やっぱり、そうだよさげまでよまなくっちゃあ面白いよ
■人さんの軒先、門口に立ってこれを語らしてもらうんや●やめときまひょ、
そんなアホげな■アホげなことあるかいな、こらなぁ、暗がりで語らんなん
さかい無本で語る、これが何よりの勉強になるしな、会へ来てくれるお客や
なんかと違うがな、せやろ、その人の家やさかい気に入らなんだら「どぉぞ
お通り」と、そんなもん邪険に言われる。
■そこをかいくぐって、何とか聴ぃてもらお、といぅ工夫からホンマのナニ
が生まれる。といぅのは、えぇとこの旦那衆なんかでも、修業のために皆こ
の「軒づけ」に出ていなさんねや●あぁ、そぉですか?
■そやで、また好きな人の家へ当たることもあってな、こないだも「そんな
結構なお浄瑠璃、そんなとこで語ってもろてはもったいない、どぉぞこっち」
言ぅて、奥の座敷に通されて、皆が好きな所を十分に語らしてもろたあとで
「ウナギの茶漬け」をよばれて帰ってきたんや。
●ちょ、ちょっと待っとくれやす。う、ウナギの茶漬け……、たまらんなぁ、
あのウナギをちょっと佃煮にしたよぉなやつお茶漬けにしてこぉ、ひつこい
よぉなところと、あっさりしたよぉなところ、ない交ぜになって、何とも言
えん……、たまらんなぁ、行きまひょか。
■そのために行くっちゅうのもおかしぃが、行く気があんねやったら言ぅた
げる。ついといなはれ……、気ぃ付けなはれや、えらい蚊柱や。口開いて歩
いてたら、口ん中蚊ぁだらけになるでホンマにもぉ。こっちこっち、いっつ
もな、向こぉの辻に集まって……、あぁ居たはる居たはる。
■え~、今晩わ▲おぉ、こんばんわ■これからですか?▲へぇ、もぉ家のも
んにな「しょ~もない、アホゲな真似やめなはれ」言われながらもな、この
頃おいになりますといぅと、もぉ尻がなかなか落ち着きまへんねや、うかう
かっと出て来まんねん。
■いや結構けっこぉ、やっぱりお稽古事といぅのは、芸事といぅものは時間
かけてやってもらわんことにはどんなりませんねん。実は、この男ですねん、
やっぱり好きでんねん。一緒に連れて行てやってもらうわけにいきまへんや
ろか?
▲何です、あぁ結構です、こっちもちょっとでも多い方が心丈夫でございま
す。へぇ、分かりましてございます……、へぇ、またいっぺん……、いつも
何かとお世話んなりまして、済まんこってす。へぇ、承知いたしました、お
おきに……
▲あんさんですか、どぉぞこっち……●ヘヘッ、こんちゃ▲どぉぞこっち。
お好きやそぉですなぁ?●好きですねん。たまりまへんねん……、ウナギの
茶漬け▲何を言ぅてなはんねん、あんた……? え、聞きなはったですか?
いや、あんなこと滅多にないこってっせ。
★まぁ、ボチボチ行きましょかな▲待っとくれやす★何ですねん?▲三味線
まだでんねん★芳っさんまだ?▲いぃえぇ、芳っさん今日ちょっと具合悪い
言ぅてね、いや、法事があるとか言ぅて、はじめは「行かへん」とかなんと
か言ぅたはりましたんやけど「やっぱり行かないかんねん、連れに来た」言ぅ
て、行てしまいましたんや。
★ちょっと待ちなはれ、我々の浄瑠璃、三味線あって何とか格好(かっこ)つ
きますけど、素では……▲いや、代わり頼んでくれてまんねん★ほぉ~、そ
ら誰でもよろしぃけど、よぉ代わりがございましたなぁ?▲紙屑屋のテンさ
んでんねんけどね。
★え? 紙屑屋のテンさんいぅたら「クズ溜ぁ~って~ん」言ぅて、チギ持っ
てカゴ持って来るあの? あらまぁ~、あの人が? 太の弦(つる)やりまん
のん? 嬉しぃなぁ、うちの親父がよぉ言ぅてました「あの人が、あれをと
いぅよぉな、そぉいぅ人に出会ぉた時には、何とも言えん嬉しさがある」ちゅ
うてね、それぞれに趣味があるんでっさかい。
▲もぉ来てくれるやろと思いまんねやが……、来てくれました、どぉです、
やはり商売のナニと一緒で、カゴとチギと持ってる格好と三味線持ってる格
好とおんなじ格好になってる、こぉいぅ格好になってま。呼びまひょか……、
テンさん、こっちこっち、こっちでっせ。
■いや、どぉも遅なりまして。ちょっとお師匠さんとこ行てましたもんで遅
なりましてございます▲お師匠さんとこへ? 何しに?■ちょっと、三味線
の調子合わしてもらいに行てましたんでございますけど。
▲いや「三味線の調子を合わしてもらいに」て、あんさん、ご自分では合い
まへんのんか?■まだ、そこまでは、いてしませんのです★だ、大丈夫です
か?▲いや、何やかんや言ぅて冗談言ぅてまんねやろ★そぉですかな?
▲そらそぉでっしゃろ。そぉでしょ、途中でズルッとこぉずれたりしまっしゃ
ろ?■そぉですそぉです、できたらカスガイで止めときたいと思いますねん
けど★そんなアホなことでけへんけど……、冗談言ぅてまんのか? ちょっ
と聞ぃてみまひょか? せやけど、何やかんや言ぅても上がってまんねやろ?
■お陰さんで、三つ上げてもろてますので、まぁ何とかお役には立つやろと
思います★ほら、あんたのおっしゃるとおり、やっぱりそぉですわ、もぉ三
つも上がってまんねんてぇ。三つも上がるっちゅうことは三時間から弾けるっ
ちゅうことでっさかいね、そらもぉあとは探りででもいけるっちゅうぐらい
で、やっぱりあんさんのおっしゃるとおり、何やかんや言ぅて冗談言ぅてま
んねや……
▲そぉですか、何なにです?■え~「テンツ・テンテン」っちゅうのが一つ
です★冗談やございませんで……「テンツ・テンテンが一つや」言ぅてまっ
せ▲へぇへぇ、それから?■「トテチン・トテチン」ちゅうのとね「チリ・
トテチン」と、この三つ、しっかりと上げてもろてますので、まぁ何とかお
役に立つやろと思います。
★どぉします?▲と言ぅて、代わりの人がおるわけやおまへんねやろ?■あ
のぉ、えろぉなんなよぉでしたら、わたしもぉひと口、聞ぃた口がございま
すので、なんならそっち……▲ちょ、ちょっと待っとくれやす。お頼みいた
します……、こら居直られるとは思いまへなんだなぁ、さぁさぁ、早いとこ
行きまひょ、皆さんおいなはれ、早いこと行きまひょで……
▲え~っと、今日は隣りの町内からいきまひょか。うちの町内、だいぶにナ
ニしてますよってに隣りの町内……、おいなはれおいなはれ、遠慮すること
おまへんがな、みな早いこと付いといなはれな、どんならんでホンマにもぉ。
▲え~っと、このあたりからいきまひょかな。前ね、わたし一番ベベチャで
したんで、今日一番ノッケにやらしてもらいまっさ。え~、このお家(うち)
からやらしてもらいまひょか。テンさん、えらい済んまへんけどひとつよろ
しゅお頼の申します。
■へッ、よろしゅございます……、あんさんからでございますか?(テ~ン・
テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ン)あかんなぁ……、どなたぞ、ちょっと手の
空いた方ございませんかいなぁ?
▲手はございますけど、何です?■いや、わたいあんまりね、立って弾ぃた
ことございませんのでね、この胴がぐらつきますので、ちょっと胴を押さえ
といてもらえませんか?▲けったいな三味線やなぁ……、ちょっと胴を押さ
えてやんなはれ。
■へ、それで結構です……、どなたぞ、手の空いた方ございませんか?▲手
はございますけど、何ですねん?■胴はお陰さんでしっかりしましたんです
けど、今度はこっちがね、竿がぐらつきますので、どなたぞ、竿ちょっと押
さえといてもらえますか?
▲行てやんなはれ■へ、そんなとこで結構です。これで……、あの、どなた
ぞ、も一人▲何でんねん、何人要りまんねん?■いや、グッと力入れますと
ね後ろへウッとひっくり返りそぉになりますので、ちょっとお尻押さえとい
てもらえませんか?
▲行てやんなはれ、今さらやめるわけにいけしまへんがな■えぇ、そんなも
んで結構です。へぇへぇ(テ~ン)ほれ、先程と音が違うでしょ? これや
ないといかんのです(テ~ン・テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ン)
▲ほんだらえらい済んまへんけど、わたしからやらしてもらいますので。わ
たしが今日はノッケに、このおうちからひとつ……、皆さん方順番にナニし
ますよって、ちょっと待ってとくれやっしゃ。
▲ちょっと断っといた方が……「♪ちょっとお門を、拝借いたします」◆ど
ちらです? どちらさん?▲「♪素人が慰みに、浄瑠璃をやらしてもらいま
す」◆お断りします▲「♪決して、お金は頂きません」◆うち、病人が居て
まんねや。
▲「♪どなたが、お悪ぅございます?」◆母じゃ人がな「頭が痛い」言ぅて
寝てまんねがな、ちょっと早よ向こぉ行っとくなはれな▲あぁそぉですか、
それわそれわ「♪ずいぶん~、大事に~、ご看病」★何を言ぅてまんねん、
あんた。
■(テ~ンツ・テンテ~ン)★弾きなはんな●ウナギの茶漬けはまだですか
い?★向こぉから断られてるのに、ウナギの茶漬けが出ますかいな、黙って
付いといなはれあんた。次、隣り行きまひょ、早よおいなはれや怒ってまっ
しゃないかいな、早いことおいなはれ。次はどなたが?
▲わたいや、いきまっさ。誰でんねん断わんなはんな、断ったりするさかい
あきまへんねがな。こんなもん断らんとバ~ンといかなあきますかいな……
「エェ~、ブホッ、ゲホッ」なかなかね、声といぅもんははじめは出んもん
やいぅことは分かりますけどな「ブォッホン、ゲホッ、アァ~~ッ」
◆誰ぞちょっと表出てみ、どなたや反吐ついてはるがな★反吐と間違われて
まんがな■(テ~ンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうのに●ウナギの
茶漬けは?★出まへんでまへん、反吐と間違われてまんねがな、恥ずかしぃ
がな、こっちへ早いことおいなはれ。次はどなたが……?
▲わたしがいきますわ、ホンマにもぉ、あんたらねぇ、断ったり「ゲヘン、
ゴホン」ちゅなこと言ぅさかいあきまへんねがな、こんなものはバ~ンとぶ
つけなあきますかいな。こぉいぅものは持って行きよぉがおまんねや。
▲「バ~ン」とぶつけまんねや、そぉすると、はじめ向こぉは「おッ?」と
こぉ思いますわい。もぉいっぺん「バ~ン」とぶつけます「おッ、こら浄瑠
璃と違うかいな?」ちゅなもんです。そこを「グッグッグッ」と節をニエ込
ましますといぅと「どぉぞこっち、ウナギの茶漬け」と、こぉ物事を持って
行きよぉといぅものが……、わたしに任しなはれ、お頼の申します。
■何をお語りです?▲「何をお語りです?」て、何語ったかて(テンツ・テ
ンテン)と(トテチン・トテチン)と(チリ・トテチン)でしょ■やはり時
代と世話とではね、力の入れよぉが違いますからな▲そぉですか、ほんなら
「菅原伝授手習鑑」松王の出のとこね■(テ~ン・テ~ンツ・テンテ~ン)
▲「♪かかるところへ~、春藤玄蕃(しゅんどぉげんば)ぁ~」ほらみてみな
はれ、シ~ンとしてまっしゃろ、これがよろしぃねん「お断りッ」と最前の
あんたら恥ずかしぃで。シ~ンとしてましょ、わたしのこれがお手本でっせ
「♪かかるところへ春藤玄蕃ぁ~、首見る役は松王丸ッ」
▲シ~ン、聴き入ってまんねんで、ここでっせここでっせ「♪病苦を助くる
駕籠乗り物、門口にぃ、か・し・や……、かしや、ご用の方は東へ三軒、近
藤まで」はぁ……、東へ三軒近藤まで、あぁそぉですか、ここ間取りだけな
と見してもらいましょかな?
★何を言ぅてまんねん■(テンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうのに
●ウナギの茶漬けは?★出ぇへんっちゅうねん、空家から茶漬けが出るかい
な、あきまへんあきまへん、次行きまひょ次。
▲どんならんなぁもぉ、どなたもこなたも。軒づけといぅものはこぉいぅも
んですといぅ、ちょっと見本のよぉなものを、まぁやらしてもらいます。口
幅ったいよぉですけど、ちょっと聴ぃてといとぉくれやす■え~、何、お語
りです?▲あのね「鎌倉三代記」の三浦之助の帰(かい)って来るとこ、あそ
こやりますわ。
▲「♪先立つ涙、案内(あない)にて『物音ひびかば驚きたまわん、静かに、
静かに』と、こころ鎮めて病所の口、立ち寄れば母の声『嫁女、よめんじょ』
『お~、お目が覚めましたか、三浦様がお帰りぞや』『義村参上ぉ~、つか
まつるぅ~ッ』」
◆じゃがましわいッ!▲あぁ、恐わッ、こら~ッ「じゃがましぃ」とは何や
お前、浄瑠璃語ってんねんぞ◆あぁ、今のん浄瑠璃かいな? わしまた、ダ
ダケモンが暴れ込んで来たんかと思て……▲こらッ、こっちはなぁ、暗がり
で無本で語ってんねんぞ。暗いとこでこれだけの浄瑠璃、語れるもんなら語っ
てみぃ◆そんなもん、明い(あかい)とこで聴けるもんなら聴ぃてみぃ。
▲そぉですねぇ■(テンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうねん●ウナ
ギの茶漬け?★出ぇへんちゅうねん。もぉあきまへん、もぉ今日はどこ行た
かて断られます。こぉなったらもぉ、我々が語って我々が聴くと、こぉいぅ
ことにしまひょ、お宅行きまひょ。
▲そらあんた、大胆なことを言ぃなはんなぁ、そんなもんうちの家なかなか
行けまっかいな。いぃやいな、嫁はん留守だんがな「何がために?」っちゅ
うことだ、わたしが浄瑠璃を語るさかいだんがな「しばらく里の方へ帰りま
す」帰って、今日、戻って来たとこでんがな。
▲わたし一人でそれでっせ、そこへこれだけのツワモノが押しかけて行てみ
なはれ、今度はもぉふた月や三月戻ってけぇしまへん。わたしとこはあきま
へんで★どないしまんねん?▲あの、糊屋のお婆んとこ借りまひょか?
★糊屋のお婆んとこ? 奥のナニ、貸してくれますか?▲お婆ん、あんまり
耳ちゃんと聴こえへんし、大丈夫だいじょ~ぶ、貸してくれまっしゃろ。付
いといなはれ……、水溜りでっせ気ぃ付けなはれや、お婆ん居てるかいなぁ?
あぁ、お婆んなんや飯食てますわ。
★お婆ん、こんばんわ、お婆ん……、聴こえへんねん、やっぱり耳遠いねや、
歳やさかいなぁ……、お・婆・ん・こ・ん・ば・ん・ぅわ!●あらら、町内
の若い衆が皆で寄って、何やな?★ちょっと皆で浄瑠璃語らしてもらいたい
と思うねんけど、奥の六畳間、あれ借りることできるかいなぁ? えらい済
まんねけど、時分どきに済まんなぁ。
●えぇ、何じゃい? これかい? ちょっと小腹が空いたのでね、金山寺味
噌出してきて、味噌で茶漬け食てるとこじゃ。え? 浄瑠璃語る? 面白か
ろぉ、やんなされやんなされ。わたしもあとで聴かしてもらいますで。
★お婆ん、聴こえもせんのに「聴かしてもらいます」やて……、さぁ上げて
もらいまひょ、さぁ皆こっちおいなはれ。これで何とか落ち着きましたなぁ、
まぁまぁえぇよぉに座らしてもぉたら結構でっせ。テンさん、どぉぞこっち
回わっとくれやす。
■さよか、今度はね、もぉお手助けも何も要りませんのんでな、思い切って
やらしてもらいます。今度は? あんさんでっか?▲わたいが残ってまんの
で、わたしがやらしてもらいます「朝顔日記」大井川の段■あぁそぉですか、
力いっぱいやらせていただきます(テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ンツ・テン
テ~ン)
▲ケッタイな三味線やなぁ、さっきは暗がりでドガチャガでえろぉ分からな
んだけど、じっくり聴ぃたらケッタイな三味線や……、他に、二つほどおま
したなぁ?■ちょっと変えてみまひょか……(トテチン・トテチン、トテチ
ン・トテチン)▲も一つおましたなぁ■一番、手の複雑なやつ……(チリ・
トテチン、チリ・トテチン)▲やっぱり「テンツ・テンテン」でやってもら
いまひょ■わたしも、あれが一番得意の手になってまんのんで……
▲(テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ンツ・テンテ~ン)「♪追ぉて行くぅ~」
(テ~ンツ・テンテ~ン)「♪名に高き街道一の大井川」(テ~ンツ・テン
テ~ン)「♪篠を乱して降る雨に~、打ち交りたる、霹靂神(はたたがみ)」
(テ~ンツ・テンテ~ン)「♪みなぎり落つる水音は物凄くも~、また~」
(トテチ~ン)「♪すさ~ま~じ~き~」(チリ・トテチン、チリ・トテチ
ン)
▲わたい、やめさしてもらいますわ。何ぼわたいの浄瑠璃でも、あの三味線
では……●あんた方、なかなか浄瑠璃が上手やねぇ、うまいよ▲お婆ん、怒
るで。あのねぇ、耳の遠いお婆んがそんなとこで聴ぃててね、わたしの浄瑠
璃が上手か下手かよぉ分かるなぁ?
【さげ】
●何や知らん、最前から食べてる味噌の味が、ちょっとも変わらん。
■人さんの軒先、門口に立ってこれを語らしてもらうんや●やめときまひょ、
そんなアホげな■アホげなことあるかいな、こらなぁ、暗がりで語らんなん
さかい無本で語る、これが何よりの勉強になるしな、会へ来てくれるお客や
なんかと違うがな、せやろ、その人の家やさかい気に入らなんだら「どぉぞ
お通り」と、そんなもん邪険に言われる。
■そこをかいくぐって、何とか聴ぃてもらお、といぅ工夫からホンマのナニ
が生まれる。といぅのは、えぇとこの旦那衆なんかでも、修業のために皆こ
の「軒づけ」に出ていなさんねや●あぁ、そぉですか?
■そやで、また好きな人の家へ当たることもあってな、こないだも「そんな
結構なお浄瑠璃、そんなとこで語ってもろてはもったいない、どぉぞこっち」
言ぅて、奥の座敷に通されて、皆が好きな所を十分に語らしてもろたあとで
「ウナギの茶漬け」をよばれて帰ってきたんや。
●ちょ、ちょっと待っとくれやす。う、ウナギの茶漬け……、たまらんなぁ、
あのウナギをちょっと佃煮にしたよぉなやつお茶漬けにしてこぉ、ひつこい
よぉなところと、あっさりしたよぉなところ、ない交ぜになって、何とも言
えん……、たまらんなぁ、行きまひょか。
■そのために行くっちゅうのもおかしぃが、行く気があんねやったら言ぅた
げる。ついといなはれ……、気ぃ付けなはれや、えらい蚊柱や。口開いて歩
いてたら、口ん中蚊ぁだらけになるでホンマにもぉ。こっちこっち、いっつ
もな、向こぉの辻に集まって……、あぁ居たはる居たはる。
■え~、今晩わ▲おぉ、こんばんわ■これからですか?▲へぇ、もぉ家のも
んにな「しょ~もない、アホゲな真似やめなはれ」言われながらもな、この
頃おいになりますといぅと、もぉ尻がなかなか落ち着きまへんねや、うかう
かっと出て来まんねん。
■いや結構けっこぉ、やっぱりお稽古事といぅのは、芸事といぅものは時間
かけてやってもらわんことにはどんなりませんねん。実は、この男ですねん、
やっぱり好きでんねん。一緒に連れて行てやってもらうわけにいきまへんや
ろか?
▲何です、あぁ結構です、こっちもちょっとでも多い方が心丈夫でございま
す。へぇ、分かりましてございます……、へぇ、またいっぺん……、いつも
何かとお世話んなりまして、済まんこってす。へぇ、承知いたしました、お
おきに……
▲あんさんですか、どぉぞこっち……●ヘヘッ、こんちゃ▲どぉぞこっち。
お好きやそぉですなぁ?●好きですねん。たまりまへんねん……、ウナギの
茶漬け▲何を言ぅてなはんねん、あんた……? え、聞きなはったですか?
いや、あんなこと滅多にないこってっせ。
★まぁ、ボチボチ行きましょかな▲待っとくれやす★何ですねん?▲三味線
まだでんねん★芳っさんまだ?▲いぃえぇ、芳っさん今日ちょっと具合悪い
言ぅてね、いや、法事があるとか言ぅて、はじめは「行かへん」とかなんと
か言ぅたはりましたんやけど「やっぱり行かないかんねん、連れに来た」言ぅ
て、行てしまいましたんや。
★ちょっと待ちなはれ、我々の浄瑠璃、三味線あって何とか格好(かっこ)つ
きますけど、素では……▲いや、代わり頼んでくれてまんねん★ほぉ~、そ
ら誰でもよろしぃけど、よぉ代わりがございましたなぁ?▲紙屑屋のテンさ
んでんねんけどね。
★え? 紙屑屋のテンさんいぅたら「クズ溜ぁ~って~ん」言ぅて、チギ持っ
てカゴ持って来るあの? あらまぁ~、あの人が? 太の弦(つる)やりまん
のん? 嬉しぃなぁ、うちの親父がよぉ言ぅてました「あの人が、あれをと
いぅよぉな、そぉいぅ人に出会ぉた時には、何とも言えん嬉しさがある」ちゅ
うてね、それぞれに趣味があるんでっさかい。
▲もぉ来てくれるやろと思いまんねやが……、来てくれました、どぉです、
やはり商売のナニと一緒で、カゴとチギと持ってる格好と三味線持ってる格
好とおんなじ格好になってる、こぉいぅ格好になってま。呼びまひょか……、
テンさん、こっちこっち、こっちでっせ。
■いや、どぉも遅なりまして。ちょっとお師匠さんとこ行てましたもんで遅
なりましてございます▲お師匠さんとこへ? 何しに?■ちょっと、三味線
の調子合わしてもらいに行てましたんでございますけど。
▲いや「三味線の調子を合わしてもらいに」て、あんさん、ご自分では合い
まへんのんか?■まだ、そこまでは、いてしませんのです★だ、大丈夫です
か?▲いや、何やかんや言ぅて冗談言ぅてまんねやろ★そぉですかな?
▲そらそぉでっしゃろ。そぉでしょ、途中でズルッとこぉずれたりしまっしゃ
ろ?■そぉですそぉです、できたらカスガイで止めときたいと思いますねん
けど★そんなアホなことでけへんけど……、冗談言ぅてまんのか? ちょっ
と聞ぃてみまひょか? せやけど、何やかんや言ぅても上がってまんねやろ?
■お陰さんで、三つ上げてもろてますので、まぁ何とかお役には立つやろと
思います★ほら、あんたのおっしゃるとおり、やっぱりそぉですわ、もぉ三
つも上がってまんねんてぇ。三つも上がるっちゅうことは三時間から弾けるっ
ちゅうことでっさかいね、そらもぉあとは探りででもいけるっちゅうぐらい
で、やっぱりあんさんのおっしゃるとおり、何やかんや言ぅて冗談言ぅてま
んねや……
▲そぉですか、何なにです?■え~「テンツ・テンテン」っちゅうのが一つ
です★冗談やございませんで……「テンツ・テンテンが一つや」言ぅてまっ
せ▲へぇへぇ、それから?■「トテチン・トテチン」ちゅうのとね「チリ・
トテチン」と、この三つ、しっかりと上げてもろてますので、まぁ何とかお
役に立つやろと思います。
★どぉします?▲と言ぅて、代わりの人がおるわけやおまへんねやろ?■あ
のぉ、えろぉなんなよぉでしたら、わたしもぉひと口、聞ぃた口がございま
すので、なんならそっち……▲ちょ、ちょっと待っとくれやす。お頼みいた
します……、こら居直られるとは思いまへなんだなぁ、さぁさぁ、早いとこ
行きまひょ、皆さんおいなはれ、早いこと行きまひょで……
▲え~っと、今日は隣りの町内からいきまひょか。うちの町内、だいぶにナ
ニしてますよってに隣りの町内……、おいなはれおいなはれ、遠慮すること
おまへんがな、みな早いこと付いといなはれな、どんならんでホンマにもぉ。
▲え~っと、このあたりからいきまひょかな。前ね、わたし一番ベベチャで
したんで、今日一番ノッケにやらしてもらいまっさ。え~、このお家(うち)
からやらしてもらいまひょか。テンさん、えらい済んまへんけどひとつよろ
しゅお頼の申します。
■へッ、よろしゅございます……、あんさんからでございますか?(テ~ン・
テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ン)あかんなぁ……、どなたぞ、ちょっと手の
空いた方ございませんかいなぁ?
▲手はございますけど、何です?■いや、わたいあんまりね、立って弾ぃた
ことございませんのでね、この胴がぐらつきますので、ちょっと胴を押さえ
といてもらえませんか?▲けったいな三味線やなぁ……、ちょっと胴を押さ
えてやんなはれ。
■へ、それで結構です……、どなたぞ、手の空いた方ございませんか?▲手
はございますけど、何ですねん?■胴はお陰さんでしっかりしましたんです
けど、今度はこっちがね、竿がぐらつきますので、どなたぞ、竿ちょっと押
さえといてもらえますか?
▲行てやんなはれ■へ、そんなとこで結構です。これで……、あの、どなた
ぞ、も一人▲何でんねん、何人要りまんねん?■いや、グッと力入れますと
ね後ろへウッとひっくり返りそぉになりますので、ちょっとお尻押さえとい
てもらえませんか?
▲行てやんなはれ、今さらやめるわけにいけしまへんがな■えぇ、そんなも
んで結構です。へぇへぇ(テ~ン)ほれ、先程と音が違うでしょ? これや
ないといかんのです(テ~ン・テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ン)
▲ほんだらえらい済んまへんけど、わたしからやらしてもらいますので。わ
たしが今日はノッケに、このおうちからひとつ……、皆さん方順番にナニし
ますよって、ちょっと待ってとくれやっしゃ。
▲ちょっと断っといた方が……「♪ちょっとお門を、拝借いたします」◆ど
ちらです? どちらさん?▲「♪素人が慰みに、浄瑠璃をやらしてもらいま
す」◆お断りします▲「♪決して、お金は頂きません」◆うち、病人が居て
まんねや。
▲「♪どなたが、お悪ぅございます?」◆母じゃ人がな「頭が痛い」言ぅて
寝てまんねがな、ちょっと早よ向こぉ行っとくなはれな▲あぁそぉですか、
それわそれわ「♪ずいぶん~、大事に~、ご看病」★何を言ぅてまんねん、
あんた。
■(テ~ンツ・テンテ~ン)★弾きなはんな●ウナギの茶漬けはまだですか
い?★向こぉから断られてるのに、ウナギの茶漬けが出ますかいな、黙って
付いといなはれあんた。次、隣り行きまひょ、早よおいなはれや怒ってまっ
しゃないかいな、早いことおいなはれ。次はどなたが?
▲わたいや、いきまっさ。誰でんねん断わんなはんな、断ったりするさかい
あきまへんねがな。こんなもん断らんとバ~ンといかなあきますかいな……
「エェ~、ブホッ、ゲホッ」なかなかね、声といぅもんははじめは出んもん
やいぅことは分かりますけどな「ブォッホン、ゲホッ、アァ~~ッ」
◆誰ぞちょっと表出てみ、どなたや反吐ついてはるがな★反吐と間違われて
まんがな■(テ~ンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうのに●ウナギの
茶漬けは?★出まへんでまへん、反吐と間違われてまんねがな、恥ずかしぃ
がな、こっちへ早いことおいなはれ。次はどなたが……?
▲わたしがいきますわ、ホンマにもぉ、あんたらねぇ、断ったり「ゲヘン、
ゴホン」ちゅなこと言ぅさかいあきまへんねがな、こんなものはバ~ンとぶ
つけなあきますかいな。こぉいぅものは持って行きよぉがおまんねや。
▲「バ~ン」とぶつけまんねや、そぉすると、はじめ向こぉは「おッ?」と
こぉ思いますわい。もぉいっぺん「バ~ン」とぶつけます「おッ、こら浄瑠
璃と違うかいな?」ちゅなもんです。そこを「グッグッグッ」と節をニエ込
ましますといぅと「どぉぞこっち、ウナギの茶漬け」と、こぉ物事を持って
行きよぉといぅものが……、わたしに任しなはれ、お頼の申します。
■何をお語りです?▲「何をお語りです?」て、何語ったかて(テンツ・テ
ンテン)と(トテチン・トテチン)と(チリ・トテチン)でしょ■やはり時
代と世話とではね、力の入れよぉが違いますからな▲そぉですか、ほんなら
「菅原伝授手習鑑」松王の出のとこね■(テ~ン・テ~ンツ・テンテ~ン)
▲「♪かかるところへ~、春藤玄蕃(しゅんどぉげんば)ぁ~」ほらみてみな
はれ、シ~ンとしてまっしゃろ、これがよろしぃねん「お断りッ」と最前の
あんたら恥ずかしぃで。シ~ンとしてましょ、わたしのこれがお手本でっせ
「♪かかるところへ春藤玄蕃ぁ~、首見る役は松王丸ッ」
▲シ~ン、聴き入ってまんねんで、ここでっせここでっせ「♪病苦を助くる
駕籠乗り物、門口にぃ、か・し・や……、かしや、ご用の方は東へ三軒、近
藤まで」はぁ……、東へ三軒近藤まで、あぁそぉですか、ここ間取りだけな
と見してもらいましょかな?
★何を言ぅてまんねん■(テンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうのに
●ウナギの茶漬けは?★出ぇへんっちゅうねん、空家から茶漬けが出るかい
な、あきまへんあきまへん、次行きまひょ次。
▲どんならんなぁもぉ、どなたもこなたも。軒づけといぅものはこぉいぅも
んですといぅ、ちょっと見本のよぉなものを、まぁやらしてもらいます。口
幅ったいよぉですけど、ちょっと聴ぃてといとぉくれやす■え~、何、お語
りです?▲あのね「鎌倉三代記」の三浦之助の帰(かい)って来るとこ、あそ
こやりますわ。
▲「♪先立つ涙、案内(あない)にて『物音ひびかば驚きたまわん、静かに、
静かに』と、こころ鎮めて病所の口、立ち寄れば母の声『嫁女、よめんじょ』
『お~、お目が覚めましたか、三浦様がお帰りぞや』『義村参上ぉ~、つか
まつるぅ~ッ』」
◆じゃがましわいッ!▲あぁ、恐わッ、こら~ッ「じゃがましぃ」とは何や
お前、浄瑠璃語ってんねんぞ◆あぁ、今のん浄瑠璃かいな? わしまた、ダ
ダケモンが暴れ込んで来たんかと思て……▲こらッ、こっちはなぁ、暗がり
で無本で語ってんねんぞ。暗いとこでこれだけの浄瑠璃、語れるもんなら語っ
てみぃ◆そんなもん、明い(あかい)とこで聴けるもんなら聴ぃてみぃ。
▲そぉですねぇ■(テンツ・テンテ~ン)★弾きなはんなちゅうねん●ウナ
ギの茶漬け?★出ぇへんちゅうねん。もぉあきまへん、もぉ今日はどこ行た
かて断られます。こぉなったらもぉ、我々が語って我々が聴くと、こぉいぅ
ことにしまひょ、お宅行きまひょ。
▲そらあんた、大胆なことを言ぃなはんなぁ、そんなもんうちの家なかなか
行けまっかいな。いぃやいな、嫁はん留守だんがな「何がために?」っちゅ
うことだ、わたしが浄瑠璃を語るさかいだんがな「しばらく里の方へ帰りま
す」帰って、今日、戻って来たとこでんがな。
▲わたし一人でそれでっせ、そこへこれだけのツワモノが押しかけて行てみ
なはれ、今度はもぉふた月や三月戻ってけぇしまへん。わたしとこはあきま
へんで★どないしまんねん?▲あの、糊屋のお婆んとこ借りまひょか?
★糊屋のお婆んとこ? 奥のナニ、貸してくれますか?▲お婆ん、あんまり
耳ちゃんと聴こえへんし、大丈夫だいじょ~ぶ、貸してくれまっしゃろ。付
いといなはれ……、水溜りでっせ気ぃ付けなはれや、お婆ん居てるかいなぁ?
あぁ、お婆んなんや飯食てますわ。
★お婆ん、こんばんわ、お婆ん……、聴こえへんねん、やっぱり耳遠いねや、
歳やさかいなぁ……、お・婆・ん・こ・ん・ば・ん・ぅわ!●あらら、町内
の若い衆が皆で寄って、何やな?★ちょっと皆で浄瑠璃語らしてもらいたい
と思うねんけど、奥の六畳間、あれ借りることできるかいなぁ? えらい済
まんねけど、時分どきに済まんなぁ。
●えぇ、何じゃい? これかい? ちょっと小腹が空いたのでね、金山寺味
噌出してきて、味噌で茶漬け食てるとこじゃ。え? 浄瑠璃語る? 面白か
ろぉ、やんなされやんなされ。わたしもあとで聴かしてもらいますで。
★お婆ん、聴こえもせんのに「聴かしてもらいます」やて……、さぁ上げて
もらいまひょ、さぁ皆こっちおいなはれ。これで何とか落ち着きましたなぁ、
まぁまぁえぇよぉに座らしてもぉたら結構でっせ。テンさん、どぉぞこっち
回わっとくれやす。
■さよか、今度はね、もぉお手助けも何も要りませんのんでな、思い切って
やらしてもらいます。今度は? あんさんでっか?▲わたいが残ってまんの
で、わたしがやらしてもらいます「朝顔日記」大井川の段■あぁそぉですか、
力いっぱいやらせていただきます(テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ンツ・テン
テ~ン)
▲ケッタイな三味線やなぁ、さっきは暗がりでドガチャガでえろぉ分からな
んだけど、じっくり聴ぃたらケッタイな三味線や……、他に、二つほどおま
したなぁ?■ちょっと変えてみまひょか……(トテチン・トテチン、トテチ
ン・トテチン)▲も一つおましたなぁ■一番、手の複雑なやつ……(チリ・
トテチン、チリ・トテチン)▲やっぱり「テンツ・テンテン」でやってもら
いまひょ■わたしも、あれが一番得意の手になってまんのんで……
▲(テ~ンツ・テンテ~ン、テ~ンツ・テンテ~ン)「♪追ぉて行くぅ~」
(テ~ンツ・テンテ~ン)「♪名に高き街道一の大井川」(テ~ンツ・テン
テ~ン)「♪篠を乱して降る雨に~、打ち交りたる、霹靂神(はたたがみ)」
(テ~ンツ・テンテ~ン)「♪みなぎり落つる水音は物凄くも~、また~」
(トテチ~ン)「♪すさ~ま~じ~き~」(チリ・トテチン、チリ・トテチ
ン)
▲わたい、やめさしてもらいますわ。何ぼわたいの浄瑠璃でも、あの三味線
では……●あんた方、なかなか浄瑠璃が上手やねぇ、うまいよ▲お婆ん、怒
るで。あのねぇ、耳の遠いお婆んがそんなとこで聴ぃててね、わたしの浄瑠
璃が上手か下手かよぉ分かるなぁ?
【さげ】
●何や知らん、最前から食べてる味噌の味が、ちょっとも変わらん。
軒 づ け(上)
--------------------------------------------------------------------------------
【主な登場人物】
浄瑠璃を習いはじめたA Aの知り合いB(浄瑠璃しない)
Bの知り合いC(浄瑠璃する) Cの浄瑠璃仲間Ds(複数)
紙屑屋のテンさん(三味線) 糊屋の婆さんほか
【事の成り行き】
最近また、アコースティックギターが流行りだしたようです。わたしのよ
うなフォーク世代から見ればまことに「歴史は繰り返す」なわけです。聞く
ところによると、エリック・クラプトンの「アンプラッグド」あたりがその
きっかけらしいとか。
先日もわたしの住む下町・私鉄駅前で一組のグループがギターをかき鳴ら
してわめいておりました。本人たちは恍惚の境地で酔いしれておりますが、
ギャラリーはちらほらで、ほとんど呆れ顔で通り過ぎております。もう少し
修行を積んでから「軒づけ」しなさい(1999/06/20)。
* * * * *
ありがとぉございます。え~、こちらのほぉも聴ぃていただくのでござい
ます。
浄瑠璃といぅものがあるんでございます。きのう実は国立文楽劇場の方へ、
ちょっと聴きに行ってまいりましたが、大抵は人形さんがいわゆる舞台にナ
ニしまして、こちらで浄瑠璃をお語りになるわけでございますが「素浄瑠璃
の会」と申しまして、人形さん無しで浄瑠璃だけを聴ぃていただこぉといぅ
よぉな主旨の会でございます。
え~、嶋大夫、十九(とく)大夫、住大夫といぅ歴々の、いわゆるお師匠さ
ん方がお語りになりました。お三人でございましたが、四時間からあるんで
ございます、すごいもんでございますねぇ。でもやはり聴き応えのあるもん
でございますから、堪らぬものがありますのですね。
出し物はと申しますといぅと「太閤記・十段目」「たいじゅ~」といぅや
つね、それから「帯屋」それから「堀川の猿回し」と、こぉいぅよぉな出し
物が並んだわけでございます。
え~「フンフン」といぅよぉな、このうなずきがあまりございませんので
「浄瑠璃を本当に好きなんだ、堪らぬものがあるなぁ、同意する同意する」
といぅ共感が余りありませんので、今日はこのネタは止めたほぉがよいよぉ
な、まぁ、気もせんではないんでございますが、もぉせっかくやりはじめま
したんで、もぉ分かろぉが分かろまいが、面白かろぉが面白くなかろぉが、
もぉやるのでございます。
ですからもぉ、みなさん方のほぉも「ここらあたりが面白いんだろぉな」
と思うところで、まッ、適当に笑っていただけましたら……、そんなことは
ないんでございますが。
本当に力の入るもんでございますなぁ。もちろん長ぁ~いもんでございま
すから、上手に節付けはしてありますがダレ場といぅもんもございますし、
寝ておられるお方も無いことは無いんでございますが。
そらもぉ名人上手がそれこそ「さてここ」っちゅうとこでグッとひとつ、
ゆわゆるナニがはまりますといぅと、もぉ「そぉだ、そぉだ、そぉなんだ」
といぅアレでございます、堪らぬものがあるんでございます。
今はもぉ国立文楽劇場一本でございますが、ひと昔前は大阪はもぉあちら
こちら、浄瑠璃があったんだそぉでございますねぇ。今みたいに楽しみ事が
そんなにたくさんございませんから、もぉわたしも浄瑠璃、わたしも浄瑠璃、
いわゆる有名な文句なんかは、こんな小さな子どもでも知っているといぅ。
「♪三つ違いの兄さんと……」もぉ、こぉいぅことでもぉ十分お分かりや
と思いますけどな「♪今ごろは半七っつぁん……」いや、笑うとこやないん
ですよ、ここのところは真面目なとこなんですけどね。
「♪どこにどぉしてござろぉぞ……」といぅよぉな、あの色々あるんです
けどね、幾らやってもいいんでございますが「♪現れ出でたる武智光秀……」
といぅよぉな勇ましぃところもあれば、今みたいにしっとりしたところもあ
る、色々あるんでございます。
まぁ難しぃもんでございますから皆がお稽古に行くわけで、お稽古屋さん
がたくさんにあったんだそぉでございますねぇ。で、若い可愛い女のお師匠
さんなんかもあったんだそぉで、やっぱり男ですから、お稽古に行きます時
はどぉしてもそっちの方が人気があったんだそぉですなぁ。
「稽古屋ができたそやなぁ」といぅことです「行こ行こ、行こか」て「ど
やねん、お師匠(おしょ)さんは?」「これこれこれ(顔)」「ほんだら、そ
こ行こか」もぉね、上手下手はあんまりこの関わりがないんで、これがどぉ
か「別嬪か? よし行こぉ」なんちゅな。
やっぱりそらそぉですわなぁ、お客ですからなぁ、ゆわば。お師匠さんの
方はうまくこぉおだてて、いわゆる、続かさなければならない、お稽古をね。
「あんさん、お声がよろしゅございます」若い綺麗なお師匠さんに、若い
男としてですよ「あんさん、お声がよろしゅございます」言われたら、そら
たまりませんで「おらぁ、声か……」そら誰かて思いますよ「声なら、俺か」
思いますが。
こら一番褒め易いんでございます、声を褒めといたら間違いないんですが、
どぉ考えても声のあまり良くない人あります、うちの南光みたいなん「う~、
おはよございます、う~」たいてぇもぉズ~ッと昔から南光だけはね、うち
来たときに分かりました。
第一声で「おはよございます、南光です」言ぃますから必ず分かりますね
ん「あぁ南光が来たな」いぅことはね。あぁ「南光です」言ぅから分かるん
ですけどね。えらい声ですからなぁ。
そぉいぅ人には「声がよろしぃな」といぅことは褒め言葉にならんのです
「あんさん、節回しがよろしゅございます、お節が。お声のえぇ人にあんま
り名人はないのん。声の悪いところを何とかしよぉといぅところから、本当
の名人が出るの」
若い綺麗なお師匠さんに言われてごらんなさい、男としてたまりませんで
「おらぁ、節回しか……」ちゅなもんで「節なら俺か」ちゅなもんでござい
ますよ。
節もダメな人があります「あんさん、言葉がしっかりしてます。語り物、
物語、やはりその情愛が分かってないと、あの言葉は出ませんのん、あんさ
ん」若い綺麗なお師匠さんに言われたら「おらぁ、言葉か……」
言葉もあかん人あります「あんさん、長いこと座っててもシビレの切れん
とこが……」「シビレは、俺か」んなアホなことありませんですけど、何じゃ
かんじゃちゅうてお稽古に通うわけでございますが。
そのうちにその「会」といぅことになりまして、皆さんに聴ぃていただく
といぅことになる。お稽古の段階ではまだよろしぃんですが、聴ぃていただ
くといぅことになりますといぅと、ドガチャガがまぁ始まるといぅよぉなこ
とでございます。あんまり初めからうまくはいきませんからなぁ。
■こっち入んない、この頃しばらく顔見せんがどぉしてんねん?●ちょっと
凝ってますんです■ほぉ、えらいもんやなぁ、何に凝ったんや?●こっちで
す、こっちです■え?●これにちょっと凝ってるんです■ほぉ、歯痛に?
●歯痛に凝る人ありますか? あぁ~た、こぉしたら分かりませんか? 浄
瑠璃、じょ~ろり。お浄瑠璃にちょっと凝ってるんです■待ちない、え~、
何に凝ってもえぇよぉなもんやが、お前さんが浄瑠璃に凝るとは思わなんだ
が、あらなかなか面白いもんらしぃなぁ?
●面白いんですよ、もぉあんなもん、いっぺんその世界へ引きずり込まれた
ら、なかなか抜け出(い)でられないものがありますですよ。ほぉ~ら面白く
て面白くてたまりませんねぇ■えらいもんやなぁ●そいでわたしね、あのね、
皆さんに聴ぃてもらう会にちょっと出してもろたんですよ。
■ちょっと待ちない。家(うち)ぃ来んよぉになってまだ三月(みつき)足らず
やけど、もぉ人さんに聴ぃてもらうほどの腕になったのか?●いや、腕になっ
たとか、ならんとか、そぉいぅことじゃないんですけどね。だいたいが、出
るナニじゃなかったんですけど、ちょっと都合があるんです。
■あぁ、何かあったんかい?●そぉなんです、三月やそこらで会にとてもの
ことに出られるナニじゃないんですけどね、だいたいはその日に出るはずの
人がね、一番初めに出る人がね、その前の晩にちょっと妙なもん食べはった
らしぃんです。
●でね、朝からお腹の具合が「グルグルグルグル」といぅてはって、ご承知
のよぉにあれは腹帯といぅものを締めましてですね、お腹から声出して「ン
ンッ、ンンッ」といくもんですからな、ですからその、お腹がちょっと緩い
のでね、ひとつ間違いがあっては大変やっちゅうので、それで「もぉ今日は
やめにしたい」と。
●で、お師匠さんの方も「そらやめといた方がよかろぉ」と、ところがうち
の稽古屋があまり人数がその多くないんです。番数が少なすぎると頼んない
ので「あんさんとりあえず出てもらえませんか?」といぅことで。
●だいたい「まだまだそぉいぅナニじゃないんだけども」といぅ「番数があ
んまり少なすぎてもナニやさかい、まぁお稽古と思て」と、こぉお師匠さん
がおっしゃったんで、枯れ木も山の何とかでですね、出してもろたよぉなも
んです。
■あぁ、なるほどなぁ、そぉいぅ事情があったんやな……。それでどや、当
たったか?●当てられたです■え?●当てられた、です■いや、当たったん
やろ?●いえ、当てられたです■「当てられた?」おまさん、あんまり言葉
知らんなぁ、あぁいぅものは「大当たり」と言ぅねん「当たる」っちゅうね
ん。
●だいたいは「当たる」っちゅうんでしょ~けど、わたしの場合はもぉ、間
違いなく「当てられた」です■「当てられた」て、どぉいぅこっちゃねん?
●わたし、だいたいノッケですから御簾内(みすうち)です■そぉそぉ、はじ
めこぉ御簾といぅものを吊ってな、その中で語んなさる。
●そぉです。あんたご存知ですか? あの御簾っちゅうのんね、客の方から
床(ゆか)見えまへんけど、床の方から客の方はよぉ見えますのですよ■そぉ
そぉ、御簾といぅものはそぉいぅ風なものを御簾と言ぅねや。
●あぁ、あんたご存知でしたか。わたしそれ知らんもんやさかい、それが間
違いの始まりですわ。だいたいあんなもんが中途に吊ったぁるさかいね「こ
らお家(おいえ)で一人でお稽古してんのんとえろぉ変わらんわい」と思ぉた
のが大きな間違い。
●「あんた出番ですよ」一番初めですわ、ピャ~ッと出て「何も見えへんね
んな」と思てパッと見たら、今も言ぅたよぉに客席がもぉありありと見えま
んねん。ご近所の方も来たはりますわいな「あ、あの人も来たはる。この人
も来たはる」なんて思て、なかに可愛ぃ女の子も居てますがな、そぉでしょ?
●ほで、今度会ぉた時にでんね、あんまり上手にうまいこといかなんで、下
手うってでっせ「こないだのん、あれ何でしたん?」なんか言われたらどぉ
しょ~か思て、うまいこと行くかいなぁ思たら、自信もないし。えらいもん
です、普通ならそんなこと気が付かんのに、胸がドッコドッコドッコドッコ
してきましてね、耳がジャッカジャッカジャッカジャッカ、頭がクラクラク
ラクラ……
■病気やでお前、それでは。しっかりせないきゃせんで●さぁ、しっかりせ
ないかんのです。何とかせないかんな思てヒョッと横手見たら、このあのな
んです、鉄瓶が火鉢の上へ置いたぁって、湯飲みが置いたぁって「あぁ、こ
ら白湯飲めちゅうこっちゃで」こぉ白湯入れてグ~ッと飲んで、腹帯ひとつ
グッと締めましたらね、ちょっと気が落ち着いたんです。
●「あぁ、こいつやな」思て「それで置いたぁねんな」思て。そいでまた、
こぉガブッと飲んでギュ~ッと締めてね、またガブッと飲んでギュ~ッと締
めてね、またガブッと飲んでギュ~ッと締めてね。あとで聞ぃたらね、この
鉄瓶を二へんお替わりしたらしぃんです。
■お前、そない白湯ばっかり飲んでどぉすんねん?●無我夢中ですから、と
にかく気がおさまるまでと思いますからですね、気がとにかく上へワァ~ッ、
ワァ~ッと上がって頭の中真っ赤ッか、真っ赤ですねや。血がとにかく、総
身の血がワァ~ッ、ワァ~ッと真っ赤ッか。ドッコドッコ、ドッコドッコ、
ジャッカジャッカ、ジャッカジャッカ、クラクラクラクラ……
■病気やがな●さぁ、それを何とかおさめないかん思うさかい、ガブッと飲
んでギュ~ッ、ガブッと飲んでギュ~ッと無我夢中、ふと気が付いたらお腹
がタップタップ、タップタップ、お師匠さんが「いつまで白湯飲んでなはん
ねん、早いこといきなはらんか」デデン・デンデン・デンデン……、と弾き
出しはった。
●あんたご存知かどぉか知りませんけど、あの太の三味線ちゅうのはえらい
音がしますのでっせ。あれが腹へドンドンドンと、少し落ち着きかけた気ぃ
が、またワァ~ッと。ドンドンドンドン、ドッコドッコドッコドッコ、ジャッ
カジャッカジャッカジャッカ、クラクラクラクラ……
●「いつまで白湯飲んでなはんねん、早いこといきなはらんか」「分っかり
ました」とにかくいかないかんと思て、床本こぉいただいて、こぉめくりま
したら「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと、道の闇路に迷わね
ど、子ゆえの闇につく杖も、すぐなる心堅親父(かたおやじ)」と、こぉいぅ
ところからはじまりまんねん。
■おぉ、忠臣蔵の五段目やな●よぉご存知です「与市兵衛」そぉですそぉで
す。向こぉのとこですわ「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと」
ちゃんとこぉ床本に書いてはございますねや、それです。書いてはあるんで
すけどね、これだいたい節が付いてますねん。
■頼んないこと言ぃなやお前、節が付いてるて、当り前やないかいな「浄瑠
璃節・義太夫節」やないかいな。その節、稽古に行くんやろ?●そぉなんで
す。そらそぉなんですけどね、それ、頭の中にあるはずなんです。ところが
今も言ぅたよぉに、頭の中真っ赤いけ。
●よぉ言ぃまっしゃろ「ビャ~ッと上がってしもて頭の中真っ白け」ちゅな
こと言ぃまっしゃろ、あの赤版。真っ赤っか。筋があるはずですねんけど、
筋も何も見えませんねや、真っ赤、赤ひと色。どぉいぅ節だったのか、な~
んにも出て来ませんねん。
●どぉしょ~かいな思て、まぁとにかく言ぅだけのことは言わなしゃ~ない、
横でデデン・デ~ン・デ~ン(ハッ、イヨ~、ホッ)言ぅたはんのに、何な
と言わなしゃ~ない「♪またもッ、降りくるッ、雨の、足ッ」
■えらい義太夫やなぁ、お前の浄瑠璃は「♪またもッ、降りくるッ、雨の、
足ッ」ちゅうたんかいな?●そぉです。ほあたら前のやつが(♪ア、ヨイヨ
イッ)「♪人のッ、足音ッ、トボ、トボとッ」(♪コリャ、コリャ)「♪道
のッ、闇路にッ、迷、わねどッ」(♪ア、ドッコイ)これがよぉ合いまして
ねぇ■そんなもん合わすなお前。
●それでね「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと、道の闇路に迷
わねど、子ゆえの闇につく杖も、すぐなる心堅親父」と、このあたりまでき
ましたらですね、自分でもうまいこといてないこと分かりまっしゃろ、冷や
汗がドッドッドッドッ、ドッドッドッドッ「こらいかんわい、うまいことい
てないわい、しくじってるわい」思たら、ド~ッ、そいつが目の中に入って、
もぉ床本も何も見えませんねや。
●「♪すぐなる心堅親父」っちゅうとこですけど「♪すぐなる」ちゅうとこ
で「親父」ちゅうのんが確かあったなぁ思て「すぐなる親父」ちゅうてから
パッと目ぇ開けたら「堅親父」と、こぉなってたですね■ちゅうことはなん
や「すぐなる親父堅親父」と言ぅたことになるねんなぁ。
●そぉそぉそぉ、そぉいぅことになりますねんなぁ■無茶言ぅたらいかんが
な「親父」二へんも言ぅてるで●そぉですねん■客、黙ってたか?●黙って
まっかいな、うるさいオッサン一人前に居りまんねや「おや?」言ぃまんね
や、不吉な感じがしましたよ。
●「おや? 太夫さん、ちょっとお尋ねしますけど、この街道にはなんです
か、親父どんが二人も出て来ますのか?」と、こんなこと言ぅんです、皮肉
なこと言ぅんです。こらちょっと応対しとかないかんなぁ思いましたんでね
「♪この街道は物騒ゆえ、隣り村から応援頼んだその親父~。名前を徳兵衛
と申します~」
■よぉそんな無茶苦茶言ぅなぁお前。こしらえて言ぅてどぉすんねん●横手
でお師匠はんが「プ~ッ」と吹き出しはった「何を言ぅてんねん、飛ばしな
はれ、飛ばしなはれ」あんなん、慣れたはりますねんな、やっぱり飛ばすに
限るらしぃんです。
●ビャ~ッとめくったらね「駆け来る猪は一文字」っちゅうとこが出てきた
んです■おいおいおい、わたしもあんまし詳しぃことは知らんが、猪の出ぇ
ちゅうたら、もぉおしまいやで●そぉです、そのとおりです、よくご存知で
す。もぉあと見たらこれぐらいしか残ってぇしませんねん。と言ぅてでっせ、
ちょっとめくりすぎたですけどですね、ここでもぉいっぺん元に戻すとね、
わたしが何かこぉ素人のよぉに思われるでしょ。
■お前、素人やないかいな●ここで何とか一調子取り返しとかないかんと思
て、その頃になるとね、真っ赤な頭の中に少ぉし節が見えてきたんです■え
らいもんやなぁ●そいで、こいつ使こたろ思てね「♪駆け来る~猪わぁ~ん」
■そこ、そんな節やないよぉに思うが……、なんちゅうたかて猪の出やろ、
確か「(ツテン・テンテンテン)♪駆け来る猪は一文字ッ」言ぅてビュ~ッ
駆け来る猪やで「♪駆け来る~猪わぁ~ん」はおかしぃと思うなぁ。
●そのとおり、おっしゃるとおりです、間違いないんです。これはだいたい
お姫さんの出ぇか何かのところの節らしぃんです。わたしの「五段目」には
そんな節はないんですけど、人のお稽古聴ぃてますでしょ、人のやつはよぉ
頭に入るでしょ、それがどぉやら頭に残っていたんです。
●けど、それしかとにかく頭にないんですから、使わなしかたがない「♪駆
け来る~猪わぁ~んああ~~ん」お師匠はん妙な顔しながら(チ~ン)と受
けはった「♪いちぃ~~いもぉんじぃ~~」■えらい色っぽい猪やなぁ。客、
黙ってたか?
●黙ってますかいな。さっきのオッサン、うるさいオッサンや「おや? 太
夫さん。この亥の猪、えらい優しぃ猪でんなぁ、色っぽい猪ですなぁ」言ぅ
さかい、これ応対しとかないかん思て「♪この亥の猪はメンの猪ぃ~~、歳
は二八か憎からずぅ~」■何を言ぅねん……
●前から「置け置け、止めとけ。こんなケッタイな浄瑠璃聴ぃたことないわ
い、こんな浄瑠璃語るやつの顔が見たいわい」言ぅさかいね、そない見たい
ねんやったら見せたろ思て「こんな顔やぁ」言ぅた途端に、ミカンの皮やら
芋のヘタがバァ~ッと飛んで来て……、ハッハッハッ、えらい当てられた。
■当てられるわ、そら。だいたい三月やそこらのお稽古で人さんに聴ぃても
らお、といぅのが大きな間違いや。やっぱりもっともっと時間かけて稽古せ
などんならん……。いや、この町内にはな、お好きなお方がたくさんにあっ
て、この頃「軒づけ」に出ていなさるそぉな、よかったら一緒に連れて行っ
てもろたらどや?●ちょっと待っとくれやす「軒づけ」て何でんねん?
--------------------------------------------------------------------------------
【主な登場人物】
浄瑠璃を習いはじめたA Aの知り合いB(浄瑠璃しない)
Bの知り合いC(浄瑠璃する) Cの浄瑠璃仲間Ds(複数)
紙屑屋のテンさん(三味線) 糊屋の婆さんほか
【事の成り行き】
最近また、アコースティックギターが流行りだしたようです。わたしのよ
うなフォーク世代から見ればまことに「歴史は繰り返す」なわけです。聞く
ところによると、エリック・クラプトンの「アンプラッグド」あたりがその
きっかけらしいとか。
先日もわたしの住む下町・私鉄駅前で一組のグループがギターをかき鳴ら
してわめいておりました。本人たちは恍惚の境地で酔いしれておりますが、
ギャラリーはちらほらで、ほとんど呆れ顔で通り過ぎております。もう少し
修行を積んでから「軒づけ」しなさい(1999/06/20)。
* * * * *
ありがとぉございます。え~、こちらのほぉも聴ぃていただくのでござい
ます。
浄瑠璃といぅものがあるんでございます。きのう実は国立文楽劇場の方へ、
ちょっと聴きに行ってまいりましたが、大抵は人形さんがいわゆる舞台にナ
ニしまして、こちらで浄瑠璃をお語りになるわけでございますが「素浄瑠璃
の会」と申しまして、人形さん無しで浄瑠璃だけを聴ぃていただこぉといぅ
よぉな主旨の会でございます。
え~、嶋大夫、十九(とく)大夫、住大夫といぅ歴々の、いわゆるお師匠さ
ん方がお語りになりました。お三人でございましたが、四時間からあるんで
ございます、すごいもんでございますねぇ。でもやはり聴き応えのあるもん
でございますから、堪らぬものがありますのですね。
出し物はと申しますといぅと「太閤記・十段目」「たいじゅ~」といぅや
つね、それから「帯屋」それから「堀川の猿回し」と、こぉいぅよぉな出し
物が並んだわけでございます。
え~「フンフン」といぅよぉな、このうなずきがあまりございませんので
「浄瑠璃を本当に好きなんだ、堪らぬものがあるなぁ、同意する同意する」
といぅ共感が余りありませんので、今日はこのネタは止めたほぉがよいよぉ
な、まぁ、気もせんではないんでございますが、もぉせっかくやりはじめま
したんで、もぉ分かろぉが分かろまいが、面白かろぉが面白くなかろぉが、
もぉやるのでございます。
ですからもぉ、みなさん方のほぉも「ここらあたりが面白いんだろぉな」
と思うところで、まッ、適当に笑っていただけましたら……、そんなことは
ないんでございますが。
本当に力の入るもんでございますなぁ。もちろん長ぁ~いもんでございま
すから、上手に節付けはしてありますがダレ場といぅもんもございますし、
寝ておられるお方も無いことは無いんでございますが。
そらもぉ名人上手がそれこそ「さてここ」っちゅうとこでグッとひとつ、
ゆわゆるナニがはまりますといぅと、もぉ「そぉだ、そぉだ、そぉなんだ」
といぅアレでございます、堪らぬものがあるんでございます。
今はもぉ国立文楽劇場一本でございますが、ひと昔前は大阪はもぉあちら
こちら、浄瑠璃があったんだそぉでございますねぇ。今みたいに楽しみ事が
そんなにたくさんございませんから、もぉわたしも浄瑠璃、わたしも浄瑠璃、
いわゆる有名な文句なんかは、こんな小さな子どもでも知っているといぅ。
「♪三つ違いの兄さんと……」もぉ、こぉいぅことでもぉ十分お分かりや
と思いますけどな「♪今ごろは半七っつぁん……」いや、笑うとこやないん
ですよ、ここのところは真面目なとこなんですけどね。
「♪どこにどぉしてござろぉぞ……」といぅよぉな、あの色々あるんです
けどね、幾らやってもいいんでございますが「♪現れ出でたる武智光秀……」
といぅよぉな勇ましぃところもあれば、今みたいにしっとりしたところもあ
る、色々あるんでございます。
まぁ難しぃもんでございますから皆がお稽古に行くわけで、お稽古屋さん
がたくさんにあったんだそぉでございますねぇ。で、若い可愛い女のお師匠
さんなんかもあったんだそぉで、やっぱり男ですから、お稽古に行きます時
はどぉしてもそっちの方が人気があったんだそぉですなぁ。
「稽古屋ができたそやなぁ」といぅことです「行こ行こ、行こか」て「ど
やねん、お師匠(おしょ)さんは?」「これこれこれ(顔)」「ほんだら、そ
こ行こか」もぉね、上手下手はあんまりこの関わりがないんで、これがどぉ
か「別嬪か? よし行こぉ」なんちゅな。
やっぱりそらそぉですわなぁ、お客ですからなぁ、ゆわば。お師匠さんの
方はうまくこぉおだてて、いわゆる、続かさなければならない、お稽古をね。
「あんさん、お声がよろしゅございます」若い綺麗なお師匠さんに、若い
男としてですよ「あんさん、お声がよろしゅございます」言われたら、そら
たまりませんで「おらぁ、声か……」そら誰かて思いますよ「声なら、俺か」
思いますが。
こら一番褒め易いんでございます、声を褒めといたら間違いないんですが、
どぉ考えても声のあまり良くない人あります、うちの南光みたいなん「う~、
おはよございます、う~」たいてぇもぉズ~ッと昔から南光だけはね、うち
来たときに分かりました。
第一声で「おはよございます、南光です」言ぃますから必ず分かりますね
ん「あぁ南光が来たな」いぅことはね。あぁ「南光です」言ぅから分かるん
ですけどね。えらい声ですからなぁ。
そぉいぅ人には「声がよろしぃな」といぅことは褒め言葉にならんのです
「あんさん、節回しがよろしゅございます、お節が。お声のえぇ人にあんま
り名人はないのん。声の悪いところを何とかしよぉといぅところから、本当
の名人が出るの」
若い綺麗なお師匠さんに言われてごらんなさい、男としてたまりませんで
「おらぁ、節回しか……」ちゅなもんで「節なら俺か」ちゅなもんでござい
ますよ。
節もダメな人があります「あんさん、言葉がしっかりしてます。語り物、
物語、やはりその情愛が分かってないと、あの言葉は出ませんのん、あんさ
ん」若い綺麗なお師匠さんに言われたら「おらぁ、言葉か……」
言葉もあかん人あります「あんさん、長いこと座っててもシビレの切れん
とこが……」「シビレは、俺か」んなアホなことありませんですけど、何じゃ
かんじゃちゅうてお稽古に通うわけでございますが。
そのうちにその「会」といぅことになりまして、皆さんに聴ぃていただく
といぅことになる。お稽古の段階ではまだよろしぃんですが、聴ぃていただ
くといぅことになりますといぅと、ドガチャガがまぁ始まるといぅよぉなこ
とでございます。あんまり初めからうまくはいきませんからなぁ。
■こっち入んない、この頃しばらく顔見せんがどぉしてんねん?●ちょっと
凝ってますんです■ほぉ、えらいもんやなぁ、何に凝ったんや?●こっちで
す、こっちです■え?●これにちょっと凝ってるんです■ほぉ、歯痛に?
●歯痛に凝る人ありますか? あぁ~た、こぉしたら分かりませんか? 浄
瑠璃、じょ~ろり。お浄瑠璃にちょっと凝ってるんです■待ちない、え~、
何に凝ってもえぇよぉなもんやが、お前さんが浄瑠璃に凝るとは思わなんだ
が、あらなかなか面白いもんらしぃなぁ?
●面白いんですよ、もぉあんなもん、いっぺんその世界へ引きずり込まれた
ら、なかなか抜け出(い)でられないものがありますですよ。ほぉ~ら面白く
て面白くてたまりませんねぇ■えらいもんやなぁ●そいでわたしね、あのね、
皆さんに聴ぃてもらう会にちょっと出してもろたんですよ。
■ちょっと待ちない。家(うち)ぃ来んよぉになってまだ三月(みつき)足らず
やけど、もぉ人さんに聴ぃてもらうほどの腕になったのか?●いや、腕になっ
たとか、ならんとか、そぉいぅことじゃないんですけどね。だいたいが、出
るナニじゃなかったんですけど、ちょっと都合があるんです。
■あぁ、何かあったんかい?●そぉなんです、三月やそこらで会にとてもの
ことに出られるナニじゃないんですけどね、だいたいはその日に出るはずの
人がね、一番初めに出る人がね、その前の晩にちょっと妙なもん食べはった
らしぃんです。
●でね、朝からお腹の具合が「グルグルグルグル」といぅてはって、ご承知
のよぉにあれは腹帯といぅものを締めましてですね、お腹から声出して「ン
ンッ、ンンッ」といくもんですからな、ですからその、お腹がちょっと緩い
のでね、ひとつ間違いがあっては大変やっちゅうので、それで「もぉ今日は
やめにしたい」と。
●で、お師匠さんの方も「そらやめといた方がよかろぉ」と、ところがうち
の稽古屋があまり人数がその多くないんです。番数が少なすぎると頼んない
ので「あんさんとりあえず出てもらえませんか?」といぅことで。
●だいたい「まだまだそぉいぅナニじゃないんだけども」といぅ「番数があ
んまり少なすぎてもナニやさかい、まぁお稽古と思て」と、こぉお師匠さん
がおっしゃったんで、枯れ木も山の何とかでですね、出してもろたよぉなも
んです。
■あぁ、なるほどなぁ、そぉいぅ事情があったんやな……。それでどや、当
たったか?●当てられたです■え?●当てられた、です■いや、当たったん
やろ?●いえ、当てられたです■「当てられた?」おまさん、あんまり言葉
知らんなぁ、あぁいぅものは「大当たり」と言ぅねん「当たる」っちゅうね
ん。
●だいたいは「当たる」っちゅうんでしょ~けど、わたしの場合はもぉ、間
違いなく「当てられた」です■「当てられた」て、どぉいぅこっちゃねん?
●わたし、だいたいノッケですから御簾内(みすうち)です■そぉそぉ、はじ
めこぉ御簾といぅものを吊ってな、その中で語んなさる。
●そぉです。あんたご存知ですか? あの御簾っちゅうのんね、客の方から
床(ゆか)見えまへんけど、床の方から客の方はよぉ見えますのですよ■そぉ
そぉ、御簾といぅものはそぉいぅ風なものを御簾と言ぅねや。
●あぁ、あんたご存知でしたか。わたしそれ知らんもんやさかい、それが間
違いの始まりですわ。だいたいあんなもんが中途に吊ったぁるさかいね「こ
らお家(おいえ)で一人でお稽古してんのんとえろぉ変わらんわい」と思ぉた
のが大きな間違い。
●「あんた出番ですよ」一番初めですわ、ピャ~ッと出て「何も見えへんね
んな」と思てパッと見たら、今も言ぅたよぉに客席がもぉありありと見えま
んねん。ご近所の方も来たはりますわいな「あ、あの人も来たはる。この人
も来たはる」なんて思て、なかに可愛ぃ女の子も居てますがな、そぉでしょ?
●ほで、今度会ぉた時にでんね、あんまり上手にうまいこといかなんで、下
手うってでっせ「こないだのん、あれ何でしたん?」なんか言われたらどぉ
しょ~か思て、うまいこと行くかいなぁ思たら、自信もないし。えらいもん
です、普通ならそんなこと気が付かんのに、胸がドッコドッコドッコドッコ
してきましてね、耳がジャッカジャッカジャッカジャッカ、頭がクラクラク
ラクラ……
■病気やでお前、それでは。しっかりせないきゃせんで●さぁ、しっかりせ
ないかんのです。何とかせないかんな思てヒョッと横手見たら、このあのな
んです、鉄瓶が火鉢の上へ置いたぁって、湯飲みが置いたぁって「あぁ、こ
ら白湯飲めちゅうこっちゃで」こぉ白湯入れてグ~ッと飲んで、腹帯ひとつ
グッと締めましたらね、ちょっと気が落ち着いたんです。
●「あぁ、こいつやな」思て「それで置いたぁねんな」思て。そいでまた、
こぉガブッと飲んでギュ~ッと締めてね、またガブッと飲んでギュ~ッと締
めてね、またガブッと飲んでギュ~ッと締めてね。あとで聞ぃたらね、この
鉄瓶を二へんお替わりしたらしぃんです。
■お前、そない白湯ばっかり飲んでどぉすんねん?●無我夢中ですから、と
にかく気がおさまるまでと思いますからですね、気がとにかく上へワァ~ッ、
ワァ~ッと上がって頭の中真っ赤ッか、真っ赤ですねや。血がとにかく、総
身の血がワァ~ッ、ワァ~ッと真っ赤ッか。ドッコドッコ、ドッコドッコ、
ジャッカジャッカ、ジャッカジャッカ、クラクラクラクラ……
■病気やがな●さぁ、それを何とかおさめないかん思うさかい、ガブッと飲
んでギュ~ッ、ガブッと飲んでギュ~ッと無我夢中、ふと気が付いたらお腹
がタップタップ、タップタップ、お師匠さんが「いつまで白湯飲んでなはん
ねん、早いこといきなはらんか」デデン・デンデン・デンデン……、と弾き
出しはった。
●あんたご存知かどぉか知りませんけど、あの太の三味線ちゅうのはえらい
音がしますのでっせ。あれが腹へドンドンドンと、少し落ち着きかけた気ぃ
が、またワァ~ッと。ドンドンドンドン、ドッコドッコドッコドッコ、ジャッ
カジャッカジャッカジャッカ、クラクラクラクラ……
●「いつまで白湯飲んでなはんねん、早いこといきなはらんか」「分っかり
ました」とにかくいかないかんと思て、床本こぉいただいて、こぉめくりま
したら「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと、道の闇路に迷わね
ど、子ゆえの闇につく杖も、すぐなる心堅親父(かたおやじ)」と、こぉいぅ
ところからはじまりまんねん。
■おぉ、忠臣蔵の五段目やな●よぉご存知です「与市兵衛」そぉですそぉで
す。向こぉのとこですわ「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと」
ちゃんとこぉ床本に書いてはございますねや、それです。書いてはあるんで
すけどね、これだいたい節が付いてますねん。
■頼んないこと言ぃなやお前、節が付いてるて、当り前やないかいな「浄瑠
璃節・義太夫節」やないかいな。その節、稽古に行くんやろ?●そぉなんで
す。そらそぉなんですけどね、それ、頭の中にあるはずなんです。ところが
今も言ぅたよぉに、頭の中真っ赤いけ。
●よぉ言ぃまっしゃろ「ビャ~ッと上がってしもて頭の中真っ白け」ちゅな
こと言ぃまっしゃろ、あの赤版。真っ赤っか。筋があるはずですねんけど、
筋も何も見えませんねや、真っ赤、赤ひと色。どぉいぅ節だったのか、な~
んにも出て来ませんねん。
●どぉしょ~かいな思て、まぁとにかく言ぅだけのことは言わなしゃ~ない、
横でデデン・デ~ン・デ~ン(ハッ、イヨ~、ホッ)言ぅたはんのに、何な
と言わなしゃ~ない「♪またもッ、降りくるッ、雨の、足ッ」
■えらい義太夫やなぁ、お前の浄瑠璃は「♪またもッ、降りくるッ、雨の、
足ッ」ちゅうたんかいな?●そぉです。ほあたら前のやつが(♪ア、ヨイヨ
イッ)「♪人のッ、足音ッ、トボ、トボとッ」(♪コリャ、コリャ)「♪道
のッ、闇路にッ、迷、わねどッ」(♪ア、ドッコイ)これがよぉ合いまして
ねぇ■そんなもん合わすなお前。
●それでね「♪またも降りくる雨の足、人の足音トボトボと、道の闇路に迷
わねど、子ゆえの闇につく杖も、すぐなる心堅親父」と、このあたりまでき
ましたらですね、自分でもうまいこといてないこと分かりまっしゃろ、冷や
汗がドッドッドッドッ、ドッドッドッドッ「こらいかんわい、うまいことい
てないわい、しくじってるわい」思たら、ド~ッ、そいつが目の中に入って、
もぉ床本も何も見えませんねや。
●「♪すぐなる心堅親父」っちゅうとこですけど「♪すぐなる」ちゅうとこ
で「親父」ちゅうのんが確かあったなぁ思て「すぐなる親父」ちゅうてから
パッと目ぇ開けたら「堅親父」と、こぉなってたですね■ちゅうことはなん
や「すぐなる親父堅親父」と言ぅたことになるねんなぁ。
●そぉそぉそぉ、そぉいぅことになりますねんなぁ■無茶言ぅたらいかんが
な「親父」二へんも言ぅてるで●そぉですねん■客、黙ってたか?●黙って
まっかいな、うるさいオッサン一人前に居りまんねや「おや?」言ぃまんね
や、不吉な感じがしましたよ。
●「おや? 太夫さん、ちょっとお尋ねしますけど、この街道にはなんです
か、親父どんが二人も出て来ますのか?」と、こんなこと言ぅんです、皮肉
なこと言ぅんです。こらちょっと応対しとかないかんなぁ思いましたんでね
「♪この街道は物騒ゆえ、隣り村から応援頼んだその親父~。名前を徳兵衛
と申します~」
■よぉそんな無茶苦茶言ぅなぁお前。こしらえて言ぅてどぉすんねん●横手
でお師匠はんが「プ~ッ」と吹き出しはった「何を言ぅてんねん、飛ばしな
はれ、飛ばしなはれ」あんなん、慣れたはりますねんな、やっぱり飛ばすに
限るらしぃんです。
●ビャ~ッとめくったらね「駆け来る猪は一文字」っちゅうとこが出てきた
んです■おいおいおい、わたしもあんまし詳しぃことは知らんが、猪の出ぇ
ちゅうたら、もぉおしまいやで●そぉです、そのとおりです、よくご存知で
す。もぉあと見たらこれぐらいしか残ってぇしませんねん。と言ぅてでっせ、
ちょっとめくりすぎたですけどですね、ここでもぉいっぺん元に戻すとね、
わたしが何かこぉ素人のよぉに思われるでしょ。
■お前、素人やないかいな●ここで何とか一調子取り返しとかないかんと思
て、その頃になるとね、真っ赤な頭の中に少ぉし節が見えてきたんです■え
らいもんやなぁ●そいで、こいつ使こたろ思てね「♪駆け来る~猪わぁ~ん」
■そこ、そんな節やないよぉに思うが……、なんちゅうたかて猪の出やろ、
確か「(ツテン・テンテンテン)♪駆け来る猪は一文字ッ」言ぅてビュ~ッ
駆け来る猪やで「♪駆け来る~猪わぁ~ん」はおかしぃと思うなぁ。
●そのとおり、おっしゃるとおりです、間違いないんです。これはだいたい
お姫さんの出ぇか何かのところの節らしぃんです。わたしの「五段目」には
そんな節はないんですけど、人のお稽古聴ぃてますでしょ、人のやつはよぉ
頭に入るでしょ、それがどぉやら頭に残っていたんです。
●けど、それしかとにかく頭にないんですから、使わなしかたがない「♪駆
け来る~猪わぁ~んああ~~ん」お師匠はん妙な顔しながら(チ~ン)と受
けはった「♪いちぃ~~いもぉんじぃ~~」■えらい色っぽい猪やなぁ。客、
黙ってたか?
●黙ってますかいな。さっきのオッサン、うるさいオッサンや「おや? 太
夫さん。この亥の猪、えらい優しぃ猪でんなぁ、色っぽい猪ですなぁ」言ぅ
さかい、これ応対しとかないかん思て「♪この亥の猪はメンの猪ぃ~~、歳
は二八か憎からずぅ~」■何を言ぅねん……
●前から「置け置け、止めとけ。こんなケッタイな浄瑠璃聴ぃたことないわ
い、こんな浄瑠璃語るやつの顔が見たいわい」言ぅさかいね、そない見たい
ねんやったら見せたろ思て「こんな顔やぁ」言ぅた途端に、ミカンの皮やら
芋のヘタがバァ~ッと飛んで来て……、ハッハッハッ、えらい当てられた。
■当てられるわ、そら。だいたい三月やそこらのお稽古で人さんに聴ぃても
らお、といぅのが大きな間違いや。やっぱりもっともっと時間かけて稽古せ
などんならん……。いや、この町内にはな、お好きなお方がたくさんにあっ
て、この頃「軒づけ」に出ていなさるそぉな、よかったら一緒に連れて行っ
てもろたらどや?●ちょっと待っとくれやす「軒づけ」て何でんねん?