もうずいぶん前の話になるが、
全国に12しかないプロ野球チームのうちの2球団もが、兵庫県の西宮市に本拠地を置いていた。
ひとつは阪神タイガースで、
阪神甲子園駅から見える所にある甲子園球場。
いま一つが阪急ブレーブスで、
阪急神戸線・西宮北口駅のすぐ前に球場があった。
いずれも電鉄会社が、
野球目当ての乗客を獲得する目的で駅前に建てたもの。
甲子園は今も、
知らぬ人とてない伝統ある球場として存在しているが、
もう一つの西宮球場は、
球団の身売りや駅前再開発と共に取り壊され、
今ではその名も西宮ガーデンズと改め、
デパートや専門店から、
映画館、音楽ホールまで備えた一大商業ゾーンとなっている。
ゆうべ、ひとりで温めたカレーを食い、
テレビを見てから、寝転んで本を読んでいた9時ごろ、
コンサートから、我が同居人ドノが上機嫌で帰宅した。
彼女のみやげ話によると、
バイオリニストの葉加瀬太郎氏が、
音楽演奏の合間にこんなことを語っていたそうである。
「いつか指揮者の佐渡裕さんと話したんですが、
お金がイッパイあればこのホールを丸ごと買い取って思うように使いたいよね」と。
その夜のコンサート会場、兵庫県立芸術文化センターの大ホールは、
音響の良いことで、音楽家仲間に人気が高く、
人気者の葉加瀬氏と云えど、
なかなか公演日程が抑えられないのだそうで、
いっそ自分のものにして、
思う存分このホールで演奏をしたいと云うことらしい。
「ずっとこのホールで演奏会をして、
日本全国の人に、ここへ来て僕のバイオリンを聴いて欲しい」とも語っていたそうで、
二千人収容の大ホールなのに、
その夜は、マイクやスピーカーをまったく使わぬ「アンプラグド」、
つまり、電気を使わぬからプラグ無用、
究極の生演奏会と云うわけで、
聞くほうはもちろん、
演奏者自身も認めるほど最高レベルの出来で、素晴らしかったとのこと。
我が同居人ドノの興奮冷めやらぬ口調を耳にしながら私メは、
ああ、あの懐かしい球場が、
今では一流音楽家が「極上」とたたえる音楽ホールになっているのか、と、
40年もまえの、
あのだだっ広いスタンドに、
パラパラとしか客の入っていない、
閑散とした球場風景を、頭の中に思い浮かべていたのであります。