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思考の踏み込み

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形影神5

2014-09-13 07:32:49 | 
たしかこんなふうにゆってたよ。
たどたどしく、しかしはっきりとした記憶でもって少年は話す。

" ー この世界の仕組みは、我らの中にそっくり再現されている。この星空を見ているとそんな気がしてくる。
果たして我々が世界の雛型なのか、世界が我々の投影か。"





「たしかそういってた。僕はそのときは何だかよくわからなかったんだけれども… 」

「ばかな!何を言っている。普段あれ程、君の兄さんの影響はあまり受けてはいけないと我々が教えているのに。」

"知性" がつい割って入り、叫んだが、ずっと黙っていた "形" が素早く反応する。

「ま、ま、暫く暫く。今は少しあの子に好きにさせてあげて欲しい。普段あなた方にはあの子の教育をお願いしているが、今日は無礼講の酒の席。酒盛りの肴とでも思って大目に見てやってもらえまいか。」

「しかしですね、ー 」

まだ何か言いたげな "知性" であったが、対面にいる "影" がギョロリと睨みを効かせてきて、つい黙ってしまった。




"影" は視線を少年に移して優しげに言った。

「"感覚" よ。もっと、話せ ー 。」

その "名" で呼ばれ、そのことが大人として扱われた様に感じた少年は気分を良くしたのか、そこに普段小うるさい教師達が居るのも忘れて饒舌に語り出した。

「うん。兄さんはいつもは無口なんだけど、たまにポソっと何か言うんだ、それがいつも僕には印象的な事ばかりでね。
こないだはこう言ったよ。

身体と精神はどう考えても一つだ。
だがある地点にいくと急に "かいりせい" を生む。それはおそらく我々が精神もしくは心の中に、異なる要素を混在させて認識してしまっているからではないか ー 。

その時は "かいりせい" って何かよくわからなかったけれども、先生に教わったから今は "乖離性" って言葉も知ってるよ。

兄さんはきっと僕らが、"心" の範囲で認識している内容の中に別の存在がいて、それが身体と中々調和しないんだって、僕らがいつも矛盾を抱えてもやもやしてる原因もそこにあるんじゃないかって、そう言ってたんだと思うんだ ー 。」




そのとき、少しだけ琴の音が変調した。時を同じくして天には雲がかかり月光を閉ざした。
だが、柏の木の下だけがぼんやりと薄明かりで光っている…。









形影神4

2014-09-12 07:32:05 | 
「ではー 、形を通過しその影として存在する。

それが "心" であると、そしてその逆もあるが故に心は "実体" だと、そうおっしゃられるのか?」

「然り。」

それは…やはり我々には少し難しいな、そういって意識三兄弟は顔を見合わせあった。




"心" は、ではもう少し説明してみようか、本来君達が普段扱っている "ことば" によっては表現が困難な内容ではあるが、と前置きして言う ー 。

「実とか影とか、そういう例えが混乱のもとかも知れない。

無理からぬ事なのだ。

心と形、つまり ー身体の関係性はこの世界のどんな事象にも似ているモノがないからだ。例えようがないんだ。

まああえて言うならば "時空" 。
即ち、空間と時間の関係性が極めて酷似している。おわかりか?」

「…。」


そのとき、黙り込んでしまった三人の横で小さな影が動いた。




「わかる、なんとなくそれ、わかるよ!」

「あの子は誰だ?」

わずかに周囲がざわめく。

ー あれは "形" の末の子、我々がその成長を待ち望んでいたモノだ。
誰かがつぶやいた。

「君の名は?」
心が優しく尋ねた。

「僕は "感覚" 。今日は面白そうだからこっそりついてきちゃった。」

「そうか、君が "形" がいつも自慢していた息子か。昔見たときはまだ赤ん坊だったが、ずいぶん大きくなったなあ。
ところで君はどういうふうにわかったというのかね?」

「うん、この前ね、僕の兄さんがね星空を観ながらつぶやいてたのを思い出したんだ。あ、僕の兄さんは "直感" ていうんだけどね、すごく頭がいいんだよ。
僕はとても尊敬してるんだ。」

そうかー 、君はあの "直感" の弟か。
どうりで聡い面立ちをしている。
で、君の兄さんは何て呟いていたのだい?
心は横にいる彼の父をチラッと見てから、その聡明な少年に問うた。



すでに月は中天に達し、昼と見まごう程に明るく世界を照らし出している。
皆、その少年の ー 月明かりの良く映えるつややかな黒い瞳と、紅い唇が次に動くのを待った。

琴の調べと響きが、その一瞬の静寂を、より美しい瞬間にしてその場にいるモノ達に印象付けていた ー 。










形影神3

2014-09-11 06:32:07 | 
なにやら私にも何か言えという空気ですな、ー そう言って "心" が語り始めた。

「この墓のヌシの時代は "神(シン)" と呼ばれていましたが、紛らわしいのでここでは "心" という呼称で通させて頂く。以後お見知り置きを。」





果たして我々は "影" であるか、ということだが、まあ影といえば影であるし、違うといえば違う。

我らは "形" 無くしては存在し得ないモノであるし、それに寄り添うモノとして、またはその本体の "状態" の変化に影響されるという点で性質としてたしかに "影" とかわらない。

だが、影と異なる点は我らの状態が先にあって、その影響で "形" を変質させる事が有る、という点であろう。
つまり ー 影がどこまでいっても "虚" である事と違って我々は "実体" に影響を及ぼすことができる、要するに ー

「我々は実体なのだ。」

そう言って "心" は盃を飲み干した。
"意識" は腕組みして考え込んでしまっている。


「… その、"虚実" とは物質非物質と言い換えてもよろしいか?」

「君は?」

「意識の弟の "知性" です。横にいるのは末弟の "理性" 。」




「ふむ、虚実は虚実さ。それだけだよ。」

「わからない…。それでは我々は理解する事ができない。心が実体ならば、見る事も、触れる事もできるというのですか?」

「できる。だが、君たちの様に視覚からの情報に多くを依存していると少し難しいがね。例えば ー 」

我々の仲間である "感情" はお腹にいるし、"希望" は胸にいる。"愛" は腰が弱い者には少なくしか宿らない。だから愛は腰にいるといっても大きくは違わない。
"怒り" は肘、"嫉妬" はお尻、"不安" は胸の裏、"闘志" は臍の裏、"恥じらい" はその一つ下…。

「こんなのはごく一部だが、それらは全て触れる事ができるし、"診る" こともできるものさ。」

「それは驚きですな。もし ー 、それが本当だとすれば、仮に不安を抱える者がいたとして、その者の背部を歪みの無い状態に変え得たとしたら…その、不安もなくなるのでしょうか?」

「なかなか呑み込みが早い。その通りだよ。不安の原因はもちろんなくなりはしないが、その "原因" で苦しむことはなくなる。その原因と冷静に向き合える様になる。」



我らは必ず "形" を通過する。
そのときの道順と、通路状況によっていかようにも変質するモノだ。なかなか厄介な存在だろ?
だがその "変質" は常にバランスを崩しがちな "形" の調整の為には必要なことなのさ ー そう語って "心" は隣にいる "形" の盃に酌をした。


形は苦笑しながらその酒を飲んで言った。

「この酒苦いな…。」

形影神2

2014-09-10 00:30:20 | 
この奇妙な酒盛りは、はじめにそのモノが話し出すことから本式に始まった。

そのモノは言う。



「私は "意識" と申します。今席を企画し、ご一同をお招きした者であります。正確には "顕在意識" と呼ばれております。まだ、我が母なる "潜在意識" は参っておりませんが、多少遅参すると申しておりましたので、先に始めさせて頂きたい。」

まず、先ほど "形" がおっしゃられた我々が同じくする "領域" とは何の謂であるのかお尋ねしたい ー 意識はそう語った。

「生命。この場に限っては人間の命。」

形は即答した。
が、意識もまた即座に返す。

「"影" もその領域内のモノでしょうか?ただの物理的 "現象" ではないのか?」

皆、"影" に目をやる。
影、笑みを浮かべて静かに曰く ー


「我らは光あるところ、"実体" を持つモノには必ず寄り添う。そこには生命、非生命の分け隔てはない。
だが我らの存在は、光に対する単なる二元論的立場ではない。
我らの本質は "闇" である。
我らは光が生まれる前からずっと在った… 」



「"我ら" とは?」

「我々にもまた親族眷属がいるということさ。ここにも来ている "心" は我が眷属よ。」

心が影だって!?
そう叫んで "意識" は影の話を遮った。
彼の頭はだいぶ混乱し始めている。

「何も驚く事はない。質として変わらないという意味さ。あえて言うなら心は "陰" だ。君の偉大なる母上もそこの出だ。」

「… …。」

「ー そう、"無意識" という大いなる世界の。その意味からいけば、君もまた我々の遠い眷属なのだよ。顕在意識君。」

「しかし…」

何とか混乱を整理しようと、何か言おうとする "意識" に "形" が助け舟を出した。

「 "影"よ、それでは少し話が拡がりすぎではないか?それを言うなら我々は全て親族眷属であろう。だからこそ、同じ範囲内でもって我らは行動を共にしている。」

そう言って形は静かに杯を傾けている "心" に視線を向けた。




形影神1

2014-09-09 07:33:05 | 
或る ー 墓地に、柏の木が生い茂っている。そのもとには一基の墓。

刻限は酉の下刻。

すでに日は沈もうとして辺りを朱のさした黄金色に染め、ある種の荘厳な世界を創り出していたが、やがて来る夕闇が静寂を引き連れて柏の木の周囲を包み始めてもいた。



そこに幾人かのモノ達が集い、あろうことか酒盛りをやろうとしている様子。
中には琴を持ち込んでいるモノまでいる。
いったい墓場で何を始めようというのか。

すでに酒盛りは始まっているようでもある。
各自が雑談しながら、あるいは杯を満し、あるいは杯を傾ける。
かすかに琴の音も聞こえる。

やがて日も完全に沈んだ頃、一つの主題を掲げて一人のモノが話し始めた。
そのモノはこう切り出した。

「我が名は "形" ー 。」

「いや、我々は、と言うべきか。ともかくも、今日ここに集いしご一統方々は普段、領域を同じくして存在し、行動しているくせに互いに互いの事を知らな過ぎる。」

「本日は良い機会であるから、互いの事を知り、その範囲を確認し合うという事をしてみたい。
酒は有る。闇は浄にして清。
おのおの、想う所を存分に述べられたし。」

「待ってくれ。」

あるモノが言った。

「一つ足りない。」

「我が名は "影" 。何か灯火はないのか。私は "光" がなければここには居られない。」

ご安心を、あれをご覧あれ ー。と、形が影に杯を向けて言う。
皆、影の背後の東南東の山際に目をやる。



十六夜の月が姿を現し、そこに集いしモノ達を柔らかく照らし出した。

「時は満てり ー 。諸君、月を肴に今宵は語り明かさん。やがてこの墓のヌシも姿を現そうほどに。」


琴の旋律が調べを強め始めた。
それは不思議な響きをもって場を満してゆく ー 。