limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 30

2019年05月28日 14時37分21秒 | 日記
京都での宿泊先は3年前とほぼ変わっていなかった。以前に抜け出した非常階段の周囲も目立った変化は無かった。「うむ、これなら問題は無いな!」僕はホッとして部屋へ引き揚げた。さち達の部屋は廊下の隅で、僕等の部屋は、ほぼ真ん中付近に位置していた。同部屋の面子は“査問委員会”の男子を中心に8名で、赤坂と松田も含まれていた。僕がホテルのフロアの見取り図に見入っていると「参謀長、最短で抜け出すには非常階段しかねぇよな?」と竹ちゃんが聞いて来る。後ろには伊東も前のめりで来ていた。「ああ、この非常階段から出入りするのが最善だ!後は闇に紛れて、真っ直ぐに大通りに突き当たるまで走ればいい。そこから北上すれば“新京極”へ行くのは難しくはない。僕は今晩抜け出すから、後の始末を頼むよ!」と言うと「同じ事を考えてるとはな!俺と竹も今晩抜け出すつもりだったが、これじゃあ“後顧の憂い”を残す事になる!参謀長は単独だろう?短時間で戻るよな?」伊東が勝手な憶測を立てるが「残念ながら“同伴者”が居るよ!伊東は千秋に強請られて、竹ちゃんは道子の希望だろう?僕にも同じリクエストは入ってるんだ!だが、3人が消えるとなるとマジで“後顧の憂い”を残す事になるな!」と僕が返すと「えー、誰を連れ出すんだよ?まさか、4人全員じゃないだろうな?!」と伊東が腰を抜かす。「そんな無茶はしないさ。1年前からの約束を果たすだけ。連れて行くのは1人だけだよ!しかし、どうやって誤魔化すかな?」僕は真剣に考え始めた。「時間的な余裕を見りゃあ、1時間半が限度だろう?どうせやるなら“共同戦線”で行かねぇか?策謀にかけては参謀長にかなうヤツはいねぇし、伊東も出なきゃ千秋に吊るさるんだろう?」「ああ、確実に“薄情者”のレッテルを貼られるな。口も聞いてもらえなくなる」伊東がしんみりと言う。「そうだとしたら、答えは1つしか無い!“共同戦線”を張って同時に抜け出す算段を取るしかあるまい!3組だけなら安全に出入り出来る策は立てられるだろう。他に居たらダメだが・・・」と僕が言うと「乗るぜ!策謀にかけちゃあ第1人者の参謀長だ!俺はあんたに賭ける!」と竹ちゃんがいい「安全に行くならそれしか無いな!」と伊東も乗った。「そうと決まれば、他に脱走するヤツが居ないかを調べてくれ!決行時刻は“自由行動”の打ち合わせの後だ。“同伴者”にも含ませて置いてくれよ。時間は1時間半以内。僕は赤坂に後事を託すために打ち合わせを済ませて置く」「了解だ!伊東、行くぜ!」竹ちゃん達は調査に散った。僕は赤坂を捕まえると、計画を話して“後顧の憂い”を払拭してくれる様に持ち掛けた。「いいだろう。この2日3人には迷惑をかけっぱなしだ。そのくらいは眼を瞑るし、のらりくらりと言い逃れしてやるさ!安心して行って来い!」と同意を取り付けた。「松田、夜も堀ちゃんと撮影会をやるのかい?」僕はそれとなく聞いて見た。「ああ、フラッシュ撮影の練習も兼てやるつもりだが、それがどうした?」と松田は返して来た。「中庭だろう?あそこならスロー撮影も出来るし」「詳しいねー。一通りやって見るつもりだよ」と松田は機材の用意に余念がない。「帰ったら“公開”しろよ!そいつを参考にして僕達も基礎を勉強するんだからな!」と言って肩を叩くと「自信作は写真部の展示会に出すさ!参考になる様に凝ってやる!」と自信を見せた。これで堀ちゃんは“釘付け”が決まった。「さて、後はどの程度の脱走者が出るかだな!」騒ぎは大きければ大きい方がいい。僕は計算を立てつつ夕食を待った。

脱走予定時刻。6名が顔を揃えた。「幸子!」道子が驚いて声を上げると、慌てて竹ちゃんが口を塞ぎにかかる。「いいかい、これから闇に紛れて抜け出すが、絶対に振り返ってはいけない!大通りに出るまでは速足で、暗いところを選んで行くんだ!じゃあ、行くぞ!」僕は非常階段へ続くドアを開けると、5人を先に外へ出し素早くドアを閉めて身を翻す。「こっちだ!」僕の誘導で5人が足早に続いて来る。大通りに近づくと僕は5人を集めた。「時計を合わせよう。今、午後9時半だ。リミットは午後11時になる。誘惑はあるかも知れないが、リミットより前に戻らなくては危険度は倍以上になるから、その点は承知してくれ。ここから北へ300m行けば“新京極”は目と鼻の先だから、そこへ再び集まろう。竹ちゃん、伊東、これを持って行け!」僕は赤と灰色の粘着テープをそれぞれに渡した。「何に使うんだよ?」伊東が怪訝そうに言う。「要所要所に千切って貼り付けて行くんだよ!夜だから方向感覚を失いやすいし、迷ったらアウトだ!もし、方向感覚を失ったら直ぐに引き返せ!そしてこのテープを頼りに戻るんだ!そうすれば、余計な心配をする必要は少なくなる!」「それでコイツをねー。参謀長、そこまで読んでるのかい?」竹ちゃんが聞く。「あらゆる可能性を尽くして対処するのは、こういう時こそ大事なんだ。帰れなければ意味が無い!いくら楽しい時でも、後でカミナリが落ちたら台無しだ!それを避ける一番の早道がこの粘着テープなのさ。さあ、行こうか!1夜の夢物語だ。1秒も無駄には出来ない!」僕等は歩き出した。伊東と千秋を先頭に竹ちゃんと道子、僕とさちが続いた。「幸子、Yと夜歩きなんて堀ちゃんにバレたらどうするの?」道子が心配して聞いて来る。「どうって事無いもの。あたしはYを手放すつもりは無いの!例え堀ちゃんとぶつかってもいいの!もう、自分を偽るのは止めるの!」「Y、あなたも承知の上なの?」「ああ、今まで曖昧に過ごしてきたが、僕も腹を括った。さちの気持ちを無にする事は出来ないよ!」僕は道子に言った。「2人にその覚悟があるなら、あれこれ言っても無駄ね。そうか、遂にYも決断したのね。何となく予感はしてたから“やっとここまで来たか!”って感じ。Y、さちをちゃんと守りなさいよ!」と言うと道子は僕の背中を思い切り叩いた。「痛いよ!道子、手加減してくれよ!」僕が悲鳴を上げると「そのくらい我慢しなさい!やっと男の子になったんだから!」と言うと竹ちゃんの腕にしがみ付く。「伊東、竹ちゃん、ここへ1時間後に再集合だ!目印を忘れないでくれ!」“新京極”の目と鼻の先の像の前を僕は指定した。「了解だ!仲良くやれよ!」「参謀長、遂にやったな!じゃあ、お幸せに!」伊東と竹ちゃん達はそれぞれに夜の街へ消えて行った。「Y-、あたし達にも目印はあるの?」さちが心配して聞いて来る。「コイツを手放すものか!」僕はポケットから白い粘着テープを取り出した。「さすが抜かり無いわね。堀ちゃんは?」「松田の“撮影会”にご招待だよ。フロントに“和服があれば貸してもらえませんか?”って声をかけたら“浴衣の可愛いものがございます”って言ってたから、釘付けになってるだろうよ!」「ふむ、手は尽くしてある訳か?Y―!」さちは僕の胸に飛び込んで来た。「やっと2人きりで歩ける!どれだけ待ち焦がれたか分かる?」さちは嬉しそうに顔を埋めた。「さち、どこへ行く?」僕が聞くと「人込みは嫌、この川沿いを歩こうよ。それがあたしの夢だもの!」とさちは言った。僕等は川辺を手を繋いでゆっくりと歩いた。「夜と言う“非日常”だから、余計にドキドキするな。Y、キスしてもいい?」さちは、はしゃいで言って僕の首に手を回す。人目をはばかる事無く僕とさちは抱き合って唇を重ねた。「Y-、あたしは堀ちゃんと戦争をしても奪い取るからね!あたし決めたから!」さちは真っ直ぐに眼を見て言った。「本気になられたか!平坦な道では無いけど、手が無いことは無いよ。キーマンは松田だ。アイツが本気で堀ちゃんを狙ってくれれば、勝機と言うか戦争は回避できるかもな!だからこそ、今、アイツを試してる。中島ちゃんは石川が居るし、雪枝も3期生から手が伸びてる気配がする。つまり、それぞれの道が開ける可能性はあるんだ!グループは残るけど、それぞれに歩む道は別れてくれそうな未来は、そこまで来てるのかもな。そうすれば、血を流さずして僕等の事は落ち着くだろう。さち、もう少し待ってみよう!」「うん、そんな気配があるの?あたし達も変わっていくのね」「変わらなきゃいけないんだよ!いつまでも今のままが続く訳が無いだろう?僕達もそろそろ意思を示す時期にきているんだろうな。さちの決断は正しい選択だよ!」ひとしきり抱きあった後、僕等はベンチに座った。僕の膝にさちが座り込む。肩を抱くと「こうやって堂々と教室で居られる日は来るのかな?」さちが耳元で囁く。「そうしなきゃいけないよ。“保育園”はそろそろ閉園にしなきゃ!僕は、さちとの時間を大切にしたい!」「あたしも!ただ、向陽祭の時みたいに倒れないでね。Yが倒れるのはもう見たくないから」さちは頬に唇を押し付けた。その時風に乗って団子の匂いがした。「Y、お団子食べようよ!」さちはひらりと僕の膝から降りると、屋台へ引っ張って行く。みたらし団子を買うと2人で食べる。ちょうど小腹が空いていたので、タイミングも良かった。「あたし、道子や雪枝が羨ましかった。小さな頃のYを見たかったな!」「その頃に出会ってたら、こんな気持ちになったかな?高校で出会えたからこそ、さちが輝いて見えたかもね。でも、もっと早く出会いたかったのは偽らざる気持ちだよ!」僕等は互いに見つめ合うと笑った。しあわせな時間が過ぎて行った。

時計を見ながら僕とさちは、来た道を戻った。集合時間の15分前“新京極”の目と鼻の先の像の前には、既に竹ちゃんと道子が待っていた。「Y、さち!」僕等を見つけた道子が声を上げた。「よお、意外と早く済んじまってな!騒然とした中じゃ話も出来やしないからよ、早々に這い出して来た訳さ!参謀長達もこの川沿いを歩いたのか?」竹ちゃんが聞いて来る。「さちの希望でね。2人でのんびりと歩いて、団子を食べて来た。竹ちゃん達も団子か?」「ああ、ちょうど小腹が空いたんでな!夜食としちゃあ悪くないぜ!」僕と竹ちゃんが話していると、道子はさちに「どうだったのよ?Yと何をしてたの?」と気になる事を問い詰めていた。「Yとの約束を実現したまでよ。あたしとYは、ずっと前から今日を2人で過ごすって決めてたから。その夢が叶っただけでもあたしは満足なの。Yは、堀ちゃんにも同じ様に接して来たけど、ずっと前から¨宣言しよう¨って言ってくれてた。けれど、あたしがワガママを言って今に至ってるの。でも、今度は違う!あたしはYと歩みたい!ずっと傍に居たい!だから、あたしも心を偽るのは止めるの!どんな結末になってもいい!あたしはYの全てが欲しいだけよ!」さちの言葉に道子が気圧された。それ程、さちはハッキリと言い切った。「分かったわ。やっとさちも¨本心¨を言ってくれたね。Yもずっと待ってたはずよ!Y、今更だけどさちを守ってあげて!あたしも陰ながら応援するし、見てるから!」「ああ、我が身はどうなろうとも、約束は違えない!それは分かるだろ?」「うん、さちのためなら傷だらけになっても盾になるつもりでしょう?でも、それはやり過ぎよ!これからは2人で相談して決めて行けばいいのよ。あっ!Y、竹ちゃん!タイムリミットよ!」道子が時計を見て慌てる。「大丈夫だ!5~10分の誤差は修正出来る。だが、最悪の事態は想定しとかなきゃならないな!竹ちゃん、伊東と千秋はどっちへ向かったか分かるかい?」「本通りを北へ向かったはずだ。手掛かりは赤の粘着テープだが、順番が分からないぜ!」「そうだな、辿るにしても運を天に任せるしか無い。確率はどちらも50%だ。後5分だけ待とう!それでも来なければ、僕が突っ込む!竹ちゃんはここで2人を護衛しててくれ!」「だが、すれ違ったらどうする?もう、時間がねぇ!」「その時は、5人で先に帰ってくれ!僕はどうにかして潜り込む!」荒っぽい策ではあったが、不確定要素が多い場合は得てしてこうした方が安全な場合もある。僕と竹ちゃんは時計を睨んで待ち続けた。「残り2分だ!竹ちゃん、運を天に任せるか?」と僕が言った時、両手に袋を抱えて千秋と伊東が飛び出して来た!「おーい!ギリじゃねぇか!何やってんだよ!」竹ちゃんが伊東に詰め寄る。「悪い!」「はぐれちゃってさ!あたしが探し当てるまで散々苦労したの!」と伊東と千秋が謝る。「道々話そう!急がないと消灯前点呼に引っかかる!」僕は5人を急がせた。「何でこんなに買い物袋が多いんだよ!」竹ちゃんが不平を言うが「千秋のヤツ品定めに凝っちまってさ!動かないんだよ!」と伊東が弁明しきりだった。「袋はまとめられるか?」「ああ、3つに出来るだろうな!」「さち、道子、千秋を手伝ってやれ!手荷物は少ない方がいい」女子3名は袋をまとめ始める。「この粘着テープ様々だよ!ちょっと眼を離した隙に居なくなって、気付いたら迷子さ!」「でも、参謀長が“テープのところへ戻れ”って言ってたのを思い出して、来た道を引き返して合流出来たのよ!」伊東と千秋が口々に言う。「まさかとは思ったけど、備えあれば憂いなしを地で行っちまった訳か。けれど、全員無事に集合できたのは大きい。この先の“最後の関門”を突破するのには1人でも欠けてたらアウトだったからな!」僕は思わず安堵のため息を漏らす。ホテルまで残り500m余り、僕は一度5人を闇に潜ませた。そこからは文字通りジワジワと接近して行く。玄関先で複数の生徒が先生達に捕まっているのが見えた。「よーし、予定通りだ!意識が玄関ホールに向いてる今こそがチャンス!一気に行くよ!」僕等は急いで非常階段のドアを開けると周囲を伺いつつホテル内へ転がり込んだ。先生達の大声が微かに聞こえる。気付いた先生は居ない様だ。客室近くのソファーへ移動すると「アイツらが捕まってくれてて助かった!先手必勝だからな。こういう芸当は」と僕が言うと「あれも計算の内だろう?1時間のズレが勝敗を分けるのを知ってるから早めに動いた。さすが参謀長だよ!」と伊東達が笑う。「さて、怪しまれない内に各自の部屋へ戻ろう。じゃあ、おやすみ!」僕とさちは手を握り合うとそれぞれの部屋へ分かれて行った。「よお!どうだった?夜風に吹かれた3人衆!」赤坂が聞いて来る。「参謀長を連れて出たんだぜ!抜かりがある訳無いだろう?」伊東が当然の様に言う。「参謀長、明日の“自由行動”だが、とんでもない事になりそうだぜ!ウチのクラス以外にも、5組の敦子さん達のグループも合流する事になった。この勢いだとクラスの半数の女子を俺達2人で統率しなきゃならない!」落ち着いたと思ったら赤坂が爆弾を用意していた。「えっ!マジか?敦子さん達のところに男子は?」「居ない!だからこの分だと大キャラバンを2人で仕切る事になる!」「となると、ウチの4人と赤坂のとこの4人と真理子さん達5人と敦子さん達5人の18人の女子を僕と赤坂って話か?うーん、こりゃ無理があり過ぎる!助手がもう1人居ないと安全が担保出来ないぞ!」「ああ、実質は参謀長の指揮下に19名が従う形になる。どうする?今更、変更も出来ないだろう?」「いーや、ちょっと待て。久保田と交渉すれば道はあるかも知れない!松田!明日はどうするつもりだ?」彼は撮影済のフィルムをしまって、明日の撮影に備えてメンテナンス中だった。「祇園の小路を探って歩くつもりだが、どうした?」「被写体が18名居るこっちに乗り換える気は無いか?」「あるよ!風景よりは人物の方が得意だからな!参謀長、まさか」「その“まさか”をやろうと言ってるんだよ!松田にしても女子を撮影する機会があった方が楽しいだろう?こっちとしては、引率に男手が欲しい。利が一致したところで“引き抜く”のはどうだ?赤坂?」「やっぱりお前さんはタダ者じゃないな!なるほど、これなら行けるかも知れない!よし、久保田に交渉して見よう!」赤坂は内線で話し始めた。「参謀長、俺でいいのか?」松田が聞いて来る。「行くところは平凡だが、逆にポートレートを撮るには絶好のロケーションにならないか?」「よし、乗った!まだ使ってないレンズがある。ポートレート用としては最適なヤツだ。85mmF2と35-70mmF3.5だ。名作の匂いがするぜ!」松田は早速手入れに入った。「参謀長、久保田がOKを出した。アイツらはゲーセンに雪崩れ込むらしいから“松田の好きにさせてやってくれ”だとさ。これで、メドは立ったな!」「ああ、インスタントだが、悪くないだろう?」「どこが“インスタント”なんだよ?計算づくじゃないか!“何かしら捻り出す”のはそっちの分野じゃないか!」「まあね。多少は捻ったが21名を無事に周回させるためには、これもありだよ。伊東、竹ちゃん、風呂へ行くか?」「ああ、相変わらず切れるねー!」「発想力を分けて欲しいよ!ついでに千秋の“取説”も書いてくれたらもっといいが」僕等は大浴場へ行き、身も心もゆったりとして眠りについた。

翌日も快晴に恵まれた。朝一番に北山鹿苑寺へ行き、慈照寺(銀閣)、御所、二条城と巡り早めの昼食を摂ると、山陰線二条駅からは“自由行動”へと移った。ゴールは宿泊先のホテルだ。僕等の大キャラバンは、一度京都駅へ戻り東海道本線の桂川駅まで移動、徒歩で阪急洛西口駅を目指す予定を立てていたが、バス会社の好意により阪急西京極駅まで送ってもらう事になった。何しろ総勢21名の大所帯である。さすがに先生達も“はぐれたら終わり”なのは感じていたらしい。如何に僕が率いて行くにしても所帯が大勢だ。松田がエントリー変更してくれたお陰で随分と楽にはなるが、18名の女の子達を無事に連れ帰るのは容易ではない。「Y、お前の力量なら間違いはあるまいが、赤坂も居るのだ。危険と判断したら即座に電話を寄越せ!」と言って中島先生はテレカを渡してくれた。バスが動き出すと「さあ、いよいよ“自由行動”の時間だ!けれど、ご覧の様に大所帯での大移動となった。お互いに協力してゴールへ戻ろう!先頭は赤坂と有賀、中間に堀川と松田、最後尾は僕と幸子が付く。付かず離れず楽しく行くのは勿論だが、はぐれない様にするのが一番大事な事だ!みんな宜しく!」と僕は話しかけた。「OK!」「了解!」みんなからも返事が返って来た。「統率者は参謀長だ!彼の指示に従ってくれ!慌てず焦らず落ち着いて!愉しく行くぜー!」赤坂も絶叫する。だが、いつまで持つか?は分からない。阪急桂駅で嵐山線に乗り換えると、松尾駅で降りてまずは苔寺(西芳寺)を目指す。ちょうど駅前に6台のタクシーがいたので全てをジャックして乗り込んだ。「ねえ、堀ちゃんと松田君を引っ付けるのは意味があるの?」さちが車内で聞いて来る。「大ありだよ!松田は堀ちゃんをずっと見て来た。堀ちゃんも昨夜の撮影で“浴衣が着れてラッキーだった”ってはしゃいでたろう?それとなく引っ付けて置けば、目先は逸れるし僕等も動きやすくなる。松田にしても“巡って来たチャンス”をモノにしない訳が無い!」「また謀ったのね。あたしとしてはYと一緒なら何でもありだから、関知しない事にするわ」さちはそう言うと肩にもたれかかる。こうやって2人だけの時間を要所で捻出しながら、事は順調に進んでいった。終点の嵐山駅に着くと、時間を区切ってしばらく女の子達を解放した。彼女達は我先にと土産物やスイーツに走る。「参謀長、コイツ使ってみないか?」松田が声を掛けて来る。「Nikon FEに35-70mmF3.5か。さすがにガラスの塊だ。ずっしりと来る重量感はズーム通しで開放値が変わらないだけの事はあるな!」「詳しいな、参謀長もカメラマニアか?」「いや、立ち読みで覚えただけさ。基本は分かってるが、撮るのは滅多にない。どれ、モノは試しだやってみるか!」僕はカメラを構えた。「フィルムは?」「エクタークロームの100だ」「一段絞ってみるか、250分の1か125分の1あたり、構図としてはややアップくらい」僕は堀ちゃんと語らうさちを狙った。「うむ、いい線だ!撮影者としても申し分ないレベルだよ。もう1枚、開放で狙って見ろよ!」「よし、今度は寄せて見るか。500分の1か?」「1000分の1で行けるさ!」松田の助言を聞きながら僕はシャッターを切った。「基本は申し分ないじゃないか!参謀長、撮影者に何故ならない?」松田は不思議そうに言う。「作り手になりたいんだよ。ボディとかレンズのな。そうすれば否応なしに写す側になるだろう?」「そうか、意外と向いてるかもな。現像したら今の2枚は別に渡すよ。さて、普通のカラーフィルムを探すか!」と松田は言った。「コマ切れかい?」と言うと、「温存しないとリバーサルが切れちまう!面白いくらいにいい表情が撮れるから、乗り換えて正解だったが、フィルムが無けりゃ話にならないよ!」松田は嬉しい悲鳴を上げていた。「Y-、ソフトクリームだよー!」さちが2つ持って戻って来た。堀ちゃんは松田に着いて行ったらしい。「ありがとう、さち、上手く行ってるだろう?」「そうね、堀ちゃんの目先は完全に逸れたわ。このまま松田君に押し切ってもらえば、なーんにも心配せずに済むんだけど、そこまでは行かないよね?」「旅先での出来事は、後々まで尾を引くから分からない側面はあるが、かなりいい線で動いてる。手ごたえは充分にある!」僕等は、松田と堀ちゃんの動きを遠くから見ていた。付かず離れずで非常にいい雰囲気だ。「参謀長、そろそろ集合時刻よ!」有賀がやって来た。「赤坂は?」「例のヤツで撃沈させてあるの。少し疲れてるから危ない前兆かもね!」有賀は完全に赤坂を操縦していた。散り散りになっていた女の子達が集まって来た。だが、敦子さん達が現れない。「おかしいな?時間と場所は徹底したつもりだが・・・」復活した赤坂が首を捻る。「小路に迷い込んだか?だとすれば厄介になるぞ!」松田が危惧し始める。「けれど迂闊には動けん!“ミイラ取りがミイラ”になりかねない!時間はまだ余裕がある。しばらく様子を見よう!」僕は渡月橋の方向を見た。「僕等はここだ。土産物屋や食べ物屋が集中してあるのは、主に渡月橋の東側。これから乗り込む嵐電嵐山本線の駅も橋の向こう側にある。彼女達が居るとすれば、そこしか無いが探すとしたら少数で大通りを中心に見て回るしかあるまい。捜索隊は15分後に派遣する。それまでは待つしかない。こっちも動いたら収拾が付かなくなるし、返って混乱を助長してしまう。みんな、落ち着いて待とう!」僕は混乱を恐れた。僕等が動かなければ最低限のロスで済むと読んだ。しかし、15分経過しても敦子さん達は戻らなかった。「Y、そろそろ頃合いじゃない?」有賀が時計を見て言う。「止むを得ん!捜索隊を出そう!松田、堀ちゃん、大通りを見て来てくれ!小路には入らない様に!」「了解だ!」松田達は渡月橋の方向へ向かった。「有賀、嵐山駅方向へ100mだけ戻って見てくれ!可能性は低いが背後にいる事もあるやも知れない」「分かったわ!直ぐに戻るから」有賀は元来た道を引き返して行く。更に10分が経過した。有賀は「姿は確認できないわ!」と言って来たし、松田と堀ちゃんも「大通りに姿は見えない!マズイなこれは!」と言って戻って来た。「どこだ?彼女達がハマッタとしたら何処に居る?」僕は必死に思案を巡らせた。「さち!観光案内の地図を!野宮神社を忘れていた!」僕は地図に見入ると指で指した。「野宮神社、縁結びの神様が祀られているが、小路の奥にあるんだ!ここにハマッタとしたら方向感覚を失えば動けなくなる!よし、全員嵐電嵐山本線の駅前に移動しよう!松田、赤坂と指揮を執ってくれ!さち、行くぞ!見逃しそうな細い小路の奥だ!」僕とさちは走り出す。「おい!参謀長、こっちはどうするんだよ!」松田と赤坂が叫ぶ。「嵐電嵐山本線の駅前で待っててくれ!早く見つけないとヤバイ事になる!」僕はそう言うとさちに追いついた。「Y、後どのくらい?」「駅を過ぎて400mってとこかな?左側の小路だ!」僕とさちは急いだ。見逃しそうな小さな看板と細い路地を左に折れると竹林が現れる。「居たよ!」竹林の隅でうずくまっている5名をさちが見つけた。「はい!よし、よし、よし、5人とも怪我とかは無いよね?」「ごめんなさい。あたし達来た方向が分からなくなって・・・」敦子さんが唇を噛んで言葉を失った。「まあ、いいさ。全員無事なら結果オーライとしよう!さて、嵐電の駅まで行きましょう!みんな心配して待ってるよ!動けるよね?」「うん、Y君怒らないの?」敦子さんが覚悟を決めて僕の前に立つ。僕は拳を軽く彼女の頭に載せると「心配したよ!でも、無事で良かった。さあ、行こう!」僕は敦子さん達をさちとともに嵐電の駅へ導いた。「Y!見つかったの?!凄い直感力!」有賀がキャーキャーと叫んでいる。敦子さん達は真理子さん達に迎えられ、ようやく精気を取り戻した。「Y、全員揃ったからトイレ休憩入れてよ!Yと幸子だって息を整える時間は必要でしょ?」有賀がいい提案をしてくれた。「よし、そうするか!10分後に再集合だ!」僕がそう言うと女の子の群れが散っていく。「Y君、何故分かったの?あたし達のいる場所?」敦子さんが真理子さんに付き添われて聞きに来た。「予定表に野宮神社の文字が書かれているのをチラッと見たからさ。一瞬忘れそうになったけど何とか思い出したまで。下手に動かないで固まってくれたから助かった!」と返すと「そんな些細な事で!真理ちゃんに聞いたけど、本当に僅かな糸口から探し当てたんだ!何故そんな事が出来るの?」「普段からそう言う事は見落とさない様にしてるから。後は直感を信じて行動するだけ。そんなに難しくはないと思うけど」「だから参謀長の肩書が付くのね!真理ちゃんはいいな。こう言う姿を間近でみられるんだから」ようやく敦子さんにも笑顔が戻った。現在はスマホやタブレットのマップがあるし、携帯で誘導も出来るが僕達の修学旅行当時は、それらの片鱗も無い頃だ。本当に僅かな手掛かりを頼りに進むしかなかった。渡月橋の周辺も外国人観光客で溢れかえり、京の街も随分と変わった。学生たちが主役だった頃の渡月橋周辺は、静かで美しい場所だった。野宮神社の看板も変わっているだろう。そんな“のどかな京都”での“自由行動”は今でも鮮明に覚えている。もし、タイムスリップするなら、高校時代の京の街を選ぶだろう。