沼隈郷土文化研究友の会

広島県東部に位置する沼隈町は古代より瀬戸内海の中央(ヘソ)に当たり、
その郷土からの情報発信です。

「胎蔵寺本尊木造釈迦如来坐像胎内施入品」の概要!!

2008年04月22日 | 地域関連

広島県立歴史博物館において、「胎蔵寺本尊木造釈迦如来坐像胎内施入品」
概要についての説明と、展示がありました。

4月20日(日)14:00から県立歴史博物館講堂と1F研修室とでの説明・展示が
あり見学・参加致しました。

今回の経緯について、胎蔵寺 竹原住職より説明と胎内施入品取り出しの状況を
ビデオテープを流しながらの説明を伺いました。

<今回の経緯> 説明 胎蔵寺 竹原住職
10年前(平成10年)に本堂の屋根の葺き替えを行い、本尊の修理を発願いたしました。
平成13年(2001)1月25日、屋根の葺き替え工事のため、本尊のご遷座をいたしました。
平成13年、春に滋賀県日野町の仏師 飯田雅彦師に本尊を修理に出しました。
この本尊さまは、明治の排仏棄釈(廃仏毀釈)により眼を刳り抜かれていたために
どうしても元の玉眼に修理したかったのです。
元々は玉眼であったので、その修理を行うために、施入品の発見となったのです。
平成13年(2001)11月17日に、施入品を取り出す通知を頂き、その立会いに
伺い、その様子をビデオに収録しました。

<ビデオ収録の内容>
1.坐像底部から中蓋を取り外す。
2.さらに中蓋があり、それを取り外し、施入品を順次取り出す。
3.首の部分の付け根のところで、底板を確認し、寄木造であるため、
  頭部を抜くことは可能であるが、痛ましいので首を抜くことを断念する。
4.頭部の後ろ部分を取り外し、頭部にも施入品があり、それを取り出す。
5.頭部の前面(眼の部分)に施入されている品が取り出せないので、
6.頭部の頭頂部を取り外し、施入品を取り外す。

<施入品の内容> 説明 木村 主任学芸員
1.数量 294点、内経典等206点(妙法蓮華経ほか)、袋・梱包材88点。
2.頭部施入品
 ・金銅製五輪塔型舎利容器(高7.3cm)
 ・杉原親光筆法華経
3.胴部施入品
 ・版木観世音経

<主な資料の奥書などにより判明した事項> 説明 木村 主任学芸員
1.貞和3年(1347)に釈迦如来坐像が製作されたことが明らかとなった。
 ・これは、従来の説を約100年遡ることになり、広島県内の仏像群の製作
  年代の見直しを迫る発見となった。
2.中世の地名である「杉原保(中世文書に記載されている:椙原保)」が
  「深津郡」(現在の芦田川以東)にあったことが明らかとなった。
 ・これまでは、尾道市木梨付近と推定されていたため、広島県史を始めとする
  自治体史の書き換えを迫る発見となった。
 ・さらに今後、すべての資料の奥書等や紙背文書の解明が進めば、さらなる
  新発見が期待される。

<施入品の展示> 1F研修室 15:00~
・施入品の一部を展示し、拝観をする。
・収納には、杉材で製作された引き出し式タンスに収納されるように造られている。
・さらに小さいものは、紙製(固い)の容器を製作。
・文書類は、竪紙に整理されている。
・金銅製舎利容器(五輪塔)はX線投影写真を展示。
 水晶製の五輪塔の中心部分には、筒状の芯を確認。

<椙原保に関する関連資料(文献)>
1.「備後国椙原保私考」 片山 清 『芸備地方史研究』第55号
2.「備後杉原氏の祖、平光平について
  -公家近習武士から幕府奉行人への転進-」 木下和司
  『芸備地方史研究』第234号 2003年1月 発行
3.「備後杉原氏と南北朝の動乱」 木下和司
  『芸備地方史研究』第242号 2004年6月 発行
4.「杉原光房に関する一考察」 木下和司
  『山城志』第15集 備陽史探訪の会 1998年6月 発行
5.「備後杉原氏の出自について」 木下和司
  『山城志』第16集 備陽史探訪の会 2002年1月 発行
6.「胎蔵寺御本尊胎内物について」 平井隆夫
  『福山城博物館友の会だより』NO:32 福山城博物館友の会
  2002年6月29日発行

 概略以上
                              文責:鳳来



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