形影神43

「……いずれにせよ高次元の複雑性からの原初への回帰。

これこそが往と還。
その為には如何に生きるべきか、自ずと答えは出る。

その際に主体性と順逆を誤らずに、倦む事無く自彊してやまざればー 。

我らは存在として永遠たりえる！
これを "偉大なる霊魂" と呼ぶ。」





「それは分散して漂う "無限" から解き放たれし者。

かつてそこに達した者は少ないとはいえ確かに居た…。
ある者は星になり、ある者は九天の一番上まで上昇して神と呼ばれ、ある者は再び地に転生して世界の為に命を懸けた…。

そういう者はしかし少なかった。
だがこれから増えてゆくであろう。
なにしろその為に世界は在るのだから…。」


「そ、その為には…具体的に何か方法は…。」





「気を巡らせて、感覚を整えるのだ。
その為には呼吸を追求せよ！
肚に吸い、胸に上げて気合と共に再び肚に納めよ。これを深息の秘法という。いざ、励めよや。」


"形" の急な問い。
淵明、その問いが言い終わらぬ程に即答する。速い。しかし、息は一切乱れていない。

「深息…。」


「 "呼吸" こそが汝らでも偉大なる無意識世界に往きて、還ることのできるただ一つの道。
さあ ー 正しく感覚を高めて気を鎮め、呼吸を深くして世界を確かな手触りでもって掴み取るのだ！

夢ではない！夢ではないのだ！
たしかに…見ているのだー と、確かめながらー 。」





「…。」

「本当か…。それは。」

「まこと… 夢ではないと… 、私たちは
確かめることがー できるのだろうか…。」

"心" が涙を流しながら言った。
だが淵明は一顧も与えない。
ただ優しげに微笑みながらー


「ワシもこれで去る。
陽がさせばそこは揺るぎない "実" の世界…。この淵明程度の儚き霊などは存在できなくなるよ。
いや、美味い…酒だった。さらばじゃ！」


「………………。」


それは… 有無を言わさぬ、といって良い程の勢いだった。
最後にまるで ー 嵐の様に淵明はまくし立てて喋り、鳴り止むと同時に水際だった去り方でもって姿を消した。




"形" をはじめとする "実" の世界のモノ達は、声をかける隙すら与えてもらえず、ただただ茫然として淵明が去る様子を見送るしかなかった。


柏の木に、静かに微風がそよいでいる 。それは朝の気を含んで闇を払わんとしているかの様だった ー 。