伊東潤『江戸咎人逃亡伝』(徳間書店)を読む。
絶望的な状況からの逃亡を選んだ人々を描く中編集です。
「逃亡が成功するか否か」というストーリーラインが明快なので、
読者としては「脱走モノ」の映画を見るような感覚で流れに身をゆだねられます。
佐渡島からの脱出を描く『島脱け』では、時代劇で名前だけは聞いたことのある
「地獄のような佐渡金山」の様子を知ることができます。
主君の名誉を回復するために脱走を企てる杢之助、
どう見ても足を引っ張るだけの存在である与左衛門、
農奴にされた息子を救い出そうとする源兵衛など、
キャラクターの配置も巧みです。
伊東作品が映画化されるとすれば、『島抜け』ではないでしょうか。
吉原からの花魁逃亡を描く『夢でありんす』は、
「追う者」である力蔵の視点からストーリーが展開します。
力蔵の捜査の過程を追うことで、吉原についての解説にもなる、
という仕掛けです。
雑誌掲載時の題名は『花魁逃亡』ですが、
単行本化にあたり『夢でありんす』と改題されています。
結末まで読むと、『夢でありんす』というタイトルが
伏線回収になっていることがわかります。
マタギ出身の伝左衛門と又蔵が追う者と追われる者に分かれる『放召人討ち』は、
両者が山中でクマに襲われる危険を抱えていることが緊張感を高めます。
武芸奨励のため、罪人を獲物代わりに家臣に討たせる「放召人討ち」を行う
サイコパスな殿様一行(ハッキリ言って足手まとい)と共に追跡する伝左衛門。
誤射で伝左衛門の弟を殺したトラウマからマタギをやめて鷹匠となり、
鷹の死をきっかけに逃亡者となった又蔵。
又蔵が隣の仙台藩領に逃げ込むことができるか、
その前に伝左衛門が阻止することができるか、
それとも両者とも熊の餌食になるのか、
予測不能な展開のままストーリーが進んでいきます。
映画でいえば『大殺陣』『十三人の刺客』のような感じです。
本作では殿様が「追う者」の側なのですが。
本編とは何の関係もないのですが、伊東氏の作品では断末魔の声として
「ぐわー!」が使われることが多く、「ぐわー!」という文字を見ると、
なぜか笑えてしまいます。
ネタバレ防止のためそれぞれの結末には触れませんが、
佐渡金山、吉原、マタギの生活についての知見が得られるため、
何回読んでも飽きさせないところが魅力です。
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