アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

即位礼正殿の儀の晴れ

2019-10-23 03:44:00 | 超能力・霊能力
◎晴天の真贋

2019年10月22日の東京地方は、台風崩れの低気圧が直撃し、ほぼ一日雨ではあるが、昼過ぎに曇りの時間帯があることが予想されてはいた。

さて午前11時35分頃から13時頃までの間の強い風雨により、正殿に向かって右奥に立てられた26本の旛のうち、菊花章大錦旛、菊花章中錦旛と、万歳旛が相次いで落ちた。

ところが、即位礼正殿の儀の始まる13時直前に日の光が顔を出し、セレモニーの関係者を驚かせた。

俗に晴れ男、晴れ女、雨男、雨女ありと申すが、雨男、雨女の優勢であるところ、即位礼正殿の儀の間だけは晴天とせしめたのだろう。

出口王仁三郎は、どこへ行っても晴れ男であった。なお彼は、晴天としたり、大雨を降らせたりすることは平気でやってのける能力があった。だが、そういう超能力であるからこそ私心のままに用いることはできないもの。

この即位礼正殿の儀の間だけは晴天とは、どんな晴天だったのだろうか。

※出口王仁三郎(日出雄)、蒙古で天候操作する(晴→大雨→晴)
『日出雄は思ふ所ありと見え、温長興を轎車に乗らしめ、自らは真澄別其他の護衛兵と共に馬に鞭ち、法衣を風に靡かせつつ下木局子に向ひ、仮殿を出発した。

一方下木局子の西北自治軍司令部にては、各分営の団長以下悉く来集し、『斯くの如き蒙古晴の空より雨を降らすなど、幾ら神様でも嘸困難であらう』などと、とりどりに噂をし乍ら、日出雄一行の来着を待ち兼ねて居た。

時しもあれ、魏副官の先導にて日出雄の一行は総員整列出迎への中を堂々と乗込んで来た。少憩の後、日出雄の目配せを合図に、真澄別が何事か黙祷すると見るや、司令部の上天俄に薄暗くなり、瞬く間に全天雨雲に蔽われ一陣の怪風吹き来ると共に、激しき暴風雨窓を破らむず計りに襲来して来た。

一同驚きあわて、窓を閉めるやら、記念撮影の為とて庭に列べてあつた椅子を持込むやら混雑一方ならず、皆々呆気に取られて、暫し言葉もなかつたのである。

稍あつて『大先生、二先生、今日は写真は駄目でせう』と、さも失望らしい声が聞える。

真澄別は日出雄の顔を見て『ナアニ五分間経てば大丈夫だ』と云へば、日出雄はやおら身を起して雨中に降り立ち、天に向つて『ウー』と大喝すれば、風勢頓に衰へ雨は漸次小降りとなり、果して向ふ五分間てふ真澄別の宣言に違はず、如何に成り行くかと案ぜられし暴風雨は、夢の如く消え去り、再び日は赫々と輝きわたり、空は元の如く晴朗に澄み切つたのである。』
(霊界物語入蒙記 第25章 風雨叱咤から引用)
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シャクティパットもいろいろ

2019-09-30 03:29:15 | 超能力・霊能力
◎する方もされる方も相手を選ぶべき

野口整体の野口晴哉には、シャクティパットのような気を入れる愉気というのがある。

野口晴哉によると、愉気は本来肉体の不調を気を入れることで回復させようという狙いのもの。
ところが、世の中には、ぺらぺらしゃべるのは得意だが、ちらかっているものを片付けるのは不得手な人が沢山いて、こういう人から手を当ててもらい愉気を受けても、おしゃべりになるだけだったり、食べたいお菓子のことが気になってしまうだけだったりする。

子供が歩けなかった父は子供に愉気をしていたが、愉気をすると子供が動けなくなる。野口は、父にあなたは不安を愉気しているのでおやめなさいと言った由。一方母親は、何が何でも丈夫にしてしまおうと闘争心を愉気していたので、病気と喧嘩することで病気の方も強くなり、なかなか治らなかったようだ。

野口晴哉は、愉気は本人の元気を喚起することで病気を治すというメカニズムは承知していた。
(以上出典:愉気法1/野口晴哉P27)

まとまらない雑念を注入したり、不安を注入したり、闘争心を注入したり、シャクティパットにもいろいろある。治癒につながらないことがままあるらしい。

誰でもやって良いということではないようだ。
人と人とのコンタクトではカルマの交換という側面もあるのではないか。する方もされる方も相手を選ばねばならないのは、当然のこと。

福島原発事故以降、日本ではガンになる人が増えたのではないかと思う。若い有名人のそれが報道されることが昔に比べて多いように思う。若ければあまり病気にはかからぬものだが、こういう時代だからこそ、健康法、養生法は若い時期から取り組むべきだと思う。
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逆さ吊りになっていない「吊るされた男」

2019-09-21 06:31:07 | 超能力・霊能力
◎シャクティパット

金ラメのNefertariタロットの「吊るされた男」は、逆さ吊りされていないので、破格である。「吊るされた男」の正位置、逆位置などとして意味を採る人には困ったことになる。

22枚の大アルカナの順序でいえば、「吊るされた男」は「死」という全体の直前であり、個の極みという位置にある。それからすると、逆転してもらわないと話は進まないのだが。

この図案は、神が人の頭を王笏かこん棒で叩こうとしているか、あるいはシャクティパットをしている図と見える。

シャクティパットとは何か。シャクティパットには2説あって、ダンテス・ダイジは口を切るだけという説明であり、OSHOバグワンは、何らかのエネルギーを注ぎ込むという説を採る。

オウム真理教では、1回30万円でシャクティパットを教祖がやっていて、初期には受けた弟子がその効果(正邪の程は不明だが)はあったと証言している。ところがある時期から、シャクティパットで教祖が非常に消耗、憔悴するようになり、シャクティパットをやめて麻薬入りドリンクに切り替えたことが複数の関連書籍に書かれている。

シャクティパットとは手かざし系のグループでは時々見られるものであって、オウム真理教オリジナルのものではない。シャクティパットでは、「気」が入ることもあるのだろうが、「気」を入れる方は生命力が減衰し、長期的には内臓を痛めることも知られている。気にも正気あり、邪気あり。

シャクティパットがエネルギー注入だとするOSHOバグワンは、注入に適当な時節があることを示唆する。精神をいじるというのは、神聖なものであって、一片の邪心も許されない。薬物も含めて外的な力で精神を操作しようとしても、精神はデリケートなものであり、容易にバランスを崩しやすいものだ。

禅でもクンダリーニ・ヨーガ系(密教、気功、錬金術など)でも最後の一歩は自分で踏み出すことが要求される。誰かがひっぱり上げてくれるものではないのだ。


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日本のレイライン

2019-05-22 05:24:06 | 超能力・霊能力
◎日本人全体の心の穢れが結界をわやにする

Google earthを使って日本地図上に、随意に直線を引けば、八百万の神々のおはします日本ではその直線上にいくらでも神社仏閣が出てくる。

また延喜式に由緒ある神社が載っているとか、江戸時代には、寺が役所の代わりをしていたり、また明治維新では廃仏毀釈をやったなどで、今残っている寺社を以って、直線を引いてみるのが妥当かどうかはわからない。だが、日本のレイラインがいくらでも作れるような感じなのはわかる。

そうしたレイライン説の中で、北緯34度32分に東は鹿島神宮、香取神宮、西は出雲大社と美保神社(松江)のラインが、日本列島を横に輪切りにした場合、最長のラインであるという。これは、何かわかったような気分になるかもしれないが、本当のところは、大物超能力者の施した結界の位置をならべてみないと真偽はわからないのではないかと思われる。

日本の歴代の大物超能力者といえば、役行者、空海、天海、出口王仁三郎など。彼らの結界のやり方は、出口王仁三郎の記録などに出てくるが、夜中に人に見られないようにして執り行うのであって、他人に見られれば破れる。よって、アストラルな目をもつ人物でなければ、結界をどこで張ったかはわからない。

だからレイライン説というのはわかりやすすぎるので、どうなのかと思う。

一方日本の重心、あるいは臍。これはまず淡路島で、古事記にそうあるし、戦後の大三災は関西淡路の震災で始まった印象がある。一方で、国内勢力の角逐場所として、関ヶ原、そして本山博の指摘する丹波篠山。更に江戸時代から関東の地震は、鹿島神宮、香取神宮が根源と目されていた。一方関西・東海・四国では、南海・東南海地震の根源は範囲が広すぎて一神社に帰することはできないのではないか。大阪なら四天王寺、名古屋なら熱田神宮などなのだろうが、東日本大震災のように東北関東の東側海岸線全体がやられるような地震では一寺社がどうこうということでなく、日本民族全体の汚れたカルマの消化という位置づけなのだろう。

それでも重要な結界は残っているのだろうが、そうした結界をもほとんど無にして、大災害や、外国による日本の立替を招くのが日本人全体の心の穢れぶりということになるのだろう。

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米海軍が未確認飛行物体(UFO)を目撃したら報告をと求める

2019-04-27 05:57:35 | 超能力・霊能力
◎神なき霊覚は無免許運転に近い

米海軍がUFOの報告手順を正式に定めた指針の作成に着手したそうだ。

UFOを見るということは、霊界を見るということ、アストラル体を見るということ。人間のエーテル体が肉体の近傍にあることを考えれば、UFOはエーテル体ではなく、アストラル体次元と考えるのが妥当だろう。

物質レベルの第一身体の次元からエーテル体の第二身体の次元やアストラル体の第三身体の次元を見るには、物質レベルで連続していると認知している世界の連続の途切れ目に気づかなければならない。

それが世界の隙間。隙間は、トランスから覗き込むこともできるし、大きな衝撃、心身のショックから入り込むことができる。

途切れ目、隙間に入れば、幽霊も見れるし、UFOも見れる。それは現実かといえば、肉体レベル、物質レベルの現実ではないが、アストラル体レベルの現実ではある。

どうして「米海軍が未確認飛行物体(UFO)を目撃したら報告を」と言っているのか、結局それはUFO認知する兵士が増えたということなのだろうと思う。

霊感、霊覚を持った兵士が増えたということは、視点を変えれば現実の時間の連続の間の隙間が広がって認知しやすくなっているということでもある。

そうした傾向はここ5年10年で一挙に進行したものでなく、中山みき出口ナオの昔から言われていることである。

至福千年とは、漠然と言えば皆が幸福である時代だが、その一つのアスペクトとしては、全員が神を知りアストラル感性つまり霊覚を有するということは、意外に無視されがちである。

神を知る時点でその感覚は発生するものだと思うが、今は神を知る人は百人に一人いるかどうか、霊覚のある人は10人に一人くらいのものだと思うが、来る千年王国では、全住民が神と霊を普通に感じる。
その時間認知では普通に時間の連続に隙間があるのが当たり前。

そうなって初めて、UFOという反重力メカニズムを搭載したマシーンは、「神の許しを得て」、物質世界に現実化するのだろうと思う。

UFOは、ある日ポッと誰かが発明しただけで世に出るわけではなく、人間の神とのコンタクトとそれに付随する霊的感覚の方も実現のための十分条件だろうと思う。

そしてUFO出現のための地ならしとしての感覚は徐々に進化しつつある。

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全体を感じ取る

2019-02-14 05:38:52 | 超能力・霊能力
◎タダで手軽に毎日できる前向きのこと

世界全体、宇宙全体を感じ取ることはできないが、その場全体を感じ取る人はいるものだ。

何十人も働いている職場で、「〇〇さんどこへ行ったの?」と問うと、その人は別の場所で別の作業をしているので、〇〇さんが出ていくのを見たはずもないのに、どこどこと答えるとそれが当たっているというようなことに何度も出くわした。

それ以外に、その人は、職場全員が今どこで何をやっているのか感得しているに違いないと思わされるシーンは何度もあった。そしてそういう人は時々いるものだ。

サッカーの王様ペレのすごいところは、味方のほぼ全員の位置と動きを見ていなければ出せないようなパスを出すこと。ノー・ルック・パスの極み。

そういうパスを出せる人はいつの時代も存在し続けてきた。マラドーナ、ジダン、デル・ピエーロ。これは、サッカーや仕事の例だが十分に超能力だと思う。

以前、誰にでもある超能力として他人の視線を感じることを挙げた。誰にでもできるわけではないが、これも超能力だと思う。

サッカー選手はよく言うが、考えてから動き出すと遅れるので、考える前に動き出す、と。

こういったものには、深浅高低あるので、例えば職場全員の位置を把握している人が善人だとか言うつもりはないが、きっかけは持っている人なのだろうと思う。またサッカーでの天才が覚者であるかどうかとは別問題である。

こうした天賦の超能力を有している人だけが、何かいい目を見るということでなく、万人が、冥想により自分を深めて、本当の自分により近づいていく習慣は必要なものだし、そのくらいしかタダで手軽に毎日できる前向きのことはないのではないか。
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マクモニーグルの日本の地震予言

2019-01-22 03:35:23 | 超能力・霊能力
◎晩夏の東京

マクモニーグル
の予言は結構はずれている。
『ジョー・マクモニーグル未来を透視する ジョー・マクモニーグル/著 ソフトバンククリエイティブ』P158では、
『2007年晩秋 高槻市の北25km 震度6弱6強
2008年夏 伊勢崎市 南西20km 震度6弱
2010年初夏 長野市 北東35km 震度7
2012年夏 伊丹市 東北東5km 震度6弱
2018年晩夏 東京都 西40km 震度6弱』(上掲書からの引用)等であって、東日本大震災や熊本地震は予言されていない。

だが、この揺れ動く一なるものは時事刻々変動しており、予言した瞬間に外れる可能性を孕む。よって、メイン・ストーリーの予言とサブ・ストーリーの予言と分けて、メイン・ストーリーの予言だけ見るというのは、予言を見る上での生活の知恵である。

その点では地震予言はサブ・ストーリーの予言。

また逆に見れば覚者にとって予言とは、外れるのを最初から承知しながら予言しているところがある。

晩夏の東京地震予言については、三島由紀夫の作品の中で晩夏に水没した東京の高層ビル群を手漕ぎボートで進む青年を描いた作品があるが不思議なことである。

たとえ日本が水没するようなことがあっても、大和民族は、その矜持を保って惟神に生きることができるのだろうか。
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普通のOLが、世界中の魔法使いに弟子入りして、リアルに魔法が使えるようになった話

2018-11-03 06:03:20 | 超能力・霊能力
◎軽めに見せるスピリチュアル

『普通のOLが、世界中の魔法使いに弟子入りして、リアルに魔法が使えるようになった話/カワセ ケイコ/ヒカルランド』は、軽めに見せるスピリチュアル.

ペルーに行って10日間連続でアヤワスカするのに躊躇がなかったのは、本人の思い切りもさることながら、そこまで吹っ切れる何か推進力があったのだろうと思う。

アヤワスカ体験者の本もわずかながら過去出されており、そういうのも役に立っている形跡があった。

昔テディ・エンジェルのスピリチュアル・リンクみたいなのがあって、その主催者の方がカワセさんの師匠だったのですね。陰陽師だそうで。

その主催者の方は最近亡くなられたというのを、別の本とネットで知っていたのだが、この本にも書かれてあった。
その方は、スピコンにも関係されていたという。

いわゆるファッション瞑想とか霊能力好きとか、超能力フリークというのは本筋ではないのだが、そういうのをやっている時代ではないのだと思う。

それでなくとも生活を維持することですら厳しく、悪しきライフ・スタイルへの罠は巧妙であり、接する情報のかなりの部分が宣伝やマインド・コントロールが引っかけてあるこの頃。

めいめいが、自分で真剣に敬虔に坐る時代である。
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年齢と霊能

2017-07-23 06:46:50 | 超能力・霊能力
◎気のエネルギーの転換

出口王仁三郎は、死ぬまで霊能者であり続けたし、空海などもそうだったと思われる。天海などは、霊能者でありながら百歳超まで長寿であったのは、何か思うところがあったのだろうと思う。

本山博は、『生まれつきの霊能者は、年をとると身体の中の気のエネルギーが少なくなってくるので、チャクラで気のエネルギーを霊的なものに転換することができなくなってきます。』(スピリチュアリティの真実 本山 博/著 PHP研究所P22から引用)と述べ、自分で自分のエネルギーを消費して霊能を発揮しているタイプの霊能者は、60歳くらいになると霊能が消えるなどと書いている。

オウム真理教の教祖は、初期にはシャクティ・パットで何かエネルギーを注入するようなことをやっていたらしいが、ある時シャクティ・パットをやった直後にひどく衰弱し寝込むことがあって、以後一生懸命にはやらなくなったらしい。(かの教団の弟子には、高額な(30万円とか)シャクティ・パットを受けた弟子が多くかつ記録も著作として結構残されており、最近関係書を何冊か読んでいたが、どうもこんな具合らしい。)

本山博は、霊能力が消える実例として、心霊手術者を挙げ、霊能力がなくなって後は、うさぎや豚の血を使って、それを心霊手術で出た血だと誤魔化すことがあったとする(心霊手術と称するようなものを日本でやると医師法違反ですが。)。

実は霊能を使うと思われるメンタル・スポーツにも同様のことがあるのではないかと思われる。たとえばゴルフとかアーチェリーとかボーリングとか。サッカーでもバルセロナのメッシのシュートは人間技とは思えないところがある。

中国の神話にも弓の名人が登場し、弟子と弓で対決するのだが、双方矢じり同士が正面でぶつかるという何本かの応酬の末に、最後名人がすべての矢を打ち切った。これに対し、弟子が残った1本を名人に向けて放った。名人はこの矢を身を躱すことなく、正面から受け、なんと飛んできた矢を歯で噛みとめて、弟子を打ち破ったというのがある。

矢じり同士がぶつかるのは双方超能力者だが、自分のために用いる超能力霊能力は、最後は陥る。弟子が師匠を襲うのは天意にそむく。

自分のために用いない霊能力、超能力は、天意神意に沿うものであって、出口王仁三郎が同じことを二度と言えないと言ったのにはそういう消息が窺える。


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ヴァーチャル・リアリティは下層霊界である-2

2017-07-14 02:36:32 | 超能力・霊能力
◎カルトとヴァーチャル・リアリティの共通性

このようにヴァーチャル・リアリティと下層霊界の特徴を列挙すると共通点ばかりであって、共通でない点は、主役が生きている人間か死人かと、魔力の有無くらいのものだと気がつく。

この結果、ヴァーチャル・リアリティと下層霊界の間で次のようなおぞましいことが日常的に起きている。

それぞれの世界の住人は現実と非現実の区別がつかないので、下層霊界の霊が、ゲームにはまったようなヴァーチャル・リアリティに取り込まれた人間に容易に憑依する。こうした人間と霊の迷える霊はネガティブに共感しあい、ある感情、欲望を共通に持つグループを形成し、犯罪やカルトにつながるような利己的活動を繰り返す原動力となっていく。

まだそういうタイプの狂信的カルト集団が世間を騒がす事態にはなっていないが、若年層の3割が無職か非正規労働者であることがこうしたグループの温床になる可能性があると思う。

オウム真理教は、このようなコントロールされた憑依がメインの教団ではなく、超能力、現世利益と支配欲を前面に出したカルトであり、また違うタイプのカルト。

いまや、世界中の青少年が、スマホ、モバゲーを中心としたマインド・コントロールに落ちやすい世界共通のライフ・スタイルにある。このことは、表に出ない憑依をメインにしたカルトの潜在的発達が、今後制御不能の形で既成宗教破壊に進む可能性を孕んでいるのではないかと懸念する。

多様な価値観の容認と拝金と現世利益、これだけでも、十分にカルト教団は形成可能だが、このメンバー予備軍として、多くのゲームにはまった青少年・大人が半トランスみたいな形で存在することは、オウムなどよりもっとひどいカルトが出現しえる可能性があるように思う。

一人の偽予言者と多くのゾンビで成るカルトみたいな。


日日冥想を。
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ヴァーチャル・リアリティは下層霊界である-1

2017-07-13 02:51:05 | 超能力・霊能力
◎自分のイメージで形成した閉鎖空間にあって、利己的、攻撃的

現代は、地獄が現実化した社会になっているなどと言っても反応しない人でも、科学の粋であるヴァーチャル・リアリティ下層霊界であり、カルトも同質であると言えば、少しはキャッチーな話になるだろうか。

ヴァーチャルリアリティと下層霊界の共通点は、想念と感情と欲望で作り上げられた閉鎖的な洞窟のような空間に生きているという点であり、カルトは組織的にそういう信者を拡大再生産していくものであるということ。

1.ヴァーチャルリアリティの特徴
(1)自分の感情や欲望を自由に表現できる。
(2)SNSで他の人嘘と本音が入り混じったような交際ができる。
(3)自分の人格転換が簡単にできる。
(4)非常に利己的
(5)自己閉鎖的
(6)攻撃的であり、欲望や感情を簡単に爆発させがち
(7)非現実世界に入り込むのを好む
(8)現実と非現実の世界の区別が消失している部分がある

2.下層霊界(アストラル)の特徴
(1)下層霊界は、感情やイメージ、想念、欲望が中心となって活動している
(2)下層霊界の霊は、現実と霊界との区別がついていない。
彼らは、この世への未練が強く、死んでいることがわからなくて、この世の物や人に内在する霊的存在を見て、それとともに暮らしている。
(3)下層霊界の霊は、自分のイメージで生きている。衣食住をすべて自分のイメージで形成した洞窟みたいな世界で暮らす。
(4)自己中心的であり、非常に閉鎖的である。
(5)霊界にも植物、動物などの自然はあるが、それらから遊離して、自分たちだけの世界に住み、非現実性、非社会性が強い。
(6)下層霊界に何万年も住んだ霊は、魔力があり、他の迷っている霊や、ヴァーチャルリアリティにのめりこんでいるような人間に容易に憑依する。憑依されると病気や精神病になることがある。
(7)このような魔力ある霊は、性別を転換したり、違う民族になったり、老人や子供になったりと変身できる。そして人を困らせる、殺す、苦しめるのが楽しみである。
(続く)
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古戦場に取り残された兵たちから統合失調症まで

2017-06-26 05:29:48 | 超能力・霊能力
◎神様の助けを祈る

本山博が、靖国神社について、英霊を祀るといっても、靖国神社に英霊がいるかどうかは限らないと語っているシーンがある。

本山博は、硫黄島みたいな太平洋の激戦地にも日本兵の慰霊に出かけては、いわゆる成仏していない霊が、自分が死んだことを自覚し、地獄から脱出できるように祈るツアーに何度も行っている。

国内の古戦場にも方々慰霊の旅に出かけているのだが、その経験から英霊は、旧戦場にそのまま地縛霊みたいにして残っており、そういう方も十把一絡げにして靖国に祀られていると総称するのはどうかと言っているのだろうと思う。

アストラルの霊体の霊界では、人は、想念と感情でもって、自分好みの世界を作り上げ、そこに暮らす。だが、肉体がなくなっても生前の想念や感情にとらわれていると、狂気の状態や鬱の状態の霊になることがあるという。

本山博は、古戦場で殺された兵や武士たちの恐怖心は、このとらわれのひどい状態を形成するとし、殺されるときや傷を負って逃げる時の恐怖心を持ったまま死ぬと、その霊は恐怖心の塊りのようになって、地中や洞窟の暗いところに潜んでいるのだそうだ。

本山博も恐怖心のような感情と並んで想念も人を執らわれの状態に追い込む原因であるとする。

想念は想像力であり、人は多かれ少なかれ自分の想像、想念によって生きている。ところが、その想像の世界は主観的想像であり、外界の現実とは一致しないことに気がつかないケースがあるが、これは統合失調症となる。だから自分が病気であるという病識がない。

古戦場に留まって死んだときの状態のまま苦しんでいる霊と統合失調症の人間は、図らずも、自分の作り上げた感情と想念の世界のなかに囚われて生きているという点では共通していた。


愛、恋愛もこうしたひどい執らわれの原因になるという。

本山博は、こうした状態を解放するには、どうしても上からの力、神様からの力が必要であるとして、その現場であるいは自分の道場で、その人が神様の力でもって解放されることを祈る。

他人の力でなく、神様の助けがその人に降りることを祈るのである。そういうものだろうと思う。

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呪術の今昔

2017-06-17 03:00:40 | 超能力・霊能力
◎現代科学のその先へ

ユダヤの呪術といえば、まず古代エジプトにおいて、赤子を殺されることを防ごうとして、戸口に子羊の血を塗り、過越した故事がある。

さらにイエス・キリストをユダヤ教関係者の意向で十字架にかけ、彼を中東欧州の贖罪主の位置まで押し上げるきっかけにしたという事件もある。

紀元前のマスコミのない時代には、ともすれば人間の自意識は、肉体と魂の分離はしておらず、神に犠牲を捧げるというような行為ですら、自分と生贄が分離しておらず、だからこそ贖罪として他の動物を犠牲に捧げることですら自分の一部を捧げることに等しいとすら意識されていたのではないかと思われる。

マルチン・ルターの時代に至って、罪を金で贖っているという批判が高まったのは、自意識と物・肉体の分離がより明確になり発達したからこそ起こった事象なのだと思う。だから中世ではそれが問題にされることはなかった。

その傾向は、21世紀の今、更に発達を遂げた。曰く、他人の思惑を、表向き騙しにならないメリット情報で釣り、買い物をさせたり、旅行に行かせたり、生活習慣を変えさせたり、政府の政策を変えさせたり、素敵な出会いをアレンジしたり、もろもろ引き寄せたり、捨てさせたり・・・・。

洗脳手法の半分は偽情報(本当の情報の一部しか与えないのもその一種)であり、いわゆる催眠術とか集団の陶酔心理を用いるクラシックな手法は、古臭いものとなった。最近では、正統的な情報の出し方をし、出し手についてにわかな権威付けをすれば人は信用するものだという思い込みを利用し、さまざまに人を混乱させて、思惑の方向にもっていくのが最近の流行。

そういう手法は、宗教でも盛んであり、これが、有名無名のカルト教団の跋扈跳梁する原因になっている。

これをイエスは終わりの世には偽預言者が現れると言い、いまや人間(じんかん)至るところ偽預言者あり、となった。

ルネッサンス以降、人間の心と肉体は、分離しているというのが、当たり前の認識となった。

しかし、それだけでは、人間科学は、時間、空間、物質の平板な次元を出ない。ダライラマが現代科学は幼稚であると、つぶやくのもその辺のことを指しているのではないのだろうか。そこで次は霊的文明と言われる。
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天下に死霊ありて

2017-05-17 05:39:35 | 超能力・霊能力
◎霊に四種類あり

至道無難禅師の自性記から、霊がかりではない霊の話。

『ある人曰く、天下に死者の霊があって、人も家も亡ぶことは事実ですと。

私曰く、霊に四種類がある。

一に国の霊。国の霊は、昔の国主が、国を子孫に伝ヘようと思ふ念が残ったのだ。二に屋敷の霊。三に家の霊、城の場合も同じ。以上の三つは、その場所を去れば別に何といふこともない。

家の苗字の霊は、どこへ行つても免れられぬ。立派な高徳の僧にお願ひして弔へばよろしい。』
(日本の禅語録十五 無難正受/講談社P149-150から引用)

死者の霊とは原文では死霊のこと。現代では国の霊はほとんど影響はない。屋敷の霊、家の霊、城の霊は、その場を去れば影響ないとしているので、ネガティブ・パワースポットというものはあるが、引っ越せば問題ないとする。

ところが名字の霊は、家系の因縁のことであり、こればかりは逃れられぬ。これについて至道無難は、高徳の僧に頼んで弔ってもらうべきとする。

人間もいい加減年齢を重ねいろいろな出来事に出会ってみると、確かに家系の因縁というものはあるように思いあたる。そう思う人も少なくあるまい。

これについて至道無難は、自分が悟れば九族昇天すというように自分が大悟覚醒することもその解決の一ではあるが、ここではそれは言わずに、別の善知識による法要を勧めた。

この相談者は、そういう感じではなかったのだろう。

家族の中には、そうした影響を中心的に受けてしまう人もいる。

人の魂は出産時に飛び込んでくるのではなく、受胎時だという。その時点で自ら家系の因縁をも選んできたのだろう。

そうした一方で生活基盤が田舎の菩提寺から、都会に移ってきてしまって、菩提寺と墓所に縁遠くなるケースも多いようだ。

それでも日々できる精進、できる冥想はしていかないと。
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人の将来を予言する

2017-03-16 05:47:05 | 超能力・霊能力
◎簡単に信じない風潮

出口王仁三郎が人の将来を予言している。

第一次大本事件は、大正10年2月12日に出口王仁三郎の検挙で始まった。この日は奇しくもダンテス・ダイジの誕生日。

大本事件の現場の総指揮をとったのが、京都府警察部長藤沼庄平。

出口王仁三郎は、この事件の1年前には自分が検挙されることを承知していた。

『官憲と争うてみても今更はじまらぬ。和の精神を本にしてなりゆきにまかしたのだ。検挙の日がわかっていたから、綾部をぬけだして大阪に来ていたのだ」。また「藤沼は純朴な一徹者だ。大臣にまではならないが、警視総監や知事くらいには出世するだろうよ。

藤沼は王仁のためには恩人や。大本を大掃除してくれたのやからな」と語ったという近藤保雌談)。

余談になるが、藤沼は茨城県・新潟県・東京府知事および警視総監を歴任して第二次大本弾圧直後の広田内閣で書記官長をつとめたが、ついに大臣にはなれなかった。』
(大本教事件 出口栄二/著 三一書房P25から引用)

本物のクンダリーニ・ヨーギの実力では、こんなことはお茶の子さいさいだが、信じない人は信じないだろう。

最近世の中が悪くなって簡単に信じないことをよしとする風潮だが、ますますまともな求道者はやりにくいことである。

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