漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

○男は愛嬌の事

2012年03月12日 | ものがたり

 【男は愛嬌の事】

さる所に若き者ども寄り会えり、
茶飯と煮豆、豆腐汁など喰らいて腹ふくるる夜、

「森深き御宮の奥に化け物の棲み家ありて、
 夜宮へ来たるもの牛馬人間の別なくつかみ喰らう。
 近ごろ世間ではこの噂で持ちきりなり」と高声に云いあう。

聞いた一人、
「なんの噂ごとき恐るべきに有らず、
 我これより行く、共に行く者あらば名乗れ、
 たとえ名乗る者なしとても我一人でも行くべし」と云う。

そばなる者ども、
「若気の無益なり、止せ止せ」と云うに、尚つのりて云い張りける。

後には止め手もなくなり行くべきとなり、
行けるものかと云う声出て、行ける行けぬで争いて賭け物となる。

「ならばこの札、宮に納むべし」なんどと云いて、満座この男の賭け相手となる。

男、「しからば」と札を取りて座を発つ。

残りし人々、
「さては本気か、
 このままにてはこの後我ら、
 彼奴より、女、わらんべなどとあなどられるは必定、
 誰ぞ脇道より先へ回り、あの者、脅すべし」と云う。

「もっとも」とて、その座にて勇みし者、
白き物を着て、髪をザンバラに振り乱し夜道を御宮へ向かう。

その者、御宮に着いて待つうち、
つくづくと思うよう、

甲斐ない男を追いて跳び出でたるを悔い、
「さても愚かなる我が心かな」とうつうつとして、

闇にて待てども、
なかなか見えざれば、鳥居の柱にすがりてのぼり、上にて待つ。

さて又、はじめの男も暗き道をたどりつ思うことは、

つまらぬ意地から言い争いして、
今さら引き返しも成らず、行くより無しと身を励まし、
目じるしの札取り出したるは、
健気に見ゆれども、
悔やむ心の臆病さは、かの時に強がりし面目は無し。

このまま化け物に出会うも恐ろしく、
途中、家に寄り持ち来たる赤馬の毛皮頭からかぶり、

顔には鬼の面をあて、
腰に小さ刀の差しすがた、とりあえずは鬼神のように見えたるか。

ただ、外面(そとづら)はともかくも、
御宮が見えても足進まず、右見て左見てまた後見てと心ビクビクへっぴり腰。

こちら鳥居の上にて待つ男、
参道へ足音してチラチラと動く影、

「それ、来たりたるか」と腹に力込め、
上より脅さんと乗り出して、
近づくを見れば、人にはあらず赤鬼なり。

「これは如何に」と恐怖して、
震え震え鳥居にしがみ付き居るに、早や、下へ来たりぬ。

さてこちら、例の鬼ドノは、
「早や御宮なるか、いかなる恐ろしき目に遇うや」と思えば、肝玉ちぢむ心地なり。

ようよう鳥居にたどり着き、
胸のときめきなだめつつ、前見て、後ろ見て、

上にて動く気配に驚き、
ハッと仰ぎ見れば、鳥居の上に幽霊のごとき白き姿あり。

「南無三宝」と唱える間もあらばこそ、
上なる幽霊も耐えかねて、鬼の上へとドッと落つ。

鬼は幽霊のすがり来たるとて気を失い、
幽霊も落ちたる勢いと鬼の恐ろしさとで気を失う。

跡に残りし者、
あまりの遅さに来て見るに、鬼も幽霊も重なりて臥し居たり。

やがて声かけ、
活入れ薬など飲ませて正気となれり。

「鬼も幽霊もニセモノは役に立たぬ」とて、大笑いになりて止めり。







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