limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 7

2019年04月03日 16時38分35秒 | 日記
その日の3時間目が終わった頃、幸子が発熱してダウンした。「朝、ブレザーの背中が濡れてたからな。ヤバイと思ってたが、気付くのが遅すぎた!」僕は唇を噛んだ。「Yの責任じゃないよ。それよりさ、幸子のノートを分担して取らなきゃ!Yは、日本史と世界史と生物をお願いしてもいい?」道子が言うので「了解だ。他はどうする?」「数学は堀ちゃんと中島に。現国と古文と英語は、あたしと雪枝で。放課後にみんなでノートを突き合わせて、最終確認をするって手順。どう?」「完璧だ。それで行こう!」僕は即座に同意した。次の4時間目は生物だったので、僕がノートを取った。お昼なので教室へ戻ろうとすると「Y、進藤の荷物を保健室へ運べ!親御さんが迎えに来る。急げ!」と中島先生に言い渡される。僕は大急ぎで取って返すと「幸子に迎えが来る。荷物をまとめるの手伝って!」と4人に協力を依頼して、鞄を保健室へ届けた。「ごめんね。迷惑かけて」幸子は半泣きだった。「僕こそ済まない。隣に居ながら気付かずに居るなんて、友達失格だよ。悪かった!」「そんな事気にするな。Yの忠告を受け流したあたしが悪いの。Y、ノート取っといてくれる?」「道子の発案で、みんなで分担して既に始めてるよ。放課後に持ち寄って最終確認をして、落ちの無い様に気を付けるよ。安心しな」「Y、何でみんな優しいの?」「僕等は特別な友達だろう?言われなくても自主的に動くさ。僕がへばった時にも、みんなが助けてくれたじゃん!お互い様だよ」幸子の眼から涙がこぼれる。「さち、1人じゃないよ。みんな居るんだ。辛いだろうからゆっくり休みな。なーんにも心配はいらない」涙を拭ってやりながら言うと「初めて“さち”って呼んだね。嬉しい。Y―、もう少し居てくれる?」「付き合うよ。喉は苦しいか?声がしゃがれてるよ。もしかして、風邪引くと扁桃腺が腫れて熱が高くならないか?」「当りー。Yは医学知識もあるんだね。あたしの主治医を命ずる!謹んで受けるがいい!」幸子はかしこまって言う。「委細承知。では、帰宅して安静に過ごすように命じます。熱が下がっても油断するな!」僕は静かに申し渡した。「Y、あたしを置いてくな。遅れても待ってて」「ああ、ゆっくり歩けばいい。まだ先は長い。さちを1人ぼっちになんかするもんか!必ずみんなの所へ連れて行く!」ようやく言えた一言だった。「うん、絶対だよ!」「忘れないよ!」こぼれ落ちる涙をもう1度拭いてやりながら僕は静かに言った。さちが少しだけ笑った。

幸子を迎えの車に乗せ、鞄を手渡す時に「さち、待ってるからな。元気になって戻れ」と僕が言うと「うん、待っててよ。必ず追い付くから。Y、ありがと」と言って手を伸ばした。そっと握りしめてやると、少し笑って手を離した。車が走り出すのを見届けると、僕は弁当箱を手にして、生物準備室へ駆け込んだ。昼休みの半ばは過ぎている。「アールグレイをホットで!」と言うのも早々に弁当を流し込む。「Y、さちはどうだった?」雪枝が遠慮がちに聞いて来る。「病院へ向かったが、今晩が¨山場¨だな。扁桃腺が腫れたら、相当に苦しいはずだ。雪枝も分かるだろう?」「うん、覚えてたの?あたしの風邪のパターンを?」「咳き込んで高熱で四苦八苦だろう?幸子に聞いたら、同じようになるらしい。微かに頭の隅に残ってたから確かめて置いた」と言うと「さすがはYだね。でも、そうなると今週は¨全滅¨を覚悟しなきゃならないね。うーん、何とか切り抜けようよ!さちのためにもさ!」道子は計算をやり直すつもりらしかったが、取り止めた。5人で総力を出せば行けると踏んだ様だ。「扁桃腺の腫れを治す手はないの?」中島が言うが「“摘出”、つまり切るしかないんだよ!こればっかりはさ!」「あたしも、小学生の時に取ってもらってるの。それまでは高熱で何日も休んだから、辛さは分かるな」と堀川も返して来る。「さち、大丈夫かな?」中島がポツリと言う。「個人差があるから、一概には言えないが、大丈夫だよ!必ず戻るさ。おっと、後10分しかないじゃん!次は古文か。戸田先生の悪筆をプロットするとなると、相応の覚悟がいるな。立たされてる暇はないぞ!」「Yと他の男子だけだよ。¨立っとれ¨を食らうのは!」中島が笑いながら追い討ちをかける。「寝てる暇は無い。マジでやらなきゃノートは完成しないじゃん!集中、集中だ!」僕はオマジナイを念じた。強敵、戸田先生の授業は、いつになくスラスラと染み込む様に理解出来た。

その日の放課後、みんなでノートを持ち寄っての“校正”をやると、意外な盲点に気付かされた。「改めて見ると、自分のノートの書き方の甘さを痛感するな!幸子に伝えるには“他人にも分かる”書き方を意識しないとダメだ。これじゃあテストで点数が取れる訳が無い」僕が自虐的に言うと「本当にそう。あたしも意識を変えないとダメ!“伝える”って事は“如何に分かりやすく書くか?”に行きつくね。シンプルでもいいから、要点をしっかり書く!基本を忘れてたのを痛感させられるね」道子も唇を噛む。「堀ちゃんは、合格だね。要所をしっかり押さえてる。あたしも参考って言うか、やり方を変えようと思う!」中島も言う。「でもさ、こうやってみんなのノートを突き合わせると、聞き逃してる点があるのに気付けるから、改めて勉強になるね。それぞれの良いとこを取り入れていけば、あたし達のレベルアップにもならない?」雪枝は逃さずに書き留めながら言う。「そうだな。授業を改めてプレイバック出来るから、僕としても助かるな。道子、これが狙いかい?」「別にそんなつもりは無かったけど、意外な効果にあたしも驚いてるとこ」「堀川、数学のノート見せてくれない?」「うん、いいよ。でも何で?」「堀川の書き方・取り方を参考にするため。“起承転結”って言うじゃない?それを実践出来てる人のを見るだけでも、自分の欠点が見えるからさ、明日からのノートの書き方を意識的に変えて行こうと思ってね」僕は、ノートを隅々まで見て、眼に焼き付けようと躍起になった。「Y、あたしの字汚いから、ジロジロ見ないでよー!」堀川が悲鳴を上げる。「何を言うか!こんな機会は滅多に無いから、1字1句も疎かにしないよ!うーん、これは僕も取り入れないとマズイ!」堀川のノートは大いに刺激をくれた。「Y、字が綺麗!読みやすさで言うとYの字が一番かもね」堀川は僕の生物のノートを分捕って言う。「こら!反撃か?恥ずかしいから見るな!」「意外に字が綺麗って言うか、クセはあるけど読みやすさは、あたしより数段上を行ってる!悔しいなー!」中島が僕のノートを見て地団駄を踏む。「Y、どうやって練習したのよ?」「練習も何もしてないよ。自己流で書いてるだけ。中島のヤツは、おー、こう言うとり方もありか!」「Y!勝手に見るな!字が汚いのがあたしのコンプレックスなんだから!」「まあ、まあ、それよりも、幸子の分をまとめて置かないと。大体は揃ったわね?」道子がまとめを始める。「何か1日のまとめに“メッセージ”を書かないか?“こんな事あったよ”でもいいからさ」僕が何気に言うと「それいいかも!今日は“ノートの取り合いして、字の汚さを思い知った。Yと堀ちゃんと中島が大騒ぎ”でもいいじゃない!」雪枝が乗った。「そうね、雰囲気も伝えたいから、今の雪枝の言った事そのまま書かない?さちも楽しく見れるし」道子もその気になった様だ。「あたしと堀ちゃんはイラスト担当!みんなの似顔絵でも良くない?」中島も乗り気だ。堀川は早速何か書いている。「決まりかな?」「うん!」「賛成」「Y、いい事思い付くね。こう言う知恵はYの独壇場だよ」道子も感心してくれた。みんなで“デイリーメッセージ”を書き込んで、ノートのまとめは完了した。堀川は、僕のイラスト顔を添えてくれた。「さあ、帰ろうよ。遅くなっちゃったから急ごう!」僕等は急いで学校を出た。

“大根坂”をテンポ良く下って行く中、僕はある“違和感”に気付いた。「道子、雪枝、眉書いてるよね?」「うん、Y、それがどうしたのよ?」「真面目に答えてくれ。ヘアケア用品以外に、カラーリップやルージュ、ファンデーションを使ってる女子はどのくらい居るんだ?」「そうね、何かしら持ってるのは7割くらいかな?それがどうしたのよ?」「笠原さんは、薄くファンデ塗ってるだろう?小松さんもそうだが」「彼女達だけじゃないよ!あたし達もニキビを隠すのに使ってるもの。さちもそうだよ!」「そう言う事か!長官と僕は危うく“罠”に堕ちるところだった。こんな初歩的な事に気付かないとは、何たる不覚!」「Y、だからどうしたのよ?」中島が焦れる。「推理はまとまってないが、今朝の香水の話は“時限爆弾”だったんだよ。それも、女子を狙った質の悪い爆弾だ!」「えっ!あたし達がターゲットって事?」「クラスの女子全員を狙ったヤツだよ。男子の攻略に失敗した次の1手と見て間違いはあるまい」「もしかして、菊地さんが・・・」堀川が愕然と言うが「恐らくその線だろうよ。詳しい分析は今晩の内に済ませるが、新たにテロを企んだと見ていいと思う!」「Y、だとしたら、これからどうするのよ?」道子の顔色も悪い。「みんなは、いつも通りにしてればいい。何も意識しなくて大丈夫だよ。後は、僕と長官と伊東に任せてくれ!被害が出る前に叩き潰してやる!」「Y、明日、まとまった推理の中身聞かせてくれない?」堀川が言うので「真っ先にみんなの意見を聞きたいから話すよ!もし、間違ってたらその場で指摘や修正を聞かせて欲しい」「了解、じゃあ明日の朝までにちゃんとまとめといて!」中島が言った。運良く電車は上下線に待機していた。「じゃあ、明日の朝に!」4人は慌ただしくホームへ向かった。「おう、明日な!」彼女達を見送ると、僕もバスに飛び乗った。間一髪セーフだった。

木曜日の朝、天気は快晴だったが午後から雷雨の予報が出ていたので、この日もバス通を選んだ。僕は“大根坂”の中腹で4人を待った。その間に、昨晩組み立てた推理をもう一度確認する。「“木を見て森を見ない”とはこの事か?」と呟いていると「Y、おはよー!」と下から声が聞こえた。4人がゆっくりと登って来る。「おはよー」と返すと「さちからの伝言があるよー!」と雪枝が言う。合流すると「Yに“心配かけてごめん。待っててよね”ってさちが言ってたよ」と伝えてくれた。「電話来たの?」と聞くと「そう、少し苦しそうだったけど、“絶対に伝えて”って言ってたから。さち、発見が早かったから大事には至らなかったみたい。Yに感謝しつつも“忠告を聞かなかったのは悪かった”って反省しきりだったよ」「そうか。しっかり治してから出て来ればいい。無理させたくはないからさ」と雪枝に返した。「Y、昨日の話、まとまってる?」堀川が聞いて来る。「ああ、推理は組みあがってるよ!まず、香水の瓶だが、あれは“落ちてた”訳じゃなくて“置いていた”モノだったのさ。先生の手に渡るようにわざとな!」「えっ!それって・・・」堀川が固まる。「そう、先生の手に渡れば、僕に“探査依頼”が出るのを読んでの行動さ。僕がみんなに協力を仰いで、長官と笠原さんを巻き込む事も予測済。女子がそれとなく行動を取り出すのも計算づくだよ。その上で、みんなが化粧品を持ち込んでる実態を“白昼もとに曝す”のが目的だ。そして、“校則違反”を盾に取って、クラスの女子全員に打撃を与えるのが計画の全貌さ!意図せずに自然に真実を曝して利用する。実にずる賢いやり方だよ!」「そんな・・・、確かに校則違反にはなるけど、みんな“暗黙の了解”でやってるだけなのに・・・」道子が愕然として言う。僕等は教室へ入って鞄を席へ投げると、窓辺に集まった。「そこに着目してクラスの女子に亀裂を入れる。そして、混乱のさなかに自分が全権を掌握する。菊地さんはそう言う絵を描いて行動してるのさ。危うく彼女に乗せられて、奈落の底に真っ逆さま寸前で気付いたからいいが、実に巧妙な仕掛けを施したもんだ!」僕もため息交じりに言う。見えない魔の手に気付いたとは言え、1歩間違えば彼女の思うがままに操られていたかも知れなかった。「Y、どこで見破ったの?」堀川が尋ねる。「ちょっとした事だけど、化粧に興味も示さない彼女が“香水”を付けるって事にまず引っかかった。そして決定的だったのは、道子と雪枝の眉だよ。“眉も手入れしない彼女が香水を使う意味は何か?”って考えたら、思考が弾けた。“そう来たか!”ってね」「なるほど、Yの観察眼は相変わらず鋭いね!」中島が言う。「昨日、匂いを確認するのに、みんなのヘアケア用品を持ち寄っただろう?女の子なら、何かしらは持ってても不思議ではないし、ファンデやルージュを持っててもおかしくは無い。実際、“ニキビを隠す”のにファンデを薄塗するって聞いて、“菊地さんはどうだ?”って考えたら、彼女はそれっぽいモノは一切持ってる気配が無い。そこで“フェイク”じゃないかと推察したら、芋づる式に思い付いたのさ。この手口をね」「でもさ、これからはどうすればいいの?自粛するの?」雪枝が心配して聞いて来る。「自粛なんぞしたら、それこそ“思う壺”だよ!みんなは無視して今まで通りにすればいい。そうする事が“最善手”だからさ」「つまり、関わらない、気にしない、平然としてる。そう言う事?」堀川が聞く。「その通り!好きなようにしゃれ込んでくれればいい。勿論、先生達にはバレない程度にだけどさ!」「Yは化粧を“容認”してくれるの?」道子が聞いて来る。「僕もそう言う事は言えない立場だからさ。ネックレスを付けてる以上、僕も化粧をしてる側じゃないかな?」と言うと首元からネックレスを引っ張り出す。「あっ!そうか!Y、それ気に入ってるもんね!」雪枝が言う。「みんなに設えてもらったヤツだからさ、ずっと付けてるし外す理由も無いから」「Yが大事にしてるからみんな喜んでるよ。さりげなく着けててくれてるし、変じゃないしね」道子が笑って言う。「Yが嫌がるかと思ったけど、平然としてるから以外だったけどね。今じゃ当たり前の光景になってるのが不思議!」中島が感慨深げに言う。「慣れればどうって事は無い。むしろ、外した方が気持ち悪いよ。正直な話」僕は中島に返した。「そこまで言われると反論する手掛かりが無いよ。逆に嬉しい気持ちになる」「それで、Yとしては“落としどころ”はどうする訳?」道子が肝心な点を指摘する。「瓶の出どころは“不明”で押し通すしかない。“クラスの女子を当たりましたが、使用については確認出来ませんでした”で先生は抑え込める。菊地さんにしても、事を荒立てなければ動きようが無いはず。つまり、取り合わなければ争点にはならない。いつも通りにしてる限りは何も変わらないから、黙殺するのが最善だろう。無理して向こうが動けば、逆に不利になるだけ。何もしない。これが最強の対抗手段さ!」「OK、いつも通りにしてるよ。ここから先はYの腕の見せ所。上手くまとめてね」雪枝が笑って言う。道子も堀川も中島も安堵した様だ。「じゃあ、いつも通りに。僕は長官と打ち合わせて来るよ」「Y、任せたよー」彼女達が笑顔で言う。この笑顔を守るのが僕の役目だ。長官はしばらくすると教室にやって来た。

「何!そんな落とし穴が隠れておったか・・・」と長官は絶句した。しかし直ぐに「千里を呼ぼう!彼女に言って置かねば、危険は増すばかりだ!」と笠原さんを引っ張って来た。僕は彼女に改めて推理を聞かせた。「えー!それってかなり酷い話じゃん!迂闊にしてたら片っ端から全滅じゃない!」と腰を抜かしそうになった。「それが、菊地さんの目的ですよ。女子に楔を打ち込んで、混乱させてから乗っ取りを計る。実に巧妙な仕掛けです!」僕がそう言うと「逆手に取るなんて、汚い手口!で、あたし達はどうする訳?」と聞く。「平然としておれば害はない。様は“動かなければいい”のだ。いつも通りにして居れば、彼女はジレンマに陥るだけ。千里がしっかり統率を取ってくれれば問題は無い!」と長官が言い聞かせる。「参謀長のとこのレディ達は?」「同じことを言ってありますよ。いつも通りにしゃれ込んでくれとね」「それなら問題は最小限の手配で片付くわね。一応報告して置くけど“クロ”だったわ。でも、こんな手口ありなの?」「危うく引っ掛かる寸前でしたから、ありでしょうね」「そうだ。あらゆる手を繰り出して“蹂躙”するのが、彼女の目的。油断は禁物だ。千里、化粧も控えめにしてはどうだ?狙われた以上、注意を払うのは当然の事だと思うが」「参謀長の見解は?」「僕も“これ”を付けてる以上、どうこう言う立場にはありませんよ。バレない程度にやって下さい」僕はネックレスを指して答えた。「長官にもネックレスが必要だわ!参謀長、説得に手を貸して!」笠原さんが笑って言う。「ワシは、その様なモノは好かん。参謀長と一緒にするな!」と長官は逃げにかかる。「それは、どうかなー?長官の顔なら化粧映えすると思うんだけど、どう?」「人それぞれですからね。女性が化粧に興味を持つのは当然の事。しゃれ込んで我々の眼を愉しませて下さい。長官の方はいずれ説得して見ましょう」「参謀長、レディ達に相当鍛えられてるね。理解もあるし、あたし達にも気遣い感謝します。あたし達も少しは控えめにして様子を見るよ。長官!今度、指輪を差し上げます。付けてくれるよね?」長官は固まってしまった。僕と笠原さんは笑うしか無かった。「嘘、嘘、長官。無理強いはしないから安心して。話は分かったから後の始末は宜しくね」彼女は笑って女子の集団に戻って行った。「参謀長、担任への“報告”は任せる。適当に誤魔化してくれ」「はい、そちらはお任せ下さい。問題は“彼女”ですが、どう手を打ちます?」「ジリ貧にして置くしかあるまい。こちらが動かなければ、向こうも動きようが無い。黙殺すれば最大の打撃となる。しかし、危うく転落するところだった。看破出来たのは大きい。伊東にはワシから説明をして置くが、これからも監視は怠りなきように頼む」「はい、前兆を捕らえることに全力を尽くしましょう!」「しかし、巧妙なワナだったな。向こうもあらゆる手口を尽くしているのだろうが、そろそろ手も限られて来たはず。次はどう出るかな?」「綻びは必ずあります。内堀も半分は埋まっているでしょう。落とすなら一気呵成にかかれば、完膚なきまでに叩き潰せます。次こそ最期にしたいですね」「そう出来なくては平和は無い。我々の手の内で潰さなくては意味が無い」長官との話は果てることなく続いた。また1つ危機は回避された。

その日の午後、現国の授業中にすすり泣きが漏れた。嗚咽を発したのは菊地さんだった。両手で顔を覆い隠し、机に突っ伏して泣き崩れる。先生が驚いてオロオロするが、彼女は場をはばかる事無く泣いた。ガックリと肩が落ちている。「なんだ?」「どうなってるの?」クラスメイトは首を傾げるか、彼女の周囲に寄って肩を抱いた。長官が右手で4と2を出した。「鉄の仮面が砕けたか」僕は小声で呟いた。背中を突くヤツが居る。振り返ると重子がメモを差し出す。差し出し人は道子だった。“Y、何が起こったの?”と書いてある。僕はノートを切り取ると“仮面が砕けた”と書いて「道子に回して」と重子に託す。「Y、何があったの?」と重子も不審そうに言う。「分からない。突然泣き出して、何があったのか予想も付かない」と答えた。道子から中島、堀川、雪枝にメモは回され、4人は親指と人差し指で丸を作って“了解”のサインを出した。彼女の嗚咽は治まらずに、やがて保健室へと連れ出された。

放課後、さちへのノートを作っていると重子と浩子が「菊地さんどうしたのか知らない?」と聞いて来た。「うーん、理由が分からない。調子が悪かったのか?別の理由か?想像もつかん。こっちが逆に聞きたいぐらいだよ」と言うと「あたし達にも思い当たる節は無いのよね。どうしちゃったのかな?」と小首を傾げて帰って行く。「Y、“仮面が砕けた”ってどう言う意味?」道子が周囲を見ながら言う。「彼女を支えていた柱の1本が砕けたのは間違いない。思う様な展開にならなかったのが、引き金になったのだろう」と静かに言う。「でも、あれも“演技”だとしたら?」堀川が言う。「彼女が小細工を使うとは思えないな。ストレートにモノを言う人が、泣いて同情を買うような真似をするかな?」僕はとてもその様な小細工を使うとは思えなかった。「号泣してたから、ショック状態だったのは間違いないと思うな。そもそも、今まで強がってた彼女が簡単に泣くかな?堀ちゃん、“演技”だとしたら相当な“女優”じゃないと無理、無理!」中島が否定する。「確かに、中島の言う通りだよ。“演技派”とは言えないから、涙は本物だろう。これで、少しは大人しくなってくれればいいが・・・」ノートをまとめながら、希望的観測を口にする。みんなは黙々とノートを仕上げた。「さあ、そろそろいいかな?」道子が確認を取る。「後、3行待ってくれ」僕は猶予を求めた。「慌てないで、きちんと仕上げてやって。今日の“デイリーメッセージ”はどうするかなー?」「“みんな綺麗に着飾ろう!バレなきゃOK、化粧もあり、あり”とかは?」「Y、こう言うの得意だね。よーし、そのまんまで行こう!」雪枝が乗った。レディ達が早速記載をする。「完成!みんなご苦労様!」全員でハイタッチをすると、帰り支度を始める。雨は止んでいるが急がないとスプ濡れになりそうだった。黒い雲が続々と流れて来る。「よし、急ごう!」僕等は教室を飛び出して、“大根坂”を目指す。近道の小道が川と化しているので、正門経由で速足で急ぐ。「Y、傘持ってる?」「当然、折り畳みだけどさ。もしかして、忘れた?」堀川に聞くと彼女は頷いた。「もし、降られたらお願い!」「OK、とにかく降られない事を祈るか?」と言うと「降られて欲しいな」と彼女は小声で言う。でも、僕は幸子が気になっていた。眼の前では堀川が並んで小走りについて来る。“さち、僕はどうすればいい?”と心の中で問いかける。“あたしは、大丈夫。今は堀ちゃん!”さちがそう言った様に聞こえた。大粒の雨が顔を襲う。神社の軒先へ何とか逃れるが、雨はどんどん激しくなって行く。「酷いな、これじゃあ動けない」僕は傘を広げて雨粒を避ける。隣には堀川がピッタリと寄り添っている。「どうする?強行突破する?」道子が時計を見ながら言う。「いや、少し待とう。西側に晴れ間がある。我慢すれば濡れる確率は下がる」僕はそう言って待機を提案した。「こうして待ってるのも悪くないね」不意に左手を堀川が握りしめる。「寒くない?」と言うと「平気。Yの手が暖かいから」と言われた。一難去ってまた一難。“さち、どうすればいい?”僕は聞いて見たが答えは聴こえなかった。