今朝の新聞に、
「映画館デジタル化の波紋」と云う囲み記事がありました。
映画をデジタル化すると、
製作側、配給側、興行側に、
コストが削減の後架が期待できる代わりに、
映画館側には、
サーバーとプロジェクターの設備費が1千万円近くもかかるので、
これを各部門がどういう形で負担するか、これからの検討課題だと云う記事。
それにしても、
とうとう映画までフィルムの要らなくなる時代が来るんですねぇ。
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●破綻コダック、再建の道筋は多難
米写真用品大手、
イーストマン・コダックの経営破綻が米社会で衝撃を広げている。
かつて世界を席巻した「フィルムの巨人」が、
デジタル化の大波にのみ込まれた構図は、ひとつの時代の区切りを印象づける。
写真文化を普及させ、
映画など米カルチャーを支えた足跡も小さくないが、再建の道筋は多難だ。
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私の子供時代、町に出ると、
電信柱や、あちこちの掲示板にベタベタと映画のポスターが貼られていた。
ちょっと、「三丁目の夕日」にでも出てきそうな風景。
コレ、田舎町にあるの映画館の宣伝ですが、
そのポスターの下の方にはいつも、
「総天然色・イーストマンカラー」のマーク、
なんだか、そのマークが、
最新技術を駆使して現像したフィルムの、
「画質保証」のようで、
誇らしげだったのをのを、今でも覚えている。
私のように、場末の劇場で、
カラカラと回る映写機の音を聞きながら映画を見た世代には、
イーストマン・コダック社が破綻したと云うニュースは、
いささかの感慨と、少なからぬオドロキがあるのです。
そう云えば、写真も自分で現像、焼き付けしなくなって久しい、
自宅で現像できた白黒フィルムが、
カラーになって、デジタルになって、今ではパソコンで編集ですからね。
時代が変わりました。
むかし、まだ日本経済が上り坂で威勢の良かった頃、
「健全なる赤字部門を持て」と云うことが、経済界で盛んに云われた。
つまり、
現在、会社の柱として、
もうかっている事業を推進することはモチロン大事だが、
それ以外にいくつか将来性のありそうな部門を持て、
それが今、赤字でも、
時代が変化すれば会社の柱に育つかもしれない部門を見捨てず大切に育てろ、と。
それとセットで云われていたのが、
処が、アメリカは、株主が強大な力を持っているから、
営業成績を上げて配当を厚くしないと無能な経営者としてスグ追放される、
アメリカの経営者は、
将来のための赤字部門など、サッサと始末しないと生き残れないのだ、
それに比べ、日本では株主が辛抱強いから、
経営者が長期的視点を持てる、
だからこそ、
日本経済はここまで伸びたのだ、と云う論説、
な~に、つまりは成り上がり者の自慢なんですがね。
その日本の会社も、
悠長に赤字部門を持っていられるほどの余裕はなくなったか、
昨今では、こんな話もあまり聞かなくなったが、
「コダックの破綻」などと聞くと、昔の説など思い出し、
そう云えば、最近、
日本経済を自慢する記事を見かけなくなったな、と思いが至り、
それはそれで、淋しくなったりするのであります。