朝の通勤時のできごとである。
電車が駅に着いたので、立ち上がると、隣に座っていた年配の女性も立ち上がり、
わたしの耳元でささやいた。
「あの、ちょっと。何かうしろから出てますよ」
振り返って見れば、背中から何か垂れ下がっている。
なんと、自宅のトイレで使っている粘着型の、便座シートではないか。
ここへたどり着くまでに、一体何人の人々に目撃されただろう。
あれ?なんだろう、と思いつつも、関心も持たずに、素通りしてくれた人ばかりではないだろう。
グフフフ…、あれって、トイレのあれだよね、と気付きつつ、内心爆笑している人もいただろう。
朝の用足し以後、ズボンのウエスト部分にこんなものを挟んだまま、自転車に乗り、
ホームにたたずみ、こうして平然と、電車に乗ってきたのである。
知らぬが仏とは言うけれど、気付かないということは、かくも恐ろしく、大胆なことである。
とりあえず、あのまま職場に足を踏み入れなかったことに、感謝。
言いにくいことを、敢えて、知らせてくれた見ず知らずの女性にも感謝。
不安定な位置を保ちながらも、下に落っこちもせず、はるばるくっついてきた、
便座シートにも、なぜかしみじみとしたものを感じたのであった。
さて、もうじ来年度である。
職場でも、新年度に備えた作業が行われ始めた。
そのひとつに、清掃業者と搬送業者を決めるというのがある。
金額が大きいので、入札によって業者を選ぶことになっている。
最近は、電子入札といって、パソコン上で、行うのだそうだ。
これだと、候補の業者を、わざわざ事務所にまでお呼びだてしなくてもいいのである。
これは予算担当の仕事、つまり今年は、隣席S氏の仕事である。
……のはずであった。
が、班長I氏、土壇場になって曰く、
「そりゃ、清掃業者や搬送業者に直接支払いをする、TOMATOさんの仕事でしょう」
都合のいい解釈の仕方である。
職場ではよくあることだが、「丸投げ」である。
フォローするからという甘い言葉に、うっかり引き受けると、
責任者および担当者に仕立て上げられ、挙句に、知らぬ存ぜぬ、担当者に聞け、ということになる。
あれこれ仕事を抱え、やりきれなくなっということだろう。
突然私の頭の中は、「ニュウサツ」という、見慣れない文字でいっぱいになる。
まずは、作業ができるような状態に、パソコンを設定するとことから始めなくてはならないらしい。
マニュアルが、パソコン上にあるからと、1ページ目を見ると、に135分の1ページと表示される。
つまり全部で135ページあるということである。
おそらく全部が必要というわけではないだろうが、どの部分がさしあたって必要なのかがわからない。
昨年度分の、プリントアウトしたものがあるのだが、
そもそも、どのように入力すればそのようなものができるのかがわからない。
ブログを書いているということと、パソコンに詳しいということとは、全く別の話である。
ひとたび、パソコンの調子が狂うと、受話器片手にサポートデスクとのやりとりで、まる一日つぶれるのである。
どう考えても無理である。
時間もない。
固まった脳みそに、さらに堅いロックがかかる。
結果、出た答えは「できましぇん」。
課長に相談すると、
「そんなに難しことじゃないと思うけどなあ~」
「みんなで手分けしてやれば、いいんじゃないのお?」
「まあ、できるだけフォローするから…」
とひとごとのような、お返事が返ってくる。
難しいいことじゃないんだったら、あんたやれよ、と言うセリフが、わたしの喉元まで出かかる。
みんなで手分けするったって、あんた、封筒貼りじゃないんだから。
使えるパソコンは一台、責任者をきちんとひとり決めて、その人が自分のパソコンで
最後まで手続きから何からやらなくてはならないことぐらい、
契約の世界に疎いわたしでも、想像がつくわさ。
フォローなんていう言葉も、聞こえはいいが、結局はお手伝いに過ぎない。
忙しい人を捕まえて、ちょっとお願い、手伝ってくださいなどと、言いにくいではないか。
そもそも、何を手伝ってもらっていいのか、わからないのである。
……などと、丸投げされた怒りが湧きあがる。
こういう仕事は、男性の領分だろうが、などという自分に都合のいい考え方も、脳裏をかすめる。
そもそも、便座シート挟んで街中歩くおばちゃんに、そんな難しいことは、無理なんです!
一旦、できません!の方向に、方針が決まると、考え方も、言い訳も、行動も、すべてそっちの方向に邁進する。
妥協の余地はない。
都合が悪くなると、長期に休職する職員の多いこの業界の「風習」を軽蔑しておきながら、
結局わたしも、春先の体調の悪さを武器に使い、この仕事、丸投げしてきた班長I氏に、
丸投げし返して、一件落着となる。メデタシ。
アサ―テイブトレーニングというのがある。
アサ―ションとは、一方がまくしたてるのではなく、相手の気持ちも大事にしながら、
お互いが歩み寄っていき、最終的には、双方納得のいく形にもっていくという自己主張の方法である。
が、職場のような利害対立の現場では、そんな理想的なことを言っていられない場合も多い。
勝つか負けるか。
食うか食われるか。
目には目を。
自分の身を守るには、相手が納得しようがしまいが、いた仕方ない。
いざとなったら、自分のやり方でやっていくしかない。
このテのトレーニングを受けることに、どうも乗り気がしないのは、
その時になったら、正当なアサーションなどどこかへ吹っ飛んでしまい、
せっかく習ったのに……という空虚感だけが、あとあとにまで残ることがわかっているからかもしれない。
電車が駅に着いたので、立ち上がると、隣に座っていた年配の女性も立ち上がり、
わたしの耳元でささやいた。
「あの、ちょっと。何かうしろから出てますよ」
振り返って見れば、背中から何か垂れ下がっている。
なんと、自宅のトイレで使っている粘着型の、便座シートではないか。
ここへたどり着くまでに、一体何人の人々に目撃されただろう。
あれ?なんだろう、と思いつつも、関心も持たずに、素通りしてくれた人ばかりではないだろう。
グフフフ…、あれって、トイレのあれだよね、と気付きつつ、内心爆笑している人もいただろう。
朝の用足し以後、ズボンのウエスト部分にこんなものを挟んだまま、自転車に乗り、
ホームにたたずみ、こうして平然と、電車に乗ってきたのである。
知らぬが仏とは言うけれど、気付かないということは、かくも恐ろしく、大胆なことである。
とりあえず、あのまま職場に足を踏み入れなかったことに、感謝。
言いにくいことを、敢えて、知らせてくれた見ず知らずの女性にも感謝。
不安定な位置を保ちながらも、下に落っこちもせず、はるばるくっついてきた、
便座シートにも、なぜかしみじみとしたものを感じたのであった。
さて、もうじ来年度である。
職場でも、新年度に備えた作業が行われ始めた。
そのひとつに、清掃業者と搬送業者を決めるというのがある。
金額が大きいので、入札によって業者を選ぶことになっている。
最近は、電子入札といって、パソコン上で、行うのだそうだ。
これだと、候補の業者を、わざわざ事務所にまでお呼びだてしなくてもいいのである。
これは予算担当の仕事、つまり今年は、隣席S氏の仕事である。
……のはずであった。
が、班長I氏、土壇場になって曰く、
「そりゃ、清掃業者や搬送業者に直接支払いをする、TOMATOさんの仕事でしょう」
都合のいい解釈の仕方である。
職場ではよくあることだが、「丸投げ」である。
フォローするからという甘い言葉に、うっかり引き受けると、
責任者および担当者に仕立て上げられ、挙句に、知らぬ存ぜぬ、担当者に聞け、ということになる。
あれこれ仕事を抱え、やりきれなくなっということだろう。
突然私の頭の中は、「ニュウサツ」という、見慣れない文字でいっぱいになる。
まずは、作業ができるような状態に、パソコンを設定するとことから始めなくてはならないらしい。
マニュアルが、パソコン上にあるからと、1ページ目を見ると、に135分の1ページと表示される。
つまり全部で135ページあるということである。
おそらく全部が必要というわけではないだろうが、どの部分がさしあたって必要なのかがわからない。
昨年度分の、プリントアウトしたものがあるのだが、
そもそも、どのように入力すればそのようなものができるのかがわからない。
ブログを書いているということと、パソコンに詳しいということとは、全く別の話である。
ひとたび、パソコンの調子が狂うと、受話器片手にサポートデスクとのやりとりで、まる一日つぶれるのである。
どう考えても無理である。
時間もない。
固まった脳みそに、さらに堅いロックがかかる。
結果、出た答えは「できましぇん」。
課長に相談すると、
「そんなに難しことじゃないと思うけどなあ~」
「みんなで手分けしてやれば、いいんじゃないのお?」
「まあ、できるだけフォローするから…」
とひとごとのような、お返事が返ってくる。
難しいいことじゃないんだったら、あんたやれよ、と言うセリフが、わたしの喉元まで出かかる。
みんなで手分けするったって、あんた、封筒貼りじゃないんだから。
使えるパソコンは一台、責任者をきちんとひとり決めて、その人が自分のパソコンで
最後まで手続きから何からやらなくてはならないことぐらい、
契約の世界に疎いわたしでも、想像がつくわさ。
フォローなんていう言葉も、聞こえはいいが、結局はお手伝いに過ぎない。
忙しい人を捕まえて、ちょっとお願い、手伝ってくださいなどと、言いにくいではないか。
そもそも、何を手伝ってもらっていいのか、わからないのである。
……などと、丸投げされた怒りが湧きあがる。
こういう仕事は、男性の領分だろうが、などという自分に都合のいい考え方も、脳裏をかすめる。
そもそも、便座シート挟んで街中歩くおばちゃんに、そんな難しいことは、無理なんです!
一旦、できません!の方向に、方針が決まると、考え方も、言い訳も、行動も、すべてそっちの方向に邁進する。
妥協の余地はない。
都合が悪くなると、長期に休職する職員の多いこの業界の「風習」を軽蔑しておきながら、
結局わたしも、春先の体調の悪さを武器に使い、この仕事、丸投げしてきた班長I氏に、
丸投げし返して、一件落着となる。メデタシ。
アサ―テイブトレーニングというのがある。
アサ―ションとは、一方がまくしたてるのではなく、相手の気持ちも大事にしながら、
お互いが歩み寄っていき、最終的には、双方納得のいく形にもっていくという自己主張の方法である。
が、職場のような利害対立の現場では、そんな理想的なことを言っていられない場合も多い。
勝つか負けるか。
食うか食われるか。
目には目を。
自分の身を守るには、相手が納得しようがしまいが、いた仕方ない。
いざとなったら、自分のやり方でやっていくしかない。
このテのトレーニングを受けることに、どうも乗り気がしないのは、
その時になったら、正当なアサーションなどどこかへ吹っ飛んでしまい、
せっかく習ったのに……という空虚感だけが、あとあとにまで残ることがわかっているからかもしれない。