読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

犬の散歩 6

2008-02-19 13:30:53 | 日記
 私は地面に開いた穴になぜか引きつけられる。子供の頃は蝉の穴やモグラの穴を掘り返したり、水を入れてみたり、何時間も庭で遊んでいたものだ。
 だから、公園のフジ棚の下にぽこぽこといくつも穴が開いていると気になってつい足を止めてしまう。蝉の抜けた穴が広がったのか、それとも蛇の穴か。自分で指を突っ込んでみるには年をとり過ぎて慎重になっているので、犬の前足を捕まえては「手、入れてみ」と穴に突っ込んでみる。犬は「キャン!」と鳴いてびっくり箱の仕掛けのように飛び上る。意気地のない奴だ。それ以来犬は穴を見ただけでさっと跳び退くようになった。そんなに嫌なのか?

 その時も、「手、入れてみ」「キャン!」「わはははは」というやり取りを楽しんでいたのだったが、ふと視線を感じて顔を上げると、ブランコのところに高校生の男女が座ってこっちを見ていた。私は赤面した。今までの犬との会話を聞かれていたのか、きっとアホに見えたことだろう。しかし、そのとき男の子の顔がこわばって青ざめているのに気付いてちょっと首を傾げた。「えーっと、あの顔つきは・・・・」どういう意味だろうか。何かに記憶を刺激されて思い出そうとした。彼らの制服は隣町の進学校のものだ。まるでテレビドラマにでも出てきそうな美男美女のカップルだ。そうか、あの顔は極度に緊張した時の顔だよ。
 何を緊張しているのか確認しようとしたとたん、彼らがキスをしているのが目に入った。うわー!何をしているのだ。

 それは「接吻」という言葉を思い浮かべてしまうような緊張感のある長々としたキスだった。シュールだ。こんなところで・・・・。私はあわてて立ち去ろうとした。とても見ていられない。ところが・・・

 犬がそわそわし始めた。まずい。この態勢はウンチだ。この犬はいつもフジ棚の下でウンチを催すのだ。かんべんしてくれ・・・・。
 しかし、犬は急がない。しゃがみこんでは場所を変え、またしゃがみこんでは場所を変え、とうとう接吻中のカップルのちょうど真正面のフジ棚の下に位置を決め、「ウッ、ウッ」と言いながら長々とウンチをし始めた。あー、いたたまれない。

 ウンチを拾って帰りながら私は、ファーストキスの目の前で犬がウンチしていたらさぞかし嫌な思い出になるだろうと人ごとながら心配した。きっと彼らは別れてしまうに違いない。そして後々「あのしけた公園のブランコで、犬がウンチしているまん前でファーストキスをした」という記憶を持ち続けてみじめになるのだ。かわいそうに。

 しかし、またこうも思った。これからの人生にはまだまだ嫌なことがあるよ。犬がウンチしていたぐらいなんだ!世の中にはねえ、もっともっと悲惨な体験をしている人がいるんだからそんなん屁でもないって。恋愛だってトレンディードラマみたいにはいかないんだから。とりあえず、公園で接吻するのはやめようよ。

 彼らはその後二度と公園に現れなかった。

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