アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

一夫一婦、一夫四妻

2018-09-23 06:55:04 | 現代冥想の到達点
◎現代社会の慣行や法制、仕組みと合わない本来のもの

易経では、一陰に一陽が沿う。よって一夫一婦が当たり前であり、世界の平和は夫婦の和合からなどというキャッチコピーを無意識に受け入れ、それは、税制、相続などの法制度に及んでいるのが今の時代。

黒白、善悪、光と闇、明と無明などの二元はわかりやすいので、この世のものごとを理解するのに、とかく人は二元で考えがちである。

しかし人間もその文脈なのだろうか。

人間は、肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体、アートマン、ニルヴァーナの七つの身体で成る。
個別性は、肉体からコーザル体までの5身体であり、全体として二元ではない。

最近OSHOバグワンの著書を読んでいたら、一夫四妻にも根拠があるようなことを言っていることを発見。ダンテス・ダイジも一夫四妻を否定はしていなかった。

イスラムでは一夫四妻。経済力がある夫が経済力のない女性を4人くらい抱えるのにも経済合理性はあるのだろう。

男と女は陰と陽。だが、陰陽をならべてみると大きな陽とやや小である陰のペアである。シンメトリーではない。

墓場に行くとよく見る五輪塔。それは地水火風空であって、地水火風と空は別次元である。

空を夫、四元素、四大を妻と見れば一夫四妻である。

だが、いまさらながら一夫四妻に根拠があるなどと言っても、乱倫不倫な人々を元気づけたり、家庭の不和をひどくさせたり、家庭内の分断、個人間の分断を激化させるだけではあり、かつまためくるめくロマンスを期待する人に可成り幻滅を与えるだけのことではある。

よって、彼らは魂のプロトタイプとしての一夫四妻については多くを語らなかったのだろうと思う。

現代社会の慣行や法制、仕組みと合わない本来のものは他にもいくらでもある。

そこで出口ナオにかかった丑寅(うしとら)の金神が、『いつまでも世は持ち切りにさせんぞよ』(この世を、いつまでも人間の好き勝手に切り回させはしない)などと言ったりするのだ。

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時はしぼみおとろえる

2018-09-22 06:33:00 | 冥想アヴァンギャルド
◎滅びざる焔

W・B・イェイツの1899年の詩から

『情調

時はしぼみおとろえる
燃えつきたろうそくのよう
山々にだって森にだって
終わりがある終わりが来る
だが焔から生まれた情調には
ひとつとして滅び去った
ものがはたしであったろうか』
(W・B・イェイツ全詩集 北星堂書店P31から引用)

冥想修行者でなくても、中高年になってもまともに生きようとする人は、柔軟体操、呼吸法、あるいは坐法は欠かさないもの。

それでも気分が落ち込んで滅入ることもある。体調が思わしくなく、何事もやる気が起きないようなこともある。特に今年の夏の異常な猛暑にあっては、意識するしないにかかわらずそうしたことが多かったように思う。

だが気分も体調も天気のようなもので、それは永遠絶対のものではないから、それはやがてしぼみ衰え、別の相、アスペクトがやってくる。

それを横目に見つつ、一日に一度は、滅びざるものに視線を向け、振り子が正中に戻るように自分を立て直す。
背骨をまっすぐに立て。

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昭和天皇の伊勢神宮参拝

2018-09-21 05:48:32 | 古神道の手振り
◎伊勢神宮の公開

明治天皇は、生涯に4度伊勢神宮参拝などと言われているが、昭和天皇も節目節目に伊勢神宮を参拝されている。

昭和十五年(一九四〇年)六月、昭和天皇は伊勢神宮を参拝、この年は「紀元二千六百年」。

昭和十七年十二月、昭和天皇は戦勝祈願のため伊勢神宮を参拝。随行した総理大臣東条英機は、この天皇の姿を目にし感涙にむせんだという。

昭和二十年(一九四五)十一月、昭和天皇は、実質的な「終戦奉告」のために伊勢神宮参拝。

昭和天皇の昭和20年までの参拝は。国家神道と不可分なところがあり、一方戦後の参拝は、数年に一度程度行われている感じ。

ただ天皇家の菩提寺泉涌寺への参詣は私的なものとされほとんど報道されないことから、伊勢神宮への参拝も私的なものがないとも限らないので、参拝回数を数えるのもどうかというところはある。

伊勢神宮は長いこと私幣禁断とされ、サンクチュアリとして保護してきたが、大衆が信仰の主人公となる近代になって、伊勢神宮が大衆にも開かれたのは、国家神道のシンボルであった暗い時代もあったのは皮肉だが、国魂がその性格を変えたと見ることができると思う。

古神道でも一人一人が覚醒する時代になったのだ。
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世界の覇権国の盛衰

2018-09-20 05:37:56 | 究極というものの可能性
◎持統天皇の伊勢行幸

明治初年の頃は、大英帝国が世界の覇権国家であり、第二次世界大戦後は、アメリカが世界の覇権国家であり続けてきた。

そのアメリカもベトナム戦争、アポロ計画と世紀の無駄遣いを敢行した結果、1970年代には産業の衰微が現実化し、その後巨額の貿易赤字はアメリカの代名詞となって今日に至り、アメリカの衰退は隠れもないものになっている。米中貿易戦争は、アメリカの栄光の最後の輝きのようなものなのではないか。

出口王仁三郎の歴史観では、太古日本は、ユーラシアの東側の大半を有する覇権国家であり、次第に勢力を弱めて、東遷していくうちに、ソシモリ朝鮮に素戔嗚尊(すさのおのみこと)が根拠を一時置いて、最後は日本だけの領地に追い込まれたのが現今の日本。

かつての世界の覇権民族がすっかり衰微してしまったのは、日本だけではなく、中国のオロチョン族もそうであったと出口王仁三郎は説く。

出口王仁三郎は、太古において、八岐大蛇とはオロチヨン族のことで、出雲に割拠していたのを素盞嗚命が平定して、その頭目が持っていた剣(日本列島)を召し上げたとする。(新月の光下巻/木庭次守編/八幡書店P239、霊界物語第15巻第11章大蛇退治の段)

ところで出雲国とは、地球上一切の国土のことなので、オロチョン族は今でいえばアメリカみたいなものだったろう。

だがオロチョン族は、今では中国の少数民族の一つになってしまって、内蒙古自治区と黒竜江省の接するところにある大小興安嶺、特に内蒙古自治区フルンベル盟オロチョン族自治旗に数千人残るだけだそうだ。

かつて世界帝国であった日本には、世界帝国としての宗教と祭儀があったはずだが、東漸して縮小して日本一国となれば、その結果、宗教も身の丈にあったものにせざるを得ない。

古神道は、密教系であり、スサノオはアトランティス密教の流れとダンテス・ダイジは指摘するのだが、それが、ユーラシアの東の端に追いやられた時に、どうしても一国日本鎮護の宗教が必要と考えた。そこで持統天皇が、周囲の反対を押し切って伊勢行幸を敢行。

三輪高市麻呂は、伊勢行幸反対の急先鋒であり、中納言の職を辞して直諫、反対の意思を明らかにしたほどだった。

要するに伊勢神宮は、持統天皇以前は、国家第一の神宮ではなかったのだが、そうした日本ダウンサイジングの流れの中でやむなく伊勢神宮をそうした位置づけにせざるを得なかったのではないかと想像する。

こうした事情なのかどうかはわからぬが、持統天皇以後伊勢を参拝する天皇は少ない。

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ニュースを知らない人々

2018-09-19 05:38:27 | マインド・コントロール
◎ネオ情断な人間

最近、時事で起こっているトップ・ニュースすら知らない人に時々出くわす。

最初は、特殊な例であり、そんな人はまれにしかいないのだろうと思っていたが、時々出会うことから、実は相当にいるのではないかと想像している。

このテレビもあって、スマホ、ケータイも持っている時代に、大阪なおみを知らないのは、スポーツネタだし、ポッと出の選手でもあるから知らないのも仕方ないかもしれないと思ったが、西日本大水害も知らぬ、関西国際空港の水没も知らぬ、北海道の大地震も知らないときては、その人々は社会人でありながら、実際は半分の社会性を放棄しているのではないかとにらんでいる。

またスマホを24時間持っていながら、操作している時は、ポケモンGoや落ちものゲームなどゲームがほとんどな人が実は相当数いて、当然のことながら?ニュースは知らないままでやっていける。

昔「情断の時代」という言葉があったが、今や新たな「ネオ情断な人間」が続々と出現していることに気がついてしまったのではないかと怖気を振るう。

「ネオ情断な人間」とは、全くニュースを見ないし知らないままでよいとする人間のことだが、これは白痴化と同義である。

こうなった原因は、あまりにも生活と関係のないニュース、その人にとって重要と思われないニュースを延々と流し続けるマスコミの側にも責任の半分はある。例えば、高齢女性俳優の死がトップ・ニュースに並ぶなどは、明らかに他の重要なニュースを隠すためという意図があるのだろうと勘繰られても仕方ない。

もう半分は、この欲望強化とプチ欲望充足を至上命題とする無神論的ライフスタイルが、スマホなどパーソナル情報機器の発達により人間の関心・注意をそれにひきつけ続けることに成功したということではないかと思う。

何のために人類は、衣食住を手に入りやすいものにし、健康で文化的な生活を実現しようとしてきたのだろうか。

本当に必要な情報を流さず、どうでもよい情報ばかり流すマスコミと政府、そして関心、注意力、気力を手元のゲームで奪われる実質的に奴隷、ゾンビのような個人が多数闊歩するこの文明を構築するために皆営々たる日々の努力を重ねてきたのだろうか。

日々の冥想を。
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小人をして天下を治めしむれば

2018-09-18 05:55:01 | 時代のおわり
◎国家混乱すれば天災地妖到る

この夏から秋にかけては、西日本の大水害、超大型台風の来襲による関西国際空港水没と関西の風水害、北海道胆振東部地震と天災が相次いだ。

台風、ハリケーンということでは、今まさにノースカロライナのハリケーン「フローレンス」とフィリピン、広東を襲った台風22号が被害を出している。

出口王仁三郎は、随筆月鏡で、「古語に曰く「小人をして天下を治めしむれば天禄永く絶えん、国家混乱すれば天災地妖到る」」と引いている。

これは大塩平八郎の檄文「四海困窮せば天禄永く絶えん、小人に国家を治めしめば災害並び到る」と似ている。

論語の堯曰にも『四海困窮せば、天禄永く終わらん』とある。

アメリカの意向というのもあるのだろうが、小人を選挙で選んでいるのは国民であり、その「小人」について他人事とは言えないところはある。

出口王仁三郎は、うまし国日本であるがゆえに、その神の恵みに背いた場合の懲罰は一層激しいものだとして、その極罰が地震であるとし、そこまでひどくない場合は、「人震」が起こるとする。

彼は「人震」の例として、天草四郎、由比正雪、大塩平八郎、西郷隆盛を挙げる。

当時から西郷隆盛が、鳥羽伏見の戦いから戊辰戦争、西南戦争の首謀者であったことは知られていたのだろう。

今の日本を見ると、外国勢力などによって揺すぶられているのが、沖縄であり、北海道であるのだろう。
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夏目漱石の神経症から

2018-09-17 07:03:16 | マインド・コントロール
◎現代的ライフ・スタイルの蟻地獄

夏目漱石はロンドンに留学して、神経症(ノイローゼ)になった。下宿先の大家に、真っ暗な室内で泣いている姿を目撃されたり、勉強する意味を見失い、「何も書くべきことがない」として、文部省への報告書を白紙で提出したりした。

私欲、エゴは神経症の原因である。神経症の根源には他人からの注目、他人からの関心への強い渇望がある。

神経症の治療には二方向があり、患者に注意・注目を払って上げる方向と、逆に全く患者に注意・注目を払わずに無関心でいることにより、患者自身を自分自身の内面に向き合わせる方向がある。

禅は後者であって、禅問答では表面的には問答になっていないのがそれである。

質問「達磨がインドからはるばる中国へ来られた真意とは何か」
回答「庭の前の柏樹である」


質問者の「はぁっ?」という声が聞こえるようだ。

この問答の代わりに「自分の内面を見つめよ。内面にこそ真実がある」とストレートに指図する方法もあるが、禅ではそれでは徹底しないと見たのだろう。

禅では、覚醒への理屈、メカニズムを知的に理解しても何も進展がないことを教訓に成立したに相違ない。

現代の若者は自分にしっくり来る仕事があるなどと思っていて、それが自己実現だなどと、アメリカ流の個人主義を土台にした社会的自我確立手法が疑う必要もなく正しいものだなどと思い込んでいる。

その根源は私欲である以上は、社会で行き詰まれば、神経症になりやすいことになる。

その神経症の根治は、自分というものに向き合うことを繰り返していく方向にしかないのだが、現代人のライフ・スタイルでは、スマホを24時間持ってゲームに依存することで、逆に病を深める方向に進んでいる。
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明智光秀の妻が髪を切る

2018-09-16 06:17:33 | 冥想アヴァンギャルド
◎髪と指

毛髪には呪力があり、禰宜は髪長であり、髪を伸ばす。仏僧は、剃髪して髪を切る。

インドでも中国でも日本でも古来長いは商品として販売することができた。だが単なる商品価値ではなく、を切る方には、神仏の加護が薄くなったり、外見が女らしくなくなるという女性としては致命的な問題も派生する。

明智光秀が元旦に朝倉家を立ち退き、柳が瀬の知人方に逗留していたが、ある日連歌の会を催すことになった。

人数が集まるので妻にもてなしを言いつけた。妻は、日々の食事も貧しいのにどうしたものかと悩んで、自分の黒髪を売って銀二十目に替え、その日の饗応を盛大に行うことができた。

光秀はこの仔細を知らず、妻ののないことを怒って、このようにするのは離縁してくれということかと罵りまくった。

そこに下女が出てきて、かくかくしかじかと事情を話したところ、光秀は、そのような事情があるとは夢にも知らず感情のままに言い過ぎたことを許したまえ。その代わりに私が天下を取ったとしても、生涯妾は持たないと誓った。

果たしてその後、光秀は一生他の女を近づけず、妻に先立たれた時には、彼女を武将でありながら徒歩で見送って、周囲の人々を感服させたという。

明智光秀は主君を裏切った不忠義者だが、なぜだかこの話だけは光秀を賞賛する話として伝わっているという。


松尾芭蕉が明智光秀公一族の菩提寺である西教寺を訪れた時の一句

月さびよ 明智が妻の 咄(はなし)せよ

出口王仁三郎は、光秀=利休説をとっている。

経絡は、エーテル体と重複するが、経絡の手のラインも足のラインも指で終わる。髪は頭部にあるが、手足に対する指のような位置づけが髪であるのかもしれない。

仏足頂来は、足指から放射するエネルギーを頂くのだともいう。

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好きと嫌い 私欲と無私

2018-09-15 06:55:24 | 究極というものの可能性
◎えり好みの陥穽

好きと嫌いの間の壁は薄い。同様に私欲と無私の境目の壁は薄い。

ほとんどの子供は、利己的な性質を持って育ち始めるが、幼稚園や学校で利己的なところを隠して協調的に他人と暮らすことを学ぶ。

それは、日本では、挨拶や礼儀というものに象徴されるが、それは本質的な無私を体したものでなく、表面的な無私にすぎないことがほとんどである。

巨億の富を持つ人が百万円を寄付しても、それは私欲の壁を越えてはいない。だが、千円しか持ってない人が、それを本当に必要とする他人に布施するならば、私欲の壁を越えたといえる。

これは、東日本大震災で、インドの少女が日に百円も稼がないのにその金を寄付してくれたシーンをテレビで見てぎょっとした人もいると思うが、そういう類のことである。

スワミ・ラーマは、ヒマラヤでの洞窟での修行中、一日一食。その中身は、チャパティ1枚、野菜少々、ミルク一杯だったが、ある日見知らぬ修行者が来訪したので、師がそれを彼に与えなさいという指図に不承不承従った。

スワミ・ラーマは、その指図への反発を子供じみた空腹感と切って捨てている。だが、それが「飢え」の正体であり、そんなに空腹感が簡単に克服できるものならば、禅堂で食事の際に餓鬼に米を備えるさば(生飯)施餓鬼、食べ物の供物などは、さほどの必要性はないことになる。

自分の好きにこだわることで、人は日々私欲の壁を厚く高く築き上げていき、青年になる頃には、私欲の堅城に住んでいる人も結構多い。

その堅城から飛び出して出家した釈迦のような人物も稀にいるが、そこに起居するほとんどの人は、私欲、好き嫌いを超えた境地を想像することすらできず、世間が億万長者を称賛するのにやや卑屈な気分で追従する。

禅の三祖僧さんの信心銘の冒頭に、ただ選りごのみさえしなければ、とあるのを見てなぜえり好みかと不思議に思う人もいるかもしれないが、えり好みとは私欲の根源だからである。

今、自己実現するためには、十全の私欲全開で、ポジティブ思考でないといけないなどという考え方が流行っているが、それは、えり好みしないという壁の向こうを想像もできない人たちの習いである。
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スワミ・ラーマの悪童ぶり

2018-09-14 05:39:41 | 究極というものの可能性
◎後に後悔とともに思い起こす

スワミ・ラーマは、大聖ババジの秘蔵っ子であるが、若い時の悪童ぶりはひどいものだった。

若くて未悟であって、社会経験が少ないと、少々小生意気な議論を、恐れ多いことだが、覚者に対しても青い議論を吹っ掛けることすらある。

スワミ・ラーマもそうした嘴の黄色い一人であって、何度も先輩覚者を怒らせている。

大体が、覚醒を経たヨーギというものは口数が少ないものであって、長時間座るものである。口で伝えられることは重要だが、それがすべてでもない。

修行者の中には、食物も水もとらず何か月もそのままで坐っているような修行者もいる。

そうした定に入っている修行者の足を勝手に触って、したたかに蹴り飛ばされて、遥か遠くの川べりにまで行ったことまでスワミ・ラーマはやった。こうした定に入った修行者の冥想を中断した報いは当然ながらよいものではなく、折角出会った大徳からスワミ・ラーマは、貴重な教えを受けるチャンスを自分でふいにする結果となっている。

議論は慎重にかつ漏れなく精密にやるべきではあるが、その時の自分の器量に相応した分までしか理解できないということはある。

そうした事情を後悔とともに思い起こすのは後年のことであり、よくイエスがベッドの脇に降臨したが、眠っていて気がつかなかったというのもこれと類似のことである。

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乗り物としての肉体

2018-09-13 05:34:47 | エクスタシス 夢の夢なる
◎孤独な鳥

現代社会では、人間は肉体と不可分の意識であって、それに権利と義務が付随するというやや面倒なことになっている。

だが、人間は稼いでためた金を一円たりともあの世に持っていくことはできず、無神論的世界観では、人間は死によって何も残らず消滅するなどと考えたりもする。

だが、深い冥想を体験した覚者にとっての人間は、意識と肉体と微細身である。しかし、これはいわゆる世間やマスコミの言うところの定説にはなっておらず、学者もそれを語ることは避ける。あいにく真実はそちらの方にあり、それを実体験していない大部分の人間に対して証明する方法などない。

それを証明できる唯一考えられるシチュエイションは、意識と微細身があることを一斉トランスのような何かの拍子に万人が感得することである。それを経れば、「人間は意識と肉体と微細身」というのが証明を俟つまでもなく当たり前となる。

この認識を前提に肉体は乗り物であるという見方が出てくる。仏教では、天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六道に輪廻転生を繰り返すが、常に佛という全体とのリンクを忘れない。佛あっての六道輪廻。

さて、神秘家は、六道以外の転生がある可能性をも見越している。人間いやあらゆる生物無生物にはそれぞれの生きる無数の宇宙があるのだが、生きる宇宙という場をチェンジすることがある。チェンジした先の生を時に「鳥」と呼ぶ。

鳥は、エメラルド・タブレットにも出てくるし、かつてのヒッピーのベスト・セラーかもめのジョナサンでは、かもめの求道者として登場した。

その孤独。透徹した孤独。孤独な鳥には救いなどないが、その神秘を生きるのが覚者なのだろう。

その鳥は、シリウスから来たり、オリオンから来たりしたのかもしれないが、そのことを強調するタイミングは今ではない。そこにひっかかると貴重な時間を無駄にしがちだからである。


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肉体乗り換えとモクシャ

2018-09-12 05:15:10 | エクスタシス 夢の夢なる
◎一生を冥想修行に充ててきた人のための技法

仏教では、転生しないことをカルマからの解脱とし、インドの究極では、モクシャのみがあり、人はいない。

平たく言えば転生しないことが、終局である。だが悟りはインドでは人間がいないところを大団円とするが、中国、日本では悟りから戻って人間をこなすところをフィナーレに持ってきている。

肉体乗り換えは、究極というものをどう捉えるかという伝統的な二つの見方からすれば、一見ややはずれた手法かもしれない。

悟りは肉体をもって修行に取り組むのが、死後に修行するより、より容易だという教訓は、この手のものを読んでいるとよく出くわす話である。

OSHOバグワンやダンテス・ダイジの著書ではさほど強調されてはいないものの、肉体あっての悟りである。

スワミ・ラーマの著作では、サマディー(三昧)に耐え得る肉体ということがしばしば出てくるが、そうした肉体を得るためにハタ・ヨーギは一生を準備のためだけに費やし、錬丹修行者は、出神をより大きくするためだけに一生を充てたりする。

その一生をすべて修行のために捧げても肉体の老化により、究極の悟りを得るには時間切れとなるケースがあるのだろう。

モクシャに突入して帰還するには、それに耐える肉体が要るということなのだろう。

肉体乗り換えは、一生を冥想修行に充てる人にとっては、一つの可能性として登場してくるが、冥想と縁のない人にとっては、単なる話のネタにすぎない。

そして冥想修行は須らく若いうちからしなければならないと思う。
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90歳のブーレ・ババの肉体乗り換え

2018-09-11 05:38:32 | エクスタシス 夢の夢なる
◎長時間サマディーにとどまる道具

ブーレ・ババのブーレは老いたという意味。アッサムの、90歳になろうとするブーレ・ババは、この肉体は長時間サマディーにとどまる道具にはならないとして、かねて若い肉体の出物を待っていた。

ある日彼は、明日50キロ離れたところで若い男が蛇にかまれて死に川に流されるのだが、それは良い死体だと語った。

その死体に乗り換えるためにその日20キロ離れた河畔に移動し、彼とスワミ・ラーマは野営したが、翌朝ブーレ・ババはいなくなっていた。

スワミ・ラーマはまもなくヒマラヤに帰ったのだが、ある日見知らぬ若い修行者が彼を訪ねてきて、スワミ・ラーマとブーレ・ババの肉体乗り換えに至るアッサムでの出来事を詳しく語り、最後に自分が肉体を乗り換えた時にスワミ・ラーマが一緒にいなかったのは残念だと語った。

ブーレ・ババは、このようにして肉体を乗り換えたことを実証してみせた。

人間から人間に転生する場合、肉体死から次の肉体に受胎出産というルートをとるならば、最低でも10か月かかるところを、ブーレ・ババは、第三者の臨死の肉体をもって、速やかにそれに乗った。

スワミ・ラーマは、この若い修行者には、ブーレ・ババの知識・記憶・性質・癖などほとんどがあったことを確認した。そして熟達した修行者はそれを望むならば、このように別の若い臨死ボディを得て乗り換えさえできると結論づけている。

これは、俗人にとっては、単に眉唾な話かもしれないが、「何のために生きるか」に真摯に取り組んできた人間にとっては、一つの選択肢として理解できる人もいると思う。
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No more booing!!!

2018-09-10 03:06:54 | 時代のおわり
◎不愉快な現実-テニス全米女子オープン

第50回テニス全米女子オープンは、第二セットでゲームカウントでセリーナ・ウィリアムズがまだリードしているところで、観客席にいるコーチから助言を受けたとしてペナルティを受け、それが彼女をイラつかせ、ラケットはへし折るは、涙目でプレーするは、更には2度の審判への暴言を繰りかえすはで、会場は、審判への不満と大坂がリードしていることへの不満がないまぜになり、実に異様なまがまがしき雰囲気となった。

ワールド・ベース・ボールクラシックの日米戦でも米人審判がアウトのタッチアップをセーフに判定し、アウェーのスポーツ・ゲームでは、アメリカでは不法がまかりとおるものだと承知していたが、野球のようなチーム・プレーならいざ知らず個人プレーのテニスでこういうことが起こるとは、見ている方も身体がこわばるほどだった。

それでも、ゲーム・セットになれば、観客のブーイングは止むものだが、この日は、表彰式になっても大坂なおみが勝ったことについてのブーイングは止まなかったことにはあきれた。アメリカの民度の低さよ。

会場のフラッシング・メドウのこのあり得べからざる雰囲気を感じて元女王セリーナ・ウィリアムズが
” No more booing!!!”と会場のブーイングを制した。

ゲーム中は涙を流すほど取り乱していた彼女だが、ホスト国のいわばホステス選手として、一流スポーツ・ウーマンとしての矜持をこの一言で見せてくれた。

あのブーイングのままで表彰式が進行していたのでは、この大会はテニス全米オープンの黒歴史になるところだった。

それにして大坂なおみ選手は、サーブのスピードを180キロ弱に落としながらもサーブもストロークも正確で、球種の変化も交えて勝負して勝っていたというのが圧巻だった。
苦しい場面では、かなりの確率でサービス・エイスでしのげていた。

準決勝の戦いぶりでは、大坂に勝機はないかにも思われたが、終わってみると2セットの最初だけとりこぼしたが、危なげはなかった。

それにしても、アメリカ本土で、日本人がアウェーで勝つというのは、終戦後70年たってもこのように親の仇のように扱われるものであり、公平公正で伝統あるテニス全米女子オープンでも依然としてそうであることに、動揺を禁じえなかった。

そういうのを目の当たりにするのは不愉快だが、それもまた現実なのである。
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生と死のコントロール手法群

2018-09-09 06:01:27 | エクスタシス 夢の夢なる
◎死に方というのは極めてデリケートなもの

肉体は、人間が覚醒するために必要な道具であるが、肉体は物質である以上は経年劣化し、覚醒するためには利用できない代物になった時に死が起こる。

これは、生も死もコントロールできるようになった修行者たちのもの言いである。死に際して孤独とすべてを喪失する恐怖におののく死を前にした人々のための言い方ではない。

スワミ・ラーマは、あえて熟達した修行者の肉体の脱ぎ方を列挙するが、それはあくまで覚醒し生を究め死を窮めた者たちにとって理解できる理屈であり、実践であることを繰り返し注意する。

自殺ほう助は違法だとか、遺体を勝手に動かしてはいけないとか、現代の法治のもとでは問題になる事柄がいくつか含まれているからである。そして何よりもこうした生死にかかわるテクニックはちょっとした誤りやミスで命を落としかねないからである。死に方というのは極めてデリケートなものだ。

呼吸が止まるとエーテル体も数時間で崩壊することになり、微細身は肉体と分離するが、それが死。

北インドのガンゴトリ近くのある修行者は5分前に死を予告し、呼吸停止してまもなく、自分で身体を数メートル宙に浮かせてガンジス川の水面上に移動させ、そのまま沈んだ。

ガンジス河畔のヴィネイ・マハラジャは7人の行者に囲まれたまま朝4時半に肉体を去ると予告し、果たして4時半になると両目を閉じて動かなくなると、7人全員が、コトっという頭蓋骨の頭頂が割れてブラフマ・ランドラ(サハスラーラ・チャクラ)から肉体を去る音を聞いた。

サマディーにありながら自分を凍えさせるヒマ・サマディーという手法。標高5千メートル超の風雪の地で野営するとそういう人も出てくる。

ヒマラヤの深い河に入り呼吸を止めて肉体を去るジャラ・サマディーという手法。葛玄は水中で呼吸までしてみせた。

成就坐(シッダ・アーサナか?)で座って意識で頭頂の泉門を開いて抜けるスタル・サマディーという手法。

カタ・ウパニシャッドのナチケータが伝授されたといわれる太陽神経叢を瞑想することで、内なる炎が瞬時に肉体を焼き尽くす手法。慧春尼の火定もこれだったかも。
(参考:ヒマラヤ聖者とともに -偉大な霊性の師と過ごした日々- スワミ・ラーマ/著 ヒカルランドP409-419)

こうした生死の出入自在の手法群の延長線上に肉体乗り換えがある。

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