つれづれ生活日記in桂林

桂林(中国)での生活体験、見たままの日常を紹介

緊急帰国・・桜

2014-03-31 01:41:24 | 帰省

緊急帰国する事になり再度上海へ

 

深夜の上海浦東国際空港・・先月もここで夜を明かし、翌日の便で鹿児島へ帰った。

 

桜島を見ると鹿児島に帰って来た実感が・・

機内から桜島の火口が見えた

 

日曜日に母の葬儀を終えた翌日(月曜日)に妹と二人で 母の年金、保険の手続きで市役所へ行く。

3月の移動時期、卒、入学時期の為か市役所は混雑していた。ボードには待ち時間1時間30分の

文字が・・・。

その後墓参り、墓地管理者への書類提出、帰り便チケットの日付変更手続き等で1日掛かった。

 

 途中の甲突川沿いの桜が咲いていた。

 3月最後の土日か、4月最初の土日は満開かも知れない。

 

この付近は前の職場で花見をしたところ。

 

 

 

葬儀が終わるまでは、気付かなかったが、ちょうど桜が3~5分咲き前後、場所によってはもう少し

咲いているかもしれない。

 

母が約6年間過ごした施設の敷地にあった桜

ここは満開に近い感じですね。 

 

 

私は知らなかったが、母は桜が好きだったようだ。弟が桜の花が

2~3付いた小枝をそっと棺に入れていた。

 

 火曜日は昨日の市役所で書類に少し不備があり、再度近くの市役所支所に再提出。

その後に、施設の母の部屋の荷物の搬出の為に弟も呼んで2台分の荷物を積み込んだ。

 

 

 

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緊急帰国

2014-03-30 09:20:23 | 帰省

先日、母の葬儀で緊急帰国した。

先月の帰国で両親に会ったばかりだったが、今月に入り母の容態が急変した。

妹からの連絡では、『危ない状況になったので、連絡したら直ぐに帰れるように

航空便 の確認をしておいて・・』と連絡を貰った。

特養(施設)からの説明によると、加齢に伴う身体機能の低下で、咀嚼力、嚥下力の

低下が著しくなり、食事を摂れない状況らしい。その為に栄養不足(失調)になっている

との事。 解決するには「胃ろう」措置が一番良い?方法だと説明されたらしい。

 

 普段から、妹達とは延命措置は不要と話し合っていたのだが、いざ『どうしますか?』

 と決断を迫れると気持ちは揺れる。母にこれ以上辛い思いはさせたく無い思いと、

「胃ろう」措置をする事で少しでも延命できるならばと・・・こちらに気持ちが傾きかけた

時に、 施設から、「胃ろう」措置をしなくても「良い方法があるので来て欲しい」と連絡が

あったようだ。

 但し、連絡をくれた担当者が言うには「明日は休みの為に明後日に来てくれ」との事。

このような状況下で随分のんきな話だと思ったが、逆に考えれば母の状態が緊急に措置を

する程 悪化していない・・と勝手に判断して少しだけホッと?する。 そして約束の日、

担当者からの提案された内容は「高カロリーの食事を2~3ヶ月続けて様子をみよう」との

話だったようだ。

 

それから2日後に母は旅立った。

 

脳梗塞で倒れて以来、約9年間は病院や施設での退屈な生活を余儀なくされ、寝ているか、

食べるだけの毎日。 最後まで苦労の連続だった母の92年間の人生が終わった。

 

妹から電話が入ったのが 昼頃。急遽いつもお世話になっているご夫婦に依頼してチケット

確保の為に旅行社へ。 運良く当日桂林発、翌日鹿児島着のチケットが取れた。そしてご夫婦の

ご配慮でそのまま空港まで送って頂いた。本当に感謝の限りです。

お蔭様で昼頃、鹿児島に到着。迎えにきてくれた友人の車を借りて斎場へ急いだ。

通夜に間に合い棺に収まった母に再会。

 

以前から父母の葬儀は家族葬にすると決めていた。

そんな訳で、今回の母の葬儀は親戚にも連絡せずに家族のみで静かに見送った。

施設に入所している為に毎日会えなかった分、最後位は家族揃った中で母としばらくの時を

過ごしたかった。

告別式当日は、父も施設から連れてきて参列させた。施設の中でもそうだったが、最後まで

自分の奥さん(母)を認識できなかった。

 

そんな訳で今回は先月会った友人達にも帰国の件は連絡せず帰国、そして桂林に戻る。

(1人のみ車を借りる必要から連絡) 出席者は家族のみのわずかな人数とは言え、葬儀会社の

担当者による進行に沿って住職による型通りの、告別式と繰り上げ初七日法要を合わせて行って

もらった。

 

昨年2月に桂林へ移住後、1年の間に友人達の親御さんが3人旅立たれている。

そして今月 母が旅立った。

私達団塊の世代から10歳前後下の世代でもご両親のどなたかが旅立つ年齢になった。

どんな人間にも生と死は平等にあると、頭では解ってはいるが家族の死となれば、やはり辛い。

そして今回の母の死で、色々な意味で勉強をさせて貰った。

 最後に母に「ありがとうね。ゆっくり休んでね」   合掌

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マンション購入記

2014-03-21 00:30:38 | マンション購入記

 

 最近、天気のせいにしたり、用件が重なったりして、ブログネタを探しに出ていません。

そのような訳で、しばらくマンション購入から内装までを少し記してみたいと思います。

 

 私が住んでいるマンション(手前茶色)も入居率は低いのですが、

それより向こう側は、まだ出来たて(仕上げ中?)の為に入居者(テナント除く)無し。 

 

 

 

1. 序章

 

当時の事を思い出しながら、記していますが、ほとんど記憶が曖昧になっています。

益々物忘れが酷くなっている我が頭を叩きながら、思い出せる範囲で書いています。

 

話は遡って2008年・・

2008年当時は、中国の田舎都市で会社員の平均月収が日本円で1万5千円~2万円位。

高い人で3万円位と聞いていた。当時、家内は給料で800元~1200元(確か当時の

レートで1万~1,3万位だったと思う)その当時、桂林在住の日本人の方のアドバイスでは、

特別贅沢さえしなければ月3~4万円で、日本での平均的な生活、又はそれ以上の生活が

出来るだろうと言われていた。

それならば年金は大幅に減額されたが、田舎都市の桂林ならばなんとかなるかも知れない

と考えるようになった。

 

さて・・

前置きが長くなったが 2008年末~2009年初めだったと思います・・が今となっては確かな

日付は忘れてしまった。

家内の姉より『立地的に良い場所にあり、相場的にも安いマンションがあるが買わないか?』

との連絡があったようだ。

場所は桂林市の中心部付近では無く、家内の実家近くで、同じ地域にその姉夫婦も住んでいる街。

将来は市政府庁舎も移転する予定で、益々発展する事、間違い無し??とかなんとか・・

 

当時は桂林でパソコンはまだまだ、普及しているとは言えない頃でしたが、幸いにも話を持ってきた

姉の家にはパソコンがありQQ(中国で有名なメッセンジャー。SKYPEと同じ)を使って連絡していた。

便利な世の中になったもので、パソコンさえあればインターネット経由でリアルタイムで話が出来る。

購入話が出てからは、QQで姉と頻繁に連絡をとっていた。

 

       1Fには銀行=2行+新車販売店,2F=レストラン

       3F~16F=住居部分

 

兄弟姉妹に中で一番貧乏な末妹(家内)が結婚した相手の日本人も同類の貧乏者。金を持っていないと

知っていたはずだが、余計な情報をくれたものだと当時思ったものだ。

新聞やTV、ネットでは 上海他大都会はマンションブームでバブルの様相。上海などは東京と同じか、

又は 東京より高くなった等々のニュース多かった。 将来は桂林に行く予定で結婚した訳だし、金を

貯めて中古物件の安いマンションでも・・と頭の片隅にはあったのだが、いきなりのマンション購入話。

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初めて見た光景

2014-03-17 23:43:02 | 日記

 少し前の事ですが、高速道路を走行中(助手席に同乗中)に珍しい光景に出合い ました。

私も免許を取って50年弱の運転歴が有りますが、日本では遭遇した事の 無い光景です。

所変われば輸送方法も変わるようです。

 

高速道路に限らず、一般道路でも珍しい 光景は時々目にしますが、カメラを準備する間に

チャンスを逃す事が多く、中々撮れません。

高速道路では、車窓から見える風景を撮るべく(助手席が多い)カメラをスタンバイ している

事が多いので時々ですが、面白い光景が撮れます。

  

 

                 前を見ると少し様子の違う車の集団が行きます

 

                       タイヤが宙に浮いている??

 

                       車の上に車を積んでいます

 

                   前輪を外した車を積んでいました

 

2台共新車のようです。同じサイズの車を積んでいるのですが

積み込み時の様子を見てみたいものです。

一見便利な運び方に見えますが、積まれている車は良いとして、

積んでいる方の車は相当の距離を走っているのではと思いますね。

 

 こちらは、キャリアカーのようですが、これも少し様子が違います。

どこが違うか、解りますか?

 

2段目(上)が2列になっています。数える事は出来ませんでしたが、

1列だけで5~6台 積んでいたような?・・とすると×2=10~12台。

1段目(下)は1列だったような感じでしたので、5台位だとすれば、

1台のキャリアカーに合計で15~17台積んでいる事になります。

凄い効率的な?運び方です。

 

画像はありませんが、キャリアカーに限らず貨物車の積荷に関しては

想像を超えるような積み方をしている車を時々見る事があります。

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甘かった・・

2014-03-14 00:28:52 | 日記

 何時もお世話になっている知人の方から自転車を頂いた。その方は購入後、

自宅マンション付近を4~5回程乗っただけで、その後乗らなくなったらしい。

 私も、自転車は高校時代に通学で乗った以降、乗った事が無い。

 桂林では今まで足と言えばバスのみで、後は歩くしか無かった。自転車があれば、

今後は行動範囲がグーンと広くなりそうだと内心喜んだ。

自転車をくれる・・と話があったのは確か2月頃。その後私の帰省があったり天気が

悪かったりで、そのままになっていた。

そして先日、その方の家を訪問した時に「乗って帰る?」と言われて、早速乗って

帰る事にした。 家までの距離は約18~20㌔程ある。多分1時間ほどで家に辿り

着くだろうと、高をくくっていた。

 

知人の家までは、いつもバスで行くのでバス路線沿いに、我が家に向かえば間違いない

のだが、何しろ交通量の多いコース。慣れない自転車ではおっかない。そこで、交通量が

少ないと思われるコースで、尚且つ近道を帰る事にした。

 

それが間違いの始まりで道を間違え、自宅方向とは違う方向に行ってしまった。

そんな事で30~40分程時間を浪費したので、一旦元の場所に戻り、

いつものバス路線の道路で帰る事にした。

 

変速機付き自転車は初めての経験。 

想像以上に足に負荷がかかる上に ,サドルが小さいので尻が痛い。

又、どのギャに入れたら、ぺタルが軽いのか試行錯誤しながら走る。

そんなこんなで結局出発から1時間以上時間の浪費をしている。

家までは後1~1時間半程かかりそうな気配。

おまけに小雨も少し落ちてきたし、途中で暗くなりそうな時間帯。

 

ギブアップ!! 

 

今日中(明るい内に)帰り着くのは無理と判断して途中にある、

もう一人の知人の方のマンションに緊急避難? 

自転車を預かってもらう。

おまけに 夕食までご馳走になり、その日はバスで帰宅。

以降2日間程雨が続いた為に外出は控える。

 

                  何時もバスの車窓から見ていた景色

 

                  

 

                     今日から我が家にきた愛車

 

                   盗難防止の為に家の中に入れます

 

 

 そして今日(昨日)、自転車を取りに行き、自宅まで再度挑戦。

1時間程で我が家に 無事に到着。

50年ぶりに自転車に乗った感想・・「甘かった」

しかし、修理以外は金のかからない経済車。

住んでいる街の中では活躍してもらう予定。

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