アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ドラッグと正気

2017-12-23 06:56:37 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎音楽が見え色が聞こえ

向精神性薬物を投与すると、人は時間、空間の認識を失い見当識すら失うこともある。
LSDでは、アルチュール・ランボーではないが、音楽が見え色が聞こえるなどという。

出口王仁三郎の道歌
『耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず』

クンダリーニ・ヨーガで見ているこのような世界は、私たち自身があるがままに世界を見ているのだろうが、その世界は、奇しくもラリッた世界に近いところがある。

クンダリーニ・ヨーガや、ドン・ファン・マトゥスのソーマ・ヨーガでは、いわゆる秩序とコントロールと正気のもとに、その世界にコンタクトし活動する。

一方このような師匠なしで、『科学的に』向精神性薬物を投与した場合、このような時間・空間の認知を失う状態が一時的に発生するが、元に戻ることになっている(戻らないケースもあるようだ)。

臨死体験ですら、その体験したとされる中身は、非常にばらつきがあり、こうした向精神性薬物投与でも、得られる状態は、バッド・トリップが多く、この一なるものやキリストや釈迦を見たなどの成功例は少ない。

シャクティ・パットはエネルギー注入などではなく、口を切るだけだといわれる。こうしたドラッグ投与も同様の位置づけなのだろう。ドラッグ投与は、不必要な霊道を開くことでもある。

クンダリーニ・ヨーガとかソーマ・ヨーガの師匠からみれば、真正の宗教体験を持たない人間がこうした危ない薬物を投与するのは、あらゆるろくでもない結果が待っているということなのだろう。

自分自身に準備ができているか、すべてを捨てる覚悟があるか、そのグルは本物か、など求められる条件は厳しい。

それでもそうしたドラッグを、無慈悲にも実験しようとした人はいたようだ。

『一九五一年、ポワンサンテスプリというフランスの小さな村が、一夜にして全村狂ったようになった。村のおえら方がいく人か、窓からロ一ヌ川へ身を投げた。かと思うと、ライオン、虎、そして「ロバの耳を持つ強盗」が追いかけてくると悲鳴をあげながら、通りを走り抜けた。たくさんの死者がでた。
生き残った者も、数週間はふしぎな後遺症に苦しんだ。
ジョン・C・フラーは自著『聖アントニウスの火がおそった日』で、このふしぎな事件を麦角菌がついたライ麦粉のせいだとしている。』
(アシッド・ドリームズ CIA、LSD、ヒッピー革命 マーティン・A・リー/共著 第三書館P49から引用)

こうしたものを群集鎮圧とか、都市ゲリラ戦などで使おうと発想する人がいるのもまた事実なのである。

このレベルはひどいかもしれないが、こういう意味でも、まことに人の意識・無意識は心理現象でなく、現実直結ではある。きれいごとでない部分がある。ノン・デュアリティとはそういうものである。
コメント

オウムの薬物乱用と記憶抹消

2017-07-16 02:47:04 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎従順な仔羊信者たちの悲劇

最近オウム関連本を何冊か読んだ。

1.未解決事件オウム真理教秘録 NHKスペシャル取材班/編著 文藝春秋
2.オウム事件17年目の告白/上祐史浩/扶桑社
3.検証・オウム真理教事件/瀬口晴義/社会批評社

オウム関連本をまとめて読む人はそう多くはないだろう。というのは一冊一冊が刺激が強すぎて、一冊読めば他のことも想像できるみたいな気分にさせられるからである。

特に気になったことは2点あり、その一つは、LSD(と覚せい剤)入りドリンクを信者に大量に飲ませたが、その影響からか、サティアンでは統合失調みたいになった人を時々見かけたという点。教団内では、こうした人たちに十分なケアは与えられなかっただろうから、この人たちはその後どうなったのだろうか。

もう一つは、ニューナルコと呼ばれる薬物(睡眠導入剤?)と脳への電気ショック+洗脳情報強制投与による記憶抹消を施術された人数は約100人で、一人で20回以上やられた人もいること。

これをやられると、ある期間の記憶の一部が欠落して、人生上のセンシティブな部分が荒廃してしまう。

この記憶抹消をやられた人は、教団の殺人やサリンなどの犯罪を偶然知ってしまった人たちであって、素直で従順な信者であったがゆえにこのような目にあった側面があり、結構古参信者が多いことも目に付く。

グルへの絶対服従は、法治の観点からすれば、信者の人権無視人権侵害にあたる。だが、たとえば観想法でいえば、カトリックでも正教でもチベット密教や比叡山でも、何か月も籠って観想やマントラをやらせる修行法はあるものだ。また道教でも魏伯陽が、弟子二人に毒を飲ませることを強要した事件もある。

だからグルへの絶対服従がだめとは、一概には言えない。
宗教の修業は、生死を賭けるものだから、出家修行では、日常生活は捨離される。

よってオウムではグルが問題だったということにはなる。

古参信徒の中には、グルの悟境を見極めてさっさと脱会した人もあるという。さもありなんである。

ことほど左様にお人よしの多い日本人。正師とは悟った人のことだが、悟っていない人が師匠や教祖が悟っているかどうかを見極めることなどまずできない。

その行為が合法であっても善行であるとは限らないし、最も厳しい見方では、悟っていない人間の行為などほとんど悪という見方すらあるのだ。

それでも坐る。

コメント

日本文化は麻で成る

2017-04-14 05:45:04 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎衣(ぬの)としての大麻

海外で大麻の規制が緩いせいか、日本でも大麻解禁を意図した本が時々出版される。

しかしどうも議論が、ためにする議論が多いように思う。

スピリチュアリストとしては、大麻と言えば伊勢神宮の「神宮大麻」というお札。大麻は日本文化の中核なのだ。

そもそも古代日本で衣類の素材は基本は麻(大麻)だった。絹と木綿はあるにはあったが、とても貴重な品である時代が続いた。庸や調で収めた布は麻だった。

木綿は大量生産が可能になった戦国時代頃から普及していった。

人間の生活は衣食住と信仰だが、15世紀以前は、日本の衣料の素材の大半は大麻だったのだ。貴重な衣服の材料だからこそ喫煙するなどという伝統は起こらなかった。

古神道は、チャネリングとクンダリーニ・ヨーガで成り、ソーマに類する物は用いないし、仏教に薬物冥想はない。

もし大麻喫煙の非社会性から大麻がタブー化されたなら、日本の意匠文化には大麻がなかったはず、布地のデザインでも木工芸でも「麻の葉」は最も多用されるモチーフなのだ。

戦後米軍がそうした文化への理解浅く、大麻を規制したのは、何も知らない寝た子を起こすようなものだったのかもしれない。
コメント

一点と世界全体、一瞬と永遠

2017-02-28 05:25:37 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎華厳経とドン・ファン

華厳経から
『一一の微塵の中に仏国海が安住し、仏雲が遍く護念し、弥綸して、一切を覆う。
一つの微塵の中において、仏は自在力を現じ、神変することもまたかくの如し。
諸仏及び神力は、盧遮那の示現したもうなり』
(華厳経盧遮那仏品 第二之二)

一粒の微塵の中に巨大な仏国土が存在している。

これに対してヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファン・マトゥス
『「一瞬が永遠にもなるということを知ってるか?これはなぞなぞなんかじゃないんだぞ。事実なんだ。
ただし、お前がその瞬間に乗って、自分の全体性をどの方角へも広げていけるようにそいつを利用すれば、
の話だがな」』
(力の話/カルロス・カスタネダ/太田出版P16から引用)

さらにドン・ファン、
『いまこの瞬間、お前が不滅というものに囲まれているのがわかるか?そして、お前が望みさえすればその不滅というものを利用できることを知ってるか?』
(力の話/カルロス・カスタネダ/太田出版P16から引用)

ドン・ファンは、一瞬が永遠であることを示し、それすらも利用できることをほのめかす。この言葉に続いて彼は、自分の全体性をまとめて、肉体という境界を越えて出ることすらもできると言う。

自分の全体性とは本尊のことであり、アートマンのこと。一即全、一瞬即永遠とは、無味乾燥な戯言にも聞こえるが、そこには体験とはいえない体験の裏打ちがある。

肉体から出ると言ってもヘミシンクのことではない。神人合一を見ているわけだ。

例の広島県三原の隠遁者エスタニスラウ・マリア・ヨパルト神父も華厳経のことは評価していたようだ。

コメント

トナールとナワール

2016-11-01 05:26:53 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎生と死、光と影

トナールとナワールはドン・ファン・マトゥスの世界を語る代表的概念。

一見するとトナールは、顕在意識の側である。トナールは自己なのだが、その大きさは、いわゆるみじめでちっぽけな自分から極大の自己であるアートマンにまで拡大する場合がある。自己ではあるがそれは、世界全体を指す場合すらもある。

だからトナールは、「トナールへのどんな脅威も、必ずトナールの死という結果をもたらす」(力の話/P209)。この死は、大死一番のことを指し、死ならなんでもよいということではあるまい。

だからトナールが死ねばその人間は死んでしまう。戦士はバランスをとるためにナワールを出現させる。

ナワールは明らかに無意識、潜在意識の属性を備えている。だからナワールが表面に出てくることを学ぶとトナールにひどいダメージを与えることがあるなどと言われる(力の話/P209)

ナワールは、こうして見ると、ユング心理学などでいう影みたいなものでもあると思う。トナールは生、ナワールは死というのもこの見方にマッチしている。

ドン・ファンの世界には、これらとは別にイーグルがある。イーグルこそ大神である。ドン・ファンの言い回しの中にトナールも神などというのも出てきて混乱するが、本来の自己(本尊)も神みたいなものであることを考えれば、トナールも神という表現に問題はないと思う。

自己、自我の多次元性とその広がりを目撃すれば、トナールについての表現はこのようなものになるということについて違和感はない。

カスタネダシリーズの太田出版による再版も喜ばしいが、講談社学術文庫に入っていたのは知らなかった。ただその手法たるソーマ・ヨーガは、日本ではほとんど難しい。
コメント

自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向かう

2016-10-19 05:33:55 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎不思議な悲しみ

弟子カルロス・カスタネダに対して、ドン・ファンが語る。
『「逃げ出して場当たり的に行動するのではなく、自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向かっていくかもしれないんだ」

ドン・ファンのことばには、不思議な悲しみがこもっていた。たぶんのその悲しみはわたしの悲しみだったのだろう。わたしたちは長いこと黙り込んでいた。』
(力の話/カルロス・カスタネダ/太田出版P146から引用)

人は死と隣り合わせに生きている。若いときは、総じて死を意識するサイクルは少ないものだが、親が老いて弱って来たり、自分の肉体の老化を感じるとき、死を意識するものだ。

最近は、東日本大震災、熊本地震と突然の死を意識する時が増えた。

現代文明は、死を忌避するという特徴が文化、社会通念全般に行きわたっており(アポロン型文明)、死から逃げ出して場当たり的に行動するということが起こっても、世間的にはまずその行動に疑念を抱かれることはない。

ところが、このドン・ファンの自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向う生き方とは、死の世界をクリアして生が何の問題もないことを承知しながら天命を生きるということ。死生両全。

換言すれば、悟りを持ちながら人生を押しわたっていくこと。悟りとは命の悲しみのこと。このシーンには、その悲しみがしみ渡っている。
コメント

ソーマ・ヨーガと現代社会

2016-10-10 06:57:06 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎疑わしい日常生活の現実性

ドン・ファン・マトゥスは、ペヨーテばかり使っていたと思いこんでいたが、何十年ぶりにカスタネダ本を見返してみると、ジムソン・ウィード(チョウセンアサガオ属の一年草)とプシロシベ(マジック・マッシュルーム)も摂取していたことを発見。

ドン・ファン・マトゥスはペヨーテのことを“メスカリート”と呼び、優しい教師であり守護者と位置づけ、
ジムソン・ウィードとプシロシベのことは“盟友”と呼び、人間があやつることができるものと位置づけ、ペヨーテとは別の扱いだった。

ドン・ファンがキノコを使うときの手順は、まずそれを小さなヒョウタンに入れて乾燥した粉末にする。そしてそのヒョウタンに封をし、一年間そのままにしておく。それから粉末を五種類の別な植物と混ぜ合わせて、パイプでふかすきざみを作った。

思い切り強烈な向精神性薬物を3種をあやつるのだが、分量を一歩間違えればあの世行き。カスタネダは、ドン・ファン・マトゥスの弟子として1961年から5年を過ごし、彼は「日常生活の現実性は疑う余地のないものだというわたしたちの誰もがもっている確信を失いはじめたのだ」と述懐する。荘周胡蝶の夢となったのだ。

堅気の社会人として日本でやっていくためには、こんなことには近づくことはできない。でもちょっと求道あるいは冥想というものを真剣に学び始めれば、この善良な社会人の通念としての世界が絶対堅固なものではないという言説(たとえば色即是空)にあふれていることに気がつくものだ。

さて、女優高樹沙耶さんは、話題の人気映画にでたり、人気の連ドラに出たりと芸能界の寵児だったが、大麻合法化活動みたいなことを掲げた瞬間、芸能界から干された。

また酒井法子や、ASKA、清水健太郎 など、有名人の薬物事犯は枚挙にいとまがないが、そういう単なる快楽増進目的でやるのと、カスタネダのそれは違う。しかし「オウム真理教では、LSDドリンクで洗脳していたではないか」と反論されると、宗教におけるソーマ・ヨーガという看板そのものが、現代社会では十把ひとからげで危険なものとされてしまうことに対して、説得力ある効果的な説明は極めてむずかしい。

カルロス・カスタネダは、恵まれた環境と正師に恵まれ、ソーマ・ヨーガの可能性を世に示したが、現代社会では、その道を持続的に発展させることは不可能なのではないか。

ソーマ・ヨーガは、ヴェーダの昔からあるとはいえ、次の千年王国において初めて公認され得るものなのではないか。
コメント

蓮喰いびと

2016-09-30 05:19:16 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎車内でモバゲー、漫画

オデュッセイアに、国全体がアヘン窟のようになった蓮喰いびとの国が登場する。

オデュッセウスはトロイアからの帰途、御承知のように長い年月の間各地を漂流し、十年目にようやく故郷の島イタケーへ帰りつくのだが、これはその放浪の船旅のひとつのエピソードである。

オデュッセウスはキコネス族(多分エーゲ海北岸の蛮族)の国で戦った後、大嵐に見舞われ、九日間漂流をつづけて十日目に《蓮喰いびと》の国に上陸する。この奇妙な名をもつ国の住民がどんな人々かを調べるために部下を派遣すると、蓮喰いびとたちは別に害を
加える様子もなく、ただ蓮の実をとって食べさせてくれる。

部下のうちで、この蓮の、蜜みたように甘い果実を啖(くら)った者は、
みなもう帰ろうとも、報告をしに戻ろうとも思わなくなり、
ただひたすら、そのまま蓮の実喰いの族(やから)と一緒に実を貪(むさぼ)って、
居続けばかりを乞い願い、帰国のことなど念頭にない模様
(『オデュッセイア』第九書 呉茂一氏訳)

そこでオデュッセウスは、ここに居残りたいと泣き叫ぶ連中を無理やり船に連れ戻し、漕座の下に縛りつけて大急ぎで出帆する、という次第である。家郷を忘れて恍惚と暮らす、というところから、蓮喰い人(ロートプァゴイ)とは現実を思いわずらうことのない浮世離れの人々の代名詞のようになっている』
(花の神話学/多田智満子/白水社P165-166から引用)

この譬えは、古代の異国の伝説のことでなく、すべてを忘れスマホゲームに打ち込む老若男女が大勢棲む我が日本国のことでもある。

最近の日本の若者は外国に出なくなったと言われるが、その理由の一つは世帯所得の低下であり、もう一つは、モバゲー隆盛であろう。電車、バスに乗る人には、スマホ、携帯でゲームをしたりマンガを見ている人ばかりである。

日本人が蓮喰いびと化してきている。周囲の状況に注意を払い、その情報で思考するという当たり前の習慣を失った人々の行く先は亡国である。

9月の一か月のうちまともに晴れたのは一日あったかどうか。関東大震災は、長雨の後だったそうだ。人心晴れなければ、天変地妖も起きがちなものである。
コメント

マンドレイク=恋なすび

2016-09-06 06:07:16 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎レアとラケルの寵愛争い

マンドレイクは、根の形が人間の二本の足に似ているため、様々な想像を掻き立てるものだ。

これが、聖書の創世記第30章に登場してくる。姉レアと妹ラケルでは、ラケルの方が美人で、夫ヤコブは、ラケルの方ばかり寵愛し、レアのところにはあまり寄り付かなかった。

ところが神の側には、まず姉を寵愛すべきというルールがあり、レアはさっさと4人も子供を産んだが、ラケルはヤコブの寵愛を一身に受けているにもかかわらず、いつまでも子供ができないことを不満に思っていた。

ある日レアの子供が麦畑でマンドレイク(恋なすび)を見つけたところ、妹ラケルが「それを私に頂戴」とねだった。

するとレアは、「あなたがわたしの夫を取ったのは小さな事でしょうか。その上、あなたはまたわたしの子の恋なすびをも取ろうとするのですか」。ラケルは、「それではあなたの子の恋なすびに換えて、今夜彼をあなたと共に寝させましょう」。

というわけで、レアは首尾よく夫ヤコブと久々に寝ることができた。

ラケルは、この媚薬マンドレイクが効いたのか、初めて子供を産むことができた。

マンドレイク(恋なすび)は、旧約聖書のお墨付きを得たので、この後西洋社会では催淫剤として、夜の褥(しとね)や怪しい儀式で頻繁に用いられた。

マンドレイク(恋なすび)を服用すると、変性意識状態を生じる。変成意識には、トランスが代表的であるが、変性意識を体験したほとんどが悟るわけではないように、マンドレイクを服用したらまず悟るというものではない。臨死体験しても皆悟るわけでもなく、天国に進む死者が皆悟るわけでもない。

ただ変性意識は、無用の用の入り口として在る。


コメント

ドクニンジン

2016-09-01 05:10:14 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎日本の山野の自然毒たち

ソクラテスは、死刑執行官にドクニンジンの量を減らして致死量以下にしてくれるように頼んでみたが、死刑執行官は必要な量をすりつぶしたのだとして、譲らなかった。こうして致死量のドクニンジンのジュースをソクラテスはあおり、四肢が毒で麻痺していく様を自分で「どこまで感覚がなくなった」などと、自分の死刑執行を自分でコメンテーターしながら死んで行った。

ドクニンジンは、セリに似た葉を持ち、小さな白い花をつける。もともとは、日本には自生していなかったのだが、全国的に自生地が拡大しつつある。厚労省HPによると、山菜として食用になるシャク(コシャク)に似ているため誤食の可能性もあるが、植物全体に不快な臭気があり、紫紅色の斑点で識別できるとしている。

厚労省の自然毒のリスクプロファイルHPには、こうした日本に自生する動植物の事例が紹介されていて、チョウセンアサガオトリカブトやジャガイモ(芽の部分)などの古来誰でも知っているもの以外にも、次のようなのがある。

アーユルヴェーダでは蛇咬傷の薬として知られているグロリオサは、つる性の熱帯植物だが、地下部を食べて中毒死した事例もあるけれど、花の美しい園芸植物として市販されている。 
また強心剤として古来から知られるジギタリスも鑑賞用の他、一部は野生化している。

古代の薬草本では、意外にも、その効能が、蛇やサソリや毒グモに刺された場合の症状緩和が大きな割合を占めており、これらが突然死の原因のかなりの割合を占めていただろうことがわかる。

食べられない植物を食べる機会はまずないが、将来食料の乏しいシチュエーションもあろうから、こうした野草についての知識もある程度必要になろう。山野の植物は戦後70年の経済発展の結果、未知のものが相当に増えているようでもあるし。

コメント

上薬、中薬、下薬

2016-05-30 05:33:16 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎不老不死と仙人

古代中国では、薬を上薬、中薬、下薬の三分類した。
上薬とは、不老不死を実現し、仙人になる薬であり、中薬とは、性を養い健康を維持するための薬である。下薬とは病気を治す薬である。

道教的冥想体系では、呼吸法、柔軟体操があり、坐忘などの冥想体験が語られているので、その体系の中の一部として、服薬=外丹があったということになる。

外丹の3分類が上薬、中薬、下薬であって、ヤキ・インディアンの冥想マスターであるドン・ファン・マトゥスが、ペヨーテ・サボテンを用いて人を別の世界での修行(ソーマ・ヨーガ)にいざなったが、ペヨーテ・サボテンのようなものが、上薬に該当する。

不老不死を実現し、仙人になるなどというのは、いわば客寄せの看板のキャッチ・コピーのようなものであって、文字通りの不老不死実現や仙人になることではない。魏伯陽のようにすべての世俗的なものを捨て去った者が初めて入れる道であって、その道の途中で望見するもの一つが、不老不死や仙人ということになるのだろう。

中国では世俗には王道があるが、世俗を問題にしない者にとっては、別の「道」がある。
コメント

ドン・ファン・マトゥスの背中をドン

2016-04-13 05:35:34 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎水を飲むかどうかは本人次第

1980年代にスピリチュアルの書店の書棚を覗くと、クリシュナムルティ、OSHOバグワン、そしてカルロス・カスタネダがご三家だったように思う。

カルロス・カスタネダは、本人も故人、師匠のドン・ファン・マトゥスも故人となったが、ソーマ・ヨーガの死の世界を開示してくれた。

その著書の中で毎度登場し、いつもその理由が気になっていたのが“背中をドン”である。

『別の機会に、彼は他の説明のしかたをした。何かの話をしている最中にだしぬけに話題を変えたかと思うと、冗談をいいはじめたのだ。彼は笑い声をあげ、ひどくやさしく私の背中の、肩胛骨のあいだあたりを叩いた。まるで私に触れるのが失礼だとでも思っているみたいな、おずおずとしたしぐさだった。

私の緊張を見てとると、彼はくつくつと笑った。
「臆病なやつだな」とからかうようにいうと、こんどはさらに力をこめて私の背中を叩いた。
耳がブーンと唸り、一瞬、呼吸が止まった。肺をじかに叩かれたような感じだった。息をしようとするたびに、おそろしく気分が悪くなった。が、何度かのどを詰まらせて咳こんだあとやっと気管が開くと、また深くなめらかな呼吸ができるようになっていた。

突然強い一撃をくらったというのに、むしろすばらしく気分がよくなっていたので、彼に腹を立てることも忘れていた。』
(沈黙の力 意識の処女地/カルロス・カスタネダ/二見書房P11から引用)

“背中をドン”は1回だけではなく、また話題を突然転換するなど、弟子を混乱に陥らせようとするテクニックが用いられている。

呼吸覚醒=ヴィパッサナーなどでは、呼吸と呼吸の間の切れ目を注視するような技法があるが、ここは背中ドンで肉体もエーテル体ももろともに裂け目に直面しようとさせたのか。

そもそも師匠が弟子の肉体に触れることなどめったにないこと。
それでも『馬を水飲み場に連れていくことはできるが、飲むかどうかは本人次第という現前たる法則がある』。背中ドンには期待しちゃいけない。
コメント

大麻とアメリカ

2016-01-29 05:49:16 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎非日常の裂け目との親和性

日本では様々な宗教が芽生え根付いていったが、ソーマ・ヨーガだけは隆盛にならなかったのは、その社会と日本人の健全性のなせる業だと思う。

大麻と言えば、日本には伊勢神宮の神宮大麻という紛らわしいものはあるが、ソーマが社会的に公認されることはなく、酒一本でこれまできた。

アメリカは、19世紀には、大麻が広く喫煙され、ルイス・キャロルの1865年の『不思議の国のアリス』や1872年の『鏡の国のアリス』に影響を与えたとされ、1860年代から40年間カエデ糖ハシシキャンデーが処方箋なしで買えた。

また1880年代から1920年代には、アメリカ各都市にはハシシ喫煙パーラーが乱立し、ニューヨーク市だけでも500件のハシシ喫煙パーラーが存在していたという。

こうして20世紀初頭には、既に4世代にわたる大麻草利用者が存在していた。1937年アメリカは、大麻取締法を制定したが実効なく、ニューズウィークによれば、1945年10万人以上のアメリカ人が大麻草を喫煙し、1967年には、1百万人が大麻草を喫煙していたという。

大麻を含むドラッグ吸引は、とかくベトナム戦争帰りの米兵が持ち込んだみたいに言われることがあるが、大麻についていえば、それはアメリカの土着カルチャーだったわけだ。

アメリカ映画では、ドラッグの話題の出ないものは非常に少なく、日本に比べれば、ドラッグによる人生の非日常的側面についての理解は、アメリカの方がはるかに進んでいたようだ。

ただしそれが良かったかどうかは疑問である。例えば、霊能力があることが、必ずしもそれがないことよりも優れているかといえば、そうではないからである。

非日常の裂け目が開いていることの是非は簡単ではない。
コメント

一生を数秒で見る

2015-12-17 05:41:28 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎マリファナと防御の喪失

ジム・デコーンは、1971年冬ニューメキシコの山岳地帯で自給自足の生活をしていた。ある日知人に夕食に招かれ、疲労困憊した状態でマリファナを勧められた。その結果彼は通常の防衛機能を失い、知人の無意識の敵意が彼のみぞおちにショックを与え、彼はほとんど気を失いそうになっている自分に気がついた。

ジム・デコーンは、外の空気を吸いに行くなどと言いながら、零下20度の外に出た。その冷たい外気はショックを与え、彼はトラックにもたれ掛かろうとして気を失って倒れる一瞬の間に、馬車や18世紀の服装をした人が出てくる、誕生から老年を迎えて比較的高齢で死に至る完全な一生が、加速されていない「リアルタイム」で進行するのを見た。

死を迎えた瞬間彼は自分がトラックの泥で固まったタイヤのそばに横たわっていることに気がついた。
(以上出所:ドラッグ・シャーマニズム/ジム・デコーン/青弓社P39-40)


高粱一炊の夢では、夢だったのでそんなものかと思うが、加速されていない「リアルタイム」で進行するドラマは、現実そのものだが、後で語ることになれば「夢」としか表現できないのだろう。これは、まさに体験であって、体験とは言えない体験とは別物である。
コメント

アンジェリカ

2015-02-28 06:50:29 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎腐らない食物と飲料でできた肉体

アンジェリカは西洋トウキともよばれ、中欧で知られていたが、1348~49年の最初のペスト大流行の時に、さる修道僧に大天使ラファエロが現れ、「黒い死」(ペスト)から身を守るものとして、人間にアンジェリカを与えたという。よってドイツでは『ペスト根』という別名もある。

やがてアンジェリカは修道院で栽培されるハーブとなり、今ではポーランド、オランダ、ドイツで栽培されている。

治療で使用されるのは、アンジェリカの根の部分。アマゾンで検索するとハーブティーの他に根っこみたいなのが確かに出て来る。

効能は刺激性の胃痛、消化不良、食欲不振の緩和。民間療法では咳止めとして使われる。

薬草占星術では、獅子座の太陽が支配星。対応身体部分は心臓、胃、子宮とその効能とほぼ一致している。

アンジェリカは古いペストの時代の救世主だった。

夏場に朝作ったお弁当は、昼には腐敗しかけているものだ。これに対し、コンビニ弁当とかスーパーで売っているメーカーもののパンは何日もカビが生えないとか、我々は結構すごいものを食べている。

水だって、塩素は3日くらいで消え、雑菌が繁殖するので、もともとは腐るものだが、ペットボトルに入って密封されているせいか、添加物たっぷりなせいか何か月も腐らない水もガンガン飲んでいる。

こうした微妙珍妙といわざるを得ない食べ物飲み物で維持されているこの粗雑な肉体に対しても、ナチュラル・ハーブの精妙な効果が現れ得る時代なのだろうか。

現代は言霊の精妙なバイブレーションが効かない時代と言われて久しい。こうした食物、飲料の点でも行くところまで行っているのだと思う。
コメント