【 釣りギツネ 】
●(伯蔵、実は狐)、
(僧侶の姿、頭に頭巾、手に杖を持つ)
「それがしは、
年古くよりこの山に住みつくキツネでござるが、
近ごろ、人間どもの中に藤六と云う心のねじ曲がった者がおって、
このあたり一帯にキツネのワナをしかけ、
次から次へと捕りあさるほどに、
危うくて、うかつにエサをさがしにも行けぬ始末でござる。
なんとも迷惑なことなれば、
どうにかならぬかと思案を致しおった処、
藤六が伯父に、
伯蔵(はくぞう)と申す坊主がござって、
この者の申すことなれば、
いっかなむつかしきことも素直に従うとのことを聞き及んだれば、
このように伯蔵に化け、
これより藤六の家へ参り、意見を申して悔い改めさそうと存ずる。」
(ト、自分の姿を水にうつし、のぞき込むようす)
「身がキツネとは云え、我ながらよう化けたものでござる。
さてさて日も暮れた、
ほどよい暗さなれば、まずはそろりそろりと参ろうと存ずる。」
(ト、歩き出し)
「それにしても、
もし、藤六メが犬などを飼うておれば、
このように化けてたずねて行くことなどなるまいに、
犬を飼わぬが彼奴(きゃつ)メのとりえとりえでござれば、
実に都合の良いことでござる。
なにしろ犬と云う物は匂いで嗅ぎわける故、キツネには大敵でござるからな」
(ト、不意におびえて跳ね廻り逃げ腰になる)
「これは何としたことを、
今、遠くで犬が鳴いたを、近くで鳴くかと聞き違えビックリいたした。」
(ト、また歩き出し)
「これと申すも、心に不安があるゆえ、
遠くで鳴く犬の声にも怯(おび)えるのでござる。」
(ト、またしばらく歩いて、ツト立ち止まり)
「ヤァ、とやかく言ううちにもう着いた、
ここじゃ、ここじゃ、この家じゃ、まずは案内を乞おう。」