limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㉑

2018年02月06日 20時20分47秒 | 日記
窓から差し込む光が眩しい。今日は快晴だ。外はまだ肌寒いのかも知れないが、病棟は「温室」だから薄着でも困る事は無い。例の「大芝居」から2週間が経ち、私は落ち着きを取り戻し平穏な日々を送っていた。「また読んでるの?飽きない理由は何?」気づいたらHさんがいる。「時間でしたか」私は便箋を畳んで、体温計を受け取り脇に入れた。すかさず反対の腕に血圧計が巻かれた。毎朝恒例の「検温」の時間だった。「一代スペクタクルなのは分かるけど、夢中になり過ぎてはダメ!安静が一番!相変わらず低いなー、貧血じゃないのは分かるけど、この血圧の数値、男の人の数値じゃないわ。知らない看護師が見たら絶対に血圧計が壊れたと思う。脈を診るね」Hさんが時計を見ながら心拍を計り始めた。「相変わらずゆっくりだね。これが正常だと知らない人なら、卒倒する。間違いなく。体温計見せて」ここまで「けちょんけちょん」に言われても私には反論する余地が無い。バイタルは今日も正常だ。落ち着いている。気分も悪くない。「食事もちゃんと食べてるし、バイタルも変わりなし。やや、睡眠時間が足りないけれど、変わりなしと」Hさんが声に出して看護記録に書き込む。「午後にはIさんがお見舞いに来るそうよ。ホールで話してね。身体の事もあるから手短かに」Hさんの口調も穏やかになったものだ。それだけ「平穏」である証明でもある。私を脅かす存在はもう居ないのだ。私が大学病院に居ることすら、知らない人が大半だった。表向き「私は関東圏で治療中」なのだ。ミスターJやI氏が実行した「極秘計画」は完全に成功した。まさか「足元」に居るとは誰も考えていまい。
ミスターJからの手紙は、便箋10枚の「力作」であった。あれから私が大学病院に帰るまでには、様々な事が多々あった。まずは、KとDBのその後について記さなければなるまい。事業所へ連行された2人は、Y副社長から「無期限の謹慎」を命じられ、即座に自宅へ「軟禁」された。その上にKは「減給5割」DBは「全額不支給」の重加算刑が科せられた。更に2人には「降格処分」も課せられたので、地位も名誉も地に堕ち全てを失ったのである。Y副社長は、情け容赦などしなかったし、弁明も聞かなかった。ただ、部下達に対しては「処分不問」とした。悪童はKとDBであり
、部下達はただの駒でしか無い。だが、その代わりに、みっちりと「アブラ」を絞られ「反省文」を書かされたと言う。
私は、ミスターJの手配した「護送車」に乗せられて、大学病院へ戻ったが「私の代役」と男女は駅まで私の車で行って「代役」を新宿行きの特急列車へ乗せて、大役を無事果たした。KとDB達はY副社長により「逮捕」されたのだが、内応者達の手前、最後まで「演技」をしたのだそうだ。病院への帰り道では、何ら「妨害」を受ける事もなく平和の内に帰り着いた。車内には「看護師」が乗っており、万が一の時に備えられてはいたが、杞憂に終わったのは幸い意外の何物でもない。かくして「空前の大芝居」は終了したのだが、念密に手配がされた「極秘計画」には、脱帽するしかなかった。とにかく、私は「行方不明」なのだ。限られた人以外は所在すら知らない。今日は日曜日。I氏は何の所用があって来訪するのだろか?
午後2時、I氏が「見舞い」に病棟へやって来た。服装はラフ、奥様らしき人は「花束」を抱えていた。ホールのテーブルを挟んで椅子へ座った。「今日は、Y副社長の代理で買った花束を持って来た。食べ物はダメだからとキツく言われてな。社服だと目立つから、私服で行けやら家内を連れて行けやら、気遣いが半端じゃなくていかん。まあ、ここに居るのは極秘だから、用心に越したことは無いのはやむを得ないな」半ばボヤキが入ったが、花束を有り難く頂戴した。大きな花瓶が必要なくらいの量があったので、ナースステーションに居るHさんに声をかけて、飾ってもらう事に相成った。しかし、どうやらただの「見舞い」ではなさそうだ。I氏は静かに切り出した。「実は、ミスターJの手紙に書かれていない事があってな。今日は、お前の意向を確認に来た」何があったのだろう?私の意向などは関係はあるのか?I氏が話し始めた内容は、想像を超えるモノだった。「金曜日付けでKが退職した。依願退職扱いだが、その際に奴は条件を付けたんだ。自分の首と引き換えにDBを赦免してくれとな。だが、Y副社長の事はお前も分かっているだろうが、簡単には決めた事は曲げないお方だ。Kの首だけで決定は覆らん。奴もそれは百も承知で哀訴し続けた。土下座すらしたよ。せめて、給与の支払いだけでもいいからとな。それで、Y副社長も多少は譲る気になられて、ある提案をしたんだ。お前の意向が確認され、認めるならと千歩は譲歩される事になる」厳しい事で有名なY副社長の「譲歩案」とは何なのだろうか?「何を認めるんです?」私が聞き返すと以外な話しが飛んで来た。「DBを子会社へ転籍させて、交代勤務へ放り込むんだそうだ。4直3交代で年間を通して生産を止めないヤツだよ。お前もやった事があるだろう。かなりキツイはずだ」DBを転籍させるとは思い切った話しだ。だが、例え転籍しようが同じ事業所の敷地内ならば「野に虎を放って置く」のと変わりない。DBが自由気ままに闊歩されては困るのだ。その点を指摘すると「まぁー、そう噛み付くな!最初の任地は横浜だ!2年間は帰れない。奴の認識では、お前は関東圏に居る事になっている。血眼で探そうが見つかる訳が無い。2年間経てば、お前も復活して免疫機能も強化されてるはずだ。念書も取ったし、当面の間は安心していられるのではないか?とY副社長も言われている」成る程、子会社に転籍させてしまえば、本体の「社員」ではなくなり、DBが手を出してくる「理由」は消滅する。下手に「捕縛して寺へ送り込む」などと戯けた事をしようモノなら、今度こそ首が飛ぶ。「生殺し」にして監視すれば、今度こそ手出しは出来ない理屈である。だが、肝心のDBは応じたのだろうか?念書には「2度と関わらない」と書いたのだろうか?そこを聞いて見るとI氏は「DBは、素直に応じたよ。念書にも手出しはしないと書いた。奴はY副社長の目の前で念書を書かされ、署名し捺印した。確認の意味でY副社長も署名、捺印された公の約定だ。DBだっていつまでも日干しでは生活に困窮するだけだ。イヤと言う程思い知ったのだろうな。Kが用意した最後の舟に乗らないほど馬鹿じゃない!」「では、私が意向を示すのは、DBの転籍の件ですか?」と聞くと「そうだ!お前が了承して初めてDBの転籍が決まる!この際、DBを飛ばしてしまえば、誰も邪魔はしなくなる。安んじて療養に専念できる訳だ。どうする?同意してもらえるな?」I氏は真剣に問うている。Kが退職し、DBは飛ばされる。ならば答えは一つしかない。「同意します。Y副社長の思うままになさって下さい」静かに確かに私は答えた。「分かった。Y副社長に伝えて置く。ふー、俺の肩の荷も半ば降りた。ともかく後は自分と向き合って、養生してくれ。あまり、長居をしてもいかん。俺の今日の役目は終わった。じゃあ、また。何かあれば連絡してくれ」I氏は細君に声をかけて席を立った。見事な花がホールの真ん中に飾らせていた。「必ず帰って来い」そう言ってI氏は病棟を去った。もうじき、桜の花が咲く頃だ。まだ、先は長いだろうが、私の心は少し軽くなった。いつの日か病棟を去る日も来るだろう。終わらない「冬」はないし、必ず「春」は巡り来る。平坦ではないだろうが。

ミスター DB ⑳

2018年02月05日 20時09分16秒 | 日記
「お久しぶり、Jです」電話口から聞き覚えのある声が呼びかけて来る。「何故、今回の件でこれほどまでの大仕掛けをされるのです?」私はミスターJに問うた。「あまり時間が無いので、細かな事は、後々手紙にでも記してお知らせしますよ。まずは、もうKやDBは貴方に手出しが出来ないと断言して起きましょうか。返事は結構。私が一方的に喋るのを黙って聞いて下さい。彼等は貴方を精神修行とやらに送り込む予定で、今回こそ拉致しようとしましたが、穴だらけの計画が上手く行く筈が無い。徒労の斧では拉致など成功はしません。貴方はこれから病院へ帰って頂きますが、私の仲間達と内応してくれている多数の社員達の為にも、無事にも帰り着く義務がある。そのためにも、後半戦にもさまざまな仕掛けが施されてます。KやDBが自由気ままに闊歩する時代は終わったのです。彼等は退場するべきなのです。これからは貴方達が活躍する時代だ。そうした世代交代を一気に進める為に、貴方の様な犠牲者を2度と出さないためにもY副社長やI氏に手を貸したのです。KやDBは仇敵だが、今回は未来のための投資でもある。だから、今回の事は思想信条抜きです。貴方を助ける事は、若い社員達を助ける事に通じているのです。だから、私は最大限の知恵を絞り、仲間達を集め戦いに加わったのです。理由はそれだけです。共に勝利を勝ち取りましょう!さて、女性に代わっていただけますか?」「ありがとう。代わります」ミスターJの思いは分かった。思想信条は相容れないところはあるが、人間としてはKやDBの様な輩に比べれば明らかに「暖かみ」がある。人としては「当たり前の事」を彼等はやってくれているのだ。「はい、2台はこちらから目視できる範囲に居ます。1台は国道との分岐点付近に、もう1台は国道から北側の団地へ入る地点で確認されました。包囲しているつもりです。はい、間も無く姿を現わすと思います。スペシャルゲスト?!誰ですか?見ていれば分かる?!はい、彼は落ち着いています。分かりました。待機します。監視は怠りません。了解です」看護師の女性は電話を切り、私に言った。「もうすぐKとDBが現れるはずですが、心配はいりません!Jさんによれば、スペシャルゲストが来てくれるそうなので、彼等は破滅するそうです。様子を見ていましょう!」一体誰が来ると言うのか?私は2階の角部屋から外を伺った。KとDBと部下達が屯ろしているのが見えた。DBの手にはロープと手錠らしきモノがぶら下がっている様だ。明らかに「捕縛」の手筈を打ち合わせている。奴らが自宅への道を歩き始めようとしたその時、1台の車がクラクションを鳴らしながら行く手を阻むように突っ込んで来た。車から降りて来た人物は、大声でKとDBを制止して前に立ちはだかった。「まさか」私の体の血が熱くなった。立ちはだかった人物とは、誰あろう「Y副社長」だった!事業所長も飛び出して来て、部下達を制止している。運転していたのは「S部長」。かつての上司だった。鷹に睨まれたKとDBと部下達は、バツの悪い悪童そのものだった。最早、言い逃れは不可能。立ちすくむ以外にない。「決定的ね。破滅だわ」「ああ、奴らは全てを失った。失職モノだな」2人が言う通りだった。一瞬で立場は逆転したのだ。KとDBにとっては天国から地獄への転落の時だった。

ミスター DB ⑲

2018年02月05日 10時21分52秒 | 日記
降りる予定のICまでの距離は残り僅か、しかも、その手前のPAには2台目の追跡車両が待ち構えている。指示は「JCTまで突っ走り、東京方面へ向かえ。最初のICで高速を降りよ!」と言っている様だ。「前門の狼」である2台目の追跡車両をどうやってかわすのか?「後ろの護送部隊は何と言っている?」男性が問う。「こちらとは900m以上は離れているそうだわ」看護師の女性が冷静に答える。「ヘリでも飛んでいない限り、正確なタイミングを計るのは不可能だ。PAの車は無視して進もう!どっちにしても、空振りにしかならない。上手い具合に大型トラックやバスが走行車線を塞いでくれているし、道は思っている以上の上りだ。一気に突き放してJCTへ向かえば、勝手に向こうが迷ってくれそうだ」男性の運転で私の車は走行車線の車両を巧みに盾としつつ、追い越し車線を駆け上がりJCTへとひた走った。「護送部隊より連絡よ。1台は当初の予定通りのICで降りたそうだけど、3台の新たな追跡車両がこちらへ向かっていると言っているわ」看護師の女性が更に続けて「新たな追跡車両は、大型車両に阻まれて差を詰め切れない模様。残る護送部隊は妨害走行から監視走行に切り換えると言っているわ。そして、Jさんから指示。東京方面へ向かえ。最初のICで降りて市街地に紛れ込めと。ポイントブラボーをX地点から東方向のZ地点に変更するそうよ。どうやら目先を逸らせる事に成功したみたい」声が明るくなっていた。「予定通りだな。今JCTを通過したと伝えてくれ」男性も安堵したようだった。追跡車両は5台にまで膨れ上がっていたが、私の車に迫ってこれそうな追跡車両は来なかった。案の定、JCTで名古屋方面へ1台が逸れて行ったと連絡があり、更にSAへ1台が下りて行った事も確認された。その頃、私の車は高速を降りて市街地へと紛れて行った。残った追跡車両の内、1台は東京方面へそのまま走り続けた為、背後から追って来るのは2台となった。しかし、1台はSAへ寄り道をした関係で遅れている。追跡車両は文字通り「四部五裂」になり、私を「捕縛する」企みは半ば潰えた。まだ完全ではないが・・・。護送部隊の1台と私の車は市街地内で合流し、後部に張り付いた。残る1台はポイントブラボーに先回りしており、前を固めた。私の車は何とDBの自宅付近を堂々と走り抜け、山間地へ向かいだした。「間もなく携帯の電波が圏外になる。無線通話に切り換えるわ」看護師の女性がトランシーバーを取り出して、感度確認を開始した。「KやDBもトランシーバーを持っているはずと思うでしょ?でもね、彼らが持っているヤツにはNさんがある細工を施してあるわ。こっちの電波を拾えないようにね!」私はNさんの名前を聞いて驚いた。「大丈夫、Nさんも内応者の1人よ。Iさんは知らないけれど、他にも大勢の人達が内応者として参加しているわ。KやDBに反感や嫌悪感を持っている人は意外と多いってJさんが言っていた。みんな貴方を救う事でKやDBに反旗を掲げていると示したいのよ!だから、絶対に貴方を救うってみんなが結束したの。安心して、みんなが貴方を無事に病院へ帰してくれるわ」予想以上にミスターJの秘密組織は堅固で強力なものの様だ。今回限りではあろうが、この組織を散ずるのが惜しくてたまらなくなった。やはり「リーダーの器」が組織には必須なのだと思い知らされ、低迷する事業部を立て直すには、KやDBの様な「老害」は一刻も早く切り捨てるべきだと思った。「はい、感度良好。ええ、分かったわ」看護師の女性が沈黙を破った。「追跡車両が追い付いて来たようよ」「もう遅い。間もなく自宅だ。手出しすら出来ないよ」男性が笑いながら答えた。見慣れた景色が広がっていた。自宅までもうすぐ。国道を逸れる際に、護送部隊は離れて行った。坂道を上り詰めた先の家。そこが私の家だった。車庫入れを終えると、男性が言った「荷物は積んだままにします。家の鍵を貸してください。後で必ずお返しします。家の固定電話を使いますが、通話履歴は削除しておきますのでご安心を。とにかく家へ入りましょう。Jさんが貴方と話したいそうです」「ミスターJが?!」私が半ば驚く中、男性は「無事かどうかを直に確認したいそうです」と答えた。「護送部隊へ、追跡車両に気付かれないポイントへ散開して。それから追跡車両の停止位置と人員を至急確認してちょうだい」看護師の女性が指示を送っている。私は自宅に入り、リビングの暖房を入れた。ここからまた「極秘裏に病院へと帰る」と言う大仕事が始まる。周囲には追跡車両が鉄の鎖を張り巡らせるはずだ。あわよくば、私を捕縛して「精神修行」とやらへ送り込もうと狙いを定めているはず。包囲網をどうやって「突破」するのだろうか?答えはミスターJに聞く以外になさそうだ。「Jさんが呼んでおられます」男性が受話器を差し出した。「もしもし?」私はミスターJとの奇妙な会談に臨んだ。

ミスター DB ⑱

2018年02月03日 23時54分42秒 | 日記
極秘計画実行の2日前。病院から1通の書簡が送り出された。中身は「退院勧告書と抗議書と転院紹介状」だが、無論の事ながら「偽り」のモノである。転院先として記された医療機関名はここには書けないが、後々に追跡されても支障を来さない場所が慎重に選ばれた。関東圏の某医院とだけ記しておこう。会社へ郵送された書簡は、I氏の手で開封され、事業所長、総務部長、労務担当課長らに開示され、本通は事務方の手を経て本社へ転送された。写しは事業所長とI氏の手元に保管されたが、さりげなくファイルされており、総務部内の者がわざと「見ようとすれば、見られる状態」にされた。事務方の関係者も「何気なく見ようとすれば、平然と見られる」訳だが、これには裏があった。この書簡の内容については「Kに漏れなくてはならない」のである。内通者が「Kに通報する」事こそが重要で、私の転院先や退院の日時などが「すべからく漏れ出し、K達が事を起こす様に仕向ける」のが目的なのだ。案の定、数時間後には、Kの手元に情報は流れ出し、その内容を把握したKが部下へ次々と指示を出し始めた兆候が、ミスターJの監視網に捕らえられた。総務部に「地図やトランシーバーや列車時刻表」の貸し出し依頼が確認されるなど、表立った動きもI氏が見ている前で、平然と行われるなど、Kの動きはリアルタイムで把握されていった。私が大学病院を退院したその日の内に、関東圏へ移動する事もKは知り得ており、鉄道を利用して移動する事まで仔細に情報は漏れていた。
第1ハードルは、こうしてクリアされ、KはDBに代わって、私を「拉致」する事を画策した始めた。I氏は「トラップにKがハマった」事をキャッチし、第2段階へ移行する指示をミスターJへ送って、私の「護送」の手筈にかかった。一旦は私を病院から自宅まで「連れ戻し」夕方までには「目立たぬ様に送り帰す」と言う常に「危険と隣り合わせ」の際どい作戦だが、まず、私の家族を「避難」させる事から始められた。計画実行前夜に、ミスターJの差し回しのクルマで家族は脱出を敢行し、親戚宅へと「一時的に退避」を完了した。今回の計画の肝の一つに「Kに家族の面が割れていない」と言う事実があり、Kの部下に対する「目くらまし」として、ミスターJの仲間達が私の両親を演じる必要があるので「ホンモノの両親がいると怪しまれてしまうばかりか、計画が露見してしまう」恐れが多分にあったので、家を空ける必要があった。私の「代役」は既に選定済みで、背格好が似ていて年齢なども近い「仲間」が演じる手筈になっていた。無論、Kの部下に「拉致」される可能性を考えて、武術の心得があるのは言うまでもない。「代役」は私の退院当日の早朝に、自宅近くのN氏の元で待機している手筈であった。N氏は保全課の社員だが、かねてからKやDBのやり方に「叛意」を抱いていた硬骨漢であり、ミスターJの仲間に協力してくれた「内応者」であった。今回の「極秘計画」には、こうした「内応者」も多数加わり、諜報活動や撹乱工作に携わっていた。
いよいよ、第3ハードルの「病院脱出」の日。わざと土曜日が選ばれた。平日だとKや部下達が動けないからだからだが、手続きの面からも疑いを持たれない様にするべく、あくまでも慎重に日取りが決まったのだ。午前9時キッカリにミスターJの仲間の男女は病棟に現れた。左襟に「緑のピンバッチ」がさりげなく着けられているのが「仲間」である証明だと聞いていたので、すぐに分かった。挨拶もそこそこに、仲間達は手筈を整えた。大きめのバッグに私の荷物をパッキングして、病院からは「応急処置セット」を受け取った。女性の方は看護師だと聞いていたので、万が一負傷しても手当を受けられるし、気分が悪くなっても処置をしてもらう事が可能だった。私の車は、病院の駐車場に停めっぱなしにしてあったので、車を引きずり出してから荷物を載せて、私は後部座席に座る。運転は「男性の仲間」が担当した。同じく後部座席に座った「看護師の仲間」は携帯を使って、逐一別の仲間達へ状況を報告し始めた。どうやら、ミスターJは遠隔でモニタリングをしているらしい。「来ましたよ」運転席の男性が言った。「会社の車はバックミラーの裏側に蛍光シールを貼り付けあるから、すぐに分かります。振り向いてはいけない。何かあれば指示しますから、素知らぬふりをしていて下さい」「何台です?」と私が聞くと「1台ですね。しかし、もう1台がうろついているはずですが、いずれ網にかかって妨害されるでしょう。どうやら強行手段には出ないでしょう。高速を走って帰りますが、仲間達が護送車部隊を手配してます。容易には手は出せませんよ」と男性の方は余裕すら見せた。看護師の女性も「落ち着いて下さいね。手出しはさせませんし、現状では追って来るのが精一杯のはず。彼らだって警察沙汰には出来ないから」と私を落ち着かせた。やがて車は高速へ入って、緩やかに加速し始めた。すると、2台の車が続いて進入し、追い越し車線を走行して前に出ると、ハザードを点灯させた。「護送部隊です。これから追跡の車の妨害に当たります」と男性が言った。彼らの車を追い越す際、こちらへ手を振っているのが確認された。走行車線には、大型トラックが列をなして進んでる。「丁度いい盾が揃った」男性は徐々に車を加速させ、追跡の車を引き離しにかかった。「護送部隊」の2台は、後方に下がりわざと緩やかに走って、追跡の車を前に進ませないように、それとなく行く手を阻みながら追走して来る。「変だわ。追って来るのは相変わらず1台だけよ!もう1台は現れないと護送部隊が言ってるわ」看護師の女性が首をかしげている。「連絡はあったか?」男性が看護師の女性に確認をする。「待って、今、内応者からの情報が届いたそうよ。もう1台は先にあるPAで待機しているらしいわ。挟み撃ちを狙っているみたいよ。降りる予定のICにも新たに不審な車両がいるって言ってる!」「Jさんからの指示は?」「降りる予定のICを変更すると言ってるわ。JCTまで進んで東京方面に向かえと。途中、SAに入って追跡の車をやり過ごしてから最初のICで降りろと言ってる」緊迫する中でもミスターJは、冷静かつ的確な変更を指示して来る。ICにいる不審な車両は間違いなくKの部下達だろう。実は、のちに聞いた話しによれば、KだけでなくDBも網を展開して待ち構えていたのだ。進路を変更すれば、それらの車両も慌てて追跡を開始するはずだが、少なくともJCTで2択、次のICでは3択を迫られる。Kとて私が「裏を掻く」と読めば読むほど戦力を分散せざるを得ないのだ。奴らの目的は「私の捕縛」であり「精神修行へ送り込む」事にある。病院から放り出されたと思い込んでいる以上、目的はそれしかないのだ。遠回りになっても安全に自宅へ戻るには、進路変更は必須となっていた。「大丈夫?気分は悪くない?予定より遅れて帰るけど体力に余裕はあるかってJさんが聞いてるけど?」看護師の女性が心配そうに私に言った。「まだまだ余裕はありますと伝えて下さい」と返答すると「Jさんが予定を変更する様に言っている。擬装工作1号だって」「了解ですと言ってくれ。さて、後ろを更に引き離します。少々手荒な運転になりますから、もう少し踏ん張って下さい」男性はそう言って、加速を可能な範囲ギリギリまで上げた。「内応者からの連絡よ。PAにいる車への妨害工作を始めるらしいわ。本線から気を外らせる様に話しを始めたと言ってる」「その隙は頂こうか。後、10分間は粘ってくれれば間に合うと伝えてくれ!後方は相当に粘ってくれてるから、前に出させなければ問題ないとな」「分かったわ!Jさんもこのまま逃げ切れ!と返答してるそうよ。出来るだけ急いで!」にわかに緊迫する車内で、私は眼を閉じて息を整えた。どの道、一連托生なのだ。私は「逃げ切れる」と思った。しかし、K対ミスターJの知恵比べはどちらが勝つのか?はまだ分からなかった。

ミスター DB ⑰

2018年02月01日 18時01分06秒 | 日記
水曜日、I氏は病院にやって来た。事業所所長と供に、まずは「DBの件」を陳謝し、処分内容と再発防止策を説明し「二度と迷惑はかけない」と明言して病院側の理解を取り付けた。DBの「特攻」に関して、病院側は「非常識極まり無い暴挙だ」として「警察への相談と逮捕を要請する」と強行な姿勢を中々崩さなかったが、会社側の必死の陳謝と誓紙の提出により、辛うじて合意に漕ぎ着けた。次にDBが現れた場合には、会社側も「連帯責任を負い、本社が全責任を取る」と言うある種「当然の内容」ではあるが、I氏達にして見ればDBの為に「詰め腹を切らされる」ハメになるか否かの境目である。彼らは、ひたすらに謝り続け、誓紙も書いて、首の皮一枚を残す事に成功した。I氏達も「被害者」なのだが、DBが「社員」でいる以上、上層部として「監督責任」は発生する。本来なら、本社からも「人手」を寄越して謝罪すれば良かったのだが、本社はKに関する「機密漏洩」でてんてこ舞いだったらしく、地元で「丸く収める方向へ持っていってくれ!」と懇願され、I氏達が「御役目」を果たす事になったらしい。そんな状況であった為、I氏が病棟に現れたのは昼も間近な午前11時頃であった。「みっちりやられたよ」意気消沈気味でI氏は私にボヤいた。事業所所長は「極秘計画」の件で先に帰ったらしい。「まずは、DBの件から話すか」と言ってI氏は語り始めた。DBは当初、容疑を否定するなどして、シラを切っていたのだが「防犯カメラの映像」が残っていると詰め寄った結果、容疑を渋々認めて自白を始めたものの、ロープや手錠などの持ち込みは「否定」し続け、あくまで「引き継ぎの為だった」と主張し「暴力は振るっていない」と一部の認否を拒み続けたそうだ。K達の関与も否定し「あくまでも単独行動で行った」と主張し続け、頑なに口を割らなかった様だが、私の証言や病院側の証言により、DBが「患者を略取しようとした」罪状は認定され、無期限の「給与50%カット」が言い渡され、自宅軟禁を命じられたとの事であった。「自宅軟禁はいいのですが、また特攻して来る可能性はあるのでは?」と私が尋ねると「ただの軟禁じゃない!奴の車は押収してあるし、大の苦手なPCでの作業を押し付けてある。しかも期限までに終えなくては、給与を遡ってカットする制裁付きだ。家から出て行くヒマなど無いよ。しかもISOの文書だから、手を抜けば瞬時にバレる代物だ。DBは釘付けだよ」I氏は平然と言い放った。「そして、当然のことながらKが噛み付いて来る。DBの処分を寛大なものにしろ!とな。だが、今回の処分に関してはY副社長の命令なのだ。実は、今度の人事でY副社長が事業本部長に就任することになってな。早速、K達の権力を削ぐ動きをしたんだ。DBの後任はY副社長の懐刀だったM氏が内定した。事業部の上も若手の起用が内定している。K達は権力の8割を削がれた形だ。Kが噛み付いても歯の立つ相手ではないよ」「なるほど、DBもKも肩で風を切って闊歩する時代では無くなったと言う事ですか」私が想像した以上の地殻変動が、電光石火で行われた様だ。I氏は「結構凄い事になってるだろう?」と感慨深そうに言った。「Y副社長は、お前が活躍していた姿を見ているし、今も忘れてはいない。そんな社員が、地獄に喘いでるのを見過ごす事は出来ないと言っている。だから、これから話す極秘計画にしても、自ら発案され協力を要請したんだ!」Y副社長が私を覚えていてくれた事は、少し以外であった。でも、ずっと夜勤ばかりで「試作」に明け暮れ、毎朝Y副社長と挨拶を交わした時期を思い出して「多少の印象は残っていたのかな?」とは思えた。I氏は続けて「ミスターJも今回の事は、言語道断だ!と言って憤りをあらわにしていたよ!」「本人に会われたんですか?」と聞くと「まあ、密かにだが、人としてあるまじき事だし、人道的にも許される事ではないと、珍しく怒りに震えていたよ。KやDBのやり方は人の道を外れた、卑劣な犯罪だとも言っていた。今回の件は、1人の人間を救う為にも思想信条を抜きにして、全面的に協力をすると言っている。彼らにしてもKやDBは仇敵だし、何より人道支援として手を貸したい、命の問題を見過ごす事は、人としてあってはならないと言って、水面下で活動を始めている。まずは、KとDBの監視からだが、逐一情報は入っているよ」ミスターJが動いていると言う事は、計画が具体的に組まれた事を意味する。私はI氏に問うた「準備が整ったと言う事ですか?」「そうだ。かなり大掛かりな芝居だが、着々と計画は進んでいる。お前にも出演してもらわにゃならんが。とにかく、お前は一時的に行方不明になるんだ!病院から退院を勧告されて、転院する事にする。そして、転院先で失踪するんだ。その際にKとDBに誤った認識を持たせる。目先を逸らすんだ!奴らが誤った方向へ目を向けている間に、Y副社長が新しい根を根付かせて、KとDBを日干しにするんだ!後はシナリオを作って置くだけだ。お前は何もしなくていい。シナリオの通りに動いてくれさえすれば。病院側も協力はしてくれるそうだから、決行日さえ決まれば実行あるのみだ」思った以上に壮大なスケールの計画に、私は頷くしか無かった。前代未聞の「芝居」だが、最早同意する以外にはない。「分かりました。やりましょう」と異議はないと言うとI氏は「今日はここまでだ。後はこっちに任せてくれ。史上最高の芝居を演じてやろう!」と言って席を立った。とにかく「演目」は決まり、演者も揃った訳で、幕が上がるのを待つだけになった。果たしてKやDBを出し抜けるか否か?決行日を待つだけだった。