曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(17)

2014年02月10日 | 連載小説
(17)
 
「お、もう12時すぎてんのか。昔の思い出話してるとさ、時間ってすぐ経っちゃうんだよなぁ」
イチが言う。Fもそのとおりだと思うが、恐妻家のイチの方が、より時間の進み具合は早いのだろうとも思う。
「イチ、時間大丈夫か?」
「よくねぇよ。あの~、すみません、同じのおかわり」
イチがFににやつき、そしてグラスを目の前にかざしてマスターにおかわりを告げた。Fは心配したが、本人がそう来る以上野暮なことは言わずトコトン付き合うまでだ。Fのグラスにはまだ半分以上残っていたが、一気に飲み干し一緒におかわりを告げた。
心配は心配だったが、しかし心の別のところではうれしかった。さんざん呑み明かした頃の気分が思い出された。
Fとイチは、またグラスをカチンと合わせて話し始めた。
 
チケット購入のため、夜をぶっとばせとばかりにストーンズを聴きながら田舎のデパートに向かったFとイチは、シーンと静まる午前4時半に目的地に到着した。広いつばの帽子を被る女性がトレードマークの、地方で展開するデパートだ。このデパートのチケットセンターが、ストーンズのチケットの窓口となっていた。
 
ここだここだと言いながら、1階の入口の前に立つ。意外と言っていいのか、それとも予想通りと言っていいのか、入口の前に人影はない。一旦車に戻り、用意した毛布と敷物を持って、さらに2枚着込んで再び入口に行った。
すると一人、男が座っていた。ストーンズのチケットで並んでいるのかとFが聞くと、そうだと頷いた。
「じゃ、おれたちも並ぶか」
Fがイチに言い、敷物を敷いて座り、毛布に包まった。
しばらくはぼそぼそと話していたが、眠くなり、どちらからともなく黙ってしまった。なんとなく気配で、人が並んだ感じがした。
 
空がうっすら明けてくる頃、深く眠り込んでいたFが目を開けると長い行列ができていた。
「やっぱ、早めに並んでよかったな」
疲れてとろんとした目をしながら、イチがFに言った。
列はさらに伸びていく。通勤の人たちが奇妙なものを見るような目で通り過ぎていく。しかしさすがストーンズだな、とFは列を見ながら思った。
ようやく10時の開店になり、店の人の誘導でチケット売り場まで列が進まされる。一番の男が購入したあと、Fとイチが購入した。店内は暑く、着膨れていた2人は汗だくだった。
車まで戻り、あらためてチケットを見て、Fとイチは笑いながらがっちり握手をしたのだった。
 
「あの田舎のデパートに向かったのはおれたちのファインプレーだったよな」
イチが言う。都内のデパートは入口がコンコースなど複数に分かれていて、どちらがメインの列か分かりづらかったらしい。ひとつのデパートにいくつも列ができ、どの列が優先かということで、実際いざこざが起きたところもあった。とにもかくにもFたちが並んだデパートは、田舎ならではのシンプルな構造だったのだ。
 
「なんつっても2日目だったよな、よかったのはさ」
「そうそう、ミックが息切れして最後のサティスファクションなんか声が出なかったもんな」
「あれこそがライブだよな。
「そうだよな。あの次の日からセーブしちゃったもんな」
追加公演まで含めて10日行われた公演の中で、2日目はミックが飛ばしすぎてバテてしまったのだ。それまでストーンズのいろんなコンサートをビデオで観たが、へたばるミックは見たことがなかった。
「1回だけリトル・レッド・ルースターやったよな」
「あぁ。あれやるとき、キースがニヤッて笑ったような気がしたんだけど。もしかして予定外だったのかな」
「まさかぁ。あんなでかいパッケージツアーでか?」
「それにしてもあのとき売ってたパンフレット、間違いだらけでひどかったなぁ」
「そう、すげぇ高いのによぉ。絶対ストーンズ知らないヤツが作ったんだぜ」
当時の、コンサートに行った者しか分からない話が延々続いた。
 
結局Fとイチが店を出たのは、コンサートチケットを購入するときに新聞を買い求めた時間だった。
「イチ、奥さんには、おれが引きとめたって言えよな」
やばいなぁと言いながらタクシーに乗りこむイチに、Fはそう声をかけた。
 
(つづく)
 

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