
『葷酒(くんしゅ)山門(さんもん)に入(い)るを許(ゆる)さず』

禅寺の門の脇の戒壇石(かいだんせき)に刻まれる句。「不許葷酒入山門」とあり、臭いが強い野菜(=葱(ねぎ)、韮(にら)、大蒜(にんにく)など)は他人を苦しめると共に自分の修行を妨げ、酒は心を乱すので、これらを口にした者は清浄な寺内に立ち入ることを許さないということ。参考:戒壇石(かいだんせき) 律宗・禅宗などの寺院の前に立てた石標。多く、「不許葷酒入山門」の句が刻んである。結界石。

<松下幸之助一日一話> PHP研究所編

主座を保つ
指導者というものは、どんなときでも、自分みずから、“このようにしよう”“こうしたい”というものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れることが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。主座を保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。