5月14日(月)大阪市西成区にある救霊会館(ペンテコステ派キリスト教会)で行われた、台湾の著名なシェフ蔡瑞成(さいずいせい)氏一行の炊き出し活動に参加した。一行は総舗師とも呼ばれるシェフと彼の家族三代、その友人からなる18人のボランティア団体で、海鮮料理を250人分用意した。礼拝堂いっぱいの人々、150人以上が集まり、おいしい台湾の炊き出し料理を味わった。私は隣室で用意されたばかりの麺の入ったカップを配る作業を手伝った。
救霊会館に行くのは二度目であった。この度はこの地域に住む社会的弱者の方々(いずれも一見して労務者風の人々)に食事を振る舞う活動に参加できて、大変有意義であった。私はまた、台湾に行ったことがないので、台湾からの一行とお会いしたいと希望したからでもあった。僅かでも交流ができて幸せだった。この日通訳を務めた劉燕子さんのフェイスブックの記事を見て参加した。
イエスは誰かの家に入るとまず食事を求めたと聞きました。
肉の糧を得られない人に、信者がその機会を提供するのは必要なことなのでしょう。
西成にある教会ですと特にその必要を感じるのかもしれませんね。
西成には30年以上訪れていませんが、後年思ったことは、路上で寝ている人に福音(特にモルモンの)が本当に役に立つのかということでした。
福音によって自分が強められて自立できる人もいるのかもしれませんが、モルモンの福音が彼らに優しいものとして映るのかと疑問に感じることがありました。
他の教会ではそのままの自分を受け入れてくれるように感じますが、モルモンの福音では強くなっていかないといけない気がします。
自立できた時にはモルモンの福音は素晴らしいものとなりますが、この教えにつぶされる人もいるのであれば万人にとっての理想の教えと言えるのか、疑問に感じたこともあります。
今日の糧を得られない人に、霊の糧だけを与えても光明は見いだせないように感じたものです。
このような活動ができるのは他の教会が秀でている部分だとずっと感じていました。
イエスや弟子たちは社会の底辺でもがく人に光明と安らぎを与えたはずです。
政府の要人や著名な人ではなく、権力を持たない底辺の人を重視していたので、世に広がっていったのではないでしょうか?
福音というのは本来、今日の糧を得られない人のために一番強く作用するものであったはず。
教えも大切ですが、イエスが求めたように先ずは肉の糧で満たすことを優先させるのが隣人愛なのかなと感じます。
肉の糧だけではいけないのですけどね。
救霊会館では週に3度、同じような活動をしていると聞きました。お正月やクリスマスの時は、教会の外に長い行列ができるということでした。
今日、助けを必要とする人たちを援助しようとする団体や組織がいくつもあって、あの教会は場所を提供している、援助活動が行われる媒介となっている、といった側面があるようです。牧師父子の(微妙な)立場に思いを致しました。
すみません、「牧師父子の(微妙な)立場」とはどういう立場なのでしょうか?
(文面からはよくわかりませんでしたので)
LDS教会の支援活動に関心を持ちましたので、「モルモン 困窮者の支援」で検索しますと公式サイトの以下のページが見つかりました。
「自立支援」
https://www.ldschurch.jp/self-reliance-services/self-reliance-support
これによりますと、末日聖徒イエス・キリスト教会ではこれまで,50以上の国々に300以上の職業支援センターを設立してきました、とあります。日本には、東京職業支援センターがあり主に関東地区内で支援を行なっていると照会がありました。そこでリンク先の「東京職業支援センター」へジャンプしてみました。
「Tokyo Japan Self-Reliance Center」
https://www.ldsjobs.org/ers/ct/center/69254?lang=eng
説明分は英語でした(ページに言語選択はありましたが日本語はありません)。ハローワークなど公共のサイトへのリンクがあるだけで御座なりな感じがします。
他にも「自立支援」のページからいろいろ調べてみようとしたのですが、「LDSJobs.orgについての詳細」のリンクはエラーページに飛びますし、「ワード/ステーク雇用スペシャリスト」や「企業」のページでは英語サイトの使用説明が出てくるだけで、LDS教会の支援活動の実体がよくわかりませんでした。
困窮者への炊き出しのような活動はLDS教会でどのようになされているのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃいましたらご教授いただきたいです。
>牧師父子の(微妙な)立場
確かに言葉不足でした。私が感じたのは、高齢の先代牧師と息子さんの現牧師さんは頑張っている様子がよくわかるのですが、食を求めて集まっている人たちは大部分信徒ではなさそうですし、ボランティア活動をする組織は外部からきています。(自分たちの意思で行われているというより、会場を提供しているだけに見える)。
信徒でないというのは、顔と名前を一人一人知っているようではなく(信仰の指導ができない、組織として集まる人たちを把握していない・・それでいいのかもしれませんが)、教会経営は成り立つのかという疑問も心をよぎりました(献金を募る時間があり、係の人が礼拝堂内を巡回しましたが、この階層の会衆では大して献金は期待できない)など。
以上、詳細を知らない者の推測で思い違い、情報不足があることは承知です。
もう一つの問題(lds教会のこの方面の働き)は、SLCの本部任せで、草の根からの動きがほとんどないのが残念です。フェイスブックで最近、ローカル(日本)でこの種の活動がちらほらあることを知りました。名古屋、東京の会員の書き込みでした。
>困窮者への炊き出しのような活動はLDS教会でどのようになされているのでしょうか?
ここでいう「自立支援」とは主にいわゆるモルモンの信者が対象で、ダイエット継続中さんのイメージされている支援は「慈善事業」で検索されると良いと思います。
具体的活動は教会の広報紙やニュースルームにあります。
他のキリスト教に比べて炊き出しとかの活動は少ないように思いますが、近年こちらのほうにも力を入れつつあるといったところです。
日本のモルモンの炊き出しのような慈善系の草の根活動が活発化しにくい理由がなんとなく分かります。
誰かが提案しても二言目には「そういうのは主の方法ではない」「そういう活動は教会の標準ではない」と指導者が乗り気にならないので、出鼻をくじかれてもり下がってしまうからです。
たとえあっても、ヘルピングハンズ活動以外であれば、予算も期待できず広報支援も期待できないので、誰も知らないということになる。
https://ameblo.jp/sarisuke/entry-10169359301.html
あっ、食事・食品はやってないかぁ・・・
https://www.lds.org/church/news/deseret-industries-diamonds-in-the-rough?lang=jpn
そんなことは、政府が行政の中で行うべきことで、日本では完ぺきとは言えませんが、社会福祉は充実していると感じています。
それより重大な使命が、教会にはあるはずです。
その使命を果たせていないので、炊き出しと言う代替行動をとるのではないでしょうか?
きちっと、教会としての宗教的理念を世に知らしめ、人の魂を救うのが、教会がすべきことじゃないでしょうか?
なんか、自衛隊が災害救助で活躍して、国民に自衛隊が必要だと認めさせようとしているのと似ている気がします。
災害救助は、自衛隊でなくても、別組織を作って運営すればできる事です。
自衛隊の目的は、軍事行動です。
教会も、世に認められるための手段としてやっているのだと思いますが、それが自分たちの責任だと勘違いしない様に、と思います。
イエスは、飢えた人の空腹を満たすために、パンを配ったのでしょうか?そうじゃないと思いますけどね。