

小生の著「モルモン教をどう見るか -- 第三の視点をさぐる」は、残念ながら教会内で敬遠されてきた。教会員の間で滅多に言及されることがない。私はそれを覚悟の上で執筆、出版した。しかし、この直前の掲載で書いたように、教会は多くの重要な教会歴史・福音/教義の点で思い切った情報公開に踏み切った。これまで表向き会員と外部に向けて語ってきたのとは異なる内容が多く含まれている。私の本の内容と大差ない項目が少なくない。ここにその共通部分をまとめてみた。
拙著の章や見出しで書くと共通している部分は次のとおりである。
1 1部2章「ジョセフ・スミスの少年時代」
2 1部3章「神の顕現とそれに続く示現」
3 1部4章1「モルモン書の翻訳」
4 2部7章 「キリスト教であるのか」
5 2部10章1「ジョセフ・スミスの多妻」
6 2部10章3「1890年の公式宣言とその後」
7 2部11章「黒人に神権が拒まれていたこと」
いちいち詳細を追わないが、簡潔に上から順に見てゆきたい。(一覧できる表、末尾のリンク参照)
1 まず、「ジョセフ・スミスの少年時代」のことであるが、彼は地下に隠された財宝を探し出す銭堀り師とでも訳すべきことに7~8年従事していた。そのために手に入れて用いた二つの石が後にモルモン書の翻訳に用いられることなる。「評論」の方では「モルモン書の翻訳」の用具の項に十数行、同様の内容が記されている。「ジョセフ・スミスが金版を受け取る何年も前に地の中から見つけた他の用具が,小さな卵形の石,すなわち「聖見者の石」です。・・・明らかに便利であるため,ジョセスは,解訳器を成す二つ一組の石よりも,単独の聖見者の石を用いてしばしば翻訳を行ったようです。・・・やがてジョセフ・スミスと同僚たちは,解訳器だけでなく,単独の聖見者の石についてもしばしば「ウリムとトンミム」という用語を用いるようになりました。」
2 「神の顕現とそれに続く示現」。1832, 1835, 1838, 1842年と「最初の示現」に四つの版(version)があることを、簡略かつ十分に記していることで拙著と「評論」(こちらは長文)は一致している。拙著ではヒンクレー大管長が四福音書間に異動があっても、クリスチャンの信仰に問題が生じないのと同様問題とならない、と発言されたこと、R.L.ブッシュマンがJSの見神録は生成発展の道をたどった、と書いていることを紹介している。また、S.C.テイソムがこれは「現象学的留保(epoche’)」として、その意義を学術的視点(一般社会の事典的記述も同様)でとらえるべきである、と結んでいる。
3 「モルモン書の翻訳」。拙著、「評論」ともモルモン書の翻訳が帽子に頭を突っ込んだ姿勢で、中に入れた石を見ながら口述筆記させていたことを示している。H.ニブレーによれば、金版は霊感を受けるための触媒的な存在で、訳文が霊感によって与えられる時には不要でさえあった。翻訳の方法について一局面を指摘するものであるが、従来のイメージと異なっていて教徒にとって新しい知識であり、モルモン書についての概念を変えるものであろう。
4 「キリスト教であるのか」。このテーマは内容や取り上げ方が共通しているというわけではない。どうしても話題になる避けられない項目である、という点で共に紙面を割いている。拙著ではS.E.ロビンソンの機知にあふれる提議が面白いので紹介している。キリスト教を名乗り、イエス・キリストを救い主と信じる末日聖徒の信条が外部のクリスチャンには苛立たしく、困惑されている様が紹介されている。そうは言っても、一般的にはユダヤ・キリスト教の流れの裾の方に位置する、現代のキリスト教系新興の宗教とされることも認識しておくべきではないだろうか。
5 「ジョセフ・スミスの多妻」。昔、私が1950年代に改宗した頃、教会員はジョセフ・スミス自身が一体多妻を実施していたのか、していたとしても何人の女性を妻としていたのか(現在の会員も)具体的なことは知らなかった。教会が情報を開示してこなかったからである。拙著はファニー・アルガーに始まって40名をこえる女性と多妻結婚をしていた、と書き、「評論」も注に30-40名の女性と多妻結婚していたと記し、14歳の女性とも、既婚女性とも多妻関係に入ったことを本文に載せている。
6 「1890年の公式宣言とその後」。私も暫くは知らなかったことであるが、1890年に教会が多妻結婚を放棄 / 禁止した後も、多妻を行なう教徒が完全にはなくならずメキシコ、カナダなどで継続した。それでジョセフ・F・スミスは周囲の不信を払拭するため1904年に「第二の宣言」を発表することになった。このことについて、拙著も「評論」も取り上げている。
7 「黒人に神権が拒まれていたこと」。1978年に「公式の宣言二」が発表されて、問題は解決したと思っていたが、教会員の間には、日米共カインが呪いを受けて彼も子孫も黒い肌を受け継ぐようになった、それは前世での態度・選択が影響しているという見方が、教会自身が明確に否定しているにもかかわらず、なかなか消え去らなかった。(カインが受けたしるしについて言えば、原語ヘブライ語は「切り刻まれたもの」を意味し、19C初頭奴隷制正当化の過程でこのしるしは黒い肌であったという風になっていった。前世で優柔不断であった、というのはやはり正当化のために末日聖徒が創りだした仮説であった。)それで改めて「評論」に取り上げられたのであった。拙著でも88-91頁で説明しているところである。
初めに私の書物が敬遠されていると書いたが、本当は少し早く実際の姿に気付いて紹介したにすぎない。今や教会自身が認めるに至って、時代の大きな変化を感じさせる。社会が変化し、広く情報が公開されるようになったのである。モルモニズムの信徒はそれを直視し、自ら判断することがますます求められる。私の姿勢はLDS教会に反対する姿勢ではない。ここに改めて小著の役割が吟味されればと願う次第である。
一覧できる表チラシ「最近教会公開の論文(評論)は沼野著「モルモン教をどう見るか」に多くの点で重なっています!」PDF → 「その他資料」の13
もっとも私はクイン教授やターナー夫妻、高橋教授の著書を読んでおりましたので10年以上前から知っていれた内容ですけれども。
モルモン教会の歴史を一番知らないのはモルモン会員と言う皮肉な現象がやや解消されつつあります。
しかし教会サイト内の記事ではモルモン教会美化の視点は相変わらずですね。そこでいかがでしょうか、モルモン教会は自分の歴史を美化して説明しているよ、ホントはこうだよ、と暴露するサイトを作りませんか?
それこそNJさんに課せられた使命ではないですかね?
モルモンの教会員が、NJさんの著作に書かれていることは、モルモンの会員が「信じたくない事」なのだと思います。
教会サイトの情報公開も、果たしてどれだけの会員が読んでいるのでしょうか?
「教会はちゃんと情報を公開したぞ!」と言うアリバイ作りかもしれないですよ。
コンコルドの事例でよく語られるように、ある程度物事が進んでしまうと、その結末が悪い結果になるとわかっていても、止められないのが人間です。
モルモンの会員も、今までに自分が教会に使った、金や時間、労力などが無に成ってしまうのが惜しくて、何となくモルモンを続けている、たぶん私もその一人だと思いますけどね(笑)
詐欺師の手口でも、これはよく使われてますよね。
詐欺じゃなくても、「初めの一回は無料」「定期購読の初版は半額」サプリの「今回限り半額」等等。
NJさんの本が、会員に歓迎されないのは、その内容を信じたくない人が多いからだと思いますよ。
それともい一つ思う事は、本の内容が、会員にとってどうでもいいことだからじゃないですか?
どうでもいい事って言うのは、著者に失礼ですが、モルモンの会員は、上にあげてるような事実に何の興味もないんじゃないですか?
「真理を求める」とか、「真実を知りたい」って会員がほとんど居ないって事だと思いますよ。
蛇足でもう一つ言わせてもらうと。
この本の内容を知って、「自分がどうすればいいのか?」判断できないのだと思います。
そもそも、NJさんのご家族はどうなんですか?(笑)
預言者によって述べられていたことが実は違っていたり、教会の初期に行われていたことが、歴史の中でフェードアウトすることを見て、あんな教会はデタラメに決まってるとか、詐欺だとか世間に言われてしまうのは、ある一部の原理主義が好きな教会員たちによって、預言者は絶対に間違うわけがないだのという、手前勝手な情報操作をやりすぎたせいが大きいと思います。
公式サイトで紹介されている、以下の証は多くの模範的な教会員が信じていることであり、本当に世間が知るべき、あるいは宣伝すべき、預言者の姿を語っています。
http://ja.thomasmonson.com/77/%E9%A0%90%E8%A8%80%E8%80%85%E3%81%A8%E3%81%AF 預言者とは
★預言者は、神の子供たちを導くために神により召された男性です。
★預言者は常に、イエス・キリストへ戻る道を指し示します。
★預言者も人なので、すべての人と同じように欠点や弱さを持っているかもしれません。
★しかし、神の召しを通して彼らは権限を与えられ、主の代わりに語る権限を与えられています。
★(教会の内外に)、前任の預言者の慣習を新しい預言者が替えるかもしれない時、教義をいかに純粋なままに留めるのかと(疑問視する人々がいる)。
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早い話が、我々教会員は預言者や教会が完璧だから、ついていくというわけではなく、神が選んだ特別な人だから完璧でなくとも、教会のやりかたを変更しても構わない権限があることを信じているから、ついていくだけのことであるということ。
そしてさらに重要なことは、さまざまな変更や、フェードアウト等等は、福音の教義を変えてしまうわけではないということ。 (言い換えれば教義が変わったように見えたものは、最初から教義ではなかったということです。)
十二使徒定員会会員のニール・L・アンダーソン長老はこう述べています。
「真の原則は、しばしば教えられ、多くの人によって教えられます。わたしたちの教義は、見つけにくいものではありません。」
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ジョセフスミスが啓示によって得た知識のうち、たとえば、天の王国が日月星の栄えによって構成されていること。 これはモルモンの教義っである。
しかし反モルモンが鬼の首を取ったように喜こんで、あちこち宣伝してるようなもの。たとえばジョセフスミスは月に巨人が住んでいると公言していたこと。 はジョセフスミスの言葉であってもモルモンの教義ではない。
会員は残念ながら、教会の正規のルートで伝えられたことしか信じません。
同じことが書かれてあるNJ氏の著書になかなか心を開かなかったということは、会員の器の小ささの表れであり、平穏な信仰を維持したいという保守的な傾向が見て取れます。
自主性が無い信仰といいますか、出過ぎたことは神の業に逆行するという誤った捉え方に支配されている会員が多いのだと思います。
波風を立てたくないという思いや、マイナス面をあらわすことが神や教会に反するという捉え方が固定化しているのではないしょうか。
物事の本質を捉えるという、穿った見方を身に付けられるのはもはや古い世代には無理で、これからの若い世代が行っていくことだと思うのですが、教会は、近年、若者の育成に力を入れていますので、わき目も振らさせない偏った方針にならなければいいなと願っています。
予言者が間違ったことを教えて、それがいつの間にかフェードアウトするという考えはあなたの勝手な思い込みであり間違いです。できればおかしな考えを広めようとしているあなたという存在が教会からフェードアウトすることもお考えいただきたい。
間違ったことを言ったのなら、またそれを誰かが永遠の原則と信じ込んでしまったらどうするか?私なら訂正して正しい内容を伝え直すでしょう。福音を知らない人でも、小さな子供でもそうします。私は自分の子供にはそうするように教えます。
あなたはそうしないんですか?自分の言葉で誰かが真理を誤解してしまったら、その人の永遠の行く末に関わりますよね。それを訂正もせず謝罪もしないで平気でいられる人は神から遣わされてはいません。むしろサタンでしょう。
あなたの説明では予言者の言葉はまるでサタンの言葉です。つまりほとんどが真実、しかしその言葉にわずかな間違いが混ざっているわけですね。そして間違いを放置したままにしているので、いずれ誰かが勘違いをしてしまう。そのときにあなたは間違えた人に対してお前が悪いんだと罵るわけですね。酷い話です。
まさに悪魔を基とした教会ならそういうことがあるでしょう。(あなたはそういう教会が好きなのでしょう?そちらへ行かないのですか?)
しかし末日聖徒イエス・キリスト教会は人々をキリストのみもとへ導く唯一の代行機関です。そのような混乱はありません。神の予言者がもし間違ったことを言ったのならきちんと訂正があります。それまでは全ての教えを受け入れ忠実に守らねばなりません。
キリストが生贄を捧げるまでのモーセの律法と同じです。フェードアウトなどと言って勝手に間違いだと決めつけていいはずがないのです。モルモン書はそれを教えていますよ。
そもそもより高い人格を養い、神の国に入るのにふさわしく準備するのが現世の目的です。それを教えている教会の長が、教会員に間違ったことを教えて訂正もせず、間違った方が悪いと責めることなどあるはずないのはお分かりですか?そんな倫理的に破綻したことを口にしているのはあなただけですよ。
通常の日曜学校の話し合いでも表面的な話題で終わってしまうのであまり期待はしていませんが
http://www.seseragi-s.com/shopping/?pid=1356076180-746909
紙媒体、PDFとも現代は書籍のヒットはなかなか難しいものなのでしょうね。
本家の「福音の研究」でさえ受け入れられないメンバーがいるのならなおさらでしょう。
私の周囲では興味あるメンバーもいますが、日曜学校などのレッスンの場では「原則」を教えるのが建前ですからね。
もうすこし、ざっくばらんに教義や教会歴史を話し合う場があるとよいと感じます。
まぁ、「第三の視点」ですからねぇ。
第一の視点の人には批判的に見えるし、第二の視点の人には擁護的に見えるのでしょうね。
ロバート・マレンさんの「幸福の探求」以来45年ぶりにでた、しかも日本人によるモルモン紹介本!
紹介と普及はニッポンモルモン自身の義務です。
まずは購入し読むべし。
初期の教会ではブリガムヤングもジョセフスミスにつられて月に住人がいると信じこみ、そのような説教をしてるわけですが。
Q1.(本当であればNASAの宇宙望遠鏡で一発で発見できるのですが)あなたはお月様にクエーカー教徒風の住人が住んでいると心より信じてますよね?
信じているというなら、精神を病んでいくのはあなたの勝手ですが、私はあなたにお月様の住人とやらはあなたの脳内に住んでいると答えましょう。
信じていないと答えるなら、じゃあどこに必ずあるはずの謝罪文やきちんとした預言者の訂正があるのか説教文なりを示して下さい。ハイどうぞ。
>末日聖徒イエス・キリスト教会は人々をキリストのみもとへ導く唯一の代行機関です。そのような混乱はありません。神の予言者がもし間違ったことを言ったのならきちんと訂正があります。それまでは全ての教えを受け入れ忠実に守らねばなりません。
お月様にテーマをしぼっただけでも、あるのです初期の教会にはそのような混乱が。 あるものをないないと言ったってウソツキになるのでは?
あなたの信仰は、一見まともそうでいて、神社に油をかけて回る変なキリスト教の信者と同格だと言っておきます。
我々の信仰は、イエスキリストを基としており、現代に生きるトーマスSモンソン大管長と彼が率いる預言者たちを信頼し従うものです。
古い説教が本当に今でも重要であれば、必ず彼らが適切な形で抜粋して引用してくれますので、それを信頼して安全に使用します。
過去の迷信のようなものに、いちいちきちんとした謝罪を要求したいとは思ってもいません。
古い歴代大管長の言葉を好き勝手に選別しているとあなたは私たちを非難していますが、好き勝手ではなく、良心と聖霊の働きによって選別しているだけのことです。
十二使徒定員会会員のニール・L・アンダーソン長老はこう述べています。
「真の原則は、しばしば教えられ、多くの人によって教えられます。わたしたちの教義は、見つけにくいものではない。」