100年前の「明治の三陸」写真帖 明治の大津波から復興した三陸の姿を伝える

明治45年(1912年)に刊行された「写真帖」掲載の岩手県三陸沿岸の貴重な写真や資料を順次公開

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VOL89  明治の三陸の産業13「畜産1」 (上閉伊郡・下閉伊郡・九戸)

2015-08-13 16:10:11 | 明治の九戸郡(現久慈市他)

  岩手の畜産(1)

   

 

  

 写真帖の2頁を使って馬の写真が掲載されていました。当時岩手県では、畜産でも牛もさることながら馬産に力を入れていたことが窺い知れます。

源平の戦いで活躍した南部駒

 さて岩手は源平の昔より馬産地として知られていました。「平家物語」に登場する馬の殆どが南部馬です(宇治川の先陣争い/磨墨・生食、一ノ谷の合戦/太夫黒、他)。当然評価も高く、南部馬の最低ランクと他国産の優秀な馬が同じ値段だったようです(延喜式)。

軍馬とダービー馬

 その後江戸時代の南部藩においても、馬産は藩の重要政策であり、南部の九牧を中心に栄えてきました。さらに明治時代に入り、日清、日露戦争を機に「軍馬」の生産が奨励されて、岩手の産業の大きな柱の一つとなっていました。また競走馬の世界でも、明治40年(1907年)に小岩井牧場で日本最初のサラブレットの繁殖を始めて、三冠馬セントライトを筆頭に何頭ものダービー馬を産出し、戦前戦後の競馬界に燦然たる成績を残しています。

 さて、写真の馬には、上左から順に、①ハクニー雑種栗毛牡馬 山吹号 ②内国産洋種栗毛牡馬 中吉号 ③長澤共同種馬(下閉伊郡花輪村)、④内国産洋種栗毛牡馬(上閉伊郡宮守村共有種馬)  ⑤雑種栗毛牡馬(上閉伊郡栗橋村種馬/和田友治氏所有) ⑥栗毛二白牡馬(九戸郡軽米村/荒川松之助氏所有) ⑦種牡馬栗毛 頂号(下閉伊郡刈屋村)とあり、軍用馬の繁殖牡馬を地域毎に共有していた実態が伺えます。

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