夕べの歌番組で
「星の流れに」が歌われてましてね。
戦後間もないころの発売、
清水みのる作詞、作曲利根一郎、歌唱は菊池章子でしたが全く売れなかった。
なにしろこの歌、
当時、夜の街角に立って米兵に身を売る娼婦「パンパン」の歌でしたからね。
戦後間もないある日、新聞の投書欄にこんな記事が載った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は中国で従軍看護婦をしていましたが敗戦で日本へ引き上げ、
、しかしやっとの思いでたどり着いた東京は焼け野原、
家は勿論なく、家族の行方も分からない。
行く当てもなくうろつく内、
浮浪児らの屯する地下道に落ちついたが
食べる物も無く空きっ腹を抱えてうずくまっていると、
目の前におにぎりを差し出し「食べろ」と言ってくれた男性がいる、
私はものも言わずおにぎりにしゃぶりついたが、
その男は次の日も来ておにぎりをくれると、こう言った。
「街角に立って身を売れ、そうすれば食べ物は保証してやる」。
さらにこうも言った、
「今はこんな時代だからね、誰もがやってることだよ、なんでもない」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お国のために」と従軍した女性の血の出るような嘆きを読み
義憤に駆られた清水みのるはその思いをぶっつけ、一気に詞を書いた。
♪♪
星の流れに身を占って
どこをねぐらの今日の宿
荒む心でいるのじゃないが
泣けて涙も枯れ果てた こんな女に誰がした ♪♪
レコード会社も宣伝をせぬから
全く売れぬままだったこの曲が脚光を浴びたのは当時の人気ラジオ番組「街頭録音」
この中で有楽町辺りに出る街娼の女ボス、
「ラク町おとき」にインタビューしたのだが、
その途中彼女が、
「こ~んな女にィ だ~れがした」と口ずさんだ。
実は街娼たちの中では、
この歌詞に共鳴する者多く、よく歌われていたのだ。
私はこの歌の三番に出てくる歌詞、
「飢えて今ごろ妹はどこに ひと目会いたいお母さん」を聞くと
いまだに涙ぐんでしまうのですよ。