100年前の「明治の三陸」写真帖 明治の大津波から復興した三陸の姿を伝える

明治45年(1912年)に刊行された「写真帖」掲載の岩手県三陸沿岸の貴重な写真や資料を順次公開

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VOL59  明治の三陸名勝12 「不動尊」 (下閉伊郡山田町)

2014-12-03 11:36:13 | 明治の下閉伊郡(現宮古市他)

「不動尊」 (山田町関口)

 

 「関口神社」の里宮は、山田湾河口から関口川を約3㎞遡った山麓にあり、奥宮はさらに4.5㎞上流にあります。この間の関口川の清らかな流れと、岩と周りの木々の苔のコントラストがとても美しくて、山田町八景の一つに挙げられています。

 写真帖には単に不動尊と記載していますが、地域では「関口不動尊」あるいは「関口神社」として古くから地域の崇拝を集めています。古い白黒の写真からは判然としませんが、渓流には太鼓橋が掛けられ、高い影の中腹に物見堂が建てられるなど、VOL54の野田玉川や後ほど紹介予定の釜石公園の様に明治末期の三陸の行楽地の趣相があったのではないでしょうか。それ故本写真帖では異例の4葉の写真が掲載されています。

 なお行楽と云っても今とは様相が違います。一番下の写真は渓流プールではありません。「水垢離」と云って、神仏に祈願する前に、水を浴びて身を清め穢れを取り除く行をしている様子です。関口渓流は夏でも水温は低く震え上がってしまいます。

「明治の三陸博覧会」記念写真帳とは?

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