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思考の踏み込み

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形影神10

2014-09-19 06:47:11 | 
「ちょっと…」

「?」

皆なんとなく考えこんでしまっているところへ、"意識" が発言する。

「ちょっと戻らせて頂いて宜しいか?
淵明殿の言われた、"死は元に戻る" という表現の真意がよくわからない。」

「そうか、汝には視えぬか。酒が足らぬのよ。ほりゃ呑め呑め!」





淵明はからかうように "意識" に酌をしてやる。
そして酒が満たされた "意識" の盃にフッと息吹をかけた。
永い冥府での暮らしで ー なにやら怪しげな術でも身に付けたか。


「いや、これは直々に ー 恐縮です。
しかし、なじらずにお答え下さりたい。」

「呵ッ!我が注ぎし酒を飲んだならばとくと視てみよ!この世界を満たし、喜々として飛び回るモノ達を!」



酒を干す。瞬間、"意識" はハッキリと視た。
いややはり気のせいであったかもしれない ー と後になると思う。
だが、そのときばかりは確かに自らの頭上にも、足元にも、手指の爪の先にまで、全ての空間を埋めつくすように火の玉のような何かが飛び回っているのを視ていた。
しかしそれは火の玉というには余りに白く、澄んでいて美しい。
何より力強かった。





「これは何か!?淵明殿!」

「それこそが命の種、精霊達よ。彼らは絶えず世界を飛び回り、気に入った "形" を見つけては入り込む。極大から極小まで、虚も実も、あやめはない。」

ー 正確には "精霊" というよりも "精気" というべきかもしれんがのう。

" ー 咨 (ああ) 大塊ノ気ヲ受ケ
何ゾ斯ノ人ノ独リ霊ナル
神智ヲ稟 (う) ケテ以テ照ヲ蔵 (かく)シ
三五ヲ秉 (と) リテ名ヲ垂ル… "


淵明がその詩を吟じ終わると、"意識" の視界はもういつものそれに戻っていた。
意識はなにやら酒に酔っ払ってしまったのかとも思うがよくわからない。なんだかおかしな気分で陶然としてしまい、しばらく呆然としていた。

「いったい何を視ていたのか?」

弟達は問うた。

「わからない、しかし、たしかに何かがこの世界には満ちている。
そうか!だとすれば ー 」

"元に戻る" とは彼らの中に帰る、そういうことか!
そう叫んで "意識" は淵明を見た。

淵明は静かに微笑んでいた。






意訳

ああ 、天地自然の精気を受けて。
人だけが何故霊長とされるのか。
霊妙なる智を授かって内にその輝きを秘め。
真理と徳の正道を守り名を後世に伝える。

「士の不遇に感ずる賦」より。

※「書経」泰誓篇に既に "惟(こ)レ人ハ万物ノ霊" とある。

※三五の三は天地人。五は仁義礼智信。







形影神9

2014-09-18 07:37:41 | 
つまり ー わしゃ仙術を生前修めておったが故に、千秋万歳の後の今こうしてここに顕われておれるというわけさ。

ただ恨むらくは世に在りし時、酒を飲むこと 足るを得ざりしを ー と、いうところよ。

だから先ずは酒よ酒よ。
淵明はそう語って "理性" をあしらった。

「フフフ…。淵明殿、そういう誤魔化しは止めにされたがよい。ここには理性だけではない。諸子百家、様々なるモノどもが集うておりますによって。」


「… … "影" か。」

さっきは見当たらなかったが、ああ ー
月がまた顔を出したか。
そう淵明は一人合点して、盃を持つ手を停めた。




「ならばお主が話してやればよいではないか。影などというかりそめの姿こそ誤魔化しであろう。本来の "闇" に戻り、この "世界" の真の姿を語ってみせよ!」

「 "闇" は本来、言葉を持たぬモノ、影なればこそ、こうして人語を扱っておりまする。」

「結構なコトよの。」

「では質問を変えたい。淵明殿、"死" とは現象としてどういうものか?」
改めて理性が問う。

「… 散。」

「散とは?」

「元に戻るということよ。不思議なのは "死" ではなく "生" なのじゃよ。
生とは即ち、集、いや縮、いやいや "凝" かな。もっといえばその "動き" 、もしくは "角度"、そしてその為の "力" 。
この "力" の正体ばかりはこの宇宙の謎
じゃよ。わしも未だに以て知らん。
"死" なんてその力が減退、縮小しただけの結果に過ぎん。そして我らの心も身体も、その "力" の変態したモノでしかない。」

「力…。」

「"闇" ならあるいはその正体を知ってるやもしれんぞ。"力" が闇から出てきた事はおそらく間違いない。」



皆、"影" の方を見る。

「そう注目されても困る。残念ながら私もわからない。たしかに私の本質は "闇" であるし、最初にそうも言ったが、すでに "影" として地上に在りて久しい。闇としての頃の記憶はない。
また、戻ろうとすれば、自然、言葉を失う。なぜならば、"ことば" もまたその "力" の別の在り方であるからだ。
だからこそそこに "言霊" なんていうモノも宿り得る…。つまるところ ー 」


"我ら" はその "力" の影響力を超える範囲では活動できないのさ。


ー そう影は言った。
少し、その漆黒の存在色が濃さを増した様に見えた。



形影神8

2014-09-17 06:00:16 | 
ー 卒爾ながら伺いたい。
そう言っていきなり "理性" が問いかける。

「淵明殿、貴方は今、存在として何と呼ぶべきモノであるのか?俗に言う "霊" というやつだろうか?」



「なんじゃ?まだ酒の感想も言うとらんのに、忙しないことだ。」

そう言いながら機嫌は悪くなさそう。
どうやら酒がお気にめした様子。


「 "霊" と一口に言ったって様々じゃよ。生霊もあれば死霊もいるし、精霊と呼ばれるモノ達もいる。かくそれぞれに高低の位もある。ー まあわしも死んでみて初めて知ったことじゃがのう。」

だから難しい事は考えても無駄よ、お前さんも一度死んでみればわかることさ。

とは、淵明も言わなかったが、代わりに自らの詩を詠じようとした。

「えー、たしか…古えより…。」

「古えより皆没する有り、何人か霊長なるを得し。」

「おお!それよそれよ。我が代わりにあの小僧の為に詠んでやってくれい。」

もちろん、頼まれたのは "記憶" 。
実はこのモノが一番の淵明ファンなのではあるまいか。






" ー 古 (いにし) エヨリ 皆没スル有リ
何人 (なんぴと) カ 霊長ナルヲ得シ
死セズ 復 (ま) タ 老イズ
万歳 (まんさい) 平常ノ如キヲ
赤泉 (せきせん) 我ガ飲ニ給シ
員邱 (いんきゅう) 我ガ糧ヲ足サバ
方 (まさ) ニ 三辰ト游ビテ
寿考 豈ニ渠 (にわ) カニ央 (つ) キンヤ"


昔から人は皆死ぬ。
霊妙なる長寿を得た者も無し。
死なず、また老いず。
万年変わらぬ姿を保った人などいない。
不老不死の水をたたえる赤泉の水を普段から飲み、長命をもたらすという員邱の実で我が腹を満たせば。
まさに日と月と星の仲間入りして。
この寿命尽きるときなし。

※「山海経を読む 其の八」より。

形影神7

2014-09-16 06:29:13 | 
ー 「待て待て、愚か者どもめ!」
と淵明爺さん。


「確かにわしはそういう遊びをしたことがあったが、それは純粋に遊びであって崇高なただの酒盛りじゃ。
ヌシらの如く屁理屈をこねくりまわして、体だの心だの蜂の頭だの、イカのキンタマだの蟻のオチンチンだの、あーでもないこーでもないなんて愚劣なもんじゃないわい!」

…これはどうも話が違う、皆そう困ってしまった。会の主謀者たる "意識" も狼狽している。

そのとき、それまで "形" の後方で静かに端座し控えていたモノが発言した。その声は地を這う様に低く、しかし揺るぎない力強さと他を黙らせる特殊な迫力を持っていた。




「爺さん、俺たちはあんたのファンなんだ。勝手に騒いだ事は大目にみてくれねばならん。」

「ふん、なんじゃ "肚" がおるのか。少しはまともなモノもまざっとるようじゃの。」

じゃが、わしが飲みそこなった菊酒はどうしてくれる ー 少し穏やかになり始めたが淵明はまだダダを捏ねている。

「?」

だが、何かに気付いたらしい。

「…。」

「こりゃ、この、琴の音は "七度の調べ" じゃなかろうかい。まさかやくたいもない現世に舞い戻って、"七度" の響きが聴けるとは思うまいぞ。
だがいったい誰が弾いとるのか?
地上では鳴らせられる類の音でない筈だが…」




そう言って淵明爺さん、一同の輪の少しハズレでずっと琴を爪弾いていた二人に目をやる。

「ああ、魂と魄か。」

彼らならばこの響きも当然か ー。
まあそれなりのモノが参加しとる会のようじゃのう。
それならば仕方あるまい、そう言った淵明はスッと腰を下ろした。
"形" は安堵して言う。

「では、淵明殿…。」

「まずは酒よ。いい酒を用意してあるんじゃろうのう?」

形影神6

2014-09-14 05:34:59 | 
その薄明かりは、月明かりよりも淡く朧げで、この世のものとは思えない質で揺らめいて顕われた。。そして何かをブツブツ呟きながら近づいてくる。実際、この世のものではなかった。




「まったく ー いったい何だというのか。人の墓の前で騒々しい。」

「おお!これはこれは、淵明殿!お騒がせしてかたじけない。しかし、待ちわびましたぞ。」

"形" が主催者たる "意識" に変わって言った。意識には淵明の言葉が少し聞き取りづらそうだったからだ。

「なんじゃヌシらは。わしゃせっかくいい夢みとったんじゃ!川面に映る月を掬って肴とし、香しい菊酒を飲むところだったのにガヤガヤぞめきたておって。」

「しかし、我らは貴方を敬愛するモノ達。貴方がかつてやったことを真似て、どうせなら貴方の墓前で、ということに相成りまして ー 。」

「わしの真似?わしゃ何のことか知らんぞ。」

「いや、貴方は生前、周という友の墓の前で酒盛りをして楽しみ、詩まで賦している。お忘れならば諳んじてご覧にいれましょう ー 。」

なあ "記憶" よ、そういって "形" はこの極めて無口で、しかし無限に現象を内に蓄え続けている不思議な存在に要請した。彼は "意識" の母なる "潜在意識" の兄弟であるらしい。つまり意識達の叔父にあたる。





"記憶" は何の前置きもなく、淵明の詩「諸人と共に周家の墓の柏の下に游ぶ」を詠じ始めた。


" ー 今日 天気佳シ
清吹ト鳴弾ト
彼ノ柏下ノ人ニ感ジテハ
安 (いず) クンゾ歓ヲ為サザルヲ得ンヤ
清歌ニ新声ヲ散ジ
綠酒 (りょくしゅ) ニ芳顔 (ほうがん)
ヲ開ク
未ダ知ラズ 明日 (みょうにち) ノ事
余ガ襟 (むね) ハ良 (まこと) ニ以 (すで)
ニ殫 (つ) キタリ "

意訳

今日は良い天気。
澄んだ笛の音、良い音の琴あり。
柏の木の下、草葉の陰の人を思えば。
どうして楽しまずにおれようか。
歌を独唱、新作を散ずる。
緑の酒に晴れ晴れと顔もほころぶ。
明日の事など知りはしない。
我がこの胸に思い残すことなし。


※柏の木は松と並ぶ常緑樹として永生の象徴。