アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

パエトーンと天の馬車

2019-02-23 06:16:31 | 冥想アヴァンギャルド
◎神話ではなく身近な予言

ギリシア神話では、太陽神の子パエトーンが父の制止を聞かずに、一日天の馬車を借り受けて暴走した。

林も野原も、山も森も燃え、多くの都に大火が起こって焼かれ滅亡した。高山の雪も消え、やがて世界中が火に包まれた。

熱気と黒煙が立ち込め、大河も干上がり、砂漠も増加し、海の水もどんどん蒸発した。

天地を支える巨人アトラースも気息奄々となり、神々の宮殿は全世界と共に、今や崩壊せんとしていた。

これを見たゼウスは天頂に上り、雷電をパエトーンに向けて発射。馬車は破壊され、髪に火のついたパエトーンは、長い炎を引いてエリダノス川に落下して亡くなった。


地球温暖化の進行とこの神話が異なっているのは、地球温暖化では海水面の上昇が言われるが、この神話では海水面が低下しているところ。

乾燥した時代と天からの火によって、大自然と都市が破壊されるのは定番。だが、この話では、至福千年への転換が見えないのは傷である。

また天に尾を引く大流星の出現も予定されている。

こうした神話が神話でなく身近な予言として読める時代になってきた。
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ノストラダムスの諸世紀

2019-02-22 05:19:09 | 占星術  (冥想法6)
◎息子に親切なノストラダムス

マスコミは、他人の不幸や他国の不幸で耳目を引く。ネガティブ予言は、カルトや宗教教団が信者を集める手段ではある。

予言というのは、時と場所と事象で成る。だが今ここしかない今、将来のある事件を予言してみせても、その事件の内容が変わってしまったり、発生する順序が変わってしまうということはあるものだ。

ノストラダムスの諸世紀を読み解くガイドは、息子セザールへの手紙。セザールへの手紙では、息子が諸世紀を読み解く力はないであろうこと、金属変成の錬金術を研究して時間を無駄にしないことなどが書かれている。

さらに諸世紀を読み解く手がかりとなる書籍はすべて燃やしてしまったなどと、不親切であり、親切なアドバイスまで添えられている。

諸世紀の予言詩は、場所だけが特定できるとし、事象は、悲劇的なものが多いが、7千年紀である至福千年を意識して、自動書記されたものである。

至福千年、みろくの世の前段で起こる悲劇の予言といえば、瑞能神歌があるが、一番ネガティブで悲惨なところについて、ほとんど書いていないのは、出口王仁三郎は、「あまり悲惨で、よう言われんわい」と詳述を避けている。

これに対して、諸世紀では、欧州各地で起こる新時代直前の悲劇群を、時間が特定できないようにして、詳述している。順序は、まま変わるものである。

ホロスコープを見れば、その人の一生が浮かぶように、ゆかりのある地名の章を読めば、その地の最期が直観されるということはあるのだろう。

20年前、1999年7の月のカタストロフィーだけが世間の耳目を惹いたが、そろそろそれに続く至福千年、7千年紀の終わりに思いを致す時期となった。

ドナルド・シモダは、救世主をやめてしまった飛行機乗りだった(リチャード・バックのイリュージョン)が、悲惨な最期を遂げた。悲惨な最期が問題ではなく、どう生きているかが問われる7千年紀。


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千早振る

2019-02-21 05:33:12 | 古神道の手振り
◎千早振る神の心にかなひつつ

千早振るは、広瀬すずの枕詞でもなく、perfumeの枕詞でもなく、神の枕詞。
最近の広瀬すず主演の「千早振る」という映画の主題歌がperfumeだったそうです。
その映画は、求道ものでなく、青春恋愛ものです。


神が来臨し給う時に心に序奏を奏でる。千早振るには、そういう響きがある。

次の出口王仁三郎の千早振るの入っている歌は、流石の格調である。

(昭和八年十一月八日)
千早ぶる神の大道を余所にして
我日本の治まるべきやは

千早ぶる神代ながらのまつりごと
聖くはじむる春となりけり


(出口王仁三郎全集第7巻歌集巻下伊豆能売)
千早ぶる神の仕組は人みなを
天津御国にみちびかむため

(出口王仁三郎全集第7巻歌集巻下言華)
千早ぶる神より出でし智慧なれば
闇路行くとも過まつことなし

千早振る神の心にかなひつつ
老いず死(まか)らず生きむとぞ思ふ


以下は、千早振るではないが、感じ入ったもの。

(出口王仁三郎全集第7巻歌集巻下言華)
人の世のあらゆる艱苦をなめつくしはじめて悟る神の大道
※人間のあらゆる実感を感じえた者だけが悟る。


(昭和二年二月)
伊都能売のまことの神は人びとの
罪あやまちを審きたまはず
※出口王仁三郎は、最後の審判などとは言わず、大峠と言う。死後の閻魔大王の審判シーンで裁いているのは、閻魔大王ではなく、自分自身なのだろう。
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出口王仁三郎の祖父-4

2019-02-20 03:03:03 | 古神道の手振り
◎人間に他の神霊が来て助けるか

この祖父吉松は、執念が強く、死後6年くらい幽霊としてこの世に残り、子孫についていた。出口王仁三郎もこの幽霊を目撃している。

王仁が六歳の時、過って烈火の中に転げ込んだ事がある。其の時にも祖父さんが何処からとも知らず走って来て、火中から曳き出し助けて呉れた。王仁の左腕に大火傷の痕が遺って居るのは、其の時の火傷の名残りである。

(以上は、出口王仁三郎著作集第5巻人間王仁三郎第1部故郷の二十八年から)

ところが、これに対して、出口王仁三郎は、全く異なる見解を随筆玉鏡で披歴している。

『他神の守護

私は常に「上帝一霊四魂ヲ以テ心ヲ造リ、之ヲ活物ニ賦ス。地主三元八力ヲ以テ体ヲ造リ、之ヲ万有ニ与フ。
故ニ其霊ヲ守ル者ハ其体、其体ヲ守ル者ハ其霊也。他神在ツテ之ヲ守ルニ非ズ。即チ天父ノ命永遠不易」と説いてゐる。

「他神在ツテ之ヲ守ルニ非ズ」といふことは、自分の天賦の霊魂以外に他の神がかかつて守護するといふ事はないといふのである。

よく狐や狸が憑つて守るといふけれども、それは守るのではなくて肉体を害するのである。祖霊さんが守つて下さるとか或は産土の神が守られるとかいふのは、自分の精霊が祖霊或は産土の神と相感応してさう思ふだけのことである。

私の幼時、囲炉裏に落ちたときに祖父さんが現はれて私を助けて下さつたといふのは、私の霊が祖父さんと見せてゐるので、私が祖父さんと感じて見てゐただけである。

悪霊は人の空虚に入つて害悪を及ぼす。つまり滝に打たれたり、或は断食の修行などをすれば、肉体が衰弱して空虚が出来るから、そこに悪霊が感応するのである。空虚があつては正しい人といふことは出来ない。四魂即ち天賦の勇親愛智を完全に働かすことが大切である。産土の神が守るといふのは、村長が村民の世話をするやうなもので、決して人間に直接産土の神が来つて守るといふことはない。』

人の空虚とはトランスであり、最近は、モバゲーをしている時や、薬物摂取しているときでもあり得る。そうした土壌の中で、人間に他の神霊が来て助けるなどという千年一日の如き俗説に信を置くのであれば、人間に進歩はなく、通俗オカルティズムの泥沼から抜け出すことがないのではないだろうか。


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アヴァンギャルド精神世界はどんなブログか

2019-02-19 03:30:55 | 冥想アヴァンギャルド
◎自序

アヴァンギャルド精神世界は、2005年2月19日にスタートし、今日で満14年になります。この間の読者の皆様のご厚情に感謝致します。

◆アヴァンギャルド精神世界はどんなブログか

悟りを基軸に据えて、まず自分が悟ることが基本。悟るためには冥想が必要だが、冥想したからといって必ず悟れるわけでもない。

しかし、悟りに至る正統的メソッドはあるらしいので、そのメソッドの知的理解を促進する可能性が高いであろうブログ。

なぜならば、人はまず理屈で納得しないと行動に移すものではないから。理屈で冥想の必要性を理解しないと人は冥想に取り組むものではない。

人間は肉体だと思われているが、悟り、大悟覚醒、即身成仏を展望する上で、七つの身体論という構成は大いに理解と実践を促進する。

人が悟りに至るメソッドは、無数にあるが、代表的なクンダリーニ・ヨーガと只管打坐を比較するとその違いは明瞭に把握することができる。

七つの身体とは世界樹シンボルでも表されるのだが、世界樹の根の側が死の世界、樹冠の側が生の世界。悟りは根の側にある。

そうした社会常識と異なる世界観をまず認めて、さらに本来の冥想とは、世俗の願望成就とは別のところを狙ったものであるという基本認識がないと、冥想修業はまっすぐに進むまい。

そのために、多数の宗派、多数の冥想手法を管見し、さらに今まさに問題となっている現代人のライフ・スタイルとマインド・コントロールの癒着の危険性を指摘して、スムーズな冥想修業へのヒントを与える。

このマニュアル全盛の時代に、マニュアルなしで、自分自身で崖の途中に咲いていると聞く花をつかみ取りにいくようなもの。それが悟りであると思う。

悟りへはいろいろなアプローチはあるが、多くの宗派や分野の書籍にあたることで、敢えて回り道をしつつ、様々な仕方のあることを見せる。それが『アヴァンギャルド精神世界』である。
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出口王仁三郎の祖父-3

2019-02-18 03:55:07 | 古神道の手振り
◎祖父さんが死ぬ三日前

『祖父さんが死ぬ三日前に祖母に向かって云うには、「私も今死ぬのは厭わぬが、一つ残る事がある。是を遂行せなくては、産土様に死んでから申し解けが無い」と云って泣き出す。

そこで、祖母が「夫れは如何なる事が残るのですか」と尋ねると、驚くべし、「未だ屋敷と倭屋と小町田が残って居る。是を全部博奕を打って無く為て了わねば、私の使命を果たす事が出来ぬ」と曰うのである。』

祖父吉松は自分の生前の家の財産をなくす使命は果たせぬと観じ、祖母の子孫となって、その使命を果たすという宣言をした。

果たして、吉松は、出口王仁三郎の弟の由松として生まれ変わり、由松は十三、四歳の頃から小博奕を打ち出し、一旦は屋敷も小町田も全部スってしまい明治三十四年残った倭屋も火事にあって、ついに全財産を失って、祖父吉松はその使命を果たした。

その後、由松は、再び出口家より元の家敷を買い戻し、小さいながらも以前よりよほど立派な家を建ててもらい、元の屋敷で上田家の相続をして居た。

これを出口王仁三郎は、『皆昔から一定不変の神則であって、人間の智慧や考えでは如何ともする事が出来ぬと云う事の、実地の神証であると思う。』と評価。

これについての出口王仁三郎自身のカルマについての評価も、前向きである。
『「神の致す真の経綸は、人民では分らぬぞよ。何事も神に任すが良いぞよ」との御神示は、祖父と祖母とによって大部分実行された。その酬いで、王仁が至貴至尊なる大神の御用に召さるるように成ったのだと云う事を、忝なく思うのである。』

(以上は、出口王仁三郎著作集第5巻人間王仁三郎第1部故郷の二十八年から)

この話は、若い時に読んだ時は、とんでもない爺さんがいたものだくらいで読み流していたが、最近再び読んでみると、ゾクっとするところがある。

これは一家族の因縁話ではあるが、日本や国家、世界の流れにも通ずるところがあると感じる人もいることかと思う。

カルマは極まらなければ反転しないというが、極まらせないで反転する方が上策と思うが、そうはならないというのが、昔から一定不変の神則ということなのだろうか。いや極まり加減というのがあるのではないかと思う。

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出口王仁三郎の祖父-2

2019-02-17 03:47:43 | 古神道の手振り
◎先祖代々の深い罪障を取り払う

出口王仁三郎の祖父吉松は、五月の田植え時と秋の収穫期以外は、雨が降ろうが風が吹こうが、毎日毎夜、相手を探して賽ばかり転がし、朝に田地が一反飛び、タに山林が移転してしまうと云う惨状なので祖母が恐る恐る諌言すると、祖父の言い草がすごい。

「お宇能よ、余り心配するな、気楽に思うて居れ、天道様は空飛ぶ鳥でさえ養うて御座る。鳥や獣類は別に翌日の貯蓄もしていなが、別に餓死した奴は無い。人間もその通り餓えて死んだものは千人の中に只の一人か二人位のものじゃ。

千人の中で、九百九十九人までは食い過ぎて死ぬのじゃ。それで三日や五日食わいでも滅多に死にゃせぬ。私もお前の悔むのを聞く度に胸がひやひやする。けれども是も因縁じゃと断念て黙って見て居って呉れ。止める時節が来たら止める様に成る。

私は先祖代々の深い罪障を取り払いに生まれて来たのだ。一旦上田家は家も屋敷も無く成って了わねば良い芽は吹かぬぞよと、いつも産土の神が枕頭に立って仰せられる。

一日博奕を止めると、直ぐその晩に産土さまが現われて、何故神の申す事を聞かぬかと、大変な御立腹でお攻めに成る。是は私の冗談じゃない、真実真味の話だ。そうせなんだら上田家の血統は断絶する相じゃ。私も小供では無し、物の道理を知らぬ筈は無い、止むを得ず上田の財産を潰す為に生まれて来て居るのじゃ。大木は一旦幹から切らねば若い良い芽は生えぬ。その代わりに孫の代に成ったら世界の幸福ものに成るそうじゃ。

是は私が無理を言うと思うて呉れるな。尊い産土様の御言葉である」と云って、産土の森の方に向かって拍手する。斯う云う次第で在るから祖母も断念して、其の後は一言も意見らしい事は為なんだと言って居られたのである。

(以上は、出口王仁三郎著作集第5巻人間王仁三郎第1部故郷の二十八年から)
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出口王仁三郎の祖父-1

2019-02-16 05:38:15 | 古神道の手振り
◎賽の川原で賽拾う

出口王仁三郎の祖父の吉松は、明治四年の冬十二月二十七日に59歳で帰幽した。彼の実家の上田家は、七代毎に偉人が出るとして、円山応挙より七代目の出口王仁三郎が偉人となることを遺言したことで知られる。

だが、その吉松の博徒な性向は、今見てみると非常に興味深いものがある。
以下は、出口王仁三郎著作集第5巻人間王仁三郎第1部故郷の二十八年から。

祖父の吉松は至って正直で、清潔好きであったが、無類のサイコロ博打好きだった。そして酒も呑まず煙草も吸わず、農作業の合間には丁半々々と戦わして勝負を決するのが、三度の飯よりも好きであった。それが為に祖先伝来の上田も山林も残らず売り払い、只153坪の屋敷と破れ家と、33坪の買い手の無い蔭の悪田が一つ残った丈であった。祖父は死ぬ時も賽を放さず、死んだら賽と一所に葬って呉れと言ったそうである。

その時の辞世に、「打ちつ、打たれつ、一代勝負、可愛賽(妻)子に斯の世で別れ、賽の川原で賽拾う、ノンノコサイサイ、ノンノコサイサイ」。

祖母によれば、女房が米が無くて困って居ようが、醤油代が足るまいが、借金取りが攻め寄せて来ようが、平気の平左衛門で、朝から晩まで相手さえあれば賽を転がし、丁々半々と日の暮れるのも夜の明けるのも知らず、打ちまくり、臨終の際に成っても、博奕の事を云っていた気楽な爺さんだったという。
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佛はとたづぬる声を聞く時は

2019-02-15 04:32:21 | 丹田禅(冥想法8)
◎耳もけがるる心地こそすれ

至道無難禅師の道歌集から。

1.佛道に 入らんと思う 人はまづ 身より敵は なしとしるべし
※他人ではなく自分が敵。

2.人の身の 消え果る時 天地と ひとつになるを 道心と云ふ
※アートマンである第六身体で、天地と合一。道心は、既に悟りえた心。

3.無しと云えば 有るに迷える 心かな それをそのまま それと知らねば
※無しと有るとの違いを残しているようではまだまだ。

4.佛はと たづぬる声を 聞く時は 耳もけがるる 心地こそすれ
※佛を口や文章で説明することは、自分が汚れるような感じがするのだろう。自分で実体験するものであって説明はできない。

5.本来は 確かに無きと 知る人の 何の為にか 身は残るらん
※大悟覚醒してもボディは残る。

6.十悪に 五逆の罪を 作りそえて 地獄の釜の 底は抜けけり
※人々の罪が重くなりすぎて地獄の釜が抜けた。

7.老僧が 思い出とては こればかり 見る事もなし 聞く事もなし
※見ることも聞くこともない

8.萬法は 只一如なる 法の道を 迷ひてたつる 宗旨なりけり
※口や文字で説明できぬものを、説明するという無明マーヤの中で立てた宗教。

9.佛道に へだつるものは なかりけり 良きも悪しきも 我があらばこそ
※この我は、第六身体、このひとつながりのもの。
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全体を感じ取る

2019-02-14 05:38:52 | 超能力・霊能力
◎タダで手軽に毎日できる前向きのこと

世界全体、宇宙全体を感じ取ることはできないが、その場全体を感じ取る人はいるものだ。

何十人も働いている職場で、「〇〇さんどこへ行ったの?」と問うと、その人は別の場所で別の作業をしているので、〇〇さんが出ていくのを見たはずもないのに、どこどこと答えるとそれが当たっているというようなことに何度も出くわした。

それ以外に、その人は、職場全員が今どこで何をやっているのか感得しているに違いないと思わされるシーンは何度もあった。そしてそういう人は時々いるものだ。

サッカーの王様ペレのすごいところは、味方のほぼ全員の位置と動きを見ていなければ出せないようなパスを出すこと。ノー・ルック・パスの極み。

そういうパスを出せる人はいつの時代も存在し続けてきた。マラドーナ、ジダン、デル・ピエーロ。これは、サッカーや仕事の例だが十分に超能力だと思う。

以前、誰にでもある超能力として他人の視線を感じることを挙げた。誰にでもできるわけではないが、これも超能力だと思う。

サッカー選手はよく言うが、考えてから動き出すと遅れるので、考える前に動き出す、と。

こういったものには、深浅高低あるので、例えば職場全員の位置を把握している人が善人だとか言うつもりはないが、きっかけは持っている人なのだろうと思う。またサッカーでの天才が覚者であるかどうかとは別問題である。

こうした天賦の超能力を有している人だけが、何かいい目を見るということでなく、万人が、冥想により自分を深めて、本当の自分により近づいていく習慣は必要なものだし、そのくらいしかタダで手軽に毎日できる前向きのことはないのではないか。
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ダイモーン

2019-02-13 05:26:12 | 冥想アヴァンギャルド
◎未だに守護神の正確な性質と姿を捕らえられない

ダイモーンとは、wikipediaでは、『古代ギリシアおよびヘレニズムにおける神話・宗教・哲学に登場する、「人間と神々の中間に位置する、あるいは善性あるいは悪性の超自然的存在で、下位の神格や死んだ英雄の霊など」を指す(プラトン『饗宴』を参照)。』。

主として古代ギリシアやヘレニズム哲学では「ダイモーン」で、ユダヤ・キリスト教では「デーモン」だそうだ。

ヘーシオドス『神統記』では、ダイモーンとは人間に味方する善なる守護神だが、旧約聖書では悪のダイモーンも出現したので、善玉なのか悪玉なのかわけがわからなくなっている。

この点で出口王仁三郎の本守護神、正守護神、副守護神の説明は、善悪両方を含んでおり、整理されていてわかりやすい。

霊能者、哲学者の見方は西洋で数多く出されているが、ダイモーンは死の世界に属した事柄であり、死の世界を極めた人物のコメントしか採るに値しないと思う。

本守護神:人の天賦の霊。大神の直接内流につながった個別な魂

正守護神:人には正守護神が一体づつ付いている。それは、我々が出産の時に産土神から正守護神が一柱附せられるもの。

副守護神:副守護神については、人間の肉体維持に欠かせないものであり、睡眠中は副守護神がその精神の支配を任され、これが夢として認識される。だが副守護神は、人間を激しく憎悪し、その霊魂と肉体を徹底的に滅ぼし尽くそうとする本性をも持っている。

東洋と西洋で人間像が違っているはずもなく、未だに守護神の正確な性質と姿を捕らえられない現代科学。この構造の解明からでも大神に到達できる。
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空海以前の虚空蔵菩薩求聞持法

2019-02-12 05:14:54 | 密教
◎法相宗の神叡

空海は、唐の仏教弾圧前夜に唐に入り、真言密教のエッセンスは受けるは、経典図画は大量に持ち帰るはで、そのタイミングと質と規模は驚天動地なものであった。

空海(774-835)は、虚空蔵菩薩求聞持法を奈良大安寺の高僧・勤操(ごんぞう754-827)に伝えられ成就できたとされる。

更に遡って、法相宗の神叡(しんえい。737年没。)という唐僧がいて、病を理由に日本に来朝。大和国吉野山の比蘇山寺(現在の世尊寺)に20年籠り、虚空蔵求聞持法を成就したという話がある。

そもそも生死を超えよう、輪廻を解脱しましょうという志で修業している中で、記憶力を増進しましょうなどという世俗がかったモチベーションが成立するはずもなく、虚空蔵求聞持法を記憶力増進のためにやるというのは、一つのキャッチコピーではないかと思う。

純粋に一切経を頭の中に収めようとすれば、西洋古来の記憶術でも十分いけるのではないかと思う。大雑把に言えば思春期以前から記憶術を訓練すれば、そういう類のことは可能なのではないかと想像する。

無文字の文明では必ず記憶術が発達する。かな漢字以前は日本は無文字だったという説が主流だが、本当にそうであれば、記憶技法がメジャーなものとして伝承されていてしかるべきだが、そうなってはいない。

むしろ古い神社に神代文字を見ることが珍しくなく、かな漢字以前は古神道で神代文字を用いていた可能性があるのではないかと思う。

記憶には、2種あり、アートマンレベルのひとつながりのものに直接アクセスする方法と個人のカルマ記憶から遡上するやり方。前者が虚空蔵求聞持法であって、それによって発生するトランスから入るのだろうと思う。

記憶力強化とは、即身成仏の副産物なのだと思う。

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情報戦の時代とプライバシー

2019-02-11 06:06:50 | 時代のおわり
◎モバゲーとSNSに興じている陰で危機は進行す

個人情報を握るのは、軍事、政治の基本。個人情報を握る政府・地方自治体の情報セキュリティが弱ければ、やがてその国は危殆に瀕する。

今GAFA4社(Google,apple,Facebook,Amazon)に加え、中国系の百度、アリババ、テンセントを加えると全体のユーザー合計は130億人と世界総人口の倍近いという。GAFAは民生情報であるが、この4社で相互に個人情報を交換しているらしいので、住所、生年月日、本名はもちろんのこと、買い物情報、人間関係、生活スケジュール、イベント予定まで、GAFAに知られるそうだから、親や担任の先生や上司などとは比較にならない個人情報の質と量である。恐ろしきかな実名SNS。

これで先回りして監視されたのならば、人に散歩して孤独を楽しむような余裕はない。むしろ公私にわたり生活を監視され息が詰まる逼塞感を持つに相違ない。

いや今まさにそういう時代となった。今は平時だから何とも思わないかもしれないが、日本が戦場になったり隣国が戦場となったりすれば、国家総動員みたいな体制となり、まもなくこうした民生の個人情報も各企業から政府に召し上げられ、非国民的な思想は容易に厳格に管理されるのだろう。

こうして日本が鉄格子なき牢獄になることを予見した人(出口王仁三郎ダンテス・ダイジ)もいる。

中国の殷代は、軍団の情報インテリジェンスの中心に巫者がいて、相手軍の最優先攻撃目標は巫者だった。

一方各戸の個人情報管理は、江戸時代に日本でも5人組制度として整備された。戦後にも残っているところがある。これは、中国の春秋戦国時代が発祥で、唐代宋代などにも継承された。

その後、今では機能の面でも量の面でもGAFAの方が優秀となれば、政府がこれを拱手傍観しているはずはない。

旧日本軍は暗号という情報を解読されて敗戦となったという側面もある。情報公開は、有事の時代には、国家として弱点となる。よって次の有事の時代には、第二次世界大戦時以上の思想統制、行動統制が敷かれることになるだろうと予想する。

個人情報を利用して脅して言うことをきかせるのが基本技?

まことに民主主義あっての情報公開であることを忘れてはいけないと思う。信教の自由も、各宗派教団は、またぞろ戦争協力の名の下に脅かされるのだろう。ゆえに、各個人の冥想こそが貴重である。
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髪の毛一本白くも黒くもできない

2019-02-10 06:08:54 | 冥想アヴァンギャルド
◎実質的無神論者たち

マタイによる福音書5-36「あなたは、髪の毛一本白くも黒くもできない」。

為政者はそんなことは全く思ってもいないので、花園上皇と大徳寺開山宗峰妙超の対話のように、仏法が王法に対座するのは不思議などと平気で宣う。

髪染めがあれば、何色にでも染められるということを言っているのではない。

この世のすべての事物は、神仏から発し、メンタル体世界で実現し、アストラル体世界で実現し、エーテル体世界で実現し、それが肉体レベルに移写されて現実化するという順序をとる。髪の毛一本でもこのスキームなので、そこをイエスや宗峰妙超は突いている。

禅家は七つの身体とは言わないが、物事の成り立ちの流れは承知している。

古神道では、天照大御神は影のない清よ明けき太陽だと言い慣わすが、出口王仁三郎の宇宙論では、黒い太陽が存在していることをも明かしている。

事物は生の世界だけの駆け引きで発生しているわけでなく、死の世界である微細身以上の世界で準備され、生の世界に登場し、やがて衰亡し、死の世界に戻っていく。

この時代のもめごとの9割は金で片が付くなどというが、これは日本人が実質的無神論だという証拠でもあり、大峠で日本人が外人よりがっつりやられる原因でもあるのだろう。
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出口王仁三郎のポールシフトまで

2019-02-09 05:53:40 | 時代のおわり
◎生きかはりまかりかはりつ神代より

戦後に関する出口王仁三郎の予言をまとめるとこんな感じ。

・これからは日本の型を踏む世界⇒世界もかつての日本のように悪魔主導の戦いを経て、国民の生活も生存も立ち行かなくなってから初めて武装解除。

・60年したら世界の武装が解除される。⇒60年どころか既に戦後74年目。昔は武装解除などビッグ・イシューは、1999年前後と見ていたので、そのずれから考えれば20年程度はずれている。

・ロシアとアメリカが戦って日本がこれを仲裁する。⇒外人でそう構想している人もいるらしい。出口王仁三郎のシナリオは、世界全体の大政奉還(天皇陛下に奉還)→王政復古→神政復古。これが成就する必要条件は、天皇陛下の御稜威を世界各国が認めることだと思うが、とりあえず今はそれを想像だにできない。また神政復古するためには万人が神知らねばならないが、それもハードルが高い。それでも敢えて彼らがそういう真意を見たい。

・立替になったら北極星が日本の真上にはなるかという質問に対して出口王仁三郎はそううまい事にはいかぬ、と。⇒ポールシフト

・亀岡は海抜6千メートルになるが音もなくすっと上がる。⇒ポールシフト

出口王仁三郎の歌
『生きかはりまかりかはりつ神代より
よを守ります神そたふとき』
(昭和20年5月10日の歌(新月の光下巻P287から引用))

・今度は、身体一つ助かったら一番のおかげ。

出口王仁三郎は、三千年前から準備してきたというが、それどころか1万2千年前から準備されてきたこの大峠。それは日本だけでなく、世界各国で準備されてきたことを古伝承や古い予言で知ることができる。
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