吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

J・G・バラード『ハロー・アメリカ』創元SF文庫(2018年3月23日初版発行)

2018-09-10 06:00:24 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 この本自体は最近の発行ですが、実は1982年発行の『22世紀のコロンブス』を改題し文庫化したもの。
 『なぜ今バラード?』と思うでしょうが、実はリドリー・スコット製作で映画化が進んでいるらしいのです、これが。


※J・G・バラード『ハロー・アメリカ』創元SF文庫(2018年3月23日初版発行)

 オイルショックに見舞われた当時『石油の埋蔵量はあと30年で枯渇する』とか言われてませんでしたっけ?
 実際にはそんなことはなく、シェールオイルの採掘やら、バイオ燃料の開発やらがまだ充分には間に合っていないにも関わらず、石油はまだまだ枯渇する様子はありません。
 しかし現代文明を支えているのが化石燃料に代表されるエネルギーであることは疑いありません。

 この小説は『石油の枯渇によって現代の消費文明の象徴アメリカ合衆国が見捨てられて無人の地となっていた。砂漠化した北米大陸に調査船アポロ号(石炭で動く機帆船)が到着、この船の密航者ウェインが夢見るのは「アメリカを復興して第45代大統領に就任する」ことだった(!)』という奇想天外なストーリーなのです。


※ジョン・ウエイン・・・主人公は象徴的な名前を持つ密航者の青年という設定

 一行が到着するのはニューヨーク。湾内に入ったアポロ号は、横倒しになって水没した自由の女神の冠に船底を引き裂かれながら泥洲に座礁する(実は船長は故意にアポロ号を使用不能にする意図があったのでは?という疑いがある)。
 ニューヨークは崩壊したアパラチア山脈から流れてきた砂に埋もれていた。


※アメリカの西海岸は砂漠に埋もれた廃墟と化している

 スーパーマーケットの屋根を破って椰子の樹や多肉植物が生える描写は流石バラードとしか言いようがありません。
 アメリカを代表するシンボルたちが砂に埋もれてしどけなく点在する、そんな描写です。
 廃墟を描かせたらバラードに勝る作家はいないだろう、と思います。

 砂漠と化したアメリカを横断する一行は、犠牲者を出しながらもラスベガスに到着します。
 かつての砂漠は熱帯のジャングルに変貌し、遺棄された動物園から脱走した動物たちの楽園になっていました。


※ルソー『豹に襲われる黒人』・・・ラスベガスはジャングルに埋もれている

 ジラフやゾウが我が物顔で闊歩し、物陰には豹が潜んでいる・・・このラスベガスに君臨するのが第45代合衆国大統領を名乗るマンソンなる人物でした。原子力発電所を再開させ電気を供給されたラスベガスはジャングルの中できらびやかなネオンサインを灯す文明国家の様相を呈しています。
 原子力発電は24時間中一定量の電力を供給してしまうため、余った電力をネオンサインで消費している、そんな構造です。

 マンソン大統領はこの地のティーンエイジャーたちを組織して独裁国家を設立しており、主人公は何とその組織の副大統領に抜擢されるのです。


※シャロン・テート殺害事件で全米を震撼させたチャールズ・マンソン

 マンソン大統領、このカルト教祖の名前を持つ大統領は、侵入者が恐ろしい疫病を持ち込んでくるという幻想に憑りつかれ、大規模な探検隊のアメリカ大陸到着を知るや核ミサイル攻撃を指示します。核の汚染によって侵入者を防ごうというのです。
 攻撃目標は何とルーレットが選択()6発のミサイルが無人の都市を破壊しに飛び立ち、狂気の防衛システムももはや弾切れか、と思われた時、最後の一発があることをマンソン大統領は明かすのです。


※アメリカの運命はルーレットに委ねられる!

 マンソン大統領のルーレットが選んだ最後の目は何と『ゼロ(!)』。
 『ゼロはハウス(親)の支払いだ』というマンソン大統領の言葉が響き亘ります。
 自身の住むラスベガスを目標にミサイルを発射するマンソン大統領・・・果たして主人公たちの運命は!?


※主人公たちは核ミサイルの爆発から逃れることができるのか?

 この小説のラストは様々な批判があると思います。
 私は『全員が核ミサイルの攻撃によって死んでしまう、その間際に見た夢』のように思えてなりません。
 判定はこの小説を読んだ各人の判断に委ねたいと思います。


【おまけ】
DA PUMP / U.S.A.

※アメリカに代表される機能主義的な文化はある種の『ダサさ』を内包している、と思います