アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

現代人は想像力が弱くなっている

2015-02-07 05:58:43 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎観想法の原動力

思考、思念はいつかは実現してくるものだ、現実化の時期がその人の今生であるかどうかは別にして。またその思考、思念は時を経て変わっていくことがある。

身近なもので、思考、思念の現実化を応用しているものには珠算がある。頭の中に算盤を思念でもって構築し、そのそろばん珠を思念でもって超高速で動かしているからである。

ゴルフもフォームが固まらないうちは思念、念力は問題にならないが、フォームが固まってきたらアプローチとパットは思念の現実化の勝負だろうと思う。アプローチとパットが純粋に筋肉パワーとテクニックによるものであれば、技術の積み重ねの多い中高年ゴルファーほど上位になるべきだが、そうはなっていないところが、思念、想像力の現実化の勝負という側面が強いように思う。

同じようなことは野球の投手にも言えるのではないか。球速はフォームと筋肉によるが、コントロールの半分は、イマジネーション、想像力の現実化力によるのだろうと思う。

さて身近な想像力だが、どんな人でも願望実現に際しては、「実現させよう」と思念し実行に移るものだ。

ところが、この想像力が、現代人は、古代人、中世人に比較してどんどん弱体化してきている。古代においては、PCもデータベースとしてのハードディスクのような外部記憶媒体がないものだから、記憶としてあらゆる情報を心内に保持し、思念を原動力として記憶内の心像を動かして、願望実現のサポートとしていた。

例えば東大寺の金剛力士像は3000ものピースに分解されたというが、この金剛力士像全体の3D設計図面はある人物の心像にあるのであって、ハードディスクにあるのではなかった。

よって古代人は現代人に比して心像そのものを明確に心の中に保持し他人に伝える能力が高かったと想像されるが、現代人はそういう能力が退化した。現代が同様の心的テクニックを必要とされる時代であれば、古代ローマばりの記憶術の重要さがかまびすしく言われているはずだが、そうはなっていないからである。

どうして退化したか。それは、言葉や文字などの言語が発達し知覚像を言葉に抽象化し人に伝えることに慣れてきたためだと考えられる。こういう人類の時代にマスコミが様々な動機により、マスで大衆の心をコントロールしようと動き続けるのは、まさに想像力退化を踏まえた当然の動きと言える。

更に想像力を退化させようと、スマホやPCにより言葉や文字に加えyoutubeなどの映像が強化されたのは、いわば思念力、想像力退化の総仕上げである。

思念力、想像力が著しく弱体化された人間は、マスコミにより、その思考、発想、感受性すらも想定の範囲内にコントロールされているという自覚すら持てないままにコントロールされがちである。
それが証拠に世のブログ記事のかなりの話題がマスコミの提供するニュースとなっている。無自覚に自分とほとんど現実の係り合いの薄いニュースを日常の主要関心事にさせてしまうということこそ、肝心なことに関心を向けさせないという意図があるのではないかと疑うべきなのだが。今日も誰かの不幸なニュースをおかずの食事をする日常って、不幸の拡大再生産みたいに感じないのだろうか。

昔は、神を観想し、神に近づこうという発想が想像力の用い方としては主流だった。
いつのまにか社会には神のカの字もなく、それへの想像力も蜘蛛の糸の如くかそけきものに細ってしまった。

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記憶-自由へのゲート-2

2010-11-15 04:02:38 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎感覚の体験はニセモノ

アンドルー・ワイル博士は、直前のことが思い出せないという障害は、
1.意識の変化した状態に共通する特徴
2.意識が変化した状態では、人はしばしば知覚を新しい形で解釈する能力をゲットする。
というように解釈できるものとし、

彼の言い方では、直前のことが思い出せないという障害は、感覚をほかの形で体験する自在な能力の取るに足りない応用の一つであり、悟りですらその応用の一つと見る。

更に踏み込んで、『悟り』とは、あらゆる現象のくびきからの一瞬の解放であるとする。

『たとえば、多岐にわたる現象の背後にひそむ統一性の意識的な体験----聖者や神秘家によって人間の体験のうちで最も喜ばしく、至高のものだとされている----は、押し寄せてくる感覚の情報から身をしりぞけて、ふだんとは異なったかたちでそれを見るという一瞬の自由によって手に入れられるのである』
(ナチュラル・マインド/アンドルー・ワイル/草思社P105から引用)

しかしこれは、あまりにも体験する人間の感覚、つまり『感覚する人間』が残ったままである。どんなステキな体験も、めくるめく陶酔も、その瞬間が過ぎ去れば、ミジメでどうしようもない自分が帰ってくる。

記憶というゲートから入った人間は一瞬の解放を実感できるが、それが感覚に留まるうちは、決定的な何ものかであるとはいえないだろう。それは『感覚の体験』、そして体験する誰かが残っているのは、本物ではないのだろうと思う。






悟りとは何か
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記憶-自由へのゲート

2010-11-14 07:07:48 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎過去すらも変える

このブログでは、広汎深遠な記憶力の開発練習は、実は現実の変化つまり観想法による願望の成就への関門であることも見てきた。西洋の神秘家が記憶術を重視するのも、密教で入門者が虚空蔵求聞持法をやらされるのも、観想法と一見脈絡のないように見える記憶が、実は現実操作のゲートになっているためである。

記憶とは、個人にあっても、世界にあってもカルマであり、アカシック・レコードであるが、多層の記憶をもってその全体を記憶と呼ぶ場合はおそらく様々な議論を展開して行く場合には不具合が多い。

そこで、薬草好きのハーバード大学のアンドルー・ワイル博士は、記憶を三層に分ける。
『人間の記憶を三つの種類に分けるのは妥当なことだと思われる。

第一は直前のものであり、数瞬前の出来事だけを対象にすると思われる。脳に伝えられるすべての情報は、ごく短時間どこかの部位にとどめられ、じきにそれをどこに貯えられるかが決定されるのだと思われる。

容易に取り出せる場所に整理されることになると、それは最近の記憶と呼ばれる第二の貯えの場所へと送られ、そこで数日間ないし、数週間にわたって保存される。
それからあとは、この記憶は平常の意識ではとどかぬところにためられる。

最後にもっと長期間にわたって取り出せるような場所にとっておくべき記憶であれば、それは第三の長期的な貯えの場所に移されるが、そこには永久的な記憶が整理されるところである。

これらの場所のそれぞれは、平常の意識と活発なつながりを保ち、平常の目ざめた意識の状態のもとで、記憶はそれらの場所から迅速に取り出せるようになっているわけである。』
(ナチュラル・マインド/アンドルー・ワイル/草思社P97-98から引用)

それらの貯え場所は、七つの身体のそれぞれのボディのいずれかにあるのだろうから、記憶の取り出し方に関して、意識の深度が問題になるだろうことに思い当たる。

老人は、最近の記憶はダメだが、昔のことはよく覚えていること、またマリファナでラリっている人は数瞬前の記憶が怪しい。これらの事柄から着想を得て、ワイル博士は、『いま、ここ』が、直前記憶が怪しくなることと関連があると見る。(続く)







悟りとは何か
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観想法とそうでないもの

2008-04-24 06:05:08 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎秘密集会タントラ

『[妃の供養]
みめ美しい16歳になる、女を得て、
加持の3句をもって、秘密裡に供養を始めるべし。
如来の大いなる妃である、ローチャナー等として観想すべし。

二根交会によって、仏[となる]悉地を得ることになろう。
フーン字とオーン字と、パット字を観想すれば、
五光に充ちた金剛杵と蓮花が観じられるであろう。
月光のような光焔ある、快いものを観想すべし。』
(秘密集会タントラ和訳/松長有慶/法蔵館から引用)
※フーン字とオーン字と、パット字は梵字。

文字通り読めば、かわいらしい16歳の娘をそばに置いて、それをローチャナー妃であると観想法を行いながら、彼女とセックスすれば、釈迦牟尼と同じ境地に至ることができるという、我が国の法律に触れかねないことを書いている。

もちろんここを、性愛冥想と見れば、男性側の冥想法であること、射精しないこと。冥想の深まりがあることなどの原則が前提にあることが想像される。

また、基本線は観想法なので、観想によって登場してくる五光に充ちた金剛杵と蓮は、自らの内から出てくるビジョンではなくて、向こう側から来る本物のビジョンであることが絶対条件になるわけで、このようにさらりと書かれたほど簡単に仏[となる]悉地が得られるとは思わない。

チベット密教は観想を中心メソッドとしているので、ここはあくまで観想法のバリエーションの一つとして読むべきだろう。

またこの秘密集会タントラは、世尊が金剛妃の女陰に住するところからスタートしており、12世紀ドイツのヒルデガルト・フォン・ビンゲンの幻視した女陰を思わせるビジョンからスタートしているのも特徴的である。


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プラシーボ

2008-03-28 06:01:02 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎観想法の原則

偽薬を飲ませても、病気の治癒力がある場合があることは、プラシーボ効果として知られている。実はプラシーボ効果とは、人間の「治癒する」という想像力が具現化するものであって、観想法=イメージ・トレーニングの原則を利用したものである。

16、17世紀の西洋にあっては、偽薬や、お守り、聖水、まじない、言葉、文字、呪符がプラシーボ効果を誘発するものとして知られていた。

その効果は、懐疑主義的な人には、効果は上がりにくく、教会のミサに毎度出席しているような信仰に熱心な人の方が効果が高いとされ、また無料でそれをもらった人よりは、代金を払ってそれを手に入れた人の方が効果が高いことが知られていた。

当時のイギリスの民衆魔術治療者カニング・マンは、まず治療に協力してくれるように患者に頼み込んでいた。そのやり方を信じないような者の治療の効果は期待できないことをカニング・マンは知っていたからである。

また治療を始める際の雰囲気造りも重要とされ、施術者が権威があるような雰囲気をかもしだすため、奇抜でゴージャスな部屋に案内したり、高貴な衣装を身につけ、ちょっとした儀式を治療に先立って行なうなど、マルチ商法などでも応用されているようなテクニックは当時から使われていた。

そして、ある意味で患者を上手に威嚇するような態度で接することが、その施術者の権威を高め、患者からの信頼を高めるセッティングとなっていた。

この話題は、民間医療をテーマにしたものであるが、医療に限らず、商品の売り込みでも類似した導入手段が採られていることは、我々が日常感じているところである。

日常感覚では信じられないようなことを理解させるための冥想修行でも、同じようなテクニックは毎度登場してくる。最後は師匠への絶対服従が必要となるからである。権威づけられたポジティブなイメージ構築が、イメージの現実化を産む仕組みである。


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偶像のある宗教、偶像のない宗教

2006-10-06 05:52:05 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎それぞれの自我モデルにフィット

神社に参拝して、八百万の神々をかたどった神像などまずあるものではない。
伊勢神宮の内宮に参拝しても、風に翩翻とひるがえる幕の内側には、遷座された社殿があるのみで、天照大御神の神像があるわけではない。樹齢千年の木立の奥は、神気を感じる感受性がなければ、単なるもぬけの空なのだ。

かたや同じクンダリーニ・ヨーガの系列である密教系寺院にいけば、東寺のように人のイマジネーションをかきたてずにはおかない造形美の仏像が並んでいる。これはわかりやすいものだ。

同じクンダリーニ・ヨーガでありながら、この違いはどこからくるのだろうか。

クンダリーニ・ヨーガでは、観想法と呼ばれるイメージトレーニングが用いられる。
大まかにいうならば、密教では、どちらかというと沢山の個的な神霊について、それぞれが眼前にありありと躍動するように観想することを繰り返すというカリキュラムをとっている。仏像はそのイメージ・トレーニングを大いに助けることがあるのだと思う。

古神道では、どちらかというと絶対神に対する観想法が中心となるのではないか。確かに祝詞においては、天津神、国津神、八百万神と神号を連呼するのではあるが、社殿においては、それらの神々の像形をずらっと並べることはない。せいぜい鏡が真ん中においてある程度である。

古神道においては、帰神が絶対神との合一のステップであるが、そのイメージは、「向こうから神が帰って来られる」という感じのものなのではないだろうか。その最終ステップは密教も同じなのだろうと思うが、密教ではあらゆる個的神霊を自ら呼ぶという訓練の果てにそれをすべて捨て去ることになり、最後は本物のイメージが向こうからやってくる。

古神道では、そういう個的神霊を自ら呼ぶ作業など本筋ではないと考えていたふしがある。つまり古神道においては、そうした個的神霊を呼ぶやり方について神像などで刺激するやり方は必ずしも有効ではないと見たのではないだろうか。

なんとなれば、それは自我の構造に起因するものであり、西洋流の先入観である「自分と主神は最初から別のものである」という自我モデルにマッチしたやり方が密教流であり、東洋的先入観の「もとより神と我は一つである」という自我モデルにマッチしたやり方が神像が必要ないとする古神道流なのではないだろうか。

またこのあたりが、仏教を日本に入れた時の抵抗感の淵源ではないだろうか。仏教は個人の自我の目覚めを早める効果があることを当時の為政者は感ずいていたのである。


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恐怖を克服する修行-3

2006-08-28 05:40:48 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎心霊を信じない

この事件について、別の学識経験者であるデルゲ(東チベット)の街の博士は、また違ったコメントをしている。

ここでは、心霊の存在を信じないことを不信と呼び、
不信は、まま起こることじゃ。確かに、それは神秘家の最終目的の一つだが、弟子が一定の期間が経つ前にこの境地に至ってしまえば、この修行から得られるはずのもの、つまり恐れを知らぬ心を失ってしまうことになる。

それだけではない。師は単なる不信を容認してはいない。それは真理に反することだ。弟子は、信ずる者にとっては神々も悪魔も確かに存在することを理解しなければならない。敬う者には恵み、恐れる者には害となる力を彼らが持っていることを。

とはいえ、修行の当初から不信を懐く者は滅多におらぬ。大抵の入門僧は、現に恐ろしい亡霊に出会っているのだ。』
(チベット魔法の書/デビッドニール/徳間書店から引用)

デビッドニールは、こうした儀式を行う中で、現実に魔物が出現するというオカルトな出来事が起こることは、稀であることを知っていたが、彼女は、そうした心霊的存在が幻覚ではなく、実際にいるのではないかと考えていたようだ。

デルゲ(東チベット)の街の博士の見解はこれに対して、心霊が実際にあると見るレベルもあるし、ないことを知っているレベルもあるとして穏当な見解となっている。心理レベルが落ちていけば、チベットのような荒涼たる大地で冥想しなくとも、何でも起こるものである。


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恐怖を克服する修行-2

2006-08-27 06:46:34 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎観想法から現実の操作へ

デビッドニールは、悪霊を招き寄せているときに当の術者が急死するケースをいくつか見聞きしていた。

彼女がこのケースの見解について質問すると、学識経験者であるクショグ・ワンチェンは、いつもとは違う声で次のように語った。

『「死んだ者たちは、死に至らしめられたのだ。彼らの見た映像は想像の産物である。悪霊を信じないものは、彼らに殺されることは決してない。

従って虎の存在を信じない者は、たといこの獣は出会ったにしても、自分が虎に決して傷つけられないという確信を持てるということだ。

それが自発的なものであろうとなかろうと、心に像を描き出すのは、もっとも神秘的な術なのだ。そこに形成されたものはどうなると思う。肉に生れる子と同じく、これらの心の生んだ子らもまた、われわれから生命を分離し、われらの支配を離れて、独自に動きだすのではないかね。

またこうしたものを作り出せるのは、我々だけであろうか。そのようなものが世界に存在するとすれば、作り出した側の意志あるいはその他の原因によって、これらと接触する可能性がありはしないか。

われわれが思いか行いを通して、これらのものが活動しだす状況を作り出すことが原因のひとつではないのか?

たとえを使おう。

あなたが、川岸から少し離れた乾いた土地にいるとする。この場合、魚はあなたに近づくことはない。だが川とあなたの間には溝を堀り、乾いたところに池を作れば、水がそこに流れ込み、魚は川から泳いで来て、あなたは自分の目で魚を見ることもできる。

不用意に径路(チャンネル)を開かぬよう、よくよく用心することだ。実際無意識という巨大な倉に何が納まっているのかを知っている人間はほとんどいないのだ。』
(チベット魔法の書/デビッドニール/徳間書店から引用)

この事件は、残忍な悪霊トゥオに立ち向かう修行の半ばで、食い殺されてしまった弟の事件である。

観想法においては、ありありとイメージを想像するが、その当のイメージにも本物とにせものがある。本物というのは、どんな場所どんな時代においても変化することのないイメージであり、第六身体のイメージである。にせものというのは、第四身体(メンタル)以下の霊界のイメージであり、どんな素晴らしいイメージであろうと、天人五衰と呼ばれるように、いつかは滅び、死する時が来る性質を持つイメージである。

クショグ・ワンチェンのコメントは、観想法におけるイメージは、取扱に注意すべきことを語ったものであるが、この分類では、にせもののイメージの取扱ということになる。にせものという呼び名ではあるが、霊界深部に作り出したイメージは、現実に実現していくものがある。だから観想法を修する人間は、よくよく注意しなければならないという警告がまず一つある。

そして、霊的な感受性・チャンネルを開いてしまった人間には、そうしたもの(イメージ、霊、波動)が「実在」するものとして干渉してくるのでその危険性を認識せよと二重の意味で警告している。

クショグ・ワンチェンのコメントは意味深長である。「虎の存在を信じない者は、たといこの獣は出会ったにしても、自分が虎に決して傷つけられないという確信を持てるということだ。」これは、「神の存在を信じない者は、たといこの神は出会ったにしても、自分が神に決して傷つけられないという確信を持てるということだ。」という言い換えも可能である。現代人の無神論の心理的な原型がここにある。

大衆のイメージをマスコミのニュース・コマーシャルで操作し、そのイメージを大衆・国民の深層心理に定着させ、やがてはそのイメージを、知らず知らずのうちに現実化させるというやり方は、この原理を知悉した勢力が、政治や経済を誘導する場合の「観想法」を利用した常套手段である。

このストーリーは、チベットの山奥で、初心者の坊さんが、トンデモ修行に失敗して、虎に食い殺された気の毒な事件にとどまるものではなかった。


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恐怖を克服する修行-1

2006-08-26 05:14:24 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎深山幽谷での殺人事件

これは20世紀初頭にチベットに入ったデビッドニールおばさんが出くわしたストーリー。チベットでは入門早々の僧が、山深い峡谷に入り、木や岩にからだを縛りつけ、残忍な悪霊トゥオに向かって呼びかけるように命ぜられ、どんなに恐ろしくなっても自分の体を縄から解いて、逃げてはならないという修行をさせられることがある。

ある兄弟が、一人の師匠(ラマ)について修行をしていた。これはその兄の回顧談。
師匠のラマは、サグヤンという魔物がとりついていることで知られる森の中に行き、首を木に縛りつけるよう、弟に命じた。サグヤンは虎の姿をとって現れ、この野獣の獰猛な性質もそこから来ていると言われている。

木に首を縛りつけたら、自分はサグヤンをなだめるためにつれて来られた牛であると想像することになっていた。その考えに一念集中し、さらに牛と同化するために泣き声をあげる。集中力が十分強まれば、こうしているうちに自我意識を失ってトランス状態になり、食われかけている牛の苦しみを体験できるというのだ。

この修行は、まる三日間続けられることになっていた。ところが、四日目になっても弟は戻って来ない。ついに五日目の朝になってラマは兄に言った。
「昨晩変な夢を見たので、行って弟を連れてきなさい。」
兄はこれに従ったが、森では恐ろしい光景が待っていた。弟の死体が半分食いちぎられた状態で木にぶら下がり、血だらけの肉片が付近の茂みのあちこちに飛び散っていた。

恐れおののいた兄は、大急ぎで弟の遺骸を集め、師匠のところに持ち帰った。

ところが帰って見ると、師匠の庵はもぬけの殻であった。師匠のラマは、経文に祭具、三叉鉾、それに身の周りのものを抱えて、どこかへ行ってしまったのだ。』
(チベット魔法の書/デビッドニール/徳間書店から引用)

迷信を信じないデビッドニールおばさんは、この森では豹がよく徘徊するところを目撃しているので、その豹が襲ったのではないかと推理した。

もはや古老となったこの兄は、「師匠のラマは、人間の姿をとって獲物を引き寄せる、魔性の虎そのものだったに相違ない。人間の姿のままでは弟を殺すことはできない。わしが眠っている間に、きっと虎に変身し、森に走って、弟を食ったのだ」と主張している。
これでは、単なる幻想奇譚=迷信物語である。

学識経験者の見方はやや違っている。(続)


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常不軽菩薩

2006-06-02 06:24:17 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎走り逃げて礼拝

法華経は、摩訶止観などで説かれている諸仏の観想を段階的に行うためのテキストの一種として編纂されたのだろうと思うが、その中に常不軽菩薩の話がある。

常不軽菩薩とは、
『相手が出家であれ,在家であれ、男であれ、女であれ、誰にでも礼拝して、このように讃えました。

「私はあなた方を深く敬います。あなた方を決して軽んじず、あなどることを致しません。あなた方は皆、菩薩道を行じて仏になることができるのですから。」

この比丘(坊さんのこと)は、経典の読誦には専心せず、ただ礼拝の行だけを行いました。たとえ遠くに人々を見ても近づいて、「わたくしは、あなたがたを軽んじません。あなた方は皆仏になるのですから。」と礼拝しました。

ところが人々の中には、心が濁っていて、かえって瞋恚(しんに:怒りのこと)を起こす者がいました。かれらは比丘に悪口を浴びせてののしりました。

「この無知な比丘はどこから来たのだ。勝手に<軽んじず>といい、我等が<仏になれる>とまるで自分が仏であるかのように記を授けるとは・・・。そんな予言は信じるものか」

そうして多くの年月を経て、この比丘は常に罵られました。けれども決して怒らず、「あなた方は仏になるのです。」と礼拝を続けました。

それを聞いて、比丘を杖で打ち、石を投げつける人がいました。そんな時この比丘は、走り逃げて遠くから大声で言いました。
「わたくしはあなた方を軽んじません。あなた方は皆仏になるのですから。」と。

この比丘は、常にこのように言い続けたので、人々は比丘をあざけって「常不軽」と名づけたのです。』
(図説法華経大全/学研から引用)

ここは、あなたと私の区別のある世界を舞台としている話である。この世で有限の寿命を持っているあなたが、何かあなたではない?仏に、いつかはなるという主張である。

仏の側からみれば、礼拝している常不軽菩薩と礼拝されているあなたは、同じ仏の現れである。ところが、ここでは、仏ではないあなたという段階があることを認めて、仏になるために段階を経てなっていくのだという、どちらかというとクンダリーニ・ヨーガの系列の考え方が基底にあるように思う。

そして杖で打たれ、石を投げつけられて常不軽菩薩は、遠くへ逃げるが、釈迦前生譚において釈迦は同じ穴に落ちた虎に、進んで自分の肉体を与えたり、イエスが十字架にかかる運命を予期しながら逃げ出さなかったことと比較すると、いかにも修行中の菩薩であるという印象を受ける。これを捨て身のバクティ・ヨーガとして見るとやや不徹底なところがあるように思う。

常不軽菩薩は、最後には仏になるが、常不軽仏になったならば、杖で打たれ石を投げられても逃げることはないと思う。そんなことは、意に介するはずもないからである。

また、聞く耳持たぬ衆生に、仏になるという暗示を与えては礼拝するという、一つの行に打ち込み、それを完遂するために、逃げ出したと見る見方もあるけれど。

目次
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《常不軽菩薩でTBさせていただきました。》
おでっせいあ) ()
ブッダの直弟子?心の言葉) ()
圭佑の遊歩道) ()
心象スケッチ) ()
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栂尾の高山寺

2006-02-26 06:38:44 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
もう4、5年前になるが、京都栂尾の神護寺、高山寺とめぐったことがあった。丁度紅葉も終わろうとする季節で、夕方近くでもあり、参観者も少なく、落ち着いて明恵の頃の往時の雰囲気をしのぶことができた。

栂尾のあたりは、あれだけ山また山の地勢であれば、米の耕作はできても大規模なものはできないであろうから、寺を作って修行場にするくらいしかないであろうこととは見て取れた。

承久の乱は、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して倒幕の兵を挙げた兵乱であり、後鳥羽上皇は隠岐に配流となったが、承久の乱の上皇方の落ち武者が高尾、栂尾の辺りに逃げ込んだことが、明恵周辺の記録に見える。また承久の乱で、夫が死んで戦争未亡人となった貴族の婦女が大勢高山寺周辺に集まり、明恵がやむなく尼寺にこれを受け入れた記録がある。

明恵がその高山寺にいた時に、弟子の僧たちが群がって仏前で勤行していた時に、その目の様子、顔の表情、手の様子、坐り方、本尊の周りを巡り歩くその作法をじっと見て、あまりにお粗末であり、信心のかけらもないことに呆れ、思わず涙を流したことがあった。

あの謹厳な明恵が直接指導する、700年前のプロの修行者の集団であっても、この有り様であった。いわんやそうした規制・たがのない現代では、ますます心をこめて本当のものを探し求める人の集まった施設はますます少ないのだろうと思う。

一方明恵は、建仁寺の栄西(当時の禅の師家)が、俗事を離れて本当に修行に打ち込みたい人だけを集めた専門道場(坊舎)を建てたことを、本当に必要なものであると評している(遺訓)。本当に求道の気持のある者だけを集めて切磋琢磨させるスペースは必要なのだ。

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栂尾高山寺門前(江戸時代から観光名所だった)



《栂尾高山寺でTB/リンクさせていただきました。》
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無用の者(いたずら者)になる

2006-02-25 07:30:19 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎明恵の遺訓から

「自分の仏性(自分が持っている仏になる可能性)に到達することは極めてまれなことである。」
当時はそうだったかもしれないが、今は事情が違っている。人生のあるべき姿(あるべきようは)を真剣に考えるような人であれば、自分に聖なる本質があることは直観しているものではないだろうか。

「よく注意して、十分考えて師を決めなければならない。あるいは親の命令によったり、あるいは友人に連れて行かれたり、またはその場しのぎによったりして、師を決めることをなおざりにしてはならない。円覚教には「作・止・任・滅」の四病を除くものを師とせよと言っている」

※「作・止・任・滅」とは、悟りを求めようとする者の四種の病のことで、作病とは、種々の行為をなしてさとりを求めようとすること。止病とは、もろもろの念想の働きをとどめて悟りを求めようとすること。任病とは、一切(あらゆるもの)にまかせてさとりを求めようとすること。滅病とは、一切の煩悩を滅して悟りを求めようとすること。

ほとんど悟りというものに素養がないのが普通の現代人にとっては、親や知人の紹介というのは、一見の情報よりは信用できるとされるが、悟りに関する基礎知識がなければ、正しいものをかぎ分ける嗅覚も働きにくいのではないだろうか。
ここは、師匠に試行錯誤させられることを避けるべきだと見ているが、師の指示によらず自分で冥想・工夫しても試行錯誤はあるものだろうけれども・・・。

「私が常に志のある人に対して、「仏になったところで何になろう仏道を完成したところで何になろう。すべて求める心を捨て去って、無用の人間(いたづら者)になりかえって、とにもかくにも自分というものを捨てて、飢えが来れば食し、寒さが来れば衣をかぶるだけで、一生を終えたなら、たとえ大地を槌で打ち外すことがあっても、よもや仏道を打ち外すことはないだろう」と申したのを、傍らにいた人間が聞いて、

さては無用の者(今ならニート?)になるのが、よいことなのだ、自分もそうなるのがよいことなのだ、自分もそうなろうと思って、飽きるまで食べ、飽きるまで眠り、あるいは雑念にひかれて時間を過ごし、あるいは雑談を語って日を暮らし、人々のためにわずかな利益にもならず、寺のためにかりそめにも助けにならず、明けては暮れるというように過ごしていって、我こそは何もしない無用な人間になったと思ったならば、これは畜生の無用な者になり返ったのである。

そんなことをしていれば、きっと地獄の衆の一人に数えられるようになるだろう。どうして悟りが成就できようか。」
(日本の名著 法然/中央公論社の「栂尾明恵上人遺訓」から引用)

なるほど老子も言う無用の用というものが、求道の気持のない者にとっては正しく理解されないことである。

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明恵が耳を切る

2006-02-24 05:51:15 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎母へのイメージトレーニング

明恵は、七歳で父母を相次いで失った。よくよく不条理な心理に追い込まれることを覚悟しての生い立ちを選んできたものであろう。しかし特に母を失った喪失感は、払拭しきれないものがあり、仏眼仏母像を念持仏としていたことから、仏眼仏母像を母代わりに見立ていたところがあったのではないかと思われるふしがある。明恵のような厳格な求道者でも、虚無的な生い立ちから来る感情の揺らぎを押さえきれるものではない。

紀伊白上では、この仏眼仏母像の前で、かみそりで自分の右耳を切った。耳を切れば、かたわ者として人に可愛がられることもなく、僧として奢り高ぶる心も出るまいと考えてのことであった。翌日、耳の痛さにもかまわず華厳経を大声で読んでいると、文殊菩薩がその姿を表わしたといっているが、自傷するのは、一種のノイローゼ状態であり、得道に至る心理過程で起きたひとつの異常心理状態なのだと思う。その後しばしば、明恵は、自らを耳切りぼうずと称していることがある。

明恵の坐禅は、密教の観法であった。想像力を働かせてその仏、菩薩の実在をイメージすることである。明恵の遺訓にも、「道場に入るたびに生身の釈迦がいらっしゃると見て、まさしく生きている如来の御前に望んでいると想像しなさい。木に刻み、絵に書いた仏を
生きている仏と思い込めば、やがて生きている仏である(ことを実感する)」とあり、密教の観想法(イメージトレーニング)が中心の冥想法だった。だから明恵が、坐禅、禅定といっても、公案禅でもなく、只管打坐でもないところが注意が必要である。

南無弥勒菩薩と臨終に際してとなえさせたのは、ユニークである。いかにも密教風である。

ただ明恵には、明星を飲んだというようなピーク体験の記録がないようだ。

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明恵の永い志

2006-02-22 05:45:58 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎多彩な修行

1.明恵は、ある日石を拾って、只一人で石打ち遊びをしていた。そこで他人が「なぜそのような遊びをされるのか」と問うたところ、明恵は、「あまりに仏法を説いた文章等に捉らわれて心が晴々としないものでね」と答えた。

釈迦は、生老病死の人生すべてが苦であると見た厭世観からスタートしたので、釈迦在世当時の弟子の間でも厭世観からの自殺が多かったように聞く。だから釈迦の教えに入れ込めば入れ込むほど、気分はふさぎ、鬱々とした状態になるものである。

だからと言って古神道系の人生観は、明るくて良いなどと簡単に言えるものでもないけれど。

2.明恵は、他人が自分のために祈祷を希望しても、明恵は、いつも生きとし生けるものすべてのためを祈っているから、わさわざその人のことだけを祈るのは、平等を欠いているとして、その人のためだけに祈ることはなかった。

明恵は、いわゆる拝み屋としての生業に落ちることを嫌い、あくまで一僧侶としての立場を崩していない。

3.明恵の禅定(冥想)に対する考え方には、次の言葉がある。「禅定修行の上で三つの大毒(邪魔)がある。睡眠、雑念、坐禅の姿勢(坐相)が正しくないことである。この三つを取り除いて、一切求める心を捨てて、ただ無所得(執着・分別しないこと)の心だけを持って、自分勝手に取り計らうことなく、役にも立たぬ人になりきって、現世も後世も永劫になし遂げようとの永い志で修行をしなさい。自分勝手な希望などは決してもってはいけない。このことは先年和歌山で文殊菩薩が私に指示したことである。」

明恵は、最晩年には、「仏法を会得した」と述懐している。ところが、「現世も後世も永劫になし遂げようとの永い志で修行をしなさい。」とは、禅の世界ではまず聞かない、気の長い心得である。というのは、明恵は、前世でも善行を積んで、禅定に打ち込むという修行のあり方こそが王道であると考えていたからである。つまり善行を積むというカルマ・ヨーガと、禅定の中での多数の仏菩薩の観想法(イメージ・トレーニング)、そして南無阿弥陀仏のマントラ・ヨーガと多彩な修行を経て、仏法を会得した経験が「永い志」が大切と言わしめているのだろう。

明恵は、禅定はおろそかで、教学の研鑽ばかりする人の多いことを批判している。

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明恵の徹底

2006-02-21 05:28:18 | イメージ・トレーニング(冥想法1)
◎一修行者として生きる

ともすれば、日常生活がちゃらんぽらんなので、冥想でもして気持を立て直そうなどと不埒なことを考えがちなものであるが、明恵の徹底ぶりは、尋常ではない。これほどまでに徹底して自分を律することはなかなかできることではない。

明恵の周辺には、いわゆる高級神霊がその徳に感応して、不思議な奇瑞をなした話が多数伝えられてはいるが、そういったものを意に介さず、成道していないただ一人の修行者として地味な生活を貫き通したのは、稀有なことである。そしてひたすら冥想に打ち込んだ。

アッシジのフランチェスコの姿勢にも通ずるところがあるように思う。

1.在家の弟子秋田城介が明恵に雑炊を差し上げたところ、一口飲んで、しばらく左右を見て、傍らの引き戸の縁に積もったほこりを雑炊に入れて食べた。明恵は、その奇妙なしぐさについて「(雑炊が)あまりにも香りと味わいが良すぎたもので」と語った。明恵は、平生からおいしそうなものは食べなかった。

2.明恵は、寒い時でも、火鉢に炭を起こしてあたることはなかった。最晩年になり、病気のためにと他の人が勧めたので、いろりを造り、初めて炭火にあたった。

3.松茸は当時から貴重であった。さる人が、明恵が松茸好きと聞き、「東奔西走して、松茸を手に入れました」と言上し、明恵に進呈すると、明恵は、修行者の身でありながら、松茸好きと言われるのを恥ずかしいことであるとして、以後松茸を一切食べなかった。

4.明恵は、飲酒せず、食事も一日一回であり、正午を過ぎてから、食事することはなかった。しかし老年になって食事が進まない病のために、正午を過ぎて漢方薬(山薬)を飲むことはあった。

5.明恵は生涯童貞であった。明恵は幼い頃から貴い僧になるのが夢であったが、どんな魔にみいられたのか、たびたびもう少しのところで邪淫をしてしまいそうなことがあった。しかしその都度不思議な妨害が入って、邪淫をすることはなかった。

6.明恵は、禅定(冥想)だけを好んで、小さな桶に数日分の食事をもらい受け、肱にぶら下げて後ろの山に入り、木の下や石の上、木の洞穴や岩穴などで一日中、一晩中坐って(冥想して)いた。

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