100年前の「明治の三陸」写真帖 明治の大津波から復興した三陸の姿を伝える

明治45年(1912年)に刊行された「写真帖」掲載の岩手県三陸沿岸の貴重な写真や資料を順次公開

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VOL54  明治の三陸名勝 7 「野田の玉川」 (九戸郡野田村)

2014-10-08 17:23:41 | 明治の九戸郡(現久慈市他)

 「野田の玉川其の1、其の2(野田村)

 写真帖のタイトルは、「野田の玉川其の1、其の2」となっていますが、写真の写りも悪く、私自身も不案内で場所が特定できません。玉川とは、野田村の玉川地区を流れる玉川そのものを示すのか、あるいは玉川地区の玉川海岸を示すのか判然としませんが、本写真帖に掲載されている名勝地とすれば、「えぼし岩」一帯の玉川海岸の写真と推定します。但し上の写真の岩は「えぼし岩」とは形状が違うように思われます。下の写真も海岸風景ですが、左の大きな建物は民家ではなく、漁の番屋か保養の宿舎でしょうか。これも不明です。

 なお野田村は明治22年に、旧野田村と玉川村が合併して野田村となり、その後周辺の市町村が合併したにも関わらず、孤高を保って現在に至っています。

「明治の三陸博覧会」記念写真帳とは?

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