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郵貯スタンプ・じい散歩

日毎に選んだ街を散歩しながら、郵便局の窓口で貯金をし、局名のスタンプを押してもらう。歩く街の感じた事を紹介。

久し振りに”カワセミ”を被写体に捉えた。

2012-12-12 22:22:42 | Weblog
 12月12日(水曜日)
 急に当日に戻る。44年前の今日は自分の結婚式の日。所謂「結婚記念日」だが、一人になって早くも5回目。一緒に食事をする相手も居ないのは寂しいものだ。
10時開店の「カメラのキタムラ」へ写真のファイルを買いに行くので、8時半過ぎに家を出て何時もの様に歩き出したが、半袖一枚の下着の上にトレーナを来ただけで出てきてしまったので涼しいのではなく”寒くて”しょうがなかったが、戻るのが面倒なので、身体を動かしながら歩く。凄く良い天気で空気も澄んでいるので、”今日も富士山が綺麗に見えるだろう”と思いながら、出来るだけ日向を歩く様に気を付けたが寒いものは寒い。歩く川沿いのコース(往復約6k)では、コサギは一羽しか見なかったが、12月に入り寒くなったら”鴨”の数が20羽位だったのが、40羽近くに増えてきた。西武池袋線の線路が上を走っている黒目川に架かる「弁天堀橋」でUターンした途端に”富士山”が真っ白い姿を現す。今日は東久留米駅の”富士見テラス”まで行ってみたが、帰り道のコカコーラ工場裏に掛かったら、”コバルト色”の鳥が目に入った。直ぐ傍の木に止まり、何回か川面に嘴から突っ込んで行ったが、そこまでは自分のカメラでは撮れないので我慢したが、今年7月にその為に買い替えたカメラだったので、今まで撮った”カワセミの写真”の中では、良く撮れたと思う。
 弁天堀橋から黒目川越しに   弁天堀橋からの富士山   ”富士見テラス”から      グーッと寄って            アップ
      
             アップの二倍

 確か、今年は3月に、飛んでいるのを見ただけで、被写体として捉える事が出来なかった”カワセミ”が丁度”撮って下さい”と云わんばかりに直ぐ傍の枝に止まった。この日の為に7月に買い替えたデジカメなので、結構良く撮れたのではないかと思い、本当は、書かなければならない”ブログ”が溜まっているのだが、今日撮った写真を書いて載せたいと思います。
                                  枝に止まっている姿しか写せなかったが、
  

  

 昨日、4日振りで歩いた時に、下田橋脇の住宅にある”ツルウメモドキ”の葉っぱが殆ど落ちて、カラフルな実だけになっていた。これから赤くなるらしい。
 葉の落ちた”ツルウメモドキ”     アップ         コブシの蕾         クチナシの木        クチナシの実       ピラカンサス
     
 今日、店に入ったら、アルバイトの女性群が「社長、31日に初詣でに行きたいんですが、一緒に行きませんか?」と誘われた。店を始めた一年目は、状況把握が出来ていなかったので31日まで営業したが、

大分・第六弾 三百年の伝統の”鮭茶漬け”の「若栄屋」へ寄る。

2012-12-10 10:31:32 | Weblog
 11月7日(水曜日)
 先に行ってしまった観光バスを追って、杵築城下を後に。三和酒類の車で走り、帰京前に寄るお土産屋さんに直行し、着いたのが国道213号線沿いの「魚市魚座」。お土産屋さんの裏が、別府湾に繋がる「守江湾」。ここには、昔、裏門司で実物を見た事のある”カブトガニ”が大量に生息しているとの事。丁度夕日の時間だったので”静かな守江湾”を。お土産を色々買い過ぎて、かなりの荷物になってしまった。
                「魚市魚座」の横から「守江湾の夕日」                      「魚市魚座」            店内            生かき
   
 帰りの飛行機が7時過ぎ。三和さんの紹介で、『鯛茶漬けの”若栄屋”』へ。守江から再度杵築に戻り4時半着。
≪ここは、元禄年間(1688~1703)創業の三百年を超える老舗料亭で、昔、殿様がこの店の”鯛茶漬け”を食べて、「うれしいのう」と喜んだ事に由来する「うれしの」と呼ばれる、特製ゴマダレがたっぷりかかった”鯛茶漬け”が名物で、皇室の方々も見え、マンガ「美味しんぼ」にも取り上げられている。≫
     「若栄屋」玄関      皇室の方々の来店写真          座敷へ           座敷前には茶席        能舞台が有る座敷
    
   ランチョンマットに由来         先付        フクの白子と皮の酢の物  魚のすり身餡かけ       鯛の兜焼き          赤出汁にお新香
     
    「鯛茶漬け」    蓋を閉めて3秒蒸らす  一気にかっ込む      美味かった              能舞台で皆で集合写真を
    
 この”能舞台”の備わった部屋は、外国のお客様も多くなり、”和風の部屋が欲しい”との要望から、一般の方達にも”お殿様気分でどうぞ”という意味も含め、40年前に造られた。能以外にも結婚式・三味線の会・落語会等も行われる。”紋”として使われている”雪笹”は昔、お殿様の松平家より頂き、部屋の”釘隠し”等にも使われている。
  釘隠しの雪笹紋   大名行列の先触れ纏 玄関で”おかみさん”と
  
 ”鯛茶漬け”を食べるのにゆっくり1時間。5時半に店を出て、大分空港に向かう。30分も掛からずに到着。空港内でもお土産選び、毎週火曜日に、地元の団地内でボランティアをしている仲間からの要望で、”どんこ椎茸”をお土産に加える。
 今回の”研修旅行は、5年間住んだ九州でも、別府と宇佐神宮以外は始めての場所であり、”いいちこ”の㈱三和酒類さんには大変お世話になった。ここで㈱三和酒類に付いて、知らなかった事を〆で書かせて貰う事に。
≪昭和33年、地元の日本酒の蔵が三社合流して新会社を設立し、【㈱三和酒類】と。現在では、日本国内の単式蒸留焼酎(焼酎乙類)メーカーで日本一(2006年現在)。2009年現在、焼酎以外の酒類メーカーを含めても、ビール大手4社(キリン・アサヒ・サントリー・サッポロ)に次ぐ5位で、続く6位は沖縄のオリオンビール。


大分・第五弾「城下町・杵築」を散策。

2012-12-09 19:35:14 | Weblog
 11月7日(水曜日)
 ㈱三和酒類の見学中にバッテリー切れしたデジカメを、観光バスのコンセントで充電しておいてもらったので、「魚処・丸萬」での食事中も充電中だったので、一枚も写真がなかったが、とても美味しかったし、自分だけ”お土産”まで頂いてしまったのに、酔っ払って真っかっかの為、お礼もそこそこに座席でお休み。宇佐から日出に向う国道10号線を走って、起こされたら杵築。「ふるさと産業館観光案内所」の駐車場に止め、「九州豊後路の小京都・きつき」の「お勧めモデル60分コース」をボランティアガイドの方の案内で散策する事に。駐車場から「北浜口の番所」方面の看板に沿って住宅地を少し歩くと「番所の坂」という石段を登る。丁度小学校の下校時間で、こちらから「こんにちわ!」と声を掛けると小学生達が「こんにちわ・こんにちわ」と返事を返してくれ、その中を階段を登りきると「北浜口番所」。左に「児童館」、右に「杵築幼稚園」の間を行くと、「酢屋の坂」という下る長い階段があり、下りて行けば商人の町から「南台武家屋敷」へ繋がる(日本で唯一のサンドイッチ型の城下町)が、コースはここで左折し、杵築藩の上席家老大原氏の屋敷であり、杵築における最も貴重な遺構の一つであり、「北台武家屋敷」を代表する「大原邸」へ。
      案内表示     「番所の坂」で小学生と   「北浜口番所」      「児童館(奥が小学校)       「杵築幼稚園」
    
  武家屋敷の土塀     「北台武家屋敷」通り    南台武家屋敷方面を 「酢屋の坂」の石段       「大原邸」へ入る      庭に”ニワカタバミ”
     
      「門」を入り          玄関前に”ソテツ”        「玄関」に上がる                   「大原邸」の庭
    
     庭側の「座敷」      「控ノ間」天井(弓)        「台所土間」            「湯殿」             「厠」             「母家」
     
 「大原邸」を出て、次は同じ家老職だが、殿様の親戚筋に当たる「能見邸」。「大原邸」と違って瓦葺の屋根が隣との違い。こちらの方が裕福だったとの事。
 「能見邸」”台の茶屋”玄関   玄関の”花もち”       「能見邸」全景       座敷の上に”隠れ座敷”      座敷の欄間”兎と波”         座敷
     
      「藩校の門」          「藩校」内の一部        土塀の瓦の間から         「磯矢邸」の門     「勘定場の坂」の石段
    
      町の駐車場         理髪店と調剤薬局      杵築城への城山公園
  
   石段を下り、街中を歩いて、城山公園の入口まで来たが時間が無いので「杵築城」へは行けずに残念。ここは、戦国時代の大友氏が治めた土地で、島津氏との戦いの舞台となった土地で、現在の模擬天守から眺める別府湾、八坂川の絶景が良いそうだ。もうこのままバスに戻るだけだったので、ガイドのおじさんに郵便局の場所をお聞きしたら、「直ぐ近くに有りますよ」との事で、みんなに断って、おじさんと駆けながら急いで(杵築本町)郵便局へ。スタンプを貰って慌てておじさんと駐車場に戻ったら、観光バスは出発していて、三和酒類の中尾さん達が車で待っててくれ、「自分達がお連れしますので、バスには行って貰いました」との事。ガイドのおじさんにお礼を言って、皆の後を追ったが、途中で、何という郵便局だか忘れたが、中尾氏が「この先に、自分が小さい頃に買いに行っていた郵便局が有るんですが、寄って行きますか?」と言われたが、4時前だったが、先に行った皆に悪いので遠慮した。後で、買い物だけだったので、行っておけば良かったと後悔。杵築は「北台武家屋敷」「商人の町」(古くから続く商家が今も残って)「南台武家屋敷」に「杵築城」と、見所満載で、機会が有ったらもう一度ゆっくり歩き廻って見たい町だ。
 

  

大分・第四弾「㈱三和酒類(いいちこ)」訪問。

2012-12-08 14:50:27 | Weblog
 11月7日(水曜日)
 「宇佐神宮」を後にして、来た道をそのまま戻り、途中から方向を少し変えて走ると、”㈱三和酒類”の小さな表示看板が見え、直ぐに新しい工場群の建物が見えてきた。「いいちこ」の工場とは知っていても、”焼酎の工場なのだから”という気持ちでいたので、その大きさにビックリ!!。約6万坪の敷地に345名のスタッフで、毎日17500本の焼酎が出荷されているとの事。
    表示看板          本社・事務棟           1階展示室          受付・事務所          こちらも工場? 
    
 事務所スタッフに迎えられてバスを下り、取りあえずトイレ休憩後、再度バスに乗って案内役の若い美人女性(清水さん)の案内で工場見学に。
先ずは「第一瓶詰工場」から。機械と目視検査を並行して行っており、ラベルの位置を自動で揃え(ラベル付けが悪く撥ねられた物は人の手で処理)、6本づつ瓶に詰める。
      目視検査        オレンジ色は無視が嫌がる       ラベラー         自動で外向きに揃え  撥ねられたボトル
    
 次は、バスで少し移動して「紙(ノンアルミ)パックライン」の工場に。1時間で5000本。スタッフ4人で一日に36000本生産している。
   焼酎の充填工程図    平たい紙から成形   成形して底を閉じる    紙パック用充填機      ラインで送られ        重量検査機
     
シュリンク(ビニールコーテイング)包装 X線検査機(遺物・破損)     無人リフトが         箱摘め機         目標と実数表示
    
 この土地に19本のボーリングにより、地下300mから水を汲み上げており、三か所の製造所で製造している。研究所では40名が日々研究を。
「第二製造所」へ移動し、「麦焼酎の出来るまで」のパネルを見ながら説明を受ける。日本酒の製造で、米を削って吟醸酒を造ったりするのは知っていたが、三和も元々が三社の酒蔵が合併した会社なので、麹造り(約40時間で)は当然、原麦を40%まで削った焼酎も造っているそうだ。
  「麦焼酎の出来るまで」  原料精麦と40%に削った大麦麹  二次発酵(24樽が並ぶ)   プチプチと泡が
   
 ウイスキー工場と同じ様な”蒸留ポット”を見ながら「蒸留解説」の話を聞く。最初に出てくる焼酎は77°。”本格焼酎は45°以下”という規定が有るので、原酒となるのは44,7°だそうだ。ウイスキーと同じ様に出来立ては”無色透明”。樽で寝かせればウイスキーと同じ様な”琥珀色”にもなる。
 「蒸留説明」パネル   蒸留缶(ポット)    最初の焼酎が見える  敷地内の「酒の散歩道」      玄関で集合写真
    
 見学終わって、敷地内に設けられている草木が植えられ、花が咲いている「酒の散歩道」を歩いて事務所棟に戻る。木や花の名前が表示されているともっと良いのだが、一寸残念。ここに掛かって、昨晩忘れてしまったので、デジカメのバッテリーが切れてしまい、撮りたい花の写真も撮れなかった。集合写真は、他の方の写真を添付しました。 
 その後、ほんの近くの大分県立歴史博物館の傍にある「魚処 丸萬」という和食店で昼食を御馳走になった。昼食とは思えない料理に皆驚いていたし、板長の料理説明を聞きながら食べさせて頂いたので、とても美味しかった。その時に出された「いいちこ」の最高品という、今まで見た事が無かった”フラスコボトル”をロックで頂いたら、30°も有るのに飲み易く、真っ赤な顔をしながらお代わりをしてしまった。女性群は、空いたボトルが花瓶に良いと欲しがっていた。店でお聞きしたら、「郵便局は店の直ぐ前に有りますヨ」と言われ、真っ赤な顔をして(高森簡易郵便局)へ寄って戻ってきたら、板長が、店に飾っていた「宇佐神宮の今年の正月のフレーム切手」をプレゼントしてくれた。皆さんにお世話になり、本当に有難う御座いました。


      

大分・第三弾「宇佐神宮」参拝

2012-12-06 19:51:25 | Weblog
 11月7日(水曜日)
 昨晩は、早目に寝たので、7時前に起床。昨日は地下の「岩風呂」と、夜に屋上の「展望露天風呂」に入ったので、今朝は風呂に行く途中で、海を見たら朝日が昇りだしていたので、慌てて部屋に戻り、デジカメを持って屋上の「展望露天風呂」へ行く。夜と違った景色(目の前に別府湾)の朝焼けの中に太陽が上がりだしていた。昨晩は露店に出たら、寒くて慌てて暑いお湯に飛び込んでしまったが、今朝は気持ち良く朝日を見ながらゆっくりと入浴。やっと温泉に入った気分。部屋に戻って、同室のサッポロビールの花井氏に、「昨日イビキで煩くなかった?」と聞いたら、「静かでしたよ」と言われた。3月の旅行で清水氏から「内藤さん、イビキの途中で息が止まってた。無呼吸症候群じゃないの?」と聞かれていたのでチョット心配でしたが、これも体重が減ったからだろうか。
 食事後、8時半にホテルを出発。大分自動車道を宇佐方面に走り、「別府湾SA]でトイレ休憩を取り院内ICで下車。
  7時56分    (11月7日の日の出)   7時23分   ホテルから「楽天地」 鶴見岳のロープウエイ   明礬温泉        SAから別府湾  
     
 車内では、九州ではここだけ残った安心院(アジム)のサファリパークと75基の石橋の街院内等の説明を聞きながら、【宇佐神宮】についての説明を、「通常は”二礼二拍手一礼”だが、宇佐神宮は”二礼四拍手一礼”だそうで、全国の八幡宮の総社になるそうだ。院内ICで下車して15分の9時32分着。
≪八幡様とは応神天皇の御神霊で、欽明天皇の三十二年(571)に初めてこの宇佐の地に御示現になり「われは誉田天皇広幡八幡麿呂なり。我名をば護国霊験威力神通大自在王菩薩と申す」と告げられた。そして、大陸の文化や産業を輸入して新しい国づくりを進められ、英明にして神徳も高く、皇室では伊勢につぐ御先祖の神社として崇敬され、特に勅使の和気清麿に国体を正す神教を授けたことで有名である。もとより、この宇佐は神代に比売(ヒメ)大神が天降られて早くから開けた処で、宇佐の国造はこの神を祀った。また神武天皇の皇軍を迎えた聖地でもあったので、八幡さま比売大神、及び神功皇后を祀る宇佐神宮が奈良朝の神亀年間に創立せられたのも当然のことである。比売大神は、後に筑前の宗像大社や、安芸の厳島神社に祀られ、福徳愛敬、交通安全等の守護神として崇められ、また神功皇后は母神として宇佐に祀られ、神人交歓、安産、教育等の神徳も高くあらわれた。この三殿一徳の八幡宮の御神威は硬質だけでなく一般の人々にも鎮守の神として信仰された。清和天皇のとき僧行教により、貞観二年(860)に平安京の鎮護として宇佐の御分霊を祀りて石清水八幡宮を創立し、源頼朝は鎌倉幕府の鎮守として鶴岡八幡宮をたてるというように全国に四万社あまりの御分社が次々に祀られた。また、聖武天皇の勅願で、神宮寺弥勒寺を建てられた事により、国東半島を中心とした六郷満山の仏教文化発祥に多大な影響を与えた。≫
   「宇佐神宮」参道へ           「大鳥居」        寄藻川に架かる「神橋」      表参道の「大鳥居」    武内宿禰を祀る「男黒神社」     
     
    「大鳥居」     「宇佐神宮宝物館」初沢の池   「宇佐神宮崇教会本部」        「手水舎」            「放生池」        「皇族下乗」灯籠
     
      「春宮神社]          「南大門」           「若宮神社」            「西大門」           「上宮」(祈祷殿)      
     
      「社務所」            「一之御殿」         「二之御殿」(勅使門)      「御祈祷者控室」        控室の「格天井」
    
 今回の参拝では店の経営者の研修旅行なので”商売繁盛”の祈祷をお願いしており、控室で順番を待ち、「御祈祷」を受ける。祝詞の後にお神楽を。
  和気清麿公の像    祈祷所入口          「祈祷所」                               お神楽を舞う
      
  本殿に向う廊下の大太鼓   会長による”玉ぐし”奉納     「一之御殿」      「二之御殿」          「三之御殿」      春日退社・北辰神社
     
 一之殿の金色の樋  社と同じ塗料の廊下     廊下の灯籠     祈祷所でお神酒を   御神木”イチイガシ” 手を添えると御利益が 「宇佐神宮」御朱印
      
                 「勅使門」前で集合写真                     送って貰ったアップ写真     開き出した参道の店舗  駐車場前の古美術店
   
 約1時間半。ゆっくり廻らせて頂いたが、昭和45年に小倉に転勤し、大分県も小倉のテレトリーだったので定期点検等で巡回する時には車で「宇佐神宮」前の国道10号線を走っており、何度か寄った覚えが有るが、こんなに広い場所という感覚がなかった(国道から直ぐに本殿と思っていた)ので、久し振りに歩いたがビックリした。それと、ここが「神仏集合の発祥の地」と同じく「神輿の発祥の地」と教えられた時にはもっと驚いた。全国あっちこっちの神社仏閣で「御朱印」を貰っているが、機会が有ったら、又寄りたい神社だ。
次は、同じ宇佐に有る㈱三和酒類(焼酎”いいちこ”で有名な)の工場見学に伺います。来る時に通った道に。

大分・第二弾「別府温泉地獄巡り」

2012-12-05 21:04:30 | Weblog
 11月6日(火曜日)
 佐賀関で「関あじ・関さば」の漁獲・生簀保存・出荷の行程をお聞きし、定食と別盛りのサバとイサキを頂き、来た道を戻り、再度高速に乗って別府を目指す。
高速を走っていたら、来る時には気が付かなかった「別府ドーム」の白い屋根が見えた。
 15時に【地獄めぐり】スタートの「海地獄」へ着。48年前に、高校の卒業旅行で同級生5人と九州一周をした時も見学したが、今とは全く違っていたと思うが、覚えてない。一番新しい時でも40年前に同僚の石塚君が小倉へ援助に来てくれた時に少し案内させて貰った時か。その時は間欠泉の「龍巻地獄」と「血の池地獄」を廻った覚えは有るが、今回は、その二つが離れているので抜かした六ヶ所を廻るらしい。
≪ここ鉄輪(カンナワ)・亀川の地獄地帯は、千年以上も昔より噴気・熱泥・熱湯等が噴出していたことが「豊後風土記」に記せられ、近寄ることもできない。忌み嫌われた土地であったといわれています。そんなところから、人々より、「地獄」と称せられる様になりました。今も鉄輪では、温泉噴出口を「地獄」とよんでいます。≫
  「別府ドーム」の屋根     スタートの「海地獄」入口       先ずは全員集合         熱帯性 睡蓮        大鬼蓮(オオオニバス)
    
               「海地獄」                     温室の「大鬼蓮」                   温室内の睡蓮の花
     
     「鬼石坊主地獄」        鬼の高鼾(イビキ)      この石場で寝た?             灰色の熱泥が大小の球状に
     
      「山地獄」      いたる所から噴気が    猫が居ついて              温泉熱を利用して動物を飼育
      
        象も                大王松           ブーゲンビリア
  
   「かまど地獄」入口      鬼が迎えてくれる     かまど地獄の不思議        「かまど地獄」         泉質は綺麗な青色 
    
 笛の根が聞こえるので、行ってみると、”小さなおじさん”が笛を吹きながらお客を連れて歩き、火のついたタバコを手に持って、水面に向ってタバコの火を噴きつけると、湯気の量が急に多くなり、それを見てお客さんからオー!と歓声が上がる。調子づいたおじさんは、池の周りを湯気を出しながら歩く。
 小さなおじさんがタバコの火を噴きつける      湯気が                     何回もやって見せてくれる
     
   御夫婦で足湯     温泉卵の売り場      温泉卵を      自分も一個70円
   
    「鬼山地獄」      ワニは全く動かない         「白池地獄」     鉄輪温泉開祖「一遍上人」  「向原石幢」
    
 1時間位で六か所の「地獄巡り」を終え、別府の海岸線にある宿泊ホテル(ホテル清風)に向う。左の丘の上にお城が見え、【貴船城】というそうだが、昔、鎮西八郎為朝が砦を築いたという伝説の有る地、貴船の里に、昭和三十二年に建造された新しいお城だそうだ。海岸通り(国道10号線)を走ると行く手に「別府タワー」が見えて来、そのすぐ先がホテル。ホテルへのチェックインが4時半だったので、一度部屋に入り、荷物を置いて直ぐにホテルを出て、海岸通りを渡った百貨店の一階にある(北浜郵便局)へ。今日2局目。
      源泉      山の上に「貴船城」     別府タワー      別府交通センタービル
   
 いつもなら、夜の別府の街を歩いてみるのだが、沿線会の時は、殆ど外出せずに”部屋での飲み会”が主体となるのだが、そのつもりでいたら、主役の志和さんが先にダウンしてしまい、珍しく12時前に就寝。明日は「宇佐神宮」。ここも何年振りだろうか。