【男は愛嬌の事】
さる所に若き者ども寄り会えり、
茶飯と煮豆、豆腐汁など喰らいて腹ふくるる夜、
「森深き御宮の奥に化け物の棲み家ありて、
夜宮へ来たるもの牛馬人間の別なくつかみ喰らう。
近ごろ世間ではこの噂で持ちきりなり」と高声に云いあう。
聞いた一人、
「なんの噂ごとき恐るべきに有らず、
我これより行く、共に行く者あらば名乗れ、
たとえ名乗る者なしとても我一人でも行くべし」と云う。
そばなる者ども、
「若気の無益なり、止せ止せ」と云うに、尚つのりて云い張りける。
後には止め手もなくなり行くべきとなり、
行けるものかと云う声出て、行ける行けぬで争いて賭け物となる。
「ならばこの札、宮に納むべし」なんどと云いて、満座この男の賭け相手となる。
男、「しからば」と札を取りて座を発つ。
残りし人々、
「さては本気か、
このままにてはこの後我ら、
彼奴より、女、わらんべなどとあなどられるは必定、
誰ぞ脇道より先へ回り、あの者、脅すべし」と云う。
「もっとも」とて、その座にて勇みし者、
白き物を着て、髪をザンバラに振り乱し夜道を御宮へ向かう。
その者、御宮に着いて待つうち、
つくづくと思うよう、
甲斐ない男を追いて跳び出でたるを悔い、
「さても愚かなる我が心かな」とうつうつとして、
闇にて待てども、
なかなか見えざれば、鳥居の柱にすがりてのぼり、上にて待つ。
さて又、はじめの男も暗き道をたどりつ思うことは、
つまらぬ意地から言い争いして、
今さら引き返しも成らず、行くより無しと身を励まし、
目じるしの札取り出したるは、
健気に見ゆれども、
悔やむ心の臆病さは、かの時に強がりし面目は無し。
このまま化け物に出会うも恐ろしく、
途中、家に寄り持ち来たる赤馬の毛皮頭からかぶり、
顔には鬼の面をあて、
腰に小さ刀の差しすがた、とりあえずは鬼神のように見えたるか。
ただ、外面(そとづら)はともかくも、
御宮が見えても足進まず、右見て左見てまた後見てと心ビクビクへっぴり腰。
こちら鳥居の上にて待つ男、
参道へ足音してチラチラと動く影、
「それ、来たりたるか」と腹に力込め、
上より脅さんと乗り出して、
近づくを見れば、人にはあらず赤鬼なり。
「これは如何に」と恐怖して、
震え震え鳥居にしがみ付き居るに、早や、下へ来たりぬ。
さてこちら、例の鬼ドノは、
「早や御宮なるか、いかなる恐ろしき目に遇うや」と思えば、肝玉ちぢむ心地なり。
ようよう鳥居にたどり着き、
胸のときめきなだめつつ、前見て、後ろ見て、
上にて動く気配に驚き、
ハッと仰ぎ見れば、鳥居の上に幽霊のごとき白き姿あり。
「南無三宝」と唱える間もあらばこそ、
上なる幽霊も耐えかねて、鬼の上へとドッと落つ。
鬼は幽霊のすがり来たるとて気を失い、
幽霊も落ちたる勢いと鬼の恐ろしさとで気を失う。
跡に残りし者、
あまりの遅さに来て見るに、鬼も幽霊も重なりて臥し居たり。
やがて声かけ、
活入れ薬など飲ませて正気となれり。
「鬼も幽霊もニセモノは役に立たぬ」とて、大笑いになりて止めり。