばならんが、昨年以上に厳しい事になるのは分かっている。あの子達は昨年の経験もあるから、僕が出ていく場面では無いと思うが、考えのしどころだな!」「と言いますと?」「今年は、昨年以上に来場者が増えるだろう。警備上も安全の上でも徹底した対策が求められるのは間違いない。“総合案内兼駐車場係”としても万全の体制で臨まなくては、苦情や事故の恐れは回避不可能になる。今のところ4期生に不穏な動きは無いが、もし万が一4期生が使えないとなれば、昨年以上の苦難の2日半になるは火を見るよりも明らかだ!最悪を想定するならば、やはり僕が出て行かざるを得ないのは間違いあるまい。もっとも、原田の“許可”が出ればの話だが・・・」「では、返事は如何いたしますか?」西岡が聞いて来る。「各係の下打ち合わせの“結果を待て”と返してくれ。この話、僕の独断では通らない事案だ。一応、上田と遠藤達の意向は踏まえて、打ち合わせの席には付くつもりだ。余人を持って治められる場ではないからな!ご指名とあらば、椅子に座れるように努力はしてみるとな!」「では、その様に返事をして置きますが、参謀長、また災厄の最前線に立たれるお覚悟ですか?」「ああ、最後のプライドを賭けて臨んでもいい!3期生に我が背をしかと見せて置くのも、最上級生としての義務だろう?」僕は西岡に封筒を返しながら言った。「分かりました。今回はあたしも志願します!共に戦えるといいですね!」西岡が笑う。「そうだな、1人でも多くのベテランが欲しい。原田には、相当な圧力をかける必要があるな!とにかく、やれるだけやって見てからだ」「はい!」西岡はロッカーから便箋と封筒を取り出した。昨年の“向陽祭”は苦難の連続であった。それ以上に今年は厳しい戦いを強いられるだろう。上田と遠藤達も、それを読んでの要請に踏み切ったに違いない。「“火中の栗を拾う”か。また、それもやむを得まい」僕はそう呟くと授業に向かった。