limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㊾

2018年09月29日 23時53分18秒 | 日記
“スナイパー”の運転する車は、副社長専用車の後方へハザードを点けて止まった。咆哮を続けていたエンジンが止まると、F坊とN坊が車から降りて秘書課長と握手を交わした。「ご苦労様です。副社長さんへの荷物をお渡ししますね」とF坊が言い、N坊がトランクを開けた。2人は手術用の手袋へ手を滑り込ませると、慎重にダンボール箱と分厚い封筒を手に取った。秘書課長は、副社長専用車のトランクを開ける。そこへ2人は神妙な手つきで2つの荷物を入れた。N坊は静かにトランクを閉じると「荷物は今の2つです。後は頼みましたよ」と秘書課長に言った。「何が入っているんです?」と秘書課長は怪訝そうに聞くが「何が入っているかは、知らない方がいいですよ。後々貴方に災禍が降りかからない為にもね」とF坊が釘を刺す。「そうか、知らない方がいいと言うのは、相当険悪か危険なものなのですね。貴方達もわざわざ手袋をして指紋を残さないようにしているくらいだ・・・。とにかく確かにお預かりしました。ミスターJに宜しくお伝えください」秘書課長は深々と一礼すると、副社長専用車に乗り込み、エンジンをかけた。「頼みますよ!」F坊とN坊が手を振る。秘書課長は軽く一礼しながら、横浜本社へ向かって帰って行った。「はい!よし!よし!よし!任務は半分片付いた。Pホテルの司令部へ向かうぜ!」F坊とN坊はハイタッチをすると、“スナイパー”の車に再び乗り込んだ。「司令部へ!」「おうさ!」3人の乗った車は、心地よいエンジンの咆哮を響かせてZ病院を後にした。ゴールは目の前であった。

Z病院から10分。午後4時20分に秘書課長は、横浜本社の車庫に副社長専用車を滑り込ませた。トランクを開けて、あらかじめ用意してあった台車に2つの荷物を慎重に移す。車に鍵をかけてから、台車を押して物流庫へ向かう。“目立たぬように”とY副社長に厳命されていたので、秘書課宛ての荷物を台車に積み増して、カモフラージュを図ったのだ。プリンターのトナーや封書を積み込み、何食わぬ顔で3階へ向かう。秘書課の課室へ入ると、荷を区分けして直ぐさまY副社長の部屋へ向かう。課員は幸い出払っていて誰もいない。ドアをノックすると「入りなさい」とY副社長の声が聞こえた。素早くドアを開けると台車を滑り込ませてドアを閉める。「荷物が届いております」秘書課長が言うと、Y副社長が直ぐに歩みより、ダンボール箱と分厚い封筒を応接テーブルに移した。「彼らは何か君に言ったか?」とY副社長が問う。「私は、何が入っているかを知らない方がいいと聞いているだけです」と秘書課長は答えた。「よし!それでいい。ここへ運んだ事も口外するな!あくまで君は“何も知らない”で押し切るんだ。間もなく県警のW氏が来るはずだが、彼の来訪はあくまで“私用”で通せ。W氏が来たら、ここへは誰も通すな!私は急用で今日は退社したと言って、用件だけをメモに残しておいてくれ!」Y副社長が指示を出した。「分かりました。W氏以外、全ての訪問者は差し止めます」そう言うと秘書課長は部屋を辞した。外へ出るとドアの在否を「不在」に切り換え、自席へ戻った秘書課長は、大きく息を吐いて呟いた。「何が始まのだろう?」彼には想像もつかない展開が幕を開けようとしていた。そして、否応なしに彼もその舞台へ昇る事になるのだが、まだ彼は知る由も無かった。

KとDBは、腹の痛みに耐えながら、必死になってトイレを探していた。陣痛の様な痛みは徐々に強さを増しており、耐え抜くにも限界があった。フロアをフラフラになりながら1周し終わろうとした時、漸くサウナの入り口付近にトイレを発見した。看板が小さすぎて見落としていたのだ。足元も覚束ない足取りでトイレに入ると、2部屋の空きがあった。最早、言葉を発するのも危険な状態の2匹は、目で合図をすると個室へ雪崩れ込んだ。「・・・!」奥歯を食いしばり、絶叫を抑えながら用を足す。見る見るうちにトイレの中は悪臭が充満していった。だが、ここで2匹に天祐神助があった。1つ目は“消臭スプレー”が置いてあった事だ。2匹は手当たり次第にスプレーを乱射して、悪臭を消しにかかった。2つ目は“強力な換気扇”が備わっていた事だ。コンビニの様な貧弱なモノでなく、扇風機並の能力を備えていた。これにより、悪臭はビル外へと排気され続け、サウナに達するまでには至らなかった。3つ目は“冷たいジャスミン茶”だった。ある時を境に急激に悪臭が薄まったのだ。乱射し続けた消臭スプレーの効果と扇風機並の換気扇の力で、トイレ内部の悪臭は一気に駆逐された。ただ、冷たいお茶は“下剤”としても働いたので、これまでで最長不倒となる20分あまりに渡り腹は下り続けた。ゲッソリとした顔で2匹がトイレから這い出す頃には、腹の張りはすっかり萎んでいた。冷や汗を洗い流すべく2匹は再度大浴場へ行き、ボディソープを大量に使って身体を洗った。浴槽の端へ滑り込み身体を温めながら、DBは湯を手ですって嗅いでみた。異臭は感じなかったし、湯気も臭くなってはいなかった。「ふー、どうやら“異臭の素”は駆逐できた様だ。K、嗅いでみたらどうだ?」DBに言われてKも鼻を使う。確かに異臭は感じられない。「やっと消臭完了か・・・、酷い目にあったものだ」Kはゲンナリとした顔で呟いた。「腹も引っ込んだし、もう次の段は来ないだろう。あれだけ出たんだ。腸にはもう残りはないだろうよ。異臭も収まったし、これで安心して外を歩ける」DBもため息交じりに言った。「次の問題は、服に染みついた臭いだが、消臭スプレーは残っているか?」Kが静かに聞く。「ああ、あれは別口で残してある。吹きかけてやればある程度臭いは消せるだろう」DBが思い出したように言う。「となるとだな、次の次は胃と腸の方だ。大分負担をかけてしまった。何か手は無いか?」Kが更に聞く。「確か、ここの1フロア下に漢方専門の薬局があったはずだ。そこに相談して、処方して貰うのはどうだ?」DBが提案した。「処方箋が無いぞ!大丈夫か?」Kが現実的な点を突く。「いや、その点は大丈夫だ。飛び込みでも処方はしてくれる。多少の時間は要するかも知れないが」DBは説明をした。横浜でも有名な漢方専門の薬局で、個別の相談に応じて生薬を配合してくれると。「それなら、そこへ行こう。どうやら薬を入れないと胃と腸は暴れるだけのようだ。今晩の夕飯にも関わる」Kは腹を摩りながら言った。「K、そろそろ出よう。出たら服の消臭とお茶の時間だ」DBはゆっくりと浴槽から出ていく。「DB、お茶はマズイぞ!“下剤”になったらどうする?!」Kは心配そうに言う。「ホットなら問題あるまい。どの道、水分を補給しないと湯当りを起こしそうだ」DBは落ち着いて答えた。「ならば、ホットのジャスミン茶を注文だ!ゆっくり飲んでる間に服の消臭も仕上がるだろう」Kは真顔で言った。2匹は、ホットのジャスミン茶を注文すると脱ぎ捨ててあった服に消臭スプレーを念入りに吹きかけ、平らにならした。程なく届けられたジャスミン茶をゆっくりと味わって飲んだ。親父臭は相変わらずだったが、強烈な悪臭の素はどうやら駆逐された様だった。時計の針は午後4時を指していた。

“スナイパー”の運転する車は市街地へと入り、ノロノロと進んでいた。F坊は携帯を引っ張り出すと“ランデブー完了。司令部へ帰投する。”と短いメールを送信した。「あー、嫌だ。市街地走行はストレスの素だ!」“スナイパー”の表情が曇る。「まあ、そうゴネルな。もう直ぐ任務完了だ。そうすりゃあ、ゆっくり休めるぜ!」N坊が気休めを言って紛らわせにかかる。「おっと、返信が来た。なになに“Pホテル地下駐車場へ直接入れ。3人揃って司令部へ出頭せよ”って言って来たぞ」F坊がメールを読み上げた。「俺にもお呼びがかかったか。これは、何かあるぞ!」“スナイパー”の顔つきが瞬時に変わる。「多分、拳銃鑑定の件だろうよ。それ以外に何がある?」N坊が言うと「ミスターJが、俺も呼び出すのは“別件”がある時と決まっている。今夜、もう一仕事あると見て間違いは無いだろう」“スナイパー”は何かを予測している様だった。「今夜か?!何があるんだ?」N坊とF坊は首を捻る。「まあ、帰ってみれば分かる。お愉しみは取って置こう」“スナイパー”は車を走らせながら言う。Pホテルまであと少し。渋滞を掻い潜って車は進んでいった。

午後5時キッカリにW氏は横浜本社を訪れた。受付から秘書課長へ内線が繋がれる。「県警のW様が、Y副社長を訪ねて来られましたが、いかが致しましょう?」「直ぐに出迎えに行く」秘書課長は反射的に言うと、正面玄関へ急ぐ。W氏を伴ってY副社長の部屋へ直行すると、ドアをやや強めにノックした。「入れ」の声を確認してドアを開けると「W氏がお着きになりました」と言って、客を室内に通す。「秘書課長、後は頼むぞ」Y副社長が言い、彼は静かに部屋を辞した。「Y先輩、ご無沙汰しております」W氏は軽く一礼する。Y副社長は応接席の対面へW氏を誘った。お互いに着席すると「W、忙しい所を済まない。実は、大変重要な品が先程届いたばかりなのだが、君の“検分”を受けたいと思ってな。とにかくこれを見てくれ」と分厚い封筒を差し出した。「私の“検分”ですか?経営は私の領域ではありませんよ!」とW氏は笑いながら封筒の中身を取り出した。小さな青いビニール袋とDVD-Rが一枚。いずれも厳重に封印されている。それと数冊の書類の束。W氏は黙って書類に目を通し始めた。見る見るうちに彼の顔から血の気が失せていく。次々に書面を繰りながら、小さな青いビニール袋とDVD-Rを交互に見つめる。手はわなわなと震え出した。「Y先輩、これをどうやって手に入れたんです!これは、私達がずっと追い求めていた“ある組織”と密接に関わりのある大変な証拠品だ!どうして先輩の手にこんな詳細なモノがあるんです?!」W氏は蒼白となった顔を上げてY副社長に問うた。「やはり“そのものズバリ”だったか。青竜会とZZZに関する重要な証拠品。君に“検分”して貰ったのは、正解だった様だな!」Y副社長は静かに答えた。「恥を承知で言うが、Z病院に匿っている本体の社員を本体の元社員とウチ社員が、着け狙っていてな。あわよくば亡き者にしようと画策しているんだよ。それで、私の知り合いの“陰の組織”に協力を依頼したんだ。そして、彼らの手に寄って集められたのが、今、君が見ている情報だ。“陰の組織”がどうやってその情報を掴んだのか?は、私も知らない。具体的なやり方も含めて。だが、君達県警の手で精査して行けば、ウチも君達も大いに助かる事になりはしないか?」「助かるどころか、青竜会を壊滅させられる切り札になりますよ!Y先輩、どこまで知っているのですか?」W氏は改めて問うた。「さて、どう答えたものかな。私は匿っている社員に、危害が及ぶ範囲でしか詳細は知らないと言わせて貰うよ」Y副社長は慎重に言葉を選んだ。「昔から変わりませんね。確証に迫って置きながら、肝心な事は知らないと言われる。決して表立って動きはしないが、裏ではしっかりと糸を引いておられる。そして、手柄は私達が立てるけれど、キッチリ見返りは手にされている。今回もそうですね?」W氏はY副社長の腹の中を見通している様に言った。「いつの間にか鋭さを増したなW。そこまで分かっているなら、取り調べをする必要も無いだろう?」「ええ、そうです。ですが、この書類に記されている事を証明出来る物証はあるのですか?」W氏はY副社長を真っ直ぐ見つめて問うた。「そこのダンボール箱を開けて見るといい」そう言うとY副社長はカッターナイフをW氏に手渡した。W氏が箱を開けると、パソコンの筐体が現れた。「なるほど、電源ケーブル付ですか。抜かりはありませんね。では、これらは我々県警に提供されると言う事ですか?」「私の手には余る代物だ。煮るなり焼くなり、検証するのは自由だよ」Y副社長は微かに笑みを浮かべている。「分かりました。Y先輩の事は一切伏せてかかりますよ。念のためにお聞きしますが、Z病院の方のゼロアワーは?」W氏は時計を見ながら問うた。「明日の午後3時だ。少々キツイのは分かるが、何とか間に合わせて欲しい」「まだ、12時間以上ありますね。鑑識と科捜研に総動員をかければ、十分に間に合いますよ。既に下調べは付いていますから、再検証するだけですし。これだけの証拠品、無駄にはできません!」W氏は既にプランを練っている様だった。「分かっているだろうが“例によって・・・”」「“君若しくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても当局は、一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る!”でしょう?」W氏はY副社長のセリフを引継いで言った。2人の顔に微かな、そして不敵な笑みが浮かんでいた。「では先輩、確かに“バトン”は受け取りました。ここからは、我々の仕事です。必ず青竜会を叩いてご覧に入れましょう!」W氏は立ち上がって手を差し出した。Y副社長は強く手を握り返し「頼んだぞ!」と力強く言った。そして、秘書課長を呼ぶとW氏の車へ荷物を運ぶのを手伝う様に命じた。2人が相次いで部屋を辞すと、Y副社長は自席に座り大きく息を吐いた。「ここまでは上手く行った。次はDBの始末だな!」頃合いを見計らって、秘書課長を再び呼ぶ。「お呼びですか?」「ああ、君宛てにベトナム工場から封書が届いていないか?」と聞く。「はい、届いておりますが、私はベトナムへ送った記憶がございませんが・・・」「それを持って来てくれ。君にも見て置いて欲しい案件だ!」秘書課長は怪訝そうな顔つきで、封書を持って来た。Y副社長は封を開けて中身を取り出す。図面と写真が入っていた。「ふむ、ようやく整ったか。秘書課長、例の“個室”の完成図と写真だ」「DBを送る先ですね。少し高級過ぎませんか?」「多少の贅はやむを得ない。だが、ここへDBを送り込む手段が問題だ!」Y副社長は難しい顔つきで言う。「ご命令を受けまして、私は2通りの方法を考えました。1つは空路、もう1つは海路です。ですが、機密保持上、厄介な壁に突き当たっております」秘書課長も難しい顔に変わっている。「海路の場合、コンテナへ入れて輸送する事になりますが、随員も含めて体調管理が難しくなります。どうしても日数を要しますし、食事も考える必要に迫られます。従って、空路を選択する他ないのですが、DBが大人しく付き従うか、目的地をどう隠ぺいするかは、まだ思案中です」秘書課長の言葉は明らかに歯切れが悪い。「うむ、確かにその通りだ。目的地を悟られるのはマズイ。あくまで隠密裏に運ばなくてはならない。具体的にどうする?」Y副社長は、秘書課長の顔を伺う。「掟破りではありますが・・・、DBを睡眠薬で眠らせてから、車椅子で航空機へ乗せるしか無いかと・・・。無論、眠らせるだけでは不十分なので、目隠しと防音用のヘッドフォンを装着させる事も視野に入れていますが・・・、実現可能かの検証は出来ておりません」秘書課長は済まなそうに答えたが「いいじゃないか!それで行こう!」とY副社長は手を打って同意した。「ええ?!それでよろしいのですか?」「それしかあるまい。中々の名案じゃないか。さて、睡眠薬をどうするか・・・?」Y副社長は立ち上がり思案を巡らせた。「うーむ、やはり彼に一肌脱いで貰うしかあるまい」どうやら思案はまとまった様だった。「秘書課長、明日の朝、ミスターJの所へ行ってくれるか?」Y副社長は尋ねる。「はい、それで彼に何を依頼するのですか?」「強力で持続性の長い睡眠薬を調達して貰うのだ。今、君が言った計画を説明して、実現に向けて協力を仰いで貰いたい!DBを確実にベトナム工場へ送り込むには、それしかあるまい。陣頭指揮は、君が取るのか?」「はい、そのつもりで考えております」Y副社長は頷きながら「それでいい。トップとして、依頼を持ちかけるんだ。何なら、この図面と写真を公開しても構わん。その線で明日、調整に行って貰いたいが、試案をまとめられるか?」と問うた。「大枠は出来上がっていますので、ご許可いただければ直ぐにもまとめられます」秘書課長が答えると「よし、直ぐにかかってくれ!君の案で決定とする。だが、くれぐれも隠密裏に進めるのだ。他言は無用だ」Y副社長は断を下した。「はい、それでは明日は、朝から留守を致します。昼までには子細を決めて戻ります。午後にはZ病院の件もありますので、出社は昼前後とさせて頂きます」と秘書課長は答えた。「済まんが、宜しく頼む。秘書課長、昨日、今日と手を煩わせた。明日も苦労をかけるが、付いて来て欲しい。もう直ぐ全てが良い方向へ向く。ミスターJにも礼を伝えてきてくれ」秘書課長の右肩を叩きながらY副社長は言った。「分かりました。では、直ぐにかかります」そう言うと彼は部屋を辞して行った。夕焼けが眩しく部屋を照らしていた。「明日で全てが変わる。皆の努力が報われるのだ」Y副社長は窓辺に佇みながら呟いた。

Pホテルの地下駐車場に“スナイパー”の車が滑り込んだのは、午後5時を回った頃だった。咆哮を続けていたエンジンが静まると、3人は車から這い出して思い切り手足を伸ばした。「24時間ぶりのご帰還だ。まずは、コーヒーで乾杯したいよ」N坊が言うとF坊が頷いて「ミスターJに報告を終えたら、そうしよう」と同意した。“スナイパー”は車から銀色のアタッシュケースを引っ張り出すと「コーヒーでもお茶でもいい。とにかく1杯やりたい気分だ。スリリングな24時間だったな」とやはり同じことを言う。3人はエレベーターに乗ると司令部となっている部屋へ戻った。「おかえり、3人共ご苦労だった。リーダー、コーヒーを淹れてやれ!」ミスターJは1人づつ手を取り、肩を叩いて労った。「まずは、これを渡して置きます」F坊が分厚い封筒をミスターJへ手渡した。「おお、コピーだな。早速見せて貰おうか!正本は、Y副社長の元に送ったのだな?」「ええ、ちゃんと秘書課長さんに手渡してありますよ」N坊がコーヒーを飲みながら答えた。「お前、もう飲んでるのか?!報告を済ませるまで待て!」F坊がたしなめる。「まあ、いい。少し休め。暫くゆっくりと見させてくれ」ミスターJが報告書を繰りながら苦笑する。“スナイパー”はベッドにひっくり返ってくつろいでいる。司令部は束の間の静寂に包まれた。ミスターJは、時折頷きながら報告書を繰っている。リーダーも目を通している。「ふむ、リーダー、どうやら謎が解けたぞ!」「ええ、その様ですね。薬剤師が何故必要だったか?漸く分かりました!処方箋薬の密売か!」リーダーも頷いている。「青竜会は麻薬類だけでなく、精神科の処方薬やその他の処方薬までを大量に買い漁り、密売にかけています。裏サイトは“薬物のデパート”になってましたよ」F坊が見たままを報告する。「だから、薬剤師を雇う必要があった。薬の仕分けや発送には、薬剤の専門家がいなければ商売にならない。そう言うカラクリだったのか!」ミスターJが唸る「小包の山も、これで説明がつきます」リーダーも言った。「旧NPO法人の建物は、巨大な薬剤倉庫に変貌していると言う訳か。場所としても丁度いい立地だからな」ミスターJの疑問は、ようやく解けた。「3人共よくやった。これで青竜会壊滅の道筋も見えた。Z病院の件も明日には決着するはずだ。後は、県警がどこまで本気を見せてくれるかにかかっている。本件はこれで8割方解決したと言っていいだろう。今夜は前祝に繰り出すぞ!」ミスターJは微笑みを浮かべながら言った。だが「前祝ですか?!」「まさかとは思いますが、ジミー。フォンの店へ行くとか?!」N坊とF坊が蒼白になって聞き返した。「俺も止めたんだが・・・、ミスターJが自ら出向くと言いだされて、予約を入れてあるんだ」リーダーが苦り切った顔で言う。「正気ですか?!」「俺達もフォンと対峙するって事ですよね?!」N坊とF坊が真顔で聞く。「その通りだ。お前達と“スナイパー”が護衛役だ!これで安心してフォンと向き合える」ミスターJは本気だった。「だから俺も呼んだ。そう言うシナリオですか?」“スナイパー”が聞いた。「そうでなくては、困るからだ。“スナイパー”お前さんの“本領”を存分に見せてもらうぞ!」ミスターJはニヤリと笑った。「ならば、コイツの出番って訳だ」“スナイパー”はアタッシュケースを開けた。そこに入っていたのは“コルト・パイソン357マグナム”。「シティーハンター、冴羽遼の愛銃!」「マジか?!」N坊とF坊が固まった。「心配するな。許可は貰ってる銃だ。弾はマグナム弾じゃなくて、ゴム弾だよ。当たっても死人は出ない」“スナイパー”は、さらりと言った。「だが、フォンはそんな事は知らない。ヤツをビビらせるには、これくらいはやらんと本音は吐かんだろう」ミスターJも意に介す風ではない。本気だった。「アチャー!」「とんでもなく、きな臭い夜になりそうだ!」N坊とF坊は撃沈されてしまった。「さて、そろそろ繰り出すか」ミスターJは上着を羽織った。「仕方ねぇ」「ああ、やるしかねぇ」N坊とF坊は腹を括った。夜の中華街へ4人は繰りだして行った。狙うは、ジミー・フォンの腹の中。夜空には月が昇り始めていた。

ミスター DB ㊽

2018年09月27日 15時13分02秒 | 日記
艱難辛苦の末にサウナへ逃げ込んだKとDBは、早速服を脱ぎ捨てて大浴場へ雪崩れ込んだ。「まて!K、まずシャワーを浴びないと湯が臭くなってしまう!」DBが慌ててKのダイブを止めた。依然として2匹の体からは、親父臭とともに微かな異臭が発せられていた。「そうだな、まずは洗濯だ!」KとDBは、シャンプーとボディソープを大量に使い、臭気を洗い流した。それから浴槽の端へと進み、首まで湯に浸かった。ゆっくりと手足を伸ばして、まずは体を温める。「あー、生き返るな。想定外の“追いかけっこ”をやらかしたから、身体の芯から疲れが抜けていく様だ」Kはようやくリラックスしていた。だが、DBは湯を手ですくい上げて鼻で嗅いでいる。「K、湯が匂い始めている!あまり長時間浸かっていると危険かも知れない!」DBは真剣な顔つきで言った。「何!それはヤバイぞ!DB、直ぐに再洗濯だ!」Kは慌てて浴槽を飛び出そうとするが、DBは腕を掴んで「K、ゆっくり動かないと匂いが拡散してしまう!そーと出るんだ!」と言って静かに浴槽から出た。2匹は直ぐにシャワーを浴びて臭気を振り払ったが「これでは“イタチごっこ”だ!浴槽全体が臭くなるのはマズイ!身体から“異臭の素”を駆逐しない限り、俺達には異臭が付きまとうだけだ!」DBは語気を強めて言った。「これまでに体外に排泄した分以外にまだ異臭の素があると言うのか?」Kはヤケクソになってボディソープを使っている。「多分だが・・・、血液中に“異臭の素”があるんじゃないか?」DBは一心に考えつつ言った。「だとすれば、高温室で絞り出す以外にないぞ!しかもリスクがある。また、臭くなると言う事だ!」Kの言う事は最もだった。だが、他に道は無い。「幸いと言っては何だが、今は客が少ない。今のうちに高温室を占拠して“異臭の素”を排出しよう!それしか手は無い!」DBは高らかに言った。「他に道が無いとすれば、やるしかあるまい。DB覚悟はいいか?!」Kが確認する。「ああ、どんなに臭くても我慢して見せよう!」DBは腹を括った。2匹は、高温室の中でも最も温度の高い部屋を選んで、中へと足を踏み入れた。暫くすると、2匹の体内から異臭を含んだ汗が多量に噴き出した。中はむせ返る様な異臭に包まれた。「息が苦しい、熱さより臭さの方がキツイ・・・」Kは高温室の扉に手をかけたが、DBが必死になって止める。「今、扉を開けると異臭が充満して大騒ぎになるだけだ!まだ、我慢だ!もう少し我慢すればきっと“異臭の素”は抜ける!K、我慢だ!」DBも室内に充満している臭気に気が遠くなりそうだったが、必死に堪えた。2匹の身体からは“ガマの油”の様に臭い汗が流れており、高温室からは微かに異臭が流れ出していた。

“スナイパー”の運転する車は、いよいよ第三京浜へ入った。こちらも艱難辛苦の末の到着であった。「ここまで来れば、庭先へ入ったも同然だ。後、1時間半でPホテルの司令部に着くぞ」“スナイパー”が言う。「ボチボチ連絡を入れて置くか」F坊が携帯を取り出して、短いメールを打つ。“第三京浜へ入った。司令部到着は1時間半後の見込み”時計の針は午後3時を指していた。「後ろからベンツがぶっ飛んでくるぜ」N坊が言うと右側を猛然とベンツが走り去った。「馬鹿め!この先は覆面の待ち構えているポイントだ。またしても警察の餌食になるな!」“スナイパー”が言った。暫くするとサイレンが聴こえて、シルバーのクラウンが前に躍り出た。急加速でベンツを追い詰める。「そう言えば前から気になっていたんだが、どうして覆面パトなんかは、みんな“クラウン”を使ってるんだ?」F坊が何気なく聞く。「それは、“クラウン”が開発段階から警察車両として使われる事を前提にして、設計・製作されてるからだ!」“スナイパー”が答える。「警察仕様ってのは、前提条件が厳密に決められているんだ。かつては、色々な車種があったが、警察仕様に改造する手間が意外と難しくてな、今じゃ“クラウン”だけが要件を満たす開発・設計をしてるからだよ。4ドアのセダンってのも必須条件だしな」「そう言う事かい?昔はポルシェとかもあったよな?」N坊が言う。「ああ、そうだが2シーターでは犯人確保に問題がでる。パトカーってのは移動する取調室でもあるからな。覆面にしろ普通のパトにしろ後席のドアは、内側から開かないようにしてあるしな」“スナイパー”は流れるように言ったが「えっ!そうなのか?!」とN坊とF坊は驚いた。「親切で警官がドアを開けてくれる訳じゃない。取り逃がさんように細工してあるから、外から開けるんだ」“スナイパー”はにやけながら言った。「ほれ、丁度取っ捕まってる」先程のベンツがバス停に追い詰められていた。「免停は免れないな。罰金も30万は喰らうだろう。ただ、ベンツで飛ばす金があるから、罰金何て屁でもあるまい」“スナイパー”は右車線へ出て、スピードに乗る。その時、F坊の携帯にメールが届いた。「何々、“Z病院へ向かえ。ランデブーの手配完了。証拠品を手渡して司令部へ帰還せよ”だとさ。どうやら時間を稼ぐつもりらしい」「県警だって明日までに検証しなきゃならない。時間はあるに越したことは無しか」N坊は後方を伺いながら言った。「Z病院でランデブーする相手は分かっているのか?」“スナイパー”が心配そうに聞く。「多分、昨日の秘書課長さん達だろう。そうでなきゃ俺達だって分からないし」F坊が言った。「そうだな。闇雲に“証拠物件”を渡す訳にはいかないし、面の割れてる相手出ないと信用に関わる」N坊も言う。「よっしゃ!Z病院までぶっ飛びと行くか!」“スナイパー”の車は、覆面を尻目に先を急いだ。心地よいエンジンの咆哮が一段と響き渡った。

Y副社長は、会議を閉じて自室へ引き揚げて来たばかりだった。“秘密の第2携帯”が震えたのは、椅子に手をかけた直後だった。この携帯の番号とアドレスを知る者は限られている。秘書課長すら知らないのだ。着信していたのは暗号メールだった。発信者は無論、ミスターJである。あらかじめ打ち合わせてある乱数表から解読すると、“ご所望の証拠物件の確保に成功。秘書課長殿を至急Z病院へ派遣されたし”と読めた。Y副社長は、直ぐさま内線で秘書課長を呼んだ。「お呼びですか、Y副社長?」30秒もしない内に、彼は半分開いたドアから声をかけた。「ドアを閉めて来い」とY副社長が言い、応接席へ座る様に誘った。「これから大至急、Z病院まで車を飛ばしてくれ!大変重要な品が届く。それを出来る限り目立たぬように、ここへ運び込んで貰いたい。車は君が運転するんだ。私の専用車を使って構わんから」と手短に秘書課長へ指示を与える。「分かりました。誰と会えばいいんですか?」と秘書課長が問うと「昨日、1日付き合ってもらった2人が来る。彼らが運んで来たモノをそっくりそのまま受け取って来てくれればいい」とY副社長が言った。「荷物の詳細は私も知らない、だが、これでKとDBは確実に葬り去れる。1昼夜あれば県警も検証できるだろうし、明日にもKとDBはZ病院で逮捕されるだろう」Y副社長の顔には安堵の表情が伺えた。「では、直ぐにZ病院へ向かいます!」秘書課長は一礼すると部屋を辞して行った。「いよいよだ。ミスターJが全力で搔き集めた情報を無駄にする訳にはいかん!」Y副社長は“秘密の第2携帯”を手にすると県警の後輩へ電話をかけた。「Wか?私だ。今、大丈夫か?折り入って頼みがある。大至急、私のオフィスへ来て貰いたい!Z病院に関わる件と暴力団に関わる件で、君に見せたいモノが手に入った。大変貴重な品だ。品定めに来てはくれんか?!」県警のW氏は「午後5時以降なら何とか行けます。必ずお伺いしますよ先輩!」と言って了承した。「済まんが頼む。明日の昼前までが勝敗の分かれ目だ!一応腹は括って来い!」と言って電話を切った。「やってくれるな!ミスターJ!確かに“バトン”は受け取った!後はWに県警を動かして貰えば鉄壁だ!」日は西に傾いていたが、まだ外は明るい。Y副社長の胸の内にも光明が差し込んでいた。

ミスターJとリーダーは、機動部隊の報告を受けていた。「遠望した限り、NPO法人の面影はありません。外壁は完全に塗り直されています。建物は、そのまま利用している様ですが、内部で何が行われているかは、窺い知る術がありませんでした」大隊長はありのままを報告した。「警察の張り込みは予想以上に厳しく、徹底しておりましたので、徒歩での観察も不可能でした。ただ、手前の集落での聞き込みは、既に報告した通りです。遠望からの情報としては、宅配便のトラックの出入りが非常に多いと言う点です。写真にも写っていますが、小包が数多く出入りしておりました。表札は写真では不鮮明ですが、青竜会系列の物産会社の物流センターと書かれておりました」写真の山から伺えるのは、警察の強力な張り込みと物資の出入りの多さであった。運送会社も多岐にわたっており、発送元と発送先でランダムに使われている様だった。「ふむ、とにかくNPO法人は壊滅しているようですね。中で何が動いているかも不明。使用用途も不明か・・・」リーダーは写真をひっくり返しながら考え込む。「後は、NとFが戻るまで待たねばなら様だ。恐らくZZZは、ここからKの自宅へ配送されたはずだ。Kのパソコンに証拠が残っていればいいが・・・」ミスターJも推測するしかなかった。「大隊長、これ以外に何かあるか?」ミスターJが問うた。「1つだけ、青竜会系列の物産会社の名前で、薬剤師募集のチラシが近隣に撒かれた形跡がありました。ハイカーに変装させた隊員が、道端で見つけたものです」と言ってくたびれ切った紙をミスターJに手渡した。「うーん、益々分からん。確かに薬剤師の募集だが、麻薬に薬剤師か?辻褄が合わんぞ」ミスターJも今回ばかりはお手上げの様だった。「大隊長、ご苦労だった。配置に戻って休憩してくれ。何かあれば、追って指示は出す」リーダーは大隊長にそう言うと「任務は予備隊に任せて、休んでくれ。今日は恐らく何も無いと思う。だが、悪臭には気を付けろ!この辺一帯に漂ってる」と警告した。「分かりました。どうりで外が匂うと思いました。嗅いだことも無い異様な臭気ですね。鼻が変になりそうだ・・・」リーダーと大隊長は鼻を摘まんで笑った。その時、ミスターJの携帯に着信が来た。「NとFからだ。“後1時間半後に司令部着”と言って来た。流石はAの子供達だ。さて、どうするか?だな」「と言いますと?」「大分時間を稼いでくれた。Y副社長の元へ一刻も早く届けたい。ランデブーの場所を変更しよう!司令部よりは、Z病院の方が近い。リーダー、NとFにZ病院へ向かう様に指示を出せ!Y副社長には、私から暗号メールを打電する!」2人は、それぞれの携帯からメールを打った。「これで県警を動かすのにも余裕が出る。NとFと“スナイパー”の3人は賞金ものだな。これで元NPO法人のベールも剥げるだろう」ミスターJは安堵の表情を浮かべていた。そこへ、今度は予備隊から連絡が入った。リーダーがオープンマイクに切り換えると「KとDBはサウナへ逃げ込みました。消臭に必死になっている模様です」と言って来た。「他に何か情報はあるか?」とリーダーが誰何すると「悪臭被害に遭ったコンビニの店員の話では“3ヶ月前にもまったく同じ悪臭事件に見舞われている。その時の犯人は外国人で、警察に連行されたものの嫌疑不十分で釈放されている。警官とのやり取りには英語で話していたが、外人同士ではスペイン語らしき言語で話していた”と言っています。その被害を克服した矢先にKとDBが、また悪臭を撒き散らした様です」と報告して来た。「分かった。悪臭には十分に注意して監視を続行してくれ」「了解」電話は切れた。「3ヶ月前にスペイン語だと?!まさか・・・」ミスターJの視線が泳いでいる。「どう言う事です?」リーダーは只ならぬ雰囲気に緊張した。「3ヶ月前、ニカラグアの麻薬組織のトップが密かに来日して、青竜会と接触を持っているんだ。まさかとは思うが・・・、ジミー・フォンが絡んでいるとしたら、ただの悪臭事件で済んだ筈が無い!元NPO法人の関係者が生贄にされていなければいいが・・・」ミスターJは何かを一心に考えている。「麻薬組織のトップがジミー・フォンの餌食にですか?」リーダーも不安そうに聞く。「いずれにしても、もう1手打たねばなるまい。リーダー、△珍楼へ予約を入れてくれ!私自ら食事に行くとジミー・フォンに伝えるんだ!」「えっ!本気ですか?!タダでは済みませんよ!命を狙われる恐れもあります!私が替わりに出向きましょう!」リーダーは必死になってミスターJを止めようとした。「いや、私は丸腰で行くつもりは毛頭ない!強力な護衛を連れて行く。NとFと“スナイパー”の3人だ。リーダー、これなら文句はあるまい!」「はい・・・、それでは△珍楼へ予約を入れます。ですが、くれぐれも用心なさって下さい」リーダーは携帯で予約を入れた。「ジミー・フォンは“最高のもてなしをする”と言っていました。何が“最高”なのかは疑問ですが」「それでいい。ジミー・フォンとは、いずれ真正面から対峙しなくてはならないと思っていた。それがたまたま今日になっただけだ。フォンの供述があれば、青竜会を叩き潰すのが楽になる。そうでなくとも、青竜会と言うハエを追い払うには、ジミー・フォンと言う殺虫剤がいる。扱いはむずかしいがな」ミスターJは腹を括った。“虎穴に入らずんば虎子を得ず”であった。

一方、“2匹の食用蛙”達は、全身を朱に染めて高温室で粘っていた。息も絶え絶え、身体は臭い汗で滑り、呼吸も困難になっていた。「いつまで・・・粘るんだ?」Kは今にも息絶えんばかりに言葉を絞り出す。「そろそろ・・・頃合いか・・・、片目が開かない・・・、K・・・脱出しよう・・・」DBも苦しさに耐えつつ言う。「よし・・・、素早く・・・出るぞ!力を・・・振り絞れ・・・」Kは扉のノブに何とか手をかけた。「せーの!」扉を開くと同時に、2匹は高温室から転がり出た。DBは素早く扉を閉じて、悪臭が流れ出すのを防いだ。しかし、2匹の身体からは強烈な悪臭が漂い始めていた。「シャワーだ!冷たくても構わん!この滑りを洗い流すんだ!」KはDBを引きずる様にして、シャワーを探し当てると、まずはコックを全開にして滑りを洗い流した。「あー、死ぬかと思った。我ながら酷い悪臭だ。DB、どうした?」DBは顔にシャワーを当てて目をパチパチさせている。「悪臭を含んだ汗が目に入った。痛くてたまらん。それにしても、この滑りが“悪臭の素”の様だな」滑りを洗い流しつつDBは断定した。「DB、急げ!俺達はまだ臭いままだ。大至急洗濯に行かねばならん!」Kが急き立てる。2匹は滑りを取り除くと、大急ぎで大浴場へ戻りシャンプーとボディソープを大量に使って、全身を洗い流した。2匹はその後、ジャクジーに浸かった。紫色の湯は微かに漢方薬の香を漂わせていた。DBは、またしても湯を手ですくって匂いを嗅ぎ始めた。「安心しろDB!ここは漢方の湯だ。悪臭は溶け込まんよ!」Kが自信ありげに言った。「今までの経過を思い出して見ろ!俺達は、化学薬物で悪臭を抑えようと躍起になった。だが、逆に悪臭は強烈になるばかり。俺達の身体の中の“悪臭の素”とは相容れないモノでは、悪臭は付きまとうだけだった。仮に、“悪臭の素”が生薬由来のブツだとしたら、ここに居る限り悪臭は漂わないはずだ。何故なら生薬が湯に混ざっているからだ!」Kはそう言い切った。事実、悪臭は抑え込まれたらしく、湯気も臭くなかった。「そうだ!間違いない。実際、臭気は感じられないし、悪臭も漂っていない。何故、今まで気づかなかったんだ!」DBは心底驚いた。「中華三千年の悪臭だとしたら、近代化学工業では消し去れない臭気もあるだろうよ。最も、俺達の発していた悪臭は、化学製品の香を飲み込んで、より強烈な悪臭へと変化し続けた化け物だったがな。漢方の悪臭には、漢方で消臭しないと根絶は不可能だったのかも知れんが・・・。どうだ?まだ、臭うかDB?」Kは腕を伸ばす。嗅いだDBは「何も感じない。消えている」と言った。「ここは気持ちがいい。暫くはここを動かない事だ。そうすれば、完全に消臭できるかも知れん」Kは首までどっぷりと浸かって目を閉じた。広いジャグジーには他の客も入りに来るが、誰一人異臭を感じない様だった。DBも首まで浸かると目を閉じた。それから30分、2匹はジャグジーに居座り続けた。心地よい香りと泡の刺激が2匹を安心させたのだが、そこへ新たな危機が忍び寄っているとは、思いもよらなかった。ジャグジーから這い出た2匹は、ジャスミン茶を飲み始めた。「俺達は、酒とコーヒーしか飲んでいないから、酷い目に遭った。これなら胃の中から消臭してくれるだろう」とKが言い出したからだ。冷たいお茶を3杯おかわりして飲み干すと、2匹はトランクスを履いてデッキチェアへ転がった。まだ膨れている腹にはタオルを乗せた。「どうやら“追いかけっこ”のツケが回って来たらしい。暫く眠るぞ!」Kは直ぐに爆音を響かせ始めた。DBも油断したのかウッカリ爆音を立て始めた。だが、悲劇は突然やって来た。キッカリ15分後に2匹は、腹に鈍痛を感じて跳ね起きた。「DB!感じないか?悪夢の鈍痛を!」Kは無意識に腹を抑えた。「あー!マズイ兆候だ!しかも最悪の事態になるかも知れない!」DBは青ざめた顔で周囲を素早く見渡した。トイレは1か所しか見当たらない。個室は2か所必要だった。「折角消臭に成功したのに、また悪臭まみれになるのか!」Kの顔からも血の気が引いた。徐々に鈍痛は強くなり、まもなく激痛に変わるだろう。「どこかにトイレは無いのか?」2匹は腹を抑えてフラフラと歩き出した。コンビニでの悪夢が頭を過る。「第4弾か!トイレはどこだ?」2匹は途方に暮れた。もう間もなく強烈な悪臭が漂うのだ。消臭スプレーも無い。サウナが悪臭地獄になるまで、残された時間はわずかだった。

△珍楼の奥まった部屋で、ジミー・フォンはいら立っていた。部屋の真ん中には、マホガニーの1枚板でしつらえたテーブルが黒光りを放っていた。テーブルには便せんとペンホルダーとコードレス電話の受話器しか置いていない。毎日このテーブルは、30分かけて専属のスタッフに磨かせている。今、彼は総料理長を呼びつけていた。「食材、食器、茶器は、最高級のモノを用意しろ!ミスターJが自らやってくるのだ!下手なモノを出したら俺のメンツに関わる。スタッフも美人を揃えるんだ!△珍楼の総力を挙げて、もてなすのだ!」「はい、既に準備にかかっています」総料理長は神妙に答えた。「言うまでも無いが、例の“秘伝のエキス”は使用禁止だ。素材の旨味を最大限引き出す調理をしろ。ミスターJまで敵に回すと厄介な事になる」フォンは事細かに総料理長へメニューの指示を出して、最後に決めつけた。「今夜はジミー・フォンの意地を賭けた勝負に出る。他の客は適当に食わせて置けばいい。ミスターJを最優先しろ!」「はい。承知しました」と言うと総料理長は厨房へ戻って行った。「何故、今夜なのだ?何かを掴んだから来るのだろうが、青竜会が絡んでいるとしたら、俺もヤバイ橋を渡るハメになる」ジミー・フォンはミスターJの出方を計りかねていた。「用心に越したことは無い」と呟くと、彼はフロントを呼び出した。「今日の夜の予約状況はどうなっている?分かった。今夜はこれ以上の予約を打ち切れ!飛び込みは、満席だと言ってお断りしろ!とにかく厨房は手一杯になる。そうだ。丁重にお断りをするんだ!いいな!」そう決めつけると、フォンはフロントを封じ込めた。「そうだ!最高級の茶葉があったはずだ!お茶も手を抜く訳には行かない!」フォンは厨房へ向かいながら「金龍烏龍はどこにある?!誰か持って来い!」と言い出した。その後、テーブル配置から椅子のセッティングまで、口うるさく指示を言い渡し続けた。

秘書課長は10分で、Z病院に着いた。副社長専用車は、パーキングへは入れずに路肩に止めた。バス停の後方80m付近だ。彼は車を降り立つと、周囲を見渡した。「まだ、着いていないのか?」時計の針は午後4時を指している。暫くすると後方からエンジンの咆哮が響いて来た。“スナイパー”の運転するスポーツカーが到着したのだ。窓からF坊が手を振っている。「あれか!」秘書課長も手を振って答えた。午後4時5分キッカリに、N坊とF坊と“スナイパー”の3人はZ病院にたどり着いたのだ。“大返し”の完結だった。

ミスター DB ㊼

2018年09月25日 14時58分40秒 | 日記
時間にすれば、30秒も経過しては居なかった。ただ、3人には3分以上に感じられた。スローモーションのようにBMWの右側をすり抜けるのだが、左右共に数cmの隙間しかない。右側には、トンネルの外壁が迫り、左側にはBMWの車体が迫った。エンジンは一際高く咆哮し、Gが容赦なく3人に襲いかかる。正に首の皮1枚の隙を突いて“スナイパー”の車はぶっ飛んだ。直後、BMWはトンネルの左外壁へ車体を擦り付けて停止し、後続の車両達は急ブレーキをかけて、追突を回避するのに必死になった。クラッシュ音とクラクションの音が盛大に響き渡る中、“スナイパー”は車速を落として走行車線に戻り、トンネルから出た。右車線には、危うく難を逃れたフレンチ軍団の車が、数台居るだけだった。3人は冷や汗を拭い、大きくため息をついた。「ふー、まだ俺達は神様に守られてる様だ。2人共大丈夫か?」“スナイパー”の声もかすれかかっている。「間一髪ってヤツだな」「神業を見せて貰ったよ」N坊に続いてF坊もかすれ声で応じた。「車もどうやら無傷で済んだらしい。これが都心環状線だったら、間違いなくアウトだった。天佑神助ってヤツだな。俺も久しぶりに無茶をやらかした・・・、まあ、最悪ドア2枚をおしゃかにする覚悟だったから、正に天祐だ」“スナイパー”がポツリポツリと言う。「警察無線がぐちゃぐちゃだ!どうやら追突事故になったらしい」F坊が言う。「後ろからは誰も来ない。勝沼と大月間の上りは通行止めになったな」N坊も言う。「BMWの整備不良が事故原因だろう。左前輪のバーストにオーバーヒートってとこかな?」“スナイパー”が分析を始めた。「割と新しい車体だったけど、オーバーヒートなんて起こすのか?」N坊が聞く。「あの車系から想像するとだな、直6のツインターボが載ってるはずだ。発熱量は半端ないくらいあるから、あまり気持ちよくブン回すと簡単には冷えない。ここまで連続して高速走行をしてれば、あり得ない話とは言えないな。昔に比べると最近のBMWって言うか、欧州車はオーバーヒートしやすくなってる。日本仕様でも例外ではないらしい」“スナイパー”が答えた。「バーストは空気圧不足かい?」F坊も聞く。「多分な。チラリとしか見てないが、低扁平率のタイヤの様だったから、可能性はある。最近のヤツらは、車の手入れもロクにしないから、こんな事故になるんだ。何でもかんでも電子制御化して、人の手でいじれる余地が無いのも一因かもな」自重気味に“スナイパー”が答えた。「冷却水の不足からのオーバーヒートと空気圧不足からのバースト。どっちも日頃から点検してりゃ防げる事だが、酷い事に自分の車のボンネットすら開けられないヤツが実に多い。1年点検すらやらずに乗ってるヤツらも居る。国産車ならともかく、輸入車なら人一倍気を使わないと、後々高い代償を払う事になる」“スナイパー”が言っている事は痛い所を突いていた。「俺達も同じ事を顧客に言ってるよ。キチントお手入れしていただかないと、漏電や火災になりますよってね。だが、壊れるまで何もしてないヤツが大半だ。ブレーカーが落ちっぱなしで通電しない言うから、調べるとコードの被覆が破れてショートなんてのはザラにある」N坊が憤然と言うと「ネズミにかじられたってのもザラだし、タコ足配線が原因ってのもよくある」とF坊も言う。「やらなきゃいけない事はきちんとやる。守る。これが一番だな!」“スナイパー”が真面目に言うと「その通り!」と2人が応じた。「間一髪をかわした訳だが、これから先の展望はどうだい“スナイパー”」F坊が真面目に聞く。「ともかく、危険回避には成功した。お前さんの言うように間一髪でな。この先の危険要素としては、高井戸までの区間のオービス、環八のオービスぐらいになる。多少のペースアップは出来るが、第三京浜に乗るまでの間を如何にして切り抜けるかだよ。車の流れは順調になるとは思うが、覆面と白バイは、どこに隠れているか分からない部分もある。スパートはかけれるだけかけるが、先程の様な危険はまだまだあると思ってくれ。警察無線の探知と後方の確認は必須だ。引き続き協力を頼むよ。だが、見通しは明るくはなった。少なくとも空からの追跡はもう無い。少し飛ばすぞ!時間を稼ぐチャンスだ!」エンジンの咆哮が高まった。車は空いている右車線へ移り、グングンと前へ進む。少しでも遅れを取り戻さなくてはならない。帰りの行程の半ばは過ぎたが、まだ横浜は遠かった。

異臭の原因が、自分達自身である事にようやく気付いた“2匹食用蛙”達は、近所のサウナを目指していた。だが、あまり急いで汗をかく事は避けなければならなかった。「日陰を選んでくれDB!このままでは、また異臭が服に付くだけでなく、周囲に漂ってしまう!」Kは極度に怯えていた。「分かっている。だが、日差しを避けるのにも限界はあるよ」DBはなるべくゆっくりと歩いて、発汗を抑えようとした。あいにくと言っては何だが、天気は快晴で日差しもたっぷりと降り注いでいた。すれ違う人々は皆、異様な臭気に顔をしかめていた。「DB、ちょっと待て」とKは言うと、ドラッグストアへ駆け込んだ。数分後、Kはビニール袋を手にして店を出て来た。道端で上着を脱ぐと「DB、消臭スプレーをかけてくれ!」と言った。DBは、首から下の衣類目掛けてスプレーを噴射した。それが済むとKは、DBにも同じ処理を行って、最後に2匹の上着にスプレーを噴射した。「これで、暫くは持つだろう。目的地までは後どのくらいだ?」Kがそわそわしながら聞いた。「あそこのビルの上だ」DBは数百メートル先のビルを指して言った。「DB、何か感じないか?俺は腹に鈍痛を感じ始めている。このままだとヤバイ事が起こりそうだ」Kの歩みが少し落ちている。「うっ、俺も痛みが来始めた様だ」DBも歩みが慎重になり始めた。「DB、サウナの前にトイレを探さなくては危険だ!先程、食ったせいで腸が動き出した。第2段目を放出しないと・・・」そこまで喋ったKだったが、鈍痛は激痛へと変わり始めていた。DBも徐々に痛みの波が激しさを増してくるのを感じた。「コンビニがある。50m先だ!何とか持ちこたえられるか?」DBは必死に歩きながらKに聞く。「仕方ない、コンビニのトイレをジャックしよう。その前にこれを持っていけ!」苦痛に顔をゆがめながらKは、トイレの消臭スプレーをDBに手渡した。「急ごう、もう・・・我慢の限界だ。スプレーは用を足している間に撒き散らせ!そうしないとまた異臭が漂ってしまう!」2匹はヨレヨレになりながらコンビニへ入った。幸いトイレは空いていた。冷や汗にまみれながら2匹は、トイレをジャックして「ウーン」と呻きながら用を足した。直ぐに悪臭がトイレを包んだが、トイレの消臭スプレーを噴射しまくって、必死に悪臭を消す事に努めた。昨夜のツケは、猛烈な悪臭を放ちながらKとDBの腸から流れ下った。消臭スプレーの噴射で多少は悪臭も抑えられたが、消臭スプレーの匂いと悪臭と親父臭さは混じり合い、新たな異臭となってコンビニの店内へと漂い始めていた。店員たちはトイレ付近からの異臭に仰天したとの同時に、消臭スプレーの噴射音から「ガススプレーを使って、何かよからぬ事をしているヤツが居る」と判断した。即刻、客を店外へ避難させると同時に、警察へ通報した。KとDBは、それどころではなく腹の痛みに耐えながら、必死にいきんでいた。消臭スプレーを駆使して悪臭を抑える努力も怠らなかった。水を流して詰まりを防ぐ事もしながら、悪臭や痛みと戦っていた。15分後には、腸の動きも収まり始め、腹の痛みも消え失せていった。「やれやれ、どうにか治まったか」と2匹が最後にトイレ内に消臭スプレーを撒き散らしていると、突然激しくドアを激しくノックされた。「警察だ!2人共大人しく出て来るんだ!」2匹には見えなかったが、コンビニのトイレ付近は防護服に身を包んだ警官達によって固められており、極度に緊張が高まっていた。「何をしている?!早くドアを開けろ!」警官達が急き立てるが、2匹はどうしたものか?と悩んでいた。「しまった!またしても異臭が店内に流れたのか・・・」Kは唇を噛んだが、状況は最悪だった。出るに出れない。言い訳も通じるか分からない。2匹は進退窮まってしまっていた。

司令部に戻ったミスターJとリーダーは、機動部隊の報告を待っていた。だが、ホテルの周囲が急に騒がしくなった事に気付いた。パトカーのサイレンが飛び交っている。「何事だ?」ミスターJはお茶を飲みながら窓辺に移動した。数ブロック先で何事かが起こった様だった。警察は明らかに非常線を張っている。その時、リーダーの携帯が鳴った。相手は予備隊の隊員だった。リーダーはオープンマイクに切り換えると隊員が「KとDBがコンビニで警察に包囲されています!防護服を着た警察官がコンビニを封鎖しています!」と言った。「防護服を着た警官だと?!何をやらかした?強盗ではあるまい。どうしてそんな事件に発展した?」リーダーが聞き返すと「コンビニでKとDBがトイレに入ったのですが、どうも異臭が流れ出た様なんです。コンビニの店員が有毒ガス発生と勘違いして、客を退避させて警察を呼んでいるのです」リーダーは、先程のホテルのカフェでの異臭を思い出した。ミスターJは噴き出してお茶をこぼしそうになっている。唖然としつつもリーダーは「KとDBは何を使ったんだ?」と聞いた。「コンビニへ入る前に、Kはドラッグストアでトイレの消臭スプレーと別の消臭スプレーを買っています。恐らくそれらを多量に使用したせいかとおもわれるのですが・・・」隊員の言葉にリーダーは思い当たる節があった。「分かった。引き続き監視を続行しろ。ただし、異臭がしたら要注意だ!直ぐに退避しろ」「了解」と言うと連絡は切れた。ミスターJは苦笑いを浮かべている。「中国三千年の悪臭か・・・、恐ろしいなフォンのエキスの威力は」リーダーも「昨夜のツケが回ったのですね。それにしてもフォンの使ったエキスは何なんですか?」「私にも分からん。どうやら硫化水素よりタチの悪いガスを発生させる様だな。人は死にはしないが、とてつもない悪臭を放つのは先程身をもって体験した。そこにKとDBの親父臭と、各種の消臭スプレーが反応するのだ。恐ろしく臭いガスが生成されるのだから、警察も驚くだろう。とても人間の体から発せられる悪臭とは信じられんだろうが・・・」ミスターJも噴き出すしかなかった。「フォンの店でKとDBは、約6人前の料理を飲み込んでいます。腸が動く度に悪臭と共に下るとすれば、途轍もなく迷惑な話ですね」リーダーはゲンナリと言う。「どちらにせよ、自分が蒔いた種が原因だ。KとDBには自力で切り抜けて貰わなくては困る。お縄にするのは明日だからな」ミスターJもゲンナリと返した。「所でリーダー、NとFは何か言って来たか?」ミスターJは真顔で聞いた。「いえ、まだ何も連絡は入っていません。ただ、高速が通行止めになっています。何もなければいいのですが・・・」心配そうにリーダーが言うと「何もないと言う事は、無事なのだろう。本当の危機に陥らない限り、あの2人は連絡をしては来ない。多分、予定時刻までには戻って来るだろう」ミスターJはお茶を淹れ直してソファーへ腰かけつつ言った。「Aの子供達だ。必ず戻る」その言葉には確信があるようだった。

KとDBは絶体絶命の危機に陥っていた。警官は「早く出て来い!」と急き立てている。形勢は明らかに不利だった。「クソ!クソをしただけなのに、何でこうなるんだ!」DBは毒づいた。その時、Kがトイレから出た。猛烈な悪臭が流れ出たが、わざとらしく手を洗っている様だった。DBも意を決して何食わぬ顔つきでトイレから出た。さも気付かぬ様に手を洗う。あらたな悪臭が周囲に漂った。警官達は、KとDBの居たトイレから発せられる悪臭に七転八倒しながらも「2人共、ここで何をしていた!」と誰何した。「ただ用を足していただけだが、それが何か問題でもあるのか?!」Kが開き直って聞き返す。警官達は呼吸困難になりつつも「貴様たちの放つこの悪臭は何なんだ?それにトイレで何のスプレーを使っていた?所持品を出せ!」と何とか言い放つと、新鮮な空気を求めて出入口へよろめく様に出て言った。仕方なくKとDBは、所持していた品を出して防護服に身を包んだ警官へ手渡した。彼らはガスマスクを装着してはいたが、2匹の放った悪臭は既にコンビニ全体を包み込んで、商品を侵し始めていた。殊に食品類は、悪臭を吸い込んで新たな臭気を生み始めていた。KとDBは、その新たな臭気をモロに吸い込んで、喘息患者の様にむせ返った。それがまたいけなかった。KとDBは激しく咳き込んだと同時に、腹筋を動かしてしまったのだ。それは即座に腸へと伝わり、新たな鈍痛となって表れ始めた。「K、また鈍痛が始まった!ヤバイ事がまた・・・」とDBが言い終わる前に「DB!第3段だ!俺はもう限界だ!」とKが叫び、消臭スプレーを掴むとトイレへ飛び込んだ。DBも脂汗を滴らせ、何とか消臭スプレーを掴むとトイレへ飛び込んだ。「あぎゃ―!」と言う絶叫と共に、消臭スプレーを乱射する音が聞こえ、隙間からは猛烈な悪臭が流れ出た。防護服に身を包んだ警官達も含めて、コンビニ内の人間は全て退避せざるを得なかった。更なる悪臭は、コンビニの食品全てから臭気を生み出し、KとDBの発する悪臭と混ざり合い、コンビニ周辺へと漂い始めた。「封鎖だ!コンビニを封鎖しろ!全ての出入口と窓を閉じて、全員速やかに退避しろ!」指揮官は鼻を摘まんで絶叫した。慌てて警官隊と従業員が退避すると、ドアに目張りがなされ、コンビニからの悪臭の流出を食い止める処置が施された。だが、彼らは致命的なミスを犯してしまった。換気扇とエアコンを止めるのを忘れていたのだ。行き場を失った悪臭は、エアコンによって店内全てにばら撒かれ、新たな臭気と混じり合い換気扇に殺到した。コンビニのあるブロックへ強烈な悪臭が流れ出すのに、左程の時間はかからなかった。「まずい!大気汚染が拡大してしまう!」警官隊の指揮官は、鼻をハンカチで覆いながら唇を噛んだ。「このままでは、街中が悪臭に覆われてしまう!防護服とガスマスクを用意しろ!再突入してヤツらを捕えると同時に、ブレーカーを遮断するんだ!」警官隊は即座に装備を身に着けると、コンビニへ再突入した。ブレーカーを遮断してトイレのドアの前へと急行した。その頃、KとDBは“第3段”の放出を終えて消臭スプレーを撒き散らしていた。そこへまたしても「ドアを開けろ!」と言う警官達の荒々しい声と打音が響いた。「クソ!うるさい連中だ!だが、クソをしただけで何故捕まらなきゃならんのだ!」Kは毒づいたが、警官隊はトイレのドアをこじ開けにかかっている様だ。「分かった、降服するからこじ開けるのは待て!」Kは警官隊に叫び、投降の意思を伝えた。「ズボンを履いたら出ていく!DB!用意はいいか?!」Kが問うと「準備はいいぞ!K、ブルガリアだ!」とDBが返してきた。「よーし、では開けるぞ!」と言うと身を構えて突撃態勢を取った。スパン!と勢いよくトイレのドアを開けた2匹は、肩越しに警官隊へ突撃した。不意を突かれた警官隊は将棋倒しになり、数名がガスマスクを剥ぎ取られた。彼らは悪臭をモロに吸い込んで悶絶した。2匹はこの隙を最大限に利用してコンビニからの脱出を図った。事務所にある裏口のドアをぶち破ると、最大限のダッシュをして逃げ惑う。どこをどう走ったのかは、皆目見当も付かなかったが、市街地の裏路地を滅茶苦茶に走り回り、どうにか警官隊を巻く事に成功した。汗が滝のように流れ、異臭が2匹から発せられていた。「このままでは、いずれ見つかってしまう。とにかく消臭だ!」DBが喘ぎながら言葉を絞り出すと同時に、消臭剤のスプレーボトルをKに差し出した。「これはどうした?」Kも息も絶え絶えになりながら、スプレーボトルを受け取りつつ問うた。「コンビニから逃げる時に、掴んで来たらしい。汗を拭いたら全身にぶっかけよう」DBは手早く汗を拭くと、上着を脱いでスプレーを頭から吹きかけ始めた。Kも直ぐにそれに倣う。最後は2匹でスプレーを浴び合い、どうにか異臭を封じ込めた。落ち着いて周囲を見ると、そこはコインパーキングの物置の陰だった。「ここはどこだ?」Kが聞くと「サウナのあるビルの裏手の様だ。大分遠回りをしたが、目的地には着いたらしい」とDBが答えた。微かに風に乗って悪臭が漂っている。「裏口があるが、あそこからサウナに入れるのか?」Kが指さす方向には、裏口があった。「ここは利用者の駐車場のようだ。あそこから入ろう」とDBが周囲を伺いながら言った。「ひどい目にあったが、どうやらこれで消臭できるな・・・」Kは自身の匂いに異常が無いかを嗅ぎ続けている。DBは素早く周囲を伺い、裏口へ走った。どうやら気付かれてはいない様だ。「K、早く来い!中に入ってしまえばこっちのものだ!」DBはKを急かした。足早に2匹はビルに入り込み、エレベーターでサウナへ向かった。

警官隊の指揮官は、本署に無線で報告を行っていた。「そうです。中年の男2名が逃走しました。コンビニの店内からは強烈な悪臭が街中へ流れ出ています。えっ!引き揚げろってどう言う・・・。はあ、確かに悪臭だけで店から盗難などの申告はありません。ええ、3ヶ月前の一件と酷似しています。はい、分かりました。撤収します。」釈然としない表情の指揮官は「本署からの命令だ。撤収する」と部下に命じた。「ちょっと待って下さい!店はどうなるんですか?!」店長らしき男性は困惑しつつ食い下がった。「何も盗られてはいないんでしょう?確かに悪臭は酷いが、上からの命令なんです。引き揚げろってね」指揮官も困惑を隠さない。「3ヶ月前も同じように外国人に悪臭だらけにされて、先日ようやく再建したばかりなんです。これじゃあ泣き寝入りにしかなりません。逃走した2人は捕まえて貰えないんですか?」懇願するように店員達も言う。「3ヶ月前の外国人を逮捕して取り調べた結果、何も証拠は出なかったんです。結局、嫌疑不十分で釈放しました。けれど本署も悪臭を振り払うのに2ヶ月間苦しんだのです。今回も仮に逮捕しても、悪臭が残るだけで何も出て来ないでしょう。トイレの悪臭だけでは容疑は固められないのです」指揮官は苦々しそうに言った。「撤収準備完了しました」部下が報告に来た。「お気の毒ですが、我々はここまでです。悪臭は可能な限り封じ込めて下さい」そう言うと指揮官は「撤収だ」と言ってパトカーに乗り込んだ。コンビニの従業員と店長は膝から崩れ落ちた。「また、悪臭地獄にやられるとは・・・」店からは異様な悪臭が流れ出ていた。走り出したパトカーの中では「おい、何か臭うな!制服が臭い!このまま本署へ帰ったら署長から大目玉どころではないぞ!」と指揮官がうろたえていた。「確かに署長は、異様に匂いに敏感になっていますから、このまま帰るのはマズイです」運転している警官も臭さに気付いて蒼白になっている。「それにしても、3ヶ月前の一件とそっくりの悪臭だ。どうすればあんな“異様な悪臭”が人体から発せられるんだ?」指揮官は首を捻る。「分かりません。3ヶ月前の外人は、中華街の△珍楼で食事をした翌日に悪臭騒ぎを起こしています。それ以外は何も浮かんでいません」「ジミー・フォンか?!ヤツには手が出せない。青竜会さえ壊滅できれば話は別だが・・・」指揮官は悔しそうに言う。「どうしますか?この異臭?」運転している警官が聞く。「ともかく“消臭”するしかない。部下全員の頭からつま先まで徹底的に消臭しなくては帰るに帰れない!」指揮官は語気を強めて言った。「中華街へ向かえ!香を焚いて燻蒸するんだ!」警官隊は消臭するために中華街へと向かった。その後、コンビニは廃業に追い込まれたと言う。

ミスター DB ㊻

2018年09月19日 16時02分32秒 | 日記
“スナイパー”の運転する車は、ゆっくりと高速道路へ侵入した。天気は快晴。前後に目立った車の列は見当たらない。少しでも時間を稼げる区間では、車速を上げて走行する予定なので、エンジンは咆哮しスピードに乗った。「警察無線から耳を離すなよ!どこに居るか分かったもんじゃない!」“スナイパー”は前後左右に目を配りながら、速度を調整してく。「フレンチ軍団はどこだ?」N坊が後ろを気にしながら言う。「警察無線は沈黙してる」助手席のF坊も一心に聞き入りながら言う。「少し早めの出発だったから、“盾”が来るのは、これからだろう。前方のインターから乗り入れて来る可能性もある。いずれにせよ、間もなくフレンチの塊に包囲されるだろう」“スナイパー”は、少し速度を落としてフレンチ軍団の出現を待った。その時「何だ?あの奇怪な車両は?!」N坊が後ろ見ながら言った。「来やがったか!シトロエンの旧車共だ。ヤツらは、あまり速くは走らない。“防波堤”になるはずだ。ヤツらに抜かれない様に走らないと、ペースが落ちる」“スナイパー”は幾分車速を上げて、距離を保った。「“防波堤”ってどう言う意味だ?」N坊が聞く。「シトロエンの旧車は、その気になればもっと速く走れるが、無理な走行は避けるんだ。壊れたらオシマイだからな。その代わりに制限速度+αくらいのペースを保って、後続車両を堰き止めるんだ。そうすりゃ、邪魔者に遮られずに他の連中は“暴走”を愉しめると言う寸法さ!」“スナイパー”は肩を竦めながら言った。「警察無線が騒ぎ出した!前のインターから5台くらい侵入した車が、急加速で東へ向かってるらしい」F坊が報告する。「“掃除部隊”だな。トロイ車を走行車線へ追いやるのが、ヤツらの目的だ!」“スナイパー”が言うのとほぼ同時に、追い越し車線を続々とフレンチ軍団が抜いて行った。みな“GT”“GT-i”“RS”のエンブレムを付けている。「プジョーにルノーに新型シトロエンだ!本隊のお出ましか!」“スナイパー”は巧みに本隊をよけて、走行車線で加速する。「小淵沢、長坂、須玉、韮崎の各インター付近で、網を張ってるだろう。高速バス停当りには覆面か白バイが待ち構えてるはずだ。少し我慢するか・・・」“スナイパー”は、それでも時速95kmぐらいを維持している。緩やかな下りでは時速100kmぐらいに達する。改造GPSレーダーが反応し始めた。徐々に減速していると「左のガードレールの陰に警官が居たぜ!」F坊が報告すると「俺達が“盾”になってるから、ヤツらは捕まらない。まだ、先で餌食になってくれなきゃ困る。とにかく、付かづ離れずでヤツらの真ん中の位置をキープしないと・・・」車間と車速を細かく調整して、“スナイパー”は車を走らせる。フレンチ軍団は、前後と右に列をなして進んでいる。やがて県境を超えると、後ろに覆面らしきシルバーのクラウンがへばりついた。N坊が「車内の天井の真ん中に箱みたいなのが付いてやがる。覆面だってバレバレじゃないか」と言うと「気持ちのいい話じゃない。こっちをペースカーの代わりに使いやがって!」“スナイパー”は毒づいたが、突然右から轟音を轟かせて2台の車が、フレンチ軍団をパスして行く。「ランエボとインプだ。馬鹿め!後ろが黙っていると思うな!」N坊が言った瞬間、シルバーのクラウンが赤色灯を出して、猛然と追跡にかかった。「無線が小淵沢で確保って言ってるぜ」F坊がニヤケタ顔で言う。「これで分かっただろう?!調子良くぶっ飛んでくと、必ず餌食になる。少し先が手薄になった所で、こっちは加速するって算段だ」“スナイパー”は帆をかけて先を急ぐ。フレンチを“盾”にしてのカーチェイスは、まだまだこれからだった。

再度の覚醒は腹痛を伴った。“2匹の食用蛙”達は、腹部の鈍痛で目を覚ましつつあった。「いたたた・・・、腹が痛い」DBは、体が冷えているのを感じながら、顔のタオルを剥ぎ取ると腹部を抑えてソファーから転げ落ちた。鈍痛はやがて激痛へと変わり、冷や汗が滲んで来た。トイレへ駆け込むと「ウォー」と雄叫びを上げる。その雄叫びでKも意識を回復し、隣のトイレへ駆け込んだ。「ファー」「ウォー」と叫びながら、苦痛で顔が真っ青になる。張り裂ける寸前だった腹は、腸が急激に動いた事で、徐々に萎んでいった。昨夜のツケは思いの外重く、15分以上に渡ってトイレを占領するハメになった。トイレに閉じこもっていた2匹が室内へ戻ると、またしても異臭が漂っていた。「タオルが臭い。寝汗をかいた様だ」DBがげっそりして言うと「ソファーも臭うな。俺達はシャワーを浴びた後に、また沈没した様だ・・・」Kも鼻先を扇ぎながら言った。「最後のボトルがまずかった様だ。ほれ、2人で一気飲みをしただろう?」Kは鼻を摘まんでいる。「あれか?!それ以前に飲みすぎだよK!」DBは窓を全開にして風を入れている。Kはボストンバッグをひっくり返して、シャンプーとボディソープのボトルとタオル2枚を引きずり出した。「臭うタオルは、トイレに放り込め。もう一度洗濯し直しだ。ただし、1人づつだ。DB先に行ってこい。俺は臭いを消してみる」Kは女性が使う“石鹸の香”のボトルを手にDBを急き立てた。DBは、シャンプーとボディソープで悪臭を封じ込め、たっぷり汗をかいて浴室を出た。室内はKが撒き散らした“石鹸の香”に満ちていた。Kも悪臭を封じ込めると滴る汗を拭い、服を着た。DBも着替えていた。シャンプーとボディソープの香で加齢臭も抑えられ、室内はようやくすっきりとした空気に包まれた。「ようやく、まともになったな。すまん。昨日はやり過ぎた」Kは珍しく頭を垂れた。「だが、久しぶりに愉しかった。今日は休養日にして正解だったな」DBもしみじみと言う。「もう午後1時過ぎか。腹が縮んだら、猛烈に腹が減って来ないか?」Kが時計を見ながら言った。「ふむ、何か食いたい気分になって来た」DBが腹を摩りながら返した。「ともかく、下へ行こう。部屋も掃除させなくてはならん。特に臭いタオルは始末させないとマズイ」Kが苦虫を噛み潰したように言う。「そうしよう。明日の事もある。まずは、腹ごしらえだな」DBも同意した。“2匹の食用蛙”達は、遅い食事に向かった。フロントで部屋の掃除を依頼すると、カフェへ入り軽食を摂った。だが、まだ2匹の体からは異臭が漂っていた。その何とも言えない異臭に耐えかねた客が、2匹を睨みつけると席を立った。

客室係の女性達がKの部屋へ入った際、まず、異様な“石鹸の香”にたじろぎ、息を殺して、廊下に這い出した。「何よこれ?!この悪臭の原因は何なの?」強烈な“石鹸の香”に“腐敗臭”の様な臭いが混じり合い、室内は嗅いだことも無い異様な臭気に包まれていた。その悪臭は廊下にも徐々に流れ始め、フロア全体が臭くなるのも時間の問題だった。意を決した彼女達がKの部屋へ突入する。窓を全開にして、空調も全開に設定して異臭を追い払う。だが、そこかしこから異臭は沸いていた。「トイレと浴室からだわ!」「クレゾールを持って来て!」「ビニール袋もよ!」とにかく、消毒液を撒き散らす以外に対抗策は無かった。トイレに放置されていた臭いタオルを処理する時に、彼女達は失神寸前になったのは言うまでもない。トイレそのものも悪臭を放っていた。浴室とトイレに放置されていたタオルはビニール袋へ押し込んで、密封しなくてならなかった。また、トイレと浴室内の臭気を消し去るのには、まず大量のクレゾールを散布するしか無かった。「タバコ臭い方がまだましだわ・・・。ここまで臭いのは異常よ!」彼女達は切れかかって口々に言った。KとDBが脱ぎ捨てた私服と、Kの持ち込んだタオルも慎重にビニール袋へ移され、クレゾール液がかけられた上で洗濯へと回された。「まず、雨合羽を洗うボロ洗濯機で、臭気を抜いてからクリーニングへ回さないと、悪臭が他のお客様の洗濯物に移ってしまうわ!迂闊に洗わない様に!」タグには“異臭要注意”と書かれて、袋は密封された。徐々にクレゾール臭に覆われた室内では、香炉で大量のお香が焚かれた。燻蒸処理の様なものだが、布製品に染みついた悪臭を消し去るには、ファブリーズより強烈な効果があった。トイレと浴室でもお香が焚かれ、アルコール消毒と併用しての消臭が図られた。厄介なソファーの臭気はどうにもならず、別のセットと入れ替えるしかなかった。臭気を放つソファーは屋上に運ばれ、クレゾールが大量に吹き付けられた。1時間後、室内の異臭は一掃されたが、大量の“臭気を吸い込んだリネン類”が出てしまった。「捨てるしかないわね!」彼女達は、巨大なビニール袋の塊を前にしてゲンナリするしかなかった。次に彼女達がしたのは、自分達の着替えだった。気付けば、制服も異様な臭気を放っていた。「獣か爬虫類にでもなった気分。サイアクよ!」彼女達はKとDBを呪いながら、部屋を後にした。

KとDBは、コーヒーを飲みながら首を傾げていた。「何でみんな俺達を睨んでいくんだ?」2匹は口々に言ったが“自らが放つ異臭”には、まだ気付いていなかった。カフェの窓は全て開け放たれ、風は容赦なくKとDBに向かっていた。「うーん、しまった!臭いのがまだ抜けていないんだDB!だから、みんなに睨まれるんだ!」Kが呻いた。「どんな匂いだ?俺には分からん」DBは自分のそこかしこを嗅ぎながら答えた。「石鹸臭と親父臭さと別の匂いがごちゃ混ぜになってるらしい。これはマズイぞ!」Kは鼻の穴を全開にして周囲の匂いを嗅ぎ分けようとしている。「部屋へ戻るか?」DBが言うと「それでは部屋が、また臭くなるだけだ。このままでは、どこかで俺達の“消臭”をしない限り、明日の作戦に影響が出る」Kは何かを嗅ぎ取ったらしく鼻を摘まんだ。DBは「数ブロック先にサウナがある。もう一度汗を絞り出すか?」と聞いた。「それがいい。DB、案内してくれ。幸い“石鹸の香”のボトルは持っている。汗をかけば匂いは薄まるはずだ」Kはカフェの伝票を掴むと、足早に清算を済ませた。DBも急いで後に続く。2匹はサウナに向かってホテルを飛び出して行った。その様子をラウンジの奥で、ミスターJとリーダーがハンカチで鼻を覆いながら見ていた「ここまで臭い人間は初めてです。昨日、室内に侵入した時にはこれ程の臭さは感じませんでしたが・・・」リーダーがウンザリしながら言った。「恐らく、ジミー・フォンの仕業だろう。2匹が飲み食いした酒と料理には、多量のエキスがばら撒かれていたに違いない。中国三千年の悪臭だ。ヤツがまともに我々を歓迎する筈が無い」ミスターJも顔をしかめている。「料理の請求書がまともになったと思ったら、悪臭攻撃で仕返しですか?」リーダーは涙目になっている。「フォンの悪乗りの餌食になるのは、予想外だ。私もここまで酷い仕返しは初めてだ。フォンの請求書は値切る必要があるな!」ミスターJは憤然と言った。風により大分異臭は薄まっていたが、客たちもホテルのスタッフも困惑を隠さない。フロントでは、香炉でお香が焚かれている。「さて、我々は機動部隊の報告を待つとしよう。リーダー、司令部へ行こう。ここに居るのは危険だ」「はい、ようやくまともに呼吸ができます。臭さは鼻について中々離れませんが・・・」2人は司令部へ向かうべくエレベーターに乗った。客室の方は爽やかなお香の匂いに満ちていた。

長坂インターで1台、須玉インターで2台の車が警察の餌食になった。いずれもフレンチ軍団の隙間を縫って、しゃしゃり出た輸入車だった。「流石にフレンチ軍団は慣れている。自分達は、捕まらずに済む様に仕向けていやがる。調子に乗った連中は、俺達みたいに“盾”代わりにされて、片っ端から餌食か。だが、ここまでは俺の計算通りだ!」“スナイパー”は、巧みに隙を突いて車速を上げ下げする。「この先はどうなんだ?」N坊が後席から聞いた。「これから、勝沼当りまでが山場だ!警察も黙っちゃいないさ。恐らく、ヘリを使って来るだろう。空から追跡されたら、逃げようがない!」「取り締まりにヘリコプター?!マジか?!」F坊が仰天する。「マジだよ!有名な話だ。甲府盆地は遮るモノが無い。滑走路も無い。多少高度を上げ下げしても、ヘリが自由自在に飛び回れる。2機体制で待ち構えているだろう。空から地上に通報して、直近のインター・バス停・パーキングへ追い込めば、何台でも捕まえられる。空から来るとなると、警察無線が頼りだ!F坊、ヘッドフォンを付けろ!聞き漏らしたら速アウトだ!」“スナイパー”は真顔で言った。「そこまでやるのか?半端ないな・・・」N坊もあきれ顔で言う。「とりあえず、双葉へ寄る。ゴミの始末と燃料補給だ。一定の車速では走れないから、どうしてもガスを食っちまう。最後の追い込みに備えて置かないと、スパートもかけられない」車は、韮崎のアップダウンを通過して、緩やかに下っている。フレンチ軍団も車速を落として、双葉へ侵入する構えであった。ここまで咆哮していたエンジンが止まり、3人は双葉に降り立った。N坊がゴミの始末に走り、F坊とスナイパー”は車両と“荷物”の点検にかかる。特に目立った異常は見られなかった。N坊が戻ったところで、一同は地図を広げて作戦会議を開いた。「この先、勝沼までは大人しくするが、笹子トンネルから先は多少ペースを上げられる。ここで時間を稼がないと、高井戸から先が苦しくなる」“スナイパー”が地図を指して言う。「環八は不可避か?」F坊が聞く。「第三京浜回りが最速だろう。圏央道が開通してりゃあ、話はもっと楽なんだが、東名の渋滞を考えると結局は一緒だよ」“スナイパー”が言う。「国道16号は?」N坊も聞くが「慢性的に車の流れが悪いし、検問もあるかも知れない。リスクは最小限に留めないと。“荷物”を放り出す訳にもいくまい?」“スナイパー”の言う通りだった。「笹子トンネルまでの間に、フレンチ軍団も少しづつだが車が散っていく。秩父山地を越えて帰るヤツ、富士の裾野へ出るヤツがポツポツと出ていく。“盾”の数が減る分リスクは増える。これまで以上に、警察無線とGPSレーダーと後ろの監視が必要だ。悪いが気を抜かないで目配りを頼む」彼は2人に改めて協力を依頼する。「了解、時間はまだ読めそうにないな」N坊が言うと「環八まで行けば予測は立てやすくなる。それまでは待とう」F坊が言った。「では、お2人さん。出発しよう。まずは、ガスの補給だ」エンジンが再び咆哮した。燃料を補給した3人は、本線に進入して制限速度+αの速度で東へ向かった。暫く走ると、フレンチ軍団が右車線を猛然と進んでいく。しかし、魔の手は空から降りかかって来た。「おい、ヘリが降下しながら追って来るぞ!」N坊が後方から迫りくるヘリに気付いた。「どうやら追尾するらしいな。前方に居たヘリも旋回態勢に入っている」“スナイパー”もヘリの動きを察知した。警察無線を聴いていたF坊が「この先のインターとパーキングで捕捉態勢に入れと喚いてる」と言った。「いよいよ本領発揮か!一網打尽を狙ったな!だが、その分本線上の監視の目は逸れる。今のうちにトラックの列を抜くぞ!」“スナイパー”は一気に前に車を走らせて、大型トラックの列を抜き去り、粘れるだけ粘って遅い車を引き離しにかかる。後方に置き去りにした車列を確認すると、素早く走行車線へ戻り、ギリギリの線で加速を継続する。パーキングとインターの出口では、パトライトの洪水が溢れていた。フレンチ軍団の10台ぐらいが餌食になった。「ヘリは、相変わらず距離を保って追尾して来る様だ」N坊が報告すると「フー、暫し我慢か。あまり猛禽類は刺激したくない。もう直ぐ山が迫って来るから、離れるとは思うが気持ちのいい話ではない」“スナイパー”はため息交じりに言った。予想通り、ヘリは間もなく旋回して西へ向かった。勝沼インターを過ぎると、前が詰まり始めた。「後ろは消えたぜ」「無線では双葉上空で旋回して再追尾と言ってる」N坊とF坊がそれぞれに言うと「そろそろ加速のお時間だ。これからの上りを利用して、一気に前に出よう。トンネルへ入ったら状況を見て判断する」と“スナイパー”が言うのと同時にエンジンが盛大に咆哮した。右へ出ると、これまでの鬱憤を晴らすかのように、車はグングンと加速し前へ出る。後ろには、BMWが1台へばりついて来た。「先に出そう」“スナイパー”がBMWを前に出すと、直ぐに後ろを取った。もつれる様に2台の車はトンネルへ雪崩れ込んだ。BMWはムキになって更に加速を試みる。だが、突然BMWから白煙が流れ出した。「マズイ!!オーバーヒートか?バーストか?いずれにせよトラブル発生だ!」“スナイパー”は、加速を中断して車間距離を開けた。BMWはハザードランプを点灯させて、ヨタヨタと左車線へ退避しようとするが、ふらついて前に進むのもやっとの状態に陥った。「クソ!このままだと停止するしかねぇが、後ろから大挙して車列が来る!追突の危険もある!どうするんだ?!」忌々しそうに“スナイパー”が毒づく。BMWは徐々に左に避けつつあった。「2人共、腹を括ってくれ!一か八かBMWの右をすり抜ける!」“スナイパー”は慎重に右側のスペースを見極めた。「ここだ!!」と言う声とエンジンの咆哮が重なった。弾かれるように車は右車線に突っ込んだ。

ミスター DB ㊺

2018年09月17日 11時52分24秒 | 日記
午前10時を過ぎた頃、爆音がピタリと止んだ。“2匹の食用蛙”のお目覚めである。しかし、明らかに二日酔いの症状が2匹を苦しめた。「頭の中で銅鑼が鳴っている・・・」Kが呻くように言うと「あれだけのドンチャン騒ぎをすれば、当然だが・・・」DBも呻きつつ何とか起き上がった。息は酒臭く、室内も加齢臭が加わり非常に臭い。「窓だ・・・、窓を開けよう」Kがよろめく様に歩き、窓をこじ開けた。日は既に高く昇り、眩い光と風が悪臭の漂う室内へ雪崩れ込んだ。「あー、夕べは久しぶりに呑んだなDB」Kが額を抑えつつ言うと「紹興酒のボトルは何本だったかな?久しぶり過ぎて、記憶が無い」とDBも応じた。2匹は、水を求めてコップを手にすると、大量の水を飲み干した。その後、シャワーをたっぷりと浴びて、アルコールを抜く事に努めた。2匹がどうにかまともに喋れる様になるまでは、かなりの時間を要した。

時間は少し戻って、午前9時。リーダーは、機動部隊に作戦開始を指示した。法務局と相模原市のNPO法人の本拠へ向けて、部隊が進んでいった。ミスターJとリーダーは、相模原市の地図を広げて「ここです。NPO法人の本拠は、山間部の山裾にあります」「直近の民家まで300mはあるな。夜は、人の出入りも分かるかどうか微妙だ。街灯もあるかどうか?いずれにしても報告待ちだな」2人は互いに図上に目を走らせて言った。結果は、まず法務局から入って来た。「登記簿によれば、4ヶ月前に所有者が替わっています。NPO法人から、青竜会系列の物産会社に所有権が移っています。建物はそのまま残っている様です」と機動部隊員は報告した。リーダーは「やはり、青竜会の手に落ちた様ですね」と言い、ミスターJは「問題は、現在の状況だ。果たして何が待っているかだ。旧本拠の前を通り過ぎつつ観察して、川の対岸から望遠レンズで狙える観測点を探す様に指示を出せ!」と言った。リーダーは直ちに指示を送った。ミスターJは“耳”のスイッチを入れて見た。聞こえるのは、相変わらず爆音の様なイビキだ。「2匹はまだ爆睡中か」直ぐにスイッチを“自動検知”に切り換えると、地図を見つめ直した。「反対の山腹に公園らしき場所がある。ここから俯瞰できれば気付かれずに観察できるが、現地で見通せればいいが」と地図上の点を指しながら言う。「そうですね。遮る物が全くないとマズイですが、この高さなら上から見下ろせそうですね」とリーダーも言った。すると、NPO法人旧本拠へ向かっている機動部隊の先発隊から「旧本拠に近づいていますが、警察の覆面車とおぼしき車両を発見しました。あまり長居は出来そうもありません。後続の車両から“ハイカー”に変装させた隊員3名を降ろして、徒歩で確認をさせます」と報告が入った。「やはり、警察が動いていたか。今は、青竜会にも警察にも悟られたくはない。無理なら引き返して、反対側の山腹へ向かわせろ!」すかさずミスターJは手を変えた。「警察が動いていると言う事は、ZZZの関係でしょうか?」リーダーの問いに「確証は得てはいないだろう。ただ、青竜会が急に動いたので、何かあると睨んでの監視だろう。これで、こちらも動きづらくなった。よし、全車両を反対側の山腹付近へ回せ!“ハイカー”に変装させた隊員にも本拠には近づくなと伝えろ!手前の集落で聞き込みする程度で、手を引かせろ!」ミスターJは矢継ぎ早に指示を送る。「こうなる事を恐れていたんだ。警察にも青竜会にも悟られるのはマズイ。両者に悟られないポイントから遠望するしかあるまい」ミスターJは地図上を慌ただしく見ながら言った。「集落付近で情報がありました。4ヶ月前にNPO法人が“夜逃げ”同然に旧本拠から退去した翌々日、4台の黒塗りのセダンとトラックの車列が、旧本拠に入ったそうです。セダンの内1台には“金色の武田家の家紋”の様な印が付いていた様です。最近は、宅配業者の出入りが多く、午前と午後に定期便が運航している模様です。他には“金色の武田家の家紋”の様な印の付いた2トントラックの往来もあるとの事です。また別の情報では、大量のダンボールが資源物として、ゴミステーションに置かれていたり、事務員とおぼしき女性数名が通勤している様です。“ハイカー”に変装させた隊員も含めて全車反対側の山腹へ移動します」と本隊から報告が入った際には「“金色の武田家の家紋”の様な印?!武田菱と言えば、青竜会の“略章”ですよ!」リーダーが顔色を変えつつ言った。「ボス自らのお出ましがあったと言う訳か。NPO法人本拠は取り潰されて、青竜会の施設に変貌しておると見える。接近は危険だ。遠望で探るしかない」ミスターJは地図を睨むと「もう1ヵ所、遠望出来そうなポイントがある。学校の裏手側だ。ここにも部隊を回せ。当初のポイントをAとするなら、こちらはポイントBだ。2ヵ所から遠望させろ!ところで遠望するためのレンズは用意しているだろうな?」「はい、高倍率のフィールドスコープを持っています。撮影用の装備も持って来ているはずです」リーダーは指示を送りながら答える。「青竜会の“略章”を付けたトラックの出入りがあると言う事。大量のダンボールの廃棄がある事から推察すると、物流倉庫兼保管庫として使っている可能性が高い。ZZZを含む麻薬類もここにあるのだろう。機動部隊には、遠望しながら撮れるだけの写真を撮ったら引き上げる様に伝えろ!青竜会と警察に悟られるのは危険だ。午後2時ぐらいを目安に監視を打ち切らせろ!その間の情報は、司令部へ届ける様に言っておけ。携帯での連絡も一旦は打ち切る」ミスターJは決断を下した。「NPO法人本拠が壊滅している以上“彼”を送り込む先も無い。どうやら“修行”とやらに出される心配も消えたな。知らぬはKとDBだけだ」「警察が張り込んでいると言う事は、向こうも何らかの情報を得ていると見ていいのでは?」リーダーが言うと「5分5分だろう。確たる証拠は、まだ掴んではおるまい。ただ、この4ヶ月で青竜会の動きが明らかに変わった。警察としては、糸口を掴むべく張り付いているのだろう。今日の夕方以降は、ハチの巣を突いた様な騒ぎになるだろうが・・・。リーダー、機動部隊への指示は送ったか?」「はい、午後2時を持って作戦行動は終了させます。情報はここへ届ける手筈になっています。緊急の場合以外の携帯の発信も止めました」「うむ、後は“2匹の食用蛙”の動向次第か・・・」「そうです。予備隊は、法務局へ向かった部隊と合流して待機しています。いつでも追跡出来ます。しかし、昨夜のドンチャン騒ぎのツケは重いでしょう。動き出すとすれば、午後になるのでは?」「そうだな、化け物じみた“2匹の食用蛙”と言えども、流石に今日は動けまい。“耳”もまだ反応が無い様だから、食事どころでもあるまい。二日酔いを覚ますだけでも苦しいはすだ!」2人は顔を見合わせて肩を竦めて笑った。

バスタブに熱い湯を張り、シャワーも全開にして“2匹の食用蛙”達は、アルコールを抜く事に努めた。浴室はたちまち加齢臭と酒臭さに包まれた。その匂いに耐えかねて2匹は、喘息患者のように激しく咳き込んだ。シャンプーとボディソープをありったけ撒き散らして、ハゲ上がった頭から足のつま先までを洗う。だが、新たに加わった匂いのせいで浴室内は“異様な臭気”が充満してしまった。Kは浴室から這い出して、窓辺で呼吸を整えたが、その様は“食用蛙が鳴いている光景”そのものだった。DBは臭くなった湯を張り替え、再度全身を洗っていた。Kが居なくなった分異臭も和らぎ、呼吸も楽になっていた。ガマの油の様に大汗を滴らせ、DBがタオルを巻いて浴室を出ると、Kが飛び込むようにして浴室へ入った。同じように全身を洗い直し、異臭を振り払う。ガマの油の様に大汗を滴らせ、タオルを巻いて浴室を出ると、DBがヘタり込んでいるソファーの反対側へ雪崩れ込む。フェイスタオルをDBへ投げて自らも顔を覆う。DBは天井を向いたまま顔をタオルで覆った。腹は膨れ上がったままで、張り裂ける寸前。ゼーゼーと息は荒く、声を発する力はまだ出なかった。室内に充満していた加齢臭と酒臭さは、石鹸臭と加齢臭に入れ替わり、徐々に外気で薄められていった。暫くすると、また爆音の様なイビキが響き渡った。“2匹の食用蛙”達は再び寝入ってしまったのだ。その音は“耳”を通して司令部にも聴こえていた。「何か匂いますね・・・、生臭い感じの匂いが」リーダーが言うと「確かに生臭い。上から臭気が降って来た様だ。窓を閉めて置くか」ミスターJが笑いをかみ殺しながら窓を閉めて、エアコンを入れた。“耳”のボリュームを絞ると「“2匹の食用蛙”達は夕方まで動かん。予備隊へ食事を摂る様に伝えていい。取り敢えず前半戦は終わった」と言って時計を見た。午前11時を過ぎている。「残るは“基地”の動向次第だ」ミスターJとリーダーは、“耳”を自動録音にセットすると、昼食を摂りに外へ出かけた。久しぶりの外出だった。

同時刻“基地”では最後の詰めの作業が行われていた。“スナイパー”の拳銃の鑑定書と“ドクター”のZZZの鑑定書は、スキャナーでの読み取りを終えて、PDFファイルとしてシリウスの操作するパソコンに送られた。メールのデーターと閲覧履歴のデーターは、既に取り込まれている。残るは、書類の作成だけになっていた。「みんな手袋を忘れるな!我々の指紋が残らぬように気を付けてくれ!」シリウスが注意を促した。「了解、全員手袋をしてるぜ!プリントアウトの前から用心してるって!」N坊が言う。「スキャン用は破棄して、“本通”を2部作ろう。“ドクター”は手袋を外してくれ」F坊が言う。「そうだな、わしの指紋が残らなくては、本通にはならんからな」“ドクター”は手袋を捨てると、鑑定書を2部作成して自身の判を押した。「なんで“ドクター”の指紋は残ってもいいんですか?」「それはだな新米、“ドクター”が警察の鑑定も仕事にしてるからだ。県警間の横の連絡から“ドクター”の名前は知れ渡っている。もし、指紋が出ないとなると信憑性が無くなるし、再分析でもされたら間に合わん。“ドクター”が“何者かに拉致されて鑑定しました”って言う事を、県警に言い訳できなきゃアウトじゃないか!」F坊が説明を加えた。「ほい、こっちも出来たぞ!拳銃の鑑定書と元箱一式だ」“スナイパー”が奥のテーブルから声を挙げた。「鑑定書は1部づつ、ナイロン袋へ入れてジッパーで閉じてくれ。元箱は新米、別のテーブルに移して置いてくれ。今晩、返しに行くんだ!」N坊がメールのデーターを印刷しながら言った。「メールのデーターはこれだけだ。ホッチキスで止めてナイロン袋へ入れておく」F坊は、閲覧履歴のデーターを印刷し終わると「N坊こっちも頼む。俺はKのパソコンを拭き上げる」と言って、パソコンを分解し始めた。「1ヵ所でも拭き洩らしたらアウトだ。念入りに拭き取らなきゃならん」およそ手を触れたと思われる場所以外も、念入りにアルコールで拭いていく。“スナイパー”は、ダンボール箱と緩衝材を手に梱包の用意を始めた。「なるべく小さくしないと、俺の車のトランクに収まらん。上手く隠せるサイズに仕上げるのは結構骨だな」“スナイパー”はトランクのサイズと箱のサイズを繰り返し計り、大きさを見定めた。F坊が拭き上げを終えると、Kのパソコンの筐体はビニール袋に包まれてダンボール箱へ納められた。緩衝材で周囲を固めると、テープで閉じられ“スナイパー”の車トランクへ積み込まれた。シリウスは目を血走せながらも懸命にデーター処理を続けていたが、新品のDVD-Rを取り出すと“書き込み”に入った。「もう少しでDVD-RもOKだ。書類は出来たか?」と聞く。N坊が「書類の方は終わった。後は、DVD-Rの検証を待つばかりさ」と言った。F坊は「新米、大至急食料調達へ行ってくれ!車内で食えるモノを選んで買い集めろ!」と言った。「了解です。直ぐに行ってきます!」車屋の新人は、自分の車に飛び乗ると近くのコンビニへ走った。その時、DVD-Rがシリウスのパソコンから吐き出された。「よし、別のパソコンで検証開始だ!」シリウスは直ぐに検証作業に入った。既に書類は2通の封筒へ納められ、片方は封印されている。DVD-Rの検証が終われば、全ての作業が完了する。“スナイパー”は地図を広げて、ルートの確認をしている。N坊とF坊は証拠品の清涼飲料水のボトルと、ZZZの“粉末”を慎重に拭き上げて容器へ入れて封印にかかっている。“ドクター”も分析結果を自身のパソコンへ移して、検体の保管作業と分析室の整理にかかっている。後は、シリウスの検証待ちだ。N坊とF坊は証拠品の封印を終えると「シリウスどうだ?ちゃんと見えるか?」と言いながら、彼の操作するパソコンの画面を覗き込んだ。「ああ、目下の所異常はない。きちんと書きこまれているよ。漏れが無いか確認するから、もう少し時間をくれ」慌ただしく画面を見ながらシリウスは答えた。このDVD-Rこそが“本丸”であり、書類は二の丸の様なものだ。“本丸”がきちんとデーターを示さなくては、二の丸の意味は薄れる。細心の注意を払ってシリウスは検証を急いでいる。“スナイパー”はN坊とF坊を捕まえると「帰りのルートが決まった。フレンチを“盾”代わりに使って逃げ切るのが一番早そうだ」と言った。「暴走するフランス車に紛れるのか?」N坊が言うと「そうすれば、捕まるのは向こうだ。こっちはその隙に車速を稼いで前へ行く。付かず離れず距離を保ちながら走る。これしかない」“スナイパー”は答えた。「迂回しても時間は稼げないって事かい?」F坊が聞くと「あらゆるルートを考慮したが、取り締まりの確率の高い場所や、事故の多発地帯を避けて走るとなると、物凄い大迂回をしなくちゃ無理だ。何しろ時間が無いと来てる。最短で帰り付くとすれば、来た道を引き返すのが最善だと言う結論になった訳だ」“スナイパー”の表情は苦渋の選択を物語っていた。「だが、実際は警察無線の傍受やレーダー探知機の使用、“盾”代わりに使うフランス車の台数を考えると、一番安全に帰れる経路でもある。何しろ“重要証拠物件”も乗っているんだ。俺達だけが帰っても意味は無い。“重要証拠物件”を横浜へ確実に届ける方が重要だ。多少の面倒には目を瞑るのもやむを得ない」“スナイパー”の言う事は最もだった。N坊とF坊は「一蓮托生」「アンタの腕に賭ける」と言って、“スナイパー”の車にクーラーボックスに入れた証拠品を乗せた。シリウスは必死に画面を追っていたが「よし!完了だ!DVD-Rが仕上がった!」と言うと、目を閉じて暫く天を仰いだ。「はい、よし、よし、よし、よくやったシリウス!ご苦労さん。F坊、拭き取りを頼む」「よっしゃ!これで完了だな」N坊とF坊はシリウスの肩を揉んだり、早速拭き取りにかかった。ケースをビニール袋へ納めて、閉じられていない封筒へDVD-Rを滑り込ませると、封印をして平たいダンボール箱へ2通の封筒を納め、“スナイパー”の車に乗せた。ほぼ同時に車屋の新人が食料を調達して戻って来た。ビニール袋3つも車に押し込まれた。「みんなご苦労さん。これから俺達3人は横浜へ戻る。後の始末は任せるぜ!」F坊が代表して言った。「“基地”の片付けその他は、こっちでやる。無事に横浜までぶっ飛んでくれ!」シリウスも代表して言う。「さあ、出発だ!先はまだまだ長い!」“スナイパー”の車のエンジンが咆哮した。「じゃあまた“打ち上げ”で会おう!」N坊とF坊は、シリウス、“ドクター”、車屋の新人とハイタッチを交わすと、“スナイパー”の車へ乗り込み、“基地”を後にした。「さて、わしらも片付けとデーターの保存にかかるかの」“ドクター”がくたびれた声で言うと「ああ、俺達の任務はここまでだ。夜になったら拳銃をDBの菜園に戻せば完了だ」とシリウスも言う。「片付けだけでも、夕方までかかりそうですよ。大車輪でやらないと」車屋の新人は散らかり具合を見て呆然と言う。「つべこべ言うな。元に戻せばいいんだ。簡単じゃろうて」“ドクター”が車屋の新人の背中をどやしあげた。“基地”の3人は、それぞれに片付けにかかった。「無事に戻れ」と心の中で呟きながら。時刻は午前11時30分を少し過ぎていた。

その5分後、ミスターJの携帯にメールの着信があった。「“基地”を出発。到着時刻は未定。随時状況を送る」N坊とF坊が送ったメールだった。「“基地”を出ましたか?」リーダーが聞くと「その様だ。だが“到着時刻は未定”とある。何か障害に阻まれているのかも知れん」ミスターJの顔は曇った。「どうやら“重要証拠物件”の引き渡し場所を変更する事になるかも知れん。Y副社長側にも協力を仰ぐ必要がありそうだ」「ですが、ギリギリ間に合う可能性もあります。今後の推移を見てみては?」リーダーが進言した。「ふむ、どの道この計画は賭けだった。まだ、半歩はリードしておるな。NとFと“スナイパー”に任せるしかあるまい。Y副社長側へは私から極秘チャンネルで知らせて置こう」ミスターJは携帯を操ると、暗号メールを送信した。「待つだけじゃな。だが、あの3人は並の部下達ではない。必ず間に合わせるだろう」ミスターJは確信を込めて言った。