アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

天皇家の守護神としての大物主神

2019-09-19 05:39:16 | 古神道の手振り
◎伊勢神宮との競合

三輪山の神(大神神社)である大物主神は、『山王神道の研究/菅原信海P11』によれば、日本の都が飛鳥にあった頃から天皇家の守護神だったらしい。

額田王の奈良から近江へ遷都する際に歌った次の歌にも当時の宮廷人の三輪山への崇敬が見てとれる。

『味酒 三輪の山 あをによし奈良の山の 山の際に
い隠るまで道の隈 い積るまでに つばらにも
見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の隠さふべしや』
(大意:なつかしい三輪山よ。この山が奈良の山々の間に隠れてしまうまで、また行く道の曲がり角が何個も後ろに積もり重なるまで、たっぷりと眺めていきたい山であるものを、たびたび振り返っても見たい山であるものを、無情にもあんなに雲が隠してしまってよいものだろうか)

かくして794年京都に遷都。これは最澄在世の時であったが、最澄が比叡山に三輪山の大物主神を勧請したという説がある。

問題となるのは、伊勢神宮と三輪山の関係。どちらも今では天皇家守護なのだが、歴代天皇は長い間伊勢神宮を参拝しなかった。伊勢神宮はまた長期間私幣禁断であって、天皇家専用の神社であったにもかかわらずである。

古事記に、現代宗教最大の課題である天国と地獄の結婚(伊都能売)に関する部分が、天照大御神と大物主神となぜか2か所出てくるのは、もともと古事記には天照大御神と素戔嗚尊の二神の誓約が先にあって、後に大物主神のパートが追加されたのではないか。

その時代的スケール、つまり原古事記成立の年代は、出口王仁三郎や本山博が見ているような日本列島がユーラシアと地続きだった時代や、丹波篠山で天下分け目の戦いをやったような古い時代に遡るのではないかと思う。
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大物主神、レディの秘所を突く-3

2019-09-17 03:13:40 | 古神道の手振り
◎古事記の天国と地獄の結婚-4

さてこのように大物主神と人間の娘との間に生まれた娘の名は富登多々良伊須々岐比売命(ホトタタライススギヒメノミコト)。

出口王仁三郎の説明では、
この名の言霊は真空之全体である。日本の名は実の極みであって、名は実体を指し示す記号に過ぎないなどということはない。
日本人の声は有機物であって、外国人の声は無機物であって記号、シンボルに過ぎないと、日本語の発声の優秀性を主張する。

 以下出口王仁三郎の言霊説明。
『ホは太陽の明也、上に顕る也。
 トは十也、治る也。
 タは常に治り静る也。
 タは身を顕し居る也。
 ラは極乎として間断無き也。
 イは治而無為也。
 スは集中也、真中真心也。
 スは垣無く無為也。
 ギは天津御祖の真也。
 ヒは大慈大悲の極也。
 メは地球を含む物の天と云ふ也。
 ミは産霊の形を顕す也。
 コは極微点也。
 トは一切を能く結び定め治むる也。』
(出口王仁三郎全集 第5巻【言霊解】皇典と現代〔一〕神武天皇御東征之段から引用)
 
上のホトタタライススギヒメノミコトの十五言霊の意義を了解すれば、直霊の御霊の光り、太陽の如くに明かに照り渡り、雲の上に伊都能売と顕はれて、五六七の神の御代の現象は、実にホトタタライススギヒメノミコトと現はれるのだ、とする。
つまり、富登多々良伊須々岐比売命(ホトタタライススギヒメノミコト)とは、天国と地獄の結婚である伊都能売にして、宇宙全体=アートマンのことで、ここに神と人との結合の結果の神の子が万人である、七福神の時代の実現を見る。

※真空之全体について
以下の1~3より、真空之全体とは、第六身体アートマンを指すものと考えられる。

1.真空とは以下の文では青空のこと。
『次にオ声の言霊活用を略解すれば、
オ声は北に活用きて受け納め、
(中略)
総じて極乎たる真空即ち現見の蒼天を現じ』
(霊界物語 第74巻総説から引用)

2.以下の文では、真空の全体たる霊魂球=アートマン
『真空の全体たる霊魂球』(霊界物語 第10巻27章 言霊解一から引用)

3. 以下の文では、至大霊魂球とは、至大天球、つまり世界全体、宇宙全体。
『されば最第一なる霊魂精神は、至大天球一名は至大霊魂球にして、一個人の神経は此の霊魂球中の一条脉なる即ち玉の緒と言ふ物也と明言して、その明細を説明する事不能也也。』
(霊界物語 第81巻 総説 天地開闢の極元から引用)
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死神死仏から伊都能売

2019-09-16 06:47:53 | 古神道の手振り
◎国は富み世人栄ゆる神の代を開かせ玉ふは伊都能売の神

古事記に一行だけ神名が書かれてあって、日本書紀には記述のない伊都能売神。
キリスト教では聖霊を非常に広い意味で使っているが、伊都能売神は、あらゆる二元対立を超えた至誠であり、聖霊でもある。

古事記に一か所だけ出て来て、しかも神名しか出てこない。この伊都能売神こそは、空であり、本来の自己である。出口王仁三郎は、伊都能売神を殊更に強調したのだが、その意図は汲まれるべきである。

古神道は一般に多神教と言われるが、一神教であると出口王仁三郎が断言するアーキテクチャーが、伊都能売である。自らが鎮魂して伊都能売に至るのだ。

出口王仁三郎が自らを変性女子と唱えたのもそういう意図。平たく言えば、天照大御神は、高天原の天の真名井での誓約で男神を生み、須佐之男命は女神を生み、これにより、天照大御神は変性男子、須佐之男命は変性女子。この二者の誓約により両性具有の伊都能売が成立した。

古神道はともすれば自分自身の悟りとあまり関係のない帰神、チャネリングが主流と思われているが、クンダリーニ・ヨーガ系の鎮魂の方がメインの時代となっている。鎮魂の一つの里程標が伊都能売である。

『世の中の百の出来事おしなべて伊都能売の神の守らぬは無し
上下の差別も付けず平等に世を救ひます伊都能売の神
地の上に建てる宗教悉く伊都能売の神守りますかも

山川も百も樹草も禽獣も恵みに浴せる伊都能売の神
肉体のなやみは更なりたましいのいたづき癒し玉ふ伊都能売
宗教や政治文学芸術に産業幸ふ伊都能売の神

天震ひ地は鳴り響く災厄も只一声に止むる伊都能売
渇きたる教に真清水あたへつつ死神死仏を生かす伊都能売
国は富み世人栄ゆる神の代を開かせ玉ふは伊都能売の神

伊都能売の神の出でまし寿ぎてあなたこなたに万年青はやれる
天も地も皆伊都能売のいさほしに安く治まる御代近づきぬ
もろもろの聖の教は多けれど伊都能売教に優れるは無し』

(昭和二年 四号 神の国/出口王仁三郎から引用)
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大物主神、レディの秘所を突く-2

2019-09-14 06:47:44 | 古神道の手振り
◎古事記の天国と地獄の結婚-3

ギリシア神話では頻出の、男神と人間の娘の結婚。古事記では、三輪山の大物主神が、美人の勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)と交媾し、神の子富登多々良伊須々岐比売命(ホトタタライススギヒメノミコト)が生まれた。

これについて出口王仁三郎が言霊解を出している。まずトイレで御用たし中の美女を下から大物主神が赤い矢に変身して襲う段。

乙女(美人)の最もデリケートな部分を神に突かれたという衝撃により、乙女は至誠に目覚めそれまでの退嬰的消極的な姿勢を改め、積極的に四方に奔走し、敬神勤皇報国のために大々的活動を開始されたこととみている。

要するに大悟覚醒し、本来の自己、大神、アートマンに出会うというショックを受けて、人格も行動も至誠を基にするという形に全く変わってしまったという意味。

ここで注目すべきは下から突かれたという点。個室にて最もリラックスし、神に対してオープンとなった時に下から突かれたのである。サハスラーラは上だろうに。

この上下の見方は、神の側から見れば、世界樹モデルで見るが如く、世界樹の根が全体であり、枝葉が個。ところが人間で言えば、頭の側が根となる。これは人間にとっては逆転である。タロットカードの吊るされた男の姿。

正神が下から突くことはあり得ない。

古事記、霊界物語では、類似の上下逆転のモチーフがある。神界の大立者野立彦命が富士山火口に飛び込むシーンである。これは上から下への落下。現代なら単純にクンダリーニが上方に突き抜けてメンタル体で肉身を離脱し、アートマンに至り云々と解説するところを、古神道ではことさらに逆の表現をとる。

野立彦がダンテスの別称であることも知られているが、その文字配列すらも逆転した並びではある。

どうも古神道は、このように上下逆転して表現するのが好みなのではないかと思う。

女性が悟るというのも珍しく、意味深長。
だが、赤い矢が美男子に変身したという男の大悟覚醒シーンも含まれてはいる。男女同時に悟る。

以下は、出口王仁三郎の解説。

『『其の美人の富登を突き給ひき』
 ホトの言霊は霊地(ほと)であり、秀所(ほと)であり、地の高天原である。亦た局処(つぼと)である。神宮坪の内と謂ふ意義もあります。
 突き給ひきと云ふ事は、肝腎要めの局所を突き止め、見極められたことであります。

 ヲトメの言霊を解説すれば、
 ヲは祭り守らしむる也、長也、治む也、教也、緒也、結びて一と成る也。
 トは結び定むる也、皆治る也、十也、八咫に走る也。
 メは内部に勢を含む也、本性を写し貽(のこ)す也、親也、発芽也、天の戸也、世を見る也。

 以上の言霊は、天地経綸の活用ある女神の発顕にして、祭政教一致の大道場である。即ち皇祖皇宗の御遺訓を遵奉し、且つ顕彰する神示の、聖団のある地の高天原である。

 ホトの言霊を更に解釈すれば、ホは上に顕る也、活霊也、照込む也、火(ほ)の水に宿る也、日の足也。
 トは通り結び納る也、最も迅速疾走鋭敏也。
 則ち、厳の御魂の瑞の御魂に依宿し、最も迅速に鋭敏に活用を照らす日の御子の、足なる十の聖処地の高天原なる事が伺はれるのであります。

 『爾(かれ)其の美人(おとめ)驚きて、立走りいすすぎき』
 をとめは三輪の大物主神に、局処を突き止められ、非常に恐懼措く処を知らず、直に立ちて大神の命を奉じ、四方に奔走して敬神勤皇報国の至誠の為に、大々的活動を開始されたといふ事であります。
 『いすすぎき』と云ふ概略な意義は、勇み進み君国の為に至誠至忠の大活動を為す事であります。吾々皇道大本の信者も、君国の為めに、至誠以て天地を貫くの大々的活動を致さねば成らぬ時運に到達致したのであります。

 『乃(かく)て其の矢を将来て、床の辺に置きしかば、忽ち麗はしき壮夫(おとこ)になりて、即ち其の美人に娶(めあ)ひて生みませる御子、名は富登多々良伊須々岐比売命』

 そこで其の矢を将来て、床の辺に置きしと言ふ意味は、改造された三輪の大物主の化身を、最も尊き座に置き奉って、将来の大国家の経綸を、勢夜陀多良比売から一々詳細に申上げると、大物主神は、初めて神意を覚り給ふと同時に、今迄の御煩慮は忽然として消え失せ、勇壮活溌なる大丈夫に身魂が改造変化され、将来に望を抱かれ、楽天、進取、清潔、統一の大精神を確持し、美人(瑞霊)と見合はし聞合はし宣り合はして、立派な御子を生み玉うたのであります。

 ミコの言霊を解すれば、
 ミは玉に成る也、◎を明かに見る也、真也、満也、三也、形体具足成就也。
 コは天津誠也、脳髄也、一切の真元と成る也、全く要る也。
 即ち玉と成る也は、玉は天下統治の表象である。◎を明かに見る也は、皇国の大使命を日神月神の光に依りて悟る事である。真也は至真至美至善の神徳である。満也は光輝六合に満ち渡る事である。三也は主師親の三徳及び三種の神器である。形体具足成就也は、君民一致の神政完了する事である。

 天津誠也とは、惟神の大道にして麻柱の究極である。脳髄也は、万有一切を司宰する主脳の意義である。一切の真元也とは、政治宗教教育哲学等一切の真相本元を究極し、且指導する事である。全く要る也は、全大宇宙を神の意志に依りて統御し要むる事である。

実に三輪の大物主神と大便所に入れる美人と肝胆相照し以て宇内無比のミコを生み給ふと曰ふ、実に結構なる皇宗の御遺訓であります。』
(出口王仁三郎全集第5巻 神武天皇御東征之段P19-22から引用)
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大神神社と大物主神

2019-09-13 05:52:38 | 古神道の手振り
◎天皇万世一系の御守護

『山王神道の研究/菅原信海』によれば、比叡山と京都の南、松尾大社の祭神は、大三輪明神である。大三輪明神とは、大物主神のこと。

大物主神は、大和の国一の宮たる大神神社の祭神であり、古神道の上からも、万世一系の天皇制の点からも極めて重要な位置を占める。

まず、
開化天皇の子ミマキイリヒコイニエが第十代の崇神天皇。崇神天皇は、それまでのように神人同床では神祇を冒涜するの恐れあるとして、別人別処の制を起した。

また又疫病流行して、沢山の死者が出続けることに苦悩し、真っ暗な神床で、連日の冥想を続けたところ、何日目かに大物主神を崇敬すれば、国家は安寧となるという夢告を得た。

そこで崇神天皇は、天神地祇に祈って、天下を順伏し、これをもって後世、御肇国天皇と称した。

出口王仁三郎によれば、
『アの言霊は大物主であり、地であり、顕体であり、大本である。また東にはたらくと、光線の力と現れ、眼に見える。東南にはたらくと、丸くなる。南東にはたらくと昼となり、大物主となり、世の中心となる。』とある。

安定した天皇制を開始する種子として出現したのが、大物主神であり、古事記崇神天皇のところに、大物主神と人間の間にできた子を発見したという表現で、「神事がまず先」をも示唆している。
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大物主神、レディの秘所を突く-1

2019-09-09 03:42:17 | 古神道の手振り
◎古事記の天国と地獄の結婚-2

『古事記』によれば、三輪山の大物主神は、今を時めく美人の勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)に一目ぼれした。大物主神は、すかさず丹塗矢に変身して、その美人がトイレで大便中に下水溝を流れ下って便器に至り、ぐさりと彼女のホトを突いた。

すると不意を突かれて彼女はあわてふためいたが、気を取り直し、その矢を持ち帰って床の辺に置いたところ、矢はイケメンの男になったので、二人はすぐ交わった。

この二人の間に生まれた子が、富登多々良伊須々岐比売命(ホトタタライススギヒメノミコト)であって、神の子と謂われた。

美和の大物主神は、世界各国の帝王又は大統領たちを司宰する大帝王のシンボル。彼が、世の中の醜き低きところの極み(大便所ではあるが、万物の生れ出る根源でもある)まで探して恋い求め、混乱する世界の肝腎かなめの局所を突きとめ、見極めた。

出口王仁三郎によれば、ホトタタライススギヒメノミコトを言霊で解釈すれば、直霊の御霊の光り、太陽の如くに明かに照り渡り、雲の上に伊都能売(天国と地獄の結婚)と顕はれて、永遠無窮の天下は治まりて静かである五六七(みろく)の仁政を施いて、世界を統一するということ。

五六七の神の御代の現象は、実にホトタタライススギヒメノミコトとシンボライズされ、彼女こそ古神道の天国と地獄の結婚である。

天国と地獄の結婚の表現としては、天照大神と素戔嗚神の誓約がやや複雑なのに対し、こちらの方はやや単純にできている。

古神道、クンダリーニ・ヨーガ系、密教系では、聖性の材料のシンボルとして、時に大便小便が用いられる。善言美辞が基本ではあるが、プロの世界では、そういうものだと心得て読みたい。先入観を壊す。
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弥勒三会とは-2

2019-09-01 05:31:26 | 古神道の手振り
◎弥勒の時代の前半と後半

弥勒三会とは、地上天国を建設している最中の、善悪混淆、善と悪とのバトルの時代が前半であって、法身の弥勒と応身の弥勒が活躍する時期のこと。後半の時代に初めて、地上天国の時代、鼓腹撃壌の時代に成る。これが報身の弥勒の時代。これは世の大峠以降。

弥勒は悪魔たる大自在天と闘わなければならないが、弥勒のパワーゲージは100に対して悪魔は99。悪魔側は、財力もあり、政治力もあり、法律も権力も持っており、マスコミの力もあり、SNSコントロールもできるし、その上軍隊や核兵器までも使って攻めてくる。

弥勒と悪魔の差の1は、誠一つの1だけである。この誠一つを以って悪魔方の99のすべてを撃破していく。このように弥勒様の応身の立場は、実に苦しい。悪魔方すべてを撃破し去って初めて報身の世となる。

ところで、出口王仁三郎は、どうしても悪魔がいる立場から説明するが、ダンテス・ダイジは、悪魔とは、自我の消える最終段階で登場するものというような表現の仕方をとり、最後には悪魔はもともと居なかったことを悟るというような説明の仕方を採る。これは、釈迦成道直前の悪魔の出現の仕方、イエスの荒野の40日での悪魔の出現の仕方を見れば、なるほどと思い当たる人も多いのではないか。

弥勒報身の時代の人間とは、伊都能売という両性具有にあるとは、善悪の別を超える、天国と地獄の別を超える、男女の別を超える、つまり神を知るということであって、そこで初めて誠一つを持つ。
誠一つを持って人間が報身の働きをする至福千年が弥勒の世である。

その修行法として、出口王仁三郎は、鎮魂帰神を推した。

『弥勒の世に住む人は、総て報身の働をしなければならぬ。報身の働となつて、国家天下の為に尽す、さうせぬことには、報身の世は現れて来ない。報身の世になると、すベての人は聖人君子計りになる。此世を指して神世と謂ひ、弥勒の世と謂ひ、或は天国浄土と謂ふのであります。』
【出口王仁三郎全集第2巻宗教・教育編第6篇 宗教雑感 第18章 弥勒の世から引用】
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弥勒三会とは-1

2019-08-31 06:45:28 | 古神道の手振り
◎報身での地上天国到来

仏教でいう弥勒三会とは、弥勒菩薩が五六億七千万年後に兜率天より人間界に下生して、竜華樹の下で悟りを得て、三会(三回)にわたり説法すること。弥勒の三回の演説会、これでは何もわからない。

出口王仁三郎は、みろく三会を、五六七(みろく)三会、弥勒三会として非常に重視した。
まず弥勒が出ることが重要イベントだが、既に明治の初めから出ているとして問題にもしない。

弥勒は、法身、応身、報身と分かれる。法身は真理そのもの、善そのもの、至善、至美、善一筋。応身とは、その個人の立場に応じて、サラリーマンだったり、学生だったり、悪党だったり、小金持ちだったりするのだが、その立場役割を真摯に果たして行くことで神・仏に目覚めること。法身の弥勒は既に天にあって広く守護を行っており、応身の弥勒は地に降りて泥をかぶって艱難辛苦している。これは現在でもそれが進行している。

出口王仁三郎は、法身の弥勒と応身の弥勒については盛んに書くが、報身の弥勒については、極端に言及が少ない。

天たる法身の弥勒が地たる応身の弥勒と合体して、両性具有の伊都能売の報身となる。報身の出る時期が真のみろくの世ということではないかと思う。大本教では『法身ミロクは開祖、応身ミロクは聖師、報身ミロクは三代目』と考えていたそうだが、それが傍証でもある。

【以下、霊界物語 第48巻 余白歌から/出口王仁三郎作】

甲子の九八の空を待ち佗びし
    胸にみろくの鼓うつなり

三千年の岩戸の七五三(しめ)も解けにけり
 みろく三会の神音の響に
     
内外の国のことごとマツソンの
    毒牙にかかりて苦しみ艱める

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聖火

2019-07-23 06:22:01 | 古神道の手振り
◎力なき吾等の祈祷(いのり)

日本の聖火と言えば、高野山龍光院の「消えずの火」や京都八坂神社のおけら火であるが、大晦日に信者、氏子がこの火を持ち帰ったものだという。高野山龍光院は、空海が開山した時の住坊で、高野山の中心。

出口王仁三郎の霊界物語全81巻で、歌集の体裁をとっている数少ない巻が第61巻。

ここに第一巻と還暦61巻を迎えた寿(ことほ)ぎが謳われている。またここには全巻中唯一「聖火」という言葉が出ている。


『第一二一

一 冷(ひえ)渡る吾が身に愛の焔をば 燃やし玉へよ厳(いづ)の大神

二 さまよひて果敢(はか)なき影を追ひ慕ひ 露だに知らぬ身こそ悲しき

三 力なき吾等の祈祷(いのり)も称(たた)へ言も いと安らかに聞し食す主(きみ)
四 八千座(やちくら)を負ひし主(きみ)をば思はずに 夢現(ゆめうつつ)にて暮す愚かさ

五 瑞御魂(みづみたま)恵みの聖火を下しつつ 冷たき心を温め玉ふ』
(霊界物語 第61巻第12章 神徳から引用)

文中の主(きみ)は、神の意。

人の身はいつ死ぬかもわからず、果敢なきものだからこそ神に頼る。
悲しく辛い思いに沈む冷たい気もちにも
愛の焔を与え給え。

愛があれば、人類一切の罪業を負って追われた須佐之男命の気持ちに自ずから思い至る。

人には燃え盛る生命の焔というものがあるが、非情で悲しく辛い日々の中でその焔すら消え入らむとするタイミングがあるが、その時に神のことを思い出すのだ。
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黄泉戸喫(よもつへぐい)

2019-06-10 05:06:54 | 古神道の手振り
◎あの世の穢れた食べ物を食べる

豊穣の女神デーメーテールは、ゼウスとの間にできた娘ペルセポネを黄泉の国にさらわれた。

ゼウスは、ヘルメスを黄泉の国に遣わして、ペルセポネ奪還交渉にあたらせた。ところがペルセポネは、あの世の穢れた食べ物ザクロ4粒を食べてしまったので、一年のうち4か月は冥界に住まねばならないと悲しい掟を告げたのだった。

古事記にも似たような話がある。亡くなって黄泉の国に行った愛妻イザナミノ命をイザナギノ命が連れ帰ろうとするが、既に黄泉の国の食べ物を食べてしまったから地上には帰れないと告げるシーンである。

これは、字義どおり読んではいけないのであって、古事記言霊解では、黄泉の国は死の世界のことではなく、この世のことであって、イザナミノ命の闇に浮かび上がった醜悪な姿とは、この世の腐敗爛熟しきったあらゆる階層において行われる様々な悪事の姿である。

黄泉戸喫(よもつへぐい) =あの世の穢れた食べ物を食べるとは、そうした悪風に染まるということで、冥界でグルメするということではない。

そもそもイザナミノ命は、この物質優先文明の象徴であり、火力すなわち迦具土神の神に焼かれて亡くなったというのは、核などの火力戦争によってその命脈を絶たれるという予言になっている。

そうして滅亡あるいは滅亡に瀕したこの現代文明を、地上につれて帰る、つまり明るく正しい元の姿に復しましょうとは、個々人が本当の自分に出会って神・仏を知りましょうということ。

本当の自分に出会う道筋が、イザナギノ命が黄泉の国から地上に帰る、魔軍と戦いながら戻る姿。人も神も穢れたこの世を、神の大御心を奉戴して、日本人をはじめ世界を覚醒させ、天国浄土をこの世に実現しようというもの。

古事記を字義どおり読めば、こんな読み方にはならないが、古事記を字義どおり読んでも実につまらないことが書いてあるだけではないだろうか。
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北大路魯山人が出口すみの書を激賞す

2019-06-02 05:57:39 | 古神道の手振り
◎よがかわり てんかむるいの へたなじをかく

北大路魯山人は悟っていたかどうかは知らない。毒舌、傲岸不遜だったから未悟だったのだろう。

彼は、明治末、朝鮮、中国国内を旅行、滞在し、書道や篆刻を学び、書家であり、篆刻家であり、加賀料理を極め、織部の作陶家であった。

彼の父は、彼が生まれる前に他界。京都の巡査のもとで育てられ、尋常小学校を出ると丁稚奉公した。いわゆる不条理の陰を出生直後から負うという、覚者によく見られる生い立ちである。

昭和30年陶工としての人間国宝を辞退。これには、イチローの国民栄誉賞を遠慮する心情と通底するところがあるのかもしれない。

さて出口すみは、王仁三郎の細君。王仁三郎は折に触れ自分の字よりすみのほうが良い字を書くと評価していた。

戦後、備前焼の金重陶陽(人間国宝、大本信者)のところに北大路魯山人が備前焼研究のため逗留していたのだが、床の間に仮名で「よがかわり てんかむるいの へたなじをかく」という掛け軸のあるのを発見。

北大路魯山人は、これほどの字を書く人が今の世にいるということが不思議だとして、亀岡まで彼女に会いに行った。後に北大路魯山人は、北鎌倉の自邸の床の間に彼女の手紙を表装して、来客にそれを自慢していたという。

北大路魯山人は彼女の字を天衣無縫と評している。

「よがかわり」は、敗戦。本守護神、本来の自己、第六身体は、もともと「てんかむるい」以外のなにものでもない。

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和気清麻呂と偽チャネリング事件

2019-05-30 05:49:54 | 古神道の手振り
◎巨大な満月相を示す

政界にかつて偽メール事件というのがあって人が死んだり、失脚したりした。奈良の昔にも、道鏡の偽チャネリング事件というのがあった。

称徳天皇は、今話題の女性天皇。女性であれば、男性の愛人があっても不思議はなく、称徳天皇は看病僧であった道鏡を愛人としてご寵愛されていた。

761年から称徳天皇の近侍であった道鏡は、既に60台ではあったが、愛人として公私の相談相手として勝手が良かったのだろう。
764年孝謙上皇は、藤原仲麻呂の乱の鎮圧後、天皇に復位し、称徳天皇となった。

この国難の時期の女性天皇を支えた道鏡は、765年には僧籍のまま太政大臣となり、翌766年法王となった。

769年5月、道鏡の弟で大宰帥の弓削浄人と大宰主神(だざいのかんづかさ)の習宜阿曾麻呂が「道鏡を皇位につかせたならば天下は泰平である」という内容の宇佐八幡宮の神託を奏上し、世間に道鏡が帝位につくことの観測気球を打ち上げた。

既に50台の称徳天皇には、夫もなく子供もいなかった。有力貴族は、道鏡が皇位に就くことに抵抗が強かったのだろう。有力貴族側でもなく、道鏡側でもない和気清麻呂を選抜し、宇佐八幡に一度出された神託の真偽を問うという外形的には不敬なチャレンジに派遣する。

清麻呂は、769年8月、宇佐神宮の禰宜の辛嶋勝与曽女(からしまのすぐりよそめ)に託宣したが、よりましでありながら、和気清麻呂の宣命を訊くことを拒むという挙に出た。こうした諍いを経て、清麻呂は「わが国は開闢このかた、君臣のこと定まれり。臣をもて君とする、いまだこれあらず。天つ日嗣は、必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしく早く掃除すべし」という大神の神託を都に持ち帰った。

ところが、この神託に激怒した称徳天皇は、清麻呂を鹿児島に流刑に処す。流刑地に赴く途中、清麻呂は追っ手に足の筋を切られ足萎えになったという。

翌770年8月称徳天皇は崩御。道鏡の目論見は終わった。

運命のいたずらか、道鏡には政界財界の強力なバックグラウンドはなく、おそらくイケメンで話上手だっただけなのだろう。仮に道鏡に強力な門地あれば、容易に帝位を簒奪できたのかもしれないと思う。

藤原仲麻呂の乱後に皇族和気王もチャネラーに皇位を狙うお墨付きを得ようとして後抹殺されたらしいので、託宣を得るというのは、皇位就任の前手順みたいなものだったのだろう。

王法不思議、仏法に対座すという言葉があるが、和気清麻呂は称徳天皇の意図をくみ取って動かなかった空気の読めない奴だったのだろう。そこで、巨大な満月相を示して天皇位の聖なるものであることを、改めて保身せず覚悟をもって神意を表明したのだろうと思う。
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出口王仁三郎の七つの身体考-4

2019-05-29 03:49:32 | 古神道の手振り
◎小松林命-4

常時憑依の小松林命だが、以下の2つの理由から、私は、小松林命は、出口王仁三郎の本守護神だろうと推測する。

また出口王仁三郎の治安維持法裁判速記録から。
『裁判長 訊いて見ませうかね、どうぢや王仁三郎。
答 小松林命は私が鎮魂を修業した結果、体中に収つて居るのです。
 さうして、始終、それが耳に触はられたりして、其の霊を通じて素盞嗚尊或は国常立尊がそつと私に物をお教へになつたり、お告げになつたり、或は精霊の目を通し、耳を通して……
 我々はそれを霊代と言うて居るのです。
裁判長 今、弁護人の言ふことと違ふぞ。素盞嗚尊の如きえらい方は通常憑いて居られないのか。
答 始終居られませぬ。
 小松林命が媒介天人になつてお願ひするから、精霊を通して素盞嗚尊がお降りになると云ふのです。それは間接になります。
 小松林命と言へば直接内流、私は間接内流と云ふ神様から来るのを──外から来たのは外流です。』
(大本史料集成3 事件篇/池田昭編/三一書房P473から引用)

ここで出口王仁三郎は、『小松林命と言へば直接内流(神との直接コンタクト)』と断言。よって、小松林命は出口王仁三郎の本守護神と断定。直接内流(神との直接コンタクト)は、チャネリングではない。

さらに同日の裁判速記録では、
『出口 それは神が憑つて来るのに付ては、自感、他感、神感と云ふ銘々に深い浅いがありまして、自感は自ら感ずる、他感は他から感ずる、神感は直接内流です、他感は直接外流です。
 それから、さう云ふ具合に神の移る場合が違つて居ります。』
(大本史料集成3 事件篇/池田昭編/三一書房P473から引用)

ダメを押すとすれば、いろは歌の作者は、小松林命になっていること。

以上をもって、小松林命は、出口王仁三郎の本守護神だと思う。
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出口王仁三郎の七つの身体考-3

2019-05-28 03:45:03 | 古神道の手振り
◎小松林命-3
◎小松林命は何時も居る

また出口王仁三郎の治安維持法裁判速記録から。
『問 それから、霊代とか、顕現と云ふことはどう云ふことを云ふのですか。
答 現れて来ることです、移つて来ることです。
問 どうなるのだ。
答 神様が身体に移るのです。
問 身体に移るとは──。
答 詰り私の耳を使うたり、目に移つたりして、移るのです。
問 移ると云ふのは、つくと云ふ意味か。
答 懸ることです。神憑りとも、神つきとも云ふのです。神憑とも云ひます。それを神憑りと読むのです。
問 普段もついて居るのか。
答 精霊は何時もついて居ります。
 小松林命は何時も居ります。』
(大本史料集成3 事件篇/池田昭編/三一書房P391-392)

このやりとりでは、常時憑依の小松林命は別格。また『精霊』とは出口王仁三郎の用例では、輪廻の主体であり、微細身。コーザル体かメンタル体か。素直に読めば、小松林命という出口王仁三郎のとは別個の精霊が常時出口王仁三郎に憑依しているということ。

以下の文では、精霊とは本守護神だと断言している。本守護神とは、本来の自己にまで展開する有の部分から、エーテル体、アストラル体まで含んだ自己の部分。

『仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。』(霊界物語第21巻第2篇是生滅法第6章小杉の森から引用)
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出口王仁三郎の七つの身体考-2

2019-05-27 05:53:05 | 古神道の手振り
◎小松林命-2
◎小松林命神懸判定

出口王仁三郎は、チャネラーにしてクンダリーニ・ヨーギ。チャネラーである場合は、彼自身に何が憑依しているかは、審神者で判定してもらわなければならない。

そこで、彼に霊学のてほどきをしてくれた静岡県清水の稲荷講社の長沢雄楯が、審神者となって、憑依神霊の判定をした。

『そのころ長沢先生はまだ四十歳の元気盛りであった。霊学上の話や本田親徳翁の来歴など立て続けにしゃべりたて、その日は自分の住所氏名を告げただけで終わってしまった。

長沢先生の御母堂の豊子刀自は、本田親徳翁の予言した丹波からの修行者はお前さまのことだろう、と本田翁が遺したという鎮魂の玉、天然笛、神伝秘書の巻物を渡してくれた。

翌日は喜楽は自分の神がかりに至ったいきさつを長沢先生に詳細に物語り、その結果、先生が審神者となって幽斎式を執り行うことになった。その結果、疑うかたなく小松林命の御神懸ということが明らかになり、鎮魂帰神の二科高等得業を証す、という免状もいただいた。』(霊界物語第37巻第3篇阪丹珍聞20章仁志東から引用)

どんなすぐれた聖者、覚者、霊能力者であっても、最初から十全にその覚醒の能力を開発発揮できているとは限らず、また能力として潜在的に有しているとしてもそれを他人にすべて語っているとは限らないものである。

さらに様々な人間的体験、人間を超える体験を経て、日々彼らは自分の境涯を進化させているということはある。

出口王仁三郎で言えば、明治30年代に自分が3年間に書き溜めた著作500冊を役員に焼かれた(霊界物語第38巻第5篇第26章 日の出)が、その後の彼自身の進化で、後には惜しいとも思っていないシーンがある。

蛇足ながら、この引用文では彼が生涯に一度だけであったとされる本田親徳の形見の品の伝授が行われたのは印象的である。縁があるとは、そういうものなのだろう。

明治20年代から大正初期まで、彼にとってはチャネリングが最大の関心事であって、実際高級神霊の話ばかり出てくる。小松林命も、当時の彼の視野では高級神霊の一柱である守護神そのものだったのだろう。
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