思考の踏み込み

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ブッダ18

2014-05-22 10:13:08 | 
まだよくおわかりになりにくいかと思うので実際に見てみよう。

例えばこの若い禅僧。



腰に意識が入りすぎて、肚に集まっていない。
胸でつかえている。

肘がかたい。
小指が呼吸していない。
重心が左に偏っていて中心が出ていない。そもそも鳩尾が緩んでいない。

こんなことはごく一部のことだが、これではこの若い僧はとても深い呼吸はできないし、恐らく雑念ばかり浮かんでは消えていることだろう。

意志の強さでそれらと闘っても無駄なことだ。

偏りを正し、集めるべき処へ気を集めずに無理をすれば、下手をすれば禅病にさえなりかねない。

古来、坐姿における呼吸法や瞑想法は様々に研究され、伝えられてきたが、多くは形式と精神主義に饒舌なだけで具体的で微細な身体論として説かれたことはない。



"悟り" に辿り着いたとされる名僧や達人は確かにいるが、それは極めて偶然性が高い。

こういう言い方は怒られるかもしれないが、長い鍛錬の末にたまたま身体バランスが統合に向かったか、もともと感覚が優れていたものか、いわゆる "天分" に恵まれた者でなければ、ブッダの提示してみせた世界観には近寄ることさえできなかったというのが実際であろう。

そろそろ我々人類はそうした段階から一つ上に上がっていかなければ、ブッダの苦労も報われまいと思うが如何。




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