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思考の踏み込み

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形影神15

2014-09-24 00:15:54 | 
「例えばー 、ああそうそう、私は貴方の詩で一番好きなのが "閑情の賦" でしてね。貴方の作品群の全体から見てあまりに異色であるとして、"白璧の微瑕" なんて言う者もいた様ですが、私はそうは思わない。

貴方の人間としての、ありのままの、飾らない告白として、見事な傑作だと思う。」



「情ヲ閑 (しず) メル賦…。」
"記憶" もこの詩が気に入っているのか、早速に吟じ始めた。




" 夫レ何ゾ環逸 (かいいつ)ノ令姿ノ
獨リ曠世ニシテ群ニ秀ズルヤ
傾城ノ艶色ヲ表シ
徳有ルヲ伝聞ニ期ス

その 美しさの何と際立っていることか。
世にも稀で群に秀でた ただ一人。
絶世の美女の艶めきは隠すべくもなく。
その高い人格も広く世に伝わるだろう。



鳴玉ヲ佩 (お) ビテ以テ潔キヲ比シ
幽蘭ヲ齊 (ととの) エテ以テ芬 (ふん) ヲ爭フ
柔情ヲ俗内ニ淡クシ
雅志ヲ高雲ニ負フ…

その清らかさは鳴り響く玉とも競い。
ひっそりと咲く蘭を摘みてその香気に劣らず。
その優しげな心も俗世では目立たぬが。
日頃の志は天の雲ほども高い。





朱幃 (しゅい) ヲ掲ゲテ正坐シ
清瑟ヲ汎 (ひ) キテ以テ自ラ欣ブ
纖 (ほそ) キ指ノ余好ヲ送リ
皓 (しろ) キ袖ノ繽紛 (ひんぷん) タルヲ攘 (はら) フ
美目ヲ瞬キテ以テ流眄 (りゅうへん) シ
言笑ヲ含ミテ分カタズ…

朱の帳をかかげて美しく座し。
澄んだ音のする琴を小さく爪弾いては
一人楽しむ。
ほっそりとした指からたまらなく
良い音が流れ出し。
真っ白な袖が音につれて舞い上がるを払う。
時にその美しい瞳が瞬いて流し目。
笑みを含んでいるのか 何か言おうとしているのかさだかならず…。





仰ギテ天路ヲ睇 (なが) メ
俯シテ鳴絃ヲ促ス
神儀 憮媚 (ぶび) タリ
挙止 詳妍タリ
清音ヲ激シクシテ以テ余ヲ感ゼシム…

ふり仰いでは天上への道を眺め。
目をふせてまた弦を爪弾く。
その姿 霊気にさえ満ちてなまめかしく。
その立居振舞のなんと麗しいことか。
清音はやがて高まりて 私の心を強く揺り動かす…。



意ハ徨惑 (こうわく) シテ甯(やす) ラカナル靡 (な) ク
魂ハ須臾 (しゅゆ) ニシテ九タビ遷ル

私の心は戸惑い揺れて安らかでなく。
魂はたちまちにしてあてどなく馳せ巡る。






願ワクハ衣ニアリテハ領 (えり) ト為リ
華首ノ余芳ヲ承 (う) ケン
悲シイカナ 羅襟 (らきん) ノ宵二離ルレバ
秋夜ノ未ダ央 (なかば) ナラザルヲ怨マン

願わくは上衣のときは衿となり。
美しき首すじの移り香をうけたい。
悲しいかな 薄絹の衣が夜脱ぎ捨てられるとき。
長い秋の夜の明けはてぬことを怨むことだろう。


願ワクハ裳 (もすそ) ニアリテハ帯トナリ
窈窕 (ようちょう) タル纖 (ほそ) キ身ヲ束ネン
嗟 (ああ) 温涼ノ氣ヲ異ニスレバ
或ハ故 (ふる) キヲ脱ギテ新シキヲ服セン………。

願わくは裳のときは帯となり。
その嫋やかなか細い体をしばりたい。
ああ 季節の変わり目が訪れるたび。
古きは脱ぎ新しきに変えられるか………。"











形影神14

2014-09-23 02:29:23 | 
"蒼旻 (そうびん) ハ遥カニ緬 (とお) ク、人事ハ已ムナシ。
感アリ昧アリ。
疇 (たれ) カ其の理ヲ測ラン ー "


ー つまりそれこそが人間に宿命づけられた "葛藤" というべきか。
そう言って淵明は長嘆息し、さらに重ねて嘆息。そして語った。




「魂なんかいなければ、もしくはその影響力がもっと低ければ、わしらはもっと気楽に生物として存在していられたかもしれん。
牛や豚や、犬や猫のようにな。


古今東西、あらゆる支配者、王、独裁者、権力者たちが幾たびも強大な支配力でもって人間の集団を縛ろうとしてきた ー だが、誰一人として "魂" まで拘束する事には未だ成功していない。

"今" の世界の支配者は随分賢くて、その事を強権ではなく、心の操作の研究から進めて実現させようとしているようじゃが、まあ難しいだろう。

なぜなら魂の働きは "心" の働きの範囲外にある故 ー 。」


"心" があっ、と叫んだ。




「なるほど、やはりそういう事なんだろうか。我が活動範囲にあると思われる反応の中で、どうにも身に覚えのない質のモノがあって、その扱いばかりは手に負えぬと ー 半ば諦めておった次第でしたが、今ようやく氷解した心地がする…

ああ、だとすれば!

さきほどその子 ー "感覚" が言っていた言葉もそういう事か!」

「なんじゃ?」

「いえ、貴方が顕われる少し前、その子がその兄 ー "直感" の言葉を話してくれたのです。
彼の兄の曰く、身体と心はある範囲から急に乖離する ー と。」

「ほう。」

「そう、その話は中途になっていて私も気になっていた。だとすれば ー とはどういう事か?ご説明願えまいか。」




"意識" が "心" に請うた。

「いや、ここは "形" に語って貰った方が話が早いかもしれん。形よ、如何。」

「さん候…。」

左様ですな ー 形はそういう意味の事を言った。





天の理は奥深くて窺い知れない。
俗世はとりとめもない。
わかる事わからぬ事あり。
誰にその原理が推し量れようか。

「感士不遇賦并序」より。





形影神13

2014-09-22 00:36:50 | 
「では、この妙に懐かしく、それでいて全てを浄化していくような不思議な琴の音は…」

"形" が久々に口を開いた。

「うむ。どうやっとるかわからんが、本来、地上では空気の振動が邪魔をして鳴るハズのない層の音が鳴っておる。」

淵明がつぶやいた。

いずれにせよ、酒席の伴奏としてこれほどの贅沢はない ー 。
そう言われてみると皆、その音色の美しさに改めて気付いた。



どのモノ達も、無言のまま琴を奏で続ける魂と魄を見て、暫しその音の中に溶け込んでいくような心持ちであった。

だが、やはり理性には納得できない。

「たしかに聞いた事のない、不思議な調べだが、おかしいではないか。
音とは空気の振動であるはずだ。
それが "この世界" では邪魔とは?」

「愚かなるかな理性。言うにや及ぶ、この宇宙に存在するほどのモノ達は全て "振動" しておるよ。
路傍の石っころでさえもな。
それらは等しく "音" を奏でているもの。一人空気だけの業ではない。」

「…。」




「この宇内に満ち、飛び交うモノ達はまるで空気の様に音も伝える。
もちろん人間の耳が捉えられる範囲の地上の音とは異なる類のモノじゃがな。

そして彼らはある層にゆくと凝縮し、一定の塊 (かたまり) となる。一説には350~500くらいの集合で人間の魂になるといわれとる。

動物が50~300、植物が50以下、物質に宿るは30くらいの集まりらしい、というのを耳にした事があるが ー 、まあ数はたいして意味はあるまい。
要たるは比率だろう。
ともかくもその、塊はある種の個性を持ち、独自の存在として働くという。

何か目的があるのかは知らぬが、その存在は地上に降りて来て受肉し、"形" に収まりたがる。

我々の中に "聖" という要素が息づいておるのは彼らの働きによるモノだ。」

ー "形" は重く、濁り、質として下降して出来たモノ。




そこに本来地に在るべき筈のない清く軽やかなるモノが宿っている。
人間の根本的矛盾はここに根ざす…。


淵明は最後に重要な事を語った ー 。


形影神12

2014-09-21 00:23:12 | 
" 天地人 (あめつちひと) モ分カザルニ
ウイ ノ一息 動ク時 東登リテ 西下リ
空 (うつほ) ニ巡リ 天地(あわ) ウビノ
巡レル中ノ 御柱ニ 裂ケテ陰陽 (めを)
ナル 陽 (を) ハ清ク 軽 (かろ) ク巡リテ
天 (あめ) ト成リ 陰 (め) ハ中濁リ
地 (くに) ト成ル

水埴 (みずはに) 分カレ陽 (を) ノ空 (うつほ)
風生ム風モ 火 (ほ) ヲ生ミテ
陽 (を) ハ三ツトナリ 陰 (め) ハ二ツ
ヲセの宗元 (むなもと) 日ト丸 (まろ) メ
イモノ源 月ト凝リ 空風火 (うつほかぜほ) ト水埴ノ 五ツ交ワリテ 人トナル ー "



「?」


また前触れもなく、"記憶" が何かを詠んだ。
いつもは極めて無口なこの存在が、今宵に限って何故これほどに饒舌なのか、誰もが不思議に思った。




しかしその発言はやはり何かの「記憶」でしかなく、彼自身の言葉は相も変わらず一切発しない。

「それは何の詩か?」

だから淵明がそう問うても記憶は答えなかった。
淵明の作でないことは確かなようだ。しかし、淵明は言った。

「古えの聖典たる "易経" の宇宙創成のくだりにソックリじゃな。いずかたの神話か存ぜぬが、真理が見事な律で響いておる。」

律とはリズムというほどの意味らしい。

ー "真理" とは?
知性が問う。



「この "世界" ー 彼らの棲む場所も含めてー その世界に於ける根本的な原理原則よ。
即ち、清は登り、濁は下る。

だがそれは価値に差があるものではない。あくまでも性質の違い、それだけじゃ。

"天" は九つ有る、と古人は言った。彼らはその上層で生じたモノ達であるらしい。

らしい、というのはわしもその辺りの事はよくわからんからじゃ。
いってみればそこはもう "神々" の世界だから。

"ー 天道は幽にして且つ遠く 鬼神 (=霊界) は茫昧然たり"

畢竟、其れは人間の霊程度では、なおもって容易には窺い知れぬ。まあ神々と言っても地上で考えられている様な、人臭い神なんかはもちろんおらんがのう。

そしてそこは "響き" を発する世界じゃよ。「響」とは「郷」の「音」と書く。驚くべきは漢字を造った古人の聡明な事よ。
もちろん「郷」とは彼らにとっての故郷じゃが、その記憶は我々も共有しておる。
我々はその頃の記憶から、代用品として歌を必要とし、楽器を造った。"ことば" もそこから生まれる。




古代のことばは全て "詩" だった。
今だに以って "詩" に韻律が必要とされるのは、我々が無意識の内に言葉本来の在り方に回帰し、その "力" を取り戻す為なのだろう。」


詩人としての本能が死してなお淵明には息づいているからか、単に酔いが廻ってきただけか。一気呵成に彼は話した。





形影神11

2014-09-20 05:31:26 | 
「兄者、何を言っている。」

"知性" は問う。

「いや、おそらくだが…あの "精気" たちがカタチに飛び込む、"命" はそうして生まれるのではないのだろうか?
そしてそれらがやがては散じてゆく。
それが "死" なのか?」

「…」




「ー 君たち人間が考えている生命はそれでは生じない。精霊たちが宿ったカタチあるものは全て確かに命あるモノ。
しかし "生命" にはまだ必要な要素がある。」

影が口を挟んだ。
理性が問う。

「必要なモノとは?」

「彼らよ!」

そう言って影が見た方向から、琴が鳴り響いている。それは始めからずっと、途切れることなく響きを発していた。




「彼らはいったい誰なんだ?
淵明殿はご存知のようであったが…。」

会を主催した筈の "意識" も知らぬと言う。
だがおかしなことに、誰も彼らの存在を確かめようとしなかった事にも不思議と誰も気付いていなかった。
淵明が言う。

「…彼らは魂と魄。"天" から降りて来たモノ達。」

「天とは…」

意識が何か言おうとしたが、淵明が話を続けた。

「"天" とは汝らの考える天国とかいったモノではない。彼らの棲む世界では相対性も時間も空間の大小もほとんど支配力を持たない。ただ有るものは "響き" と、そして性質として清と濁の違いだけだ。例えばー 。」


"夢" がそれさ。夢を見ているとき、君達はその世界に回帰している。
夢の世界では時も距離も関係なく、事象が展開される。



人ひとり、一生分の物語を、僅かなうたた寝の間に全て見てしまうという事さえ珍しい事ではない。

身体、つまり "形" にとって睡眠などは大した意味はないのだよ。睡眠が必要なのは彼らの方なのだ。彼らは別に寝ているわけではないが ー 。

淵明は、彼が現れて間も無く ーどういうわけかすぐに眠りに入ってしまった "感覚" の穏やかな寝顔を、やや愁いを含んだ表情で見つめながらそう語り、またつぶやいた。

「よく寝る子じゃの…。」