limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 19

2019年04月29日 18時13分29秒 | 日記
翌日の朝のホームルーム後、「うぬ!またしてもか!しかも、西岡を“脅迫”して引き込むとは!アイツの性根はとことん腐り切っておるらしいな!Y、どこで気付いた?」中島先生の顔が見る間に憤怒の表情に変わる。「有賀から手紙を見せられた時です。筆跡で気付きました。そこから推理を組み立てて、辿り着いた次第です!」僕はあくまでも冷静に言った。「それで、ばら撒かれた手紙はどの程度回収した?」「全部で26通です。本来、倍はあった推察しますが、当事者が処分した分は推計出来ませんので、正確な数量の把握は出来ませんでした」「西岡は誰が説得した?」「笠原と小川の両名です。“罪状は問わない”と言って聞き出しました。黒幕からの手紙もその際に押収した物です」「女子に聞かせて、しかも“罪状は問わない”との殺し文句か!Y、策を考えたのはお前だな?危ない橋を渡りおって!だが、そのお陰で事実が白日の下に曝された。3期生を利用して“撹乱”を仕掛け、その隙を縫って勢力を拡大させる戦術か。万が一の場合は、西岡が一身に背負う構図だったのだろう。どこまでも抜け目の無い策を組んだつもりが、お前に看破されるとは菊地も考えてはおらんだろう。西岡の件を知っているのは、山岡と笠原と小川にお前だけだな?」「はい、概要はまだ秘してあります。大枠を知り得ているのは、私を含む15名程に過ぎません」「相変わらず手回しがいい。水面下で動いて大半の連中は知り得ていない。そちらは及第点だな。少し待て」と言うと先生は受話器を手に内線で話始めた。「はい、ではこれから」と言って内線を切ると先生は「Y、これから校長室へ同行しろ!事の次第をお前からも聴取したいそうだ!」「えっ!しかし、授業が始まりますが・・・」と言うと「心配は無用だ。校長が自らお前を指名したんだ!他に文句は言わせん。では、これから向かうぞ!付いて来い!」どう言う風の吹き回しか?は分からないが、僕は校長室へと連行される事になった。宮澤校長の前に立つのはこれが初めてである。しかも校長室で直接の接見だ。校長が何を意図しているのか?それはどう考えても思いつかなかった。校長室へ入ると、宮沢校長はデスクの前に進み出る様に手招きをして、中島先生から事の次第を聞き始めた。時折僕が補足説明をして、大枠の説明は終わった。校長は手紙に眼を落としながら終始頷いていた。「Y君、君は今回の処分をどうすべきだと思うかね?遠慮はいらん。君が思う通りに言いたまえ」と処分の中身をいきなり問われた。腹案は考えていたが、果たして通るのか?一か八かの賭けにでるしか無かった。「では、遠慮なく言わせていただきます。菊地は“無期限の停学”に。西岡は“始末書”の提出と1週間の自宅謹慎を執行猶予で」僕は思うところを言った。「何故“執行猶予”を付ける?」校長は切り返して来る。「菊地の“思惑”を外すためです。彼女は恐らく西岡にも重い処分がなされると読んでいるはずです。そこへ接近して“徒党”を組む事を画策するでしょう。相手の意図が見え隠れする以上、そこへ乗るのは得策ではありません。それに、西岡もある意味“被害者”でもあります。情状酌量の余地は認めるべきだと私は考えます」僕は臆する事なく言い切った。「中島先生、君の意見は?」校長は先生にも意見を求めた。「私個人としては、今、Yが言った意見に賛成です。しかし、一職員としては“執行猶予”は認めるべきでは無いと考えます」先生は職員としての見解も示した。「ふむ、どちらも一理あるな。Y君、君は生まれてくるのが遅すぎた。もう10年早く生まれていれば、3期生の担任を任せられたかも知れないな。君の内申書を見た時の衝撃は今でも忘れられない。記入欄から続く事5ページ。添付文書にびっしりと君の“業績”が記載されていた。あれだけの記入は、過去にも私が知る限り例が無い。そして今日、君から直接意見を聴取して改めて思ったよ。“最高の秘書官”と言う表現に偽りはなかった。処分については職員会議にもかけなくてはならんが、大筋で君の意見を尊重しようと思う。中島先生、彼の見識は高いし間違ってはおらんな。だから、今回の件も看破したのだろう。唯一残念なのは“生徒”である事だ。私の秘書官にしたいくらいだよ。Y君、中島先生とクラス並びに2期生を頼む。2期生が礎を更に確かなものに出来るように努力しなさい!」「はい!確かにお引き受けしました!」僕は深々と礼をした。「下がって宜しい。これを教科担任に渡しなさい。授業に遅れても咎めは受けなくて済む」校長は“遅延理由書”と書かれた紙を手渡してくれた。「失礼しました!」と言って校長室を出るとドッと疲れが襲い掛かって来た。中島先生と校長はまだ何かを協議している様だった。僕はとにかく教室へと戻った。授業には半分遅れでの到着となったが、先生からの咎めは無かった。

1時間目の授業は半ば分からずに終わった。「さち、悪いけどいの授業のノート写させて!」「それはいいけど、Y、授業さぼって何処に行ってたのよ?」と聞かれる。「後で説明するよ。とにかく何をやったのか全く分からない。写しておかなくては差し障りがデカイ」僕は必死にノートを写しにかかった。「参謀長、忙しいのは分かるが、首尾はどうだったのだ?」長官と千里と千秋が押し掛けて来る。「職員会議の結果待ちですよ。こちらの思惑は伝えてありますから、校長が乗るか否かですね」と顔を上げずに言う。こっちはそれどころでは無かった。「まさかとは思うが、校長と“直接交渉”に及んだと言うのか?」長官が期待を込めて言って来る。「ええ、やるだけはやって来ました。腹の内は読めませんが、恐らく悪い方向には行かないでしょう」「だとすると、昼若しくは放課後には結果が出るのだな?“執行猶予”の有無は?」尚も長官は切り込んで来る。「長官、気になるのは分かりますが、ノートを取らせて下さい!こっちも大事なんですよ!」僕は憤然と言い返した。「ああ、済まない。どうしても結果が気になって仕方が無いのだ。千里も千秋も同じだ。後1つだけ答えてくれ。“執行猶予”の件は提起したのか?」「無論、言ってありますよ!すみませんがノートを取らせて下さい!」僕は3人を追い出しにかかる。「長官、お邪魔するは止めましょう。参謀長の学ぶ権利を奪う事は出来ないでしょう?」千里が僕の剣幕を見て引きにかかる。「大変済まぬが、もう1つだけ答えてくれ。黒幕の処分はどう進言した?」長官は尚も粘ろうとする。「長官!ノートを取らせて下さい!!僕にも学習する権利はあるはずですよね?!」さすがに僕も切れた。「長官!もういいでしょう?最善の策は取ってくれたんです。ひとまず引き上げましょうよ。参謀長だって学生なんですから」と千秋が粘る長官を連行して行った。「やれやれ、こっちにだって授業を受ける権利はあるんだ!あれやこれやとほじくり返すのは後にしろってんだ!」僕はむかっ腹を立てていた。「あれは無いでしょ?!如何に気になるからって言っても学習の邪魔をするのは“本分を忘れた”としか思えないわ!」と堀ちゃんも憤然として言う。「Y、落ち着け。次は地理の時間。遅れを取り返す余裕はある!」さちがみんなのノートを差し出しながら言う。「ありがとう。ならば、最初から順を追って見返すとするか!」さちの言葉でようやく僕は我に返れた。

昼休みに入ると、僕は弁当箱を持って生物準備室へ逃げ込んだ。「Y君どうしたのよ?」明美先生が何事かと聞いて来る。「煩い連中にたかられてましてね。緊急避難ってとこですよ」思わずボヤキが口を突いて出る。「山岡と笠原と小川か?確かに煩い連中だな。Y、校長が押し切ったぞ!公式発表は明日になるが、大筋でお前の言い分が通った。“執行猶予”も含めてな!校長は“生徒にして置くのが実に惜しい”と言っておった。安心しろ!後始末は我々の領域だ。お前達も個々に始末にかかればいい!」中島先生が緊急職員会議の内容を話してくれた。「そうですか。まさか僕の言い分が通るとは意外です」「意外では無いぞ!妥当な線だ。西岡を救済する手はワシも思案していた。処分は免れんが“執行猶予”を付けて反省を促すとは“傷を付けずに矛を収めさせる”には最善の策だろう。お前の真骨頂が実を結んだ訳だからな。ワシも面目を保てたし、西岡も後ろ暗い事を気にせずに済む。Y、西岡の今後の身の振り方を頼んだぞ!既に策は浮かんでいるはずだろう?」「はい、大きな手術にはなりますが、傷を残さずに片付けるつもりです」僕はある程度の目算を立てていた。ドアがノックされ長官が押し掛けて来た。「山岡、ノーコメントだ!明日の公式発表を待て!」先生が釘を刺す。「そこを何とかしていただけませんか?クラスにとっても一大事。今後の策も勘案せねばなりません!」長官は粘り出した。「これは、校長の判断だ。Yも本件の処分決定の関係者であるから“箝口令”を申し渡してある。済まんが明日まで待ってくれ」と言われて長官は肩を落とした。「参謀長、どうしてもダメなのか?」「校長の命ですからね。違背は許されません。明日まで待って下さい」僕は諭す様に返した。「具体的な事が分からねば今後の道筋も付けられん。頼む!口外は控えるから少しだけ聞かせてくれぬか?」「山岡、ノーコメントだ!泣き落としには乗らんぞ!」先生が追い打ちを掛ける。「事は校長の手の内に乗った。お前達の手の内には既にない。1つだけ言って置くが、お前達なりに始末にかかれ!3期生との融和の促進。2期生内の動揺の終息。これだけでも結構な仕事だ。今から至急手を回せ。菊地と西岡の件は、明日になれば公表するし、見解も示す。その前にすべき仕事にかかれ!」長官の表情が少し変わった。「分かりました。そちらはお任せ下さい。参謀長、明日は“事情聴取”に応じてくれよ!」と言うと長官は引き上げた。「確かに煩いな。アイツらを巻くのは容易ではない」先生もゲンナリとしていた。僕はアールグレーを飲み干した。

翌朝、昇降口近くの掲示板に、予告通り関係者の処分内容と学校側の“見解”が貼りだされていた。
“1年6組 菊地美夏。右の者、無期限の停学処分を科す。”“5月より復学予定であったが、学生の本分を見失い過ちを繰り返したため、再度の無期限停学処分を科すものである。学生の本分は勉学に励み、友情と団結を育み、有意義な学生生活を送る事にある。右の物は、これら全てに違背したため今回の処分を科すものである。学校長 宮沢〇〇”
西岡さんの件は、貼り出されていなかった。どうやら、本人に直接通知して公にはせず、反省を促し後顧の憂いを拡散させない判断らしかった。「Y、また“無期限停学”だけどさ、どうして“退学”にしないのよ?」道子が聞いて来た。「“退学”にしない理由か?“学籍”を残すためさ。迂闊に“退学”にでもすれば、街宣活動に手を染めかねないし、こちらから文句も言えなくなる。その点、“無期限停学”なら籍は残っているから、学校側としても文句も言えるし活動を制限する事も出来る。前にも言ったけど“無期限”だから下手な話5年でも10年でも“停学”のまま。自分から言い出さない限りは、“退学”にせずに閉じ込める。真綿で首を絞める様にジワジワと効いて来るから、返ってダメージは大きくなる」「そう言う話か。3期生としての“復学”の芽も消えたのかな?」「多分、そうだろうな。今度ばかりは“付け焼刃”で誤魔化せないし、何を言っても学校側が折れる要素は無くなった。4期生としての“復学”の芽も消えただろうよ」「参謀長、西岡さんの件はどうなったのだ?!何も公表されておらん!約定を違えるつもりか!」長官が憤怒の表情を露わにしていた。「公にしない理由を考えて下さい!何のための“執行猶予”です?ここで公にすれば、彼女は常に後ろ暗い生活を送るハメになるじゃありませんか!校長の配慮ですよ。“反省を促して今後の学生生活に影響が及ばぬ様に配慮する”彼女もある意味に措いては“犠牲者”なんですから、傷口に塩を塗り込む様な真似をするはずがありません!」「うぬ、そこまで読んでの判断か!昨日、校長とやり取りしたのはそれか?」「2人の処分内容を直接問われましたよ。菊地はご覧通り“無期限停学”ですが、西岡さんについては、“始末書の提出と執行猶予付きの1~2週間の自宅謹慎”と答えてあります。大筋で校長も合意しましたから、西岡さんについては担任からの通知に留める方向でしょう。そうしないと、残りの時間を全て失いかねませんから」「うむ、上出来だ!これで後顧の憂いは無くなったな。菊地が戻る道は崩落したも同然。我々が去っても彼女は影響力を行使できないばかりか閉門同然の身だ。我々は安心して元の生活に戻れる。参謀長、ご苦労だったな。校長とのやり取りは厳しかったろう?だが、何とか乗り切った。K査問委員会でもいい報告が上げられそうだ!」長官が握手を求めた。僕等は固く手を握り合った。「長官、今後の方策ですが、旧菊地グループに対する風当たりを弱めるためにも、“完全解体”を進めなくてなりません。特に西岡さんをどう遇するか?目下の課題はそこにありませんか?」「それが最も頭の痛いところじゃ。参謀長、腹案は?」「西岡さんは今井さんのグループに転属させましょう。他の人員もバラバラにして所属先を変えて分散させれば、目立たなくなりますし、風当たりも弱まると思いますが、大手術になるのが課題です。誰に“執刀”させます?」「この手の手術の執刀医は千秋しかおらん。確かに難しい術だが、成功すれば我々は更に揺るがぬ体制を手に出来る。参謀長が西岡さんを引き取ってくれるなら、千秋も存分に腕を振るえるだろう。方向性はその線で決まりだな。西岡さんの任務は“K情報”だろう?」「ええ、対外的な総合情報担当として任に当たらせるつもりです。特に左側、原田の懐を探るには格好の人材かと」「他の旧メンバーにもその任に付かせようじゃないか!我々の最も弱い部分を補強しつつ体制を改めるにはそれしかない」「では、本件もK査問委員会に提案しますよ。今日は忙しくなりそうですね!」「嵐は過ぎ去った。後片づけも容易ではないが、今まで以上に我々も強くなるだろう」こうして、年初の大問題は幕を閉じた。菊地嬢は“閉門同然”となり、完全に封じ込められたのだ。

それから2週間後、久しぶりに“大根坂”の登頂に成功した僕は、昇降口の水道で顔を洗い直していた。「今年度の初登頂に成功か。まずは幸先がいい」と息を整えるべく座り込んだ。「Y-、ご苦労、そしておはようー!」中島ちゃん達7名がやって来た。「参謀長、ポカリです」石川がボトルを差し出す。「済まん。どうやら馴染んできた様だな」他の6名がニヤける。石川も加わった事で朝と夕方の登下校風景も変わって来た。中島ちゃんが最も変わった1人だろう。あれ程怖がっていた石川と、肩を並べて歩く姿が自然になっていた。徐々にではあるが、2人の距離は縮まりつつある。これは好ましい傾向だった。僕達2期生が年初の“大事件”をどうにか乗り切って、3期生とも徐々に交流を深める事に成功したのは、ここ1週間くらいからである。石川も中島ちゃんと堀ちゃんの“護衛”を買って出るほどだった。僕等は彼に信頼を置く様になっていた。昇降口で左右に別れると「昼までのお別れだね!」と堀ちゃんが中島ちゃんに言う。「アイツ、ちゃんとやってるのかな?」彼女は何度も東校舎を振返る。「ブルブル震えてたのはもう昔か?」と僕が問うと「うん、何か自分が恥ずかしい。アイツ、段々とYに似て来た気がする」と返して来る。「僕はまだまだ追い越された意識は無いが、いずれ彼も追いついて来るだろう。簡単には抜かされるつもりは無いけどさ」と教室の机に鞄を置くと窓辺に立つ。「そりゃそうよ。Yの境地に立つとしたら10年は早いよ!」と言うと中島ちゃんは背中から僕の胸元へ滑り込んで来る。「あー、また取られた!1分後に交代だよ!」と堀ちゃんがむくれる。さちは僕のネックレスを外すと新たなペンダントを付け加える。「あたしの鈴をこれからも増やすぞ!」と言ってネックレスを戻した。小さなペンダントは3つになった。「さち、チェーンが切れそうだよ!そろそろ買い替えなきゃならない」とぼやくと「もっとしっかりとしたヤツを買え!ダブルにすればなお宜しい」と言ってチェーンを増やせとせがむ。「絡まったら始末に負えん。太めのロングを探すのが大変だが考えて置くか?」と言うと「あたしが探して見るよ。ちょっと長さを測らせて!」と言うと雪枝が目の前にやって来る。「雪枝!今度はあたしの番だよ!早くして!」と堀ちゃんが眼を吊り上げる。「はい、はい、ちょっと待ってねー」と雪枝がネックレスを外しにかかる。「相変わらず良く続くものだわ。Yを好き放題にして遊んでられる時間がこのまま続けばいいけど」と道子が少し離れた場所から見つつ言う。「今度こそ、平和が訪れるぜ!それは間違いねぇ!」竹ちゃんが確信を込めて言う。クラスの女子の“再編手術”は千秋が大ナタを振るって断行した。今は旧菊地グループについてあれこれと言う者も居なくなった。「中島先輩!」石川が息を切らせてやって来る。「アンタどうしたのよ?」中島ちゃんが廊下に出た。2人はノートを見ながら何やら言い合っている。「Y、ちょっとお願い」僕に中島ちゃんが声をかける。堀ちゃんとくっ付いたまま廊下へ出ると「平城京と平安京の間にあった都の跡はどこだっけ?」と言うので「長岡京だよ。最も完成前に遺棄されてるが」と答えると「これより前は、藤原京ですよね?もっと前は転々と変わってますが」と石川が言うので「藤原京以前は、あっちこっちに移転ばかりだったからな。年代を追って覚えてくしか無いぞ。要所を押さえて置けばテストで失点しなくて済む」とアドバイスをしてやる。「Y、真理ちゃんが呼んでるよー!」雪枝が飛んでくる。「おー、直ぐに行く。石川、悪いが後は堀ちゃん達に聞いてくれ」と言うと教室の教壇前へ急ぐ。真理子さんからも世界史の質問が飛んで来た。西岡さんも居る。「フビライの日本遠征の第一陣は、高麗に造船を命じた船が主力ですよ。第二陣は旧南宋と高麗の部隊の混成軍。いずれも失敗してますが、フビライは後に第三陣の派遣も検討はしてますね」と説明にかかる。「Yがこう言う忙しさの中に居るとホッとする。本来はこう言う場面でこそアイツの真骨頂は出る。あたし達の役目は“Yを戦いの場へ送らない事”かもね」道子がしみじみと言う。「そうだな、この雰囲気を壊さねぇようにしなくちゃ!参謀長としての任務は“お預け”にしてやらねぇと」竹ちゃんが道子に返す。間もなくホームルームの時間だ。時がゆっくりと流れているかのようだった。

その日の放課後、僕の元へ石川が尋ねて来た。表情がキリリと引き締まっていて、重大な決意を持って来たのは間違いないと即座に察しがついた。僕はさちに声をかけて「生物準備室に居る」と告げて彼を招き入れた。「参謀長!是が非でもお願いしたい事があります!」石川が決死の形相で訴えに来た。大体の想像は察しが付いたが「どうした?」とトボケて見る。「僕は、やはり中島先輩と付き合いたいです!何卒ご許可をお願いします!」と言うと頭を下げた。「竹内と同じ事を言うな。それは、中島本人に言うべきセリフだろう?何故、私に許可を求める?」僕はトボケ続けた。「竹内先輩から聞きました。¨まず、参謀長の許可を取れ!¨と。中島先輩の¨保護者¨である参謀長の許可が無ければダメだとお聞きました。そうでなくては、¨かっさらってはならん!¨と。どうかご許可をお願いします!」「うーん、竹ちゃんも余計な事を教えるな。まず、言って置くが、当人同士が認め合うなら、私は基本的に¨干渉はしない¨し任務さえ認めるなら許可云々も無い。恋愛に関しては、私は口出ししない事にしている。中島が¨線を引いたら¨それを踏み越える真似はしないよ。だが、石川よ。中島の気持ちをどうするつもりだ?そして、お前さんの心は揺るがないのか?中島の心の内は複雑だぞ!」「それは分かっています。簡単な事では無い事も。でも、僕は中島先輩しか考えられません!共に歩んで行きたいんです!」石川の心は定まった様だった。「石川、昨年の内に彼女は¨大きく変わった¨新たに羽化した蝶の様にな。彼女のノートを見て何を感じた?」僕は相変わらずトボケまくる。「文字が変わりました。それにノートの取り方も独特に変化してます。参謀長、先輩に何があったんです?」「中島は、僕のノートを見て¨文字の書き方¨を大きく変えた。今では¨自己のスタイル¨を確立した。取り方はみんなのやり方を参考に変化させた。約10ヶ月かけて地道な努力を積み重ねたのだよ。外見は変わらないが、内面は180度の大転換を成し遂げた。昔の中島はもう居ないのだ。彼女は言っていた。¨あたしと石川では釣り合わない¨とな。クラスの中にも3期生全体からも¨声がかかる¨程の眉目秀麗なお前さんが何故彼女を選んだ?」僕は逆に聞き返した。「先輩はシャイで人見知りもありますが、誰より負けない¨努力¨を積み重ねて居ました。“努力は人を裏切らない”。僕が常々中島先輩から言われた言葉です。どんな逆境にあっても常に前を見て、人一倍の努力を積み重ねる。そんな人柄に僕は惹かれました。外見は関係ありません!要は“人として尊敬できるか”じゃありませんか?参謀長もそうですよね?先の“事件”での筆跡鑑定の結果を“何の迷いもなく中島先輩に任せて、結果についても一切疑いを持たなかった”。中島先輩を心から信頼している何よりの証拠ですよね?」と石川は切り返して来た。やはり、タダ者では無い。「そうだ。あらゆる文字や下足跡(ゲソこん)の鑑定に措いて、彼女の右に出る者は居ない。だから、私も全幅の信頼を置いている。お前さんの言う通り、彼女の努力が結実した結果“誰も届かない境地”に立ったのだ。中島は自らの居場所を見いだし、生きがいを得たのだよ。外見は関係無い。心から信頼が置けるか?人としての思いやりがあるか?それを私も判断基準としている。そして、石川、お前さんもそうだが“心から信を置けるか?”“思いやりの心はあるか?”の判断基準は満たしておる。まだ、成長の余地はあるが、中島を思う気持ちに揺るぎは無いだろう?どんなに見た目が綺麗でも“中身が無ければただの飾り”にしかならない。中島を選んだお前さんなら、これ以上話さなくても分かるだろう?ただ、本人の意思を尊重する事だけは忘れんでくれ!」僕は“許可する”とは敢えて言わなかった。石川の気持ちに揺らぎが無いならば、僕は干渉するのは避けたかったし、中島ちゃんの“意向”を尊重したかった。多分、返事は決まっているはず。それならば、当人達に委ねるのが筋だった。「では、参謀長、僕は中島先輩に聞きに行きます!ただし、先輩の意思は尊重します。宜しいですか?」「宜しいも何も、本人から聞け!まずはお前さんの正直な気持ちをぶつけてな!」僕は石川の背を思いっ切り叩いた。“行け!男らしく颯爽と!”眼で合図すると、石川は軽く頷いて部屋を出て行った。しばらくの沈黙の後に「やれやれ、手のかかる連中だ」と呟きながら部屋を出ようとすると、中島ちゃんが飛び込んで来た。顔が赤らんでいる。「Y-、どうしよう。石川が、あたしと付き合いたいって言うのよ。どうすればいい?」道子の時と全く同じだった。「それで、中島ちゃんとしては、どうしたい訳かな?」僕は優しく聞き返した。「石川は、眉目秀麗で人気のある子よ。彼にはもっと相応しい相手が居ると思うのよ。だから・・・」「まさか“あたしとは釣り合わない”って言うのかな?」僕がセリフを引き取ると黙して彼女は頷いた。「アイツには別の“中島好美”が見えてるんだろうな。さっきアイツ何て言ったと思う?“外見ではなく心だ”って言ったよ。人を見る目は間違ってない。中島ちゃんはどう思う?」「あたし怖いの。石川と肩を並べて歩くのが。だから・・・、」と言うと彼女は後ろ向きになって僕の胸元へ潜り込んだ。「Y、助けて!あたしはYにだけ甘えて居たいの!他は嫌なの!」彼女は震えながら訴えて来た。

life 人生雑記帳 - 18

2019年04月29日 13時26分03秒 | 日記
入学式から5日、本日は石川君へ出した“課題”の回答日である。中島ちゃんは朝から落ち着けないでいた。「どうしよう、どうしよう、Y!大丈夫だよね?」教室前の廊下で僕に貼り付いて離れようとしない。ブレザーの袖を掴んで振り回したり、背中から僕の胸元へ入り込んで左手を掴むと自分の胸元へ強く押し付けたりして、何とか落ち着こうと必死になった。「Y-、不純異性交遊してると、さちに捕まって廊下の端まで飛ばされるよ!」と堀ちゃんが言うが、彼女も中島ちゃんと同じ行動を取り始める。2人して代わる代わる僕に貼り付こうと画策するのだ。堀ちゃんの方が中島ちゃんより若干背が高いので、顎の辺りに頭が来る。右に左にと避けながら髪のセットを乱さない様に気を付けねばならない。「大丈夫だ!2人共落ち着け!」「だって、怖いんだもん!」2人してジタバタとして甘えて来る。「Y-、さちに捕まって廊下の端まで飛ばされるよ!」と雪枝が言いに来る。「雪枝、だったら2人を何とかしてくれ!僕の意思でやってる訳じゃない!」と助けを求めるが「面白そうだからあたしも混ぜてよ!」と雪枝まで同じ行動を取り始める。これじゃあ“保育園児”と大差ない。保母さん達の苦労が身に染みて分かった様な気分になる。やたらとデカイ“保育園児”達と格闘していると「Y-、廊下の端まで飛ばされるよ!」と今度は道子が警告に来る。「警告は真摯に受け止めますが、僕本人の意思は無視されているので、この3人を何とかして!」と言うが「まあ、無理だね。廊下の端まで飛ばされる覚悟を持ちなさい」と軽く流される。ホームルームの始まる直前まで僕は3人のおもちゃにされたままだった。やっと思いで席に付くと、今度は背中を突かれる。有賀だ。恐る恐る振り返ると、妙に深刻な顔をしている。「どうした?」と聞くと「Y、これが靴箱に入ってたのよ!どうすればいい?」と水色の封筒を差し出して来る。「中身を見てもいいのか?」と聞くと「うん、縁もゆかりも無い相手なのよ!」と言った。僕は素早く文面に眼を通す。だが、突然凍り付いたかの様な感覚に襲われた。“この文字には見覚えがある!”しかも良い記憶ではなく悪い方だった。「有賀、これ預かってもいいか?」と尋ねると「いいよ、適当に処分してくれれば、あたしも助かるし」と言った。「とにかく、有賀は知らぬ存ぜぬで居てくれ!絡まれたら僕に通報してくれれば対処する」「OK、任せるわよ」と言うと有賀は少し明るさを取り戻した。ホームルームが終わると、僕は急いで長官と堀ちゃんと中島ちゃんを集めた。「堀ちゃん、例の手紙を出して。中島ちゃん、これと堀ちゃんの手紙の筆跡を比べて!」「どう言う事だ?」長官が首を傾げる。「見覚えがありませんか?この筆跡に!」僕は封筒の宛名書きを見せた。瞬時に長官の顔から血の気が引く。「これは・・・、まさか・・・」「その“まさか”に間違いなさそうよ!この2通の筆跡は同一人物のモノと見て間違いないわ!」中島ちゃんはハッキリと断定した。「途轍もなく手間のかかる事を仕掛けて来たな!だが、これで1歩前進した事になる。Kの仕業に間違いなさそうだ。だが、照合するべき本人の真筆が無い。そこをどうする?」僕はポケットからキャビネットの鍵を取り出した。「万が一の事を考えて、関係ファイルを見られる様に先生に許可を取り付けてありますよ。コピーですが、真筆は見られます!」「よし、昼休みに照合して見てくれ!ワシは出来る限り届いた手紙を集めて見よう。差出人の出身校を調べられれば、手掛かりになる!」長官は急いで小佐野の元へ向かった。「堀ちゃん、道子に届いた手紙を集める様に言ってくれ!中島ちゃんは筆跡の鑑定を!恐らく“アイツの真筆と一致する”だろうよ」「Y、物凄く手の込んだ仕掛けだけど何を企んでの事なの?」「さあ、まだ真実は掴めていないから、何とも言えないが僕等を“混乱”させて、3期生との間に“亀裂”を入れるためだろうな。隙を突いて“3期生を掌握”するつもりなのかも知れない」「だとしたら、大変な事に・・・」中島ちゃんが絶句する。「だが、そんな事はさせない!今度こそ地獄を堪能してもらおうじゃないか!多分、休み時間になれば手紙が集まるだろう。筆跡鑑定をして見て。恐らく結果は同じだと思う」「OK、あたしの眼は誤魔化せないよ!」「Y、道子が5通預かってるって言ってた」堀ちゃんが報告に来た。「よし、次の休み時間に中島ちゃんに渡して筆跡鑑定だ。どうやら影が薄っすらと見えて来たらしいな!」僕はフッと笑った。これが最初の手掛かりだった。

昼休みに入ると、僕は生物準備室のキャビネットの鍵を開けて“菊地関係”のファイルを取り出して書類をめくった。「Y、勝手にそんな事していいの?」さちが言うが「先生に許可はもらってるよ。だから鍵を預かってるんじゃないか」と言って安心させる。「中島ちゃん、これだ。菊地嬢の真筆。集まった手紙と照合して見てくれる?」集まった手紙は7通あった。「OK、少し時間を頂戴するわね」彼女は照合作業を始めた。「参謀長、良く見抜いたな!これが一致すれば大きな証拠になるって訳か!」竹ちゃんがカップを片手に言う。「そう言う事!ただ、まだ分からない点も多々あるんだ。差出人をどうやって選んだのか?とかがね」僕もカップを持ち直して言う。その時、ドアをノックする音がした。「失礼します。参謀長さん、答えを持って来ました!」僕の前で一礼したのは、先日押し掛けて来た3期生の石川君だった。「まあ、座って」と僕は応接セットに石川君を座らせると、道子に頼んで紅茶を運ばせる。「熱いから気を付けて。まず、言って置くが私の事は“参謀長”と呼んで構わない。先輩達には“○○さんか先輩”だが、勝手な肩書がある以上は肩書でいい。さて、“課題”の答えを聞かせてもらおうか。秋山真之は何を言いたかったのかな?」僕は静かに問うた。「それが・・・、全く分かりませんでした。参謀長、“本日天気晴朗ナレドモ波高シ”この裏に何が隠されているのですか?教えてください!」彼は真剣な眼差しで訴えて来た。「明治38年5月27日、午前6時。連合艦隊旗艦、三笠艦上から東郷長官が大本営宛てに“敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直チニ出動。コレヲ撃滅セントス”と暗号文を打電した際、主席参謀秋山真之が平文で付け加えた一句、“本日天気晴朗ナレドモ波高シ”。私が何故、明治と言った意味は分かるかな?飛行機もレーダーもましてや人工衛星もない時代に、バルチック艦隊を発見するのは人の肉眼と双眼鏡が頼りだからだ。“天気晴朗”とは、視界が遠くまで届き撃ち漏らしは少ないという事を、また“波高シ”と言う物理的条件はバルチック艦隊に大いに不利をもたらす。敵味方の艦船が波で動揺する際、射撃は訓練の充分な日本側に利し、バルチック艦隊に不利をもたらす。“極めて我が方に有利である”と真之はこの一句で濃厚に暗示して象徴して見せたのさ。実際、日本側の艦船の損害は比較的軽微で、バルチック艦隊の大半は撃沈されている。教科書にはこの事は書かれていないし、調べても出て来なかったはずだ。教科書はあくまでも基本でしかない。表面だけを見るんじゃなくて裏の裏まで掘り下げる事も学習では必要だ。人も同じだよ。表面だけを見るんじゃなくて、心を見てやるんだ。君もクラスを牽引していく立場なら、発言の真意を、頷いた心の内を汲み取ってやらなくてはならない。私達のクラスは本当に苦労して1つにまとまった。私達も含めて大勢のクラスメイトが走り回り、意見を戦わせ、智謀の限りを尽くして作り上げた。同じ苦労をしろとは言わないが、初代の委員長は何かと苦労が絶えないものだ。だからこそ、自身を殺してもクラスのみんなをまとめなくてはならない訳だが、同時に1期生の先輩や我々2期生が切り開いた道を、君達が整備して次の世代へ繋いで行ってもらわなくてはならない。“校風”と“伝統”は1期生と私達2期生と君達3期生が築き上げ繋げる責任があるんだ。だから、私は敢えて君を試した。中島に相応しい男かどうか?私達の後の世代を託せる男かどうか?私の出した“課題”にマニュアルは無い。マニュアルにばかりに頼って居たら真の答えには辿り着けない。自らを磨き、教えを請い、新たな時代を開く。私達に課せられた使命は重い。だから、1期生も2期生も風通しのいい関係を作って来た。君達にもそう言う関係を続けて欲しいし、遠慮なく言い合いもしたい。礼儀と上下関係は最低限の事を守ればいいし、恋愛も自由だ。けれど、中島には中島の気持ちと考えがある。彼女の意思を尊重してやって欲しい。私達と出会って彼女も変わったし、私も彼女に随分と助けられた。男女の枠を超えて私達は付き合っている。さて、中島ちゃん!返事はどうする?答えてもいいし答えない選択もあるよ。あなたの返事を彼は待っている。さあ、どうする?」筆跡鑑定を終えた中島ちゃんは、じっと僕と石川君の話を聞いていた。そして何かを言いたそうだった。「うん、直接言ってもいい?」彼女は立ち上がって僕の傍らに来た。「席を替わろう」僕は石川君の正面を中島ちゃんに明け渡した。「中島先輩、返事、聞かせてもらえますか?」石川君は前を向いて聞いた。「石川君、あたしはYの元を離れる事が出来ないの。正直に言うね。あたし、朝からずっと怖かった。貴方の真っ直ぐな眼を見るのが怖くてたまらなかった。だから、Yに貼り付いて怖さを紛らわせてた。こんな風に」というと中島ちゃんは、立ち上がって背中から僕の胸元へ入り込んで左手を掴むと自分の胸元へ強く押し付けた。「普通の男の子なら慌てて逃げようとするでしょう?こんな事されたら。でも、Yは絶対に逃げたりしないの。全部受け止めてくれるのよ。貴方にこんな事出来る?立ち向かえる?あたしの知る限りYだけよ。こんな事まで“とことん付き合ってくれる”男の子は。この人は優しいのよ。みんなに優しいのよ。だから、自分の事は全部後回しにして、いつでも“最優先”であたし達の事を気にかけてくれているの。だから、あたしはYに付いて行くって決めたの。今、あたし達は、ある“事件”を追っているけど、その指揮を執っているのはYよ。鋭い閃きと的確な判断を瞬時に下して物事を解決に導く。だから“参謀長”って言われてる。先生方の信頼も厚くて、先生からの依頼もある程よ。こんな男の子に貴方はなれるの?まずは、Yの下で実際に働いて見るといいわ。如何に凄いか直ぐに分かるから。だから、あたしは貴方と付き合えないの。どうしても付き合いたいなら、Yの下で勉強して腕を磨きなさい!そしてYに認められる1人前の男の子になって見せなさい!付き合う云々はそれからよ!Y、石川君を“試験採用”してくれない?今度の一件は彼の協力も必要になるから」中島ちゃんは臆する事無く言い切った。「石川君、私は君を“参謀”として迎えたい。ここのメンバーになる気はあるかね?」僕は静かに問うた。「お願いします!一員に加えて下さい!中島先輩に認められる男になりたいんです!」彼は必死に懇願して来た。「そう言うと思ったよ。今から君は私達の一員として、活動に加わってくれ!ここは、休憩室兼作戦会議室だが、立ち入りも許可する。さて、中島ちゃんもういいかな?」「あっ!Yごめん!またやっちゃった」と中島ちゃんは名残惜しそうに離れた。「筆跡鑑定の結果はどうだった?」僕が言うと「完全に一致したわ。菊地さんの筆跡に間違いないわ!」と言って中島ちゃんは手紙と“真筆”を差し出す。「うーん、そうなると何でこんな面倒くさい事をやったんだよ?」竹ちゃんが首を捻る。「恐らく、足が付かない様にしたんだろうな。露見しても3期生の差出人の責任にして“トカゲの尻尾切り”で逃げられると踏んだんだろう。石川君、この7名の差出人と面識はあるかい?」僕は封筒の束を差し出す。「4人は同じ中学の同級生。3人は別の中学の出身です。しかし、お互いに面識はあるはずです!」「どう言う事だ?」竹ちゃんが身を乗り出す。「部活繋がりですよ。練習試合とかで交流はありますから」石川君がハッキリと言う。「バレー、バスケ、サッカー、野球、卓球、吹奏楽、この6つなら何かしらの繋がりはあるはずです。練習や大会で顔を合わせる機会はありますし、自主トレを組んでいる連中もいるはずです」彼は淀みなく言った。「6つの部活なら、誰かどうか宛てはあるな!各クラス10通前後としても約60通か。“協力者”が2~3人居れば配れる数だし、かさ張るモノじゃない。運ぶにしても比較的楽に持ち込める。今のところは内のクラス分だけだが、他にも約40通ぐらいは仕込んだだろう。書く方にしても“時間だけ”はあったはずだから、手間を惜しまなければ1人で書けるだろう」僕が推測を述べる。「で、これからどうする?参謀長?」竹ちゃんが尋ねている。「黒幕の正体は割れた。でも、現状で“通報”しても“トカゲの尻尾切り”で逃げられるから、意味が薄れる。確たる査証を揃えなくては!」「具体的には?」「“依頼”をかけた葉書・手紙・FAXの類が残っていれば最高なんだが、電話で済ませられていたら何も残ってはいないだろう。とくかく“協力者”を割り出して原田に手を回してもらう以外に無い!だが、3期生に対するツテが少ないから、当面は手紙の回収と筆跡鑑定を進めて、証拠を固めるしか無い。石川君、この7名の差出人にそれと無く聞いて見てくれないか?手紙を誰からもらったかを」「分かりました、探りを入れて見ましょう」「ただし、深入りはしない事!馬鹿話のついでにそれとなく聞くんだ!ここのメンバーである事は悟られてはならない。あくまでも、同級生として“しれっと”聞き出すんだ!」「石川君、初仕事よ。危ない橋を渡る様な真似はしないで!」中島ちゃんが釘を打つ。「承知しました!」彼は果然張り切り出す。その時、ドアをノックする音が響いた。ゆっくりと長官が入って来る。背後に2名を連れている。「参謀長、どうだね?鑑定の結果は?」「7通、全て“真筆”と一致しましたよ。黒幕は菊地嬢に間違いありません!」僕は報告を行った。「やはりそうか。そうすると、厄介だな。“協力者”の目星は付いているのか?」「いえ、皆目見当も付きませんよ。ですから、現時点では“通報”出来ませんね。“トカゲの尻尾切り”で逃げられるのがオチです」「やはりそうか、向こうも用心してかかっている。簡単に尻尾は出さないだろう。3期生に対する手は?」「彼、石川君ですが、新たに私達のメンバーに加わってもらいます。彼に7名の差出人との接触を依頼しました。誰からこれらの手紙を配布されたのか?まずはそこから手を付けようと思います!」「うむ、ワシも小佐野からこの2名、山本君と脇坂君を借り受けて来た。彼らには“未発信”の手紙の存在の有無と“地下組織”について探索を命じた。しばらくは地道に捜査を進めるしかあるまい。ところでこれを渡して置こう。他のクラスにばら撒かれた手紙14通だ!筆跡は同じだろうが、鑑定をして置いてくれ」「了解です。中島ちゃん、また見てくれる?」「OK、石川、筆跡鑑定するからよーく見て置きな!」彼女は石川君と共に鑑定を始める。「参謀長、中々の人材を“釣り上げた”な。彼は確か2組の委員長だろう?どうやって餌を撒いた?」長官が誰何した。「話すと長くなるので後で説明しますよ。それより、何か嫌な予感がしませんか?入学したばかりの3期生に、これだけの仕掛けを取らせることが出来る人物が居るとは考えにくいのですが・・・」「ああ、ワシもそこに引っかかる点がある!もしかすると、我々は何か重大な事を見落としているのかも知れんな!」「それは何だい?」竹ちゃんが聞いて来る。「わずか数日の間にこれだけの仕掛けを施すとしたら、3期生単独では無理があると思わないか?事前に準備して来たとしても、我々の内情を知り過ぎてるし、こうも細かな細工が出来るとは到底考えられない!影は1人だけでは無いのかも知れないって事だよ!」「まさか、2期生の誰かが1枚噛んでるって事か?」竹ちゃんが驚いて言う。「そう考えれば辻褄が合うのだ。菊地が黒幕で“協力者”が彼女に近しい人物。実行部隊が3期生とすれば、一応筋は通るからな!」長官が推理を話す。「Y!別の筆跡が見つかったよ!この封筒の宛名書きだけど、まったく別の人物が書いてるのよ!」「なに!間違いないか?」僕と長官は顔色を変えた。「ほら、良く見て。第三者の筆跡でしょう?」中島ちゃんの言う通り、菊地嬢以外の筆跡が確認された。「参謀長、これは看脚下(あしもと)に埋もれている誰かが居る証拠に間違いなさそうじゃ!しかし、誰なんだ?」新たな証拠は僕等を再び闇へと引きずり込んだ。

翌週の月曜日、石川参謀と山本・脇坂からの報告が出揃った。いずれも決め手には欠ける結果であった。「僕は7名の差出人を当たりましたが、個別に配布された訳ではなく、クラスの代表者から渡された模様です。その代表者にしても“先輩の女性”からまとめて配布されたとしか言っていません。6組ありますから、6名の代表者が居るのですが、その6名に共通している部活や接点もバラバラで、特定出来ませんでした」石川が言うと「“未発信”の手紙の存在も確認できませんでした。既にそれぞれの方法でばら撒かれているものと思われます」「“地下組織”について探索してみましたが、クラスとしてのまとまりがまだ完全ではありませんので、存在そのものは確認不可能です」と山本、脇坂両名も報告を行った。「手掛かり無しか。しかし、裏を返せば3期生は“機械的にばら撒きを指示された”だけだとも取れますね。むしろ手紙を届けた“先輩の女性”が誰なのか?そっち方が気になりませんか?」僕は長官に水を向けた。「そうだな。女性が何者なのか?そちらが焦点になりそうだ!しかし、誰がそんな真似をする?」長官は思慮に沈む。あれから、新たに5通の手紙が出たが、筆跡は菊地嬢のものと断定されていた。合計26通。破棄されたと思われる分を推計すると30~40通がばら撒かれた事になるのだ。差出人は、菊地嬢の出身中学を中心に3校に絞られた。共通しているのは、石川参謀の推測通り“部活繋がり”だった。代表者6名は菊地嬢の出身中学の後輩と判明していた。「点は見えてるが、これを線で結ぶ何かが欠けている。キーになるは“先輩の女性”だが、一体誰なんだ?」竹ちゃんも首を捻る。「長官、今まで確証の無いまま手を付けるのをためらって来ましたが、どうやら“旧菊地グループ”のメンバーを調べて見る必要があるのではありませんか?」僕は思い切って切り出した。「うん、ワシもそれを考えていた。出来れば身内に疑いを掛けたくは無いが、どうやら他に道は無さそうだ。千里と千秋に耳打ちをして密かに動くか!」「ええ、正し条件があります。“表立って訴追しないから”と言う条件でやるんです。これは推測でしかありませんが、“旧菊地グループ”のメンバーが当事者だとすれば、何らかの“脅迫”を受けている恐れが高い。“罪には問わない”事を明言した上で“取引”するのはどうでしょう?」「楽にさせる訳か?いいだろう。彼女達の口は固いはず。そのくらいの譲歩はやむを得ないな。ワシから千里と千秋に言って置く。これで釣れるなら安い買い物だろう。万が一の際の“弁護”は参謀長、お前さんに依頼する。では、早速手配にかかろう!」長官は腰を上げた。「参謀長、これは賭けになる。お互いに腹は括って置こう」「はい、何があっても驚きはしませんよ」長官は2人を連れて部屋を出た。「参謀長、甘すぎじゃありませんか?同期生だからと言って“罪には問わない”では通用しないのではありませんか?」石川が突っ込んで来る。「そうだ。完全に“無罪放免”とは行かない。菊地と言う“巨悪の犯罪の片棒を担いだ”のだからな。だが、このままでは、完全に手詰まりで何も解決しない。関わった者の証言が必要だし、証拠も不可欠だ。日本では導入されていないが、アメリカでは“司法取引”が盛んに使われている。故に僕等は警察ではないから“取引”を使っても問題は無いし、糸口を掴むには他に何がある?このまま時間だけが経過して行ったら、3期生と1・2期生との間に“亀裂”を生じさせてしまう。苦肉の策だが、今はこれが“最善手”だと信じて行動するしか無いんだよ」僕は静かに答えた。「でも、万が一の際の“弁護”まで引き受けてしまって、割りに合わないではありませんか?!」尚も彼は噛みついて来る。「損得勘定などしていたら何も前には進まない。まず、“巨悪の犯罪”を暴くのが先だ。結果は後から付いて来る。叩ける内に叩き潰さねば君らの未来も危ういのだ。個々人の事は別にして、全体を見ていないと判断を誤る元になるのだ。石川、広い世界を見なさい。常に全体を考えなさい。その上で自分の立ち位置を見るがいい。そうすれば、誤る確率は随分と下がるものだ」「石川、Yの境地に達するには、物凄い“見識”が無くは無理。Yは常にアンテナを高くしてあらゆる状況を見てるのよ。貴方には半分も理解出来ないと思うけど、この男がどれだけの努力を積み重ねて、智謀の限りを尽くしているかを良く見ときなさい!貴方は“後継者”に指名された。生きている“教科書”が何をするのか?を心に刻み込んで置きなさい」中島ちゃんが石川を諭す。「恐らくは西岡さん。彼女が何を握られているか?彼女の闇とは何か?答えはそこにあるのかも知れん」僕はカップを持って推測を巡らせた。

その日の放課後、“協力者”が判明した。予想は当たりだった。「西岡さんが“自供”してくれたわ」「彼女、中学時代の“カンニングと異性関係”をネタに菊地から揺すられてたそうよ!」千里と千秋の報告を聞いた僕は暗澹たる気持ちになった。「これで担任への“通報”が出来るな。証拠の手紙も押収してある。問題は話の持って行き方だ。参謀長、彼女の罪を出来る限り軽くする方向へ持って行って欲しいのだ!」長官も苦しそうに言う。「そうですね。“無罪”とは行きませんが、執行猶予へ持ち込めるように努力は尽くして見ましょう!しかし、身内に“協力者”が居たとは・・・、やり切れませんね」「ああ、ワシも残念だ。だが、西岡さんもある意味“被害者”でもある。そこを利用して折衝に当たってくれ!」「あたし達からもお願いするわ。彼女は“仕方なく協力させられた”のよ。そこを汲んであげて下さい!」千里と千秋も唇を噛んで言う。「出来る限りの努力はしましょう。しかし、保証は出来ません。何せ“黒幕が菊地”ですからね。学校側がどう判断するか?予測できません!」「無理を承知でお前さんに託す。可能な限り穏便に片付けてくれ!」長官からの依頼は難題だった。しかし、一刻も早く“通報”する義務はあるのだ。年初に起こった“悪質な事件”だけに素早い解決も求められている。「さて、どうやって切り抜けるか?」僕は思慮に沈んだ。越えるべきハードルは途轍もなく高い。しかし、求められているのは、それらをクリアする事だった。「乏しい証拠だけで、どこまで戦える?」廊下の窓からは、下校していく生徒達が見えた。何気ないありふれた光景。これを守るのが僕等の使命なのだ。「真正面から行くしかあるまい。相手の意図を外して完膚なきまでに叩き潰す。難題だがやって見るか!」僕は1人で呟いていた。「Y、帰ろうよ」中島ちゃんと堀ちゃんが呼んでいる。「おう、帰るとするか!」僕は支度を始めた。“明日の朝、ホームルームが終わった直後に乗り込むか!”生物準備室は静まり返っている。だが、明日は熱気を帯びて白熱するだろう。“正面を突破して背後を脅かす。これしか無い”僕はゆっくりと教室を出た。

life 人生雑記帳 - 17

2019年04月27日 11時36分53秒 | 日記
第3章 ~ 高校白書 2

4月、桜の花と共に3期生が入学して来た。これで3学年全てが揃いやっと“高校生らしい生活″を送る事になった。新設校の良い所は、煩いOBやOGが居ない事だと前にも書いたはずだが、伝統や校風がハッキリしない分、”手探り“で進んで来たのはやむを得なかった。生徒だけでなく教職員も”手探り“なのだから、やる事成す事全てが”手探り“と言うのも正直な話、案外キツかった。その最たるモノが”掃除エリア“が半端なく広大だった事だ。1期生と2期生だけで全校舎の掃除を分担するには”総員総がかり“で実施せざるを得ず、日々の大きな負担となっていた。3期生が来てくれた事で、これらはやっと解消されるはずだった。クラス内は正副委員長には、予定通り竹ちゃんと道子が就任した。そして下部組織として”K査問委員会“が新たに設置された。この組織は、言うまでも無く”菊地孃対策“を目的としたもので、長官を筆頭に伊東、小松、久保田、小川の歴代正副委員長達と竹ちゃんに道子、滝に僕、笠原さんの10名で構成されていた。入学式当日、早速メンバーに召集が掛けられた。「既に知っての通り、来月の連休明けから菊地孃が”復学“する!我々も無関係とは言い切れない事情がある以上、今から対策を立案・実施しなくてはならん。まずは、伊東、原田は何と言っている?」長官が誰何した。「新たな脅威に対して”備え“を取り始めています。特に”諜報網“の整備を急いでいる様です。”新たな地下組織“を整えられる前に叩くつもりです!」「うむ、さすがに早いな。ヤツには秋の”大統領選挙に勝利する“と言う大目標がある。下手な”地下組織“などは絶対に容認するはずがない。”同盟“の件は何か申したか?」「はい、引き続き”同盟関係“を維持しつつ、連携を強化したい意向ですよ。原田にしても菊地は目障りな存在。生徒会会則の改正もちらつかせています」「それは、どう言う意味だ?」久保田が問う。「3期生からの立候補を抑えるためだよ。“1学年からの立候補は認めない“の1文を追加したいのさ」伊東が追加説明を加えた。「小佐野からの”情報“に寄れば、6組の最後尾に”付け出し格“として復帰するらしい。いずれにしても必ず何らかの動きを始めるはず。それを一早く察知しなくてはならない。参謀長、学校側の提示した”条件“の概要は?」「骨子は主に3つ、”政治活動並びに政的言動・活動の禁止“と”結社の禁止“が軸になっています。クラス内グループの形成も”結社活動の1つ“としてみなされます。動くとしたら水面下へ深く潜航するしかありませんね。そして、”我々を上級生として扱い敬意を示し指示に従う事“が盛り込まれています。まあ、当然の話ですが」「彼女の”高すぎるプライド“に反するな。本当に飲んだのか?その条件を?」「飲んだからこその復帰です。1つでも違背すれば”退学“の2文字が伸し掛かります!否応無しに従わざるを得ませんよ!」僕は先生からの情報を伝えた。「参謀長、いささか甘すぎじゃねぇか?」竹ちゃんが噛みついて来る。「ああ、確かに甘い。けれど、これ以上絞め付け過ぎると、返って逆効果になる恐れがあると判断した様だ。学校側の真意は”わざと泳がせてつまずくのを待つ“だから、一定の動きが見られなくては困るんだよ。”伝家の宝刀“退学”を行使するには、尻尾を捕まえないとダメだ!今度こそ“最後”だから、慎重に見極めるつもりだろう」「そうでなくては困るわ。これ以上、彼女に邪魔をされるのはコリゴリ!」「本当に“最後”なの?闇から甦られるのは、いい加減勘弁して欲しいわ!」笠原さんと千秋がため息交じりに言う。「引導を渡すためにも、我々も心を引き締めなくてはならん。伊東は、原田との連携。参謀長は、学校側の動きの把握と連絡。竹内達はクラスを牽引。その他の者もアンテナを張って動きを注視してくれ。ワシは小佐野ルートを使って3期生へ風穴を開ける。決して油断するな!何が起きてもおかしくは無いのだ。必ず前兆を逃さずに捕らえるんだ!」長官は激を飛ばした。最初のK査問委員会はこうして閉じられた。

1学年進級した事で僕等は東校舎から、西校舎へ“引っ越し”をした。僕等の溜まり場である生物準備室とは同じフロア、3階に居を構えることになった。これまでは移動距離もあり、階段も登らなくてはならなかったが、同一のフロアへの移動によりあらゆる意味に措いて“利便性”が向上した。「ワシもお前達を呼ぶのに楽になった!」と中島先生もご満悦で、放送室や現像室へのアクセス性も向上したので、いざと言う場合に素早く動ける点では、有意義な事だった。入学式の翌日の朝「Y、ちょっとごめん」と道子に廊下へ引きずり出された。「どうした?」「中島ちゃんの様子が変なのよ!何か思いつめてるみたいで」教室を覗き込むと彼女は机に突っ伏して、一心不乱に考え込んでいる。「確かに彼女らしくないな。原因は分かる?」「昨日の入学式で、新1年生の男子生徒の顔を見てからよ。表情が強張って“どうしてなのよ”って呟いてからあの通りよ。Y、何か手は無いかな?」「個人的な事には“相互不干渉”で来ているからね。やたらと彼女の心に土足で踏み込む訳にもいくまい。誰かに話してくれれば、解決への道筋は見つけ易くはなるけど、今の状態では僕が動く事は避けなきゃならない。プライベートには踏み込めないよ」「でも、あの状態じゃあ授業にも差し障りがあると思うのよ。Y、思い切って踏み込んでくれない?」道子はかなり心配していた。「うーん、やむを得ないか!危険性はあるが、突っ込んで見る必要ありかい?道子も一緒に聞いてくれるならやって見るか!」僕は決断した。「あたしだけじゃ判断に迷う事もある。Yが乗ってくれるなら声をかけて見ようよ!」僕と道子は早速動いた。「中島ちゃん、ちょっといい?」道子が声をかけると、彼女は虚ろな表情をしたまま廊下に連れ出されて来た。「いつも太陽の様に明るい中島ちゃんが沈んでるなんて、どうした?らしくない原因はなにかな?」僕が優しく言うと「Y、道子、あたしどうしよう?もう、限界だよ・・・」眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。「Y、ごめん」彼女は僕に縋り付くと声を殺して肩を震わせる。そーと、背中に腕を回して包み込んでやると「どうしよう?あたしどうしていいか分からない」と言って泣きじゃくる。「苦しかったな。辛かったな。1人で抱え込むなよ。みんな居る。僕も居る。知恵を出し合って道を探せばいい」優しく言うと「うん」と消え入りそうな声が聞こえた。ひとしきり泣くと、少し落ち着いたのか表情に明るさが戻った。「Y、こうしてもらってると怖いのが飛んでく見たい」彼女は背を向けると後ろから包み込まれる姿勢を取り、僕の手を握りしめると自分の胸の上に置いた。道子がハンカチで涙を拭いてやっている。「無理にとは言わないけど、中島ちゃんをここまで追い詰めた原因は何なの?」道子が尋ねた。「石川君って言う1年生。あたしの中学の後輩なんだけど、追いかけて来られたのよ。“まさか!”って感じ。あの子、絶対に“あたしを独占しに来る”と思うんだ。そう考え始めたら、どんどん落ち込んじゃって・・・」「それは、確かに怖いよな。どうやら、石川君とやらは“独占欲”が強いらしいね。でも、安心しな。必ず回避する道はある。1年間、僕等は色々な事に対処して来た。みんなの力を持ってすれば何かしらの答えは見つかるよ。昼休みに検討しよう!」「Y、道子、ありがとう。Yの腕の中に居ると怖くないね。特等席を1人占めしちゃたけど、お陰で不安が小さくなった」中島ちゃんは僕の手を自分の胸に強く押し付けると「ペチャだけど触り心地良かった?」と聞いた。「勿論、じゃあ昼休みに昔何があったか聞かせて。まずは過去を知らないといけないからさ」「うん、長くなるけど説明するね。Y、また抱っこしてよ!怖くなったら逃げ込んでいくからさ!」「ああ、不安になったら必ず来い!」中島ちゃんは少し明るさを取り戻した。「過去に何があったのか?まずはそこからね」道子が厳しい表情で言う。「生半可な事じゃなさそうだ。どうやら“坊や”と直接対峙しなきゃならないだろうな。無論、簡単には引き下がるつもりは無い。彼女を守り切る。そのために何をすればいいのか?考えて見よう!」「Y、手加減は・・・」「そんな失礼な事するか!相手が誰であろうが全力で立ち向かう!それが僕のやり方だ」僕は道子を制して言った。「アンタらしいね。自ら先頭に立って立ち向かう。だから、みんなYに着いて行くのよ!昔はそんな姿勢は見せなかったのに、10数年経って随分と変わったものだわ」道子が肘で僕を突く。その表情穏やかだった。

「あたし、中学の頃は部活でバスケやってたのよ。2年の時に男子の方に入って来たのが石川君なの。眉目秀麗・成績優秀、バスケも結構上手くて直ぐにレギュラー入りしたの。ただ、身体が小さかったから、大柄な相手に対して切り返す方法とか、フェイントの掛け方とかは、あたしも教え込んだの。そのせいかも知れないけど懐かれちゃって“中島先輩は僕の専属トレーナー”なんて吹聴されたりしたの。お陰で彼のクラスの女子からは睨まれるし、部活内でも噂になってね“公認”される関係に強引に彼が持って行ったのよ。3年の最後の大会の直前に、あたしは足首を痛めて公式戦に出られなかったんだけど、彼は献身的に支えてくれた。でもね、あたしはそれが“重荷”だった。辛くて逃げ出したかった。彼にやさしくされればされる程、苦しかったのよ。“あたしじゃ彼と釣り合わない”って思ってしまって。部活を引退して、進路を選ぶ時にまず考えたのは“バスケ部”の無いとこ、そして偏差値が身の丈にあうところ。彼は、バスケ部もあり偏差値の高い公立か私立に進学すると踏んだのよ。そしてここへ来て、Yに出会ってホッとしたの。Yは何よりもまず相手の心を見るし、仲間になったら“とことん付き合ってくれる”でしょう?“あたしの居場所はここにある”って思えたらどれだけ楽になれたか・・・。でも、入学式で石川君を見つけた時は、それこそ“凍り付く”様な感覚に襲われたの。“また、地獄に真っ逆さま”かと思ったら、全身の震えが止まらなかった。彼の特徴は“何事に対しても臆せず立ち向かえること”と“独占欲が強い”こと。一長一短はあるけど、“思い込んだら一直線”なのよ。だから、あたし困ってしまったの」と中島ちゃんは一通りの話を終えた。ダージリンの入ったカップを置くと僕は「彼の辞書に“諦める”と言う文字は無さそうだね。中島ちゃんを追って来たんだから、早晩押し掛けて来るは目に見えて明らかだろう。さて、どうやって跳ね返すか?」僕は思慮に沈んだ。「厄介なヤツに食いつかれたもんだ。参謀長、生半可な事じゃ諦めさせるのは難しくねぇか?」竹ちゃんが指摘する。「竹ちゃんの言う通り簡単な事じゃない。彼にしても、ここへ来た以上“是が非でも手にする”覚悟だろう。だが、僕も“生半可な事で引く”つもりは無い。中島ちゃんは僕等の大切な仲間。後から来て“僕に優先的に付き合う権限があります”なんてセリフで“はい、そうですか”なんて言える訳が無い!」「でもさ、現実的にはそう言って連れ去るつもりじゃないかな?」「有無を言わさず“略奪”されたらどうするのよ?」雪枝と堀ちゃんが懸念を示す。「俺もそんな気がするぜ!中島を“略奪”するのがヤツの目的なんだから、本人の意思や周囲の声に耳を貸すとは思えねぇな!」「それなら教えてやるしか無いな。“思うがままに人は動かせない”って事をさ!」僕がそう言った瞬間、準備室のドアがいきなり開けられた。「中島先輩!」「石川君!」中島ちゃんが凍り付いた。ご本人がやって来たのだ。

「何でここに来たのよ!」中島ちゃんは半狂乱だ。「教室を訪ねたら、ここだと教えられました。先輩、お付き合いして下さい。先輩は僕のモノです!誰にも渡しはしません!」彼は真っ直ぐ中島ちゃんに迫って行く。「おい!坊主!礼儀がなってねぇな!ドアを開ける際はノックして“失礼します”ぐらいは言うもんだぞ!」竹ちゃんが立ちはだかった。「僕は中島先輩に話があるんです。邪魔しないで下さい!」「ここまでは、黙っててやる。だが、礼を欠く様な真似は許さねぇ!上級生に向かってどう言う口を聞けばいいか?少しは考えて喋りな!」竹ちゃんが怒り心頭で喚く。“思い込んだら一直線”。確かにそうだ。だが、それでは社会全般の常識からは外れる。上級生としては、下級生に対して“教育的指導”をする義務がある。僕は中島ちゃんに眼で合図を送り、僕の膝に座る様に促した。彼女は急いで僕の膝に座り込み肩に腕を回した。「貴方は誰です?」石川君が僕を怪訝そうに見て言う。「参謀長に向かって何て口を聞きやがる!礼儀をわきまえろ!」竹ちゃんが1歩前に出た。「竹ちゃん、もういいよ。後は僕が引き受ける。石川君だったね。私は“参謀長”と呼ばれているクラスの中のトップの1人だ。今まで相手をしていたのは、委員長の竹内先輩だよ。ここは、私達のクラスのトップの溜まり場兼作戦会議室だ。つまり、君は我々の領域に“不法に侵入した”侵入者だ。竹ちゃん、久保田達を呼んでくれないか?強制排除したいのでね!」口調は穏やかだが、眼は威嚇するため逸らさずに睨みつけた。石川君が微かに怯んだ。「おう!いけすかねぇヤツだからな!今井を呼んで来るぜ!」竹ちゃんは眼で合図すると教室へ向かう振りをして廊下へ出た。閉じ込めるためだ。石川君は浮足立った。「石川君、失礼な物言いを謝りなさい!それと礼儀を忘れたの?貴方も高校生になったのだから、少しは大人にならないとダメでしょう!」中島ちゃんの通る声が響く。「すっ、すみません。失礼しました。中島先輩、“参謀長さん”とはどう言う・・・」「あたしのパートナーよ!他の4人もそう!君に付け入る隙はもう無いの!」中島ちゃんは必死に言って僕にしがみ付いた。「石川君、さっき君は中島を“僕のモノです”と言ったね?先輩を“モノ”呼ばわりするのが君の主義なのか?人はモノではないぞ!人として見なくてはクラスを掌握して牽引して行くのは無理だ。委員長を辞退しなさい!それと、例え1年と言えども先に生まれた人に対しては、敬意を払うのは当然の事だ。上下関係を学び直して出直して来るがいい!」僕も追い打ちを掛けた。「どうして、僕が委員長になった事を知っているんです?」石川君の顔から血の気が失せた。「我々を侮るな!尻に殻を着けた雛鳥の事など見なくとも容易に推察が付く。人の心や先生の言葉の裏を読めない内は、ここへ立ち入る権利はない直ぐに立ち去るがいい!」僕はダメを押しにかかる。「せっ、せめて先輩の返事だけでも聞かせてはもらえませんか?」彼の足は震えが来ていた。「その必要はない。さあ、帰るんだ!」僕は突き放した。「どっどうしても返事がきっ、聞きたいのです。おっお願いします!」彼は粘り腰を見せた。「どうしてもか。ならば、条件がある。さち、僕のノートとボールペンを取ってくれるかい?」「あいよ、これでいい?」僕の手にノートとペンが押し込まれた。僕は“本日天気晴朗ナレドモ波高シ”と書いてノートを切り取ると彼の方へ投げた。「明治38年5月27日、午前6時。連合艦隊旗艦、三笠艦上から東郷長官が大本営宛てに“敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直チニ出動。コレヲ撃滅セントス”と暗号文を打電した際、主席参謀秋山中佐が平文で付け加えた一句がそれだ。“本日天気晴朗ナレドモ波高シ”この一句で秋山中佐が何を言い表したのか?それを3日で解読して来るがいい。それが出来たら、中島本人の口から返事を聞かせようじゃないか!」「えっ!これを解読?どうやってです?」彼は呆然として言った。「それは私の知る所ではない。裏に何が秘められているのか?よーく考えて見る事だ!人は表裏一体。何気ない言葉の裏の裏を見据えなくては委員長は勤まらんはず。中島の真意を知りたければ、与えられた時間で読み解いて来るがいい」僕は粘る彼に課題を出した。解けなければ返事は聞けないのだ。簡単には調べは付かないし、当時の時代背景も考慮しなくてはならない。暗号の解読と言う課題で、彼の秘められた能力を試す。賭けではあったが、石川と言う3期生が“使えるか否か”を僕は試したのだ。「わっ分かりました。解いて見せましょう」彼はフラフラとした足取りで部屋を出て行った。「Y!あんな約束して大丈夫なの?」堀ちゃんが詰め寄って来る。「“海の史劇”を読まれたアウトじゃない!」膝の上の中島ちゃんも言う。彼女はまたしても僕の左手を自身の胸に押し付けている。「“海の史劇”には書かれてないよ!“坂の上の雲”って言う長編小説を読まない限り、答えには辿り着けないさ」僕は空いている右手で中島ちゃんの髪を撫でながら言う。「“坂の上の雲”って、Yの大好物の“暗号文書”でしょう?」道子がニヤニヤしながら言う。「ああ、結構長いよ。読破するのに僕でも丸々1週間はかかるだろう」「Y、そろそろ不純異性交遊を止めな!」さちが睨む。「あっ!Yごめん!つい、調子に乗ってやっちゃった!さち、Yの左手はあたしが勝手に押し付けただけだからさ、不純な動機で触ってる訳じゃないよ!」中島ちゃんは慌てて僕の膝から降りた。「なら宜しい。Y、何を企んでるのよ?」「そうだよ、何を狙ってる?」さちと竹ちゃんが詰め寄って来る。「石川君が“使えるか否か”のテストだよ。彼、頭は切れるし度胸もある。3期生からも“参謀”を加えたいから、適性を見極めたくてさ。勿論、礼儀作法は教えなくちゃならないが、あれだけの逸材を原田に取られるのは癪に障るし!」「まさか、彼を仲間に入れるつもり?」雪枝が驚愕する。「最初は半端なヤツなら、追い返すつもりだった。だが、彼は最後まで諦めなかった。そこを認めてやっての“課題”だ。まず、答えは解けないだろうが、彼がどう“解釈”を展開するか?楽しみに待つとしましょう」「Y、妥協点が“参謀として採用”って事?」「中島ちゃん、彼を恐れる必要は無いよ。僕等は決して揺るがない。昨年度を通して戦った仲間たちが居るんだし、修羅場を潜って来た回数が違う。ポッと出た3期生に何が出来ると思う?彼にはどう映ったか分からないが、足元にも近寄れない存在に怯える必要はない。毅然として対処すればいい!」僕は中島ちゃんの肩を軽く叩いて言った。「そうね、十中八九“仲間に入れてくれ!”って懇願されるのは目に見えている。ならば、引き入れて味方に付けた方が得策。そうでしょ?」道子が聞く。「そうさ、今は周囲が全く見えていない迷える子羊に過ぎない。だが、彼を生かす事が出来れば僕等の力は更に揺ぎ無い物になる。タダの飛車で終わるかそれとも翻って龍となるか?そこを良く見てやらないとな」僕は5月以降を意識していた。“陣形を整えて待つ”石川君の存在は、やがて大きな柱となるのだった。

翌日、今度は堀ちゃんに“お鉢”が回って来た。靴箱に手紙が仕掛けられていたのだ。「Y、どうしよう?物凄く気味が悪いのよ!」教室の前の廊下で堀ちゃんは怯えていた。「差出人に心当たりはあるの?」僕が聞くと「中島ちゃんと同じく、中学の後輩からよ。あたし軟式テニスやってたから。部活の後輩の男の子に間違いないの!」堀ちゃんは身震いする程怯えていた。「何か妙だな?入学式からまだ3日しか経過していないのに、こんな恣意的な事が連発するのはおかしいぞ!竹ちゃん、道子、至急調べて見てくれないか?クラス内、いや学年全体にこうした“攻撃”が仕掛けられていないかどうか?」「それってもしかするとKの仕業を疑っているのか?」竹ちゃんが言う。「まだ、証拠が揃ってないから何とも言えないが、僕等の学年全体に同様の“攻撃”が仕組まれたとすれば、意図的な“撹乱”を疑う必要がある。特に通学区の西側の中学の後輩達が、一斉に仕掛けたとすればKが関与している疑いは濃いね!」「まさかとは思うが、一応調べてみるか!伊東に言って原田を動かして見よう」「あたしは笠原さん達に当たりを付けて見るね!コネクションを通じて他のクラスにも該当者が居ないか探ってみる」2人は直ぐに動き出した。「堀ちゃん、昨日、中島ちゃんにも言ったけど、返事はしなくていい。毅然とした態度で居てくれればそれで充分だ!」「Y、本当にそれで大丈夫なの?」堀ちゃんは僕の左腕にしがみ付いて震えている。そっと彼女を抱き寄せると「どうも、大きな意思を感じるんだよ。僕等を“混乱”させて精神的にダメージを与えようとしているヤツの存在をね。もし、そいつが牙を剥いているとしたら、即刻叩き潰してやる!」「そうじゃないとしたら?」「みんなで追い詰めてハッキリと言ってやればいい。“生半可な気持ちでは、僕等は揺らがない”ってね!」堀ちゃんは僕の胸に顔を埋めて「Y、守ってくれるよね?」と聞く。「ああ、みんな僕の大切な仲間達だから、手は抜かない。キッチリと決着を付けよう!」「うん」堀ちゃんも僕の背中に腕を回す。「しかし、これは明らかに妙だ。誰かが“悪意を持って”やっているとしか思えない。まあ、思い付く犯人に辿り着ければいいが・・・」ひとしきり堀ちゃんとくっ付きながら僕は考えを巡らせた。“悪い予感は往々にして当たる”と言うが、今回も予感は的中してしまうのだった。

その日の昼、緊急の“K査問委員会”が招集された。弁当を持ち寄り、昼食会を兼ての開催だ。「参謀長からの依頼について調査した結果、奇妙な事実が判明しているので報告をする。道子、クラスの女子の方からだ!」竹ちゃんが指名して道子が説明を始める。「クラス内の女の子達の手元に、次々と3期生からの手紙が押し寄せています。何れもO市の中学の後輩からもので、申し合わせたようにここ2~3日の間に寄せられています!」「うーむ、キナ臭い匂いがするな。千里、具体的な内容は?」「交際を迫るモノばかり。これも、申し合わせたように一緒なのよ!」「伊東、原田からの回答は?」「同じ事が学年全体で起こっているらしい。原田の“情報網”と“諜報活動網”も、まだ完全に整備が整ってないから、断定は出来ないが、O市の中学の後輩からと言うのは共通している。ここ2~3日の間にばら撒かれたのも同じ。原田が言うには“組織的に犯行ではないか?”と言っているし、“3期生の間に既に地下組織が形成されている証拠では?”と疑っている。実際、実害もチラホラと聞こえている様で、原田も対応に追われている」伊東の話は一同に衝撃を与えた。「うむ、マズイな。これでは学年全体が動揺してしまう。小佐野からの回答も同じだ。“誰かが意図的に混乱を招く様に仕向けているとしか思えん”とな。いずれも確たる証拠は出ていないし、原田も首謀者に心当たりは浮かんではおらんのだろう?」長官が問う。「ええ、巧妙に元が割れない様に仕向けられている様です。原田も追ってますが、3期生へのルート開拓の途中なので、手が回らない状況です」伊東が悔しそうに言う。「この手の仕掛けをやるとしたら、1人しか居ない。Kじゃないか?」久保田が言い出す。「過去の事案からしても、この手の撹乱作戦をやれるのは彼女ぐらいのはず。断定してもいいんじゃない?」千秋も同調した。「だが、肝心の証拠が無い!どうやってO市の中学の卒業生に指示を出したのか?それすらも掴めていないんだ!限りなく“グレーゾーン”ではあるが、断定するには証拠も出ていないし裏も取れていない。故に止める手立ても無い。推測で決めつければ相手の思う壺じゃないかな?」僕は慎重論を取った。「確かに、参謀長の言う様に、現段階で“決めつけて”しまえば逆に名誉棄損で訴えられるだけだ。相手の狙いはそこにあるのかも知れん。この案件は根深くしかも巧妙に細工がされている。従って、慎重に事に当たらなくては我々が罠に落ちてしまう!伊東、原田のルート開拓はどの程度進行している?」「まだ、始まったばかりですよ。該当者のピックアップを終えた段階です。そこへ今回の揺さぶりですから、ヤツも火消しに躍起になってます!」「小佐野ルートでは、2名の有望な者との接触に成功したばかり。本格的に活動をさせるとしたら、どうしても2週間はかかってしまう。いずれにしても、後半月は持ち堪えなくてはならない。どうしたものか?」長官が思慮に沈んだ。「学校側に“通報”するにしても証拠が無いとしたら、無駄足になります。ここは1つ“しらみ潰し”に1件1件消し止めるしか無いでしょう。我々が揺らがなければこの作戦は成功しません。今は足元を見られていますから、3期生との間に亀裂を生じさせない様にするしか無いのでは?」僕はローラー作戦を提起した。「参謀長、気長に構えている場合か?大火になったら手が付けられん!証拠が無くても“通報”すべきじゃないか?」久保田は積極論を言う。「しかしだ、それでは3期生との間に亀裂を生むだけだ。黒幕の目的は“撹乱”に乗じて“亀裂”を生む事。最終目的は“3期生を意のままに操る事”だとしたら、逆効果になる。手はかかるが、確実に消し止めて証拠を掴むしか勝機は無いよ。まずは、クラス内と学年全体を鎮静化させる事だよ。原田の手も借りてな」僕は久保田に噛んで含める様に返した。「どうやら、それしか無いだろう。まずは、我々が揺るがぬ事が第一。次は証拠を掴む事。第三は野火を確実に消す事。そして最も重要なのは“相手の仕掛けに乗らぬ事”だ。久保田、1期生に繋ぎを付けてくれ。応援を要請するんだ。我々の手に余る事案は1期生の手で消し止めるしかない。伊東、原田からも1期生に応援要請を出させろ!時間を稼いでからルート開拓を急がせるんだ。証拠を掴むにはそれしか無い。滝さんはO市の中学の卒業生ルートを洗ってくれ。Kが接触もしくは当たりを付けた痕跡を探して欲しい。千里と千秋はクラス内の鎮静化を図れ。手紙が来ても単独行動は避けて、集団で解決に当たらせろ。参謀長は、千里と千秋の方に手を貸すと同時に3期生を数名吊り上げる算段を立ててくれ。向こうの事情を探って動向を見ると同時に証拠の入手に当たるんだ。ワシは小佐野と協力して逆情報を流して見る。“学校側が不信感を抱き始めている”とな。少しは鎮静化させられるかも知れん。容易ではないが、攻撃に対して狼狽えるのが最もマズイ。まずは地道に消火活動を展開しよう。反転攻勢への糸口を手にするにはこれしか無い!」長官が皆目して断を下した。「難しいのは百も承知。だが、ここで踏ん張れば勝機はある!みんな、しばらくは耐えてくれ」誰も異論は言わなかった。新年度早々に降って湧いた騒動だが、黒幕は果たしてKなのか?誰にも分からなかった。

life 人生雑記帳 - 16

2019年04月24日 17時21分34秒 | 日記
「明けましておめでとうございます!」人込みにもみくちゃされながらも、7人の大声が神社の境内にこだまする。竹ちゃんが企画してくれた“2年参り”の中の1コマだ。人込みを避けて境内の隅に集まると、どこよりも早い年賀状の交換が始まった。「Y、竹ちゃん、みんなでお守りを揃えようよ!」道子が提案すると「それ、いいな!揃えようぜ!」と竹ちゃんが乗り気になる。「それで、何を祈願する?」僕が言うと「学業成就」「交通安全」「身心健勝」「厄除け」と5人のレディ達が列挙する。「最低でも3つぐらいに別れるかも。お守りだけでも鈴なりになるな」と僕が想像を巡らせる。「まあ、それもいいじゃない?お揃いならさ!」中島ちゃんが笑う。僕等はお守りを手に入れるために社務所へ向かった。「おっ、2つでまとまるじゃん!色は青と赤で揃えようぜ!」竹ちゃんの音頭で全員が同じ物を買い揃えた。そして、さちと堀ちゃんは別のお守りもセットで買っていた。「お待たせー、両親の分も揃えたから遅くなってごめんね」堀ちゃんとさちが駆け足で戻って来た。「正月の特権だよなー、夜中に出歩くなんてさ!」参道を下りつつ、露店に眼を配りながら僕等はゆっくりと歩いた。隊列はいつも通り、雪枝と中島ちゃんが先頭で、僕とさちと堀ちゃん、最後尾は竹ちゃんと道子だ。みんながワイワイと騒ぎながら、あちこちへと寄り道をしつつ愉しい時間が過ぎて行った。イカ焼きをみんなで突き、タコ焼きも分け合って食べる。元日の夜の夢の様な空間は、ゆっくりと過ぎて行った。電車の時間が近づいて、駅へ駆け込むと上下同時に発着となっていた。最終なので逃すと帰れなくなる。「参謀長、また休み明けに!」竹ちゃんと道子が手を振る。堀ちゃんと中島ちゃんは自宅に電話を終えると、慌ただしくホームへ向かう。「Y、また休み明けにねー!」2人が笑って手を振る。さちはまだ電話中だ。「おう!またなー!」僕も手を振って見送る。「Y、これ持ってて!あたしとお揃いだから!」さちが僕のコートのポケットに紙包みを押し込んでホームへ急ぐ。「こら、さち!何を仕掛けた?」「後でよーく見て置け!2人だけの秘密だ!」「さち、休み明けにちゃんと来いよ!」「うん!Yもちゃんと出て来い!」さちが電車に駆け込む。最終の電車を見送った僕は、コートのポケットを探った。白い紙包みを開くと黄色と白の生地のお守りが出て来た。「さち!またこんな仕掛けを!」お守りは“恋愛成就”だった。「どこに隠し持ってろってんだ?」モノがモノだけに、やたらなところへぶら下げる訳にもいかない。「さて、どこへ入れるか?鞄の奥深くへ大事にしまうしかあるまい」僕はそう呟くと自転車を走らせて家へと向かった。

冬休み明けは雪になった。足元の悪い“大根坂”はいつにも増して登りにくい。堀ちゃんがプレゼントしてくれた傘は、折り畳みの割りに大きく使い勝手は抜群だった。さちがくれたセーターは暖かく、時折襲ってくる風にも耐えられた。鞄の中には、中島ちゃんがくれた“海の史劇”と雪枝のシャープペンとボールペンも入っている。無論、さちがくれた“お守り”も入っていたが奥深くにしまい込まれていた。雪の影響なのか6人が追い付く前に教室へたどり着いた。人気のない教室は芯まで冷え切っていた。鞄を机へ置いて慌て気味にストーブに火を点けると、急いで火力を最大へと持って行く。「Y-、おはよー!」さちが顔を赤くして到着する。「さち、早くこっちへ!」さちの手は氷の様に冷たい。両手で包んで暖めてやる。「他のみんなは?」と聞くと「電車が遅れてるから遅くなると思う。Y、“例のモノ”は持ってる?」「さち、反則だぞ!でも、ちゃんと鞄に入れてある。さちは?」「あたしも同じく。Y、あたしはどうしても“あのお守り”が欲しかったし、互いに持っていたかった。ごめん!」と言うと、さちは僕の手を振りほどいて抱き着いて来た。「冷え切ってるじゃないか。また、風邪を引きそうだな」と言うと「そんな心配はしなくていい。Y、あたしを置いて行くな。待っててよね。ちょっとこのままで居させて」半分は泣き声になった。「いつまでも待ってるさ。さち、泣くな。心はいつも一緒だ」と言ってさちの涙を拭いてやる。「さち、そろそろ“宣言”するか?さちだけを見て居たいし、一緒に歩いて行きたいから」僕は思い切って切り出した。だが「それはまだ早いよ。あたしはYを信じてるし、あたしに対する優しさも知ってる。今はこれでいいの」さちは必死にしがみ付いて来る。ひとしきりくっ付き終わると「セーター着てくれてるんだ。暖かいでしょう?」と聞いて来る。僕は椅子を持って来ると、さちを座らせて後ろから抱き付いて「ああ、暖かいよ。全然寒くない。さちの心みたいにな」と言った。「うん」さちが小さく言う。雪はどんどん降り積もって来た。誰もやって来ない。2人だけの新学期の様だった。

しばらくすると「おお、参謀長!今年も宜しくな。それにしても酷い雪だ。先生方の車もスリップして登れん様だ」と雪まみれの長官がやって来た。「今年も宜しくね。国道も渋滞してるし、特急列車も運休らしいから始業式出来るのかな?」と笠原さん以下数名が同じく雪まみれで到着する。「ようやく、室温も上がりました。ささ、ストーブの前へ」と言うと椅子を並べてみんなが暖を取る。「芯から冷え切っておるな。我々が居ないと冷えるだけだからな。この分だと、電車組は相当の延着になりそうじゃ」と長官が暖を取りながら言う。その時、校内放送が入った。“大雪のため列車に大幅な遅延が生じているので、始業時刻を1時間繰り下げ、午前中のみの日課として下校を午後1時とする”と発表がなされた。「繰り下げるのはいいけど、それよりも何人たどり着けるかな?」笠原さんが言う。「半分集まれるかどうか。かなり厳しいですよ」僕は窓の外を見て言った。降り積もる雪の粒は、僕とさちが来た時よりかなり大きくなっている。「来たはいいが、坂を下るにも難儀な事になりそうじゃな」長官も憂慮し始めた。現状ではクラスの4分の1も揃って居ないのだ。「おはよう。今年も宜しくな」中島先生がやって来た。「現状はこれだけか?」「はい、たどり着けたのは今居る者だけです」と僕が答えると「この状況では危険だな。下手をすると遭難しかねん。どれ、職員で再協議だ!」と言うとあたふたと教室を出て行った。「“八甲田山”の二の舞になりかねん。止めるなら今から手を打ったとしても間に合うかな?」長官が言う。「確かに、今、坂を登っている連中だけでも収容しなくては“事故”は免れませんね」と僕が返すと「大変な年明けになった。先行きが思いやられる」と長官がぼやいた。結局、職員が坂を登って来る生徒を止めに出て、駅には“臨時休校”の看板が出され、この日は始業式を取りやめて解散する事になった。大雪の中“大根坂”を下るのは難儀だったし、交通機関も乱れており帰宅するのも困難を極めた。

仕切り直しとなった翌日、凍り付いた“大根坂”を登るのは意外に困難を極めた。湿った雪が凍り付いていたので、とにかく滑る。足元を慎重に見極めながら必死に上を目指すが、中々進めない。電車のダイヤも乱れていて遅れが出ていた。坂の中腹辺りで一息ついて居ると「Y-、おはよー!」と声が聞こえた。さちが1人で登って来る。「また、1人かー?」と言うと手を振って“待て”のサインを出す。追いついて来ると「とにかく動いている電車に乗ったの。後続は何時になるか分からないから」と言って手を繋ぐ。「また、一緒だな」「うん、2日連続だから嬉しい!」と言うと腕を絡ませる。冷え込みが厳しいので吐く息は白い。「早く行って、また暖まろう!」と言うと「抱っこしてくれなきゃダメー!」と甘えて来る。どうにか登り終えて教室へ入るとストーブに火を点けてから、さちを抱き寄せる。「いつからこんな甘ったれになった?」「ずーと前からだよ。逃がさないからね!」さちは僕の背中に腕を回して顔を埋める。「さち、髪をどこまで伸ばすんだ?」ずっとショートヘアだったのに最近は長めに揃えている。「Yが“切れ”って言うまで。どこまで伸ばせばいい?」「もう少しかな。あまり短くするなよ」「分かった。今くらいの長さでいいの?」「ああ、このくらいが一番可愛いから」「うん、Y、ちょっとしゃがんでよ」さちが要求するので、ちょっとしゃがむと頬に唇を押し付けて来た。「あたしの傍に居てよ。置いてかないでよ!」「はい、姫のご命令は絶対ですから」とかしこまって言うと「宜しい、あたしの心は決まっている。誰にも渡さないから!」と言ってまた抱き付いて来た。しばらく2人とも黙ってくっ付いていると「Y、日本海海戦の“丁字戦法”ってどう言う意味?」さちが突然聞いて来る。「図を書いて説明するか?」と聞くと「うん」と答えた。さちの髪を軽く撫でてから、僕は黒板に図を描いた。「北上して来るバルチック艦隊に対して、連合艦隊は横一文字に行く手を遮って、バルチック艦隊の先頭の艦へ砲撃を集中させた。様は接近戦に持ち込みたかったのさ。日本側の中小口径砲を射程圏内に入れるためにね。図面上では“丁の字”に見えるから“丁字戦法”って後から名前が付いた。6.000m以内に飛び込めれば、日本側の中小口径砲の方が数で勝ったから、ロシア側の倍以上の砲弾を浴びせられたのさ」僕は知っている限りの事を語った。「あー、また何か勉強してる!」「オス!朝から何をやってんだよ?」竹ちゃん以下5人のレディ達のご到着だった。「日本海海戦の“丁字戦法”の解説。さちのリクエストでね」「“丁字戦法”?さち、Yの“暗号書物”を解読したの?」中島ちゃんが聞いて来る。「それは違う。“あれ”はYにしか分からないもの。ただ、百科辞典を調べたら“丁字戦法”って書いてあったからYに解説してもらってるのよ」「Y、“海の史劇”って日露戦争の話だったよね?もしかして読破しちゃったの?」中島ちゃんが恐る恐る聞いて来る。「2度読んだ。だから、こうやって解説できる」「嘘!結構分厚い本なのに2度も読み返したの?信じられない!」彼女は腰を抜かしそうになった。「そう言えば、日本海海戦の細かい記述は教科書に書かれてないよね。結局、日本側が勝ったのは分かるけど、どんな始まりでどう終結したのよ?」雪枝が図を見ながら聞く。「知りたいなら説明しますがどうします?」「せっかく黒板に図が書かれてるんだから、説明してくれよ!」竹ちゃんが珍しく興味を示す。「では、ざっくりと行きますかね?バルチック艦隊の発見から、残存艦隊の運命までを」僕は改めて解説を始めた。

「“本日、天気晴朗ナレドモ波高シ”か、正にこの一文が全てを象徴しておるな。バルチック艦隊、いや、菊地家側から回答があった。“本校の言う通りに従わせますから、なにとぞ復学のご許可を仰ぎたく存じます”とな。やっと、身の程を理解した様だ。校長も“無益な抵抗などせずに、大人しくすれば留年は避けられたが、今となってはもう遅い。最初からやり直せ!”と諭したらしい。確定では無いが、4月からは3期生の一員として“復学”させる様だ。今、関係各所で調整中だよ」朝の僕の解説を見ていたらしい中島先生は、ゆったりとして言った。僕はアールグレーの入ったカップを置くと「では、現在のクラスは1名減員と言う事でしょうか?」と聞きながら進み出た。「ああ、そうだ。途中から1つ出席番号が繰り上がる。4月からは新しい名簿に改定しなくてはならん。女子の番号に変更が生じるのは必然だ。その作業も3学期中に済ませなくてはならない。まあ、それ以前の問題として、学校としての“復学条件”も提示しなくてはならんし、“宣誓書”への署名やら、始末書の提出諸々を含めて書類の山を作らねばならん!事務方は“てんてこ舞い”になるが、止むを得んな」先生もカップに入った紅茶で喉を潤す。「そうなりますと、彼女の荷物も別にまとめなくてはなりませんね。3月に入れば“引っ越し”をしなくてはなりませんから」「うむ、その時はロッカーの開錠コードと鍵の予備を渡す。菊地の荷物は分かる様にして、教室の空いている棚へ移して置け!クラス編成はどの道春休みになるし、その前に私物は引き取りに来させるつもりだ。悪いが“中身を厳重に改めた上”で梱包作業を進めろ!特にノートの類は厳格に調べて“不都合や不適格な記述”があった場合は、全て焼却処分に回せ!特に“政治がらみや個人情報”は一片残らず抹消するんだ!」「分かりました。対象となるモノは全て取り除いて置きますし、必要があれば焼却して処分します!」僕もカップに残った紅茶を飲み干した。「厄介な仕事だが、お前達にしか頼めない重要な案件だ。宜しく頼むぞ。後始末は我々も当たるが、細かな仕事はまだまだ出るだろう。必要に応じて要請を出すから、その都度始末の手伝いに付き合ってくれ!」「はい、出来る範囲での仕事は請け負いますので」「うん、Y、悪いが宜しく頼む。久保田と小川に言って置け。彼女はもう戻らんとな!」「はい、では失礼します」僕等は時計を見て教室へ向かった。「出席番号の繰り上げかー、いざ聞くとなると恐ろしいことだなー!」雪枝が言うと「あんたはどん尻に変わりないじゃん!席は1つ前に出るけどさ」と中島ちゃんが言う。「やっと決着かー、Yの負担も少しは減るんじゃない?」と道子も言う。「いや、分からんぞ。表面上は大人しくしてても、地下組織を作られたら厄介な事になる!菊地嬢は“諦める”と言う文字を知らない。必ず動くし策謀を巡らせてくるはずだ!」「Y、用心するのはいいが、今度は3期生の問題になる。あたし達がとやかく言う事じゃないよ。あたし達は先を見据えていればいいじゃん!」さちがポンと肩を叩く。「そうそう、あたし達は揺るがない。何を仕掛けて来てもね」堀ちゃんが笑顔で言う。「まあ、そうだな。さて、午後の部へ行くか」僕等は始業のチャイムと共に勉学に励んだ。

あっという間に1月が通り過ぎようとしている頃、男子も女子も“ソワソワ”とし始めた。2月になると“バレンタイン”があるからだ。勿論、ウチの5人のレディ達も例外ではない。男子は“もらえるか?もらえないか?”で気を揉むし、女子は“誰にあげるか?”で思案を巡らせていた。久々に“解約対策委員会”の野郎達が集まり、“バレンタインの行方”について話し始めた。「俺達は全員“当確”だからいいが、その他の連中はどうなんだろう?」久保田が口火を切る。「赤坂や今井は宛てがありそうだが、他は“グレーゾーン”だな。連名で誰か“男子一同へ”で買ってくれねぇかな?」竹ちゃんが言う。「千里に言って仕掛けを施すか?ワシはこの手ヤツがどうしても苦手じゃ!」長官がぼやく。「何が来るか分からないから、俺だってコワイぜ!」伊東もぼやく。「千秋だからな。相当に“強烈”なヤツをお見舞いされてろ!もらえないヤツに言わせれば“もらえるだけで御の字”なのに贅沢を言ったら命に関わる!」と久保田が真面目に言う。「参謀長、そっちも大変そうだな?」長官が水を向けて来る。「まあ、それなりに。連名で1個もらえればいいんですがね。何せ張り合ってますから・・・」僕はゲンナリとして言った。「長官だって山積みになるだろう?連名で1個って事はあり得ねぇからさ!」「それは、どうか知らんが最も恐ろしいのは“宅配”で来るヤツじゃ!参謀長、お互いに用心せねばならんな!」長官が僕の肩を叩く。「それが最悪のパターンですよ。それこそ“毒入りチョコ”かも知れませんから」僕も身震いしつつ応じた。「菊地嬢からの差し金か?2人にとっては“因縁”の相手だからな。届いても食べない事だ!」久保田が笑いつつ言う。「確かに。あの世への“招待状”だからな!」竹ちゃんも腹を抱えて笑う。「笑えないだけに」「反論できない」僕と長官はため息を付くしか無かった。「久保田、上からの贈り物はどこまで把握してる?」伊東が聞くが、“上から”とは1期生からに他ならない。「噂だと結構あるらしい。山田とか伊倉とか長崎とかは降りて来る可能性はあるぜ!」「まあ、そこかしこにルートはあるしな。来年になりゃあ3期生も絡んで来る。今回は空振りでも次回は“逆転サヨナラ満塁”ってミラクルもあるさ!それと、保健室と明美先生が大量にばら撒くって話もチラホラ出てるしな」「本当か?」伊東が仰天する。「伊東は1個に留めて置かないと命が危うい!例えもらっても隠し通せ!」久保田が釘を打つ。「いずれにせよ、悩ましい季節の到来だな!」伊東のセリフに「ああ、ひがまれるのは覚悟の上さ。もらっても、それらしく見せないこった!」と竹ちゃんが乗っかる。久々の野郎だけの話は、これにて散会と相成った。

「Y、どんなのがいいの?」さちが小声で隣から聞いて来る。「さち、聞かなくても分かるだろう?」僕も小声で返すが「“チョコじゃなくて、そのまんまのあたしが欲しい”って言うのはダメ!具体的に言いなさいよ!」と拳で頭を突かれる。「甘すぎず、かと言ってビターでも無い。ホワイトチョコよりは、普通のミルク系だろうな。割と小さめが2つってとこかな?」「宜しい、その線でまとめてみるね!」さちはノートの隅に素早くメモを取った。「Y、ちょっといいかな?」堀ちゃんに中島ちゃんに雪枝が揃って押し掛ける。机の3方を囲んで「甘めがいいか?」「ビターがいいか?」「教えて?」と音響効果をかけられてしまう。「丁度真ん中あたり、ホワイトは遠慮します」と言うと「だったら、ブレンドすればいいか?形は・・・」と3人で打ち合わせが始まる。背中を突くヤツが久々に現れた。有賀だ。振り返ると愛想笑いを振りまいて「赤坂君も同じ事言ってたよ!Yは最低でも4個は来るね。どうするのよ?!」とニヤケて言う。「赤坂にハートの形のデカイヤツを送り付けるなよ!あまり派手だと食べるのに困るんだ」と言い返すと「あーら、そう?あたしは精一杯の愛情を込めて贈るだけよ。誰にも負けやしないからさ!」と涼しい顔をされる。「確か有賀が“余ったからあげるね”って中学の時にくれたヤツ、結構凝った構造だったよな?」僕は昨年を思い出しながら言った。「ああ、あれねー、別々に作って合体させたヤツだから2日ぐらいかかってるかな?割と上手くいった方だったね」と有賀も思い出しながら言う。「Y、確か絵里からも、もらってなかった?」有賀の暴走が始まりつつあった。コイツに長々と喋られるのはマズイ!「そうだったかな?忘れた。有賀、今回は“余り物”は勘弁だぞ!」僕は方向転換して危険水域から逃げる。「今年は、“赤坂君命”で行くから、もっと力入れてやる!」有賀が燃えていた。「歯が欠けない程度にしとけよ。厚みが凄くて意外に苦戦したからな」と忠告すると「もっと凄いヤツにする予定!さーて、どんな反応見せてくれるかな?」と意に介す風が無い。有賀は放って置いてもやるだろう。問題は4人の作品だった。雪枝達は、真理子さんとも話していた。嫌な予感が背筋に走る。「Y、真理ちゃん達にも“リクエスト”伝えて置いたから!」堀ちゃんが平然と言う。「それ、どう言う意味?」「いいじゃない!Yのグループなんだし、真理ちゃん達にもチャンスは公平にあるんだし!女の子にとって“一大イベント”なんだから、それぞれに腕を振るってYに評価してもらわなきゃ!」と堀ちゃんは言うが、眼がマジになっている。“あたしが一番を取るわよ!”と言わんばかりだ。「Y、当日に逃げるのは許さぬぞ!」さちが袖を引っ張って言う。「さちがくれる分だけでいい!一体何個降ってくるんだよ?」僕は頭を抱えて机に突っ伏した。「贅沢な悩みじゃのう!絵里とは誰じゃ?」さちがボールペンで僕を突く。「絵里は、Yが中学時代に唯一認めた女の子。別の高校へ行ったからもう“切れてる”けどね」有賀が追い打ちを掛けて来る。魚雷と爆弾を一斉に喰らった気分になる。そーっと起き上がり、さちを見ると不敵な笑みを浮かべている。“負けないわよ!譲らないわよ!”と眼が訴えている。「さち、ボールペン貸して」僕は力なく言ってノートの一番後ろの方のページに走り書きをして、さちに見せた。“絵里は僕と一緒に担任の先生の秘書官を務めた人。同級生の中では一番の助手だった”と書いてあった。有賀からは見えない様にL字型にノートを折り畳んである。「そうか。分かった」さちは小さく頷くとボールペンを受け取り「昔の女性に焼きもちを抱いても仕方ない。今は今じゃ!」と言って笑った。いずれにしても、知らぬ間に“包囲網”が作られたのは間違いない。どうやら、有賀も火を付けようとしているらしい。どうやっても逃れる術は無い様だ。「ならば、受けるしか無いか・・・」ここは1つ辛抱して、相手の手の内を見るしか無さそうだった。

そして、あっと言う間に“バレンタイン”当日がやって来た。当日は土曜日、朝から教室内は緊張が走って居た。女子は渡すタイミングを図り、男子は“もらえるか否か”でソワソワしていた。授業が一段落すると、まず笠原さん達が動いた。標的は長官だった。苦虫を噛み潰した様な表情の長官の机の上には、包みが山と積みあがった。「千里、ワシがこう言うのは苦手だと知っての所業か?」長官はウンザリして言うが「あら、そうは見えないけど。何で手提げ袋を用意している訳?」痛いところを突かれた長官はあえなく“撃沈”の憂き目に合ってしまった。次に動いたのは「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、赤坂くーん!」有賀の“アカサカクーン攻撃”が始まった。「なっ何だよ!」赤坂が一瞬怯んだ隙を突いて有賀が包みを手渡す。これが合図となり、クラスの女子が一斉に動き出した。伊東は千秋にシャツの襟を掴まれているし、竹ちゃんは道子から包みを受け取った。他にもあちこちで女子が男子の元へ向かっていた。「Y君、これ受け取って下さい!」真理子さん達が僕に包みを差し出す。「あっ、すいません。いただきます」と言って受け取ると3個の包みが届けられた。「Y、また“余り物”で悪いけど、置いとくよ!」有賀がにこやかに言いながらピンクの包みを置いて行く。「おーい、聞いてないぞー!」と言うが有賀は「まあ、いいじゃん!義理よ。義理!」と言って押し切る。「Y、あたし達は“本命”だからね!」と言って堀ちゃん、中島ちゃん、雪枝がブルーの包みを手渡しに来た。よく見るとメッセージカードが添えられている。「世紀の力作だから、心して味わって!」中島ちゃんが照れながら言う。「転校する時以来だね。Y、ささやかですが受け取って!」雪枝が言う。「そうだな、あの日、確か道子と2人で色々持って来てくれたよな」僕は遠い昔を振返る。「あたしからも、Y、今度はどこかに行かないでよ!」道子も小さい包みを差し出してくれた。「確か、夕方だったよな?」「そう、3人でワンワン泣いたよね。あの時は」道子も遠い昔を思い出している様だった。堀ちゃん、中島ちゃん、雪枝の3人は竹ちゃんにも小さな包みを届けていた。「えっ!俺にもくれるのか?」竹ちゃんは一瞬絶句した。「さて、Y、あたしからの“本命”だよ!」さちが紫の包みと紙袋を差し出す。「袋までとは・・・、恐れ入りました!」僕は頭を下げた。「みんなの気持ちを大事にして!キチント持ち帰ってあげて!」さちの心使いは身に染みた。「さち、ありがとう!大事に持ち帰るよ」僕はさちの手を取って言った。「参謀長!」長官が青い顔で近づいて来た。「長官、とんでもない事になってますね!」袋から溢れんばかりの包みの山を提げて長官は呆然としている。「どうしろと言うのだ?」「どうも、こうもありません。今日は女性陣の顔を立ててやりましょう」「うーん、それにしても、ワシはどうすればいいのだ?」「ありがたく持ち帰るしかないでしょう?彼女達のメンツを潰す訳には行かないでしょう?」僕は長官に必死に語り掛けた。「うー、来年は休む。ワシはこの時期は休養を取るぞ!」「でも、“宅配”されたらアウトですよ!」「参謀長、何か良い知恵は無いか?」「これだけは、防ぐ術はありません!」僕と長官は進退窮まってしまった。智謀・策謀に長けた僕等も“バレンタイン”から逃れる術は無かった。

life 人生雑記帳 - 15

2019年04月22日 16時31分04秒 | 日記
「そうか、ノートの“横流し”か。1期生が校外で直接接触した事実は出なかったんだな?」「はい、それは確かです。ただ、“横流し”に関与したかも知れない容疑者は10名居ます。今、個別に当たりを付けていますが、結論はまだです」中島先生は腕を組んでしばらく思慮に沈んだ。「Y、今回の試験範囲が“漏れている”と読んで問題を考慮し直す必要がある。各教科の進捗はどうなっている?」「はい、既に古文や数学、英語は3学期の履修範囲に入っています。他の教科もいずれ突入するでしょう。3学期は短いですから、各先生方もピッチを上げているのは間違いありません」僕は各教科の進み具合を頭の中で確認しつつ答えた。「そうなると、進み具合に寄って設問を変えなくてはならんな!条件はお前達と同じにしなくてはならん。出来るか出来ないかは関係ない!そこまで配慮が必要な試験ではないし、元は“身から出た錆”なのだ。それを横車を押して無理矢理に飛び越そうと画策する性根がワシは気に入らん!大人しく“留年”して1からやり直した方が本人の為だ!」先生も怒り心頭であった。「Y、状況は分かった。お前達はここまでだ。手を引け。ワシは校長にもう1度申し入れをして来る。よりハードルを高く設定し直す方向でな!試験は今週末の予定だ。勿論、公平を期して日曜日に実施するし、校内への立ち入りも規制する。クラスの動揺を抑える事と妙な噂にならん様に火消しに努めてくれ!厄介だろうが頼めるのはお前たちの組織だけだ。直ぐに手配しろ!」「はい!」僕は急いで教室へ取って返した。教室の隅では“解約対策委員会”のメンバーが揃って周囲を警戒しながら、“情報”を集めて検討をしていた。「参謀長、“銀行”の様子はどうだ?」長官が心配そうに聞いて来る。僕は聞いたままを話した。「そうか、週末か!設問も変えるのだな?」少し長官の表情が和らぐ。「ええ、それは間違いありません。原田からの“情報”はどうです?」「全員シロだったよ。こっちの“情報”が洩れている気配は無い!」伊東が断言した。「原田と小佐野が撹乱を開始した。噂を封じ込めると同時に“定期預金”に対しても偽りの“情報”が届く様に仕向けた。これで我々側の“備え”は整った。後は“乾坤一擲”の勝負がどう転ぶかにかかっているな!」長官がやっと落ち着きを取り戻した。「我々はまだ1歩リードしてます。次の仕掛けは恐らく“泥沼の法廷闘争”でしょうが、費用対効果を考えるとそこまで踏み込むか?は疑問です。“留年”か“退学”かの2択になるのでは?」「恐らくその線だろうな。“退学”は最後の選択肢だ。次善の策は“留年”を受け入れて、“解約”の交渉へと向かうしか無い。決して平坦な道のりではないがな!」「とにかく静観しよう!尾ひれが付いて独り歩きする前に“消火”しなきゃならない!」久保田が落ち着いて言う。「実際、飛び火は進行してる。まだ、ボヤ程度の噂だけど、確実に消し止めなきゃ!」千秋も言う。「いいか、“備え”は取った。今はボヤを消すのが先決だ!騒がず、惑わず、揺れない覚悟を持て!我々が揺るがなければボヤは拡大しない。伊東は原田との連絡、参謀長は担任との連携に努めて、正確な“情報”を取れ!他の者は火消しに全力で当たれ!勝負は月曜日に付く。それまでは決して騒ぐな!」長官が語気を強めて言った。「よーし、かかるか!」竹ちゃんの一言で全員がさりげなく散った。勝敗は学校側に委ねられた。

運命の月曜日。冬晴れの朝日が昇って来た。“大根坂”の中腹付近で6人が声をかけて来る。「Y-、おはよー!」堀ちゃんが手を振って追いついて来る。「オス!参謀長、いよいよだな!」竹ちゃんが肩をポンと叩く。「うむ、どう転んだか?気になるな!」僕は“最悪のシナリオ”を想定していた。すなわち、ハードルをクリアされて3学期から“復学”の決定がなされる事だ。「心配するな!あたし達を含めてクラス全員が揺らぐ事は無い!結果がどうあれ、あたし達は今まで通りに過ごせばいい!」さちが僕の心を見透かす様に言って背を叩く。「そうよ、誰が何と言おうとあたし達は変わらない!Yと道子に着いて行くよ!」中島ちゃんも肩に手を置いて笑う。「誰もあたし達に届かない!陰すら踏ませるもんですか!」堀ちゃんが勇ましく言って手を繋ぐ。さちは腕を絡ませて対抗する。「どんな事があっても、みんなはもう変わらないよ!今更変えようとしても遅いって!」雪枝が僕の鞄を持って前を歩く。「Y、アンタには“最強の味方”が付いてるね!あたしも応援する。だから、デンと構えな!」道子が頭を小突く。ワイワイと坂を登って行くと少し心が軽くなった。「大晦日に2年参りでもするか?夜中だけどこのメンバーでさ!」僕が何となく言うと「いいね!それやらねぇか?!何かイベントが無いと正月はダラケちまうから、丁度いい!参謀長、たまにはいい事思い付くねー!」竹ちゃんは乗り気だ。「みんなどうする?」道子が聞くと「賛成!」と合唱が返って来る。「よっしゃー!決まり!」竹ちゃんがガッツポーズを決める。「何があってもかまわねぇ。俺達は我が道を行けばいい!段取りは俺に任せてくれ!参謀長、たまには息抜きも必要だぜ!」竹ちゃんがまた肩を叩く。そうして盛り上がっている内に昇降口へ着いた。正面の掲示板に1枚の紙が貼り出されていた。全員が集合して文面を追う。“1年1組 菊地美夏。右の者、無期限の停学を継続とする。学校長 宮澤〇〇”「クリアならずか!」竹ちゃんが安堵のため息を漏らす。「最悪は回避したが、結論はどうなるのかな?」僕は首を捻る。「“留年”か“退学”かの2択でしょう?」道子が言う。「当面はそうだが、相手は常識が通じない。もうひと山ありそうな雰囲気だな」僕は雪枝から鞄を取り返すと教室へと続く廊下を歩きだした。「Y、それどう言う意味?」道子が追いかけて来て腕を掴む。「ちゃんと説明してよ!」彼女は詰め寄って来た。「これは、推測の域を出ない話だ。そのつもりで聞いてくれ」僕は道子に優しく言うと、鞄を机に置いて、ストーブに火を付けながら話し始めた。6人はストーブを囲んでいる。「今回の試験は何とか斬り抜けた。これは間違い無い事実として受け止めていいが、新たな“戦い”の火蓋が切られたとも言える。さっき、道子が“留年”か“退学”の2択じゃないか?と言ったけど実は“もう1つの選択肢”が隠れてるんだ!」「それはなんなの?」「裁判だよ。“教育を受ける権利”を盾に取った壮絶な泥試合さ。でも、これには“リスク”が伴うし、費用対効果が得られるか?疑問符が付く。負ければ“間違い無く退学”に追い込まれるから、人生を賭けた争いにならざるを得ない。菊地孃側が踏み込むか?それとも引いてやり直しに転じるか?3月もギリギリまで縺れる展開になると僕は見ている」「そんなリスキーな事を仕掛けて来るかな?」道子は懐疑的に問う。「“無期限の停学”と言う事は、3~4年先までか10年先かの保証は無いんだ。“半永久的に停学”と言い換えても過言では無い!宙ぶらりんのまま、いつまで待てると思う?現状だと、最短でも“僕達が卒業”するまでは、足止めを喰らってもおかしくは無いんだ。もし、そうだとしたら、“退学”してやり直した方が早い!」「でも、“破門状まがい”の文書が出てる限り、他校を受けても落とされるだけでしょう?」道子がまた返して来る。「そう、今の状況下では高卒の資格は得られないんだ!“ここ以外では無理”なのさ。そうだとすると、一番現実的なのは“留年”になる。だが、彼女にも“プライド”はある。やたらと高いヤツだが。プライドをかなぐり捨てる勇気があるなら、道は開けるだろう。けれども、彼女の“プライドと自信過剰”が足かせとなるとすれば、泥試合に縺れ込む事もあり得るだけに、手放しで喜んでる暇は無い!今日、どう言う発表があって、何が語られるか?それに寄っても見解は変わる。正直な話、この先の展開は僕等の手を離れた場で決められる事になるから、工作も通じないし成り行きも間接的に把握するに留まるだろう。“見えない相手”と戦うんだよ。それがどれだけ難しいか?想像するだけでも空恐ろしい話じゃないかな?」僕は見解を話し終えた。6人は沈黙している。「さすがだな、参謀長!早速、次を看破するとは隅には置けんな!」長官が来ていた。「聞いてたんですか?」「ああ、見事な推理だ。ワシもそこが気になっておる。公式の見解は明らかではないが、まあ9分9厘は参謀長の言った線で推移するだろう。今度は“泥沼の戦い”に縺れ込む公算は極めて高い!」長官はストーブの輪に加わると「試験に落ちた事で、先行きの選択肢は限られた。“裁判”か“留年”か“退学”かの3択に絞られた。この内、“退学”は最後の選択肢だから外すとしても、“戦闘”か“和平”かのいずれかを選ばなくては菊地嬢に生きる道は無い。参謀長の見解通り“半永久的に停学”のまま成人式を迎える程、愚かではあるまい。現実路線なら“留年”を取り、全面的に謝罪してやり直す事になる。だが、これを取ったとしても道のりは険しく容易ではない。“裁判”と言う“天国か地獄か”の賭けに打って出るなら、彼女の人生そのものを“担保”にするしか無い。場外乱闘にはなるが、3学期もゴタゴタは続くと見て間違いはなさそうだ」と言って周囲を見渡した。「長官、俺達に実際、どの程度の影響が出るんだ?」竹ちゃんが聞く。「我々の手の内から離れた以上、影響は少ないだろう。ただ、ボヤ程度の火事は消し止める必要はあるが。様は、我々が揺るがなければ問題は無い。久保田・小川を筆頭に伊東、竹内、ワシに参謀長、千里が落ち着いていれば被害は出ないと見ておる。このクラスに菊地嬢が戻る道は閉ざされたのだ。クラスのトップ達が泰然自若としておれば、もう心配は無い。細かな問題はトップが解決に動けばいい」長官が静かに答えると、一斉に安堵のため息が漏れた。「参謀長、悪いが早急に“銀行側”の真意を確認してくれ!その回答次第で3月期の対処を決めねばならん」「はい、出来るだけ早くに聞きだして置きますよ」僕は昼休みに先生から回答を得る算段を考え始めた。「竹内、ワシと伊東達で今後の対策を考えて置かねばならん。まずは千里への説明から始めよう。手を貸してくれ!」「了解だ!早速かかるか!」長官と竹ちゃんは直ぐに動き出した。勝負はまだ終わっては居なかった。

「“時間の浪費と経費の無駄遣い”を地で行った様なモノだ!県教委が相応に見てくれるからまだマシだが、初めから“勝負にならない将棋”を1日かけてやったんだ。ワシも疲れたよ!」中島先生はあくびを堪えるのに必死だった。「では、結果は散々ですか?」僕が突っ込むと「80点を超えたのが1教科。残りは全て50点の半ばで“不合格”だったよ。2学期の授業を全く受けていないのにも関わらず、無謀な賭けに打って出るとは神経を疑う。校長も両親に対して“退学にしなかったのは、学校としての最大限の譲歩に他ならない。これ以上何を望むのか!”と釘を刺して“気が変わらない内に、和平への道を選択しないと、それこそ取り返しが付かなくなる!”と凄んだらしい。鬼気迫る校長に対して、二の句は告げられなかった様だ。ただ、“和平への道を選択する様に娘を説得して、近日中にはお答えします”と約束はしたらしいがな。向こうの言葉を鵜呑みにするのは、危険極まりないだけに、校長も“全面的には信用はしない”と強行姿勢は崩してはおらん!」先生はあくびを連発しながら言った。「そうしますと、向こうも多少は軟化したと言う事ですか?」と尚も突っ込むと「まだ断定は出来ないが、やっと“身の程を思い知った”のは間違いあるまい。もし、強行突破をチラつかせれば有無を言わさず“退学”に持って行けるのだからな。校長の我慢もそろそろ限界に達する。ここで“降服”して置かないと、もう次は崖から真っ逆さまだよ。実はな、ワシのところに“引継ぎ”の指示は来ているんだ。3期生として“1からやり直させる準備と注意点”をまとめろ!とな。確かに、今からやらないと間に合わない。特に“政治活動と政的思想”については、子細にまとめなくてはならん。これで正月は夢と消える。情けないが“寝正月”はお預けだよ。とほほ・・・・」最後はボヤキが入ったが、学校側としては“謝罪”をさせた上で“留年”させる方針だと分かった。「先生、僕等が恐れているのは、噂が流れ、かつ尾ひれが付いて暴走する事です。ボヤ程度ではクラスは揺らぎませんが、土手に火が付いたら消しようが無いのが実情です。無論、指をくわえて見ている事はしませんが、しかるべき時期が来たら、正しい情報の元に事実を公表して欲しいのです。僕等だけでは全てを抑えるのは無理です。考えて頂けないでしょうか?」「Y、さすがに切れる男だな。みんながお前の様にしっかりと考えられれば、最強の学年となるだろう。だが、みんな揃ってと言う訳には行くまい?心配するな。校長も同じ事を懸念しとる。“生徒達に重荷を背負わせるのは忍びない”と度々こぼしているし、“懸命に走り回っている者達を見捨てる事はしない”と明言しておる。時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す。済まんがもう少しだけ辛抱してくれ!今の話は校長へ伝えて置くし、教職員全員に周知させる。3学期からは勉学に専念できる環境を用意するから、年内は済まんが宜しく頼む。クラスのトップ達にも言って協力を仰いでくれ」「分かりました。2学期も残りわずかです。年内は何とかして見ます!もし、大火に見舞われた折には助力をお願いしますが、凌げる間は凌いでやります」「うむ、任せた!久保田と小川を筆頭にしてやり繰りして見てくれ。悪い様にはしないから」「はい!」僕は生物準備室を出ると少し思案しながら教室へ向かった。「“裁判”は回避する方向か?問題はどこで“折り合う”事が出来るかだな・・・。静かに3学期を過ごせればいいが・・・」僕の心の中の暗雲は、まだ晴れていなかった。教室へ戻ると長官と伊東が協議をしていた。「おお、参謀長。どうだ?学校側の意向は掴めたか?」「ええ、多少の不安要素はありますが、おおよその点は決まっている様です」僕は先生から聞いたままを伝えた。「ふむ、“3期生として1からやり直させる準備と注意点をまとめろ”か。“裁判”は回避する方向と見ても間違いはあるまい。それに“時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す”と言うならば、これからは“着地点”を探る方向へ向かうだろうが、相手がどう出るか?だな」「ええ、強硬論は通じませんから、学校側の意向に沿う形にならざるを得ません。それで“定期預金”が納得すれば、と言うか納得させられるか?の1点に絞られます」「最大の関門だな。つまらん“プライド”を捨てられるか否か?」「それですよ!“プライドだけ”は高いですからね。しかし、親が説得すれば落ちる可能性はゼロではありません!」「いずれにしても“高い買い物”になるな。簡単な事では無いのは承知しているが、あくまでも“場外乱闘”であるのは間違いない。被害は最小限の範囲で収まるだろう。伊東、本件を原田に耳打ちして置け。ヤツも今回の事には神経を尖らせているはず。冷静に対処する様に言い含めて置け!」「では、直ぐにも」伊東は3組へ向かった。「参謀長、ご苦労だった。これで我々も落ち着いて対処出来る。原田も含めて鎮静化に努めれば、事は大きくならずに済む。心配はいらん。冷静に看脚下(あしもと)を見れば、心の暗雲も晴れるだろう?」「顔に出てましたか?」「誰しもそうだよ。ワシも報告を聞くまで心がざわめいていた。だが、今は無音に近い。学年の総力を結集すれば、我々は決して揺るがぬ!もう、揺れていた時期は過ぎた。付け入る隙は皆無だろうよ」「そう願いたいものです。騒動はいい加減に止めたいですね」「ああ」僕と長官は教室を見渡した。ありふれた日常がそこに溢れていた。このありふれた日常を守るために僕等は長い間苦しんで来た。「これで終止符を打てれば最高なんですが」「打てるさ。そうしなくてはならん」長官が微かに笑った。こうして、僕等の“対菊地戦争”は一応の終結を見た。

その日の放課後、僕は5人のレディ達に集合をかけた。「どうにか間に合ったから、プレゼントをお渡ししましょう。ささやかではありますが、どうぞお受け取りを!」僕は順番に包みを配った。「何これ?」「何かドキドキする!」「Y、何を仕掛けた訳?」反応は様々だが、包みを開けるとフレームに入った写真が出て来る仕掛けだ。その表情も5人5様で、基本は笑顔だった。「Y、これいつの間に撮ったのよ!」「えー、あたしこんな顔だ!もうちょっと美人に写せなかったの!」「これ、あたしじゃないみたい!」「隠し撮りだよね。Y、相当苦労したでしょ?」道子が代表して聞いて来る。「色々とご意見はあるでしょうが、ほぼ2学期全般に渡って撮影した中の“ベストショット”を選んだつもり。時期も様々だが“悟られない様にしれっと”撮るのは意外に大変だったんだ。でも、僕としてはなるべく“素の笑顔”を集めたつもり。全部となると約140枚を撮り溜めたよ!」「えー、Yの手元にはまだそんなにあるのー?!恥ずかしいから全部出してよー!」堀ちゃんが悲鳴を上げる。「ダーメ!貴重なライブラリーをそう簡単に手放すものか!永久保存にする」「テーマは“笑顔”だけど他にはどんな表情を撮ったのよ!」中島ちゃんが聞いて来る。「“横顔”とか“あくび”、“ボーっとしてる”シリーズもある」「それ、全部見せてよ!モデルとして“見る権利”はあるんじゃない?」彼女が僕のブレザーの襟を掴むと他の4人も一斉に襟を掴んで詰め寄って来る。「出しなさい!!」5人が合唱する。さすがに恐れを抱いた僕は、おずおずとミニアルバムを取り出す。5人はそれを取り上げると1枚1枚にチェックを入れ始める。「ふむ、みんな均等に撮られてるじゃん!」「さちの“あくび”は豪快だね!」「そう言う雪枝の“横顔”は何で綺麗な訳?」「あたしの“ボーっとしてる”ヤツ見ないでよ!」5人はキャイキャイとはしゃいでいる。「Y、これ1枚1枚にどんな思いを込めたの?」道子が真面目に聞いて来る。「ありふれた日常の中で、“いいな!”って思った瞬間を切り取ったつもり。時の流れは止められないから、同じ瞬間は2度と来ない。“あの日あの時の煌めき”を無性に残したくてね。シャッターを切っただけだよ」僕は正直に吐露した。「そうか。Yなりの視点であたし達を見ててくれてたのね。確かに時間は止められないけど、写真は“時間を切り取るタイムシフトマシーン”だから、振り返る事が出来るし、思い出す事もある。1枚1枚にYの暖かく優しい視線を感じるのは、そう言う事なのね。Y、最高の“笑顔”を切り取ってくれてありがとう!」道子が言うと「自分でも意外なんだけど、あたしの“素の顔”の写真ってあんまり無いんだよね。でも、こんなに枚数があるなんて、無性に嬉しい!Y、こっちもあたし達に分けてくれない?」中島ちゃんが言い出した。「フィルムはYの手元に残るから、いいよね?分けちゃっても?」さちが“決め”を言い出す。「分かったよ。気に入ったなら持って帰っていいよ。結構な枚数になるけどさ」僕は折れた。“モデル料”を請求されるよりはマシだからだ。5人は自分の写真を丹念に拾い、ミニアルバム4冊はジャンケンで分け合った。「ちょっとした“写真集”だね!」堀ちゃんが言う。「Y、写真家にならない?才能あると思うよ!」と雪枝が勧める。「一応考えとくよ」僕は何気に言ったが、後々本当に写真、しかも“カメラ本体”に関わる事になる。だが、この時はそんな事は考えてもいなかった。「Y、かなり捻ったプレゼントだけど、感謝するよ!忙しい中でも、ちゃんとあたし達を見ててくれたんだね!ありがと!」さちが頭を撫でる。何だかんだはあったが、ともかく気を損ねる事は避けられたらしい。

「へえー、道子もこんな表情をするのか!俺も初めて見るぜ!」竹ちゃんが感慨深く言う。帰り道の“大根坂”での事だ。「何よ!悪かったわね?!」と道子がふくれるので、竹ちゃんが「いや、改めて見ると綺麗だなー、参謀長の腕前は結構なもんだ!」とあわてて言い直す。「ならば、宜しい!」道子が勝ち誇る。「でもさ、これって“撮る側の思い”も反映されてねぇか?そうでなきゃ、意図的に狙うにしても限度はあるだろうが!」竹ちゃんは他の4人の写真も覗き込んで言う。「そうだね。どこか“見守る様な優しい視線”だよね。Yの“優しい気持ち”が溢れているでしょう?」中島ちゃんが言った。「そこかしこに写す側の“心”が見えない?1カット1カットそれぞれに。アイツの“精一杯の気持ち”が色濃く反映されてる。“優しすぎる馬鹿なヤツ”でも、それがYと言う人そのもの。昔から全然変わらない!」道子がそう言って竹ちゃんを捕まえる。「でも、これまでの“対菊地戦争”の最前線では、そんな風には見えなかったぜ!」「あれは、Yの本当の姿じゃないの!“自身を押し殺して、なり振り構わず”戦ったからよ。本当は“戦った相手にも手を差しのべる”くらい優しすぎる馬鹿なの!そう言う姿は見せて居ないだけ」「“自身を押し殺して”までか、参謀長辛くねぇのかよ?」「かなり無理してると思う。でも“みんなのため”だから、後先を考えずに突っ走った。心も鬼に変えたでしょうね。形はどうあれ、“戦争”が終結へ向かったのは、幸い以外の何者でもないわ。Yは、本来は平和主義者だから争いを何より嫌う。でも、それをかなぐり捨ててまで“戦争”に身を投じたのは、初めてじゃないかな?それも自ら先頭に立つ場を選んだ事も“Yの性格からしても異例”のはず。そんな間に“隠し撮り”までやったんだから、限界はとっくに超えてるはずよ。少しは休ませないと、倒れてしまうかもね・・・」道子は僕の背中を見ながら呟いた。「道子、参謀長が昔半年間寝たきりになったって言ってたよな?その後遺症もまだ完全に治まってねぇんだろう?何故、命を削る様な真似を何でやったんだ?」竹ちゃんが不安そうに聞いた。「それは、あたし達の安心・安全のためじゃないかな?Yが命懸けで守ろうとしたのは、クラス全体もそうだけど、1番はあたし達5人のためであるのは間違いない!自分の友達のためなら、例え命を削っても“最優先事項”と考える。だから馬鹿だって言うの。“適当”を嫌って“とことん真正面から向き合う”のがアイツのポリシー。だから、あんなことになるのよ」道子は目の前を歩く僕等を指さして言う。僕の両脇は、さちと堀ちゃんが固めて、前を雪枝と中島ちゃんがじゃれあって進む。いつもの見慣れた光景だった。「Yだから出来る芸当だわ。誰1人疎かにしない。あんな事はアイツしかやれないもの」「確かに、4人同時に相手するなんざぁ、聖徳太子並みの能力がなけりゃ無理だ!あれが普通だって言うんだから、恐ろしいとしか言えねぇ。道子、俺達に出来るのは“いつも後ろからさりげなく見ててやる”これに尽きるな。万が一の時に止められるのは俺達しかいねぇ!」「そうよ、Yも分かってる。あたし達の忠告なら聞き入れてくれる。アイツがずっと真っ直ぐに歩ける様にしてあげようよ!」「ああ、それがせめてもの“労い”だな」竹ちゃんが珍しく真面目に言う。夜空に星が煌めき始めていた。