ご無沙汰しております。
ナルが5月25日に旅立ってから2週間になります。
実家に帰っている間、夫は出張に出ていて、夫の帰国した29日に自宅に戻りました。
何もする気になれずにいましたが、6月1日からジムに復帰。
実家に帰る前は仕事で休んでいたし、その後は連絡なしで休んでいたので、
ジム仲間にはかなり心配していただいてました。
ありがたいことです。
先週末は仕事もあり、それなりに気がまぎれました。
今もいろいろと思うことはあるし、ナルを思いだせばとても悲しい。
ナルの写真を見たりすると・・・。
ナルは2003年1月3日に生まれました。
うちにきたのは運命的。
父が犬を飼うことに大反対。
でもなんとか説得してOKなのかOKじゃないのか
微妙な回答が。
女の子が欲しかった私ですけど、欲しいな~と飼い主のお友達に
言ったときにはもう、女の子は貰い手が決まっていました。
じゃあ男の子でもいいやと思っていましたけど、急なキャンセルでナルはわが家に。
お友達からその時生まれた子犬5匹(ホントは6匹でしたが、1匹は数日で旅立ちました)の
写真を見せていただいたけど、一番かわいくなかった(笑)
というか、男らしい顔だったのです。
ナル、生まれて数日。
牛みたいです。
にらみ?
きょうだいたち。
でもナル、大きくなるにつれてホントにかわいくなりました。
女の子なのにやんちゃで、ケージに入れて出かけると、
ロックをかけてあるのに、頭突きしてケージを開け、外に出る始末。
ケージで寝ることを嫌い、いつまでも吠えてます。
最終的に両親が寝不足になり、ケージで寝ることを断念。ナルは布団で両親と寝ることに。
もしかしたら、きょうだいの中でも一番最後までママのそばにいたから甘えん坊になったのかな。
きたときも強烈な印象、旅立つときも誰もが忘れないであろう旅立ち方。
ナルらしいといえばナルらしいのかな。
最寄駅から実家に歩いていると、コナちゃんママに会いました。
もうナルが旅立ったことを知っていて。
少し話をして急いで帰るとナル、待ってました。
目を開いたままなんですけど、硬直もしないで生きてるみたい。
なんで死んだんだろう、ナル。
ルイちゃんママがもうお花を持ってきていてくれて、その後コナちゃんママもきてくれました。
涙してくれたり、亡骸を抱いてくれたり。
翌日葬儀場へ行く時にはルイちゃんママとココちゃんママがきてくれて。
ナルは市川市のペットセレモニー高谷で火葬していただきました。
白い棺にお友達からいただいたたくさんのお花とごはん、ナルの好きだったおやつを入れて。
この時になってもナルの体は硬直することなく、柔らかいまま。
毛もつやつやしていて、肉球はガサガサだったのにツルツルに。やっぱり生きてるんじゃない?
だけど、開きっぱなしの目だけは乾燥してきたのでやっぱりもうこの世にはいません。
辛いけど送りだします。
1時間ほどで終わってナルの骨が全てきちんと並べられていました。
骨をひろう前にスタッフさんが骨の説明をしてくれます。
足の関節はやっぱり悪かったようで、関節周りに石灰化したようなプツプツがたくさん。
歩くの、結構大変だったのかな・・・。
そう思うと寝たきりになる可能性もあったのかもしれません。
あとは、スタッフさんも行っていましたが、体の割にあばら骨が細かったこと。
よく今まで折れることなく過ごしてきたものです。
こちらには骨が入っているとはわからないような分骨用キーホルダーがあります。
私、母、父、夫。4人分のキーホルダーを購入してそれぞれ持つことに。
分骨には生え変わるということで、爪や歯がよいそうで、それと一緒に毛もいれました。
あとの骨はこのような形で今実家にあります。
迎えに来てくれたドライバーさん、すべてを取り仕切ってくれたスタッフさん、
こちらの気持ちをよくわかってくださって、ホントに良くしてくれました。ありがとうございました。
帰るとレオくんママ、チェリーちゃんママも話を聞いて、きてくれました。
こちらはその後いただいたお花。
この日の夕方、夫が成田空港からフィリピンへ飛んだのですが、夫の分のキーホルダーは
私が成田に持って行ってそのままフィリピンへ連れて行ってもらいました。
「なんで俺まで持つの?」なってことは言わない夫。
「暑さに耐えられるか?」と心配(笑)。着いたら着いたで「ナルは35度に耐えています」と
メール。ありがたいです、夫。
今日もナルは夫の会社に行っています。
ナルの思い出はたくさんあります。
何を書いていいかわからないくらいたくさん。
ナルはうちにきて幸せだったかな?うちしか知らないからたぶん幸せだったんだろうな。
そう思いたいです。
私たち家族はナルに出会えたことでとても幸せでした。
父はナルが死んだときに「だから言ったんだ、こんな悲しい思いをするから動物は飼わないって」
ああ、父はなんだかんだ言ってナルのことがかわいかったんだなあ。
母は、「もう100%以上の愛情をナルに注いだ」と。
遠くの孫よりわが家のナルだった母。
私が家を出てからはナル中心の実家。私が家を離れられたのはナルがいたから。
ナルがいれば両親は大丈夫だろうと。
ホントにナルには感謝しかありません。
自宅にはよく似合っていた服と毎日使っていたガーゼを持ち帰りました。
いつも今は一緒。どこに行くにもナルと一緒。
でもやっぱりつらいですね。
もう会えないので。