畑とともに過ごす日々

~有機農家の暮らし~

芽吹きは始まっている

2011-03-23 23:14:49 | 

春夏に向けて、種は芽吹き始めました。

こちらは胡瓜

トマト

そして蕪です。

もしかして、この野菜たちがこのまま順調に育っても、収穫できない事態が来るのかもしれないということが、頭をよぎります。放射能に汚染されたものは、口にすべきではない。その時は諦めるしかない。

一方、風評被害やら、食品業界が中国の冷凍野菜の製造、買い入れに力を入れだしたことなどが報道されています。農家として、そうゆう話を聞くと、やはり悲しい。

これがダメなら全部ダメ、これがダメならあっち、という軽さはどこから来るのだろう。
例えば、漁港のそばで、そこで水揚げされた新鮮なネタのお寿司を食べながら、この魚はこの土地に住む漁師さんが獲ってきたのかなと思いをめぐらすように、自分の食べるものに関心を持ち、美味しくありがたく食べる、そういうふうに食と向き合う人が増えたら、風評被害は起こらないかもしれないと思うのですが、どうでしょうか。


何ができるのか

2011-03-14 09:45:12 | その他

東北関東大震災という、人類史に残るであろう大災害が起こり、甚大な被害が東北各地を襲っていることに、無関心ではいられません。

千葉では震度5を観測し、余震も頻繁に続いています。
それでも地震後、私の住んでいるあたりではライフラインが途切れることもなく、さほどの混乱は感じませんでした。
今後、こちらでも計画停電や物資が入手しづらくなるなど、身の回りで不自由なことが起こるかもしれませんが、大津波のあった被災地では、住む家や職場、そして何より最愛の家族を失った人たち、食糧や水や情報などを得られずにいる人たちがいることを考えれば、取るに足りないことのように思います。

でも、このあたりのスーパーやガソリンスタンドでは、買占め行動が見られ、ちょっとしたパニックになっているとのこと。
こんな緊急事態なのだから、今までと変わらない便利さ、快適さは潔く諦めて、困った事態にどう対処するか考えを切り替える方がいい。今まで便利でモノが溢れ過ぎていたのだから。

数日前に訪れた時は穏やかだった外房の海にも、やはり津波の被害はあったようです。
人間は、自然によって安らぎや恵を与えてもらえます。
でも、自然は時に牙を剥く。人間にとって自然とは、本当に畏れるべき存在だと思います。

私は子どもの頃の三年間を仙台で過ごしました。その時に経験した宮城県沖地震のことを、印象深く記憶しています。あの地震より今回は何倍もひどかった。
今つらい思いをしている被災者の方へ、お悔やみやお見舞いの言葉をこの場で書いても、空しいような気がします。
自分にできることは何なのか、考えたいと思います。

それから、やはり原発の事故は他人事ではありません。
日本人は原爆を経験した国であり、そして反対運動はあった(もちろん現在もある)けれど、結果的に原発は推進されてきました。
そのことを考えなければならないのだと思います。


屏風ヶ浦へ

2011-03-07 16:49:22 | その他

たまに海を眺めに行きたくなります。
車や電車の車窓からぱっと海が見えた時って何故かすごく嬉しくなります。
海岸で海を眺めている時の開放感はなんともいえないです。
これって海辺に住んでいないからなのでしょうか?

千葉市のわが家から車で一時間も走れば、外房の広い海にたどり着けます。
でも、畑や家には何かしらやることが山積みなので、ここ最近は一年に一回行くのが精一杯。

ちょっと後ろめたい気持ちを引きずりつつ、先日思い切って行ってきました。

こちらは千葉県銚子近くの、屏風ヶ浦です。

高さ50メートルほどの迫力ある絶壁の海岸線が、10キロも続いています。この崖は波の浸食によってできたそう。
遠くからではなく、間近から見上げたかったのですがなかなかビューポイントが見つからず・・・と思っていたら、名洗というところの細い道を入ったところから海岸線に出ることができました。

近くから見ると、こんな感じ。

目の前の海は、静かできらきらして、素晴らしかったです。

千葉県は観光名所という点ではぱっとしないかもしれません。でも、逆に観光地化してないのが良い所のような気もします。

ちなみに私の夢は、犬とたわむれながら砂浜を散歩すること。
でも、うちのわんこ達は車が苦手、水が怖い、海より草むらを好むタイプなので、いまだ実現できません。畑の道を嬉しそうに走っている姿もいいんですけどね。