これでおしまい

2011-06-23 | 介護日記

明日から遺品整理。

死んだ男の残したものは………膨大な本と書き続けた日記と写真と衣類と家具と電化製品とCDとガラクタと…

何も残さなかった男の死は哀しいが、こんなにいっぱい山のようにいろんなものを残されると…哀しむ前にため息が出る。
主が死ぬとその家に残る全てのものがゴミになるという現実。


この家にあるもので欲しいものは無い。
思い出なんて無くても私は平気。

少~し歪んでるかな私の死生観。



昔々、寺山修司が書いた歌
時には母のない子のように
あれは本当です。


それは突然に 父の死

2011-06-22 | 介護日記

今、1時間かけて書いた文章が一瞬で消えてしまった。

明日は長い1日になるから少し寝ておかなければならないのに…。

昨日まで元気で、多分百歳まで軽く生きるだろうと思っていた父が今朝、正確には21日の未明に死んだ。

顛末をもう一度書く力が残っていない。

駅に着いてまず検死をしてくれた医師のところに寄ってから実家に着くと、そこには捜査一課の警察官3名とヘルパーさん、ケアマネさんが待っていてくれた。
病院で死なない限りは検死は避けて通れない。
独り暮らしの高齢者を持つ者として覚悟はしていた。
警察は事務的かと思っていたら、父の死に顔が穏やかだったこと、死斑の状態からアッという間の出来事だったと推察出来る、ということなどこちらを気遣って話してくださった。
家の中はヘルパーさんとケアマネさんの手でキレイに片付けられ、私と夫の布団まで日に当てておいてくれていた。

父の独り暮らしの2年間の殆どを、このケアマネさんとヘルパーさんたちが支えてくれた。

お隣に挨拶に行っても「前の道をヘルパーさんと愉しそうにお散歩してらっしゃったのに!」と父の様子を話してくださる。

夜、父の日記をパラパラっとめくってみて驚いた!
そこにはヘルパーさんにして貰ったこととそれに対する感謝と喜びだけが書いてあったのだ。

「佐藤さんとwalking最高!」
「お風呂に入れてもらう。清潔でいられるのは田村さんのお陰」
「阿部ちゃんはKのことを全て把握してくれている」
「山本さんの脚力の素晴らしさ!」
松山さんのことも山下さんのことも…


母に頼りきりで家事など何一つ出来ない、おまけにアルツハイマー進行形の父にとって、88歳から2年間そばに寄り添ってくれたヘルパーさんたちはきっと家族のようだったのだろう。

安倍川のほとりのこの町で、この家で暮らすことの素晴らしさも小さな文字でギッシリと書いてあった。

独りで死んでしまったけれどこれで良かったんだよね。

望み通りの生き方だったよね。



『おくりびと』は女性二人。
家で死んだので昔のお葬式みたいに湯灌から着替え納棺までを一緒にやった。
お洒落だった父だから真っ白なワイシャツと首もとにスカーフ、好きな茶色のズボンを着せてもらう。

髪を撫でつけ顔にオイルを塗ってもらうと、まるで気持ちよく眠っているようだ。
これでよかったのだ、きっと。


蓑虫ってナニムシ?

2011-06-16 | 猫の額・・・日陰の庭

ナニを間違ったのか、それとも風に飛ばされたのか


外のガス給湯器のホースに、1cmにも満たない蓑虫がチョコンと乗っていた。


中から黒い虫が顔出したり引っ込んだり。


わあ、蓑虫の未完成品初めて見た。


周りに木は無い。


つまんで庭のカポックの枝の上に置いてやると


 


 せっせと下に降りていく蓑虫


        


                           とりあえずここに落ち着いたけど


                          もしかしたらホースの上のほうがよかったのかも。


 


どんよりしてるし、ちょこちょこ雨がぱらつくから水遣りをさぼってたらアラ大変


月桂樹もラヴェンダーもお水大好きミントもみんなグッタリ・・・・


キャットテールなんか野良猫の尻尾みたいにヨレヨレ・・・スマン


                      


今にも咲きそで咲かないこの花の名前はナンだ


     


お向かいさんからお嫁に来た花・・


きれいですね、と言ったらタネを持ってきてくれた・・・お母さんと二人暮らしの息子さん。


94歳のお母さんを残して去年先に逝ってしまった。


今年初めて花が咲きますよ。


これはアスチルベ  私の好きな花


 


 


 


   


 


猫実珈琲店

2011-06-15 | 日記
一度行ってみたかった浦安の猫実という町。
そこに可愛い喫茶店があると知ってぶらり行ってきた。
飾り気のない小さなお店。置いてある小物や本が愉しい。
猫最中や猫クッキーが可愛いからお土産にピッタリ。
手作りケーキも美味しく頂きました。
こんなお店が近所にあればいいのに。

レッスン

2011-06-15 | 日記

ジャズヴォーカルのレッスンを受けるようになって7年ほど経つ。

 

10代の頃、歌を学ぶイコール声楽だったので

コールユーブンゲン、コンコーネ、マルケージなど学んでるうちに歌が嫌いになってしまった。

クラシックの発声をモノに出来なかった・・・早い話「挫折」したのだ。

20代で芝居の道に進むと「歌」は武器になってくれたが「挫折感」が消えることはとうとう無かった。

芝居をやめた後はシャンソンを歌い、これは少々お金になった。

が、やはり「挫折感」から抜け出す事は出来ずジャズのレッスンを受けることにした。

芝居もシャンソンも表現は主に「言葉」

「言葉」だけに頼らず歌えるようになりたいとあの時思ったのだった。

 

なんてカッコつけてるが何せナマケモノでちっとも上達しない。

ちっともうまくならないから続けるしかないのだ

それに続けることで何かが変る、という気が少~しするのだ。

 

Myお師匠さんのホームページhttp://www.kayokomiyama.com/