ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【金星】難波先生より

2014-02-07 12:38:31 | 難波紘二先生
【金星】久しぶりに「明けの明星」を見た。自宅東側には近くに雑木林、遠景に山があるから条件がよくないと「朝の金星」はなかなか見られない。「宵の明星」はよく見える。(写真1)
 金星も月と同じように太陽の反射光で輝いているだけだから、「蝕」がある。20倍で撮影した写真を見ると、左側が少し欠けた状態でいわば「満月」に近い状態だった。(ガリレオが月面観測に用いた望遠鏡が30倍)。だから空がもう明るいのに、こんなに光って見えるのだろう。(この写真は10倍くらいの倍率)。
 ところで宵の明星と明けの明星が同じ星であり、金星だという認識はいつごろ成立したものだろうか。またその根拠は何であったのだろうか。
 星の記述で有名なのは「枕草子」で、「星はすばる、ひこ星、夕づつ、夜這い星」1)とある。昴(すばる)は星の集合体=星座だから、これが一つに見えたとすれば清少納言は視力が悪かったのだろう。彦星は牽牛星、洋名をアルタイルという。夜這い星は尾を引く彗星のこと。夕づつは宵の明星のことだが、明けの明星が記載されていない。11世紀の宮廷人たちは、太陽に近いところにあるために、同じ星が朝晩にのみ輝くことを知らなかったのであろうか?
 …と思ったが「あか星」という名称が、天平5(733)年に死んだ山上億良の歌にすでに使用されていた。「あか星の明くる朝は……夕づつの夕べになれば…」。万葉集にも収録されているが、「あか星」と「夕づつ」が同一の星であるという認識は見られないようだ。
 斎藤国治「星の古記録」(岩波新書, 1982)をめくってみたが、そういうことは一切書いてない。ガリレオ「星界の報告」(岩波文庫)には書いてあるかと思ったが、月面が凸凹だということと木星に衛星があり、木星の周囲を回転しているという話しかない。
 古代中国では明けの明星は「啓明」、宵の明星は「長庚(ちょうこう)」と呼ばれ、古代ギリシアではそれぞれ「フォスフォロス(Phosphoros)」、「ヘスペロス(Hesperos)」と呼ばれたという。(平凡社「世界大百科事典」)アリストテレス「天体論」2)も参照したが、総論が中心で惑星論はなかった。アリストテレスより少し後の人で、初めて地動説を唱えたサモスのアリスタルコス3)、シラクサのアルキメデス4)も著作で金星に触れていない。
 1世紀のローマ貴族プリニウスは「博物誌」に、「太陽のすぐ傍に金星Venusという大きな星があり、朝は明けの明星、夕暮れは宵の明星と呼ばれる。これは(前610年頃)サモスのピタゴラスが同一の星と発見した」と書いている5)。
 ギリシア語の「明けの明星」はPhosphoros、「宵の明星」はHesperosで、「金星」に対応する固有の名称は少なくとも古代にはない。ピタゴラス学派に属するプラトンは(ピロラオスの書の剽窃だとディオゲネス・ラエルティオスは指摘しているが)「ティマイオス」において、惑星のうち4星(水星、金星、火星、木星)を認識しているが、金星は「フォスフォロス」つまり「明けの明星」と呼んでいる6)。このphospho-は「燐、燐光」を意味する語根で、元素の燐の記号Pはここから出ている。
 ギリシア語で「光、灯り」はLukeといい、ラテン語ではLucus(Lux)という。動詞がluciferでこれは「ルシファー」として「明けの明星、金星」の別名になっている。このルシファーは『旧約聖書』(「イザヤ書」14:12)では「堕天使」として扱われている。太陽が昇ると見えなくなるから、そう考えたのであろうか。照明の明るさの単位に「ルックス」を用いるのは、ラテン語のルクスから来ている。
 ギリシア神話の美の女神アフロディテに対応する、ローマ人の神がヴィーナスVenusである。(両ともバビロニアのイシュタル、エジプトのイシスと相同の女神と思われる。)そこで金星をラテン語ではヴェヌス、英語ではヴィーナス、ドイツ語でヴェヌス、フランス語でヴェニュと呼ぶ。スペルは一緒である。
 そういうわけで少なくとも紀元1世紀頃まで、ギリシア・ローマ世界は「金星という一つの星が、明け方と夕暮れに顔を現す」という事実にひろく気づいてはいなかったと思われる。
 しかし、コペルニクス「天体の回転について」(1543)には太陽の惑星として水星、金星、地球、火星、木星、土星があげてあり、宵の明星と明けの明星が同じ星だという認識が成立していたと思われる7)。日本での成立時期はわからない。鎌倉中期の著者不明『塵袋』という小型百科事典には「五星」として、「木、火、土、金、水」の星に触れている8)が、概して理解および記述は貧弱である。問題の知見は宣教師がもたらしたものか、江戸期の蘭学による知識か…。
 ただ「木火土金水」という五行は、中国古代哲学における元素の種類であり、太陽を中心とする惑星の配列順序とは何の関係もない。どうして太陽系惑星が「日」から「水金月火木土」と並び「日月火水木金土」という七曜とまったく無関係な配列になったのか、これも不思議だ。
 ガリレオの「地上望遠鏡(凸レンズと凹レンズの組合せ)」では、金星の表面を拡大して見ることはできない。凸レンズの組合せと色収差を除去する複合レンズを用いた天体望遠鏡で倍率を40倍程度にすれば、金星表面を観測でき「宵の明星」と「明けの明星」が同一の星だという直接的証拠がえられたはずである。
 地学の教科書にはこういう話がいっさい書いてない9)。松井孝典「惑星科学入門」10)も同様だ。無粋だなあ…。
1) 清少納言「枕草子」239段,角川ソフィア文庫, 1980
2) アリストテレス:「天体論」(「アリストテレス全集4」), 岩波書店,1968
3) アリスタルコス:「太陽と月の大きさと距離」(「世界の名著9:ギリシアの科学」), 中央公論社, 1972
4) アルキメデス:「砂粒を数えるもの」(「世界の名著9:ギリシアの科学」), 中央公論社, 1972
5) プリニウス:「博物誌 Ⅰ」, 雄山閣, 1986, p.80
6) プラトン:「ティマイオス」(プラトン全集 12), 岩波書店, 1975, pp.49-50
7) トマス・クーン:「コペルニクス革命」, 講談社学術文庫, 1989
8) 大西春隆他(校注):「塵袋1」, 東洋文庫,2004, p.50
9) 杵島正洋他:「新しい高校地学の教科書」, 講談社ブルーバックス, 2006
10) 松井孝典:「惑星科学入門」, 講談社学術文庫, 1996
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